No.773379

白と、ちょっとだけ朱色な日

歌鳥さん

舞はちょっと変わった感覚を持った女の子。私はピンク、由佳里はオレンジだと言う。
女の子どうしの他愛もないおしゃべり。各DLサイト様にて公開中の『ここにいない由佳里・1』から一部を切り取ったものです。
http://blogs.yahoo.co.jp/songbird_i/35859782.html

2015-04-25 19:22:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:543   閲覧ユーザー数:542

 舞は絵が得意だ。

 小一で初めて会った時から、ずっとそうだった。“観察”の次に舞が好きなことが、“お絵かき”だった。

『天才的』とか『大人レベル』というわけではなく、子供が描く、子供らしい絵ではある。けど、舞の描く絵には独特の雰囲気があって、見る人みんなを感心させた。私みたいな素人から見ても、舞の絵は個性的で、楽しかった。

 なによりも魅力なのは、舞の色づかい。

 最初はクレヨンだった。一年生の時の舞は、常にクレヨンのセットと自由帳を持ち歩いていた。教室でも学校の外でも、気がつくとなにか描いていた。

 二年にあがった頃は、クレヨンが水彩絵の具に変わった。けど、これはさすがに無理があった。校舎のあっちこっちに水をこぼして、先生にやんわりと注意されてから、舞は色鉛筆を持ち歩くようになった。

 三年生の二月、ある放課後。その時も舞は公園のベンチに座って、色鉛筆を握っていた。

「さむいさむいさむいさむいさむいよぉ~」

 由佳里がぶるぶる震えながら、舞に後ろから抱きついた。冷たい頬を押しつけられて、舞が悲鳴をあげる。

「ふわぁぁぁぁぁ~」

「あー、舞ちゃんのほっぺ、あったかーい」

 通称“がじゃまる公園”。

 正式な名前じゃなくて、私たちが勝手にそう呼んでいる。公園の真ん中にある桜の木を、由佳里が「がじゃまるの木」と呼び出して、それがそのまま公園の名前になった。

 いまにも雪が降りそうな、どんよりとした曇り空の日だった。北風が冷たくて、肌が出ているところは、定規で叩かれたみたいに痛い。

 由佳里はダウンジャケットにマフラー、毛糸の手袋と帽子で寒さに対抗していたけど、下はミニスカートに生足で、完全に無防備だった。

「そんなカッコしてるからでしょ」

「いいじゃん。舞ちゃんがあったかいから、スカートでも平気なの!」

「よくないよ。舞ちゃん嫌がってるじゃない」

「やーめー」

 舞がもぞもぞ動いて逃れようとする。由佳里は舞の首にしがみついて離れない。

「舞ちゃんかわいいし、ほっぺあったかいんだから、しょーがないじゃん」

「あったかいとかわいい、関係ない」

「関係あるよー。舞ちゃん、あったかわいい!」

 すりすり。由佳里にしつこく頬ずりされて、舞もとうとう抵抗を諦めた。

 私は、あんな風にべたべた触られるのはあまり好きじゃない。

 由佳里はそれがわかっていて、だから由佳里は、私に対しては積極的に触れてこない。ときどき手をつないだり、肩や背中を叩かれたりはするけど、その程度。

 ただ、舞には遠慮がなかった。やたらと触れたがり、抱きつきたがった。

 舞も、決して本気で嫌がっているわけではなかった。この時だって、もぞもぞと身じろぎするくらいで、大した抵抗はしていない。本気で逃れたかったら、立ち上がってしまえばそれで済む話。でも、舞はそうはしなかった。

