No.778004

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ三十三

お久しぶりです!
多くは語りません!
少しあとがきで語ります!

2015-05-17 23:39:01 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:7227   閲覧ユーザー数:5095

 

 

 

 

 

【 各々の距離 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に黄昏色に染まった景色の元、三人の男女が村の入口に立っていた。

 

 

「李通。華琳のこと頼んだ」

 

「は。お任せ下さい」

 

 

馬の前に立つ李通は一刀の言葉に一礼と了承の返事を返す。

 

 

「まったく……心配性ね、あなたは」

 

 

同じく自分に用意された馬の傍らに立つ華琳は呆れたように溜息を吐きつつそう言った。しかしその口角は上がっている。

 

 

「心配するのは当たり前だろ。大切に想ってるんだから」

 

 

華琳の前に立つ一刀は同じように呆れた様子で頭を掻く。

嬉しさ半分。してやられた感半分。華琳は分かりきっていたはずのその返答に少しだけ頬を染めた。

 

 

その顔を見てふっと一刀の表情が緩む。

 

 

「まあ実際、言うほど心配はしてないよ。李通が着いてるからな」

 

「もったいないお言葉です、一刀様。その信頼に感謝を」

 

相変わらずのその丁寧さに一刀は苦笑う。

 

 

「なあ李通。いい加減さ、公的な場以外でその一刀様ってのは……」

 

「丁重に辞退させていただきます」

 

 

ニッコリ、という表現がとてもよく似合う嫌味や他意の無い笑顔。そして断固として譲らないという意思が垣間見える声の圧。

 

一刀は諦めたように肩を竦めた。

 

 

「分かった。この話はまた今度ゆっくりしよう」

 

「一刀。あなたまだ李通のこの性分に納得していなかったの?」

 

「ちっちゃい男だと思いたければ思ってもいいよ。それでも気になるものは気になるんだよ」

 

「あなた曰く『暖簾に腕押し』だと思うけれど……まあいいわ。好きになさい」

 

「言われなくても――ってことで李通、覚悟しておいてくれ」

 

「強情ですね、一刀様は」

 

 

李通は口元に手を当て愉しげに、そして静かに笑う。

こういう優雅というか無駄のない流れるような所作がモテる秘訣なんだろうなあ、とか頭の片隅で思いつつも、俺には絶対無理だなーと一瞬で諦める潔い一刀だった。

 

 

もっとも、彼が今よりもモテる必要があるのか甚だ疑問ではあるのだが。

 

 

そんな短い思考の内に李通と華琳は馬に跨っていた。だがすぐには鞭を入れない。

 

別段遠くへ行くわけでも無し、永遠の別れでもなし、行先も分かっている。

 

だが一度は永遠の別離を覚悟し別れることになった二人。一抹の不安や寂しさがあるのは当然のことだった。

 

 

それを自覚し、顧みて、一刀と華琳はほぼ同時に苦笑して頭を振った。

お互いのそんな姿を見て少し驚いた表情を浮かべ、少しの間の後にニヤッと笑う。

 

心配ない、と互いに自分に言い聞かせるように。

そしてどちらともなく顔を寄せ、静かに短いキスをした。

 

顔を離し、相手の頬がほんの少し赤く染まっていることに気付いて恥ずかしそうに二人は視線を逸らす。

 

 

「微笑ましい限りです」

 

 

「……うるさいよ」

「……うるさいわよ」

 

 

同じタイミングの同じ台詞。

それを無自覚にも誘発させた李通は静かに笑みを濃くした。

 

 

「じゃあ、行ってくるわ。夏候姉妹とあの三人の事はよろしく頼んだわよ、一刀」

 

「ああ、行ってらっしゃい。この一件、何かしらの証明を見つけることも鍵だからそっちもよろしく頼んだ。華琳、それと……気を付けて」

 

 

互いに託したことを改めて自覚し、一度だけ頷く。そして

 

 

「はっ!」

 

 

華琳は気合の声と共に馬に鞭を入れた。馬が嘶き走り出す。その姿は徐々に遠ざかっていく。

 

 

「李通も任せた」

 

 

それを眺めながら一刀は信頼できる友であり部下である青年に言葉以上のものを託した。

 

その言葉を受けた李通はいつもと変わらず、優雅に誠実に礼をした。

 

 

