No.787400

艦これファンジンSS vol.43「勇気の証」

Ticoさん

らぶらぶして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで艦これファンジンSS vol.43をお届けします。
今回も前二作に引き続き、二次創作小説道場グループでの
企画お題「キス」をテーマにしたものとなります。

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2015-07-04 14:17:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1371   閲覧ユーザー数:1366

 凛とした表情をかすかに曇らせて、彼女は視界の隅に映る光景を見やった。

 長い黒髪。端整な目鼻立ち。武人の雰囲気を漂わせる彼女を知らぬ者は、この鎮守府にはいない。自分が出て行けば、きっとあのような行為は止めさせられるだろう。

 だが、その場に漂う甘やかな空気が、声をかけるのをためらわせた。

 ひっそりと物陰に隠れつつ、言葉を交し合う二人の少女。年の頃はミドルティーンに見える二人はくすくす笑いながら、互いの頬に口づけをしている。

 一回だけならいい。ほほえましいスキンシップだ。

 だが、会話をはさみつつ、何度も繰り返すのはどうしたことか。

 ふしだらな、と思いつつ、しかし声をかけて注意するのは彼女にはためらわれた。

 貴重な硝子細工を砕いてしまうような、そんな気がしたからだ。

 と、二人のうち一人がこちらの視線に気づいた。はっと息を呑む表情を見せてこちらに敬礼してみせる。もう一人も慌ててそれに続いた。

 彼女は敬礼を返した。ひそやかな行為にふけっていた二人はそそくさとその場を駆け去っていく。駆けながらも、少女たちがくすくす笑っているような声が耳に入った。

 こめかみを押さえながら、彼女はため息をついた。

(……最近の鎮守府はどうかしている)

 彼女自身ももあの二人もただの女の子ではない。

 艦娘。人類の脅威たる深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 この鎮守府は人類の藩屏の拠点として規律正しくあるべきだ。

 それなのにここ数日あちこちで見かける、あの眉をひそめる行為はどうしたことか。

 そして――そんな艦娘たちを強く注意できない自分もどうしたことなのか。

 彼女の悩みは尽きなかった。

 戦艦、「長門(ながと)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 尊敬や友情や憧憬が、いつしかその範疇を超えることはしばしばある。そのときに自分の気持ちを素直に出せる者もいればそうでない者もいる。一時的な風潮に流されてしまう者もいる。そしてここに一人、まっすぐで誠実で不器用な艦娘がいた。

 

