No.816086

勇希前進アルヴァシオン 第3話「引き継がれる心」

紅羽根さん

アニメ『勇者シリーズ』を意識したオリジナルロボットストーリー。
大希と優希がアルクと共に戦っている事が、担任教師である旭に知られてしまった。旭は二人から事情を聞き、更に自分の過去を明かした上で二人に「これ以上戦うな」と忠告する。

2015-11-28 11:04:05 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:614   閲覧ユーザー数:614

 

 その夜は星がよく見えていた。

「フラッシュボンバー!」

 爆音と共に直方体の胴体の頂に爆発が起こる。爆発を起こしたのは、暗闇でも輝く身体を持つ巨大な勇者アルク、爆発が起きたのは本能のままに暴れる壊獣。

 ビルの窓ガラスに、爆発による発光でダルマの様な二頭身の壊獣の姿が、ほんのわずかな間映り込んだ。いつもならこの時刻にはまだ人が中で働いているために明かりが付いているのだが、今は壊獣が出現したことにより人々が避難しているため、消灯されている。

 ビル街でありながら、星がよく見えるのはそのためだ。

「――――――!」

 壊獣の背後で巨大な剣を構えていたフュテュールが、機体から唸りを上げると共に思い切り大剣を振りかぶる。

 数瞬後、フュテュールの剣は弧を描きながら壊獣の頂に振り下ろされた。切れ味を持たない剣は、そのまま壊獣に自重以上の衝撃を与える。

 生物であれば即死、良くても重体に陥る様なダメージを受けても、壊獣は倒れるどころか動きを止めない。

 

 

「………………」

 時刻は夕方。

 旭は自宅の最寄り駅前にあるスーパーマーケットの入り口近くで足を止めていた。壁には幾つもの宣伝用の大型液晶ディスプレイ――デジタルサイネージが設置されており、今日の安売り商品や新商品、更には周辺地域の天気やニュースが表示されている。地域の情報を混ぜる事で目に留まりやすくしているようだ。

 旭の目はそのデジタルサイネージの一つに向けられている。映し出されているのは、先日のフュテュールと、最近になって突然現れた喋るロボットの戦いの様子だ。

 フュテュールもそうだが、喋るロボットの活躍は目覚ましかった。非常に機敏な動きと格闘術により、壊獣を翻弄しながら確実にダメージを与え、最終的には見事に核を破壊して倒している。

 人々は希望を見出していた。まるでロールプレイングゲームに登場するような、魔王を討ち倒す者『勇者』として、そのロボットを称えていた。

(勇者。そう、勇者だ)

 勇者と称されるあのロボットに、旭はかつてのパートナーを思い出さずにはいられなかった。

(あのロボットは似ている、フォロアードに)

 かつてのパートナー、勇者フォロアード。十年前に旭が共に戦った、鋼の身体を持つ巨大な戦士だ。

 今現れている勇者は、フォロアードと同じ様にロボットのような外見で意志を持っている様に見え、更に人々のため、あるいはこの星のために戦っている。旭は確証を持っていないものの、同一あるいは類似の存在ではないかと推測していた。

 彼の事が気になって仕方がない。彼はフォロアードと関係があるのか、どこからやって来たのか、一体何者なのか。

(……だが、俺にはコンタクトを取る手段が無い)

 共闘しているフュテュールでさえ、あくまで力を貸してもらっているだけらしい。ランスピアーズがマスコミに対して出した回答は「現在調査中」だった。出現時や退却時に追跡しようとしても途中で誰もが見失ってしまい、天頂から広範囲を監視できる人工衛星を使ってもキャッチ出来ないという。

(その点もフォロアードと同じなんだけどな)

 十年前に旭とフォロアードが戦っていた時も、フォロアードは同じ様に追跡を振り切るような様々な手段を講じていた。

(本当に何者なんだ、あの勇者は)

 いくら考えても、晴れない霧の中を歩いているみたいにすっきりしない。何かコンタクトできる手段や機会があればいいのだが。

「あら、鹿野川先生」

「進道さん」

 その時、旭は大希と優希の母である留実に声をかけられた。野菜や肉のパック等で一杯になっているエコバッグを手首から下げているのを見るに、旭と同じ様にこのスーパーマーケットで夕飯の買い物をしていたのだろう。

「先生もお買い物ですか?」

「はい、と言っても、男の一人暮らしなので適当な総菜を買うぐらいですが」

「駄目ですよ、料理しないと。満遍なく取っているつもりでも栄養が偏ってしまいますし、お金の事を考えてもそちらの方が出費を抑えられます」

 さすが一家の健康と家計を支える主婦だ、と旭は感心した。留実とは面談や授業参観などで何度か話をした事があるが、おっとりとしている印象を与えながらも根はしっかりとしており、家族の事を常に考えて大事にしているのが見えた。

「気をつけます。教職も体力勝負な一面がありますしね」

「そうですよ。うちの子達も、優希はまだしも最近は大希も帰ってきた時にクタクタになってて――」

「えっ?」

 旭は留実の言葉に違和感を覚えた。少なくとも、放課後になって帰宅する時の大希は特に変わった様子はない。強いて言えば、少しの間大希が何か悩みを抱えていた様子だったくらいだが、それも先週の頭からいつも通りの大希に戻っていた。