「はい、心得ています。お嬢様の護衛、この一件を収束させるための証拠。どちらも果たしてみせます。それでは、馬上から失礼いたしました」

 

 

言い終わると同時に李通も馬に鞭を入れ、走り去る。

 

 

「まったく……律儀だよなあ」

 

 

やはりその遠ざかっていく後ろ姿を見ながら一刀は苦笑した。

やがて二人の姿が完全に見えなくなったのを見届け、一刀は踵を返す。自らの役割を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

――三人の少女と北郷一刀。その邂逅が影響したのかそれとも偶々か。どちらにしてもその日、黒山賊の襲撃は無かった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明け方。

まだ日も昇りきらぬ時間帯。村内で壁にもたれ掛かったまま船を漕いでいる兵の肩をつつく影がひとつ。

 

 

『ん……あぁ?』

 

 

眠りに入る直前の気持ちの良い感覚を妨げる邪魔に機嫌を損ねたのか、兵は不愉快そうな声と共にゆっくりと目を開ける。

 

 

「おーい」

 

 

目の前にいたのは直属の上司。というか自分達にとっての最高権力者だった。

 

 

『ほ、北郷さっ――!?』

 

 

一刀は大きな声を上げようとした兵の口を掌で塞ぐ。

そしてもう片方の手の人指し指を自分の口の前に持って行き、静かにしろというジェスチャーをした。

 

その動作の意味を汲み取った兵はコクコクと首を縦に振る。

それを確認し、一刀は静かに兵の口を塞いでいた手を離した。

 

 

『ほ、北郷様。そそそその、こ、これは……』

 

 

幾分か小さい声で兵はしどろもどろになって言い訳をしようと慌てる。そんな兵に向かって一刀は軽く手を振った。

 

 

「いいよ、別にお咎めをしようってんじゃないし。ただ、こういう時の警備ってのは一歩間違えれば自分も死ぬから。それが嫌なら今後は気を付けてくれよ?」

 

 

一歩間違えれば、という言葉が今の転寝のことを表していると理解した兵は神妙な顔で頷いた。

 

 

「ははっ、警備を三人一組にしといて良かったな」

 

 

小さく笑いながら肩をポンポンと叩く一刀の後ろに呆れ半分苦笑半分の仲間二人の姿を見て、兵は申し訳なさそうに笑うしかなかった。

 

まあ

 

 

「吉利が不在な状況で良かったな。もしここに来たのが吉利だったら……まあ、ほら、うん、な?」

 

 

(((吉利様だったら……どうなっていたんだろうか……)))

 

 

続いた一刀の言葉に、転寝をしていた兵も含めた三人の表情は固まったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてとこんなところか。ふうぅ……っと」

 

 

最後の警備を確認し終えた一刀は伸びをしながら村内を歩いていた。

並び立つ家屋からの視線を少しだけ感じながらも、特に態度を変えることなく歩き続ける。

 

 

「おはようございます、一刀さん。朝からお疲れ様です」

 

 

ふと、その背中に声が掛けられた。

無論の事ながら声だけで誰かを理解した一刀は振り返りざまに笑い掛ける。

 

 

「おはよう、紫苑――っと、夏侯淵も一緒か」

 

「おはようございます、北郷殿」

 

「ああ。おはよう、夏侯淵。二人とも早いな」

 

 

立ち止まって穏やかに挨拶を交わす三人。

 

紫苑と夏侯淵。今やこの組み合わせはあまり珍しいものでは無い。

 

夏侯淵が魏興に滞在していた折、夏侯淵は紫苑に弓の手解きを受けていた。師と弟子とは行かないまでも同じく弓を弾くもの同士で気が合うのか、普段も行動を共にしていたのをよく目にしていた一刀としては特に何の違和感も抱かない。

 

なにより紫苑は年長者であるせいか年下の面倒見が非常にいいのだ。若い武将たちの姉分とでも言うのだろうか。

ふと思い返してみると、紫苑と一緒に歩いていて違和感のある人間が自分の仲間にいないことに気付く。

 

 

「……さすが年長者は違うな」

 

 

一刀の呟きにピクリと紫苑の耳が動いた。

 

 

「その、一刀さん? 他意があって言ったのではないと分かってはいますけど……」

 

「あれ俺もしかして何かまずいこと言ったか?」

 