「あら、最近の流行みたいよ。艦娘どうしでキスするのって」

 長門に問われて、その艦娘はこともなげに答えてみせた。肩でふっつりと切った茶色の髪、ほんのりと色香を漂わせた顔立ち――長門の姉妹艦の陸奥(むつ)だ。

「もうかれこれ二週間前ぐらいからかしらねえ」

 陸奥の言葉に長門は眉をひそめた。

「そんなに前からか」

「ええ。海外艦娘の子から広まったみたいね。あの子たちって挨拶代わりにキスしてくるでしょう? それを真似したのか、駆逐艦娘から徐々に、ね」

「ドイツかイタリアか、どっちだ……」

 長門は頭を抱えた。つい先日にこの鎮守府には海外出身の艦娘が合流している。風俗や習慣が異なることは理解していたが、よもやこのような現象を引き起こすとは。

「あら、いいじゃない。ちょっとしたスキンシップよ」

 陸奥はくすりと微笑むと、長門の頬をそっと撫でた。

「わたしだって、長門だったらキスされたいし、してもあげたいって思うわ」

 言われた長門はというと、撫でる手を握って自分の頬から離させた。

「たわむれでそんなことを言うな。女子の唇は安売りするものではない」

「あら、女の子どうしならノーカウントじゃないかしら」

「だとしても、いまの風潮は問題だ――提督に意見具申しよう」

「無粋ねえ」

 陸奥は目を細めて、するりと一言、口にした。

「そんな長門は、提督になら唇を許すのかしら」

「なぜここで彼が出てくるのだ」

「あら、だって鎮守府で認知度ナンバーワンのノーマルラブなカップルだもの」

 くつくつと笑いながら陸奥はくすぐるような声音で言った。

「もちろん、キスぐらいはすませたのよね?」

 言われた長門は目を伏せて口ごもりながら、答えた。

「……ないわけじゃないが、な」

「それは彼から? ちゃんと唇を重ねた?」

 更なる問いに長門は答えられなかった。

 むっつりと押し黙る様は一見不機嫌に見えて、その実、頬がかすかに赤い。

「ふうん……そっかあ。そうなんだ」

 何事かを察したのか、陸奥が愉快そうな声をあげる。

「それなら、わたしが提督の唇をもらっちゃおうかしらね」

「は? な、何を言ってるんだ、おまえは」

「だってえ」

 陸奥が薄く口を開けて笑う。小悪魔めいた微笑みだった。

「わたしも長門と同じく提督から銀の指輪をもらった艦娘だもの。長門はわたしの大事な相方だけど、恋の行方については譲る気はないわよ」

 しゃあしゃあと言ってのけた陸奥の言葉を長門は黙って聞いていた。

 ただ、拳を握り締め、ぷるぷると身体を震わせる。ややあって彼女は声を上げた。

「――提督にご注進申し上げてくる! このままでは風紀が乱れる!」

 わずかに上ずった声。足音荒く歩み去っていく長門を見送って、陸奥はつぶやいた。

「わが姉ながらほんとに融通が利かないんだから」

 陸奥の声はあきれているようであり、それでいて嬉しそうでもあった。

 

 

 重厚なマホガニーの扉をノックすると、「入れ」と中から声があがった。

 いつもより声が小さい。長門がいぶかしげに扉を開き中へ入ると、執務室の主は書類の山と格闘中――ではなく、身を隠すようにして窓から外を窺っていた。

 彼は白い海軍制服に身を包んでいた。提督。艦娘たちの司令官。

 長門の姿を認めると、提督は無言で手招きしてみせた。

 怪訝な顔で長門が歩み寄ると、彼は小声で言った。

「外に気づかれないようにな」

 提督とは反対側に身を潜めて外を窺うと、ベンチに座る一組の艦娘が目に入った。

 ローティーンの見た目から駆逐艦娘だろうか。一方がしきりにもう片方に話しかけている。膝の上には広げたバスケット。中にはサンドイッチ。その傍らにリボンのついたぬいぐるみ。

 話しかけていた方が徐々に言葉数を減らし、黙りこくる。

 と、それまで聞いているばかりだった艦娘が不意に相方の艦娘の肩に手を置いた。

 二言、三言、何事か話しかけ――そして、二人は目を閉じるや唇を重ねた。

 長門はぽかんと口を開けた。当の提督はといえば、ガッツポーズをしながら、

「よしッ! よくやったッ!」

 などとのたまっている。長門は白い目で彼をにらみつけた。

「……なにをやっているんだ、あなたは」

「いやあ、あの二人、いつもこの時間に一緒にお昼を食べているんだが、明らかに片方がもう片方に惚れている様子でな。ひそかに応援しているのがささやかな日課だったんだが……いや、実ってよかった。うん、じつに良いものを見れた」

 喜ぶどころか感涙にむせび泣きそうな様子の彼に、長門は深々とため息をついた。

「……提督、この風潮は問題だぞ」

「ふむ、艦娘たちの間で行き過ぎたスキンシップが流行っている件か」

 提督はたちまち顔つきを改めた。いつも通りの、敬われ恐れられる司令官の顔だ。

「そろそろ誰かが文句を言ってくる頃だと思っていたよ」

「ずいぶんと暢気に構えていたものだな」

「艦娘の恋愛対象といえば、ここでは同じ艦娘しかおるまい。仕方がないさ」

「風紀が乱れるとは思わないのか」

「愛情と風紀は両立できると思うよ。古代ギリシアの神聖軍の例もあるしな」

「……なんだそれは」

 胡乱な視線を向ける長門に、提督は静かな声で薀蓄をたれてみせた。

「テーバイのヒエロス・ロコス。男の恋人どうしだけで編成された精鋭歩兵軍だ。設立の趣旨は、『恋人の前でみじめな姿は見せないだろう』『恋人を守るために必死で戦うだろう』ということだったが――いや、本当に強かったらしい」

