No.803305

「COLORFUL BOX」

蓮城美月さん

複数ジャンルの小説をまとめました。シリアス、ほのぼの系。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 046P / \100
http://www.dlsite.com/girls/work/=/product_id/RJ159199.html

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2015-09-20 19:16:05 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1654   閲覧ユーザー数:1654

◆CONTENT◆

 

【 ハチミツとクローバー 】

SIMILARITY

二人の果て

恋と花火と観覧車

 

【 龍の花わずらい 】

Close to me

Vivid Colors

 

【 お迎えです。 】

追想

 

【 BLEACH 】

DEAREST

 

恋と花火と観覧車

 

――――本当の『好き』って、どんなもの?

 

「野宮さんは本気で恋に堕ちたこと…本当の意味でだれかを好きになったこと、あるんですか?」

まっすぐな眼差しの彼女に訊かれ、オレは言葉に詰まった。

コンビニの明かりが、煌々と夜道に光を差し入れる。彼女を家まで送る途中、歩調はいつになく緩やかだ。並んで歩くこの時間が、少しでも長く続くように。

車でしか行ったことのない、彼女の家へと続く道。自分の足で歩いていると、普段は気づかなかった発見もあり、日常にありふれた景色を改めて記憶の片隅に入力する。

「……ない、だろうね。多分」

自分を客観的に、俯瞰しているかのように判断できる。オレはまるで他人事のように答えた。

 

…本当に掴めない人だと思った。今、ゆるりとした歩みで隣を歩く野宮さんを、控えめに伺う。いつもと同じ大人の顔。悠々として、何事にも動じないような…涼しい顔。

「どうして…ですか?」

わたしは視線を外し、しばらく黙考したあとで訊いてみた。野宮さんみたいな男の人なら好きになる人は多いだろうし、付き合った人もたくさんいるような気がする。それなのに。

「心が、欠落しているから」

驚くほど淡々と、雰囲気にそぐわない答えが返ってきた。思ってもいなかった理由を耳にして、とっさに野宮さんを凝視する。思いつめている風でもなく、ただ平常のままにいる。そんな様子に言葉とのギャップを感じて、なぜか惹きつけられた。

 

こんな内面に関することを話したのは初めてだった。他のだれにも打ち明けたことがない、オレ自身の本音。どうして彼女には話してしまうのだろう。不思議に感じた。

彼女は今まで出逢ってきた女の子とは明らかに違う。自分の外見に惑わされない、本質を突いてくる。反応も計算できない、オレからすれば珍しいタイプなのに。彼女に対しては、いつもの自分ではないような気さえする。

『オレの家の鍵、預かってくれない?』

言おうと思えば言えた。かつては、だれにでも言えた簡単な台詞。他の女の子相手には滑り出す言葉が、彼女には出てこない。

『好きに使ってかまわないけど、奈良漬臭くするのだけは勘弁してくれる?』

皮肉交じりに言えばよかった。だけどためらわれて…言わないまま。

 

街並みの明かりが、夜という闇に視界を与えてくれる。なにか思案している横顔は、漠然と遠く感じて、心が捉えきれない、飄々としているように思えた。

どう言えばいいのだろう。野宮さんの言葉は、わたしの想像できる範疇をはるかに越えて深い部分から発した気持ちなのに。安易な思考でわたしが打ち消していいものではないだろう。簡単に、そんなことないと言えるはずもなかった。

 

彼女は惑いを浮かべながら、次の台詞を探していた。想定外の答えに対応を迷っている。だが、オレにとってそれがまぎれもない真実であり、飾ることのない本心からもれた理由だった。

何人かの女と付き合っているうちに、稀に勘のいいタイプもいて、率直に言われたことがある。『心に空洞があいている』と。

そう言われたとき、初めて自分でも理解することができた。なぜ、だれのことも本気で好きになれないのか。心の奥底までさらけ出して、だれかと一緒にいられないのか。

――――分かっていた。本当は分かっていた。彼女に対しても、同じことが言える。自らの逡巡から、一歩を踏み出せないでいた。

「山田さん」

オレは長い息をもらす。そして彼女に切り出した。

「本気の好きって、本当の好きってどんなもの?」

 

唐突に訊かれてわたしは戸惑った。急に問いかけられても、そんなことすぐには答えられない。また、自分がそれに対する的確な回答を所持しているとも言いがたい。

「一旦は永遠を誓っておきながら、それを破棄できるのが人間だよ?」

困惑に口ごもったわたしに、野宮さんは静かに言った。低く皮肉が入っている口調。その意味合いを考えながら、食い入るように見つめる。

「オレには、どういうことが『本当の好き』なのかピンと来ない。かつてそう思って結ばれた二人が、跡形もなく壊れていく過程を見てきたから」

冷ややかに言い捨てた。まるで過去の自分を嘲笑っているかのように。わたしには理解できなかったけれど、それは野宮さんの根本となる部分に染みついているもの。多分、野宮さんの家族は離散してしまったのだろう。

