No.781745

ジョウハリの鏡

たけとりさん

 第一回大探偵トーナメントお疲れ様でした。
 大探偵トーナメントをプレイしていて、11階のシナリオで鏡を見る描写があって闇(影?)三姉妹が登場→最上階でロストソングの影が登場→ってことは、ロストソングも同じ鏡覗いてない?→もしかしてこの鏡、ロストソングの持ち物じゃね?(骨董好きって設定だし)→ならこの鏡、怪盗アルテミス(本名・月宮まもり。怪盗クラブの白い子)が探している盗まれた家宝だったら……と妄想した結果がコレです。
大探偵トーナメントネタですが、何故かロストソングVSストーンリバーというか、いつも通り怪盗帝国の話ですけど(ノ∀`)
 ロストソングのトイズについては、なつきゆう先生が描かれているコミック版のトイズドライブ第一話後半のネタバレがありますので、未読の方は先にそちらをどうぞ。可愛くて、トイドラ好きにはオススメ漫画です⊂(^꒳^)⊃
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2015-06-05 11:15:54 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:876   閲覧ユーザー数:873

「駄目です」

 きっぱりと言い放つアンリエットに、シャーロックは大きな目を瞬かせ、ネロは不満げに唇を尖らせた。一方、エルキュールはその返答を予想していたような面もちで俯き、コーデリアも軽く肩を落としている。

「でもでも、アンリエットさん!」

 シャーロックは、手にした封筒をアンリエットへと突き出した。

「せっかくテレビ局から招待状がきてるんですよ〜?」

「だから駄目だと言っているんです」

 アンリエットは柳眉を寄せたまま、シャーロックを見下ろした。

「それと同じ物は、私の方にも届いています」

「そうなんですか?」

 少しだけ柔らかになったアンリエットの声音に、ミルキィホームズの四人は首を傾げる。アンリエットは彼女達を見渡すと、小さな溜め息を吐いた。

「オオエドテレビ局から、貴方達ミルキィホームズへの出演依頼でしょう?」

 確認するかのような口調に四人は顔を見合わせ、アンリエットへと向き直ると大きく頷いた。

「だったら、どうして駄目なんですか?」

「そうだよ、僕たちがもっと有名になれるチャンスじゃん!」

 汚名挽回だよ、と言葉を続けるネロに、エルキュールは

ネロの探偵服の裾を掴み、「それを言うなら汚名返上です……」と囁いている。

「貴方達をそのような低俗な番組に出させるわけにはいきません」

「低俗……ですか?」

 きっぱりと言い放つアンリエットに、コーデリアは軽く眉を寄せた。

「怪盗と対峙する探偵を中継するというのなら分かります。ですが、たかがTV番組の為に探偵を集めて競わせるだなんて、低俗じゃなければ何だというのです?」

 そして再び四人を見渡し、深い溜め息を吐いた。

「ですので、そのような番組への出演は、生徒会長として許可するわけにはいきません」

 その言葉に、シャーロックは納得したような面もちで頷いた。

「アンリエットさんがそう言うなら、仕方ないです〜」

「ちょっともったいない気もするけどね」

 ネロは苦笑いを浮かべているが、それでも彼女の言い分には納得したらしく、肩をすくめている。

 それぞれ納得した様子のミルキィホームズを見渡し、アンリエットが眉根を緩めた。小さく息を吐くと、生徒会長室の扉が軽く叩かれる。アンリエットが「どうぞ」と促すと、コック服姿の石流が姿を見せた。

「失礼します」

 挨拶すると、石流は銀色のワゴンを押して入っていく。ミルキィホームズの四人が何事かと振り返り、彼の一挙一動を見つめていたが、彼は生徒会室の中央にあるソファーとテーブルまでワゴンを運ぶと、切れ長の瞳をアンリエットへと向けた。

「こちらにセッティングしたので宜しいでしょうか」

「お願いします」

 アンリエットが頷き返すと、石流はワゴンの二段目から折り畳んだテーブルクロスを取り出し、テーブルに広げた。そしてその上にティーカップと小皿を五枚載せ、並べていく。ワゴンからテーブルの中央へと移された大きめのティーポットからは、仄かに湯気が立っていた。

「あの、アンリエットさん、これは……?」

 五人分用意されたティーセットにコーデリアが目を瞬かせると、アンリエットは微笑を返した。

「昨日まで、依頼の調査で大変だったでしょう? ですので特別に、お茶とお茶菓子を用意しました」

「わぁ、有り難うございます〜!」

 アンリエットの気遣いに、皆が顔を綻ばす。テーブルの上座に当たる一人掛けソファーにアンリエットが腰を下ろすと、ミルキィホームズの四人はその両側に二人ずつに分かれて、ソファーに腰を下ろした。

