No.785796

艦これファンジンSS vol.42「彼女と彼女のたわむれ」

Ticoさん

またちゅっちゅして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで艦これファンジンSS vol.42をお届けします。

vol.41「あの子のフレーバー」(http://www.tinami.com/view/785342 )と同じく

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2015-06-25 21:27:54 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1331   閲覧ユーザー数:1325

 彼女たち二人の様子は、傍から見ればまずまず微笑ましい光景だった。

 年上の女の子が、彼女よりも年下に見える女の子をぎゅっと抱きしめている。

 背中から身動きできないように抱きすくめ、ぬいぐるみを愛でるかのようだ。

 ぬいぐるみ扱いの子は照れと困惑が入りまじった顔なのが、またほほえましい。

 抱きついている少女は、二つに束ねた蜂蜜色の髪に、青い瞳をしていた。

 彼女の顔立ちは異国の目鼻立ちで、ここに集う他の少女たちとは明らかに異なる。

 そして身につけるのは黒と灰を基調にした軍服に似た衣装。

 女学生というには風変わりな服を身にまとう彼女は、ただの女の子ではない。

 この鎮守府に詰める多くの少女たちと同じく、海においては無類の戦士なのだ。

 艦娘。人類の脅威たる深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 だが、年下の艦娘を抱きしめて浮かべる笑顔は、晴れやかで明るく。

 天真爛漫なハイティーンの少女にしか見えないのも事実だった。

 重巡洋艦、「プリンツ・オイゲン」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 ごくわずかの例外を除いて、鎮守府にいるのは艦娘だけであり、そして艦娘はここから外の街へ出ることを普段は許されていない。ゆえに、たわむれの相手が同じ艦娘になり、憧憬の相手もまた同じ艦娘になるのは、自然のなりゆきといえた。

 

 岸壁には潮風が吹いていて、初夏のこの季節でも涼しい。

 明るい日差しに照らされて、彼女は少女を抱きしめていた。

「どうしていつも抱きついてくるんですかあ」

 プリンツ・オイゲンに抱きつかれた艦娘が頬を朱に染めながら舌足らずな声をあげる。短い茶色の髪、くりくりとした丸い目、白く輝く歯――どこか栗鼠に似た印象の彼女は駆逐艦娘の雪風(ゆきかぜ)であった。

「んっふふ、つかまっちゃうユキカゼがわるいんだよ」

 にこにこと笑みながらプリンツ・オイゲンが言うと、雪風は顔をうつむけた。

「だってプリンツさん……演習の間もこっちをじいっと見てるでしょう。だから、なにかご用があるのかなって思うじゃないですか」

 雪風の少しうらみがましい声に、プリンツ・オイゲンはぷっと吹き出した。

「毎回そう言うのなら、たまには無視してみればいいのに」

「だって、本当にご用事があるなら、そんなことしたら悪いじゃないですか」

 もじもじと身動きしながら答える雪風を、プリンツ・オイゲンは小さくきゃーと声をあげて、彼女を抱きしめる腕にきゅっと力を込めた。

「うーん、やっぱりユキカゼ、かわいいなあ! それに抱き心地いい!」

「わたしはお人形さんじゃないです……」

 小さく抗議の声をあげる雪風に、プリンツ・オイゲンはそっとささやきかけた。

「抱っこしてこんなに気持ちいいなら、雪風とキスしたらどんなふうになるのかな?」

「へっ……き、キスですか?」

「そうだよ――ねえ、ユキカゼ、知ってる?」

 プリンツ・オイゲンはささやきながらにたりと笑った――さながら魔女の笑みだ。

「キスって……ライムの味がするんだよ」

 言われた雪風がぴくりと身体を震わせ、すんすんと鼻を動かす。

 そしてみるみる間に彼女の顔が真っ赤になっていった。いやいやと身じろぎしてプリンツ・オイゲンの腕から逃れると、「ひゃあああ」と悲鳴をあげながら走り去っていく。  遠くの方で「あかちゃんできちゃううぅぅ」などと叫んでいる雪風の声を聞いて、プリンツ・オイゲンがくつくつと笑ってみせた時。

「――今日も仲のよいことね」

 流麗だが冷ややかで、そしてあきれ気味の声。

 背後からかけられた“お姉様”の声に、プリンツ・オイゲンはハッと振り返った。

 

 

 冴え冴えとした長い金髪、氷を思わせる硬質の美貌、背はすらりと高くスタイルもよくて――そして身を包む黒と灰の衣装は軍服を模したシックなデザイン。「美しい」と「格好いい」が同居する好例であろう――戦艦娘のビスマルクだ。

 似通った衣装、共通した異国の風貌。彼女たち二人はもともとこの鎮守府にいた艦娘ではない。欧州からはるばる派遣されてきたのだ。プリンツ・オイゲンにとってビスマルクはドイツ艦娘のリーダー格であり、憧れのお姉様でもあった。

 そのお姉様はじとりとした眼差しで彼女を見つめている。

「お遊びがすぎるんじゃないかしら。あまり感心はしないわね」

「そうですか? よしみを通じておくのは大事ですよ。それに――」

 プリンツ・オイゲンは、ふっと暗い笑みを浮かべて言ってみせた。

「――ユキカゼは“あの一件”を知っています。ちゃんと理解できていないようだけど、わたしと仲良くしている間は他の子に話す気も起きないでしょう」

 雪風とプリンツ・オイゲンは過去にある作戦に同行している。そこで雪風は艦娘の由来にかかわるものを見てしまったのだ。一部の艦娘にしか明らかにされていない機密。その事実は彼女たちにとって衝撃的すぎるゆえに、提督の手で伏せられていた。

