No.792644

艦これファンジンSS vol.46「白無垢とウエディングドレス」

Ticoさん

企画物にかこつけて赤加賀を書きたかっただけなんじゃよ。

というわけで艦これファンジンSS vol.46をお届けします。
今回もpixivの二次創作小説道場の企画お題「朝の情景・描写を重視して」に沿ったものです。
寮の部屋で起きたての加賀さんと赤城さんをお楽しみください。

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2015-07-28 04:49:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1556   閲覧ユーザー数:1550

 窓の外は宵闇の黒から夜明けの白へと移り変わってきていた。

 東の空がようよう明るくなっているのが見える。間もなく日が昇るだろう。

 寮の部屋にはクーラーなんて気の利いたものはないが、窓を開け放てば潮風がそよと吹いて暑気を払ってくれるのは幸いだった。

 コンロにかけた薬缶がしゅんしゅんと音を立ててお湯が沸いたことを知らせている。

 彼女はそっと立ち上がると、火を消した。

 夜明け前、総員起こしにもまだ早い。

 にも関わらず彼女の身なりはぱりっとしていた。

 弓道着にも似た衣装、丈の短い青い袴。たすきをかけて動きやすくした着物は白く映えて早朝の暗がりの中でほのかの光るようだった。サイドポニーにまとめた髪、それが飾る端整な顔は凪のように穏やかで醒めた表情だった。

 和服に見えて微妙にそうではない衣装。「彼女たち」に共通する特徴だ。

 海にあって人類の守護者として戦う証。それゆえの珠玉の戦装束。

 艦娘。人類の脅威たる深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 彼女の立ち居振る舞いはてきぱきとしていて、それでいて忍ぶように静かである。

 それもそのはず――彼女の相方はまだ寝ているのだ。

 布団にくるまってまだ寝こけている相方の顔は、幸せそうだった。

 時折、なにやら寝言を言うあたり、夢を見ているのだろう。

 壁時計をちらと確認する。午前五時半。もう、よい頃合だ。

 彼女はうなずくと、寝ている相方にそっと手を伸ばした。

 航空母艦、「加賀(かが)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 戦闘航海ともなれば数日間不眠不休でも動ける彼女だが、通常は睡眠を必要とする。平時にあっては朝のまどろみは何よりも代えがたい甘美なものであった。

 

 加賀は寝ている相方の体に手を置くと、やさしく揺すった。

「起きて下さい、赤城(あかぎ)さん。ほら、朝の鍛錬ですよ」

 赤城と呼ばれた相方はふにゃふにゃとむずがりながら、ごろんと寝返りした。布団に顔をつっぷして、寝ぼけた声で言う。漏らした声がいかにもしどけない。

「あと……お茶碗三杯……三杯食べたら起きますから」

 夢の中でも健啖家な赤城の寝言を聞いて、加賀はため息をついた。

 空母陣のまとめ役。提督や艦隊総旗艦でさえ一目置くリーダー格。

 それが赤城だ。

 訓練にあっては気を抜くことなく、さりとて実戦にあっては気負わずに振舞い、それでいて凛とした言動を温和な表情でくるみ――「恩威並び行う」とはまさに彼女のためにあるような言葉だ。加賀はそんな彼女が誇らしかった。

 それだけにプライベートで見せる、このだらしない姿はいささか情けなく感じる。

 薬缶のお湯が程よく冷めたのを見てとり、加賀は硝子の急須に煎茶を投じた。

 お湯をそそぐと、茶葉が踊り、急須の中を翠に染めていく。

 程よく出たところで、加賀は湯飲みにお茶を淹れた。

 ふわとほろ苦い香りが漂う湯飲みを、加賀は赤城の鼻先に持っていった。

「起きて下さい。お茶も入ってますよ」

「ふにゃ……ふわい、ふわあい……」

 目をこすりながら、赤城がのろのろと身体を起こす。まだ目がとろんとしていて、焦点が定まっていない。加賀を見ると、にへらと笑みを浮かべたが、ちゃんと起きてるか怪しい。やむなく、加賀は彼女の口元にそっと湯飲みを寄せた。

