No.766341

大好きの、もう一歩先

くれはさん

睦月結婚もの第7話。
AL/MI作戦を終えた提督と睦月、そして如月の話。

2015-03-22 23:18:13 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:983   閲覧ユーザー数:971

「…………ふぅ、あとどれだけ書けばいいのよこれ……。報告書って苦手なのよ……」

「うー……睦月もちょっと退屈なんですけどぉ。書類、終わんないよぉ……」

 

――窓から射す、夕陽の光が絶えて。

部屋の窓から見える空は、すっかり暗い。

 

……そんな中、執務室では――カリカリ、と紙に万年筆を走らせる音が響く。

その音は、時折早くなったり、遅くなったり。そんな律動を、繰り返す。

 

「もぅ、司令官も睦月ちゃんも……こういう資料は、しっかり作らないと駄目なのよ?

 それに何より、本土に提出するものじゃない」

「だからって言って、あーもー……私、もともと士官でもないんだしこういうの向いてないのよ……」

「睦月もこういうの苦手なのです、如月ちゃん……」

 

 

そんな私と睦月の言葉に。……如月は一つ、溜め息を吐いて、

 

「燃料や弾薬の収支とか、ちゃんと調べて、計算しないといけないのよ?

 いつの間にか収支がおおきい赤字になってたりしても、大変なの。

 戦果は大事だけど、鎮守府の運営も気にしなくちゃいけないんだから……」

 

そう言ってから、調べ終わった資料を卓上でトン、と鳴らして揃え、

 

「……やっぱり、私がいないと駄目なのかしら。司令官と睦月ちゃんには」

 

 

揃えた資料を箱に入れながら。……ちょっとだけ、呆れたような目で見られる。

うう、こっち方面は頼りにならない義姉で――提督で、ほんと申し訳ないわよ……。

 

 

 

 

 

 

ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

資料整理を始めたころには昇っていた太陽も、山の稜線に沈みかけ――夕闇を迎え。

今日の任務を頑張った、みんなを迎える場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――遠征に行った子達、全員帰って来たわよ。如月』

 

……執務室に備えられた電話の受話器を手に、私はその言葉を聞く。

電話相手の彼女からの連絡に、皆大事がなくてよかったわ、と、少し胸を撫で下ろす。

 

受話器の向こうの相手は、暁ちゃん。彼女は、この鎮守府内の遠征の関連を管理している。

少し前に、遠征に行っている最後の子達が帰って来た――と、港の電話から連絡をくれたの。

 

 

「ええ、分かったわ。今日の最後は――皐月ちゃん達だったわね。

 それじゃあ皐月ちゃん達への労いに、氷室に置いてある冷えた羊羹、お願いね?暁ちゃん。

 ……あ、こっそり自分のおかわり分を持っていっちゃダメよ?」

『しししっ、しないわよそんなことっ!私レディーでお姉さんなんだから!

 ――そっちもあんまり、根を詰めないでよね?』

「冗談よぅ、暁ちゃんはそんなことしないって知ってるもの。ね?

 それじゃあ、お疲れ様。また明日もがんばりましょう」

 

電話の向こうで、暁ちゃんが拗ねた顔をしながらも励ましてくれている――そんな情景を思い浮かべて。

私は、微笑みながら受話器を台座に置く。……暁ちゃんは可愛いから、ついついからかいたくなっちゃうのよね?

 

 

「今の電話、暁ちゃん?」

 

受話器を置いた私に、背中から声が掛けられる。

その声の主――書類と格闘を続けている睦月ちゃんの方に振り返りながら、

 

「ええ、そうよ。皆帰って来たんですって」

「そっか、よかったぁ……」

 

私の言葉に、予想通り笑っているだろう睦月ちゃんの顔を見る。……ええ、予想通りのいい笑顔だわ♪

……と、そんな睦月ちゃんとは対照的に。

 

「……ん、そっか。暁が監督してるんだもの、大丈夫よね」

 

司令官は、書類に記述する手を止めず。私の報告にそう返した。

 

「むー。……、提督、そんな言い方よくないんだよ?