 

オレが物心ついた頃には、すでに両親は不仲だった。凍てついた空気が冷たく、痛いほどに心を刺す。お互いを『夫婦』という名目と『親』という義務で縛りつけて、大きな穴の開いた『家庭』という場に生活していた。

それでもオレは、子どもなりにつなぎ止めようとしていたのかもしれない。近郊にオープンする遊園地の観覧車に乗ることを、両親に働きかけて約束した。『家族』を続けてほしいと、切に願っていた上での行動だろう。毎日オープンを待ちながら、観覧車を眺めていた。

けれど、その願いは叶わず終わる。約束を果たす前に母親は家を出て行き、あとには砕けた家族の破片だけが散らばっていた。自分のしてきたことは無意味だったのだと思い知る。

壊れていく家庭の中で必死に取り繕っていた自分が、幼い子どもが滑稽に思えて。アルバムに収められた笑顔も、しあわせそうな三人も、すべて色あせて見えた。嘘という色に塗り替えられた。

「永遠に変わらないものなんて、この世のどこにもないんだよ」

 

まるで、夜の果てしない深淵のよう。野宮さんの言葉は、わたしが感じたこともない遠くから放たれていて、その心境を想像することすら難しい。

わたしには両親と兄がいて、それが日常。当たり前に普通のこと。息をしているのと同じくらいありふれたこと。家族が一緒に暮らしていることに何の感慨もない。至って普通のこと。

だけど、そうじゃない人もいる。家族なのに離れてしまうケース、家族がいない人もいる。頭では理解しても、普段はそんなこと気にもしていない。

「野宮さん。家族は…?」

「家族なんてものに理想を描いては、きっと不幸になるだけだから。最初から、そんなものに期待なんかしていない」

 

いつか、真山に訊かれた。『どうしてそんな風に、簡単になにもかも捨てられるんですか』と。真山から見れば、オレは捉えどころがなく得体の知れない人間に映るのだろう。オレは笑いながら、真山らしい青さに納得する。そして冷然と答えた。

『失わずに済むものなんて、世界にはひとつもないからさ』

その回答に黙り込んだ真山。一瞬否定しようと試みるが、力なく断念する。自分の言葉では証明できないことを知っているから。

『おまえは、解らなくていいよ』

俯く真山に言い残した。あのときと同じように、きっと彼女の反応も同様だろう。無責任な否定なんてできない。そのことに対し、身をもって信じさせる術を持ち合わせていないのなら。

当惑に黙り込む様子を見て、オレは小さく息をもらす。君が気にするようなことじゃないと、言おうとした。すると、彼女が先に口を開く。

「……そんなことない」

 

「そんなこと、ない。それでも、信じられるものはあるって…思うから」

「――――――」

迷いながら声にした言葉、ぎこちなく放たれた心。そう言えるだけのことができるなんて確証はなかったけれど、無意識に口からもれてしまっていた。その台詞が、切なくなるような想いが。

野宮さんは瞠目してこちらを見る。予想外の反応に、意外さを感じているようだ。けれど、野宮さんよりわたし自身が一番驚いている。思わず言ってしまった言葉に。

「…どうしたら、信じられると思う?」

深く、抑揚のある声で問われる。わたしは戸惑いながら必死に答えを探したけれど、そんな簡単には見つからない。

「………どうしたら…」

頼りなく呟く。自分の言葉に対する無責任さに、恥ずかしさを覚えた。

 

答えを探して悩む彼女を見つめる。頭の中を駆けめぐる思考が、顔に出ていて興味深い。そんな真剣に悩むことなんてないのに…と思いながらも、自分のことに本気で向き合ってくれる彼女が嬉しかった。いかにも彼女らしいと思う。オレは足を止めた。

『言ってみただけのこと、真に受けることはないよ』

そう言おうとしたが、気が変わって別の台詞が口をつく。

「君が、信じさせてくれるとでも?」

口の端に笑みを浮かべて言った。多少挑発しているような、からかっているような。彼女はその言葉の意味を考える。短い空白のあと閃いたらしく、理解した途端、困った顔で慌てていた。

そんな顔を見たかったんだと言ったら、きっと彼女は怒るだろう。また美和子さんに言われるだろうか。『いい大人が子どもをからかうのは、やめなさい』と。

オレは彼女の様子に微苦笑をもらした。

 

「――――冗談だよ」

あたふたと言い訳を考えるわたしに、野宮さんは小さな微笑み。愉快な笑みではなく優しい印象の。それが、この人なりの思いやりなのだろう。

「もう! 困らせないでください、野宮さん」

子どものように、そっぽを向いた。わたしのいじけた対応に、野宮さんの口元が一層緩む。そのとき、壁に貼られたポスターが目に入った。近日開催される花火大会の日時が書かれている。

