No.773500

戦国†恋姫 三人の天の御遣い  其ノ一

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2015-04-26 04:14:29 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3986   閲覧ユーザー数:3374

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ一

 

華旉伯元(かふはくげん) 真名・祉狼(しろう) 十四歳

 父:華陀元化 真名・駕医(がい) 母:北郷二刃子盾(ふたばしじゅん)

*北郷聖刀子修(まさとししゅう) 真名・輝琳(きりん)  十七歳

 父:北郷一刀 母:曹操孟徳 真名・華琳

孟興子度(もうこうしど) 真名・(こう) 十四歳

 父: 寇封(こうほう)(劉封)慇照(インテリ) 母:孟達子敬 真名・太白(たいはく)

 

 

尾張 田楽狭間

 

 激しい雨が降り、雷鳴が轟く田楽狭間。

 織田勢の奇襲が今川義元を討ち取った直後に、雨音をもかき消す不思議な音と共に、空からひとつの白い光の玉が降りてきた。

 

「光の玉が、天から落ちてきているだと…………」

 

 呟いたのは織田家当主、織田三郎上総介久遠信長その人だった。

 その隣で柴田権六壬月勝家もその光の玉を見ていた。

 

「消えた………」

 

 現れた時以上に唐突に消えた光。

 その光が消えた場所に久遠は人影を見た。

 

「…………おい、権六。あやつらは誰だ?」

「はっ?………っ!」

 

 強い光を見た為に視界を奪われ判らなかったが、壬月が目を凝らすと三人の人影が在る事に気が付いた。

 

「………男が二人、女子(おなご)がひとりか。男のひとりは歳が我と同じくらいで、後の二人は市と同じくらいに見えるが………………」

 

 市とは久遠の妹で、現在は浅井長政の元に嫁いでいた。

 光の玉から現れた三人の服装は、日の本で『南蛮』と呼ばれている西洋風の物だった。

 正確には聖フランチェスカ学園の制服を模した北郷学園の制服である。

 久遠は当然その様な事を知らないし、西洋風の服も日の本では着る者が少ないとはいえ久遠自身も着ているのでそれ程違和感を持つ事は無かった。

 しかしこの様な現れ方をした三人に、久遠は今が戦の最中である事忘れ見入ってしまう。

 その久遠に対して、三人の中から女子の制服を着た者が戸惑った表情で進み出た。

 

「あの、すいません。私の名前は孟子度(もうしど)と申します。ここは………その、どこなのでしょう?」

 

 孟子度と名乗った少女………いや、女子の制服を着た者の名は、正しくは孟興子度と言い、昴と言う真名を持つ十四歳の“少年”だ。

 久遠には昴が演技では無く本当に戸惑っていると理解できた。少年だとは見抜けなかったが。

 

「ここは田楽狭間だ………」

「でんがくはざま?」

 

 反射的に返って来た久遠の答えだが、昴にはまるで聞き覚えのない地名だ。

 更に問い掛けようと身を乗り出かけた昴の後ろから、肩に手を置く者が居た。

 それは北郷聖刀。真名は輝琳。十七歳となり既に元服しているので子修という字を貰っている。

 聖刀は昴へ穏やかに話し掛けた。

 

「昴、どうやら戦の最中みたいだ。邪魔をしちゃ駄目だよ♪」

「ええっ!?戦のっ!?」

 

 昴が辺りを見回し、初めてその事に気が付いた。

 激しい雨が血の匂いと剣戟の音を遮っていた為に気が付かなかったのだ。

 久遠は聖刀を見て少し怪訝な顔になっていた。

 何しろ今の聖刀は目元を隠す仮面を着けていたのだ。

 しかしそれも束の間、聖刀と昴の会話で久遠や壬月、その他この様子を見ていた織田衆が我に返った。

 

「久遠さま!そ奴らに構っている時では有りませんぞ!今は撤退すべきかと!」

「撤退はする………だが………おい、貴様等!我と共に来い!」

 

 久遠は雨に打たれながら馬首を巡らし、三人に向かって笑って見せた。

 

「なっ!?殿っ!何を仰っておいでですかっ!」

 

 驚く壬月が見たのはイタズラ小僧の顔をした久遠だった。

 

「権六、早くせねば今川勢が取って返して来るぞ♪」

「くっ!判りました………皆の者、退けえっ!!清洲へ戻るぞっ!」

「五郎左!」

 

 続いて久遠は丹羽五郎左衛門尉麦穂長秀に指示を出す様に促す。

 

「はい!全軍撤退!速やかに清洲に戻ります!急いで!」

 

「おい!貴様たちには色々と訊きたい事がある。ついて来い!」

 

 降りしきる雨の中で三人は頷いて久遠たちの後に付いて走り出し、昴は久遠たちに聞こえない小声で聖刀へ話し掛けた。

 

「(聖刀さま、ここはもしかして………)」

「(うん、きっと外史だ。)」

 

 聖刀の声は落ち着いていたが、高揚感を含んでいるのを昴は聞き逃さなかった。

 

「(ああもう!だから管輅様の鏡に触るのはよしましょうって言ったのにっ!)」

「(でも、蔵の中の鏡が突然光ったら気になるよね?)」

 

 泣きながら怒る昴に対して聖刀は笑顔で返答する。

 

「(確信犯だ!絶対に聖刀さまは確信犯だっ!!)」

 

 昴の頬を雨の雫と一緒に涙が流れ、滝の様になっている。

 

「(それよりも、祉狼。よく我慢したね。)」

「(話しを逸らした!………まあ、それは私も思いましたが………)」

 

 今まで一言も喋らなかった男子制服。名前は華旉伯元。真名は祉狼。

 祉狼は口をへの字に結び、目には激しい炎を燃やしていた。

 昴が辺りを見回せば、雨ざらしになった足軽の死体がそこかしこに転がっている。

 聖刀は悲しげな瞳で名も知らぬ者の死を悼み、祉狼の横顔を見た。

 祉狼は歯を食いしばり、絞り出す様に呟く。

 

「(…………傷付き倒れた人達を見捨てた…………俺は医者として失格だ………父さんと母さんに会わせる顔が無い…………)」

「(僕だって同じ気持ちだよ………でも、今だけは自分の置かれた立場を確認するのが先決だ。僕達三人がこの外史に来たのは、きっとこの外史の人達を救う為に違いないんだから!)」

 

 かつて、父北郷一刀が体験した事を今正に自分も体験するのだと、聖刀の勘が告げていた。

 

 

 

 

尾張 清洲城

 

 ひたすら走って清洲城に辿り着いた頃には雨も上がっていた。

 久遠は濡れた服を着替える時間もどかしかったらしく、即座に聖刀、祉狼、昴の三人へ城門をくぐって直ぐに質問を始める。

 

「まだ我の名を名乗っていなかったな。我は織田三郎上総之介信長だ。」

 

「初めまして、北郷聖刀子脩です。」

「改めまして、私は孟興子度。北郷聖刀さまに仕える近衛です。」

「俺は華旉伯元。聖刀兄さんの従弟で医者だ。」

 