「それはどういう事ですか?」

 条件反射的に思わず問いかけると、留実は調子を変えずに答えた。

「大希と優希、アルク君と一緒に壊獣と戦ってるんで……あっ」

 しかし留実は途中で自分が口にした事が口外してはいけないものだと言う事に気づき、慌てて手で口を塞いだ。

「壊獣と戦って、って……一体どういう――」

「ご、ごめんなさい、先生。早く帰らないとお夕飯の支度が間に合わなくなるので」

 旭が言及しようとするが、それよりも早く留実は言葉を濁してそそくさと去っていく。留実の失言とあまりにも機敏な行動に、旭は虚を突かれてしまい、とっさに留実を止める事が出来なかった。

「……大希と優希が、戦っている?」

 旭は改めて留実の言葉を反復すると、自分の中に存在していた疑念が形を変えていくのを感じ取った。

 

 

 翌日の放課後、旭は学校の談話室を借りて人を待っていた。

(どうしても、二人に聞かないといけない。そして、もし事実なら――)

 その先を考えさせるのをさえぎるように、談話室の扉がノックされる。

「失礼します」

 挨拶をしながら入ってきたのは、大希と優希だった。旭は先日の留実の話の確証を得るため、そしてもう一つの目的のために二人を呼び出していたのだ。

「先生、何で私と大希だけ居残りなの?」

「居残りというか、少し聞きたい事があるんだ。そこに座っていいぞ」

 旭に促されて二人は旭の対面にあるソファに並んで座る。優希は何を聞かれるのかわからないといった表情をしているが、大希は察したようで、不安げな表情になって目線を旭からそらしている。

 その様子を目にしながら旭はゆっくりと息を吸い、言葉を紡いだ。

「単刀直入に聞くが、お前達はあの勇者と共に戦ってるんだな?」

 旭の言葉に優希は驚きを隠しきれず、一方の大希は予想が的中したようで小さくため息をつきながらうつむいた。

「な、何でわかったの、先生!?」

「お前達のお母さんがうっかり先生に話したんだ」

 判明した理由を聞いて、大希は額を指で押さえた。

「……だったら、先生には言います。だけど、これは僕達だけの秘密にしてください」

「ああ、約束する」

「それじゃあ、アルクも一緒にいい?」

 そう言いながら優希はアルネクサスをテーブルの上に置き、画面に表示されているアイコンに触れた。それによりアルクの声がアルネクサスから発せられるようになる。

『どうしたんだ、優希?』

「これから私達の先生にアルクの事を話すの。いいでしょ?」

『二人がいいのであれば、私は構わない』

「アルク、と言ったかな。俺は旭。二人の担任教師をしている」

『アルクだ、よろしく』

「それじゃ、まずは――」

 大希はゆっくりと自分達とアルクの事を語り始めた。

 

「――そうか、フォロアードの……」

 旭は安堵したように表情をわずかに緩める。

「先生?」

「……お前達が今まで勇者と一緒に戦ってきたように、俺も十年前に別の勇者と共に戦っていた事がある」

 そう言いながら旭は上着のポケットから折りたたみ式の携帯電話を取りだした。その携帯電話は一般に出回っている物と比較して派手な装飾が施されているが、女子学生が自分の所有する携帯電話に行うデコレーションとは趣が異なっている。

 その携帯電話はフォロアードからもらった通信機だった。どれだけ距離が離れていようともフォロアードやその仲間達と通信が出来る機器で、旭にとってはフォロアード達との絆の証でもあった。

「十年前の戦いではグランガスを倒す事が出来ず、当時の勇者がその身を犠牲にして地球に封印した。俺はその最後をこの目で見届けた……見届けるしか出来なかった」

 再び旭の表情が険しくなる。

「グランガスはそれほどまでに強大だ。もしかしたらお前達やアルクでも敵わないかもしれない」

『だが、私は戦わなければならない』

「わかっている。だから、俺は今から二つ言わせてもらう」

 大希と優希は息を飲んだ。

「一つ、教師として言わせてもらう。『これ以上戦うのはやめるんだ』」

「な……何で、先生!?」

「生徒が、子供が危険な目に遭うことを許すわけにはいかない」

「でも、私達がやらなきゃ――」

「それにお前達に戦いで大切な時間を削ってほしくないんだ」

 優希は驚いて発言を止めてしまった。大希はあまり表情を変えず真剣な眼差しで旭の話を聞き続けている。

「子供の頃は、もっと友達と遊んで、色んな事を学んで、たくさん経験をして、一杯の思い出を作るんだ。今はまだわからないかもしれないが、それはお前達が大人になった時に掛け替えのないものになる」

