No.803592

「VB SEASON」

蓮城美月さん

ベジブル、ベジ一家の季節を題材にしたストーリー。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 100P / \200
http://www.dlsite.com/girls/work/=/product_id/RJ161566.html

2015-09-22 08:04:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1953   閲覧ユーザー数:1953

◆CONTENT◆

 

ポッキーのおいしい食べ方

秋の味覚と食欲と

鏡餅

恵方巻

本日は雪天なり

芸術の秋

バレンタイン戦争

あの頃のキミに会えたら

ウェディング・ソング

恋愛シミュレーター

 

秋の味覚と食欲と

 

木々の緑は紅く色づき、春に芽吹いて夏成長した農作物が実りを迎える秋。ブルマたちは、西の都から遠く離れた田舎の山麓へとやってきた。

「いい天気。絶好のマツタケ狩り日和ね」

ジェットフライヤーから降り立つなり、ブルマは背伸びをしながら空を見上げる。出発時は天候が心配だったが、来てみると澄み渡った晴天。晩夏を過ぎ、秋が色濃くなる空は青く、碧く深みを帯びる。乾燥気候である西の都では季節の移り変わりは感じられないが、極東にあるこの地域には四季があり、風情ある景色に彩られていた。大きく深呼吸して、清々しい空気を肺に送り込む。

「ママ、荷物はどうするの?」

トランクスが機内を振り返った。今日はマツタケ狩りだけでなく、お昼にバーベキューをすることになっている。機材はカプセルで持ってきたが、それ以外の道具や食材はそのままの状態だ。

「とりあえず、マツタケ狩りに必要なものだけ持って行きましょう。どうせお昼になったらここに戻ってバーベキューをするんだし」

この場所は、チチから教えてもらった穴場なので人も来ない。ジェットフライヤーをカプセルに戻さなくても心配ないだろう。トランクスが山菜採り用のカゴを後部ハッチから運んでくる。

「はい、ベジータ」

山に囲まれた周辺の風景を眺めていた夫へ、ブルマは帽子を差し出した。普段のトレーニングウェアと一線を画すアウトドアスタイルの装いは、妻子と同デザインのカラーバリエーション。

「木の間から差し込む陽射しもあるし、かぶれば?」

しれっと言ってのけるブルマに、ベジータは閉口した。フリーサイズの帽子なので、普通ならばかぶれるはずだが、その特異な髪型、そして形状記憶のような硬い髪質は収まらない。

「あ、やっぱりその髪型じゃ無理? だったらこっちを使う?」

ブルマが繁々とベジータの硬質な黒髪を見つめ、帽子を引っ込めた。代わりに自分がつけていたサンバイザーを外して手渡す。

「それなら大丈夫でしょ」

サンバイザーならば、頭部全体をキャップで覆うわけではないので、猛々しく天に向かって逆立つような髪型でも問題ない。ベジータは渋々といった表情でサンバイザーを装着した。

 

「じゃあ、マツタケ狩り開始。この山一帯は採っていいらしいから」

親子三人は林の中へと進んだ。木々の枝葉の合間を縫って、やわらかい光が射している。

「マツタケっていうのは、アカマツの根元に生えてて」

ブルマは昨夜調べたマツタケの見つけ方を語るが、思いのままにうろつくベジータとトランクスは聞いていなかった。

「もう、あんたたち。人の話を聞きなさいよ」

食欲旺盛な二人のことを考慮に入れれば、マツタケは数十本では到底足りない。最低でも百個以上は収穫しないと、あっという間になくなってしまうだろう。だから、マツタケの発見方法を予習してきたというのに。ブルマは頬を膨らませながら文句を投げかける。

「ねえ、ママ。マツタケってこれのこと?」

少し上の斜面で、トランクスが顔を上げて問いかけた。その手には、まさに目的のマツタケが握られている。

「そうよ、それがマツタケ。あんたもう見つけたの? 早いわね」

「やった! このマツタケ、オレが食べていいよね?」

「いいけど、お昼までは我慢しなさいよ」

「うん。よし、たくさん見つけるぞ」

上機嫌のトランクスは、意気揚々と周辺を見渡して歩みを進めた。マツタケ狩りを存分に楽しむ息子は「あ、また見っけ」と声を上げる。

(まあ、子どものほうが宝探しとか得意だしね)