 全員が席に着くと、石流はワゴンから、チェック柄の布で覆った籠を取り出した。そしてポットの横に置くと、被せていた布を取り払う。籠の中には、石流が作ったと思われるクッキーやティグレなど、焼き菓子がずらりと並んでいた。

「わぁ、スゴいです〜!」

 シャーロックは感嘆の声を挙げた。ネロはすぐさま菓子へと手を伸ばそうとしたが、行儀が悪いと思い直したのか、慌てて引っ込める。エルキュールはネロと共にそわそわとした眼差しを石流へと向けていたが、石流は、まずアンリエットのティーカップに紅茶を注いだ。それから彼女の右隣に陣取ったシャーロックのカップに注ぎ、その隣のエルキュールのカップへと注いでいく。そしてテーブルを挟んでエルキュールの正面にいるネロのカップを紅茶で満たすと、アンリエットの左隣りに座ったコーデリアのカップに紅茶を注いだ。

 柔らかなアッサムの香りが漂い、シャーロックは「いただきます」と両手を合わせて、ティーカップに口を付けた。ネロは、籠の焼き菓子を手に取って口へと放り込むと、石流がソファーの隅に退かせていたテレビのリモコンを掴み、電源を入れた。そしてボタンを操作し、件のオオエドテレビへとチャンネルを合わせる。

 横長の画面に、ニュースバラエティ番組が映った。ちょうど現在収録中の大探偵トーナメントを紹介しているらしく、放送日は月末といった告知をしている。

「もう、ネロったら行儀が悪いんだから……」

 アンリエットに無断でテレビを付けた事に、コーデリアが顔をしかめた。しかしアンリエットは苦笑を浮かべるだけで、特に咎めない。

 他の三人も番組そのものは気になるらしく、紅茶や焼き菓子を口に運びながら、TVを凝視している。

「観覧車が……きれい……」

 エルキュールの感想に、シャーロックは大きく頷いた。

「もっと上の方に行ったら、赤レンガ倉庫も見えるかもしれませんね〜」

 画面の中では、進行役のアイドルがマンションの一階を歩き回りながら、イベントの内容を紹介していた。広々としたフロアには壁がなく、白い柱がずらりと並んでいる。

そのうちの一つに掛かった小さな鏡を背にし、アイドルはくるりと回転すると、びしりとポーズを決めてみせた。

「こちらに直接いらしていただければ、まだまだ参加は間に合います! 我こそはと思わん探偵の皆様、ご参加お待ちしております〜!」

 そう締めくくると、カメラは会場入り口の様子へと切り替わった。参加者だけでなく野次馬も含め、それなりの人数が集まっている。カメラが横に流すように参加者達を次々に映していくと、シャーロックが目を丸くした。

「あ、レナード探偵事務所の皆さんです!」

 シャーロックが指さした先には、スパッツをはいた活発そうなサイドテールの少女と小柄な金髪の少女、そして桃色の着物に身を包んだ黒髪の少女が映っていた。しかしそれも一瞬で、カメラは次々に他の参加者達を映していく。

「あの……さっき、タクトさんが二人いたような……?」

 首を傾げるエルキュールに、コーデリアが顔をあげた。

「そう……? 見間違いじゃない?」

 見てなかったから分からないと言葉を続けると、コーデリアは持ち上げたティーカップに口をつけた。

「タクトさんが二人もいるわけないじゃないですかぁ」

 シャーロックの脳天気な笑い声に、エルキュールは「そうですよね……」と小首を傾げている。

「でもこれに参加するってことは、ちょうどコッチに来てたのかなぁ」

 ネロは小さく笑いながら、籠へと手を伸ばした。そしてティグレを摘み、口元へと運ぶ。

 アンリエットは、以前目を通した報告書を思い浮かべた。それによるとレナード探偵事務所は、名探偵セージ・レナードの三人の娘により運営されているらしい。三姉妹は見かけも格好もバラバラで統一感がない印象を受けたが、姉妹ゆえの連携で事件を解決し、現在は従兄弟を新所長として迎えているという。

 アンリエットは、とめどめ無く語られるミルキィホームズの会話に耳を傾けながら、傍らの石流を横目で伺った。

 石流は、ティーポットの横に挿し湯を入れたポットを置き、アンリエットの傍らに控えている。だが、いつも通りの無表情ではあるものの、珍しくTV画面を凝視していた。

 画面には、会場であるマンションが、下から見上げた構図で映っていた。番組内の説明によれば50階建てらしく、ヨコハマ超美術館からヨコハマ駅方面へ少し寄った先、探偵博会場の近くに建設されたばかりだという。

「あの……石流さん、どうかしたんですか?」

 エルキュールもアンリエット同様、TVを凝視する石流に気付いたらしい。眉を八の字に寄せる彼女に、石流は「何でもない」と返した。その低い声音に、ネロはソファーに深く背を預け、石流へと顔を向けている。

