No.780804

オール・ヨシノ・ニード・イズ・キル(中編)

見月七蓮さん

マリみて由乃&菜々メインSF小説の続きです。
前編 http://www.tinami.com/view/780799 、後編 http://www.tinami.com/view/780849
全てを収録した電子書籍版をBOOTH他、各DLショップにて頒布中です。 https://32ki.booth.pm/

2015-05-31 17:25:08 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:1074   閲覧ユーザー数:1074

オール・ヨシノ・ニード・イズ・キル(中編)

 

「やっ!?」

「立て、三つ編み!」

 見慣れたシーン。太仲女子高に戻っていた。

「バレエシューズを(くち)にネジ込むぞ!」

「だけれど、まだ望みはある。戦いは償いだから。地獄の戦場が真の英雄を生む。薄汚い寄生虫レズも……」

 瞳子ちゃんの前説(まえせつ)を聞き流し、私は瞳子ちゃんより先に歩き、体育館の隅っこに向かった。

 案の定、体育マットの上でポーカーをしていたので中断させ、トランプを見つかる前に隠した。

 直後に瞳子ちゃんが到着。トランプは見られなかったようだ。

「由乃よ、L分隊だよね? よろしく」

 今度は自分から挨拶した。

「上級生では?」

「こうみえて一年生なのよ」

 可南子ちゃんの疑問に自ら答えた。

「由乃ちゃんは脱走者よ。あなたたちの責任において彼女を監視して」

「出撃は明朝六時ちょうど」

「彼女は間違ってここに来たという妄想を抱いてる。逃亡を……」

「逃亡などしない、あなたたちと一緒にいるわ」

「……ボコボコに叩きのめしなさい」

「案内ありがとう、紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)

 私は瞳子ちゃんと握手をした。瞳子ちゃんは若干の戸惑(とまど)いを見せつつ去っていった。

「次は何? 訓練?」

『訓練開始まで一〇分!』

『アン、ドゥ、アン、ドゥ』

 私たちは一斉に校内をジョギングした。このシーン自体は何度も経験しているが、この掛け声は何度聞いても違和感がある。

 バレエじゃないんだから。なんでここだけフランス語なのよ。だけど、もっともツッコミたくなるのはここからだ。

「◯ァミコンウォーズを、知ってるかい!?」

 ジョギングしながら、瞳子ちゃんが大声で呼びかける。

『◯ァミコンウォーズを、知ってるかい!?』

 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。綺麗(きれい)(そろ)った足踏みと共に、こだまするみんなの掛け声。

「こいつはド偉いシミュレーション!」

『こいつはド偉いシミュレーション!』

 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。ジョギングしながら一斉に復唱する精鋭たち。

「かなりスゴイ! かなりスゴイ!」

『かなりスゴイ! かなりスゴイ!』

「マリア様には内緒だぞ!」

『マリア様には内緒だぞ!』

「何が内緒なのよ!」

 私は(さけ)んだ。ツッコまずにはいられない。ああ悲しき(さが)