「先生……」

「だから、教師としては戦い続けてほしくない。これが一つだ」

 少しの間、沈黙が流れる。時が止まったかのように、あるいは限り無く時が延びているように大希と優希は感じた。

 その時を進めたのは、旭の次なる発言だった。

「もう一つ、これはかつて勇者と共に戦っていた先輩として言わせてもらう。『それでも戦い続けたいなら、俺が代わりに戦う』」

 先程から何度目になるかわからない驚きの表情を優希は見せた。大希も目を見開いている。

「俺にはフォロアードと戦っていた経験がある。それにお前達と違って大人だ。お前達と比べて戦うにふさわしい理由が幾つもある」

「そんな、横暴よ先生!」

 再び声を荒げる優希だが、構わず旭は言葉を紡ぐ。

「さっきも言っただろう、お前達には戦い続けてほしくないと。なら誰が代わりにアルクと共に戦うか、いや、戦えるか。それは今の所俺だけだ」

『だが――』

「鹿野川先生、どうかなさいましたか? 今大声が聞こえましたが……」

 その時、談話室の扉が開かれて初老の男性教師が顔をのぞかせた。先程の優希の大声が外にまで響いたのだろう。

「すみません、ちょっと生徒達と話が盛り上がってしまって。何かありましたら報告いたします」

「気を付けてくださいね」

 旭の冷静な対処に教師は少しけげんそうな顔はしたものの、一言だけ注意して扉を閉めた。

「……今日はここまでにしよう。明日の放課後、また話し合おう」

「先生――」

「わかりました。行こう、優希」

「ちょ、ちょっと、大希!」

 切り上げようとする旭に優希が反論しようとするが、それを大希が制止する。単純な力だけなら優希の方が上なのは旭も知っているが、精神面では大希の方がより大人だ。優希もその事を直感的に理解しているのだろう、大希に手を引っ張られながらも無闇に反抗せず、そのまま談話室を出て行った。

「……お前達に、俺の二の舞にはなってほしくないんだ」

 旭はその場からいなくなったはずの二人に言い聞かせるようにつぶやいた。

 

「大希! なんで――」

「僕達も先生も、一旦落ち着いて考えた方がいいと思ったんだ」

 廊下を歩きながら、大希は優希に対して自身の行動の理由を語った。

「僕達のやっている事は、僕達が考えて決めた事だし、父さんや母さんも応援してくれてる。でも、先生の言っている事も僕は間違ってるとは思えないんだ」

 大希は語りながら窓の外へ目を向ける。つられて優希も外に目を向けると、校庭で楽しそうにサッカーや縄跳びなどで遊んでいる生徒達の姿が飛び込んできた。

「……わかったわよ」

 優希は不満そうに、しかしどことなく納得したように答えた。

 

 

 その日の夕方、旭がいつものように夕食を買うためにスーパーマーケットへ向かうと、留実とばったり出会った。

「あっ」

「進藤さん、ちょうどよかった」

 旭が神妙な面持ちで留実に近づこうとすると、留実はばつが悪そうな顔をした。

「大希と優希の事について話が――」

 構わず旭が話をしようとした、その時だった。

「うわあっ!?」

 突然カメラのフラッシュをたいたような閃光が広がると同時に、誰かの悲鳴が聞こえてきた。旭と留実が驚いて声が聞こえてきた方に振り向くが、そこには何もなかった。

「何だ、一体?」

 何か不可解な事が起きているのか、そう思った次の瞬間、

「あっ!?」

 すぐ近くに設置されていたデジタルサイネージが強い光を放ったと思ったら、旭は何か強い力でそちらに向かって引っ張られてしまう。

 

 その様子を真っ黒なロングコートを着た男――ミュージアムが、少し離れた位置にある階段の上から眺めていた。

 デジタルサイネージから放たれた光を浴びた人々が、次々とディスプレイに吸い込まれていき、その場から消えてしまう。

「壊獣。Brechen」

 そしてミュージアムのつぶやきと共にデジタルサイネージがガタガタと震え、その姿をファンタジーに出てくるような二足歩行のドラゴンに変えていく。その身体は鱗ではなく、何重にも重ねられた重厚な金属に覆われている。ディスプレイそのものは二対四枚の巨大な翼を形成していた。

「Gehen」

 ミュージアムの指示が聞こえたのか、機械のドラゴンと化した壊獣は大きく翼を羽ばたかせて空中に飛び立つ。

 

「うっ……!」

 旭は身体に走った痛みで目を覚ました。だが、目を開いたはずなのに眼前は黒一色で塗りつぶされている。

「気がつきましたか?」

「進道さん……」

 いや、正確には視界の片隅に女性の上半身が見えた。聞こえてきた声から留実だと旭は察する。どうやら視力を失ったというわけではないようだ。それに夢でもなさそうだ。後頭部に何か柔らかく、それでいて芯が通っているような物の感触が――

「って、うわっ、ごめんなさい!」

 旭は慌てて飛び起きた。その感触が留実の膝枕だと気づいたからである。

「大丈夫ですよ、このくらい」

「いやいやいやいや、お、重くなかったですか?」

「いいえ」

 留実はまるで気にしていないようだが、旭の方は変に意識してしまい顔を赤くする。

「そ、そうですか」

 気分を落ち着かせるために旭は深呼吸をする。そして周囲に目を向けてようやく気がついた。

「どこだ、ここは?」

 前後左右上下どこを見回してもずっと黒が続く空間に旭達はいた。旭と留実以外にも何人か戸惑っている人の姿が見えるが、彼らの声は何故か聞こえない。

「わかりません。私も気がついたらここにいたので」

「うーん……」

 旭はとりあえず他の人に話を聞こうとして立ち上がり、歩き出した。

「痛っ!?」

 だが十メートルほど進んだところで何かに全身をぶつけてしまい、一歩後ろにたじろぐ。

「な、何だ?」

 旭は手を前に出してみた。すると何か見えない壁のような物がそこにあるのを触覚で感じた。ずっと向こうに人の姿が見えるのに、透明なアクリルの壁があるみたいにそこから先に進む事が出来ない。どうやら向こうの人達もそれに気づいていたらしく、こちらを見て首を振った。