 祉狼は不機嫌を隠さずぶっきらぼうに答えた。

 昴はハラハラしてその様子を横目で見て、聖刀は仮面の所為でよく解らないが口元は微笑んでいる。

 

「北郷とやら、貴様は何故仮面を取らぬ?」

 

 久遠は怒っている訳では無く、純粋な疑問として訊いていた。

 しかし、慌てた昴が聖刀に代わって返答する。

 

「こ、これは聖刀さまの奥様との約束でお着けになっているのです!奥様の前以外では素顔を見せないと誓を立てられていまして!」

「ふむ、嫉妬深い奥方なのだな…………ならば今はそのままでよい。それよりも、二人はまるで大陸の者の様な名だな?いや、大陸の者なのか?しかし、北郷は日の本の者に見えるし、華旉は従弟だと言う。複雑な事情が有る様だ。いや、それよりも貴様達はどうやって天から降りてきた?いやいや、そもそもどうやって天に昇った?それにあの強い光はどういった手妻を使ったのだ?あれ程の強い光を我は初めて見たのだが♪」

 

「ちょっと待ってくれ、織田さん。」

 

 久遠の話しを遮ったのは祉狼だった。

 

「貴様!久遠さまに向かって無礼であろうっ!」

 

 不機嫌な顔で久遠を睨む祉狼に対し、壬月は槍を突きつける。

 

「構わん、壬月。何だ、華伯元。申してみよ♪」

 

「話しが長く成りそうだ。その濡れた服を着替えてくれ。さっきから病魔が織田さんを狙ってるのが診えて、医者として落ち着かない!あんたらも家臣ならご当主様の健康に気を使え!」

 

「………え?」

 

 久遠は混乱した。

 祉狼の言った言葉の意味は解る。解らないのはこの状況でその言葉が出て来た事だ。

 

「ふむ、成りは孺子でもお医者殿。至極尤もで言われる通りだ。では、久遠さま。先に着替えを終わらせましょう。」

 

 壬月は我が意を得たりと久遠をむんずと掴んで連れて行く。

 

「ま、まて、壬月!着替えなどよい!我はあの者達と話しがしたいのだっ!」

「あの者たちは逃げやしません。逃げるなら清洲に来る途中で居なくなっていたでしょう。それにこんな事で久遠さまに風邪を引かれては結菜さまに怒られます。」

「離せ!結菜も話せば分かってくれる!いや、分かった!分かったから引っ張るな!自分で歩く!!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら久遠と壬月は城内へと消えて行った。

 

「あなた方も着替えを用意しますのでどうぞ。」

 

「はい………ええと、貴女は?」

 

 声を掛けてきた女性を、昴は紫苑に雰囲気が似ていると思った。

 雰囲気と言うよりも『氣』だと気付き、武力も紫苑に近いのだろうと察した。

 

「丹羽五郎左衛門尉長秀と申します。」

 

 麦穂は静かに対応しているが、隙を一切見せていない。

 それが分かっていながら聖刀は泰然自若に振舞っている。

 

「また長いお名前ですね♪」

 

 

 

 

 全員が着替えて場所を清洲城の客室へと移した。

 但し、聖刀たち三人の着替えは昴が肩に掛けた麻袋から乾いた制服を出してそれに着替えた。

 

「さて、着替えてやったのだからさっきの質問に答えて貰うぞ!」

 

 偉そうに反り返る久遠だがその顔は赤く、先程の壬月に連れ出された事を恥ずかしがっているのは誰の目にも明らかだった。

 聖刀はそんな久遠を幼い子供を見守る父親の様な気持ちで見ていた。

 

「さっきの質問と言うと、先ずは僕たちが何者かっていう事から答えるべきかな?」

「うむ、貴様達は何者だ?」

 

「そうだね…………僕たち三人はこの国の、いや、この世界の人間では無い。僕らが元居た所では、きっと僕ら三人が神隠しにあったと騒ぎになっていると思う。で、ここに来たのは僕らの意思では無いのでここが何処なのか見当も付かないし、帰る方法も解らないっていうのが現状だね♪」

「その割には暢気だな。」

 

 久遠は呆れた顔で無遠慮に言い放つ。

 

「ははは♪性分だからしょうがないと思ってよ♪で、ここからはお互いに確認し合いながら進めよう。いきなりな質問をさせて貰うけど、漢、魏、呉、蜀、晋って国の名前は分かるかな?」

「漢から並べるという事は、千三百年くらい昔の大陸に在った国の名だな…………まさか!?」

「織田さんは頭の回転が早いね♪僕たちはその時代の人間なんだ♪でも、そうか。千三百年も未来の国なんだね♪で、ここは日の本って言うんだ…………もしかして昔は倭って呼ばれていなかった?」

「うむ、今では『大和の国』と言うと、日の本の畿内のひとつを指す地名だがな。」

「ええと、それじゃあ織田さんが知っている漢から晋までの歴史ってどうなってる?」

「我が学んだ歴史では、漢が黄巾の乱以降衰退して群雄割拠の時代となり、魏、呉、蜀の三国で争う様になった後、魏が蜀と呉を倒して統一を果たすが、内部の下克上で晋にとって変わられるといった所か。」

「成程…………父上と叔母上から聞いた歴史に近い外史なのか…………」

「ん?『がいし』とは何だ?」

「そうだね………過去の歴史で『もしこの戦で勝敗が逆転していたらどうなっていたか』って考えてみた事は無い?」

「戯れに空想する事は有るが、考えた所で歴史は変わらん……………そういう事なのか?………」

 

 久遠の頭脳は即座に答えを導き出し、その答えに久遠は自ら驚きと興奮を覚えた。

 

「うん。僕らの居た世界は『魏、呉、蜀が手を取り合い、大陸を治めている世界』という外史から来たんだ。因みに僕の母上の名前は曹操孟徳って言うんだよ♪」

 

「お前が曹孟徳の息子っ!?」

 

 久遠は驚きの声を上げ、目の輝きは増していた。

 しかし、好奇の反応を示したのは久遠だけであり、他の織田家中の面々は疑いの色が増している。

 

「殿!この様な世迷い言を簡単に信用なさらないで下さいませ!」

 

 麦穂が久遠の前に出て、やんちゃな妹への小言の様に言い聞かせた。

 それから聖刀たちに振り返って詰問する。

 

「貴方は曹孟徳の息子と仰いましたが、姓を北郷と名乗りました。そしてその服に付いている十字紋は島津家の証。薩摩島津家の分家である北郷家の者と仰られた方がまだ納得が行きます。」

 

 麦穂の圧倒する氣をそよ風の様に受け流して、聖刀は微笑みを崩さない。

 

「すっかり信用を無くしちゃったみたいだね。でも、これは父上の家紋で、父上の名前が『北郷一刀』っていうんですよ♪父上は今の僕達とは逆にここより四百年か五百年未来の倭から来たと言っていました。」

 

「それを信じろと仰いますか?越前、信濃、近江、若狭、駿河にも島津の分家はございます。あなた方は何れかの島津の手の者で、北郷の名を騙る草だと見る方が自然でしょう。」