「ストップ!」

 瞳子ちゃんの号令で全員足を止めた。彼女は私に向かってくる。

「そこで腕立てを……」

 言われる前から私は腕立て伏せを始めていた。

「五十回だっけ?」

「そう、五十回よ。聞いたわね? 腕立て五十回! 由乃ちゃんに付き合いなさい!」

 みんな嫌そうに腕立て伏せの体勢に入る。

 私は腕立て伏せをしながら、後方から車がこちらへ迫ってくる事を確認した。

「みんな、感謝するわ」

「一回……二回……」

 腕立て伏せの体勢のため、みんなの顔は地面を向いている。幸いなことに瞳子ちゃんも私に背を向けていた。

 離脱するチャンス! 車が最接近した隙を狙って、私は車の下に転がり込んだ。

 だが、勢い余ってすり抜け、反対側の車輪にひかれてしまった。

「ぴぎゃっ!」

 私は絶命した。

「何というアホなの……」

 瞳子ちゃんは呆れていた。

「望みはある。戦場で手柄を立てるのよ。戦いは償いとなるから」

 もう一度、一斉に腕立て伏せをするシーンまで進んだ。

 車が最接近した隙を狙って、私は車の下に転がり込む。

 またもや勢い余ってすり抜け、反対側の車輪に……今度はひかれる事なく一気にすり抜けた。

 素早く車の影に入る。みんな気が付いてないみたいで、脱出は成功だ。いそいそと、その場から離れた。

 私は校内を捜索した。一部から不審な目で見られてはいたが、私が脱走者だと気付く者はいなかった。

 射撃訓練場の奥にある『立入厳禁』と書かれたエリアに入る。

「失礼します、英雄『菜々さん』」

 訓練用の移動標的が縦横無尽(じゅうおうむじん)に横切る中、射撃場のど真ん中で、腕立て伏せをする戦士の姿があった。

「菜々! 有馬(ありま)菜々だよね!?」

 呼んでも返事をしないので、私は危険を(おか)して菜々の(もと)へ近づいた。

「何ですか、何の用です? なぜ、ジロジロ見るんですか」

「あなたが言ったのよ。海岸で言った。明日、海岸で会った時、『目覚めたら私を捜して』と」

 菜々は目を丸くして驚いていた。

「あなたは何か知ってる」

 菜々はゆっくり頷いた。

「一緒に来てください、こっちへ」

 私は菜々の後を追いかけるように付いて行った。

「この話は誰にもしないでもらえますか。話すと即、精神病棟行きで、運が悪ければ解剖されます」

 菜々の真剣な表情を見て、私は固唾(かたず)()んだ。

「いいです? 分かりました?」

 私は黙って(うなず)いた。

「最初に死んだ時、ギタイを殺しました? どんな奴でしたか?」

「普通の奴らよりデカくて、青かった」

「そいつの血を浴びましたか?」

「ああ、そう言われれば……浴びたような気もするわね」

「奴らは明日の作戦を知ってて、我々は全滅します」

 そこからしばらく菜々は無言になり、私を置いて先に進もうとした。

「待って、待ってよ。一体、どういうことなのよ?」

「私にも同じことが起こり、その後、元に戻りました」

「元に戻れるの? 方法は?」

「まず、協力を」

「何をすればいい?」

「戦いに勝つんです。ついて来てください」

 菜々に案内されて辿り着いた場所、それは機動スーツを製造している工場だった。

 大勢の人が組み立てをやっている中、作業をしていた一人が菜々に気付いて手を止め、駆け寄ってきた。

 菜々は特にリアクションも無く、そのまま工場の奥にある『実験室・関係者以外立入禁止』と書かれた部屋へ、三人で入った。