 頑張ってるんだから、暁ちゃんも褒めてあげないと」

 

司令官の、そっけない返事。暁なら当然大丈夫よね、という感じの言葉に、

睦月ちゃんはちょっと膨れる。

 

……もちろん、睦月ちゃんも、それに私も。

司令官に、悪気があって言った言葉ではない、っていうのは分かってる。

司令官は、着任してすぐ位の頃から暁ちゃんに遠征の事を任せてきていたから、

暁ちゃんならちゃんと遠征に行く皆の安全を守ってくれる、って。そう思っているのよね。

 

「……う。御免、そうよね睦月……。うん、あとでちょっと労ってあげないと、ね」

 

でも、……そうしてくれているのが当たり前になっているからって、

褒める必要がない、っていう訳じゃない。

そういうところ、睦月ちゃんはちょこちょこ突っついてくるのよね。それはちゃんとやらないと駄目、って。

……うん、いい感じに司令官のお嫁さん、してるかしら。

 

「うん、そうそう。そうなのです!そこは大事なんだよっ、……、て、てーとく!」

「……?変な睦月」

 

司令官の返答に、睦月ちゃんは嬉しそうに答える。

……でも、司令官の事を呼ぼうとしたところで、ちょっとだけ間が開いてしまう。

そんな睦月ちゃんを、司令官は怪訝な目で見ているけれど……。

 

「あらあら……ふぅん♪」

 

睦月ちゃんが何をしたいか、私にはわかった。

これは……ええ、ちょっと後押ししても、いいかしらね♪

ただ、今後押しするとお仕事の進みが悪くなりそうだし……もう少し後かしら?

 

――と、そんなことを考えていると。

 

 

「……ねえ睦月、如月。鉄底海峡の資料って持ってきてた?

 戦艦の『姫』の事も書いておきたいんだけど……確かあそこよね、初めて見たの」

 

不意に、司令官からそんな質問が来る。

 

「んー、こっちにはないかなあ……」

「鉄底海峡、ね。確かあったと思うから……私の方かしら?」

 

確か、まとめた資料を何冊か持ってきていたと思う。睦月ちゃんの方にないなら、恐らく私の方。

ええと、鉄底海峡の資料、は――

 

「資材管理記録帳、サンタクロース海域攻略記録、サーモン諸島海域の海図……

 残念だけど、サーモン海域深部や戦艦の『姫』の記録はここにはないかしら」

「とすると、資料室ねー……。ふむ、ちょっと二人のうちどっちか付いてきてもらえる?

 他にも関係ありそうな資料持ってきたいし、手分けして探しましょ」

 

 

 

 

 

***

***

 

 

「――ええと、サーモン海域深部……ああ、あったあった。

 う、資料がそんなに厚くない……。あの時もっと調査しておけばよかったかなあ

 ……資料、揃ったわよ。如月」

「こっちも司令官の欲しかった資料、揃ったわよ?

 うふふ、本に積もった埃で髪が傷んじゃう、なーんちゃって♪」

「冗談ってわかってるけど、そういう事言わないの、如月。

 電が掃除とか整理とか、虫干しとかしてくれてるんだから」

「はぁい♪」

 

――と、資料室でそんなやり取りをしつつ。

一通りの資料を揃え、私と如月は執務室へ戻る道を歩いていた。

如月は両手で持って支える様に。私は、何冊かを小脇に抱える。

……そういえば片手が空いてるわね、と思い、

この間でも資料に目を通しておこうと抱えた中から一冊を抜き出す。

……手にした資料は、丁度戦艦の『姫』について記したものだった。

 

 

――『姫』級戦艦。通称、戦艦棲姫。

敵の中でも抜きん出た能力を持つ『鬼』級を超える、『姫』級の深海棲艦。

そして、他の『姫』級深海棲艦と比べても、桁違いの戦闘力を誇る。

 