「どうかしましたか?」

 様子がおかしい旭を見て留実が声をかけてくる。

「……どうやら、俺達は二重に閉じ込められているようです。この真っ暗な空間の中、透明な檻に」

 旭は留実の方へ振り返り、自分達の置かれている状況を簡単に説明した。

 ここは壊獣が作り出した異空間。旭達はここに引きずり込まれ、捕らえられてしまったのだ。

 

 

 五階建てのビルの屋上からこちらを凝視している壊獣の姿を、エクトルはモニター越しに睨んでいた。

「――Merci, 手を出す前に教えてくれて。危うくミジンコッパにする所だったよ」

『それを言うなら木っ端微塵です』

「そうそう、それ」

 エクトルは引きつった笑みを浮かべながらフュテュールを操作し、フュテュールに拳銃を下ろさせた。

「まったく、壊獣も悪知恵は働くんだな。まさかあの翼になってるディスプレイの中に、人質を取るだなんて」

 壊獣の翼を構成しているディスプレイにフュテュールのカメラを向ける。そこには戸惑っている表情をした人々の姿が映っており、周囲にいた者からの証言やカレッジの分析の結果、それはただの映像ではなく実在する人達だと判明したのだ。

「チェンジ!」

 その時、後方から聞き慣れた声が聞こえてきた。エクトルはフュテュールの背部に設置されたカメラの映像を、サブモニターに映し出して確認する。やはりアルクだ。

「アルクさん、悪いが攻撃するのは待ってくれよ」

 エクトルはすかさずアルクに忠告した。アルクはいつも登場から間髪入れずに攻撃を開始するため、動き出す前に注意しておかないといけないからだ。

「何故だ?」

「あの壊獣の翼を見てみな」

 アルクは言われたとおりに壊獣の翼に目を向ける。そして理解したようで顔をしかめた。

「人質か!」

 

 アルクの中からその様子を見ていた優希は憤慨していた。

「人質を取るだなんて卑怯よ! 正々堂々と勝負しなさい!」

「壊獣がそんな義理堅い事するなんて思えないけどね」

 優希の発言に大希はあきれる。だがディスプレイの翼に映った人物の姿をチラッと見た次の瞬間、思い切り目を見開いた。

「か、母さん! それに先生!」

「えっ!?」

 大希の叫びに驚いて、優希はもう一度怪獣に目を向けた。壊獣の翼に映し出されている男女の姿は、二人がとてもよく知る人物、母親の留実と担任教師の旭だった。

「な、何で母さんと先生が!?」

「多分、母さんは買い物に出掛けていた時に捕まったんだと思う。先生もきっと同じ」

「早く助けなきゃ!」

「落ち着いてよ、優希! 無闇に突っ込んだら母さん達が危ない目に遭う!」

 優希がアルクを壊獣に突っ込ませようとするのを、大希は身体と言葉で制する。優希も大希の言う事がわかっているようですぐに落ち着きを取り戻すが、表情は険しい。

「どうすれば……!」

 

 

 外では緊迫した状態が続いているが、当の本人である旭達からは外の様子をうかがう事が出来ず、緊迫よりも困惑の空気が漂っていた。

「一体どうしてこんな事になったのかしら」

 そんな中でも留実はいつもと調子を変えず、素朴に思った疑問を口に出した。

「推測ですが、壊獣によるものだと俺は考えています」

 留実の疑問に旭は自分の考えを述べる。ただし旭は推測だと語ったが、心中ではほぼ確信していた。

 十年前にフォロアードと共に戦っていた時、旭は壊獣と同等の存在である崩獣(ほうじゅう)を相手にした事があった。その崩獣の中には、自身の体内に作り上げた異空間に人間を閉じ込めるといった特殊能力を持つものも存在した。旭は今回の事もそれに類した壊獣によるものだと考えたのだ。

「抜け出す方法はわかりますか?」

「俺達には出来る事はないでしょう。しかし――」

 もしも自分達を捕らえている壊獣がかつての崩獣と同等ならば、壊獣が倒されればこの異空間が崩壊して自動的に解放される。

(だがそれが出来るのは、ランスピアーズのフュテュールか、あるいは……)

 勇者。

 しかし、勇者に救い出してもらう事を願うのは、大希と優希の二人に戦う事を許可するに等しい。

(ランスピアーズには悪いが、単独での戦績が芳しくないフュテュールでは難しい。かといって勇者に頼るのは、二人に戦えと言っているようなもの。どうすれば……)