 

特に他意なく言った一刀はいつも通りの鈍感さを発揮して尋ねた。

 

 

「え、ええと……その……ごにょごにょ」

 

 

自分の口から自分の抱えているコンプレックスをはっきりと口にするのはどうやら年長者でも抵抗があるらしい。いや、年長者であるからというよりは一刀の前だから、というのが真実だろう。

 

まあ、そろそろ北郷一刀お得意の鈍感無自覚奇襲攻撃に慣れてもよさそうな頃合いだとは思うが。

 

言い辛そうに口籠る紫苑に、一刀は首を傾げる。

 

 

「そ、それよりも北郷殿。朝から警備の見回りですか」

 

「ん? ああ。まあ確認しておくに越したことはないだろ。やつらも警備に付いたはいいが、昨日から今日に掛けて黒山賊のくの字も見えなかったから気が緩んでたみたいだし」

 

 

(夏侯淵ちゃん、助かったわ)

 

 

上手く話を逸らした夏侯淵に紫苑は目配せで感謝の意を示した。

夏侯淵もそれに気付き、肯定の意を一瞬目を瞑ることで示す。その一連のやり取りを見ていたが、察せない一刀は首を傾げていた。

 

 

「見回りも結構ですけれど、何もこんな朝早くにしなくても。ちゃんと睡眠は取りました?」

 

「うん、少しだけ」

 

「なるほどな。だから目の下に隈が出ているのか。北郷殿、無理はしないほうがいい」

 

「ああ、いやその。白状すると昨日寝れてなくてさ」

 

 

眼を泳がせて居心地悪そうに頬を掻く一刀の様子を見て、二人はその原因を察する。つまり

 

 

「もしかして華琳のことが心配で?」

 

 

紫苑の指摘を受け、泳いでいた目が完全に逸れる。

 

 

「一刀さん。その気持ちは分からないでも……いいえ、私には分からないことですわね。すみません」

 

 

一刀と華琳の関係の深さ。

そしてかつての話を伝え聞いて知っている紫苑は自分の失言に気付き、申し訳なさそうな表情で訂正をした。

 

その紫苑の様子を見た一刀は微妙な表情で頭を掻き、溜息を吐いた。

 

 

「……ったく」

 

 

一刀は紫苑に近付き、その頭にポンと手を乗せた。

 

 

「あ……」

 

「悪いな、紫苑。気使わせてちゃって。心配して何が変わるわけでもないっていうのは分かってるんだけどどうしてもさ」

 

「いえ、その、はい」

 

 

唐突な一刀の行動に対応しきれなかった紫苑はされるがまま。

何か言葉を返そうとしても口から出る言葉は意味を成さない。まるで生娘のような状態だった。

 

 

「……」

 

 

まあ、そんな光景を横で見ている夏侯淵はもっとどうしていいか分からずに困っていたのだが。

 

 

「普段であれば面白そうだからとしばらくは傍観しているのだが、さすがにこのままでは夏侯淵が困るばかりだろう。ということで主、紫苑。色事はそこまでにしておいたほうがいいのでは?」

 

 

そんなところに助け舟。

どこか面白がっているような声で、唐突にその場に現れた星は二人を窘めた。

 

 

「星。おはよ」

 

「あ、あら星ちゃん。早いのね」

 

「趙雲殿。その、正直助かりました」

 

 

三者三様。

一刀は変わらず、紫苑は我に返ったように、夏侯淵は安堵に一息を吐いて、星に挨拶を返した。

 

 

「うむ。義を見てせざるは勇無きなり、というからな」

 

 

夏侯淵の礼に星は満足そうな表情で頷く。

面白そうだからしばらく傍観――という台詞のせいで色々と台無しなのだが。

 

 

「言いたいことというかツッコミどころは多々あるけど、取り敢えずご苦労様。朝早くに疲れる仕事頼んで悪かったな、星」

 

「いえ、この件の起点となる話を持ってきたのは私だ。ならば当然の役目とも言えましょう」

 

 

不真面目――というか飄々とした掴み所の無い部分は多々あれど、基本的にはこういう気持ちの良い性格をしている星。彼女は一刀の言葉を受けてもカラカラと笑っているだけだった。

 

そして話に着いていけていない人間が二人。紫苑と夏侯淵は頭にハテナマークを浮かべていた。

 