ふむ、と一つ嘆息して、そして思う。

私は――

 

「あんな滅茶苦茶な相手と主力抜きで戦う。――そんな状況を、私は電達に任せたのね。

 ……駄目ね。まだ、考えが浅かった。もっと考えなくちゃ……もっと、私も強くならなくちゃ」

「……司令官」

 

私の呟きを聞いて、如月が私に目を向け――そして、手にしている本から

私がそう言った理由を察したのか、少しだけ俯く。

 

 

 

 

――AL/MI作戦。

AL列島への攻撃を陽動として、本命のMI島への制圧を行う2段構えの2正面作戦。

その作戦は、夕張と五月雨を中心にしたAL攻略部隊、

睦月と如月がそれぞれ旗艦を務める連合艦隊によるMI攻略部隊によって、成し遂げられた。

……そして、私もその連合艦隊に帯同していた。

装備を整え、睦月達の戦場での安全を可能な限り確保できるようにと。

 

けれど――

MI島の制圧、そして残敵の掃討。そこで終わるはずだった作戦は、それだけでは終わらなかった。

 

残敵の掃討の最中で、仕留めたと思っていた空母の『姫』を逃し。

その空母の『姫』と、私達の見落としていた何処かで、戦艦の『姫』が合流。

――そのまま、2体の『姫』は私達の……AL/MI作戦で主力を欠いたリンガ泊地の鎮守府を、強襲した。

 

皆、鎮守府を守るために必死に戦って。そして、響と榛名は特に酷い大怪我を負った。

今はもう、二人とも回復してくれている。けれど……もしも私達が戻ってくるのが遅かったら――。

そう考えると、恐ろしいとしか思えない。私達は本当に、紙一重の所にいたんだって。

 

 

 

 

「如月。私はね、思うのよ――もし、私があそこで空母の『姫』を止められるだけの火力を持っていたら、

 少なくとも『姫』をあの場で止める事は出来たかもしれない、って。

 ……夕張に武器を作ってもらっても、艦娘じゃない私の火力なんてたかが知れてるけど」

 

そう言って資料を閉じ、その手を腰に……

普段、夕張に作ってもらった手榴弾を収めている所に当てる。

それは、空母の『姫』を足止めする為に投げつけ、けれど何の役にも立てなかったモノ。

……その時の無力さを、後悔を思い出して軽く嘆息し、

 

「それだけじゃない。もし、『姫』がまだそれだけの力を残していると気付けたら。

 ううん、もっと前に――この鎮守府が強襲される可能性まで頭が回っていたら、って」

「それは、司令官だけのせいじゃないわ。だって、私達も気付けていなかったんだもの……」

 

 

俯いた如月は、提督である私だけの責任じゃないと、そう言おうとする。……けど、

 

 

「……言ったでしょ、如月。私はあんた達だけを、危険な戦場へ送り込むなんてできない。

 ただ椅子に座ってふんぞり返って、艦隊の帰還と報告を待ってるだけなんて、出来ない。

 ……そう言ってるのに、私は今回響達を危険に曝した。私は、それが許せない」

 

私は鎮守府の運営に……そして戦闘に必要なことの殆どを、皆に助けてもらっている。

……だから、と。私は、あの子達の為に出来る事をしたい。提督という立場を超えてでも、そうしたい。

そして、そんな私が、一番あの子達のためにできるのは……きっと、航路の、そして戦闘の安全を確保する事。

あの子達の安全に、責任を持つ事。そう、私は決めた。

 

 

 

その為に、睦月達と一緒に最前線に出て、敵戦力と海域を把握し――

あの子達が何度往く事になっても、帰ってこられるように。

 