「菜々ちゃん、来る時は連絡してよ。この子は?」

「第五戦の前の私。役に立ちます」

「つまり、この子も……」

「そう」

 菜々と親しげに話す人物。この人も事情を知っているって事なのだろうか。

「いつ死んだの?」

「明日、海岸で」

 私の代わりに菜々が答えてくれた。

「私は指を何本、立ててる?」

「知らないわよ」

 その人は後ろに隠していた手を前に出し、指を二本立ててるのを見せてくれた。

「そうか、この会話は初めてってことか。幻覚は?」

「幻覚?」

「少し待ちましょう」

 その人と菜々は互いに納得し合っていた。私にはさっぱり分からない。

「どういうこと? 彼女は? 何者なの?」

「リリアン事情通(じじょうつう)(かつら)よ」

「彼女は、このループ現象を信じてます。ギタイの生物学的分析に通じてるのは彼女だけ」

 菜々が紹介すると、桂さんはダブルピースサインを作って、ブルブルと(ふる)わせていた。

「あれを見せてくれますか」

「分かった」

 桂さんは、部屋中央にある装置を使って、ギタイの3D解析映像を表示させた。こんなハイテクなものがあったんだ。

「まず敵は『軍隊』ではなく、一個の有機体と考えた方がいい。こいつらは、ただのドローンよ」

「あなたが倒したのは『アルファ』という特別なギタイです」

 アルファの映像を見せながら菜々は言った。

「六百十八万体のドローンに、たった一体」

「アルファは、奴らの神経中枢よ。これが奴らの脳」

 桂さんは、脳と呼ぶ物体の映像を表示させた。

「これが敵の正体『オメガ』」

 それは、イソギンチャクのような形をしていた。中央に丸いボールのような物体が見える。

「オメガは『(とき)』を操作する能力を持っているの。アルファが倒されると自動的にリセット機能が働き、時間のループが始まる」

「でも以前の記憶はあなたと同様、残ってて……相手の行動を予知できる。そういう敵に勝てると思いますか?」

 と、桂さんの説明を補足するように菜々が付け加えて言った。

「それでも、あなたは第五戦で勝ったじゃない」

「それも敵の作戦なんです。我々に『勝てる』と思わせて、全戦力を投入させる魂胆(こんたん)です」

「殲滅作戦は我々でなく、奴らの作戦だったわけ」

 何てこと。私たちは奴らに踊らされていたってわけか。

「まだ先があるわ。完璧な進化を遂げた、オメガのような侵略有機体は、数百万という数でウィルスのように宇宙の中を浮遊してるの」

「そして絶好の条件を備えた星を見つけると、その星を支配してる種に襲いかかり……たちまち星全体を征服してしまう」

「あなたが、それを阻むのです」

「私が?」

「アルファを倒し、神経が同調した。それで時間をループするオメガの能力を身につけた」

「でも私は……」

「あなたにはループ・パワーがあります。第五戦の私と同じ」

「私にパワーが?」

 (うなず)く菜々と桂さん。

「分かったわ。どうすればいい?」

「死に続けるんです。それも毎日、オメガが死ぬまで」

 それを聞いた私は思わず後退(あとずさ)りする。しばらく硬直した後、落ち着いて私の考えを述べる事にした。

「まず、これ。すごいプレゼンができる。使えるわ!」

「私は祐巳さ……紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)を知ってる。これを見せて、今の話を聞かせるのよ」

紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)には、とっくに話したわ。何度も、何度も」

「精神病棟と解剖台行きでした」

「じゃ、一体、どうしろと?」

 私が菜々を睨みつけると、菜々は視線を桂さんに向けた。桂さんは私に尋ねてくる。

「ヘンなものを見た?」

「見過ぎたわよ」

「幻覚は? これに似た幻覚は?」

 桂さんはオメガの映像を指していた。あいにく私はその幻覚とやらを見てはいなかった。

「オメガは同調に気づくと侵入者を探そうとするの」

「奴が近づいてくると、あなたはこの幻覚を見ることになります」

「奴のいる場所もね」

「あなたは見た?」

 私が菜々に尋ねると『はい』と返事が返ってきた。

「そして、最後に本物の奴を見た。そうよね?」

「幻覚だけ」

 そこで菜々は言葉に詰まったように黙ってしまった。

「つまり全ての話は、仮説ってわけか。オメガの実在も怪しいもんだわ」

「私の幻覚では、奴は第五戦の戦場にいました。でもオメガに近づく前に私はパワーを失ってしまいました」

「第五戦では勝った。でも奴は消えてしまった」

 桂さんが菜々の説明を補足する。

「じゃ私はその幻覚が現れるのを待って、あなたたちにオメガの居場所を教えるってわけね」

「そうじゃなくて。私をそこに案内してください。私が奴を倒します」

「案内する? 私、実戦訓練ゼロなのに?」

 私は訓練場で、菜々とマンツーマンで特訓を受ける事になった。

 身体が思うように動かない。次々に襲い掛かる模擬(もぎ)ギタイに私は翻弄(ほんろう)されまくっていた。

 全く手も足も出ない私を見かねて、菜々が手本を見せてくれた。木刀(ぼくとう)であるにも関わらず、華麗(かれい)剣裁(けんさば)きに思わず見とれてしまった。

「ぐはっ」

 見とれていた私は、模擬ギタイの体当たりを喰らって思いっきり吹っ飛ばされてしまった。

「大丈夫ですか?」

「背中を痛めたみたい。唇しか感覚がない」

「大切なルールを覚えてください。ルールは、それ一つ」

 菜々が真剣な眼差(まなざ)しで私を見て言った。

「戦って負傷したら、死ぬこと」

「なぜ?」

「私は戦って負傷しました。出血したけれど死にきれず、気がついたら病院で何リットルもの輸血を受けてました。そのせいでパワーを失ってしまいました」

 そう言ってから、菜々は特製の木刀を高々と私の前に掲げた。

「リセットします」

 私は菜々に頭を打ち(くだ)かれた。

「うわあっ!?」

 見慣れたグラウンド。戦場のデコちんと書かれた菜々のバスが走る。いつものスタート地点だ。

「由乃ちゃんは、どこに行ったの?」

 一斉に腕立て伏せをする戦士たちを見下ろしながら、瞳子ちゃんは怒りをあらわにしていた。

「ちさとさん、隣にいて彼女を見ていなかったの?」

「すみません!」

「そう。あと五十回、追加しましょう」

 

 訓練場に赴いた私は菜々と出会った。

「待って、私は由乃よ。明日、あなたと海岸で会うの。私もループしてるんだ」

 理解してもらうのに時間は掛からなかった。すぐに特訓に励む。

 だけど、呆気(あっけ)無くふっ飛ばされ、菜々は呆れていた。

「考えないで記憶してください。相手の動きだけでなく、倒し方も覚えるんです」

「やってみる」

 模擬ギタイにこれでもかって攻撃を加えたが、容赦なく吹っ飛ばされ身動きが取れなくなってしまった。

「ちょっと待って。オッケー、やって」

 私は菜々に頭を打ち砕かれた。

「っ!」

「三つ編み!」

 もう何度目になるだろう。私は菜々と特訓に励んだ。

 上手く交わして攻撃する。段々とコツを掴めてきた気がする。

「左! 左!」

 模擬ギタイの体当たりを背中から受け吹っ飛び、私は壁へ叩きつけられた。やり直しだ。

「目を開けて」

 それでも吹っ飛ばされる私。

「もう一度」

 やっぱり吹っ飛ばされる私。

「もう一度」

 懲りずに吹っ飛ばされる私。

「待って、ケガしてないわ」

 私は菜々に頭を打ち砕かれた。

「……」

「三つ編み!」

 菜々に頭を打ち砕かれる。

「三つ編み!」

 菜々に打ち砕かれる。

「三つ編み! 動きなさい!」

 訓練場のシーンまで進む。菜々は訓練装置を停止させた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、このとおりよ。骨折してるわ」

 私は菜々に頭を打ち砕かれた。

 目の前に、二つの道が伸びている。

 右は、山を突っ切る(けわ)しい道。

 左は、山を()けて大きく迂回(うかい)した平坦(へいたん)な道。

 右にも左にも行かず、真ん中の道なき道を突き進む。

 山の頂上には小さな(ほこら)があった。

『危険』

 祠にはそう書かれている。その祠から出てきたのは……オメガだった。

「うわあああっ!?」

 いつものスタート地点に戻っていた。それから私は菜々に案内され、桂さんと一緒に、工場奥の部屋に入った。

「菜々ちゃん、何しに来たの? この人は?」

「第五戦の前の私です」

「つまり……」

 桂さんはポンと手を叩いて、納得していた。

「いつ死んだの?」

「明日、海岸で。あなたに会うのは二度目よ。後ろの指は二本。オメガの幻覚も見たわ」

 桂さんは聞きたい事を先に言われ、言葉を飲み込んでいた。

「この戦いは先がないわ。さっさと行動しましょう」

「分かった。場所は?」

「二手に分かれた道があって、山の頂上だった。そこに祠があったわ。道は見覚えがあるんだけれど、どこだったか思い出せない」

「詳しく調べないと特定できないわね」

「訓練は終了しましょう、また明日」

 そう言って菜々は戻ろうとしていた。

「オメガは?」

「その前に、あの海岸から脱出する方法を考えてください」

 