 

「一刀さん、役目というのは?」

 

「ん、あー……」

 

 

言い掛け、チラッと夏侯淵を見る一刀。

その視線に気づいた夏侯淵は何となく察する。

 

 

「北郷殿。私はいないほうがいいでしょうか?」

 

 

その言葉と同時に浮かべた少し寂しそうな表情のせいか、それともこれを聞かれただけでは大勢に然程の影響は無いと判断したからなのか。

 

ともかく一刀は夏侯淵の問い掛けに一瞬だけ考え、すぐに頭を振った。

 

 

「いや、大丈夫。あんまり影響ないだろうし」

 

「はあ……」

 

 

自分の問い掛けに対するその不思議な返し方に、多少なりとも釈然としないものを覚えた夏侯淵ではあったが、それ以上に拒絶されなかったことへの安堵感が大きかったらしい。特に言葉を重ねるでもなく、続く言葉を待った。

 

コホン、とひとつ咳払いをして場を整え一刀は口を開く。

 

 

「星には今朝方、この村周辺の散策を頼んだんだ」

 

「散策、ですか?」

 

「うん。あ、散策っていうよりは捜索かな」

 

 

紫苑の問いに一刀は言葉を正す。

 

 

「黒山賊達が根城にしてるっていう砦。そこに通じる隠し通路……なんてもんはないだろうから単純に最短の道を探ってきてもらったんだよ」

 

「最短……ですか?」

 

「ああ。我らがここに来るより以前から黒山賊の襲撃はあったのだろう? だがその度に物資が奪われているということは、夏候惇と夏侯淵が敷いた警備の眼を掻い潜っているということだ」

 

 

もちろん数の不利があるから対処の手が回っていないということもあるが、と星は付け加える。それに同意するように一刀は頷いた。

 

 

「つまり、実は遠回りに見えて移動距離か移動時間が短いルー……いや順路があるんじゃないかと思ったんだ」

 

「なるほど。それで星ちゃんにその探る役目を任せたわけですわね」

 

「そういうこと。何気に身軽な星は適任だと思ってさ。なにせ星は時に神出鬼没。気付いた時には仕事ほっぽり出してどこかに消えたりするからなあ」

 

 

あははーと笑う一刀の眼は笑っていない。もちろんその視線は真っ直ぐに星を射抜いている。

 

 

「む、主よ。その言い様、少々棘があるのは気のせいか?」

 

「これぐらい言わせてくれ。そして言われたくなかったら仕事をしてくれ」

 

「これは言われても仕方のないことだと思うわよ、星ちゃん」

 

「とはいえ最終的にはちゃんと期間までに仕事を終わらせるから、そう強くは言えないわけで。華琳も随分と丸くなったからたまに “別に構わないわよ” で済ませるしさ」

 

 

どんどんと続いていく言葉の応酬。

流れが悪いと悟ったのか、星は何回か咳払いをした。

 

 

「主よ、報告をしたいのだがよろしいか?」

 

「ああそうか。危うく話が脱線し続けるところだった」

 

 

星の問い掛けに、そういえばまだ結果を聞いていなかったことを思い出す一刀。

真面目な話になることを悟った紫苑と夏侯淵は素早く表情と居住まいを正した。

 

 

「では。結論から言えば、主の言う通り砦までの近道を見つけた。そのほとんど獣道に近いがな」

 

「それで?」

 

 

一刀の促しに星は頷く。

 

 

「道の様子から察するに、つい昨日辺りに使われたばかりのようだ。だが――どうも大人数が通った形跡は無かった」

 

「つまり昨日の襲撃に“は”使われていないということかしら」

 

「どうやらな。村を襲った黒山賊全員があの道を通ったわけでは無いにしても、最近使われたにしてはあの道は綺麗すぎる。おそらく数人。そして辺りの草が無駄に踏み荒らされておらず整然としていることを考えると、あの道を使ったのはこの辺りの地理に明るい者だろう」

 

 

すらすらと自らの見解を述べる星に頷く一刀と紫苑。

星から村人と黒山賊についての話を聞いていたのでこれは言わば事実の再確認のようなものだった。

 