そう思いながら木の根元を探していくけれど、なかなかマツタケを見つけることができない。しばらくして、いまだ収穫ゼロのブルマは夫の様子を伺ってみた。

「ベジータはマツタケ見つけた?」

こういう経験など皆無なベジータのこと、きっと自分といい勝負のはず。そんな予測でベジータのカゴを覗き込むブルマ。

「こんなちっぽけなキノコがうまいのか?」

ベジータは今収穫したマツタケをまじまじ眺めると、背中のカゴに放り込んだ。そこにはすでに数十個のマツタケが鎮座している。

「な、なんでそんなに…?」

「こいつは匂いが独特だからな、すぐにわかる」

サイヤ人は地球人より五感が発達している。それは戦闘民族として生まれついた特性でもあり、戦いの中で研ぎ澄まされたものでもある。その優れた嗅覚をもってすれば、特有の香りを持つマツタケを探し出すことなど、さして難しいことではないということだ。

「パパ、ママ。オレ、こんなに見つけたよ」

ブルマが予想外の状況に驚いていると、トランクスが駆け寄ってきた。誇らしげに掲げたカゴはすでに半分ほど埋まっている。

「これだけあれば、おじいちゃんとおばあちゃんの分もあるよね?」

「そ…そうね」

祖父母を思ってくれる気持ちは嬉しいけれど、ブルマは素直に喜べない。自分だけマツタケを採れていない現実が顔を引きつらせる。

「パパもかなり採ってるんだ」

「この程度では、腹の足しにもならん」

「じゃあ、もっとたくさん採らないとダメだね」

トランクスとベジータがお互いの収穫を見比べている隣で、ブルマは拳を震わせた。

「……そうよ、あんたたちの後ろから追いかけてたんじゃ、見つかるわけないわ。二人が根こそぎ採ってるんだから。あたしの見つけ方が悪いわけじゃ…」

「ママ? どうしたの」

一人でブツブツと呟く母親に息子は声をかける。

「あたし、あっちを探してくる。あんたたちは絶対来ないでよ。近くにいたら、周辺のマツタケを全部採っちゃって、あたしが採るマツタケが一個も残ってないんだもん。そんな場所では、どんな人間でも見つけられるはずないわ。だから、離れた場所でマツタケを探すから」

ブルマは向こうの方角を指差して宣言した。このままベジータとトランクスの近くで探していても、二人が先に収穫してしまうのだから、自分は見つけられない。だったら、二人がまだ足を踏み入れていない場所を探せば、きっとマツタケを収穫できるはず。心の中で目論見ながら、ブルマは山の斜面を一直線に進む。

「あんたたち、こっちに来ちゃだめよ。こっちはあたしのエリアだからね!」

向き直って念押しすると、まっしぐらに去っていった。

「パパ。なんだかママの機嫌悪くない?」

「オレは怒らせるようなことをした覚えはないぞ」

なにがブルマの不興を買ったのか、ベジータとトランクスは首を傾げる。肩を怒らせて遠ざかるブルマの後ろ姿を、ただ見送るしかなかった。

 

「これくらい距離があれば大丈夫ね。さあ、マツタケを探すわよ。あの二人が採ったのより、もっと大きなマツタケを見つけてやるんだから!」

ブルマは張り切ってマツタケの捜索を始めた。アカマツの根元を注意深く見下ろしながら、斜面を進んでいく。科学者としての才能には恵まれているブルマだが、アウトドア環境での適応能力は凡人の領域。戦闘民族でサバイバル生活に適合した心身を持つサイヤ人に敵うはずはない。

けれど、ベジータやトランクスが初めて体験するマツタケ狩りで圧倒的な差をつけられるのは、地球に生まれ育った者として納得できない。向こうが優れた嗅覚を利器としているなら、こちらは経験による知恵や教え。昨夜調べたマツタケ発見法を実践する。

「ん…? ここ、なにか出てる」

視線の先に奇妙な凹凸があった。そっと落ち葉を除くと、ひょっこり生えたマツタケが一本。

「やった! ほら、ご覧なさい、あたしだって、マツタケを見つけられたじゃない」

そこには自分しかいないけれど、自画自賛せずにいられない。慎重にマツタケを引き抜くと、立派な全身が現れた。かなり大きなサイズだ。ベジータやトランクスが採ったものより大きい。これ一本で数本分の価値があるだろう。

すっかり有頂天になっていたそのとき、背後に影が迫って、ポンと背中を叩く。夫か息子のどちらかだろうと信じきっているブルマは、たった今収穫したマツタケを見せようと振り返った。