 

 地名を言われても聖刀たち三人には解らないが、そう疑われても仕方が無い状況らしいという事は把握した。

 

「もうよい、麦穂。そなたも言っていておかしいと気付いていよう。わざわざ家紋を付けて現れる草なら尤もらしい事を言うであろう。しかも河州島津の者ならば義元の首級が上げられてから草としてやって来ては間抜けが過ぎるぞ。」

「それはそうですが…………」

 

 麦穂は自らの説に自信を無くし、語気が弱くなる。

 

「まあ、結論を急がずもう少し話しをしようではないか♪華伯元、そのほうは仮面の従弟だと申したが、曹家の者では無いのか?」

「俺の母が一刀伯父さん…いや、帝の妹だ。名前は北郷二刃子盾。父の名は華佗元化という。」

 

「華佗!あの名医華佗がお前の父………成程、それで貴様も医者なのか♪」

 

 祉狼は相変わらずムスっとしているが、久遠は気にせず昴に話し掛ける。

 

「孟子度、おぬしはどうなのだ?」

「私は母の姓を名乗っておりますのでこちらのお二人とは少々違いますが、母は孟達子敬、父は劉封慇照と申します。」

「孟達の娘か!っと、母君を呼び捨てで呼ぶのは無礼だったな。孟子敬殿か………成程、魏、呉、蜀の三国が争わず協力していると言うなら孟子敬殿もこちらの歴史の様な事はせずに済んだのであろうな♪」

 

 昴も華琳が会長の外史研究会から、正史の孟達が蜀を裏切り魏に下った事を聞いていたので久遠の言った意味を理解できた。

 

「劉封慇照殿とは劉玄徳殿の養子となった劉封殿の事か?歴史書には字が明記されて無かったので判断ができんのだが。」

「父が桃香様の養子!?あ!いえ、劉相国様は養子を取られた事は有りません。まあ、父は孟家の婿養子みたいな感じですけど。」

「ほう、孟子敬殿が女で、劉封殿が男。そして二人が夫婦とは………しかもこの様な娘を儲けるとは本当に三国が争っていないのだな♪」

 

「さっきから気になっていたが、あんたらはひとつ大きな勘違いをしている。」

 

 祉狼が少し大きな声で口を挟んだ。

 

「こいつは男だ!」

 

 祉狼が指差した相手は昴。

 久遠を始め、織田家中の者全員の目が点になった。

 

「…………………………男…………だと?」

 

「複雑な家庭の事情が有りまして…………先程も言いましたけど、聖刀さまの奥様から女性を近付けない様に見張るお役目も有る物ですから…………」

 

 久遠の眼差しが昴に対して同情的な物に変わった。

 

「…………我が言うのも何だが……………苦労。」

 

「ありがとうございます………いえ、家庭の事情以外にも我が師の教えも有りますのでこの姿には苦労は有りません。」

 

「師の教えか………男に女の格好をさせるとは奇妙な教えであるな。」

 

「俺達の事はある程度判っただろ。そろそろこの世界の事を教えてくれ。」

 

「うむ、それもそうだな…………この日の本は漢の末期と同じ群雄割拠の戦国乱世だ。」

 

「それじゃあさっきの戦は攻め込まれたのか………」

 

 戦場からこの城まで半刻程で到着した事から祉狼はそう理解し、顔から険が取れて申し訳なさそうな声で言った。

 

「勘違いするなよ。我ら織田家とて下剋上で成り上がった家だ。攻める攻められるは戦国の常よ。」

 

 久遠の言葉に祉狼の目が再びきつくなった。

 それを察した聖刀が口を挟む。

 

「祉狼、織田さんは自分の国を護る為に戦うんだ。お前の戦嫌いは判っているけど、織田さんの事をよく知りもしないでそんな顔をしてはいけないよ。」

 

「聖刀兄さん!…………判った………」

 

 ふくれっ面で言うので、実際には納得していないのは誰が見ても明らかだ。

 

「祉狼、お前の純粋さは僕も大好きだよ♪でも、そろそろ人の世の理を学ぶ頃だね。」

 

 聖刀の言葉を聞いた祉狼は、大きく深呼吸をすると久遠の目を見据えた。

 久遠は年下の少年の澄んだ瞳を正面から捉えた瞬間、突然鼓動が早くなり頬が火照る。

 

「わ、我の望みは天下布武だっ!せ、攻め込まれたからといって、き、貴様に同情される謂れなどな、ないわっ!」

 

 焦ってまくし立てたので支離滅裂になってしまっていたが、祉狼は気になった一点のみを久遠に問い掛ける。

 

「あんたは何の為に天下を狙う。」

 

「わ、我は皆が笑って暮らせる世にっ……い、いや、違うぞ!わ、我は………」

 

 つい出てしまった本音を慌てて否定しようとしたが、祉狼の顔を見て言葉が途切れた。

 

 祉狼は微笑んでいる。

 

 祉狼がこの外史に来て初めて浮かべた笑顔であり、邪気や揶揄を微塵も含まない天使の様な少年の微笑みだった。

 

「………わ、我をうつけだと思わぬのか?」

 

「どうしてだ?俺はあんたが本心で言っていると解った。みんなが笑って暮らせる世の中を目指す。立派な目標だと俺は思うし、棘の道だというのも理解している。」

 

 祉狼の言葉が久遠の心に染み込んでくる。まるで乾いた砂が清水を吸い込むように。

 

「俺はあんたと同じ事を目標にして大陸を平和にした王を知っている。曹孟徳、劉玄徳、孫仲謀、そして俺の伯父、北郷一刀の六人だ。」

 

「ふ………願いが同じでも手段が違えば争いになるであろうに、北郷一刀という男が三国を纏めたか………………………………六人?…………後の二人は誰だ?」

 

「ああ、言い忘れていたが、一刀伯父さんは三人居るんだ。俺達の世界に来る時に、何故か三人に分裂したそうなんだ。」

 

「「「……………………………………」」」

 

 久遠、麦穂、壬月がジト目で指を舐めて眉に付けた。いわゆる『眉唾』という騙されない為のおまじないである。

 

「王が三人と皇帝が三人と言った方が良かったか?」

 

 祉狼が真面目な顔で訂正するのを、聖刀は苦笑で見守り、昴は盛大な溜息を吐いてから補足の説明を始める。

 

「信じられないとは思いますが事実なんです。普通なら三つ子だと思うでしょうけど………こればかりは実際に会わないと納得出来ないでしょうね。何より陛下の奥様方が『陛下の体が三つ有って便利』だと思われていらっしゃいますし。」

 

「まあ………三人の王がひとりの旦那を共有するよりは…………」

 

「あ、陛下の奥様は三王様を含めて六十人以上いらっしゃいまして」

「「「六十人っ!?」」」

 

「陛下はまだいい方ですよ………ここに居る聖刀さまなんか、この歳で奥様がもう百人越えてるんですよ………」

 

「「「ひゃ、百ぅ?」」」

 

 久遠たちの感覚でも妾の存在は常識の範疇だが、この数は完全に異常だった。

 