「知ってる人でもいた?」

 ティグレを頬張りながら見上げるネロに、石流は軽く眉をひそめた。そして右の人差し指で、己の唇の右端を無言で叩く。その所作に、ネロは自分の唇の同じ箇所を指先で拭った。そしてそこに付いたチョコを舌先で舐め取っている。

「もう……ネロったら、まだチョコが付いてるじゃない」

 コーデリアはポケットからハンカチを取り出すと、隣のネロの口元を拭い始めた。

「もう、そういうのは自分でやるってば」

 ネロは迷惑そうに眉を寄せてはいるものの、大人しくコーデリアに口元を拭かれている。

 二人の様子に微笑を浮かべながら、アンリエットは石流へと顔を向けた。

「そういえば石流さんは、レナード探偵事務所の方達はご存じでしたよね」

 その言葉に、彼は小さく頷き返した。

 レナード探偵事務所のメンバーが行った奇妙な実験により、ヨコハマの探偵学院にいた石流が、遠く離れたエドガワのレナード探偵事務所まで瞬間移動させられた事がある。その時、エドガワまで彼を迎えに行ったのがミルキィホームズの四人と根津だった。だがその時はレナード三姉妹とは入れ違いになったものの、その後頻発する謎の闇化事件の調査で出会ったと、彼女達から報告を受けている。

「では、私はこれで」

 石流はそう告げると、空になったワゴンを扉近くの壁へと押した。

「後で回収に参りますので、ワゴンは廊下に出して頂ければ」

 扉の前でアンリエットに向けて軽く頭を下げると、静かに扉を閉める。

 微かな足音と気配がゆっくりと遠ざかっていくと、アンリエットは、シャーロックから勧められた焼き菓子を口に運んだ。ゆっくりと咀嚼してから、ティーカップを唇へと運び、温かな液体で喉を潤す。アッサムの柔らかな香りと仄かな甘みが口の中へと広がったが、アンリエットは僅かに眉根を寄せた。

 用がなくなれば気を利かせて退出し、頃合いを見計らって片付けに来る石流が、「終わったら呼んで下さい」ではなく「後で回収する」と告げた。それはつまり「呼んでも居ない」という事を暗にほのめかしている。

 アンリエットはティーカップをソーサーに置くと、僅かに目を細めた。

 

 

************

 白い柱に設置された電灯が、フロアを煌々と照らしていた。柱は等間隔に並んでいるものの、部屋ごとに区切る壁は無く、広々とした空間が広がっている。マンションといっても、まだ建設途中のものなのだろう。完成したあかつきには廊下になるであると思われる外壁には、黒縁の桟と硝子戸がはめ込まれてはいる。

 フロアには、番組スタッフの姿どころか、人の気配がなかった。イベント参加者は既にこの階を突破しているのか、遙か上の方から時折、掛け声や轟音が微かに響いている。

 ストーンリバーは柱の陰に身を潜めながら、静かに歩を進めた。

 人の気配が無いにも関わらず、このフロアにだけ、不穏な空気が漂っている。何かに呼ばれているかのような独特の感覚に、ストーンリバーは僅かに眉を寄せた。

 気配を辿るようにフロアの奥へと進むと、白い柱に小さな鏡が掛けられていた。正面に立てば顔から胸上が映る程の大きさで、楕円形になっている。鏡の縁は銀色に鈍く煌めき、幾何学的な文様が描かれていた。その頂上部分には月のような文様が施され、下部には兎と蓮の花が描かれている。

 ストーンリバーは鏡の装飾を確認すると、軽く両目を見開いた。そして鏡に己の姿が映らないように回り込み、無音で近付いていく。だが、己に向けられた鋭い視線と敵意にすっと跳び退くと、腰の刀に手を掛けて身構えた。

「あら、残念。そのまま近付いてくれれば攻撃できましたのに」

 静かな声音と共に、鏡が掛けられた柱の裏から、黒装束の女がふわりと現れた。

「誰も気にも留めなかったから大丈夫かと思っていたのですが……やはりTVに映ってしまったのは失敗でしたね」

 女はアルセーヌを彷彿とさせるような黒装束に身を包み、長い銀髪を大きな赤いリボンで束ねている。その長髪とリボンを小さく揺らしながら鏡の前に立ち塞がると、女は黒の仮面の奥で、真紅の瞳をすうっと細めた。