 けれど。

「舞ちゃんの邪魔しちゃだめだよ。お絵かきしてるんだから」

 さすがに見かねて、やんわりと忠告した。由佳里はそれを無視して、舞の背中にしがみついたまま、肩越しにノートを覗きこんだ。

「舞ちゃん、なに描いてんの?」

 無地のノートには、一本の木が描いてあった。不格好にねじくれた幹から分かれた枝が伸びて、空にできたひび割れみたいに見える。

「これ、桜の木だよね?」

「そそ」

 私の問いに、こくこくうなずく舞。視線はまっすぐ、ベンチ正面の桜の木に向けたまま。

“がじゃまる公園”の由来になった、桜の木。まだ芽も出てない冬の桜は、ごつごつとひねくれてるように見えて、すこし不気味だ。

 けど、舞のノートに描かれた桜は、ちょっとかわいかった。なぜなら――。

「ねーねー。これ、なんで赤いの?」

 由佳里が指さしたノートの木は、幹が鮮やかな朱色だった。色鉛筆を巧みに使って、赤と黒と白で描かれた、複雑な赤。

 舞は、由佳里の質問の意味がわかっていないようだった。ちょこんと首をかしげて、不思議そうな顔をする。

「桜、赤いよ?」

「ふへっ?」

 由佳里と私は顔を見合わせてから、桜の木をまじまじと見つめた。

「赤い……かな?」

「えーっと……」

 私の目には、桜の木は黒く見えた。黒に焦げ茶色と灰色が混じったみたいな、濃い色。

 舞は色鉛筆をベンチに置いて、身振り手振りつきで説明をはじめた。

「地面から吸いあげられたピンクがね、幹の黒と混ざって、それで赤くなるんだよ。春になるとね、ピンクが上から出てきて、それが桜の花になるの」

「……ふーん、そうなんだー」

 由佳里はあいまいにうなずいた。納得してるような顔じゃなかった。

 私も釈然としないまま、桜の木を見続けた。舞にそこまで言い切られてしまうと、濃い焦げ茶色のなかに、ほんのり赤い部分があるような気がしないでもない。

「赤いよ。濃いピンク色」

 舞はこくこくとうなずく。

「あいちゃんのピンクより、ちょっと濃いピンク」

「え……?」

 また、舞の不思議な発言が出た。その日の私の服は白と紺色で、髪留めやランドセルの飾りも含めて、ピンク要素はどこにもない。

「私、ピンクじゃないよ?」

「ううん。あいちゃんはピンク」

 舞は頑なに言い張った。

「あいちゃん、女の子らしくてかわいいから、ピンク。由佳里ちゃんは元気で明るいから、オレンジ」

「ふえ? オレンジ? あたし?」

 不思議そうに目を丸くする由佳里。

「今日は寒いから、白」

 混乱する私たちをよそに、舞は灰色の空をじーっと見つめながら、そう断言した。

「でも、三人いっしょだとちょっとあったかいから、ちょっとだけ朱色」

 ――ゆっくりと、絵の具が染みるみたいにじわじわと、私にも納得できてきた。

 どうやら、舞のなかでは、私と由佳里はそういうイメージらしい。

「私、ピンクかな? そんなわけないと思うけど」

「あいちゃんはピンク。由佳里ちゃんはオレンジ」

 舞はきっぱりと言い切って、色鉛筆を手に取り、桜の木を赤くする作業に戻った。

「オレンジかぁー……ふへへっ。なんか、ちょっと嬉しいかも」

 照れたように笑ってから、由佳里はまた舞の首に抱きついた。

「よぉーし、由佳里ちゃんのオレンジアタックを受けてみろっ!」

「やーめー」

 由佳里の腕の中で、舞がじたばた暴れた。

 ――舞の独特の色彩感覚はいまも健在で、「今日は紫の日」「今日は珊瑚色」など、その日の気分や体調を色で表現することがある。

 もちろん絵も描いてる。奇妙な色づかいの絵も、舞に身振り手振りで説明されると、なんとなく納得できるような気分になる。

 舞自身の色を尋ねると「わかんない。自分で自分は見れないから」という答えが返ってくる。そして、逆に「私って、なに色?」と聞かれる。

 私と由佳里はそのたびに「舞はかわいいし、やっぱりピンクかな」「いろんな色を内側に秘めてるから、虹色」などと、その時思いついた色を答える。

 舞がその答えに納得してくれたことは、一度もない。

 


 
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