 翌日、戦場と化した海岸で激しい戦闘が繰り広げられていた。私は菜々と合流する。

「それで? どっちですか?」

 菜々が私に尋ねる。どっちと言われても私にだって分からない。

「どっちです?」

 菜々がもう一度尋ねた。

「今、考えてるところ」

 そうしてる間に私たちはギタイに襲われ死亡した。

 もう一度、戦場へ。私と菜々は行動を共にする。

「行かないで! 止まって!」

 敵の攻撃が止んだのを見計らって、私はゴーサインを出す。

「よし、行って!」

 菜々を先に行かせた途端、ギタイの強襲を受け菜々は死亡した。

「ふざけんじゃないわよー!」

 

 訓練場にて。私は菜々と打ち合わせをした。

「左に行き、攻撃を()ける。その動きを覚えて」

「左に行き、右によけ、前進ですね」

 菜々は(うなず)いた。そして戦場へ。

「記憶して。塹壕(ざんごう)から、十二時の方向に進み、右を見るの」

 言われた通りに動く菜々。だが、ギタイに襲われ最後を遂げる。

「もっと正確に教えてください。でないと私は殺されます」

「菜々! どこ?」

「由乃さま!?」

 はぐれた菜々はギタイの犠牲となった。

塹壕(ざんごう)を登って左へ。その先のギタイを倒す」

 戦場にて。無残にも横たわる菜々。死んでいた。

 呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす私の背後へギタイが襲いかかった。

「爆発後、三十歩北西へ」

塹壕(ざんごう)の上で敵をよけ、左へ行くの」

 結果は(むな)しく、戦場で菜々は死んでいた。

「なぜ、ジロジロ見てるんですか」

「失礼……」

 私は菜々を訓練場で見つけたが、それ以上言わずにその場から離れた。

 外は土砂降(どしゃぶ)りの雨だった。運命に(あらが)えない悲壮感(ひそうかん)を読み取ったかのように容赦(ようしゃ)なく降り注ぐ。

 (かさ)なんて持ってない。雨に打たれながら校内を歩き続けた。

「由乃さん! (さが)したわよ!」

 ちさとさんと、可南子ちゃんだった。

「いい加減にしてよ」

 無視を続けていたら、ちさとさんが後ろから掴み掛かってきたので、私は()けた。

「今日は、やめてくれないかしら」

「ふざけないで。あなたが消えて、紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)はキレまくりだったのよ」

「ちさとさん、私を見て」

 私は両手を後ろにまわして組んだ。

「私は目を閉じてる、好きにしていい」

 それじゃあ遠慮なくと、ちさとさんは私を掴もうとした。動きは手に取るように分かっていた。

 私は目を(つぶ)ったままかわして、バランスを崩したちさとさんは、そのまま転んでしまった。

 可南子ちゃんは降参とばかりに手を上げていた。

 私は無言で、その場から去った。

 