「やはり貴方が来ましたか、怪盗ストーンリバー」

 大きな黒マントを翻す女に名を呼ばれ、ストーンリバーは僅かに眉を寄せる。

「貴様は……」

「私は、怪盗ロストソング」

「そうか……貴様が最近噂になっている歌怪盗か」

 ストーンリバーに名を覚えられている事に、ロストソングは満足そうな微笑を湛えた。

「何故私が来ると?」

 ストーンリバーが金の瞳で見据えると、ロストソングは闇夜に浮かぶ月を仰ぐように、真紅の瞳を細めた。

「貴方は、怪盗帝国に参加するまでは、古刀や神器などを中心に狙う怪盗でしたでしょう?」

 骨董を狙う同業者としてその名と武勇伝を何度も耳にしたと、ロストソングは語った。

「それに貴方には、不思議な噂もありましたからね」

 ご存じかしら、と小さく首を傾げてみせる。

「貴方が予告し、探偵を倒して奪ったモノが、何故か日本の博物館に展示されていたり、本来宝があるべき寺社に戻っている、と」

 ストーンリバーの表情を伺うように、女は唇の端を持ち上げている。だが彼は無表情を保ったまま、淡々とした声音を発した。

「貴様は、その鏡がどういう代物なのか知っているのか」

「勿論ですよ」

 ロストソングは、仮面越しに微笑を浮かべると、言葉を続けた。

「これは私のコレクションのひとつ……人の姿だけでなく、その本心を炙り出す魔性の鏡、浄玻璃の鏡」

 喜びに打ち震えるかのような響きに、ストーンリバーは眉をひそめた。

「そこまで把握していて、それを所持しているのか」

「だからこそですよ」

 ロストソングが仮面越しに笑みを浮かべると、ストーンリバーは僅かに腰を落とした。

「それは、数年前に月宮神社から盗まれた社宝だ。……もしや貴様が盗んだのか」

「さぁ?」

 ロストソングは、ストーンリバーの問いに微笑を返している。

「それは回収命令が出ている。悪いが、こちらに渡してもらおう」

 そう告げると、ストーンリバーは腰の刀を抜いた。電灯の白い光を浴び、刃が銀色に煌めいている。

「面白い事を言いますね」

 ロストソングは右手で己の頬に触れると、唇の両端を持ち上げた。

「怪盗である貴方が、何故IDOが危険物に指定する『プレシャス』を回収しようとするんです?」

 興味深げな眼差しを送るロストロングを、ストーンリバーは鋭い視線で受け止めた。

「貴様、何を企んでいる」

 低い声音で発せられた問いに、ロストソングは答えない。ストーンリバーは抜いた刀を中断に構えると、刃の向きを逆にした。

「ここヨコハマがアルセーヌ様の……我ら怪盗帝国のテリトリーと知っての所業か」

「今はまだ、貴方達と敵対するつもりはありませんよ。今は……ね」

 彼女は頬に手をあてたまま、微笑を返した。

「でもこの鏡は私のモノです。誰にも渡しません」

「ならば、奪うまで」

 ストーンリバーは冷ややかに告げると、ロストソングへと踏み込んだ。一瞬で間合いを詰め、彼女のわき腹めがけて刀を叩き込む。だがその刃が届く寸前、彼女は指を鳴らした。その乾いた音が消えるよりも早く、ストーンリバーの足下に烈風が巻き起こる。それは竜巻のように彼を包むと、彼の身体を宙に浮かび上がらせ、一気に天井へと叩きつけた。

「ふふ……、実に怪盗らしいお答えです」

 とっさに受け身を取ったものの、天井に強かに背を叩きつけられ、ストーンリバーの唇から苦悶の声が漏れる。しかし落下しつつも素早く体勢を整え、床に着地すると同時に刀を下段に構え、ストーンリバーは身を低くしてロストソングへと飛びかかった。

 再び、ロストソングが指を鳴らす。

 足下で渦巻く烈風を、竜巻へと形が変わる前にストーンリバーは一刀両断した。そのまま一気に間合いを詰め、懐へと飛び込んでいく。

 攻撃が破られると思わなかったのだろう。見開かれたロストソングの紅の瞳には、トイズの煌めきが宿っている。

 ストーンリバーは、頬をひきつらせるロストソングに刃を振るった。しかし寸前でロストソングは身を翻し、ぎりぎりで交わされる。ストーンリバーは流れるような動きで二太刀目を浴びせようとしたが、彼女の背後から現れた鏡に、一瞬動きを止めた。

 鏡には、僅かに両目を見開く己の顔が映っている。

 ストーンリバーの意識がロストソングから反れた僅かな一瞬、彼女が起こした竜巻で足下をすくわれた。烈風で浮き上がった身体は、勢いを増したまま数メートル先の柱へと叩きつけられる。

「ぐ……っ」

 強かに打ちつけられた身体は、しかし床にずり落ちることなく、宙に浮いたまま、壁に埋め込まんとするかのように、両手両足を大の字で押さえつけられた。首元には締め付けるような風圧が加わり、ストーンリバーの唇からうめき声が漏れる。