 ただ、欧州から来た二人は“知っている側”だ。

 ビスマルクがすうっと目を細めて、プリンツ・オイゲンを見つめる。

「……それはあなたの独断?」

「いえ、提督ともご相談の上で決めました――あの男に貸しを作れるだけでも、ユキカゼに毎回ちょっかい出すのはわるくない話です」

 彼女の言葉に、ビスマルクはふんと息をついて制帽を目深に被りなおした。

「それにしても『キスはライムの味』ねえ……そんなこと言って、あなた今日はライムの香水つけているでしょう?」

「お気づきでしたか」

 ちろりとプリンツ・オイゲンは舌を出してみせる。

「ユキカゼには抱っこがキスに思えたかもしれませんね」

「そんなこと言って……本当に唇を奪う気だったのではなくて?」

 射すくめるようなビスマルクの視線に、プリンツ・オイゲンは苦笑いを浮かべた。

「どうしましょう。あの子がその気になったら、それはそれでいいかも」

「……だとしたら困るわ」

 短く言って、ビスマルクがブーツの足音も高く歩み寄る。

 ビスマルクの背丈はプリンツ・オイゲンよりもずっと高い。見上げる形になったプリンツ・オイゲンのおとがいにそっと手を添えて、ビスマルクはささやいた。

「だって、わたしが妬いてしまうもの」

 敬愛するお姉様の言葉に、プリンツ・オイゲンは思わず目を丸くした。

 

 

 右手はおとがいに手を添えたまま、ビスマルクのもう片方の手がプリンツ・オイゲンの腰に回される。軽く力を加えられて、彼女はまたたくまに抱き寄せられた。

 ビスマルクの眼差しはかすかに熱を帯びているように感じられた。その熱い視線がプリンツ・オイゲンの唇にじっと注がれる――見られているだけなのに、それだけでお姉様を見上げる彼女の胸は高鳴ってしまった。

「この唇が誰かに贈られてしまうなんて……ねえ」

 おとがいに添えられていたビスマルクのしなやかな指が、そっと口元へとなでていく。細くしなやかな指が、紅でも塗るようにプリンツ・オイゲンの唇をなぞっていった。繊細にくすぐられる感触に、プリンツ・オイゲンは顔を赤くしてなすがままだ。

「この花の蕾が誰のものなのか、はっきりさせておこうかしら」

 ビスマルクはそういうと指を離し――そっと唇を寄せてきた。

 ごくっとプリンツ・オイゲンは唾を飲み込んだ。

 魔眼で見つめられたかのように身動きができなくなっていた。いや、たとえ動けたとしてもお姉様の求めなら拒む理由はない。

 憧れのこの人に捧げるのなら、むしろ本望とさえ言えた。

 プリンツ・オイゲンは目を閉じた。あごをわずかにそらし、唇をそっと差し出す。

 ビスマルクの長い髪が幾筋かプリンツ・オイゲンの頬をくすぐった。

 薔薇に似た甘い高貴な香りが呼吸と共に鼻腔へと入ってくる。

 お姉様の息遣いさえ聞き取れるほどの心地良い静寂と緊張感。

 ちゅっ――ビスマルクがそっと口づける感覚がした。

 唇に、ではなく、首筋に。

 やわらかで湿った触感が、首筋に静かに印影を残す。

「えっ……」

 目を見開いて不満と驚きの表情を浮かべるプリンツ・オイゲンに、ビスマルクが見せた顔は――優しくて、それでいてたしなめるような微笑みだった。

「なんてね……いいこと? 自分のキスは大事にしておくのよ」

 ビスマルクが人差し指をそっとプリンツ・オイゲンの唇に当てて言った。

「本当に好きな人ができたときのために、それはとっておきなさい……わかった?」

 プリンツ・オイゲンを優しく離して、ビスマルクはうなずいてみせる。そうして、軽くうなずくとそのままくるりときびすをかえして歩み去ろうとした。

 カツカツとブーツのかかとが鳴る音。

 足音が十歩ほど聞こえてから、プリンツ・オイゲンは顔をうつむけ、つぶやいた。

「……お姉様にだったら、わたしは構わなかったのに……」

 頬を朱に染めたままの彼女の言葉が聞こえたのか――あるいは、たまたまか。

 ふとビスマルクは足を止めた。

 束の間黙り、ややあって、帽子を被りなおす。

 そうして、再び足音高く歩み去っていった。

 プリンツ・オイゲンは呼び止めることもできず、見送るだけ。

 ただ、自分の手を首筋にそっと伸ばした。

 お姉様の口付けを確かめるかのように、残っている感触を何度もなでる。

 たわむれにすぎないだろう。

 ほんの暇つぶしにすぎないだろう。

 それでも、一線を越えてみたいと時折思ってしまう自分は、わがままにすぎるのか。

 プリンツ・オイゲンの問いに答える者はなく。

 ただ彼女は心中でくすぶる薪の炎を見つめているほかになかった。

「……お姉様のいじわる……」

 再び、そっとつぶやいてみる。

 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな声だった。

 

〔了〕


 
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