「ねえ、見てよ。このマツタケ、あたしが――――」

マツタケを握り締めたブルマの言葉が途切れる。そこにいたのは、ベジータでもトランクスでもなかった。

 

「キャー!!」

遠くから響き渡ったブルマの悲鳴に、ベジータとトランクスは顔を見合わせる。二人とも満足できる分量を収穫しようと、マツタケ採りに集中していた。背負ったカゴは山盛りのマツタケであふれそうだ。ブルマが「近くへ来るな」と言い残したので、ベジータとトランクスはそのとおりにしていたのだが…。突然の悲鳴、ブルマの身に異変が起こったらしい。真顔に戻った父子の姿は、次の瞬間この場から消えていた。

 

「ブルマっ!」

「ママ!」

ベジータとトランクスが気配を頼りに駆けつけると、どこから現れたのか、大きな熊がブルマの目前に迫っている。思いもよらぬ熊の出現に驚き、その場から動けないブルマ。熊が襲いかかろうとした瞬間、ベジータは背後から取り押さえ、トランクスはブルマを抱えて窮地から逃れさせた。

「ママ、大丈夫?」

「近寄らないで! このマツタケはあたしのなんだから!」

目を閉じていたブルマは、自身が救出されたことを分かっていないのか、マツタケを両手で握り締めていた。

「…あの、ママ。熊はマツタケ食べないと思うよ?」

「へっ? ……あれ? トランクス?」

必死でマツタケを死守していたブルマは、トランクスの声で我に返る。

「熊はパパが取り押さえたから、もう平気だよ」

言われて視線を向けると、熊を軽々と屈服させているベジータの姿があった。

「あら、ほんと。それにしても助かったわ、ありがとう。振り返ったら後ろにこの熊がいて、びっくりしちゃった」

落ち着きを取り戻しながら、ブルマは状況を説明する。

「それで、この熊はどうする? 熊鍋にでもするか?」

羽交い絞めにしている獲物を前に、ベジータは平然と言い放った。サイヤ人にかかれば、どんな肉食動物だろうと糧になる。

「あたしは遠慮するわ」

これまでにイノシシなど、野生動物の肉を食べたことはあるけれど、それは生きているときを知らない状態でのことだ。こうして目の前で生きているのを見ると、気が咎めてしまう。

「オレは――――」

トランクスが意見を述べようとしたとき、近くから気配を感じた。即座に双眸を動かすと、向こうの茂みに小さな熊が二匹隠れている。

「熊の子どもだ!」

認識したと同時にトランクスは行動に出た。二匹の子熊を捕まえると、その可愛らしさに頬がほころぶ。突然自由を奪われ、逃げようとする子熊と戯れていた。息子が身柄確保した対象に、ベジータとブルマは正反対の感想を抱く。

「可愛い子熊。そっか、この熊の子どもなのね」

「そんなにうまそうじゃないが、そいつらも一緒に鍋にするか?」

いかにも肉食系戦闘民族らしい言葉に、刹那静寂が流れた。それが冗談や揶揄ではなく、まぎれもない本音だと確信すると、ベジータは妻子から冷ややかな眼差しを注がれる。そこには「信じられない」という、軽蔑の感情が含まれていた。

「なんてこと言うの。こんな小さな子どもを殺すの?」

「パパ、ひどい。そんなの、この子熊があんまりだ!」

二人から一斉に非難を浴びせられたベジータは一瞬たじろぐ。なぜ、自分が責められなければならないのか、その不条理さが理解できない。

「だったら、この熊をどうしろというんだ?」

人間に襲いかかったのだから、捨て置くわけにもいかない。不服そうな夫の言葉にブルマは考え込んだ。

「今年は猛暑だったから、熊の餌になるような木の実が少ないのよ。普段はもっと山奥に住んでるけど、食べるものがないから、麓まで降りてきちゃったってところかしら」

「熊ってなにを食べるの?」

「主食はドングリなんかの木の実や山菜らしいわ」

「そういえば、この山でドングリとかあまり見てないな」

地球レベルで異常気象だった今年の夏。それは自然界にも多大な影響を及ぼしている。

「おい。今はこの熊をどうするって話を――――」

自分の問いなどまるで無視して会話する二人に、ベジータは不平を唱える。熊には熊なりの事情があったのだと話し合っているのに、あくまで害獣扱いする夫を、妻は毅然と一喝した。