 考えても最適な答えが導き出せない。今囚われているこの空間の様に、全く先が見えない。

「……だったら、アルク君達を頼りましょう」

 その時、留実が突然選択肢を提示してきた。

「な……何故ですか!?」

 留実の言葉に旭は驚いた。それは心中で切り捨てようとした選択だったからだ。

「それが最も確実だと思ったんです」

「そうではなくて! 何故子供達を危険に晒すような事を言えるんですか!?」

 旭にはそれを簡単に口にした留実の思考が、親として子を大切に思うはずなのにそれを否定するような事を言い出した気持ちが理解できなかった。

「私は、信じています。あの子達を、アルク君を」

「っ……!」

 彼女は「信じている」と言った。大希と優希を、アルクを。その言葉に旭は気付いた。

 いても立ってもいられず、旭はポケットから携帯電話――フォローバンドを取り出し、十年前のように通信を試みた。

(もしあの勇者がフォロアードと同じ起源から生まれたのであれば、二人にも俺と同じ様に通信機を受け取っているはずだ。ならば、トランシーバーの要領で通信が出来るはず!)

 同じ周波数を利用する携帯電話や通信機器同士で通じるように、旭は自分の持つ通信機と二人が持っているであろう通信機が通じると考えたのだ。

 

 壊獣は咆哮と共に胸部の装甲を両手で左右に開き、アルクとフュテュールに向かって無数の光線を放ってきた。

「ハッ!」

「おっと!」

 アルクはそれをジャンプして回避し、フュテュールは用意していた盾を前面に置いて防ぐ。アルクはそのまま壊獣の後方に周り、思い切り拳を突き出そうとした。

「ぐっ……!」

 だがそれを見抜いていたのか偶然か、壊獣の翼が下ろされて身体を守るように被さった。アルクは拳を止めて壊獣から距離を取り、構え直す。

「ああ、もう! あの壊獣嫌らしい!」

 壊獣の行動にいらつき、優希は地団駄を踏む。

「何とかして隙を作らないと――ん?」

 その時、大希のズボンの右ポケットに入れていたアルネクサスが、電子音のアラームを発した。大希がアルネクサスを取り出して画面を確認すると、発信元不明の着信が入っていた。

「着信? ――もしもし」

 大希は不信に思うも指で画面に触れ、携帯電話の様に耳に当てる。

『――大希、大希なんだな』

 アルネクサスから聞こえてきたのは、自分達の担任教師である旭の声だった。

「先生!?」

「えっ!?」

 驚く大希と、大希が口にした言葉に驚いて大希の方を振り向く優希。

『やっぱり繋がったか』

「そうか、先生も僕達と同じ様に通信できる装置を貰ってたんだ」

『それより、お前達、今アルクと一緒に戦っているな?』

「だって、そうしないと――」

『わかっている。俺もお前達と同じ立場だったら、同じ事をしていただろう。だが、これだけは聞いておきたい』

 一呼吸置いて、旭が言葉を続ける。

『お前達は戦うのか、これからも?』

「それは……」

 大希と優希はすぐには答えられなかった。優希は当然ながら戦い続ける気でいたが、ただそれだけを主張しても旭は納得しないと思ったから返答出来ずにいる。大希も同様だった。旭が納得してくれる回答は何か、とっさに出て来ない。

『――私は、戦い続けてほしい』

 そこに口を挟んだのはアルクだった。

「アルク?」

『旭の言っていた事は間違っていないと思う。今も二人の時間を取り続けている』

『なら――』

『だが、私は二人の『これからの時間』を守れると思っている』

「っ……!」

 その言葉に、大希はこの間の出来事を思い出した。自分がこれからも戦おうと思ったきっかけを。

「そうだよ、先生。僕達は戦い続けます」

『大希……!?』

「先生の言ってた事もわかります。僕達が戦い続けると危険だし、友達と遊んだりする時間も減ってしまうのも、正しいと思っています。

 先生が言ったように、僕も最初は出来ないと思っていました。だけど――」

 大希は言葉を途切らせる。大希の脳裏にはあの時の、自分を守ってくれた時のフュテュールの姿が、フュテュールのパイロットの言葉が浮かび上がっていた。

「――未来のため、に戦うって決めたんです。僕達の、みんなの、そして、先生の未来のために」

 そして、その言葉を再びしっかりと自分の記憶に刻み込むようにゆっくりと口にした。

『俺の……?』

「そう、そうだよ、先生! 先生は私達が危険にさらされるって言ったけど、それは先生だって同じだからね!」

 援護射撃と言わんばかりに優希が大希に続く。

「私達が戦わなかったら、今度は先生達が危なくなるじゃない。実際に今先生達は捕まっちゃってるし、私はそんなの嫌だからね」

 優希は興奮気味に言いながら自分の目の前で拳を握った。

『お前達……』

「先生、僕達を信じてください。お願いします」

「お願い、先生!」

 二人の切願に旭はしばらく沈黙する。

『二人の力があれば、グランガスを倒す事が出来る。私はそう信じている』

 アルクが沈黙を破って言葉を紡いだ。

『私はフォロアードが出来なかった事を、彼の意志を引き継いでやろうとしている。難しいかもしれないが、大希と優希がいれば、それが出来る。かつてのフォロアードもそう思って、君をパートナーにしたのではないだろうか』