今私のいるリンガではなく、かつて所属してた横須賀の鎮守府で、

――飛龍たちの補助として一緒に戦って、そこで得た経験と勘と、そして研究で。

徹底的に、あの子達の安全を追及する。

それが、戦術と人の使い方を座学で学んだ士官……ではない、『ただの兵士』から提督になった私が、

提督として……私なりの『提督』の形として、あの子達のために出来る事だと、そう思う。

 

 

 

 

「……もう。司令官は、頑固なんだから」

 

如月は、分かっているわ、と少しだけ呆れた目を向ける。

……まあ、そう思われても仕方ないわよね。

 

「御免ね、如月。……でも、私はもう十分助けてもらってるから。

 皆の安全くらいは、私に負わせて」

「……そう言われたら、私は断り切れないじゃない。

 そんな司令官と、睦月ちゃんに助けられて。私は過去を乗り越えて、未来を信じられる様になったんだもの。

 だから、司令官がそうしたいなら止めないけれど……でも、無理はしないでね?」

 

……そう言われると照れるわね。

と――そんな事を思っていると。如月が、歩く歩幅を少しだけずらして、

 

「でも、司令官の手助けはさせて貰うわよ?睦月ちゃんと一緒に、ね。

 それは、いいんでしょう?」

 

軽く、じゃれ合う程度の勢いで。私に身体をぶつけてくる。

……まあ、なんて答えのわかり切った質問をしてくるんだか、この義妹は。

だったら、望み通り答えてあげようじゃない。

 

 

 

「断る理由、ないでしょ?睦月は私の相棒でお嫁さんで、如月は参謀で義妹。

 ……身内なんだし、思いっきり頼るから、覚悟しなさいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね。そういえば、なんだけど――」

 

資料を抱えたまま、しばらく歩き。もう少しで執務室――という所で。

如月が、私に声を掛けてくる。

 

「何?……あんまり話してると、足元が疎かになって危ないわよ?」

「ああ、気にしないで。ちょっと気になる事があるだけなのよ。

 ね、司令官――」

 

 

 

 

 

「――睦月ちゃんとえっちなこと、しないのかしら?」

 

 

 

 

 

コケ―――――――――――そうになって、ギリギリで踏みとどまる。

いや、ちょ、ま、え、いやちょっと、

 

 

「な、なな、な……なんてこと聞いてくるのよ!?」

「だって、二人が結婚してからしばらく経ってるのに、そっちの方は何ともないみたいなんだもの。

 義妹としては、心配になるのよ?」

「いや、だからってその、ねえ……ね!?」

 

あ、うん、明らかに今私混乱してる。さっきまでの落ち着きが何処かへ行った。

とりあえず、落ち着こう。落ち着いて如月に答えないと。

軽く息を吸って、落ち着きを取り戻して――

 

「当たり障りのない返答じゃあなくて、司令官のほ・ん・ね。聞きたいかしら♪」

 

……取り戻す前に釘を刺された。

どう返答しようとしたかまで読まれてるんじゃ、仕方ない、かー……。はあ、とため息を一つ吐いて、

 

「いや、だって……私だって興味がないわけじゃないわよー……

 ない訳なんてないわよ、睦月可愛いんだもの。もっとべったりはしたいわよ。

 ……でも、それをする自信がないのよー……」

 

……言った。可能な限り秘めておきたかったそれを、言ってしまった。

しかも、これを睦月本人じゃなくて、義妹に言ってるのがすごく恥ずかしい。

いや、睦月にも言えないけど。なにこれ、新手の羞恥プレイ?