「ベジータ。あんた、本気でこの熊を鍋にして食べちゃうつもり?」

「前にテレビで見たけど、熊って母親だけで子育てしてるんだよね。その母熊が鍋にされちゃったら、この二匹の子熊はどうなるの?」

子熊の身を案じるトランクスに、ベジータは返す言葉もない。

「まだ幼くて、親がいないと生きていけない子どもから母親を奪うなんて…。トランクス、もしあんただったら? あたしがいなくなっても平気?」

「ママがいなくなるなんて嫌だよ、絶対!」

「その子熊たちにとっては、そういうことなの。わかった?」

「人間と熊を一緒にするな」

寸劇のように見えなくもないブルマとトランクスのやり取り。ベジータはげんなりしながらも、辛うじて抗弁した。

「同じことよ。あたしがいなくなったら、あんただって困るでしょう。あんた一人でトランクスを育てられる?」

人道的見地から、熊の親子の救済を主張する二人の態度は変わらず。やがて、ベジータは白旗を掲げる。確保していた熊の身柄を解放した。

「それで、この熊さんたちはどうするの。また麓に下りてきたら困るよね?」

山奥に食べるものがなければ、これからも同じことが起きるだろう。トランクスがその可能性を示唆すると、頬に手を当てて考え込む。

「まずは元の縄張りまで帰さなくちゃね。あとは食べ物だけど…そうだ!」

脳内で思案していたブルマは、名案を閃いて手を叩いた。

 

「………どうしてオレがこんなこと」

数刻のち、ベジータは空を飛びながらため息混じりに呟く。その肩には担がれた親熊が、反対側には小熊を一匹抱えていた。

「ここでいいんじゃない?」

トランクスに背負われたブルマが下を指差して言う。麓からはかなり離れた山奥、小さな洞穴が見えた。もう一匹の子熊をしっかり両腕で抱えたトランクスが降下していくと、ベジータもそのあとを追う。この近辺が熊の本来の住処なのだろう。地面に着地して自由の身になった途端、子熊は母熊のもとへ走り寄った。

「じゃあトランクス、お願いね」

「うん、わかった」

ブルマが促すと、トランクスは単身どこかへ飛んでいく。

「どこへ行ったんだ、あいつ」

「すぐにわかるわ」

ベジータの疑問に答えず、ウエストポーチからカプセルを取り出した。

「さてと」

ブルマがそのカプセルを投げると、大量の食糧が出現する。これはたしか、バーベキュー用に持ってきた食材。熊をここへ運ぶ前にジェットフライヤーまで戻って、なにやらゴゾゴゾしていたかと思えば、食材をカプセルに詰めていたらしい。

「雑食だから野菜は食べられるわよね?」

ブルマがキャベツやにんじんを転がすと、熊は警戒しながらもそれに手を伸ばした。冬眠前で栄養を蓄える必要がある時期だ。遠慮がちに食べ始める。

「じゃあベジータ。これをあの洞穴に運んでくれる?」

野菜がいっぱい入ったコンテナ、これを熊に与えるようだ。

「ちょっと待て。それはオレたちの昼飯だろう」

「そうだけど。なにか問題ある?」

きっぱりと肯定されて、ベジータは二の句が継げない。

「この食糧で熊の親子が一冬越せるなら、惜しくないでしょう?」

「オレたちはなにを食えばいいんだ?」

「あたしたちなら、西の都に帰ればなんでも食べられるじゃない」

お昼のバーベキューを挟んでゆっくりマツタケ狩りをする予定だったが、ベジータとトランクスがあれだけ収穫しているのだ。家族がマツタケ料理を堪能するには充分だろう。

「ママ、持ってきたよ」

しばらくするとトランクスが戻ってきた。背中には大きな風呂敷を負って。

「早かったわね、ご苦労さま」

風呂敷には大量のドングリが入っている。

「うちの中庭にある大きなブナの木、ドングリも毎年かなり落ちてるのよね」

トランクスは自宅へ帰って、中庭にあるドングリを運んできたのだ。まだ木から落ちていない実も、軽く揺らすとあられのように降ってきた。

「これだけあれば足りるかな?」

「食糧もあげたし、きっと大丈夫よ」

熊の親子がこれから訪れる厳しい冬を越せるのか、心配そうな息子に母親は明るく告げる。

「じゃあ、あたしたちはマツタケを持って帰りましょう。あんたたちが収穫した山盛りのマツタケがあれば、いろいろできるわ」

「そうだね。おばあちゃんがおいしい料理にしてくれるよ」

「まずはマツタケごはんよね。土瓶蒸しに焼きマツタケ、お吸い物とか」

二人の間で会話は弾むけれど、その輪に入れないベジータは、言葉を挟む隙もなく、与えられた食糧を仲良く食べる熊の親子を眺めていた。

「パパ?」

「ベジータ?」

その視線に疑念を抱いたブルマが、冷たい声色で訊ねる。

「まさか、この期に及んで熊鍋が食べたい――――なんて言わないわよね?」

微笑みながら、しかし目は笑っていないブルマ。質問という形式を装った圧力に、ベジータは一切の反論を諦めた。妻を本気で怒らせると、害をこうむるのは自身なのだ。対処しようがない。

