No.744112

混沌王は異界の力を求める 24

布津さん

第24話 先の見える見えない波乱

2014-12-17 17:11:41 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:4854   閲覧ユーザー数:4718

現在時刻は地球時間で言う所の午前七時。多くの人間がその日一日の行動を開始する時刻だ。一部例外もあるが殆どの人間はそうだ。そんな時間に人修羅は独り、聖王教会の屋根の上で胡座を組んでじっとしていた。結局自分となのは達は聖王教会で一夜を過ごすことになった。自分だけは先に戻っていても良かったが、個人的にあの少女が気になる為、ここに残った。

 

「………」

 

視線の先には昇ったばかりの太陽がある。しかし、その大光源を直視しても人修羅は別段眼を細めたりも、視界を遮ろうともしていなかった、必要がないからだ。魔人は己の視界に入る光の量を、自らで調整することが出来る。殺戮種族であるが故に、明所暗所の区別無く殺戮を行う為の補助だと人修羅は考えているが、真実は定かではない。

 

「見つけましたですよー」

 

朝方に黄昏れるという、ナチュラルに矛盾した行動を行っている人修羅の元に一つの声が来た。人修羅が首を動かすこと無く視線を向けるとそこには三十センチ程度の、小さな人影があった。リインフォースだ

 

「ああ、お前か」

 

「もうすぐ朝ご飯ですよー」

 

「……あー」

 

言われた言葉にそういえば言うのを忘れていたな、と心の中で僅かに申し訳ない気が産まれる。

 

「いいや、俺は朝食は取らねえ」

 

「? なんでですか?」

 

「俺はなるたけ、食事は取らないようにしている、マガツヒが濁るからな。俺のマガツヒは俺を通して、俺の仲魔全員に供給されるんだ。中には偏食家や悪食も居てな、そういう奴等のためになるべくマガツヒの味を濁らせぬようにしてるんだよ」

 

「そーなんですか? 確かに人修羅さんが何か食べてるとこ、見たこと無いですけど」

 

そう言ってリインが正面に回って来た。朝食の呼び出しは終えたというのに、未だ俺と話がしたいらしい、断る理由はこれといって特にない。

 

「朝食なんだろ? お前はいいのか?」

 

「リインはもう済ませましたです」

 

小さな姿が、こちらと視線の先を共にする。

 

「人修羅さん、屋根に登って何してるですかー?」

 

「眺めてんだよ」

 

「何をですかー?」

 

「この世界」

 

「?」

 

「俺達が拠点にしている世界はな、ここと違って緑なんか殆ど無いし、肥沃な土地も無い。そもそも空が無え。海は自分達で造ったが空は無理だった」

 

「……? ———??」

 

「まあ、閉じた世界なんだよ。重力が外を向いてんだ。上を見ると反対側の大地が見える」

 

「はー、変わった世界なんですねー」

 

「昔はそうでもなかったんだがね。だからこうしてじっくり空を見上げることなんて、暫く無かったからな」

 

そう言って再び空を見た、が、すぐに視線を落とす、聖王教会の中庭にだ。

 

「なあ、話に聞いた程度なんだが、あれが教会騎士団か?」

 

「んー? はい、そうですよー」

 

中庭では装甲を纏った数名の男が、シャッハと何かを会話している。流石に少々距離がある為、何の話は聴き取れないが、聴こうと思えば聴ける。しかし、意図して聴く程でもないと聴覚超過はやめておく。

 

「あいつ等って、どのくらいやれんだ?」

 

「リインの知ってる中で一番なのは、やっぱり騎士カリムの身辺護衛も任されている騎士シャッハですねー。他の人達も皆、空戦陸戦のどちらかでAランク以上の資格を持った人ばかりですよー」

 

「そうか……」

 

Aランク以上、それが強いのか弱いのか己には良く分からない。否、強いことは強いのだろう。以前の全力試験戦闘で、Sランクだというなのはとフェイトが、メルキセデクと、手を抜いていたとはいえセトを倒したのを考えれば、それの少し下というAランクが並に強いことは解る。しかし、自分を基準に考えることが出来ないからか、Aランクと言われても、どうにも頭をひねるばかりだ。

 

「人修羅さんー?」

 

「ん、ああ悪い。何だ?」

 

小さな蒼眼がこちらを覗いていた。

 

「前から聞いてみたいことがあったんですけどいいですかー?」

 

「ああ」

 

「トールさんとか、昨日の思念体さん……? でしたっけ? その方も人修羅さんの事を王様って呼んでますけど、人修羅さんって王様なんですかー?」

 

その問いに、脳内で複数の自問自答が行われた。

 

(王……ねえ……)

 

どうなのだろうか。確かに己は膨大な数の悪魔を従えている。元々ルシファーや、他世界の悪魔の部下であった者が大半だが、その者達も自分の下に付いているのだから支配者、という意味では王といっても良いのかもしれない。

 

(けどなぁ……)