昨日襲撃してきた黒山賊ではなく、この辺りの地理に明るい者。

つまりは昨日の話の通り、黒山賊と繋がっている村人達がその道を使って砦へと赴いた証拠だろう。

そして大人数が通った形跡が無いということは少なくともここ最近、黒山賊はその道を使っていないということになる。

 

 

だが――

 

 

「黒山賊でなく、この辺りの地理に明るい者……?」

 

 

――その辺りの事情を詳しく知らない夏侯淵は疑問を声に出していた。

 

この様子では村人と黒山賊が繋がっているとは思ってもいないらしい。しばらくの間ここを離れていたのだから無理もないとは思うが。

 

だがそう思うと、一刀の中で色々と複雑な感情が浮かんでは消えていった。

 

 

「その道を使った者が誰か分からずとも、その道が使われている形跡があるということが分かっただけでも収穫ですわね」

 

 

微妙な表情の機微から一刀の心中を推し量ったのか、紫苑は当り障りのない結論を口にした。

 

 

 

「そうだな。目立たないようにして警備を数人配置しておこうか」

 

 

そんな心遣いに一刀は苦笑し、心の中でやはり年長者は違うなと思う。

先ほどの出来事で学習したのかあるいは偶々か、今度はそれを口にすることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀達が真面目な話をしているそんな最中。

 

 

「ぐー……すぴー……」

 

 

そういうことを真っ先に思案しなければならない軍師殿は未だ安らかな眠りの中にいた。

 

まあ早朝ということもあり仕方ないのかもしれないが。

 

その腕の中には紫苑の娘である璃々の姿がある。

 

軍師殿――楓とは違い、璃々は既に眼を覚ましていた。

可愛い眼をパチパチさせながら困り顔で楓の寝顔を見上げている。

 

 

なんとか身動いで楓の腕の中から抜け出そうとするも、本当に寝ているのかと疑いたくなるくらいに腕には力が籠っていた。しかし璃々にはそれが痛いというわけでは無く、絞めつけ過ぎているということも無い。実に絶妙な力加減を保っていた。

 

それでもなんとか腕の囲いから逃れようと、璃々は動きを大きくする。

しかし、それはつまり楓の身体を大きく揺さぶることになるということで――

 

 

「すぴー……むにゃ?」

 

 

――楓は目を覚ましてしまった。

 

 

璃々としては気持ちよさそうに寝ている楓を極力起こさないようにして脱出したかったのだが、それは失敗に終わってしまったようだった。

 

少しの間焦点の合わなかった眼が、やがて自身の腕の中にいる璃々に止まる。

 

数秒の沈黙。そして

 

 

「璃々ちゃんおはよ~」

 

 

間延びした声と共に、璃々の身体を抱きしめた。

 

 

「む~!」

 

 

今度こそ確固たる意志を以て抱きしめられた璃々はそれなりに大きな胸に口を塞がれているような状態で呻き声を上げる。しかし若干寝惚けている楓はそんなこと知る由も無い。

 

 

「う~ん璃々ちゃんあったかいなあ~」

 

 

 

基礎体温が高い子供をまるで湯たんぽのようにして、気持ちよさげに温んでいた。

 

そんな楓に

 

 

「……何をやっているんだお前は」

 

 

ガチャリ、という戸を空ける音と共に呆れたような声が掛けられた。

 

 

「う~ん?」

 

 

寝惚け眼を擦りながら楓は部屋に入ってきた人物の姿を確認する。

 

黒髪でそれなりの長身。大きいと評していい胸の膨らみと羨ましい肢体。そしてピンと立っている所謂アホ毛。

 

 

「あ、夏候惇ちゃんだ。おはよ~」

 

 

寝惚けている状態とはいえ部屋に入ってきた人物を数秒で特定した楓は璃々を抱きしめていた手を離し、片手をヒラヒラと振りながら朝の挨拶をした。

 

 

既に一度顔は合わせている間柄ではあるものの、別段親しくなったわけでもない。

 

 

「ああ」

 

 

故に夏候惇は少し呆れ顔で素っ気ない返事を返すだけだった。

 

 

「夏候惇おねえちゃん、おはようございます」

 

 

なんとか楓の腕の中から抜け出し寝台を降り立った璃々は手を前に揃え、ぺこりとお辞儀をしながら夏候惇に朝の挨拶をする。子供ながら丁寧に。

 

 

「あ、ああ。おはよう。えーと……すまん、名はなんだったか」

 