サイヤ人の食欲をも打ち負かすブルマの恐ろしさに、敗北を認めるベジータ。たくさんのマツタケを持って西の都へと戻った一家は、思う存分秋の味覚を満喫した。

 

バレンタイン戦争

 

「いつまで寝てるの。早く起きなさい、トランクス」

子ども一人が眠るには広すぎるベッドで快眠を貪っていたトランクスは、枕元までやってきた母親の声で目を覚ます。

「今日は日曜日なんだし、もうちょっと寝かせて…」

ゲームで夜更かしをしたため、すっかりまどろみの中。一向に起きる気配はない。

「残念ながらそうはいかないの。パパからのお誘いよ」

その言葉を聞いた途端、トランクスの眼は大きく開いた。

「えっ? ここ最近はトレーニングをサボってないよ、オレ」

父親からの『誘い』というのは、重力室でのトレーニングを指す。ゲームや遊びで日々の鍛錬がおろそかになっている場合は重力室に呼び出され、鈍った身体と根性を叩き直されるのだ。

「そうなの? でもベジータはあんたを待ってるんだから、早く顔を洗って重力室へ行きなさい」

息子がこれからどれだけハードなトレーニングを体験するのか、母親はまるで知らないため、平然とベッドから追い立てる。

「…朝から元気だね、パパ」

「そうね。体力有り余ってる感じ?」

苦笑しながら呟いたブルマに、トランクスが訊ねた。

「ママ、最近仕事が忙しいんだよね?」

「新しい特殊素材を開発中なのよ。もうすぐ完成すると思うけど」

「だからじゃないの? パパが『余計な』体力残してるの」

「トランクス、あんたね!」

あながち外れていない指摘に、ブルマは問答無用で息子の布団を引きはがした。

 

トランクスは渋々といった歩調で、重力室までたどり着く。ブルマは「トレーニングが済んだら朝ごはんよ」と言って、ダイニングルームへ向かった。まだ負荷を加えていない重力室の扉は半分開かれてる。

「パパ、おはよう」

父親の機嫌を損ねないよう、そっと室内へ足を踏み入れた。ベジータは広い空間の片隅であぐらをかいて座っている。トランクスが機械の組み込まれた重い扉を動かし、「重力は何倍にすればいいの?」と訊いた。現在の重力室は、扉にシステムのコンソールが設置されている。

「必要ない」

「えっ? でも…トレーニングは?」

「かまわん。こっちへ来て座れ」

鍛錬には重力負荷が必須なのに、その必要はないという父親。息子は怪訝な顔で言われるままに従った。

「おまえ、明日が何の日か知っているか?」

トランクスが向かいに腰を下ろすなり、ベジータは切り出した。

「明日? 明日って二月十四日でしょ。あ、バレンタインデー!」

「だったら、去年のことは覚えているだろうな?」

バレンタインという単語が出てきた瞬間、脳裏に昨年の出来事がよみがえる。

「………うん、もちろん。忘れるはずないよ」

青ざめた表情で答えた台詞は、昨年の恐怖をまだ身体が記憶しているせいだろう。昨年のバレンタインデー、ベジータとトランクスは恐ろしい体験をした。それは愛する夫と息子へ心のこもったチョコレートを贈ろうという、ブルマの純粋な気持ちからだったのだが。

料理が得手ではない彼女だけに、科学者なりの工夫でアレンジしようとした結果、世にも恐ろしい物体が出来上がった。もはやチョコレートでもなければ、食べ物と分類するのも怪しいほどの。ベジータとトランクスはそれが原因で、数日間のたうちまわる羽目になった。