「さあ、新しい日よ」

「運命の声に応えて勝利しなさい。それが、あなたたちの任務よ」

 整列した精鋭たちに向かって激励(げきれい)する瞳子ちゃん。

 出撃の準備が進む中、私は脱走し、学校の外にある(まち)へ繰り出していた。

『前線からの情報です。味方の損害は甚大(じんだい)……』

 ラジオのニュース速報が耳に届く。私が前線に行かなくても結局は同じだ。運命は変えられない。

 橋の上で黄昏(たそが)れていると、突如(とつじょ)として街中の(あか)りが消えた。

「川に何かいるわ!」

 誰かが叫んでいた。橋の上から川を見下ろすと、川なのに不自然な大量の波が立っていた。

 川から大量のギタイが出現し、私は襲われ絶命した。

 誰もいない訓練場の奥にて。私は一人、必死に特訓を続けていた。

 模擬ギタイを的確に()け、正確に狙い撃つ。考えなくても身体が覚えて動けるようになっていた。

 しばらくすると菜々がやってきて、私を工場まで案内してくれた。

「オメガを見つけたわ。花寺(はなでら)学院高校よ、特徴(とくちょう)が合ってる。お見事」

 桂さんは()めてくれたが、私は素直に喜べなかった。

「しかし、意味がないわよ」

 桂さんと菜々は顔を合わせて、何故という反応をした。

「行けないんだから。どんなに慎重に計画を()っても、あの海岸に釘付けよ」

「由乃さまならできます。毎日、私が訓練します」

「やってるわよ」

 

 舞台は戦場となった海岸へ。人類とギタイ、激しくぶつかり合う。

 私も菜々も敵を次々に撃破する。敵の動きは覚えていても、これが何度目かなんてもう覚えてない。

「モモッチ!」

「敵は五百メートル先です!」

「すごい!」

紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)、あの新入り本当に初めて?」

 仲間たちが騒ぐ中、私たちは次々にギタイを撃破していく。

「次は?」

「あの丘を登るのよ」

 私たちはついに戦場離脱に成功した。 

「移動するには車が要るのよ。でも……」

「何か問題が?」

「私たちが運転できない事と、使える車を見つける前に、待ち伏せた敵に殺される」

「じゃ、どうします?」

「まだ試してないのは、馬車(ばしゃ)縁日(えんにち)用の牛車(ぎっしゃ)。私が牛車で奴らを誘い出すから、菜々は馬車で突っ走って」

「了解です」

「荷台を切り離してから、飛び出して。引きずると速度が出ないから」

 私たちは二手に分かれ、それぞれ馬車と牛車に向かって走る。

 私は牛車に乗り込むフリをして、牛車を使えないよう破壊した。

「急いでください!」

 気付いた敵が迫ってくる。

「乗って!」

 私は菜々が操る馬車に飛び乗った。馬車は勢いよく走りだす。

『敵は東京湾を渡りました』

 ニュース速報を機動スーツに内蔵されたラジオで聞いた。状況は芳しくない。

『敵は都内に到着し、攻撃を始めました』

 私はラジオのスイッチを切った。これ以上、聞いていても良いニュースは聞けそうにない。

「馬術うまいわね」

「馬だけに」

 洒落(しゃれ)を言ったつもりじゃなかったけれど、菜々も若干は余裕が出てきたってことか。私は一安心した。

「そういえば荷台は」

 その瞬間、座席の後ろが激しく破裂し、ギタイが出現した。

 私はマシンガンでギタイを攻撃。ギタイも座席めがけて反撃する。私は冷静に応戦し、ギタイを撃破した。

 荷台がボロボロになったので、荷台を切り離し、馬に直接二人乗りして先へ進んだ。

「菜々ってアドベンチャー好きなんだよね」

「どうしてそれを」

「菜々が教えてくれたのよ」

「そうでしたか」

「家族と旅行して、お姉さんたちと、はぐれた」

「旅行は知らないです」

「旧姓は、山田(やまだ)

