No.788315

紙の月5話 地上の月 2/2

今回出てきた新キャラは、作中唯一の女性のメインキャラです。
この人以外出る予定も出す予定もありません。貴重な存在

2015-07-08 20:26:36 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:342   閲覧ユーザー数:342

 ハーリィ・Tは独り言のようにそう呟いた。デーキスたちがその理由を聞く前に、ハーリィ・Tが再び口を開いた。

「ほら、そんなことよりも傷を治すのが先だろ? 早く手を出しな」

デーキスはこの場所に来た理由を思い出した。怪我した腕の治療のために来たのだ。思い出すと、今まで忘れていた腕の痛みが蘇った。

「俺は別にいいよ。それよりボロボロになったから新しい服くれよ。たしかこっちにあっただろ?」

「後でちゃんとその分働きなさいよ。あたしの機嫌を損ねれば、どうなるかはわかってるんだろうね」

「わかってるって。そんなことして今後二度と取引して貰えなくなったら、困るのはこっちだろう?」

 ウォルターはそう言いながら一人奥へと消えてしまい、デーキスはハーリィ・Tと二人っきりになった。

「全く、初めて会った時はもっと可愛げがあったのに……ほら、腕出しな。ちゃんと固定してやらないとね」

 ハーリィ・Tは傷ついたデーキスの腕を、包帯で巻きつけ固定する。警戒していたデーキスも、手当を行ってくれた彼女に対し少しだけ、警戒心をゆるめた。

「ありがとうございます……」

「これくらい別にいいよ。どうせ、ウォルに振り回されたんだろう? あいつは自分勝手なやつだからね。最も、寂しがり屋だからあんたみたいな仲間が出来て嬉しいのさ。出来れば仲良くしてやってくれ」

「ウォルターとは仲がいいんですね」

「たまたま、都市の外で野たれ死になりそうなのを助けてやったんだ。あいつも太陽都市から逃げてきた子なんだよ。あまり中での話はしないけど……」

 話をしてる間に、ハーリィ・Tはすっかり包帯を巻き終えた。しっかり固定されているため、痛みは殆ど感じない。

「ありがとうございます」

「ちょっと待ち。体中傷だらけだろ。せめて、傷周りだけでも綺麗にしな」

 そう言って、ハーリィ・Tは濡れタオルを用意するとデーキスの左腕を手に取り、タオルで腕を拭き始めた。

「あの、都市の中でも転んで怪我をしたことあるけど、それぐらいの小さな怪我だから、大丈夫です」

「あんた、何も分かってないね。都市の中は何処も清潔すぎるんだよ。でも、外はぜんぜん違う。バイキンやウィルスがそこら中にいるし、昔の戦争で使われた細菌兵器のせいで、今も生き物が住めない場所だってある。ちょっとの傷でも命取りになるのさ」

 そう言いながら、ハーリィ・Tはデーキスの腕の傷を拭き終わると、おもむろにデーキスの体を持ち上げた。

「うわ!?」

「暴れるんじゃない。ちょっと頭にも傷がないか見るだけだから」

 ハーリィ・Tはデーキスを椅子に腰掛けると、膝の上にデーキスを乗せた。くしゃくしゃと後頭部の髪をかき分け、傷がないか見ているようだ。母親以外の大人の女性に触られる経験もないデーキスは、身体を硬直させて診察が終わるのを待つだけで精一杯だった。

「それにしても酷いくせっ毛だね。臭いも相当だし……」

「だって、外にはお風呂もないし……」

「ウォルの奴はたまに借りに来ているが、ここにはシャワーもあるよ。無論タダじゃあないけどね。それとも、欲しいものはあるかい?」

「えと、ううん……」

 デーキスはおもむろに辺りを見渡す。目に見える範囲には、電子機器や本、家具等、狭い部屋の中でも都市にあった物が色々とあった。

久しぶりに漫画が見たい。でも、食べ物も欲しいし水も必要だ。それから服も…と、欲しいものが次から次へと頭の中に湧き出てきた。都市の中ではすぐに手に入ったものも、ここでは貴重なのだ。

悩んでいたデーキスだったが、目に止まったあるものに興味を持った。棚の上に置かれたそれは、小さな額縁に入っており、照明の光を受け綺麗に輝いていた。

「あの、棚の上にあるアレは何ですか……?」

 ケースに入ったそれは、装飾の施されたメダルだった。藍色の色硝子で縁を覆い、中心は黄金色の下地がそのまま使われている。まるで夜に浮かぶお月様だと、デーキスは思った。

「あれ? あれは、以前外に出た時、自分で使えそうなスクラップを探していたら、たまたま見つけたのさ。価値のあるものかと思って調べたけど、五十年前の戦争以前に売られていた土産物みたいで、単なるお飾りさ。マニアにはそこそこいい値で売れるかもしれないけどね……」

 そこまで言って、ハーリィ・Tは、デーキスがその飾り用のメダルに興味が有ることに気づいた。

「まさか、アレが欲しいのか? 普通なら食料とか服とか欲しがるものだけど、妙な物を欲しがるね」

「ええ、ちょっと……」

 黄色い月は、デーキスにとって重要な意味があった。理由は不明だがセーヴァは人間と違い、空に浮かぶ月は緑青色に見えるのだ。しかし、デーキスが都市の外で見つけた月はどれも黄色い物だった。それが、自分がセーヴァではなく人間であると思わせてくれていた。

 スタークウェザーに壊されてしまったが、その代わりになるものを見つけた。

「それとも、誰かにあげようと思ってんのかい? 子供のくせに、気になる子でもいるのか? どうなの?」

「え、いや、別に……」

 ふと、ブルメの事が頭に浮かんだ。

「あー!」

 突然聞こえた大きな声に、その出処の方へ振り向くと、ウォルターが信じられないという顔をして立っていた。どうやら服を変えて戻ってきたところのようだ。

「何やってんだよ、離れろよデーキス! 早く早く!」

「え、あ……」

  幼い子どものように、大人の膝の上に座っている所を見られ恥ずかしい所を見られうろたえるデーキスを、ウォルターは無理やりハーリィ・Tから引き離した。

「気をつけろよ、デーキス! すっかり忘れてたけどこいつは『ヤバい』やつなんだ! 油断するなよ!」

ウォルターはハーリィ・Tからデーキスを守るように正面に立った。

「失礼な事を言うねウォル。ただ、その子の傷を見てただけだよ」

「へっ、よく言うぜ!」

「昔のあんたはもっと素直で可愛げがあったのに……初めて私と会った時は……」

「わー! いくぞデーキス! もう怪我はよくなっただろう! 早く早く!」

 デーキスはウォルターに引っ張られ、無理やり外に連れだされる。そんな二人を見送りながらハーリィ・Tは言った。

「次来た時、今回の分と合わせて物を持ってきな。できるだけ早くにね!」

 外に出てもウォルターは止まらずにハーリィ・Tの棲家からどんどん離れていく。

「いいか、デーキス! ハルのところに行くときは絶対、一人で行かずオレを呼べよ! 命令だからな!」

 デーキスは返事をしなかった。ハーリィ・Tが持っていたあのメダル。あれをブルメに贈ろう。もしかしたら、あの子も少しは自分の事を気に入ってくれるかもしれない。デーキスはそう考えていた。


 
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