No.807263

再会

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第15回 #かげぬい版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題【再会】
に基づいて作成。

2015-10-10 14:32:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1079   閲覧ユーザー数:1068

 延々と広がる青い海原を駆逐艦娘が二人、北西に向かって航行していた。

 前を行く艦娘は、特に外傷もなく、涼しい顔で航行している。それに続くもう一人の艤装には、側舷や艦橋に破損が見られ、本人もやや気難しそうな表情で姿勢と速度を制御している。

『三日月、大丈夫ですか?』

「はい。このくらいの速度であれば」

 先を行く不知火の音声が通信に乗ってきた。これには正直なところを答える。

「先ほどから機関部で不具合が見られます。この状態では、回避行動に難あり、ですね」

『了解しました』

 やはり平静な声が返ってくる。

『とはいえ、戦闘になるかどうかは天任せですが……』

「そうですね」

『不具合は、出発前にはありませんでしたね』

「はい。この二時間程でしょうか。ひどくなってきたのは、この三十分くらいですね」

 三日月の声を聞いて、不知火が速度を緩めた。やがて、三日月が追いつく。三日月も不知火に合わせ、速度を緩め、凪の海上で二人は完全に停止した。

「もう一度確認しても?」

「はい、お願いします」

 陽炎型も睦月型も、艤装は一般的な背に負うタイプであるため、実は海上では本人が状態を視認することができない。各種データは内部の機構で把握することができるが、百聞は一見にしかず、を地でいくように、視覚的に得られる情報は非常に説得力を持ち、それ故に判断基準として重視される。特に、慣熟していない新米艦娘であればなおさらである。

 不知火が、三日月の艤装の背部ユニットを開くと、パラパラと大小の破片が落下した。ユニットを穿っている無数の小さな穴は、直接被弾したのではなく、海面で炸裂した破片によるものと推察された。それは、三日月の衣服や生体——ほっそりとした足や腕にも、じんわりと赤い色をにじませている。傷自体は深くはなさそうだが、生憎そちらはどうにもならない。

「痛みはありますか?」

「少しだけ。気にしなければ、特に不都合はありません」

「そうですか。艤装内部も細かな傷が無数に入っていますね。大事には至っていないように見受けられますが……」

「それだけわかれば十分です」

 とにかく無理だけはできない、という共通認識は持てたものの、さて、ではどうすればよいのか。

 二人とも、行き先はわからない。自分がどこにいるのかもわからない。

 何しろ、昨日か一昨日あたりに、この海の上に突如として立っていたのだから。わからないなりに知恵を絞って、星の位置で本土からさほど遠くない南方の海域にいるようだと推測できた。であれば、北上する、というのが、二人にとっては当然の判断というものだろう。互いの見解はほぼ同一であった。

 前の戦闘でもそうだが、この状況下で、せめて合流できたことは不幸中の幸いだった。そうでなければ、三日月は新海棲艦の一隊に追いすがれ、沈められていたかもしれない。不知火とて同じ憂き目に遭う可能性は、少なくとも今よりはずっと高かったことだろう。

「諦める前に、できることは何でもやってみるべきですね」

 三日月は、前の戦闘に際して、救難信号を発信した。どこに敵がいて、どこに味方がいるのか、そもそも味方がいるのかもわからない世界で、また通信が通じるのかも定かではない世界で、危険を承知の上での行動であった。結果的に、偶然近くに現れていた不知火が駆けつけ、三日月は九死に一生を得たことになる。

「そうですね。もうにっちもさっちも行かなくなった時にはまた考えましょう」

 考えたくもなかったが、不知火の言うことはいずれ必要になる、と三日月も思った。何の因果で、突然苦難の目の前でこの世界に顕現したのかはわからないが、せめて生き長らえたい、とは思う。

 しんみりとした二人が、同時に北の空を見上げた。

 小さな、だが、確実に近づいてくる機関音を捉えたのである。

「この音は……?」

「航空機ですか……」

 果たして吉と出るか凶と出るか、と不知火がつぶやいた。空を見上げて気づいたのは、いつの間にか大きな積乱雲が、いくつか浮かんでいることだった。そして、凪いでいた海は、段々と波を大きくしていく。気圧が変わったのだ。

「何ともおあつらえ向きな風ですね」

「そうですね」

 三日月の言葉に、不知火が首肯する。二人とも真剣なまなざしで空を見上げていた。

 雲の上に航空機のシルエットが浮かび上がった。二人は幾分胸を撫で下ろした。記憶に何度も出てくる、懐かしさすら覚えるその形状に自然と笑みをつくる。

「零水」

 どちらともなくつぶやいた。

 

 