「艦娘で同じことをしようと言うんじゃあるまいな」

「まさか。彼女たちは本来もっとノーマルだと思うよ」

 提督はうなずくと、長門の肩にぽんと手を置いて言った。

「心配するな。明日にも通達は出しておく。ただ、長門も頭ごなしに注意しないように。表現がどうであれ、友への親愛の情には変わらないのだから」

 そう言うと、提督はまじまじと長門の顔を見つめた。

「そういえば長門とキスをしたことはなかったな」

 唐突に出てきた言葉に、長門は目を丸くした。

「きゅ、急になんだ! 提督までこの風潮に乗っかる気か!?」

「……だめかい?」

 声を低めてささやく彼の言葉に、長門は不意に胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

「だ、だめとかそう言うのではなくてだな……」

「……前に俺が風邪で寝込んだとき、君は俺が寝入ったと思って額にキスしただろう。その時のお返しをしなくちゃなと前から思っていたんだ」

「気づいていたのか!?」

「ホワイトデーでもお礼は三倍返しが相場だな」

 提督が長門のおとがいにそっと手を添えて、唇を寄せてくる。

 長門はいうと、わなわなと震えながら、固まっていた――が、彼の顔が視界いっぱいを埋め尽くすほど近づいてから、たまらず声をあげた。

「く、唇は、まだ駄目だ……」

 普段の凛とした口調からは想像もできないほど可愛らしい声。

 自分でもこんな声が出てくるとは思いもよらないほど、頼りなく、かぼそい。

 提督は目をぱちくりとさせ、次いで、ふっと笑んでみせた。

「そう言ってくれて、少し安心したよ」

 彼はそう口にするや、長門の額にそっと口づけた。

 唇が離れるまで、彼女はきゅっと身を強張らせていた。

「お互い、いまはこれが精一杯だな。俺たちらしい」

 どこか楽しそうな声で提督は言うと、声をきりと引き締め、言った。

「通達内容については長門から各班にも口頭伝達するように。以上。下がってよし」

 長門は――頬をかすかに朱に染めたまま、口をへの字に結んで、敬礼した。

 

 執務室を後にして、長門は額を押さえながら早足で歩いていった。

 正直、心臓が割れ鐘のようだ。こんなにも、鼓動が早く、息が苦しい。

 物陰に入ると、彼女はしばし深呼吸して息を整えた。

 皆のリーダー、“艦隊総旗艦”たる自分がこんなに取り乱してどうする。

 とはいえ――いつもは奥手な提督があれだけ積極的なのもめずらしかった。

 そんな彼に急に言い寄られて、あんな声を出すなどとは――

 長門は再度、額に手を当てた。彼の口づけの感触がまだ残っている。

 いやではない。むしろ心地よかった。彼が優しく自分に触れるのが嬉しかった。

 だからこそ――唇どうしを重ねたりしたらどうなるか分からない。

 正直、それが怖かったのだ――ある一線を超えてしまうのが。

「これが精一杯、か……」

 あるいは、提督の方も気持ちは同じだったのかもしれない。

 ただ、目にしたカップルの成果に当てられただけなのかもしれない。

 そうであるなら――はたして、真の意気地なしはどっちだったのだろうか。

 長門はふっと微笑んだ。答えがどうであれ、いまはこれでいい。

 表情をきりと引き締め、彼女は再び歩き出した。

 やんわりと注意していこう。

 キスに踏み切れる彼女たちは、ある意味、勇者なのだから。

 

〔了〕


 
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