No.814588

満月ディナーショー

リューガさん

共幻文庫の短編小説コンテストに応募した奴です。
テーマはロックンロール。
少女がちょっと大人になる話です。

2015-11-20 05:29:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:391   閲覧ユーザー数:391

 夜の岬。

 岬の向こうには真っ白く輝く満月があり、波打つ海をキラキラと輝かせていた。

 波の音だけが激しくこだまする。

 

 岬の上に、壁面がすべてガラス張りで、瓦屋根の大きな建物がある。

 中からはオレンジ色の暖かな光が漏れ、フローリングの床には白いテーブルクロスをかけられたテーブルが幾つも並んでいた。

 暖かい、その席に着いた人々からは笑い声が絶えない。

 海辺の高級レストランだ。

 

 岬の先端に近い場所は一段高くなっており、大きなグランドピアノがある。

 海をバックにするステージだ。

 

 そのステージに、いちばん近い席にウエイターに案内された、3人の親子連れがやって来た。

 肩幅のがっちりした夫は、クラッシックな濃紺の2つボタンスーツと、茶色の革靴で決めている。

 銀縁のメガネと腕時計がアクセント。

 いかにも一張羅を着たという感じで、恐る恐る歩いている。

 

 妻も、またそうだ。

 夫の服に合わせ、スマートな体型によく似合う、濃い青のワンピース。

 裾がアシンメトリーで、それは海の波を思わせた。

 それにレース入りのジャケットをまとい、左胸にはラメ入りレースの花飾り。

 首からかかるのは銀の鎖に小さなブルーダイヤをあしらったネックレス。

 ヒールが高めのパンプスと、ショルダーバッグは刺繍の入った白だ。

 黒髪を後頭部で結わえている。

 

 両親に続くのは、高校生の女の子。

 脇下までかかるストレートな黒髪と、それに飾られた黒い大きな瞳。

 白い肌の、ほっそりとした面持ち。

 テーブルに置かれたナプキンを両親のタイミングに合わせて取り、二つ折りにして輪の部分を手前にして膝に置いた。

 これだけでも、良く躾けられたことがわかる。

 一方その服装は、よく言えば自己主張が激しい。

 悪く言えば空気を読んでいない。

 なにしろ、全身猫なのだ。

 黒地に猫のアップリケをたくさん張ったプルオーバー。

 白いパンツの裾にも左右に1匹ずつ、白猫と黒猫がいる。

 シューズは白に花柄。

 バッグも白で、すかし柄の花柄だ。

 だが、その表情には自信がない。

 彼女自身は、両親に合わせた服装をするつもりだった。

 だが、両親に無理やり着せられたのだ。

 

 料理を待ちながらも、少女は不安だった。

 このような席を設ける心当たりがないからだ。

 昔見た、アニメの1シーンが思い出される。

 突然、失敗しても怒らなくなった両親を、自分が養子に出される前触れではないかと勘繰る主人公の話だ。

 それは誤解だったわけだが。

「もう、暖房が必要な季節なのね」

「昼間は真夏日でも、もう10月だからな。ここは海風もある」

 両親の穏やかな会話。

 よかった、二人の機嫌は良いようだ。

 

 三人が席に着くと、すぐにアミューズが出された。

 『料理ができるまで、お楽しみください』という意味で出される、小さな料理やお菓子。

 今回は小さなリンゴパイだった。

 両親ともに、それを美味そうに食べる。

 だが少女、篠山 咲にとっては、質問のタイムリミットが迫っているように感じられて仕方がなかった。

「あの、ふがいないことで恥ずかしのだけど……」

 思い切って、聞くことにした。

「今回の食事は、何の記念なの? 私には、まるで心当たりがないのだけど……」

 それを聞いて、篠山夫妻は互いを見合わせた。

「雪江。先に渡した方がいいかな? 」

「そうね。咲が不安になるならね」

 そう言って母親は、バッグから小さな包装紙とリボンで包まれた小さな箱を取り出した。

「開けてみて」

 咲は固まった。

「それって、どうやって……」

 普段なら絶対に許されない行為。

 結局、膝のナプキンの上で静かに開いた。

 包装紙などは後でバックに入れる。

「これは……! 」

 出てきたのは、CDアルバム。

 コンサート会場で大観衆を前に、エレキギターを抱えた女の子が歌っている。

 その女の子の髪は赤く、猫のような耳が上に突き出している。

 腰から生えるのは赤くフワフワな毛のしっぽ。

 真脇 達美と言って、一昔前の人気アイドル歌手だ。

 両親に捨てられたはずのCDなのに。

 

 もう一枚は、咲の知らないアルバムだった。

 先ほどのソング集で中心に居た少女が猫耳としっぽを外し、20歳ぐらいに成長した姿で写っている。

 彼女は穏やかな日差しを受けて海辺の草原にいた。

 そして椅子に座り、その膝に知らない男性の頭を預け、上から抱きしめていた。

 タイトルには「Precious Warrior 真脇 達美&武志」とあった。

 背表紙もない、うすい紙のケース。ビニールも張っていない。

 インディーズで出されたアルバムのようだ。

 