「今のは流石にひやりとしましたよ……」

 未だ刀を手落とさず、抵抗を見せるストーンリバーに、ロストソングは薄い笑みを浮かべた。

「私のトイズは、神の指(デウス・エクス・マキナ)。貴方はもう指一つ動かす事は出来ません」

 小さく息を吐くロストソングに、ストーンリバーは切れ長の眼差しで睨みつけた。

「ギリシア悲劇からとは、随分と御大層だな……」

「あら、ご存じでしたか」

 ロストソングは、紅の瞳を大きく煌めかせている。

「武闘派ときいていましたが、随分と教養がおありなのですね」

 噂や評判というのはあてになりませんね……と笑うと、ロストソングは背を向け、壁に掛けられていた鏡を取り外した。そしてストーンリバーに見せつけるように、胸の下で抱き抱える。

「そろそろですよ」

 ロストソングの言葉に、ストーンリバーは目を見開いた。

 鏡を構えて立つ彼女の横に、影が立ち上がったかのような黒いもやが現れた。陽炎のようなそれはすぐに輪郭を取り始め、一瞬でストーンリバーの姿となる。

 容姿は瓜二つではあったが、その眼差しはどこか虚ろだった。そしてよくよく目を凝らすと、背後の柱や床が透けている。

「随分と薄い影ですね」

 これではすぐに消えてしまいます、とロストソングは肩をすくめた。鏡に映った時間が短すぎたのかしら……とこぼし、小さく首を捻っている。

 鏡が作り出したストーンリバーは、虚ろな金の瞳を、傍らのロストソングへと向けた。

 

 ーーわた、しは、

 

 ストーンリバーと同じ、低い声音が微かに響く。

 

 ーーあの方の、側に居たい。あの方の力になれれば、それで……。

 

 囁くように言葉を続けながら、ロストソングへと一歩踏み出す。

 

 ーーだが、あの方は私を必要として下さるだろうか……。

 

 虚ろでありながらもどこか遠くを見つめるような眼差しに、ロストソングは眉をひそめた。

「これが、貴方の本心なのですか……?」

 風圧で柱に張り付けられた状態のストーンリバーへ、確認するかのような目を向ける。だが答える義理はないと、ストーンリバーは唇を真一文字に結んだ。

 ロストソングは仮面の下で狼狽えたような面もちを浮かべ、二人のストーンリバーを見比べている。

 ストーンリバーの影は、彼女へとまた一歩踏み出した。

 

 ーー全ては、あの方の為に……。

 

 節くれだった右手が、ロストソングへと伸ばされる。しかし彼女の肩先に触れる寸前、ストーンリバーの影は、乾いた砂の城が強風で飛び散るように崩れ落ち、跡形もなく消えた。

「何なのですか、今のは……?!」

 ロストソングは胸下の鏡を抱きしめ、声を微かに震わせた。その頬は強ばり、軽く目が見開かれている。

「こんな事、今まで一度も……っ。でも、あれではまるで……」

「だから言っただろう。それは危険なモノだと」

 風圧に締め付けられながらも、ストーンリバーは静かに告げた。

「いずれ、貴様には扱いきれなくなる」

「……そうでしょうか」

 ロストソングは軽く目を閉じると、大きく息を吐いた。そして真紅の瞳で、ストーンリバーを睨み返す。

「もう一度試せば分かること」

 ロストソングは胸下で鏡を構えると、ストーンリバーへとゆっくりと歩み寄った。

「フフ、貴方の影を作り出すのと、貴方が闇化するのとでは、どちらが面白い事になるでしょうね……」

「なに……?」

 唇の端を大きく持ち上げるロストソングに、ストーンリバーは頭を巡らせた。

 最初、彼女のトイズは竜巻を起こすものだと判断した。だが今は、サイコキネシスのように四肢を拘束され、身動き一つ取れなくなっている。

 以前目にした歌怪盗に関する報告書では、手段は不明だが、歌を奪われると、歌っていた本人がその歌を歌えなくなるだけでなく、CDを再生しても無音で、機械からもその歌の存在が消えるとあった。つまり彼女のトイズは、それら複数の事が出来ると考えた方が自然だろう。

 それは一体どういうトイズなのか。

 そしてどういうからくりなのか。

 まさか彼女が告げたトイズ名のように、何でもできるわけではないはずだ。

 だが、ロストソングから発せられる禍々しい気配は、より大きくなっていた。このままではまずいと、頭の奥で警鐘が鳴り響いている。

 ストーンリバーは、鏡を構えて近寄ってくるロストソングを見据えた。

 歌怪盗の事件が広がるとほぼ同時に、闇化現象というものが都内の至る所で発生している事は、ストーンリバーもアンリエットから見せられたIDOからの報告書で把握していた。それによると、その闇化現象の中心にいる人物を倒すと歌怪盗に盗まれた歌を回収でき、再び歌を復活させる事ができるという。つまり、歌怪盗によって盗まれた歌で、闇化現象が起きているということになる。そして彼女の口振りは、それを裏付けている。