と、自分に自己嫌悪している私に、如月は――

 

「司令官ってば、慣れてない事には本当、臆病なんだから。

 ……もう、もっと睦月ちゃんに押し押しで行ってもいいのよ?」

 

臆病、と。正鵠を射た如月の言葉が、私に刺さる。

臆病。確かに、その表現が今の私には一番合っているかもしれない。

戦闘だったら慣れているから、こんなに焦る事ないんだけど――ね。

 

如月に問われ、止めていた足を……ゆっくりと動かす。

如月も、私に合わせて緩やかな足取りで歩きだす。……それを確認しながら、

 

「いや、分かってるんだけどね……でも、そうし辛い所もあるのよ……。

 押しで行って、抑えられなくなって……それでもし、睦月に嫌われたらどうしよう、って。

 そう思ったら、怖いのよ」

「……睦月ちゃんなら、そんな事ないと思うわよ?ちゃあんと受け止めてくれると思うわ」

 

と、如月が助け舟――助け舟?ほんとに助け舟かしら、これ。

まあ、そんなものを出してくる、けど……

 

 

 

「……私が、ダメなのよ。

 ずっと一緒に戦ってきて、戦友以上の関係になっていて。それで、結婚まではして――

 でも、そこから先が怖いのよ」

 

 

……再び、私の足が止まる。

 

 

如月の言うとおり。

そこから先を望んでいても、踏み出せない私は――本当に憶病なんだと、そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

――ふぅ、と。私のものじゃない溜め息が聞こえ、

 

 

「二人とも、臆病なんだから……もう。

 やっぱり、私が頑張らないとかしら」

 

……二人とも、って。如月がそう言った言葉の真意を聞こうとする――前に。

 

 

「――ごめんなさい、ちょっと資料を探すのに時間がかかっちゃった。

 さ、頑張りましょう、睦月ちゃん♪」

 

 

如月は、すぐそこにあった執務室の扉を開けていた。

……いつの間にか、執務室の目の前――この続きは、また今度、っていう事かしら、ね。

 

 

 

***

***

 

 

「ふーふふーん、ふふーふー♪」

「あら、御機嫌ね?睦月ちゃん」

「ふふふ……だって、お夕飯美味しく作れたんだよ?美味しい、って言ってもらえたし!」

 

 

――執務室のすぐ横に備え付けられた、簡易な台所。

そこで、私と睦月ちゃんはお皿を洗う。

 

AL/MI作戦の資料作りは、少し前に終わって……けれど、夜はもうとっぷりと更けていて。

皆のお夕飯の時間からは、ずれてしまっていた。

だから、私達はここで簡単なお夕飯を作って、3人で食べて……今はその、後片付け。

 

さぁ――と、睦月ちゃんの持つお皿の表面を、水が滑る。そして、お皿の表面に着いた泡が流れていく。

その水音に混じるように、

 

「じゃがいも~♪おっにく~♪ふーんふふーん~♪お塩ぱらぱらー♪」

 

睦月ちゃんが、楽しそうに歌う。

……ふふ♪

 

 

「そんなに御機嫌なら、さっきの事も大丈夫そうかしら?」

 

一枚、また一枚を洗い終え、最後の一枚を置いたタイミングを見計らって。

私は睦月ちゃんに声を掛ける。

 

これから、睦月ちゃんがちょっと驚いちゃうようなことを言うから。

だから、睦月ちゃんが安全な状態になるまで待ってあげないと、ね。怪我をしたら大変だもの。

 

「およ?……なあに、如月ちゃん?さっきの事って」

 

濡れたお皿を拭き終わった布巾を、睦月ちゃんはすすいで広げる。

そのまま、ぱん、と両側から伸ばして――

 

 

 

 

 

「だって睦月ちゃん、さっき司令官の事を名前で呼ぼうと頑張っていたでしょう?

 それくらい御機嫌なら、今度は大丈夫かしら、って♪」

 

 

 

 

 

 

び、と。睦月ちゃんの手元から、少しだけ高い音がした。

……あらあら、布巾割けちゃった。まだ、タイミング悪かったかしら?

 

 

***

 

 

――大好きな人に、頑張って作ったご飯を食べて貰えて。

美味しい、って言ってもらえて。うきうきした気分で、ご飯の後片付けをしていて。

片付けが終ったら、この後どうしようかな、なんて考えて。

そんな時――。

 

 

 

「だって睦月ちゃん、さっき司令官の事を名前で呼ぼうと頑張っていたでしょう?