「全然違います」

「お姉さんとは下町で再会」

「質問を()ける作り話です」

「でも話してくれた」

「あなたは他人ですし、私を知っても、いいことありません。戦場では、それが一番です」

(さび)しいわね」

「それが戦争なんです」

 馬がよろけて、しゃがみこんでしまった。苦しそうに息をしていて限界のようだ。馬はここまでだ。

 私と菜々は、ゴーストタウンを歩いて進んだ。途中、私が着ていた機動スーツのバッテリーも切れてしまったので、武器だけ外して脱ぎ捨てた。

 菜々の方は馬車に乗る前にはスーツを着ていなかったので、私たちは無防備に近い状態となった。

 しばらく歩いた先に、お屋敷が見えた。

「ちょうどいい、休憩させてもらおう」

 住人は避難してるのか、空き家になっていて鍵も掛かっていなかった。

「ガラクタばかりですね」

 家の中は散らかっていた。相当慌てて避難(ひなん)したのだろうか。庭に出るとヘリが隠してあった。

「これで一気に、花寺まで行けますね」

操縦(そうじゅう)できるの?」

「何事もチャレンジです」

「私は遠慮したいわ……」

 すると菜々が苦しそうな表情を見せた。

「どうしたの」

「何でもないです」

「菜々、見せなさい」

 菜々は上着を脱いで、私に背中を見せた。目を覆いたくなるようなひどい怪我をしていた。

「キーを探さないと」

「その辺にあるわよ、きっと」

 家の中へ戻り、私は菜々の手当をした。

「キーを見つけたとするじゃない。上手くヘリを操縦できたとして、スーツも弾薬もない。じき、日も暮れるわ」

「途中にあった農家に戻って、今夜一晩を過ごして、明日の朝、ここに戻ろう」

「リセットします」

 菜々は木刀を取り出し、私に向けた。

「これ以上は無理です。傷は痛むし、疲れました」

「数分待って。今、コーヒーを沸かしてるから。キーを探せばいいんでしょ」

「一◯分ですよ。リセットします」

「分かった」

 私はその辺にあったコーヒーカップに注いで、菜々に手渡した。

「こうしてコーヒーを飲めるなんて、奇跡みたいですね。ありがとうございます」

 私は落ち着いて飲んでいられる気分じゃなかった。どうにかして菜々を気を逸らさないと。

「そうだ、砂糖も……三つ入れるんでしょ?」

 菜々は奇怪そうな目で私を見ていた。完全に怪しまれてるのが分かる。

「替えのシャツがあるかも……」

 私が家の中を捜索しようとすると、菜々が口を開いた。

「この場面は何回目ですか?」

「さあ……」

「何回目です? キーはどこですか?」

 私は観念してポケットからキーを取り出し、菜々に手渡した。実はさっき見つけていたのだ。

「とにかく、ここを出ましょう」

「出たら菜々は死ぬ」

 菜々は驚きの表情を見せた。当然の反応だ。

「何をどうしようと、あなたはここで死ぬの。ここが菜々の終点よ」

 菜々は外に飛び出していった。私は後を追う。

「二十メートル先に敵がいて、エンジンをかけると襲ってくるわ」

「武器を持ち、ヘリに乗ってください」

「周囲は敵だらけよ。殺されるわ」

 私を無視して、菜々はヘリに乗り込んだ。

「試してない筋書きでは、あの農家で菜々が私の帰りを待つ。それなら菜々は安全なのよ」

「私は戦士です。敵から逃げたりしません」

「ここで死にたいの? 私は、あなたを救えない」

 それでも菜々は一向に耳を傾けない。

「オメガを殺しに行けば、菜々は死ぬ。永遠に」

「あなたには関係ありません」

「あるわよ。菜々と出逢った。守りたいの」

 菜々はそれでもヘリのエンジンをかけ、離陸しようとした。その瞬間に潜んでいたギタイ共の襲撃が始まった。

 ヘリにまとわりついたギタイを、竹刀(しない)型マシンガンで狙い撃つ。だが、ギタイに邪魔されたヘリは、地面に引きずり降ろされ墜落(ついらく)した。

 私は菜々の木刀を持ち、ギタイにトドメを刺して、墜落したヘリに近づいた。

 ヘリの(かたわ)らには、菜々が無残な姿で横たわっていた。私が涙を浮かべて菜々の手を取ると、(かす)かにまだ意識があった。