 その事から、彼女がこれから己に仕掛けようとする事はうっすらと見当がついていた。

 だが、相手が鏡を構えている以上、人形化のトイズを使うことも出来ない。いっその事、己が人形化するのを覚悟して一か八かでトイズを使うのも有りかとは思ったが、彼女がトイズを使って己にしようとしている事は、人形化していても防げるかどうか危うい。

 ストーンリバーの脳裏に『万事休す』という言葉が浮かんだ。ずっと足掻いてはいるものの、風圧による拘束を振り切れないでいる。

 ロストソングの紅いの瞳が、強く煌めいた。差し出された右の掌の上に、黒い球体のようなものがうっすらと現れている。より強く首を締め付けられる感触に、ストーンリバーの息が詰まった。全身を走る痛みと息苦しさに、眉間の皺が深くなる。

「せっかくですから、両方試してみましょうか……!」

 ロストソングは声高にそう宣言すると、紅の瞳を大きく見開き、右手を頭上へと掲げた。と、その指先をかすめるように何かが投げつけられる。

 ロストソングは腕を振り上げた姿勢のまま、投げつけられた物が落ちた先へと目をやった。

 床に、トランプが一枚刺さっている。

「これは……っ」

 ロストソングは両目を見開くと、慌てた様子で跳び退いた。しかしその行動を読みとっていたかのように、「それっ」という軽快なかけ声と共に、複数の爆弾が投げつけられる。

 柱の影から身を踊らせるように飛び出したのは、ラットだった。

「きゃっ」

 小さな悲鳴が上がると同時に、ストーンリバーの拘束が解ける。ストーンリバーは柱から滑り落ちるように床に膝を突くと、大きく咳込みながらも刀を構えた。

「何してんだよ、ストーンリバー!」

 ストーンリバーの傍らに駆け寄ったラットは、怒ったような声音をあげた。しかし軽く眉を寄せ、心配げな面もちで彼を見下ろしている。

「珍しいね、君がデートだなんて」

 近くの柱の奥から姿を見せたトゥエンティは「アルセーヌ様に言いつけちゃおうかな」と軽口を叩いているが、その蒼い瞳は爆風の奥のロストソングを見据え、トランプを構えている。

「油断するな、二人とも」

 ストーンリバーは喉元を押さえつつも立ち上がると、刀の先をロストソングへと向けた。ロストソングは全く傷を負っていないようだったが、長い銀の髪とマントが、爆風で大きく揺れている。

「そろそろ上も決着がつくでしょうし、今が潮時ですね」

 ロストソングは両手で鏡を抱きしめると、軽く息を吐いた。先ほどまでの激昂した様子は消え失せ、冷静さを取り戻している。そして己と対峙するスリーカードを見据えると、微笑を浮かべた。

「またどこかでお会いしましょう?」

 その言葉と同時に、突風が叩きつけられる。反射的に、ストーンリバーは腕で目元を庇った。風圧が収まると同時に腕を下ろすと、ロストソングの姿は跡形もなく消えている。

「……礼を言う」

 ストーンリバーは軽く息を吐くと、両脇にいるラットとトゥエンティへ目をやった。

「どうしてここに……アルセーヌ様のご指示か」

「分かってるじゃぁないか」

 疑問を推測へと変えたストーンリバーに、トゥエンティは大きく頷いた。

「でもさぁ、お前、こんなとこで何してたんだ?」

 頭の後ろで両手を組んで見上げるラットに、ストーンリバーは軽く眉を寄せた。ロストソングが鏡を持って立ち去ったせいか、フロアに充満していた不穏な空気は消えている。だがそれに反比例するかのように、人の気配が増えつつあった。

「なぁなぁ、せっかくだしさぁ、大探偵トーナメントやらに俺たちが乱入して優勝をかっさらうってのはどう?」

 身を乗り出すラットに、ストーンリバーは小さく息を吐き、刀を鞘に納めた。

「それはただの目立ちたがりがする事であって、怪盗のする事ではない」

「ちぇっ」

 諫められ、ラットは「つまんねぇ」と唇を尖らせている。

「とりあえず話は後だ。今はここを離れるぞ」

 

 

************

 潮の香りを含んだ柔らかな風が、月光に煌めく銀の髪を棚引かせた。黒のマントを大きく揺らし、ホームズ探偵学院がある小山の方へと吹き抜けていく。

 アルセーヌが背後のマリンタワーを見上げると、白い照明に巨体が照らされ、星の見えない夜空にうっすらと浮かび上がっていた。遙か上空の展望室は消灯され、マリンタワーの下部にあるビルも、既に営業を終了している。