「お前には、済まないことをしたと思っている」

 父が語りだした。

「パパたちは、その真脇 達美という歌手のことを、男とのスキャンダルと暴力事件を起こして首になった芸能人。としてしか見ていなかった。

 だが、お前から取り上げたCDを見つけられないよう、会社で捨てようとした時、見ていた部下に言われたんだ。

 その男というのは、真脇 達美のデビュー前から付き合っていた恋人で、彼女がデビューしてから、なかなか会えなかった。

 そんな2人が久しぶりに会ったコンサートで手を握り合ってしまった。

 それを理由に他のファンからリンチを受けそうになる。

 襲ってきたファンにとっては、許しがたい行為に思えたのだろうな。

 それを止めさせようと真脇 達美は舞台を飛び下り、乱闘になった。

 完全な正当防衛だと言うのだ」

「だから、これは私たちからのお詫びの品よ」

 と、母が引き継いだ。

「そして、お祝いでもあるの。あなたが、自分の好きな曲を選べる大人になってくれたことへの。

 でも、不安もできたわ。

 あなた、私たちがCDを取り上げる時、何も抵抗しなかったでしょ? 」

「……うん」

 責められたように顔を伏せた咲。

 目上の人に逆らってはいけない。

 それも、これまでに躾けられてきたことだ。

 それを見て両親は、さらに済まなさそうになった。

 父が、穏やかに言った。

「そこで、お前に一つのショック療法を思いついた」

 

 その時、店内の照明が落ちた。同時に店内放送からアナウンスが流れた。

『皆様、長らくお待たせいたしました。

 本日は当店の満月ディナーショーにお越しいただき、誠にありがとうございます。

 本日のゲストは、アイドル界の頂点に立ち、今はインディーズで活躍する人気歌手、真脇 達美さん! 』

 スポットライトが入口を照らした。

『その達美さんを支える優しい旦那様、武志さん。そしてまだ名前の無い、おなかの中のおチビちゃん。

 以上の三方です』

 

 咲はスポットライトの先を見ると、アッと息をのんだ。

 自分たちの方へ歩んで来るのは、赤い髪と猫耳。腰から伸びたフワフワのしっぽ。

 真脇 達美その人だ!

 今夜の衣装は、黒いへそ出しレザー。

 脇下までのコート。

 左足を付け根まで見せたパンツ。 ジャングルブーツ。

 アイドル時代より明らかに大きくなった胸を、胸元までしか隠さないチューブトップはワインレッド。

 その下のおなかは大きく膨らんでいる。

 少女の面影を残しながらも、大人の雰囲気をまとった彼女が、アコーステックギターを抱えてやって来る!

 

 その隣を歩くのは、インディーズのアルバムで抱きしめられていた男性だ。

 眼鏡をかけた、どちらかというと地味な人だ。

 達美との対比を狙ったのだろうか。

 彼の衣装は、黒の燕尾服に白い蝶ネクタイ。

 

「こんばんは。あなたが咲ちゃんね」

 咲には信じられなかった。

 CDそのままの声で、自分を呼び、握手を求めている!

「こんばんは。今夜は招待に応じてくれて、ありがとう」

 武志もあいさつした。

 咲の脳裏に、少し未来の彼らがキッチンにいる姿が思い描かれた。

 猫柄のエプロンをつけた達美。

 赤ちゃんを抱く武志。

 赤ちゃんは大きな赤い猫だった。

 いや、そんなはずはない。

「は、初めまして。今夜は、お招きいただきありがとうございます」

 咲は、両親がしてくれたことを思った。

 きっと、新しいアルバムならEメールによる通信販売のはず。

 その時に、今回のショック療法について相談したに違いない。

 でなければ、だれがゲストか分からないという満月ディナーショーに招待されるわけがない!

 そうか、相手が猫の格好で来るから、私も猫の服を!

 咲は、両親と真脇夫妻に感謝した。

 達美を見る目が尊敬で見開かれる。

 自分が愛する、強さのシンボルがそこにいる!

 

 達美は楽しげに話しかけてきた。

「あなた、お茶や生け花や、ピアノも習ってるんですって?