「いやあ、お恥ずかしい♪」

 

 聖刀は爽やかに笑っていた。

 

「この人、息をする様に口説くんですよ。奥様方がこの仮面を着けさせた意味を解かっていただけました?」

 

「嫌だなあ、昴♪僕は友達になりたくて心を開いて話しをするだけだよ♪」

 

「相手の女性が心だけじゃなく体まで開いちゃうから問題なんですっ!織田様、絶対に興味本位で聖刀さまの仮面の下を見ようとしないで下さいね!その時はこの人の子を孕む覚悟をしてからにして下さい!」

「酷い言い様だなぁ………僕が妖怪みたいじゃないか。」

「きっと妖怪の方が聖刀さまを羨んでますよっ!」

 

 呆気に取られていた久遠だが、不意に声を上げて笑い出した。

 

「あーっはっはっはっはっはっ♪中々に破天荒で面白い♪お前たち、この世界に来て行く宛も無かろう。どうだ、我の所に留まらんか?」

 

「殿っ!?何を言っておいでですか!」

「この様な不明(わけわからず)の者達を匿うなど賛同いたしかねます!」

 

 麦穂と壬月は眉を吊り上げて久遠に詰め寄った。

 しかし久遠は平然として笑っている。

 

「ならば麦穂と壬月はこの者達を野に放てと?こやつらが現れた時に兵どもが『天人』と言っていたのがそこかしこから聞こえていたぞ。『天人』を味方に付けたとあれば我ら織田勢を恐れる者も少なからず居るだろう。無駄な戦をせずに済むかも知れんぞ♪それに我はこの者達が嘘を言っているとは思えん。根拠は足利家の御家流だ。」

 

「足利将軍家の御家流………」

「確か『三千世界』でしたな…………成程。」

 

 麦穂と壬月の態度が軟化したのを不思議に思った聖刀は口を挟んだ。

 

「織田さんが僕達の話しを信じる根拠が有るみたいだけど、教えて貰ってもいいかな?」

 

「ああ…………ふむ、どこから話した物かな………先ず、この日の本には征夷大将軍という侍の棟梁が居って、この日の本を治めている…という事になっている。」

「それはその征夷大将軍にはもう実権が無いって事だよね。そうじゃなけりゃ戦国乱世になってないか。」

「その通りだ。しかし腐っても侍の棟梁の家柄。特別な技を持っていてな。この世ならざる地から武具を呼び寄せ敵軍を屠ると伝えられており、この日の本では誰もが知っている有名な話しだ。三千もの異世界が有るならお前達の居た世界も有り得るだろう♪」

 

「成程、三千世界か………確かに外史その物って感じだね♪」

「聖刀さま!その征夷大将軍という方にお会いできたら帰る方法も見つけられるかもっ!」

 

 昴は希望を見出して目をキラキラさせていた。

 

「昴、帰る方法を見つけるのも大事だけど、僕達がここに来たのはきっとこの地で何かを学び、手に入れる必要が有るからだと思うんだ。」

「聖刀さまが手に入れるのは新たな奥様じゃないんですか?いや、絶対に阻止しますけど。」

 

 昴の目がキラキラからジト目に変わった。

 祉狼は昴に聖刀を任せて久遠に語りかける。

 

「難しい事は解らんが俺は医者だ。織田さんが天下を目指すなら怪我人や死人が大勢出るだろう。俺はひとりでも多く生き延びさせる為に協力する。」

 

 祉狼は瞳に強い意思を込めて久遠を見た。

 久遠は正面から受け止めて、

 

「デアルカ♪」

 

 と微笑んで応えた。

 

「ではいつまでも我の事を『織田さん』と呼ばせておくのも気に入らんな。我の通称は久遠だ。以後は我の事を久遠と呼べ。」

 

「……………通称?それは渾名か?」

 

「渾名ではないぞ!真名とも言うがお前達も互いに呼び合っていた名が…」

 

「真名だとっ!?真名を出会ったばかりの俺に呼べというのかっ!?」

 

「む、我は貴様が気に入った!だから貴様に呼ぶことを許した!もう貴様には我の事を久遠としか呼ばせんからなっ!早く貴様も我に真名を呼ぶことを許せ!」

 

 久遠は意地になって祉狼に食ってかかる。

 

「………本当にいいのか、それで?」

 

「くどいっ!」

 

 久遠は腕を組み、ふんぞり返って怒鳴った。

 

「…………わかった…………俺の真名は祉狼だ。久遠………」

 

「よし♪祉狼、宜しくな♪」

 

「ああーーーーっ!目を離した隙にっ!祉狼!あんたもやっぱり北郷家の血が流れてるのねっ!」

 

 昴の慌て振りに久遠、麦穂、壬月が首を傾げた。

 その様子に聖刀が気付く。

 

「ええと、どうやらこの世界では真名の重みが違うみたいだね。織田さん、僕らの世界では、家族以外の異性と真名を交換するのは将来を誓い合うのと同じ位の意味を持つんだよ♪」

「聖刀さまは世間話をするみたいに真名を交換しますけどね………」

 

 久遠は聖刀の言葉が頭の中をグルグル回っていて昴の嫌味も耳に届いていなかった。

 

「どうする?撤回するならそれでも構わないぞ。」

 

 祉狼は聖刀の言葉に納得がいき、そう切り出した。しかし……。

 

「わ、我は武士だ!武士に二言はないっ!祉狼は我が夫とするっ!」

 

「殿っ!?」

「久遠さま!落ち着いて下さいっ!そんな意地を張らなくても良いではありませんかっ!」

 

 壬月と麦穂とは本当に慌てて久遠を宥めに掛かった。

 

「我に婿を押し付けてくるたわけ共を追い返す良い口実になる!そうだ、実に良い考えではないか♪」

 

 聖刀は幼い頃に姉の眞琳(まりん)と交わした約束の日の事を思い出していた。

 久遠も眞琳と同じ様に見合いの話しが持ち上がっているのだと直ぐに理解したのだ。

 それにどんな形であれ、父親譲りで超朴念仁の祉狼にはこれくらい無理矢理にでもしないといつまでも恋人が出来ないだろうと聖刀は納得した。

 ここはひとつ可愛い従弟の為に一肌脱ごうと前に出る。

 

「そこまで話しが進むなら、僕らも織田さんの天下統一に力を貸そう。僕ら三人共それなりに腕は立つからね♪」

「私じゃ聖刀さまの足元にも及びませんよ!勝手に同格にしないで下さいっ!」

「昴だって条件が揃えば僕以上の力を出すじゃない♪」

 

 久遠は大声で説教をする壬月と麦穂を躱し納得させる為に聖刀へ意識を向けた。

 

「お前達の腕が立つであろう事は身のこなしで想像が出来た。壬月、麦穂。汝らで手合わせをしてどれ程の腕か試してみるがいい♪そうだ、三若も呼べ!あやつらにも手合わせさせれば二度手間を踏まなくて良いな♪」

 

 久遠は部屋の外で控えている小人頭(こびとがしら)に声を掛ける。

 