「……花火」

いつか、真山と一緒に眺めた花火が脳裏を掠めた。慣れない浴衣を着て、真山のたった一言を聞くために頑張った夏。今となっては、あの夏がひどく遠くに思える。

「見たい?」

「えっ?」

油断しているところを話しかけられて、自然に振り返った。野宮さんが、真後ろでポスターを指差している。

「花火大会。見たい?」

すぐには答えが出てこなくて、迷っていた。あの思い出を、新しい花火で塗り替えてしまいたくない。でも、あの夏に囚われたままでいたくないと思う気持ちも本当で。わたしは小さく頷いた。

 

「じゃあ、観に行こう。特等席を用意するから」

スマートなオレの誘いに、彼女は怪訝な顔。

「特等席って、なんですか?」

ここでネタを明かしては面白くないだろう。彼女には当日まで秘密にしておくことにした。

花火は空に近い場所ほど、綺麗に見える。迫力のある芸術が観賞できる。花火会場の向かい側にある大観覧車。観覧車から見る花火は特等席だろう。

「それは……当日のお楽しみ」

首を傾げた彼女に告げる。自然に浮かんできた笑みを消せないまま、オレは二度目の観覧車に想いを馳せた。

 

――――いつかそんな日が来るなんて、ありえないと思っていた。今までは…。

だけど、もうこだわりは感じない。だれかと観覧車に乗る約束、交わすこと――――

 

――――いつかそんな日が来るなんて、ありえないと思っていた。今までは…。

だけどあの夏の花火は、いつしか思い出に変わっていく、知らぬ間に――――

 

Vivid Colors

 

――――らしくもない、笑える話だ。乾いた砂の楼閣で、もはや人の形を失っている敵と二人。対峙するための武器は、この身と隠し持っていた苦無のみ。打つべき術はもう手中になく、砂の柱に追いつめられた。

勝ち目はない、そう理解しても諦めるわけにはいかない。あの化け物の胸にある、龍の宝珠を取り戻すまでは。枯れ木となった右腕を投げ捨てながら、尽きていく命運を嗤う敵に、残った左腕で抗する。すでにその『資格』を失っている竜胆が目に入った。

己の死が背後に迫っているときに浮かんでくるものは、古くからの仲間でも、罪を共有する相手でもなく、大きな運命を負って生まれた龍の姫。屈託ない笑顔をまっすぐこちらに向ける、あどけない少女だった。

かつて、緑陰のときにも過ぎった感傷が脳裏に走る。我ながら意外だ。自分の生命を投げ出せるほどとは思わなかった。

 

生命維持を危うくするほどに体内から奪われた水分。失くした右腕の痛みすら感じない。体温が上昇し、視界が揺らぐ。それでも賭けるものが、暗闇の中に生きる己の心にあり続けるから。

『わたしをものにするには十年早い』

初めて出逢った幼き日のままに、子どもだと思っていた少女は、いつしか自分を思わぬ行動に走らせるほど、特別な位置に存在していた。手にしたものを失わないために懸命で、すべてを守るために宝珠を手放せる、その選択がこのような窮地を招いたのならば、せめて己の罪の代償に。

勝ち目の低い戦いに挑むことを厭いはしない。あの砂の魔物から、その存在を守れるのなら…。己にとって、生命を賭けるに値する相手になっていたのだ、とっくに。最後に顔を見ずに出てきて正解だ。戻って言うべき言葉がある。もう一度会えたら、偽らざる本心を告げよう。

 

ずっと罪の中で生きてきた、灰色の闇が支配する世界で。どこにいても同じ、冷たい世界は果てしなく続いていると思っていた。目的のために左目という犠牲を払い、役割を演じるはずだった潜伏生活。いつか裏切ることになる周辺の人物に罪悪感など持たず。

ただ、無邪気な少女から与えられるひたむきな想いが、自分のなにかを動かしていたなど、離れるときまで気づかなかった。世界は鮮やかに色づいて、さまざまな景色を見せてくれたこと。それが己をどう変えたのか、らしくもない行動へ走らせるほどに。

死が目前に迫っているこの瞬間に、惜しむのはただひとつ。他の男になど渡したくない、大切なものがある。この身体が砂に呑まれ、鼓動を止めたとしてもせめて。左手だけは朽ちないように。想いを残す竜胆だけは消えないように。きっとそれが、言葉にできなかった感情を伝えてくれるだろう。――――あなたが欲しい、と。

 

滑稽な笑い話だ。自分がこんな気持ちを抱くなんて。けれど、己が選んだ道に後悔だけはないと言えるから。別れを済ませてきた共犯者…もう一人へのうしろめたさは皆無。龍の力を持つ少女だけが脳裏に浮かんで、消えた。

争いのない、統治された龍のオアシスで過ごした十数年。あの少女と一緒にいた時間、のどかな平和の風景は悪くなかった。自分の生命を惜しまず、これでいいと思えるほどには。

ただ望むならば、もう一度だけ声を聞きたい。いつもだれより先に自分を呼ぶ、その声を聞けたなら…。すべてが終わったあと、夢を見られるかもしれない。かつて少女が語った未来予想図のような、小春日和の優しい色合いの風景が。

 


 
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