 

夏候惇も子供相手では対応が柔らかい。というか柔らかくしようとしているのだろう。

少しだけ面食らい戸惑いながらも挨拶を返し、申し訳なさそうな表情で名を尋ねた。

 

 

「璃々!」

 

「そうか、璃々だったな。どうにも私は人の名を覚えるのが苦手でな……いや、人の名だけではないか」

 

「わすれたくないことは手に書いておくといいって吉利お姉ちゃんが言ってたよ?」

 

「そうだな。今度からはそうしよう」

 

 

少し会話をして璃々との絡みに慣れたのか、最初よりも幾分か自然な表情で頷く夏候惇。

 

 

「夏候惇ちゃんなにしに来たの? あっ! まさか私と璃々ちゃんの寝こみを襲いに!?」

 

「というかお前は誰だ?」

 

「そこからっ!?」

 

 

寝台からガバッと身を起こし、楓は夏候惇にむかって抗議の声を上げる。

璃々と話していた時とは違って若干眉間に皺を寄せつつ夏候惇は楓を見据えた。

 

 

「だから言っただろう。ふっ、私は人の名前を覚えるのが苦手なんだ!」

 

「なんでちょっと偉そうなの……?」

 

 

多少ドヤ顔で胸を張る夏候惇にジト目をむける楓だった。

 

 

「私はじゅ――じゃなかったか。ええと、公達だね。一刀君率いる傭兵隊の参謀だよ」

 

「ああ、そういえば昨日一緒にいた気がするな」

 

「その程度の認識だったんだ……ねえ璃々ちゃん。私って影薄いのかな?」

 

「うん。ない」

 

「えっ!?」

 

 

求めていたのは可愛い幼女からのフォロー。

しかし返ってきた返事はそれに反して容赦のない肯定だった。いや、もはや肯定をさらに超えた攻撃だった。

 

本気でショックを受けたような顔をして大仰に身を引く楓。そんな楓を見て璃々は首を傾げる。

 

 

「だっておひさまのひかりがないから楓お姉ちゃんかげないよ? 璃々も夏候惇お姉ちゃんもだけど」

 

「え?」

「む?」

 

「ほら、足のところ。かげないでしょ?」

 

 

璃々が指を差したのは言葉の通り二人の足元。

呆けた声を上げた楓と夏候惇は二人とも同じ動作で自身の足元を見やる。

 

確かに、璃々の言う通りそこに影は無かった。

部屋の構造上、日が昇る方向に窓が無い為に室内にまだ日が差していない状態だったのだ。

 

 

「そういうことかぁ~……よかった。ホントによかった」

 

 

璃々の言ってることにようやく合点がいったのか、楓は心底安心した様子で胸を撫で下ろす――と、同時に聞こえてきたガサゴソという物音にそちらを見やった。

 

 

「なにしてるの? 物色?」

 

 

音の出所は部屋に備え付けられていた小さい棚。

楓の視界に入ったのはその中をゴソゴソと漁っている夏候惇の姿だった。

 

 

「物色もなにも元々ここは私の部屋だ」

 

 

棚から目を離さず、作業を中断せず、夏候惇は楓の問いに答える。

 

 

「ありゃ、そうだったんだ。だから昨日の夜、『寝泊まりするならとりあえずここを使え』って言ったんだねー。いやいやごめんね? すっかり我が物顔で入り浸っちゃって」

 

「まったくだ」

 

「……あははー、夏候惇ちゃん容赦ないね。あ、そうだ璃々ちゃん。紫苑に私が起きたーって伝えて来てくれないかな」

 

「うん! おつかいだね!」

 

「そう、おつかい! いやー璃々ちゃんは素直で可愛いなぁー。ってことでよろしくね?」

 

「はーい!」

 

 

急なお願いにも拘らず元気よく返事をした璃々は勢いよく扉を開けて外へ飛び出していった。

その姿を微笑ましく見つめ、璃々が開け放した扉をゆっくりと閉める。そしてそのまま、腕を組んで扉に背を預けた。

 

 

「いやー璃々ちゃんは可愛いなあ……あ、そうだ。夏候惇ちゃん」

 

 

締まりのない顔で笑みを浮かべていた楓は表情を改めて夏候惇の名を呼んだ。

 

 