『そう、か……!』

 アルクの言葉を聞いて旭は先程までの調子とは異なる声色で、ぽつりぽつりと言葉を繋げる。

『……わかった、俺も信じよう』

「先生……!」

 旭の「信じる」という言葉に、二人の表情が明るくなる。

『俺達は壊獣に捕まっている。助かるには壊獣が倒される以外に方法はない。そしてそれが出来るのは、フュテュールか、お前達勇者しかいない』

「任せて、先生!」

「必ず先生と母さんを助け出します、アルクと優希と一緒に!」

 二人は力強く返答した。それは決意表明であり、自信の表れであり、期待に応えようとする意気込みであった。

『頼んだ。だが、これだけは約束してくれ』

 旭はその言葉から一呼吸置き、二人に願いを語る。

『何かあったら俺やご両親を頼るんだ。俺達は戦えないが、大希と優希の味方だ』

「わかりました、ありがとうございます、先生」

「私達が助けるから待っててね、先生!」

 優希の宣言と共に、二人は同時に壊獣の方を見据えた。距離を取ってはいるものの、アルクもフュテュールも先程と比較してダメージは増えていないようだった。こうして旭と途切れる事なくやりとりが出来たという事もそれを裏付けている。

「アルク、行くよ!」

「絶対にみんなを助けよう」

『ああ!』

 三人の気持ちが一つになる。

 

 

「大希、優希……!」

 通信が切れたフォローバンドを強く握りしめ、旭は二人の名前をつぶやいた。

 二人は自分が思った以上に強かった。もちろん年齢を考慮すればそれが正しいとは言い切れないが、それでも旭の心を動かすには十分な力があった。

「どうでしたか、先生?」

 その様子を黙ってみていた留実が穏やかな笑顔を浮かべて尋ねてきた。今ならわかる、母親ながら子供である二人を頼り、全てを二人に託した理由が。

「……二人を、勇者を、信じます」

「ええ」

 意を決した旭の表情を見て、留実が微笑んだ。

 

 

 壊獣が装甲を開いた胸から、何発もビームを放ってくる。フュテュールは盾を目の前にかざしたまま、先程からまったく動けずにいる。アルクも回避し続けてチャンスをうかがうが、近づいても人々が囚われている翼を盾にされ、一度も攻撃する事が出来ていなかった。

「彼曰く、倒せば人質を解放できるらしいが、何か手はないのかい?」

『せめて動きを数秒ほど止める事が出来れば、この前みたいに狙撃するかあの勇者君に一撃やってもらうんだけどね』

 通信機の向こうでレイラがため息をついた。

「この盾だっていつまで持つかわからないし、真綿で首を絞められているようだとはよく言ったもの――」

「フュテュール!」

 突然アルクが叫んだため、エクトルは驚いて真正面のモニターに目を向けた。モニターには壊獣が先程と異なり、翼を頭上で放射状に展開して構えを取っている姿が映っている。

「おいおい、嫌な予感しかしないじゃないの!」

 エクトルが再びフュテュールに盾を構えさせると同時に、壊獣が翼から先程までとは比べものにならないくらいの大出力のビームを撃ちだした。

「はあっ!!」

「ぐうぅぅっ!!」

 アルクはそれをやはり跳躍して近くのビルの屋上に登って回避し、フュテュールは盾で必死に耐える。ビームを形成する荷電粒子の余波が周囲の信号機を爆発させ、建ち並ぶビルのガラスを溶かし、あるいはビルの一部を削り取る。

「大丈夫か、フュテュール!」

 ビームの放出が終わった頃、アルクは再び地上に降り立ってフュテュールに駆け寄った。

「機体は何とかな。もっとも、盾がこんな事になっちまったが」

 エクトルはその言葉と共にフュテュールに破損した盾を放り捨てさせた。

『だが、それによって突破口が見えた』

「何だって?」

 レイラの意外な言葉にエクトルは思わず聞き返す。

『今の一撃は確かに強力だが、その分発射後の隙が大きい。それにあの発射態勢なら人質の囚われている翼がちょうど邪魔にならなくなる』

「なるほど、そいつは好都合だな。だが奴がもう一発撃ってくるとは限らないぞ」

 あの威力と攻撃後の隙から考えれば、壊獣にとって切り札の様な技と推測できる。可能性はあるだろうが、それに賭けるには分が悪い。

『いや、奴さんはもう一度撃つ、必ずね』

「何故そう言い切れるんだ?」

『奴さんの攻撃パターンと行動から推測するに、私達をあざけり笑うタイプだ。人質を取って手を出せない事をいい事に一方的に攻撃し、更に必殺技で圧倒する。子供だな』

 レイラは壊獣についての推測を一通り話し終えた後、小さくため息をついた。どうやら壊獣の本質にあきれたようだ。

「それじゃ、おいたする悪い子にはお仕置きが必要だな。しつけはどうすればいい?」

『残念だけど、フュテュールは囮になってもらうわ。罰は勇者君に執行してもらうから』

 操縦桿を握る手が滑った。汗のせいだ、とエクトルは心中で言い訳して握り直す。

 