「……まだ話してなかったですね」

「しっかりして! 手当するから!」

「……私の旧姓は、田中(たなか)……」

 菜々は息を引き取った。目の前が真っ暗になった。

 場面が切り替わった。最初のシーンだ。

「立て、三つ編み!」

 私は乃梨子ちゃんから、バレエシューズを受け取った。

「だけれど、まだ望みはある。戦場で手柄を立てればね」

「戦いは償いだから。地獄の戦場が真の英雄を生む……」

 瞳子ちゃんの話なんて、もはや聞き流していた。

 私は訓練場にいる菜々の前までやってきた。もはや習慣だ。

「何です? この私に用ですか?」

「なぜ、ジロジロ見てるんです」

 私を不審者に接する感じで話す菜々。やはりここはリセットされた世界。

「いえ、失礼しました」

 私が去っていく背中を、菜々はずっと不思議そうに見つめていた。

 

「さあ、ショータイムよ」

「ヘルメットは?」

「要らない。邪魔よ」

「寝ぼけてるの?」

弾倉(だんそう)三個、手榴弾(てりゅうだん)八個、予備のバッテリーをちょうだい。急いで」

 ちさとさんは黙って(うなず)いた。

「ねぇ! あなた! スーツが変よ」

「死人が着てる」

 私が自分で先に言った。相手は笑っていた。

「やった! 着地したわ!」

 可南子ちゃんが下敷きになったのを見届けて、私は歩きだす。

 目指すは戦場の向こう側。もう誰にも頼らない。

 空き家でギタイと戦った後、私は単独でヘリに乗って向かった。

 ヘリだって何度も動かせば何とかなるものだ。

 花寺学院高校の正門を抜けたところで、ヘリを不時着させた。着陸は何度やっても難しい。

 花寺は避難地域になっている為、誰もいない。ギタイの姿も見えないが、その辺に潜んでいる可能性はある。 

 慎重に進むと目の前に、二つの道が伸びていた。

 右は、山を突っ切る(けわ)しい道。左は、山を()けて大きく迂回(うかい)した平坦(へいたん)な道。

 右でも左でもなく、真ん中の道なき道を突き進む。

 山の頂上に着くと小さな(ほこら)があった。

『危険』

 祠にはそう書かれている。幻覚で見た場所だ。

 祠の中を確認したが、そこにオメガの姿は無かった。

「どういうこと?」

 覗いてる隙をついてギタイが背後から襲いかかってきた。

 不意をつかれた私は、そのまま吹っ飛ばされた。

「くっ、リセットを」

 機動スーツの武器で自分の頭を狙ったが、ギタイに武器を弾き飛ばされ、弾道が(わず)かに(はず)れた。

 死にきれず大量の血が、私の眉間(みけん)からしたたり落ちる。

 ギタイは血の上に乗って、血を調べてるような動きを見せていた。

 この隙に逃げた私は山から転げ落ち、全身を激しく打って息絶えた。

「いなかったわよ」

「オメガが?」

 聞き返す桂さん。

「最初からね」

「幻覚は我々を、おびき寄せる罠でした」

 私が無駄骨だったことを告げると、菜々が補足してくれた。

「第五戦と同じ罠よ。狙いは私の血だわ」

「そうか、オメガは取り戻そうとしてるってわけね。パワーを」

 桂さんは状況を聞いて、納得してくれた。

「我々がオメガを殺すまで、奴らは追ってきます」

「勝ち目は無いわね」

 桂さんがどうしようと考え込んでしまった。

 だけど、しばらくすると何か思い出したように喋りだした。

「どんな探しものでも見つけ出す、コンパスがあったわ」

「それ最初に出しなさいよ」

「だって、ここには無いんだもの」

「どこにあるの?」

薔薇(ばら)(やかた)で保管されてるはずよ」

「決まりね、早速(さっそく)リリアンへ行くわよ」

「でも、建物の入り口で拘束され、精神病棟行きですよ」

「突破口を作ればいいじゃない」

 私と菜々は、リリアン女学園内にある薔薇の館へと向かった。

 

(つづく)


 
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