 アルセーヌは、マリンタワー横のビルの屋上から、下部へと視線を落とした。街灯に照らされた車道には多くの自動車が行き交っていたが、人影はまばらだ。

 寝るにはまだ早く、しかし出歩くのには遅い時間帯。

 アルセーヌはマントを翻すと、みなとみらい方面へと顔を戻した。

 昼間であればくっきりと見えるランドマークタワーも、今はその白い巨体を夜の帳に沈めている。その手前では、遊園地の観覧車が色鮮やかに輝いていた。緑色に煌めいていたかと思うと、白い光に包まれ、青色へとゆるやかに色を変えていく。アルセーヌは観覧車を眺め、その上空へと目を移した。

 夜空にとけ込むように駆ける黒グライダーが、三つ。

 それは真っ直ぐにこちらを目指している。

 アルセーヌが腕を組んで暫し待つと、それらグライダーは鴉が翼を畳んで舞い降りるかのように、彼女の前へとふわりと降り立った。

「アルセーヌ様ァ、御自らお出ましにならなくてもぅ!」

 大げさな身振りと共に告げるトゥエンティに、アルセーヌは微笑を返した。

「夜風が心地良かったので、散歩がてら迎えに来ました」

 そしてマントをはためかせ、トゥエンティの横に立つストーンリバーへと目を向ける。彼はいつもの無表情を保っていたが、その金の双眸がアルセーヌを捉えると、気まずそうに目を伏せた。

「珍しいですね、貴方が単独行動だなんて」

「……申し訳ございません」

 ストーンリバーはアルセーヌへと目を向けると、深々と頭を下げた。

「貴方のことですから何か理由があるのでしょうが……詳しく訊かせてもらえるかしら?」

 アルセーヌが問い糺すと、ストーンリバーはアルセーヌを見つめ返し、深く息を吐き出した。

「きっかけは、大探偵トーナメントとかいう、イベント現場を中継していたTV番組です」

 そして僅かに眉を寄せると、言葉を続けた。

「そこに、人混みに紛れてはいたものの、タクト・レナードが確かに二人いました」

 ストーンリバーの説明に、アルセーヌは、エルキュールが同様の事を口にしていたのを思い出した。アルセーヌ自身はTVから目を離していた為、その決定的瞬間を目にはしていなかったが、おそらく二人して同じ光景を目撃したのだろう。

「誰だっけ、それ」

 ストーンリバーが口にした人名に、ラットが首を傾げている。アルセーヌが簡単に補足を入れると、思い出したかのように小さく頷き返した。

「そしてレポーターの背後に、数年前、月宮(つきのみや)神社から盗まれた社宝と覚しき鏡がありました」

 故に、確認しに行ったのだと言う。

「タクト・レナードが二人いた事と、その社宝の鏡には何か関係があるのですか?」

 アルセーヌが尋ねると、ストーンリバーは大きく頷いた。

「あの鏡には、トイズが宿っているのです」

 予想外の説明に、アルセーヌだけでなく、トゥエンティもラットも眉をひそめた。

「どういうことだい、それは」

「そんなものがあるの?」

 不思議そうに目を瞬かせるラットに、ストーンリバーは、希にトイズが宿った骨董品が現れると説明した。

「呪われたダイヤとか、魂が宿った人形とかあるけど、それはそういった類のものなのかい?」

「全く違う」

 大きく首を傾げるトゥエンティに、ストーンリバーは軽く首を振った。

「そういうオカルトじみた物ではなくてだな……。『ホームズの壷』といえば分かりやすいだろうか」

 ストーンリバーが例として挙げたものに、アルセーヌは頷いた。

 『ホームズの壷』は、かつての名探偵が、戦った怪盗のトイズを封じたものだった。資料でしかアルセーヌは目にした事はなかったが、ミルキィホームズ達の話によれば、学院の地下に封印されていたという。もっとも、見つけた直後に割れてしまったそうなのだが。