「アルク、奴はもう一度あの極太ビームを撃ってくるはずだ」

「何?」

「だがそのビームを放った直後、奴には隙が出来る。俺が囮になるから、お前は奴に必殺の一撃を叩き込め」

 そう言いながらフュテュールは先程投げ捨てた盾を拾い上げ、同時に右腰に携えていたナイフを手にした。

「フュテュールは大丈夫か?」

「心配するな、戦績は悪いがタフさが売りなんでね」

 アルクにそう返した後、フュテュールは壊獣に向かって盾を突き出しながら突撃した。

「――Attaque!」

 壊獣はすかさず翼を目の前に回して防御の構えをとるが、フュテュールは構わず突進を続ける。

「こいつは猪じゃなくて人だ、そんな正直に行くと思うか!」

 壊獣の十メートルほど手前でフュテュールが機体を思い切りひねって方向転換し、壊獣の右側に回り込んだ。相当衝撃が来ているのか、フュテュールの右脚から激しい異音が響いている。

「こっちだ!」

 フュテュールが壊獣の足下にナイフを投げつける。驚いた壊獣が思い切り身体を振るい、その勢いでフュテュールに尾の鉄槌をくらわせた。

「ぐうっ! まだ、まだ!」

 盾の裏に収納されているナイフを取り出して構え、再び壊獣の足下に投げつける。それと同時に壊獣の方を向き、後退して距離を取る。

「どうした、壊獣さん。それぐらいじゃ俺を倒せないぞ」

 フュテュールがおどけたように空いている手を顔の横に持ってきて、小さく左右に振った。それを見た壊獣が小さくうなりを上げ、翼を大きく上に振り上げる。

「来るか!」

 フュテュールは先程と同様に盾を目の前に設置しようとした。しかし一度目のビームの直撃を受けて変形した盾は、右上の四分の一ほどが変形しており、フュテュールの機体の一部をカバーできなくなっていた。

「腕の一本くらい、『未来』の為なら惜しくはない!」

 腕にビームの直撃を受ける事を覚悟した言葉と共に、フュテュールが盾を設置し直す。その瞬間、壊獣から街を削り取る荷電粒子の束が放たれた。

 フュテュールの右肩が荷電粒子の激流に晒されて吹き飛ばされ、主と分かたれた右腕がフュテュールの後方に転がっていく。

「アルク!!」

「応!」

 フュテュールの合図と共にアルクは地面を蹴り飛ばし、更にビルをスターティングブロックとして空を横切り、壊獣の左上空を通過する。

「スキャニングアイ!」

 壊獣を眼下に見据えながらアルクは両目から光線を放ち、壊獣の全身をくまなく照らした。

「コア確認!」

 そして背後に着地してその勢いで右膝と左手を立ち膝の格好をとり、壊獣を見据えると同時に両拳に腕の装甲を被せる。

「アル――」

 アルクは全身が光り輝いた数瞬の後、壊獣に向かって跳躍して突撃し、

「ブレイカー!!」

 光の弾丸となって壊獣を貫いた。

 壊獣から抜けたアルクは身体をひねって壊獣の方を向き、滑走するように着地する。

「はっ!」

 その勢いが止まると同時に、アルクの全身の輝きも収まる。壊獣はアルクのフォロースルーを待っていたかのように小さくうめき、全身が爆発した。

 同時に壊獣の翼が上空に放り出され、地球の重力に引かれて徐々に加速しながら落ちてくる。

「っ!」

「おっと、危ない!」

 アルクはすかさず駆け出し、フュテュールは悠然というよりはゆっくりとしたテンポで、落下するであろう地点に向かう。

「よっ!」

「ふう……」

 アルクとフュテュールは翼が地面に触れる直前にキャッチする事に成功した。次の瞬間、翼から光があふれ出して周囲に飛散し、幾人もの人の姿となる。主に熟年から壮年の女性が多く、その中にはアルクも知る人物の姿があった。

「あら、ここは――」

 大希と優希の母親である留実だ。

「助かった……のか」

 その隣で周囲を見回していた青年が留実の方を戸惑っているような表情で見つめた。

 

「母さん! 先生!」

「よかった……」

 アルクの中でその様子を見ていた大希と優希が、二人の姿を確認して胸をなで下ろした。

「これで先生も私達の事を認めてくれるよね?」

「きっとね」

 二人はこれからの事に思いを馳せ、互いに見つめて微笑みあう。

 

 