 それくらい御機嫌なら、今度は大丈夫かしら、って♪」

 

 

 

如月ちゃんが、まるで睦月の心を見透かすみたいに、そう言った。

……な、なななななっ、なー!?

 

 

 

「ななな、なんで知ってるの如月ちゃんっ!?」

 

 

 

い、言ってないよね!?私、まだ誰にも言ってないよね!?

な、なんで如月ちゃん知ってるのぉ……っ!?

 

 

 

ふと気が付けば、布巾を掴んでた私の手はぎゅっと握られてて……って、あー!布巾割けちゃってるよぉ……。

……そんな事になった原因の如月ちゃんは、くすくす笑いながら私の方を見てるし!もうっ!

 

「そ、それで……なんで如月ちゃん知ってるの?睦月、まだ誰にも言ってないよね?」

 

ちょっとだけ、落ち着きを取り戻しながら。私は恐る恐る如月ちゃんに聞く。

そうしたら、如月ちゃんはふふ、と笑って、

 

「睦月ちゃんと司令官の事は、よく見てるもの。だから、すぐ気付いちゃうの。

 今日の睦月ちゃん、司令官の事を呼ぶ前に口籠ってたりしてて、すぐ分かったわよ?」

「……う、うぅーっ、しっかり見破られてる……。こんなところでばれちゃうなんて、予想外なのです……」

「まあまあ、いいじゃない♪

 ……それで、睦月ちゃんはどうして急に、そうしようと思ったのかしら?」

 

如月ちゃんが、まっすぐに私の目を見て。私の濡れた手を軽く握りながら、そう言う。

 

 

「……」

「…………う」

 

 

じっと。

 

 

「……ふふっ♪」

「……………………に、にゃ」

 

じっと、じーっと。

微笑ながら、如月ちゃんは私をじーっと見つめる。

うう、観念するしかない、のかなあ……。

 

 

「……あの、ね?」

 

 

一呼吸、おいて。ゆっくり喋る。焦って早口になったら、そのままパニックになりそうだから。

 

「て、てーとくの事、今まで睦月、そう呼んできたんだけど……ね?

 でも最近……それだけじゃ、なんだか足りない感じがしてきて。みんな、司令官や提督、って呼んでるし。

 それで、てーとくの事……名前で呼んでみようかな、って……っ」

 

わ、わわわ、わああ……!

か、顔……っ、ものすごく赤くなってる気がするよおっ!

 

「あらあら、睦月ちゃん可愛い……♪

 睦月ちゃんはお嫁さんになって、ますます可愛らしくなった気がするわぁ♪」

「き、如月ちゃんのいじめっ子ー!お姉ちゃんをからかったら、だ、ダメなんだよっ!」

「あら、からかってるつもりはなかったんだけど。ごめんね、睦月ちゃん?

 じゃあ――」

 

そう言いかけると。如月ちゃんは、にっこりと笑って――

 

 

「――ちょっとだけ、二人のお手伝い、しちゃおうかしら♪

 臆病な二人に、私からのお節介……ね?」

 

 

***

***

 

 

――ぼぅん、ぼぅん、と。執務室に備え付けた時計が、12回鐘を鳴らす。

日付は変わって、新しい一日の……午前、0時。

 

執務室の窓から見える限りでは、もう鎮守府に明かりのついている部屋はない。

きっと、夜警に出てる子達以外は皆就寝したの、かな。

 

 

 

本来なら、もう私達も明日に――いや、もう今日か。それに備えて、寝る時間。

私も、睦月と如月が部屋に戻るのを見送って寝るつもり……だったんだけど。

 

 

「…………」

「…………」

「……ふふっ♪」

 

 

執務室備え付けの台所から帰ってきて。――睦月が、なんだか様子がおかしい。

こっちの方をじいっと見て、

 

「あ、あの……ねっ!」

 

と、口を開いたかと思えば、

 

「…………っ、……ぅ」

 

……すぐまた、口を閉じて、黙ってしまう。

だけど、睦月が何かをしようとしてるのは分かってて。

その、睦月の様子が、その…………見てて、なんだか私も緊張してくるんだけど!