「おい、猿!三若を呼んでまいれ!いや、待て!場所を我の屋敷に変えるから向こうに行くように伝えろ。お前も来るのだぞ♪」

 

「は、はひっ!……………わ、私もですかっ!?」

 

「そうだ。はよう行けい!」

「はいいいーーーーーっ!」

 

 猿と呼ばれた女の子の声が慌てる足音と共に遠ざかって行く。

 

「よし♪では我の屋敷に向かうぞ♪」

 

 久遠が笑顔で立ち上がる。しかし、壬月と麦穂の説教がまだ終わっていなかった。

 二人は久遠の前に立ち塞がる。

 

「殿っ!こやつらを結菜さまにどう説明するおつもりですかっ!」

「戦で婿を拾ってきたとでも仰るんですかっ!?」

 

「結菜の事は夫である我が説得する。それより壬月も麦穂もこやつらと試合ってみれば言葉を交わすより為人が判るのではないか?その上でひとつでも認める所が有れば我の言う通りにせよ。」

 

 壬月と麦穂も武士としての矜持を突かれては頷くしかなかった。

 

 

 

 

 六人は清洲城を出て雨上がりの城下を織田屋敷へと向かった。

 途中、聖刀、祉狼、昴の三人は改めて清洲の城下町を珍しげに眺め、城壁に囲まれていない街並みを見て自分達の住んでいた街と違う事を実感していた。

 久遠はそんな三人の行動を見てはニコニコと上機嫌になる。

 

「ここが我の屋敷だ。試合うのだからこのまま庭に回るぞ♪」

 

 玄関をくぐらず屋敷の外周を進むと、立派な日本庭園が姿を現す。

 聖刀は房都の城にあるどの庭とも違う落ち着いた雰囲気を持つ庭に驚き、ひと目で好きになってしまった。

 

「見事なお庭だね♪」

「ほう、大陸の者はもっと派手な庭を好むのかと思っていたが?」

「父上の血かな♪成程、父上はこんな庭を造りたかったのか………」

「うん?どういう意味だ?」

「以前父上が庭を造り替えたいと言った事が有って、その時の説明の意味がよく解らなかったんだけど、この庭を見て納得した。」

「その言い方だと庭は造れなかったのか。」

「母上達に却下されたんだ♪」

「………六十人の母か…………まあ、それはよいか。何故却下されたのだ?」

「父上達が抜け道を造るのを警戒したんだよ♪」

「………………信用が無いのだな…………」

「前科が有るからねぇ♪」

「………………デアルカ…………」

 

 久遠と聖刀がそんな話をしていた所に、ひとりの女性が屋敷の縁側に現れた。

 

「久遠!戦に勝ったという知らせが来たかと思ったら、今度は庭で試合をするって使いが来るし!いったい何がどうなっているのっ!?」

 

 両手を腰に当てて不満を言い放つのは、久遠の妻である帰蝶。通称結菜である。

 結菜は見知らぬ男女が居る事に言い放ってから気が付き、慌てて居住まいを正した。

 

「結菜、この三人は田楽狭間で天から舞い降りた天の遣いだ♪そして…」

 

 久遠は祉狼の肩を掴んで結菜の方へ押し出した。

 

「こやつ、祉狼を我の夫にする。」

 

「は?………………………はああああぁぁああっ!?何を言っているの!?まさか戦場(いくさば)で頭でもっ!」

「我は正気だ………気がふれたみたいに言うな。」

「そんな、出会ったばかりの男の子を………う…結構可愛い………ええと、しろう君?久遠に無理矢理約束させられたのなら断ってもいいのよ?」

 

 結菜は年下の少年を労わる様に優しく話し掛けた。

 

「結菜、『祉狼』は真名だ。先ずは名を名乗るのが礼儀だぞ♪」

「そ、そうね……私の名は斎藤帰蝶。真名は結菜よ。私の事は結菜と呼んで頂戴ね。」

 

「「ゆ、結菜さまっ!」」

「え?どうしたの、壬月、麦穂?」

 

「言ったな、結菜♪これで結菜も祉狼の妻だ♪」

「は?何を言っているの?久遠……」

 

 結菜にとって『真名』と『通称』は同義語だ。しかし、祉狼にとっては先ほど久遠に話した通りの意味を持つ。

 久遠は当然この結果を狙って話さなかったのだが、これが久遠の言った『説得』だと思い至り壬月と麦穂の二人は呆れて溜息を吐いている。

 

「殿………それが説得ですか………」

「結菜さま、実は………」

 

 麦穂が結菜に掻い摘んで事の次第と祉狼の真名に対する価値観を説明した。

 当然結菜は驚き、祉狼の顔をまじまじと見つめた。

 幼さを残しながらも熱い意思と純真さに溢れる瞳は好感が持てる。しかし、この戦国乱世で生きるにはあまりに綺麗すぎる。

 『蝮の道三』の娘である結菜は、綺麗事では今を生き抜いてはいけない事を骨の髄まで知り抜いていた。

 それ故にこの純真無垢な魂を守ってあげたいと思ってしまった。

 それは母性本能なのかも知れなかったが、結菜はこの気持ちを止める事が出来ない。

 

「わかったわ……………久遠、あなたの策に乗ってあげる。私だって久遠に夫を押し付けてくる奴らを追い払いたかったしね。」

「素直に祉狼を気に入ったと言えば良いではないか♪」

 

「「ゆ、結菜さま!?」」

 

 結菜がもっと反対すると思っていた壬月と麦穂は意外な展開に驚いた。

 二人に対し、結菜は笑って応える。

 

「家老であるあなた達が心配してくれるのはとても有難いわ。だからわたしも久遠が言った通り試合ってみなさいとしか言えないわね。それでも反対だと言うのなら、改めて話し合いましょう。」

 

「結菜さまがそう仰るのならば………」

「判りました。」

 

 冷静に言う結菜に二人が大人しく従った。

 結菜は頷いてから再び祉狼に向き合う。

 

「祉狼、あなたにはあなたの習いが有るでしょうけど、郷に入っては郷に従うと言うでしょ?真名に関してはこちらに合わせて頂戴。でなければ誰もあなたに心を開いてくれないわよ。」

 

「解った…………迷惑を掛けてすまない………」

 

 祉狼は叱られた子犬の様に項垂れて返事をした。

 その姿に結菜の母性本能が爆発しそうになったが、何とか堪えて聖刀と昴に話し掛ける。

 

「そちらのお二人も宜しいですか?」

 

「はい、僕に異存は有りません。」

「私はもう大歓迎です!もう、この風習を持って帰って聖刀さま専用の法にしたいくらいですよ♪」

 

「では改めまして、織田三郎上総介久遠信長の妻、帰蝶です。通称は結菜。以後お見知りおきを。」

「孟興子度です。真名…じゃなくて、通称は昴。以後お引き回しの程、宜しくお願い致します。」

「僕は北郷聖刀子修…………う~ん、僕の場合は通称を『聖刀』にした方がいいかな?自分の感覚ではこの名前も真名だと思ってるし♪」

 