「なんだ」

 

 

夏候惇は興味が無さそうに気のない返事を返す。その態度に苦笑いしながらも楓は会話を続けようと口を開いた。

 

 

「夏候惇ちゃんと夏侯淵ちゃんの家――つまりは夏候家だけど、一族はもう二人しかいないんだってね」

 

「唐突だな……妹から聞いたのか?」

 

「うん。随分と自嘲気味な表情で語ってくれたよ。別に自分のせいでそうなったとかいうわけでもあるまいし、気にすることでもないと思うんだけどねー」

 

「ああ、そうだな。私もそう思う」

 

 

ここにきて初めて、夏候惇ははっきりと楓の言葉に答えを返した。

 

 

「だいたい秋蘭は色々なことを気にし過ぎなのだ。もう少し肩の力を抜いてもいいと思うのだが、どうやらそうもいかない性分らしくてな。我が妹ながら真面目すぎる」

 

「あっははーそれはお姉さんがちゃらんぽらんだから――すいませんごめんなさいなんでもないです」

 

 

夏候惇からの無言の睨みを受けた楓は表情を引き攣らせながら自分の発言を途中で止める。

数秒の間、夏候惇はそのまま楓のことを見続けていたがやがて特に何も言わずに視線を外した。

 

もしこの場に華琳か一刀がいれば、よく斬りかからなかったなーといった感想を漏らしたことだろう。

 

まあもっとも、それは二人が乱世を共にした“夏候惇”の行動に他ならないのだが。

 

 

「ま、まあ冗談だから気にしないでね? ほら、私冗談言わないと死んじゃう感じの人だからさ」

 

 

一旦は危険が過ぎ去ったと理解した楓は、まだ恐る恐るといったふうではあるが自らが中断させた会話を再開させる。

 

 

「知らん」

 

 

先ほどよりも幾分か不機嫌な声で夏候惇は楓の言葉を突っぱねる。

まあそうなるよねー、と居心地悪そうな表情で楓は髪をくしゃくしゃと掻いた。

 

 

「話を戻すけどさ。なんか夏侯淵ちゃん頑張ってるよね。夏候家の再興が目的ーって言ってたよ」

 

「む、それも話したのか。なるほど……お前たちは相当妹に信用されているのだな」

 

「信用されてるのかどうかは知らないけど、陳留からここに来る道中にも色々聞いたよ。まだ再興は先の話になりそうだーとか、もちろん姉者が当主だーとか色々とね」

 

「そう、か。……うむ、妹がそれほどまでに意気込み頑張っているからには姉の私もしっかりとしなくてはいけな――」

 

「――やっぱり、ね」

 

 

唐突に夏候惇の台詞を楓が遮った。今までとは少し違った声色で。

背後から感じる空気が変わったことを感じ取った夏候惇は眉を潜め振り向く。

 

そこにいるのは変わらず、扉の前に腕を組んで立つ少女。

しかし先程までの軽薄な様子は鳴りを潜め、冷たささえ感じさせるその眼差しは真っ直ぐに夏候惇を見つめていた。

 

 

「ねえ、夏候惇ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「なんだ」

 

 

楓の言葉に表面上は素っ気ない返事を返す夏候惇。

普通であれば失礼とも取れる態度。だがそんな夏候惇の様子など気にせず楓は言葉を紡ぐ。

 

 

「夏候惇ちゃんってさ、家の再興とかどうでもいい――って思ってるでしょ」

 

 

 

その声は妙に大きく部屋に、夏候惇の耳に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 あとがき 】

 

 

 

どうもお久しぶりです。ご無沙汰しています。

じゅんwithジュンです。ソ〇モンよ!私は帰ってきた!

 

まあその、帰ってきたというか珍しく執筆する時間が確保できたうえに、更に筆も乗ったのでこうして続きを書いて投稿させていただきました。最終投稿日を確認したのですが――

 

 

2014.1030

 

 

↑↑↑

……オイ、と思いましたね。半年過ぎてるだろうが、と。

 

今後は出来るだけ早めに続きを投稿していきたいとか思ってます。

何回同じこと言ってるんだか、という話なんですがね。とにかく頑張ります。ほどほどに。

 

 

ではでは出来るだけ早めに(二回目)お会いできることを願って。ノシノシノシ

 

 

 

 

 


 
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