 

 

 

 

「――はぁい♪ベッドの用意、出来たわよ?」

 

 

 

 

え、と。見つめ合っていた私と睦月に対して横から掛けられた声に、一瞬、反応が遅れる。

……は?ベッド?なんで……?と、そう思い。

睦月の顔から、視線を外すのにだいぶ照れくささを感じながら……時間をかけてゆっくり外し、

如月の方へと向き直る。

 

 

 

 

 

――そこには。ただ、笑顔でこちらに微笑む如月の姿と、如月が抱える二人分のパジャマ。

シーツと掛布団が綺麗に整えられた執務室の……私のベッド。

 

               ・・

そして…………そこに並べられた2つの枕があった。

 

 

 

 

 

  ・・

……2つ。え、ちょっと待って、まさか、とそう思い。

私は、それを如月に問い質す、

 

「うふふ……、枕が二つあるの、不思議かしら?

 それはね、今日は司令官と睦月ちゃんには一緒に寝てもらおうと思って♪

 頑張ってね、睦月ちゃん♪あ、もちろん……司令官も、ね?」

 

前に。如月が、その答えを口にする。

……頑張れ、って、まさか。さっきの……話?

私と同じように、如月に『何か』を後押しされた睦月の顔はと言えば、

 

「――っ、……」

 

……これ以上なく、赤い。そしておそらくは、私の顔も同じくらい赤いだろう。

 

 

 

如月の目論見では。私と睦月を今晩一緒に寝かせて、『何か』を狙っている。

先程の私とのやり取りから考えるに、私達の関係を進展させるための『何か』を。

 

 

……ちょっと待って。

え、その『何か』って、もしかしなくても、その、え、ええええええええええええ、

うわ無理そんなの無理!っというか今でさえこんな顔赤くて心臓ばっくばくいってて、

私達の関係のもっと先ってそういう事でしょってねえうわ顔熱い胸痛い!

無理、無理、無理――――!

 

 

 

 

 

「それじゃあね、司令官、睦月ちゃん?私は部屋に戻――――」

 

 

 

 

 

「「待って!!!」」

 

 

 

私は、如月を呼び止める。呼び止めないと、このまま本当に睦月と二人きりになって、

どうかしてしまうと思ったから。――だけど、

 

「……え」

「え……?」

 

その声に、期せずして睦月の声が重なった。

先程まで向かい合っていた、真横の睦月の顔を見れば……私と声が重なった事を、意外だと。

そんな風な顔をしていた――けれど、すぐに私の目を真っ直ぐ見てくる。若干、泣きそうな目で。

 

……ああ、うん。睦月もそうなんだ、とちょっと納得して。互いに、頷きを返す。……赤い顔のままで。

そして、

 

 

 

「き、如月も一緒に!ここで!寝て行っていいのよ!?……ほらもう夜遅いし!」

「そ、そうだよ如月ちゃん!暗い廊下出歩くと危ないから睦月達とここで寝よ!ね!?

 ……っていうか――」

 

 

 

 

 

 

「「お願いだからここにいてぇ――――!!」」

 

 

 

 

 

 

……『今から2人きりにされる事』を想像し。私も、睦月も、顔がこれ以上ないくらい赤い状態になっていて。

耐えきれなくなった私達の情けない叫びが、執務室に響いた――。

 

 

 

***

***

 

 

「――もう。司令官も睦月ちゃんも、やっぱり臆病なんだから……。

 折角二人きりにしてあげようとしたのに」

「いや、ごめん……。でも、無理、無理だから……睦月と二人で寝るとか無理……」

「睦月も、ちょっとまだそこまでは勇気が出ないのです……。如月ちゃん、強引すぎるよお……」

 