「昴と聖刀ね。…………その面は……」

 

「それは外すと良くない事が起こるらしいぞ、結菜。傷跡を隠しているとでも思っておけ。」

 

 久遠は昴が理由を話し出す前に口を挟んだ。

 実際に傷痕や病で腫れた顔を隠すのはよく有る事なので結菜も納得した。

 話しが一区切り着いた丁度その時、屋敷の門の方から騒がしい足音と声が聞こえて来る。

 

「殿ぉーーーーっ!!」

「久遠さまあーーーーーっ!!」

「和奏ちんも犬子も慌てすぎだよー………まあ、雛も田楽狭間の天人を早く見てみたいけどー♪」

 

 和奏、犬子、雛の三若だ。和奏と犬子が先を争いもつれる様に走って来たのに対し、雛は涼しい顔で二人の後を走って来た。

 更にその後方で息も絶え絶えに走って来るひよ子の姿がある。

 

「来たか、三若♪話しは猿から聞いたな?」

 

 笑っている久遠に対して和奏が叫ぶ様に応えた。

 

「『聞いたな』じゃないですよーーっ!!どこの馬の骨だか分かんない様な奴を殿の夫にするだなんて、ボクは納得できませんっ!!」

「犬子もですっ!あ、でも犬子はどんな人なのかな~って興味もありますけど♪」

「雛は結菜さまの反応の方も気になりますけど~…………あちゃ~、何か面白い所は既に終わった後みたいですねぇ………」

 

 雛は結菜が穏やかな顔をしているのを見て悟った様だった。

 

「ええっ!?壬月様と麦穂様は納得しちゃったんでんすかっ!?」

「阿呆ぅっ!納得がいかんからこうして試合う為にここに来ておるのだ!」

 

 壬月は頭を抱えて和奏に怒鳴った。

 麦穂は苦笑して三若を見守っている。

 

「さっすが壬月様♪あ!でも先鋒はボクにやらせて下さい!壬月様が出るまでも無く、ボクがケチョンケチョンにしてやりますよっ♪」

 

 和奏が元気に自慢の槍を振り回す。

 

「さあっ!殿をたぶらかす奴は…………………どいつだ?」

 

 見知らぬ相手が三人居るので和奏は頭上に『?マーク』を浮かべて首を捻った。

 

「貴女の相手は私がしましょう!可愛い若武者さん♪」

 

 そう言って前に出たのは昴だ。

 目の色がそれまでとは完全に違っている。

 

「お前が殿をたぶらかす悪い奴かっ!」

「違いますけど、この私!貴女達の様な可愛い幼女が大好きなんですっ♪」

 

 インテリのDNAはしっかりと昴に受け継がれていた。

 

「よ、幼女じゃねえっ!そ、それに可愛いとか、馬鹿にしてんのかっ!?」

 

「あ~、和奏ちんが照れてる~♪」

「雛っ!お前は黙ってろっ!」

 

 和奏は顔を真っ赤にしながら槍の穂先を昴に向けた。いや、正確には二つの穂先の間に有る銃口を向けていた。

 

「仕込み槍ですか♪ならば私は敢えてこれでお相手しましょう♪」

 

 昴は持っていた麻袋の中から二振りの剣を取り出し両手で構える。

 それを見た久遠が祉狼に問い掛ける。

 

「祉狼、あの袋に入っていたにしては微妙に長くないか?」

「あの袋は特別な物らしい。昴は師匠から授けられたと言っていたが、中がどうなっているのか俺も見せてもらった事が無い。」

「デアルカ…………」

 

「新漢女道男娘(おとこ)流孟興子度!通称昴!参るっ♪」

 

 昴の師匠とは貂蝉と卑弥呼だ。昴は漢女とロリコンのハイブリットだった。

 

「うわあっ!なんか目が怖いっ!こっち来んなっ!」

 

ズドンッ!

 

 重い火縄銃の発射音が響き、和奏の絡繰り鉄砲槍が火を噴いた。

 しかし、銃口の向きから弾道を正確に読んだ昴は、怯む様子を微塵も見せずに和奏との距離を詰める。

 

「わあああっ!待て待て!今から弾を込めるんだからっ!」

 

「んふふ♪さっきの強気な和奏ちゃんも可愛いけど、怯える和奏ちゃんも、ス・テ・キ♪」

 

「お前なんかに通称を呼ぶこと許して無いぞっ!」

 

 迫る昴に和奏は弾を込めるのを諦め槍による突きを繰り出す。

 和奏の直線的な動きに対し、昴は円を描く動きで簡単に躱して双剣を槍に絡ませ、あっさりと和奏の手から槍を奪い取ってしまった。

 そのまま和奏の背後に回り込んで、身体を抱く様に首と腹に剣を突き付けた。

 

「はい♪私の勝ち♪」

 

「え?え?えええええええーーーーーーーーーっ!?」

 

 接近され過ぎて和奏は昴の動きに目が追いつかず、どうやって背後に回ったのかまるで判らなかった。

 

「見事!勝負アリ!」

 

 久遠の宣言で勝敗が決した。しかし、和奏は納得がいかなくて叫んだ。

 

「ま、まだです、殿っ!もう一度…」

「あら?今度は違う勝負に持ち込んじゃうけどいいのかな~♪」

 

 昴は和奏の耳に息を吹きかけながら囁いた。

 

「ひいっ!わかった!ボクの負けを認めるからっ!や、やめぇええぇぇ!」

 

「うわぁ………和奏ちん淫ら可愛い~♪」

 

 雛が言う通り和奏の顔が上気して身体をモジモジさせるのでやたらとエロく見える。

 しかし、祉狼と聖刀そして壬月は平然としており、他の久遠、結菜、麦穂、犬子、ひよ子の方が顔を真っ赤にしていた。

 祉狼は父親譲りでこの手の事に鈍感だし、聖刀にとっては見慣れた光景で、壬月は色恋に疎いので和奏が負けたという感想しか無かった。

 

「それじゃあ次は雛が行くね~♪」

「あら~♪何か自信たっぷりねぇ~♪さあ、いらっしゃい♪」

 

 和奏を放した昴が舌舐りをして雛の身体を爪先から頭の天辺まで舐める様に見る。

 口調もオネエ言葉にになって怪しさが増していた。

 

「雛の速さについてこれるかな~♪」

 

 雛も昴と同じ様に両手で二本の刀を手にした。

 違うのは雛の方が小太刀という点だ。

 得物の重さは雛の方が明らかに軽い。

 スピードを重視した場合、軽い方にアドバンテージが有るのは常識である。

 昴も雛の自信がそこから来てると確信した。

 

「滝川家お家流、頑張って足を早く動かせば、速く動けるの術~♪」

 

 雛の姿が消えた。

 

キイイイィィィィン!

 

 鋭い鋼が打ち合う音が響き、雛の姿が昴の背後に現れた。

 

「やるね、昴ちん♪」

 

 昴は左手の剣を背後に回して雛の攻撃を防いだのだ。

 

「うふふ♪この私が可愛い幼女の気配を見失う訳無いじゃないっ♪」

 

 正にロリコンの鑑の台詞だ。

 

「さあ、雛ちゃん♪鬼ごっこをしましょう♪」

 

 今度は昴の姿が消えた。続いて雛の姿も再び消える。

 

キィン!キィン!キン!キン!キンキンキンキンキン!