 日はすっかり暮れ、夜の帳が下りた午後八時。

 進道家には住人の一家四人以外にもう一人、リビングルームのソファに座っていた。

「すみません、夕飯まで頂いて」

「いいえ。助かったのは先生のおかげでもあるんですから、お礼として受け止めてください」

 客人である旭が恐縮して頭を下げる。彼がこの場にいるのは、これからについて改めて大希と優希と話すためだった。

「それじゃあ、大希、優希、改めて聞くぞ。本当にグランガスと戦うつもりなんだな?」

「はい、先生」

「もっちろん!」

 二人の返事に迷いはなく、その曇りのない瞳は真っ直ぐ旭を見つめている。

「……わかった、俺はその決意を信じよう」

 しばらく眉間にしわを寄せていた旭だったが、二人の言葉を聞いて表情を緩めて微笑んだ。

 二人も旭のその表情を見て安堵した。家族の次に頼りにし信用している大人、それが旭であり、彼に認めてもらえない事は彼からの信頼を失ってしまう事になるからだ。

「だが、さっきも言ったように何かあったらすぐ俺やお父さんお母さんを頼る事」

「はい、わかっています」

 戦闘中にも聞かされた事を旭が繰り返し、大希も忘れないようにしっかりと飲み込みながら頷いた。

「俺も出来る限り協力する。俺自身が戦う事は出来ないが、大人として出来る事はあるだろうからな」

「ありがとう、先生!」

 元気にあふれた感謝の言葉を優希に述べられ、旭も笑顔を返した。

「先生、これからも大希と優希をよろしくお願いします」

「はい」

 弘務からの挨拶に旭は簡潔に、しかし力強く答える。

「そういえば、お前達はランスピアーズと協力しているのか? あのロボットと連携を取っていた事も何回かあったようだが」

 その時、旭はふと思い出したように疑問を大希と優希に投げかけた。

「ランスピアーズって、フュテュールの事ですか?」

「協力してるといえばしてるけど、私達の事は教えてないよね」

 優希が大希の方を向いて確認してきたため、大希は無言で頷いた。

 フュテュールとはこれまでに何度か共に戦ったが、自分達の事情を知ったら、アルクの事を調査しようとして拘束するかもしれない。小学生である自分達が戦っているという事を知って、先程の旭のように制止しようとするかもしれない。そう考えていて、二人は自分達の事をフュテュールには秘密にしていた。

「てっきり素性を明かしているのかと思ったが、そうじゃないのか。俺の頃はそもそも巨大人型兵器なんて存在していなかったから、否が応でも秘密にするしかなかったが、今は少し事情が違うからな」

 旭が腕を組んで考え込む。

「ランスピアーズの人達に事情を話しても、大丈夫なのかしら?」

「疑っていたらきりがない。話すべきか、このまま秘密にするべきか、二つに一つだな」

 留実と弘務も互いに意見を出し合ってどうするべきか話し合う。

「これ以上の協力を得るためには、素性を明かすべきだけども――」

「大丈夫なのかな」

 フュテュール、更にはランスピアーズに勇者や大希、優希の事を教えるべきか、それは改めて彼らの今後の課題となった。

 

 

 大和でも有数の工業地帯である浜之渕(はまのふち)にあるランスピアーズの工場は、常に轟音を響かせている。それは金切音だったり、成形のための金属を叩く音だったり、機械が稼働する音だったりと、実に多様だ。

 その中でも一際大きな音が、工場の裏にある広大な空き地から轟いた。

『テストナンバー二十一の三、シーケンス完了。問題無し。これで全てのテストが完了です、お疲れ様でした』

 空き地に赤司のアナウンスが響き、それを聞いてフュテュールが両手で支えていた柱状の武器の先端を地面に下ろした。

 フュテュールの目の前には、巨大な人の姿をした模型が幾つも倒れている。その模型全ての胸の部分には、大きな穴が空いていた。

「何十回も打ち込んで今更言う事じゃないかもしれないが、こいつは凄いな」

 エクトルはフュテュールに持たせている武器をモニター越しにしげしげと眺め、感想を漏らした。

『切り札とまではいかないかもしれないが、それでも十分奴らに対抗できる力にはなるだろう』

 通信機から初老の男性がエクトルに語りかけてきた。

「Merci. 楊(ヤン)さんの腕には期待していましたよ」

 エクトルは通信機の向こう側にいる楊と呼んだ男に感謝を述べた。

『だが武器だけではどうにもならない。何よりフュテュール自身が細かな改修を続けていても、奴らと戦う度に腕がもげたり脚の関節部にガタが来たりしてちゃあな』

「ごめんなさい」

 楊の皮肉にエクトルは謝るしかなかった。

『謝るな、これもお互い『仕事』だからよ』

 フュテュールが戦う度に傷つくほど相手が強いという事もあるが、勝つためにエクトルは何度もフュテュールに無茶をさせている。

 メカニックである楊にとってエクトルは仕事を増やす悩みの種でもあるが、かといって丁重に扱って負けてしまっては元も子もないというのをわかっていた。だから皮肉を口にはしても、決して責めたりはしない。

「とはいえ、これで少しはマシにしたいものだ」

 小さくため息をつきながら、エクトルはフュテュールに再び武器を持ち上げさせた。

 その武器の全長はフュテュールの高さより少し短く、四角柱を基本としながら二面に突き刺さっているようにグリップが施されている。先端には先端が尖った銀色に輝く芯のような物が飛び出ており、太陽の光を受けて輝いていた。

「それと、いい加減にもっとあの勇者とお近づきになりたいね、今後の事を考えたら」

 エクトルはお気に入りの女性を見つけたかのように言いながら、モニターにアルクの姿を映し出した。

 

 

【次回予告】

 

エクトルだ。次の作戦を少しだけ教えてあげよう。

 

激化していく壊獣との戦いに、ランスピアーズはフュテュール用の新たな武器を開発した。

これで少しは戦いが楽になればいいんだがな。

しかし、どうやら奴さん達も強化してきたようだ。

……何だと? アルクが押されている?

その上今度の壊獣は、コアを破壊してもまだ動けるという情報が入ってきた。

だったらこの新たな武器『カラドボルグ』の出番だな。

 

次回、勇希前進アルヴァシオン『貫け、カラドボルグ!』

 

Avance vers demain!

 

 

 
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