 

――明りの消えた執務室。そこにあるベッドの中に、私達は3人で入っていた。

 

 

あの後、あくまでも私達を二人で寝させようとする如月を二人で説得し、

如月も今夜はここで私達と寝る、という事で納得してもらって……そして今、この状態になっている。

 

3人分の枕、3人分の身体。私を真ん中にして、右に睦月、左に如月が寝る形になっている。

さすがに普段一人で寝ているベッドに3人はやや狭く、大分体が密着するような形になる。

……睦月の肌がふれるだけで顔が赤くなりそうになるし、触れなくても体温を感じて、

やっぱり二人きりは無理よね……、と改めてそう思う。

 

 

「……えへへ、なんだか新鮮かもなのです。

 ベッドの中だけど、……て、提督と同じ目線の高さで寝るっていうのは、

 なんだか同じ身長になったみたいでどきどきするかも」

 

 

私の右側で、睦月がそう言う。な、成程……。

……というか、話してても近くてドキドキする。

 

 

「……それはちょっと照れるわね。そっか、そういえば目線の高さ違うのよね、私と睦月。

 私としては、今の睦月はすぐ撫でられてぎゅっとできていい感じなんだけど……」

 

私はそんな風に、思った事をそのまま言う。

すると睦月は顔を赤くしながら――

 

「そ、そそそそれはそれで睦月、嫌いじゃないんだけど……。

 でもやっぱり、大好きな人が普段何を見てるのか、おんなじ高さで見てみたいな、って思うんだよ?」

「…………」

 

……う。

そんなこと言われると……その、照れる。

ああもう、ほんと可愛いなあ……と、思う。

いつもより間近にいるから、声や動きでその可愛さを顕著にとらえていて。

その影響もあるのかもしれない……わね、今日の私。

 

 

「……あら、司令官照れちゃってるのかしら?

 うーん、私はお邪魔そうだし……やっぱり今からでも、睦月ちゃんと司令官を二人っきりにした方が――」

 

 

 

 

 

「「それは駄目――!」」

 

 

 

 

 

――そうして。

私達、3人の夜は……少し賑やかに、更けていった。

 

 

***

***

 

 

「…………ん」

 

 

――カーテンから差し込む薄い光で、目を覚まして。

まだ、皆が起きる時間には少し早いかな――と、そう思いながら、上半身を起き上がらせて、

 

 

「ふぁ……いつもより早く起きちゃった。いつもは如月ちゃんと同じくらいなのに」

 

 

あくびが出て、ちょっとだけ眠気を感じる。うーん、もしかしてよく寝られなかったのかな……。

……うん、こんな風にてーとくの近くで寝るの、久しぶりだからかも。

と、私がよく寝られなかった原因のてーとくの寝顔を見ていたら、

その向こうに見える安らかな寝顔も見えて、ちょっと苦笑する。

 

 

「……もう。如月ちゃんってば本当に強引なんだから。

 睦月もてーとくも、それじゃちょっと困っちゃうのです」

 

 

……でも、そんな風に世話を焼かれるのも楽しい、って感じてはいるんだよね。

それだけきっと、大切な人たちのそばに居られるのが、嬉しいっていう事、なんだよね。

 

 

 

 

 

 

……いつもの私達の起床時間には、まだ少し早い。

もう少し、日が昇ってからでも……二人を起こすのは遅くない、よね。うん。

 

 

だからそれまで、少しだけ――二人の寝顔を、見ていることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ね、てーとく。

睦月はね……大好きな人達が頑張ってるから、頑張れるんだよ?

それで、てーとくは、睦月にとってすごく凄く大好きな人で……だから。

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 

『大好き』の、もう一歩先へ行こうかなって、そう思って。

起きていないことを確認して、そっと名前を呼んで――こっそり、大好きな人の頬にキスをした。


 
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