 

 連続して聞こえて来る剣戟に二人が超高速で打ち合っているのは解る。

 そして数分の打ち合いの後、先に姿を現したのは…………雛だった。

 

「はひぃ………もう息が続かないよぅ…………」

 

 その直後に姿を現した昴は息一つ乱れていない。

 

「ふふふ♪幼女の姿を見て、その香りを吸い続ける私に体力の限界など無いのよっ!」

 

 力強く変態宣言をする昴だった。

 

「勝負アリだな♪」

 

 そして冷静に告げる久遠。どうやら昴の性癖は気にならないらしい。

 

「次は犬子が相手をしてもいいですか!久遠さまーー♪」

「許す♪存分にやれい♪」

 

 犬子が昴の前に出て、胸を張って名乗りを上げる。

 

「織田赤母衣衆筆頭!前田又左衛門利家!通称犬子が子度どののお相手致しまーーすっ♪」

 

 犬子を前にした昴がワナワナと震えていた。

 

「えへへぇ♪犬子は鼻が利くから雛ちゃんみたいに姿が消せても問題無いんだから♪…………子度どの?」

 

 ようやく昴の態度がおかしい事に気が付いた犬子が顔を覗き込んだ。

 

 

「ロリ巨乳キターーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 

 昴の小宇宙(コスモ)が爆発した。

 

「わふううううううううううううううっ!!」

 

 

 

「やっぱり小学生は最高だぜっ!」

「いや、小学生じゃなくて武将だろ。」

 

 ツヤツヤのテカテカになってサムズアップする昴に、祉狼が冷静にツッコミを入れた。

 

「次は私がお相手仕りましょう。」

 

 そう言って前に出たのは麦穂である。

 その姿を見た瞬間に昴の氣が霧散した。

 

「祉狼、あんたが相手をしなさい。」

「は?」

「勝ち逃げをするおつもりですか?」

 

 麦穂が鋭く言い放つと、昴は真摯な顔で振り返る。

 いや、賢者の顔と言った方がいいだろう。

 

「いえ、元々は祉狼が久遠さまの夫となる事を認める為の試合です。私が戦っても意味が無いでしょう?」

 

 だったら三若は何の為に負けたのか?という疑問はさて置き、麦穂も本来の目的を思い出して頷いた。

 

「それでは………ええと、祉狼さまとお呼びして宜しいですか?」

「ああ!もうこの国の仕来りだと納得している♪俺は何と呼べばいい?」

 

 無邪気な笑顔を向けられ、麦穂の心臓が早鐘を打つ。

 実は役目上祉狼に厳しく接していたが、麦穂は祉狼を初めて見た時から可愛くて可愛くて仕方が無かったのだ。

 一瞬でも気を許せば相好が崩れてしまうのを自覚しているので、必要以上に気を張って応えた。

 

「わたくしの事は麦穂とお呼び下さい。」

「判りました。では麦穂さん、宜しくお願いします!」

 

 目の前の少年に名を呼ばれただけで頬が緩みかけ、必死に堪えた為に口角がヒクヒクと痙攣しそうになった。

 これは早く試合わなければと刀を構えようとした所、祉狼が何も武器を持っていない事に気が付いた。

 

「祉狼さま。得物を手にして下さい。」

「いや、俺は医者だ。病魔と闘う専用の武器は手にするが、人を相手に闘う時は無手と決めている。」

組討(くみうち)ですか。ならばせめて闘具を。」

 

 久遠の妹の市が一流の闘具使いなので、何度も手合わせをしている麦穂には無手との闘い方も熟知していた。金属製のボクシンググローブの様な闘具は刀を受ける防具にもなる。

 だから麦穂は祉狼に闘具を着ける様に促した。

 

「いや、俺の闘い方には必要無い。始めよう!」

 

 そこまで頑なに断られては、これ以上言うのは失礼だと感じて刀を構えた。

 自分の気合も読めない様ではその程度の腕と覚悟を決める。

 しかし、目の前の祉狼が氣を練り始めたのを見て考えが変わった。

 

「はあああああああああああっ!!我が拳は、我が魂の一撃なり!拳魂一擲!全力全快!必察必治癒!病魔覆滅っ!!」

 

 激しく燃え盛る炎の様な凰羅に祉狼の本質を見た。

 初めから手加減をする気は無かったが、自分の中にある武人の魂も共鳴する様に熱くなり、戦場に居る時以上に気が昂ぶっていく。

 

「やあっ!!」

 

 裂帛の気合いを込めて麦穂が繰り出した突きを祉狼は見切って躱し肉薄する。

 麦穂は祉狼が行う攻撃を幾通りも予測し、その全てに対処出来る自信があった。

 

五っ斗っ米道(ゴットヴェイド)オオオオオォォォオオオオオオォォォッ!!」

 

 祉狼は両手の掌を突き出し、麦穂の豊満な胸に押し当てた。

 

「元気にっ!なれえええええぇぇぇぇぇえええええっ!!」

「えええっ!?」

 

 麦穂は祉狼の攻撃を予測した。

 しかし、祉狼が行ったのは攻撃では無い。

 胸に当てられた掌から温かい凰羅が流れ込み、体の疲れ、肩こり、喉の痛み、頭痛、眼精疲労が消えていく。

 祉狼が行ったのは治療だ。

 

「はあああああああああああっ♪」

 

 全身を癒される快感に麦穂の膝が崩れた。

 

「おっと、大丈夫か、麦穂さん?」

「だ………大丈夫などではありません!な、何をなさったのですっ!?」

「麦穂さんが疲れているのと小さいながらも病魔の影が診えたから治療をさせてもらった♪」

「ち、治療!?今は試合をしていたのでしょう!?」

 

 麦穂は馬鹿にされたと思い食ってかかったが、祉狼は実に爽やかな笑顔でこう言った。

 

「俺の敵は病魔であり、敵を見つければ何時如何なる時でも闘う!それが五斗米道だ♪」

 

 麦穂は祉狼の笑顔から目が離せなくなっていた。

 

「勝負アリ…………なのか?」

 

 久遠はジト目で祉狼を見た。

 祉狼がただ胸を触った訳ではなく、氣を送り込んだのは久遠にも理解できた。

 その結果麦穂が膝を着いたが、麦穂を見ると苦痛の表情は微塵も無く、それどころか肌に張りが出て艶々と輝きまるで化粧をしている様だった。髪の毛まで輝きを増してふわりと良い香りまでしてくる。

 しかし、麦穂の胸を触ったという事実が久遠の機嫌を損ねていた。本人に自覚は無いが。

 

「凄いですね♪五斗米道と言うのですか?」

 

「違うっ!ゴットヴェイドーだっ!」

 

 麦穂の目が点になった。

 

「…………え?ご、ごっとべ」

「ゴットヴェイドーだっ!!」

 