 すごいわ。私も生まれてくる子に習わせたい」

 達美に褒められ、咲はすっかり恐縮してしまった。

「そんな、人にお見せするほどの物ではありません……」

 そんな咲に、達美は誇らしげに話しだした。

「わたしは彼と、そしてこれから生まれる赤ちゃんはね、未来を作ってるの。

 音楽が人を救えるなら、その幅を押し広げたいの。

 それじゃあ、楽しんでいってね! 」

 

 夫婦と胎児が舞台についたころ、オードブルが運ばれてきた。

 暖かなゴルゴンゾーラのムースと鴨の燻製、それにリンゴのコンフィ添え。

 

 音楽は、静かなバラードから始まった。

 アイドル時代の曲の一つで、オフィスラブを扱った有名なドラマの主題歌だ。

 武志のピアノから始まる。

 柔らかな彼の音色を、咲は気に入った。

 やがて達美のギターのリズムが重なる。

 おなかの赤ちゃんとで2人分の力が出るのか、その歌声は伸びやかに広がっていった。

 

 途中トークを挟んで、およそ3時間。

 フランス料理のフルコースも、最後のコーヒーとビスケットの時間になった。

 曲も、あと一曲。 その時に、達美が話しかけてきた。

「実はね、これから歌うPrecious Warriorはね、タケ君が考えてくれた、おばけアドベンチャーのテーマソングなのよ。聴いてみる? 」

 おばけアドベンチャー!

 それを聞いた時、咲の脳裏に幼い日、達美のことを知った日を思い出した。

 子供に大人気の、何年も続くファンタジーバトル系アニメシリーズ。

 咲はそのファンの第一世代で、達美に魅了されたのは、その主題歌を歌っていたからだ。

「はい! ぜひ聴かせてください! 」

 咲は即答した。

 

 ピアノとギターの旋律が、一気に熱さと迫力を加速させた。

 咲には不思議だった。

 アイドル時代に比べて、人数も楽器の数も大きく違う。

 それなのに、どうやってあの頃より迫力のある曲ができるのか?

 そうか。これが音楽の幅を押し広げるという事!!

 

 

 

 

 

 

今を突き動かす歌声が

彼と彼女を突き放す

だけど切れない赤い糸

まだ視線は交わらない

 

謎に迷う世界 街の中

歩きつかれた 彼を呼ぶ大声

彼女の歌は、流れ星のように

誇りと力を一つにして

 

滅びが怖くても 目を見開いて

耳を 澄ませて 探すことがある

 

今を突き動かす歌声が

彼と彼女を突き放す

だけど切れない赤い糸

信じるよ

My Precious Warrior

 

 

赤い灯(ともしび) 「機能してない」

その一言が 止められない悪夢

彼と彼女を、つないだ歌声が

世界を停滞させた

それでも彼は

赤い糸を 守りたい

謎が生まれるとしても

 

彼を突き動かす歌声は

愛と欲望の間にある

それを誰かが奪いにくる

二人だけが知る 場所を

明日は

My Precious Warrior

 

 

僕が赤い糸を知ったのは

月が闇から浮かぶように

君を見つけられたから

 

今を突き動かす歌声が

僕と君を突き放す

だけど切れない赤い糸

僕と君をつないでくれる

信じるよ

My Precious Warrior

 

 

 

 

 

 

 咲は、すっかり興奮して頬を赤くさせてしまった。

「それでは、これより質問タイムとさせていただきます! 咲ちゃん! いかがですか?! 」

 そう武志に言われた咲は勢いよく手を挙げた。

「あの、お願いがあるのですが……よろしいですか? 」

 そう言って差し出された手には、Precious WarriorのCDアルバムが、しっかりと握られている。

「? 何? サイン? 」

「はい! お願いします! 」

 アルバムを受け取った達美は、武志に向き直った。

 武志が黒いマジックペンを持ってやってきて、二人はアルバムにサインを描いた。

「おなか、さわってみる? 」

 達美が言うのは、彼女の膨らんだおなかのことだ。

 咲は、興奮しながら、中にいる赤ちゃんを傷つけないように、恐る恐る手を伸ばす。

 思ったより、硬い。

 

「ありがとうございます! それと、もう一つお願いがあるのですが……」

 咲は恥ずかしさがあるのか、おずおずとアルバムの表紙をしめした。

 表紙には、あの椅子に座り、武志に膝を預ける達美の姿が。

「あの、この写真と同じ格好をしていただけませんか? 」

 今度は、達美がドギドキする番だ。

 

 えーと意味にない言葉を吐きながら、達美は真っ赤な顔で武志の方を見て、人差し指をつんつん合わせている。

「じゃあ、やる? 」

 それを見た武志も、顔が赤くなっていた。

 

 夜の海は、今も月の光を受けてキラキラと輝いていた。

 舞台の上で達美はギターを置き、『せっかくだから』と店側が持ってきた高級そうなアンティークのイスに座った。

 そして武志が彼女の前に跪き、その膝に手を置き、太ももに頭を預けた。

 その上から、達美の大きな、3つの優しいふくらみが……。

 

 咲のスマホについたカメラのフラッシュがたかれた。

 他の客も、感嘆の声を上げる人、ともに写真を撮る人、様々だ。

「ところで、義和? 」

 咲の母が夫に困惑の声をかけた。

「ちょっと、長い気がするな」

 夫の言うとうり、これから子供を迎える夫婦は、フラッシュがたかれなくなっても、そのまま抱き合い続けた。

 

 咲は、それを見てこれまでに感じたことのない快感を味わった。

 


 
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