 どういう仕組みで相手のトイズを吸い取っていたのかは不明だが、壷そのものにトイズが宿っていたとすれば納得がいく。

「あの鏡は、写った人間を複製する危険な物なのです」

 そう結ぶストーンリバーに、トゥエンティが片眉を持ち上げた。

「それのどこが危険なんだい?」

 不思議そうな面もちで腕を組み、右の指先を顎へとあてている。

「もう一人のボクが現れるって事だよネ? 素晴らしいじゃないか!」

 欲しいなぁと目を輝かせるトゥエンティに、ストーンリバーは深く溜め息を吐いた。

「貴様ならそう言うだろうとは思ったが……」

 そんな良いものではないぞ、と口にする。

「伝え聞いた話によれば、あの鏡で作り出されたもう一人の自分は、本人に向かって秘めた本音を告げるという」

 心に秘めている本心をもう一人の自分にわざわざ指摘されるのは、あまり気持ちの良い事ではない。そう結ぶストーンリバーに、トゥエンティは軽く肩をすくめた。

「あぁ、それは確かに……ちょっとイヤだね」

 軽く口笛を吹き、苦笑を浮かべている。それを一瞥し、ストーンリバーはアルセーヌへと向き直った。

「故に、浄玻璃の鏡と呼ばれています」

「なるほど」

 アルセーヌは小さく頷き返す。

 仏教において、冥府の閻魔が浄玻璃の鏡を用い、死者の生前の行いを写すと言われている。おそらくそれに由来して名付けられたのだろう。

「そしてもう一つ、トイズを持つ者があの鏡に写った場合、トイズごと複製されてしまうのです」

「それは、どういう……?」

 思わず尋ね返し、しかしすぐその答えに至り、アルセーヌは軽く息を呑んだ。

「もし、隠した本心がトイズを使って思う存分暴れたいとなると……」

「トイズを駆使して暴れるでしょう」

 ストーンリバーは、軽く眉をひそめた。

「その場合、どうすれば……?」

「鏡で複製された者は、倒せば消えると聞いています」

 だが、己の本心を見透かしているだけでなく、同じトイズを使える以上、生半可な相手ではない。

「文字通り、もう一人の自分と戦うことになるわけですね……」

 アルセーヌの出した結論に、ストーンリバーは小さく頷いた。

「それで回収に向かったのですが……」

 推測通り探していた社宝ではあったが、現在の鏡の所有者である怪盗ロストソングに阻まれたのだという。

 ストーンリバーの「回収」という言い回しに、アルセーヌは仮面の下で柳眉を寄せた。

 何故「盗む」や「奪う」ではなく「回収」なのか。おそらく、怪盗帝国に参加する前の彼の過去に関わる事なのだろう。それを追求すべきか僅かに迷い、しかしアルセーヌは唇を結んだ。

「でもさぁ、ロストソングだっけ? その鏡を使って何をしてたんだ?」

「さぁ。私にはわからん」

 両手を頭の後ろで組むラットに、ストーンリバーは、小さく息を吐いている。部下達の会話に耳を傾けながら、アルセーヌは胸の下で腕を組んだ。

 レナード探偵事務所の新所長は、怪盗ロストソングとライバル関係だったときく。とすると、まさか己のように、目を付けた探偵をライバルとして鍛え上げようとしているのだろうか。

 まさか、とアルセーヌは胸の内で否定すると、仮面の下で苦笑いを浮かべた。

「そうえいば、怪盗ロストソングはどのようなトイズを?」

 尋ねると、ストーンリバーが口を開いた。その端的な説明によれば、ただ竜巻を起こすだけではないらしい。

 彼女が自らのトイズを「神の指(デウス・エクス・マキナ)」と呼んだ事に、アルセーヌは軽く目を見開いた。

「それはまた、随分と仰々しいネーミングですわね……」

「ねぇねぇアルセーヌ様、そのデウス何とかって、何?」

 大きく目を瞬かせるラットに、トゥエンティは大きく肩をすくめてみせた。

「おや、君はそんな事も知らないのかい?」

「なんだとっ」

 小さな笑い声をあげるトゥエンティに、ラットはくってかかっている。二人のやりとりに、ストーンリバーは右の指先でこめかみを押さえた。

「古代ギリシア悲劇で用いられた、演出技法の一つだ」

 ストーンリバーはこめかみを押さえたまま深く息を吐き出すと、言葉を続けた。

「訳すと『機械仕掛けから出てくる神』だな。大きな機械仕掛けの装置……今で言うクレーンみたいなものに乗って『神』が舞台に現れ、こじれた物語を一気に収束させる技法だ」

「へぇ……?」

 今でいう「夢落ち」や「超展開」みたいなものだとトゥエンティが補足すると、ラットは、納得したようなそうでないような、曖昧な表情を浮かべている。

「それってつまり、何でもありなトイズってこと?」

「さぁ……どうだろうな」

 ストーンリバーは顔をしかめた。

 そんな便利で強大なトイズは、アルセーヌも聞いたことがない。だが、判断するにはファクターが足りなさすぎる。

「用心するに越したことはありません」

 アルセーヌは微笑を浮かべた。

 怪盗ロストソングが何を計画し、闇化事件にどう関わっているのかは不明ではあるが、怪盗としての自分達の行動や信条が変わるわけではない。

「では、そろそろ帰りましょうか」

 アルセーヌがマントを大きく翻すと、三人の部下はそれぞれ頷いた。

 

 

<了>


 
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