「ああ、もう!それはもういいから!」

 

 昴が割って入って麦穂を助け起こした。

 その様子に首を捻って見ていた久遠へ壬月が声を掛ける。

 

「殿、次は私が。」

 

 『鬼柴田』の異名を持つ壬月が楽しそうに前に出た。

 

「なんだ、壬月。まだ認めぬのか?」

「今の孺子の氣を見て解らぬ程、私は間抜けではありませんぞ。その件につきましてはもう議論する必要は無いでしょう。ただ単に私の武士としての血が騒いでしまいまして、それを鎮めたいのですよ♪」

 

 壬月は聖刀を見てニヤリと笑った。

 

「付き合ってくれるよなあ、仮面の♪」

「そうだね♪貴女の相手は今の祉狼と昴には無理だろうから♪」

「そうかそうか♪お前は私を満足させてくれるのかな?」

「失望はさせないと思うよ♪」

 

 壬月は更に嬉しそうな顔になってひよ子の方を向いた。

 

「猿!得物を寄越せ!」

「はい!ただいま!」

 

 ひよ子が大八車を曳いて持ってきたのは巨大な斧。

 それを見た聖刀から出たのは暢気な声だった。

 

「へえ、大きいねえ♪阿猫母さんの戦斧より大きいな♪」

「ほほう、六十人居る母親のひとりか?」

「うん、華雄将軍って言った方が解るかな?」

「確か董卓軍の将だな。」

「強い人だよ♪常に精進を心がけていて、尊敬してる。武器の名前は金剛爆斧(こんごうばくふ)って言うんだ。」

「ほほう、この斧は金剛罰斧(こんごうばっぷ)と言う名なのだ。因縁を感じるな♪」

「へえ♪興味をそそられるね♪それじゃあその金剛罰斧に敬意を表して僕も取って置きを出さないと。昴、『絶』を♪」

 

「ええええええっ!?『絶』ですかっ!?」

 

 昴は渋ったが聖刀の笑顔を見て諦め、例の麻袋から『絶』を引っ張り出した。

 昴が出した双剣と違い、明らかにその袋に入り切らないサイズの鎌である。

 久遠は横に戻ってきた祉狼に問い掛けた。

 

「祉狼……………本当にあの袋はどうなっているのだ?」

「だから俺もよく知らないって。」

 

 久遠と祉狼の声を無視して聖刀は絶を構える。

 見た目の禍々しさは金剛罰斧と並んでも引けを取らない。

 

「これは僕の母上、曹孟徳から頂いた曹魏の象徴と呼べる大鎌だ。この絶でお相手します♪」

 

 聖刀の氣が一気に昂まる。

 壬月も金剛罰斧を構えて氣を練り上げていく。

 草が揺れ、木々がざわめき、水面に波が立ち始めた。

 二人を中心に風が起こり轟々と音を鳴らし出す。

 

「ひいぃ!だ、大丈夫なんですかあ!?」

 

 ひよ子が悲鳴を上げ、頭を抱えて蹲った。

 

「俺の後ろに居れば大丈夫だ。」

 

 祉狼がひよ子を庇って立つ。それだけでひよ子への氣当たりが弱まった。

 

「あ、ありがとうございます………」

「顔は上げない方がいい。そろそろ石が飛んで来るぞ。」

「い、石っ!?」

 

 対峙しているだけで石をも吹き飛ばす氣が吹き荒れるのだ。

 実際に刃を交えた時に何が起きるのか?

 

「止め止め止め!止めぇーーーーーーーーっ!!あんた達がそのまま試合ったら庭だけじゃなく屋敷まで消し飛びそうよっ!」

 

 間に割って入ったのは結菜だった。

 壬月と聖刀は同時に氣を練るのを止め、それにより風も次第に治まっていく。

 確かにあのままでは結菜の言った通りになっていただろう。

 

「なんだ結菜、折角これからだったのに…………」

「久遠!続きをやらせたかったら墨俣にでも行ってやりなさい!」

「ふむ、それも面白いかもしれんな♪」

 

 結菜は溜息を吐いてこめかみを押さえた。

 

「結菜、気分が悪いなら治療しようか?」

「ありがとう、祉狼♪」

 

 祉狼の素直な言葉に心が癒される結菜だった。

 これで祉狼、聖刀、昴の三人が認められ、これからどうするかと話しをしだした所で外から駆け込んで来る使番が居た。

 

「殿おおおーーーーっ!一大事にございますっ!!」

 

「申せっ!」

 

 久遠は端的かつ合理的に命令した。

 

「はっ!清洲の街に鬼が二匹現れましたっ!」

 

「鬼が昼間から街中にだとっ!?」

 

「今は足軽達が遠巻きに槍で囲んでおりますがいつ暴れだすか………」

 

「皆行くぞ!お前は先導せいっ!」

 

「ははっ!」

 

 使番はよく訓練されているらしく、返事をすると後ろを振り返らず走り出した。

 それをこの場にいた十一人全員で追いかける。

 

「久遠!鬼とは何だ!?何かの符丁か!?」

「違う!本物の鬼だ!御伽噺に出てくる人を食らう本物の鬼だ!」

 

 久遠の説明に祉狼は母の二刃から幼い頃に聴かせてもらった桃太郎や一寸法師を思い出していた。

 

「この外史にはそんなモノが居るのか………」

 

 祉狼の居た世界には、龍は居たが鬼は居なかった。

 どれほど危険な生物なのかこの目で確かめなくてはと走り着いた先には、甲冑を着込んだ足軽達が人垣を作っていた。

 

「あれ?あそこに居るのって………」

 

 聖刀の声に祉狼は人垣の向こうに目を凝らす。

 そしてそこに居たのは、

 

「聖刀ちゅわああぁ~~~ん♪祉狼ちゅわああぁ~~~ん♪昴ちゅわああぁ~~~ん♪やっと見つけたわぁぁ~~~~~~ん♪」

「三人共無事で何よりだわい♪がっはっはっはっはっ♪」

 

 貂蝉と卑弥呼だった。

 

 昴は済まなそうに久遠達に振り返って頭を下げる。

 

「すいません…………あれ、私の師匠達で鬼じゃありません…………」

 

 

 

 

あとがき

 

 

何回かコメントやメールで頂いていた『祉狼は戦国†恋姫の世界に行かないのですか』という言葉に触発され、遂に行ってしまいました。

実は『聖刀・祉狼・昴の探検隊』の話しを書いた時に対となる話しとして載せるつもりだったのですが、その時は上手くまとめられませんでした。

もうこうなったらじっくり腰を据えてやろうと開き直って書き直したのがこのお話です。

基本のテーマは『祉狼のおねショタ無双』と『昴のロリコン無双』ですw

聖刀はチートすぎるので『最強の誑し力』を封印しました。但し、たまに開放すると思います。

因みに昴の声のイメージは『梶裕貴』さんですwww

 

第二話はいつ投稿できるかわかりませんが、じっくり書いていこうと思います。

できれば二十話以内にまとめたいですが、どうなる事やら………。

 

 

 


 
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