「んくっ……ふう、はあ」

 一口飲んで赤城のぼんやりした表情がやや締まったようだった。

 そのまま手を伸ばして、加賀から湯飲みを受け取る。

 指先だけでそっと湯飲みをささえ、ちびちびとお茶を飲んでいく。

 飲みながら「くふう」だの「ふはあ」だの吐息を漏らすのだが、お茶が進むにつれて、赤城の目も曖昧な様子から、徐々に光が戻ってくる。

「……ごちそうさまでした」

 飲み終えると、赤城は満足げに声を漏らし、おなかをさすった。

「あたたかいのが胃に沁みて――血の巡りがよくなる感じですね」

 赤城はそう言い、にっこりと加賀に笑んでみせた。

 対する加賀は無表情のまま、面白くもない様子で言った。

「白湯の方がよかったかしら。あたたまるだけならお茶でなくてもいいでしょう」

「いえ、わたしは加賀さんの淹れたお茶がいいんです」

 赤城はすっと目を細めると、空になった湯飲みを鼻に近づけた。

 すんすんと匂いを嗅ぎながら、彼女は言った。ふわと目元をほころばせながら。

「加賀さんのお茶は甘い味がします。朝一番にそれを味わうのが大好きなの」

「お茶は苦いものでしょう。カフェインも入ってるから眠気覚ましに……」

「いいえ、ほろ苦い中に甘さが出ています。それはきっと加賀さんの優しさね」

 穏やかな声に嬉しそうな響きが混じる。

 ふいと加賀は顔をそむけた。自分の頬が熱を帯びているのを感じていた。

 まったく、この相方は自分に対してはごくごく自然に口説いてくるのだ。

「ばかなこと言っていないで。朝の鍛錬に出ますよ」

「はあい」

 加賀の催促に赤城が応える。

 二人は「一航戦」と呼ばれていた。空母陣の艦娘にとってそれは最上級の称号であり、最高練度の証であり、そして精鋭の別称であった。そしてその地位は単に経験や年数で決まるものではなく――並外れた鍛錬によってこそ支えられているものでもあった。

 

「それにしても、こんなふうにしていると、まるで夫婦みたいですね」

 赤城が着替えながら何気なく口にした言葉に、加賀は食器を落としそうになった。お盆の上でがちゃんと音をさせて束の間の不協和音が部屋に響く。

「……何を言ってるのよ……」

「そうでしょう、まだ寝ている方を、もう一人が朝のモーニングティーで起こしに来る……ふふ。なんだか、旦那さんとお嫁さんみたいだなあ、って」

 加賀はぎくしゃくとした動きで赤城を振り返った。

 赤城はといえば無邪気な表情のまま。含みがあるようには見えない。

 こほんと咳払いしてから、加賀は問うてみた。

「……この場合、どちらがお嫁さんになるのかしらね」

 問われて赤城はおとがいに指を当てた。しばし天井を見つめ、考えた挙句に、

「――加賀さんは白無垢とウェディングドレス、どちらを着たいですか?」

 こともあろうにこんなことを言いだした。聞いた加賀は倒れそうになった。

 ぐっとこらえて踏みとどまり、彼女は問い返した。

「……もしわたしが白無垢なら、赤城さんは羽織袴になるのかしら?」

 訊いてみてから、加賀はきゅっとみぞおちに力が入るのを感じた。

 確認してみて――もし「そうだ」と言われたらどうすべきなのだ。

 しかし、赤城はあっけらかんと応えてみせた。

「あら、それじゃわたしはウェディングドレスになりますね」

 にこにこと答える赤城の言葉に、加賀はへなりと座り込んだ。

「それじゃどっちもお嫁さんじゃないの……」

「当然です。艦娘どうし。女どうしなんですもの」

「あの……赤城さん……それどういう意味かわかって……」

「もちろん、冗談ですよ。艦娘どうしは結婚できないじゃないですか――普通は」

 赤城の言葉に、加賀はだーっと息を吐き、脱力した様子でうずくまった。

 顔を上げて、上目遣いでうらめしそうに赤城の顔を見る。

「あのね、赤城さん。そういう冗談はやめてくれると助かるわ」

「ごめんなさい、澄ました加賀さんの顔見てるとついつい」

「……皆の前ではなしよ?」

「わかっています」

 言っている間に赤城の着替えも終わる。

 弓道着に赤い袴。たすきがけをした姿は凛々しい。

「それじゃあ、朝の鍛錬に行きましょうか」

 何事もなかったように言う赤城に、加賀は肩をすくめて後に続くのだった。

 

「赤城さん、さっきのことだけど」

「はい?」

「艦娘どうしは『普通は』結婚できない、って言ったわよね」

「言いましたね」

「何か含みがあるように聞こえるのだけど……」

「提督にひとつお約束したことがあって――でも、内緒です」

「……教えてくれないの?」

「こういうものはビックリ箱にしておくから楽しいんですよ」

 そう言って笑う赤城の顔は、茶目っ気たっぷりの光を瞳にたたえていて。

 彼女の顔を見た加賀は、それ以上何も言えなくなってしまったのだった。

 

〔了〕


 
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