『ショゾクトカンメイヲツゲヨ』

 零式艦上偵察機から、発光信号があった。二人は頷き合った。不知火が艤装の通信機から信号を発する。

「ワレシラヌイ ナラビニ ミカヅキ」

 少し間をおいてから、続ける

「ショゾクハ マダナイ」

 三日月が何とも言えない笑みを浮かべた。不知火なりのユーモアなのだろうか。だが、本人は信号を発してから耳を幾ばくか赤くしている。偵察機も、反応に困ったのか、二度三度上空を旋回し、『タイキセヨ』と言い残して北に戻っていった。

 不知火は、やはり赤らめた顔を僚艦に向けた。三日月はそれに満面の笑みで応えた。

 しばらくして、無線機が音声通信を受信した。

『やっほー! 不知火ちゃん、三日月ちゃん。おっまたせー!』

 唐突に流れてきた、抑揚も何もあったものではない、甲高く調子っぱずれな声に二人とも目を点にした。

『あれあれー? 元気ないなー! 軽巡の那珂ちゃんだよー? 艦隊のアイドルの那珂ちゃんだよー!? お迎えにきたんだよー!?』

「これは……、罠かもしれません」

 不知火が通信にも乗るように、三日月に言った。三日月も真摯な表情でそれに答える。

「はい。用心しませんと」

『ひっどーい!』

『もう、馬鹿やってないでさ……。三日月、聞こえるかい?』

「え、望月ですか!?」

『そうそう。お待たせ。今そっちに行くからさ、ちょっと待ってなよ』

「はい!」

『ああ! 全然態度が違ーうーっ!?』

『そりゃ、いきなりあんたの態度じゃ混乱するっての……』

『モッチー、ひっどーい!』

『モッチー言うなっての』

 通信が切れて、二人は思わず互いの顔を見合った。

「不知火さん、目が点になってます……」

「三日月も、さっきまで点だったじゃないですか……」

「ああ、やはりそうでしたか」

 苦笑しつつ、三日月は空を見上げた。零水の軌跡はもう何も残っていない。

「でも、どうやら助かったみたいですね」

 不知火は無言で頷いた。

 

「おっまたせー! 那珂ちゃん到着っ!!」

「二人とも、怪我はないか? って、おいおい!?」

 那珂を押しのけて進みでた望月に、三日月が飛びついた。望月の体が大きく後ろに反って、かろうじて転倒を免れる。那珂が何やら批難げな声を上げるが、誰も気に留めない。

「望月! お久しぶりです!」

「急にビックリさせるなよな、全く……」

 望月は顔にかかった三日月の腕を持ち上げて、不知火を見た。

「そっちも無事なようだな?」

「はい。お迎えいただきありがとうございます」

「いいっていいって。どうせ近くにいただけだし。……あれ? 陽炎どこ行った?」

 望月が周りを見渡す。不知火は望月の後方に立つ二人の人影に目をやった。傍らでは、那珂が何やら騒いでいるが、誰かにたしなめられている。静かに進むと、二人のうち一人が振り向いた。明るい飴色の髪を両サイドで結んだ姿を見て、即座に頭の中で、満潮、という言葉と結びつく。満潮は微かに笑って肩をすくめてみせた。隣にいる茶色のツインテールの艦娘は、背を向けたまま、どうやらソナーに集中している。満潮が肩をポンっと叩くと、片手を上げて答える。

 そして、振り返った。

 すみれ色のきりっとした目元と、険しく真一文字に結ばれた口。不知火の姿を見て、それまで専念していた周辺への警戒がすっぽりと抜け落ちたかのように、表情が柔らかくなった。だが、三日月が望月に飛びついた様な、熱烈な感情表現はなかった。ただそのように感情を抑えることが、彼女にとって相当の忍耐が必要なのか、ぐっと堪えているようにも、不知火には見えた。同じことを思ったのか、満潮が呆れたように、その場を離れる。那珂と目配せしてから、転進し、進路を北にとると、滑らかに前進を始めた。

 満潮が動き始めると、陽炎は、さっと不知火のすぐ隣に並んだ。彼女の方には一瞥もくれずに、左の拳を肩のやや外側、胸の高さまで掲げた。不知火が右の拳でそれを受け、お互い力を込めて押し合い、そしてほぼ同時に拳を引いた。

 次の瞬間、二人の体は一瞬のタイムラグも起こさずに前進を開始した。何の合図もなかったにも関わらず、陽炎は不知火の、不知火は陽炎の挙動にピタリと合わせながら、彼我の差を離していく。

 十分な距離を保ち、どちらからともなく始めた之字運動も完璧に同調させてみせた。やがて、速度を上げて、満潮を左右から追い抜いてしまう。

「はいはい。皆、二人に遅れないようについていくよ」

 苦笑しながら、那珂が声を発した。そのまま複縦陣を保つように指示が飛ぶ。損傷した三日月を先に行かせ、那珂が最後尾についた。

『ちょっと二人とも飛ばし過ぎ。原速を保ってね!』

 通信機から聞こえてきた那珂の声を聞いて、二人はそれぞれ内側に当たる方の手を高く挙げ、了解の意志を示してみせた。


 
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