去年と同じ鉄は踏むまい、そう考えて父親は息子をこの場へ呼び出した。重力室ならば盗み聞きされることも、ブルマが乱入する可能性もない。

「でもさ、今年はママ仕事で忙しそうだし…」

ここ数日のブルマのスケジュールからすれば、チョコレートなど作る余裕はないだろうと、息子は希望的観測を述べる。

「だが、あいつのデスクに手作りチョコレートの本があった。それに最近見ているのは、なにか得体の知れない調合比率の資料や本ばかりだ」

「な、なにそれ。普通に怖いんだけど」

「おそらく、今年は去年以上に恐ろしいものが出てくるに違いない」

妻の様子から判断し、ベジータは断言する。

「去年はあの量を食べきるのにすごく苦労したよ。それ以上ひどいとなると…。一週間はあとに引いたよね? 普通の食事だってまともに食べられなかった」

「このまま放置すれば、明日は死の淵をさまよっているかもしれん。だから、どうにかしてブルマを阻止するんだ」

「ママを阻止って、具体的にどうするの?」

「それを考えるんだろうが」

明日のバレンタインデーに起こるだろう悲劇を招かないため、父と息子は思案した。

「忙しいから、明日のバレンタインを忘れてるってことは?」

「ないな。デスクのカレンダーにしっかり印をつけてやがった」

「ママがキッチンを使えないように、キッチンを破壊するとか?」

「…だれが破壊する?」

「えっ? そりゃパパだよ。エネルギー弾の狙いを外したとか言ってさ」

「そんなことをしてみろ。無事に五体満足でいられるかどうか」

家を破壊したときのブルマの怒りは、セルやブウなど比較にならない。トランクスもその恐怖を想像して背筋が寒くなった。

「じゃあ、お腹を壊して食べられないとか」

「オレとおまえ、二人一緒にか? オレたちに限って、その言い訳は通用しない。なにしろ普段の食欲と、どんなゲテモノでも消化する胃袋は周知の事実だ」

「だったら、ドラゴンボールでバレンタインデーをなくしてもらえば?」

「ブルマ一人のことに、全世界を巻き込む気か?」

思いつく限りの対応を提案してみるものの、どれも解決策には至らない。

「どうしようもなかったら、観念して食べるとか?」

「体調を崩すのは覚悟の上でか?」

「仕方ないじゃん。だって、どんな恐ろしい味や見た目でも、一口食べただけで卒倒しそうな劇毒物でも、ママの手作りだからさ。ママがオレたちのために作ってくれたものだから、捨てたりできないよ」

「――――そうだな」

神妙な面持ちで告げたトランクスに、ベジータも同意する。明日のバレンタインデー、どんな手作りチョコレートが差し出されても残さず食べようと、親子は決死の覚悟を決めた。

 

そして翌日のバレンタインデー。ベジータとトランクスは、落ち着かない胸中でブルマの帰宅を待っていた。ブルマは仕事で都の郊外にあるファクトリーへ出かけている。

「ただいま」

夕食の時間が近づいてきた頃、上機嫌のブルマが帰ってきた。

「お、おかえり、ママ」

緊張感を漂わせてトランクスが出迎える。

「疲れた。でも、これで仕事は一段落したわ」

今日で抱えていた仕事が完了したブルマは、ソファに手足を投げ出した。

「おい、ブルマ」

「あのさ、ママ」

いつノストラダムス級災難が降りかかるのか、ベジータとトランクスは警戒しながらブルマに話しかける。

「あ、トランクス。エントランスに荷物があるから、取ってきてくれない?」

「荷物?」

「帰りにデパートへ寄って買ってきたの。結構な量になっちゃったし、上まで運ぶ力もなかったから置きっぱなし」

「いいけど、なにを買ってきたの?」

「今日はバレンタインでしょ。有名ショコラティエのチョコレートよ」

「えっ! 手作りじゃないの?」

思わぬ展開に父子は驚いた。

「ごめんね、今年は忙しくて時間がなかったのよ。衝撃吸収に使われる新しい特殊素材の開発にかかりきりだったから。材料の調合比率が難しくて、すごく大変だったの」

「…デスクに置いてあったのは、そいつの資料か?」

ベジータがブルマのデスクで見かけたものを思い出した。

「そうよ。あんた、よくわかったわね。それにしても、知らなかったわ。あんたたちがそんなに手作りチョコレートを楽しみにしてたなんて。来年はちゃんと研究して、手作りのオリジナルチョコレートを作るわね」

夫と息子の過剰な反応をまるきり勘違いしたブルマは、笑顔で宣言する。その大いなる誤解に、ベジータとトランクスは声を揃えて叫んだ。

「――――作らなくていい!」

 


 
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