 

王を自称したことは無い。いや、それ以前に“人修羅”の名すら自分で名乗ったものでは無いのだ。混沌王しかり、修羅王しかり、魔教皇しかり、今他者から呼ばれる殆どの名は、自分にとっては武勲が独り歩きして生まれた二つ名だ。都合が良いから二つ名の一つである人修羅を名乗っているだけだ。最も古い付き合いのピクシーですら、周囲に合わせて人修羅と呼ぶ。“名前”を最後に呼ばれたのが何時かは、記憶に残らぬほど昔だ。己の時間は、あの世界からずっと止まったままだ。

 

(だが)

 

己の仲魔を思えば、やはり王なのだろう。仲魔は皆、文句は言いながらも己の指示には従うし、それに何より、あの世界の有様を客観的に見れば、人修羅という者が、王で無い事の方がおかしい。

 

「王、なんだろうなぁ……」

 

一応の結論を得、リインにそう返した。

 

「はー! ホントにそうだったですか。ならもう一つ良いですか?」

 

「おう」

 

「人修羅さんが王様なら、 こんなに長く、こっちに居て良いですか?」

 

「……ああ」

 

それならば問題は無い。

 

「俺の代理機関がある。俺が不在だったり、万が一に俺が機能停止して、指示を出すことが不可能になったときに、一部の仲魔が代理を行う。あいつ等は仲魔の内じゃ最上位だから、従わない奴もいない。まあピクシーはこっち来てるし、ルイは行方不明。アマテラスは引きこもってて、シヴァとデミウルゴスは外に出てて、一人は意識不明だから……今は半分で機能してるのか……———機能してるのか?」

 

「リインに聞かないで下さいよ!」

 

若干不安になった。近いうちに一度戻ってみようという思いを胸に抱きつつ、視線を中庭に戻す。見れば、いつの間にか騎士団の姿は無くなっていた。

 

「……?」

 

しかし中庭ではなく、教会の入り口近辺、駐車場諸々がある箇所に別の姿があった。なのはとフェイト、シグナム、そしてシャッハだ。遠目からでも、彼女等が肩で息をし、何か焦ったように表情を動かしている。

 

「何かあったんでしょーか?」

 

こちらの視線を追い、リインがそう言う。何が起こったのかはここから聴覚超過をすれば済むが、もっと手早い方法がある。

 

「行ってみるか……お前は?」

 

「私ははやてちゃんのところに戻りますよー」

 

「そうか、じゃ、後で」

 

胡坐をそのままバネに、完全な直線で目標へ跳躍する。

 

 

「どうでしたか!?」

 

「ダメです見つかりません」

 

「こちらも同様だ。影も形もない」

 

「そうですか……有難うございます」

 

シグナム、なのは、フェイトの三名が、眼前で首を振る姿を見て、思わず己の眉尻が下がった。纏う修道女服がやけに重く感じる。

 

「……やはりもう一度探しましょう。今度は建物外も含め———」

 

眼前で語られるなのはの言葉が、しかしいきなり割り込んで来た高音に遮られた。物体が空を高速で移動する際に発生する独特の音、風切り音によってだ。

 

「!?」

 

こちらへ高速で飛来して来た何かが、僅かな音のみを持っていきなり背後に着弾した。

 

「人修羅さん、如何しました?」

 

速度は高速、事象は突然だった。しかしそれに驚いたのは、どうやら己だけのようで、なのはやフェイトは当たり前のように対応を開始している。

 

「慣れたなお前等も、まいいや。上からお前等の様子が見えたから来てみたが、厄介事か?」

 

屈んだ姿勢から脚を伸ばし、立ち上がりながら彼、人修羅はそう言った。

 

「……すみません、我々の不手際が有りまして……」

 

言いたいことは幾つかあったが、そんな空気ではない、今はそれよりも優先すべきことが有る。

 

「あの娘が居なくなりました。騎士団の朝礼と、なのはさん達の朝食が重なる僅かな時間を狙ったものかと」

 

こちらの言葉に人修羅はふむ、と教会を一瞥すると尋ねて来た。

 

「室内で何か変化は? 窓の破砕等は?」

 

「いえ、そういった物は特に………あっ、一つありました。少女のベットに備え付けられていたウサギのヌイグルミが無くなっています」

 

「一応聞くけど対応は?」

 

「各経路の封鎖、それに万一に備え、騎士団を武装状態で待機させています」

 

「なるほどね、まあ妥当だ。未だあの娘の素性ははっきりしてない、備えておいて困ることは無い」

 

「私はそこまでする必要は無いと思うんですけど……」

 

「あの娘の昨日の様子を見る限り、そこまで備える必要は、ちょっと……」

 

「それは昨日のアレを見た奴だけが言える言葉だ、見てない奴にとってはベターな対応だよ」

 

なのはとフェイトが人修羅とそう言った。だが、昨日のアレとやらを見ていない自分には何も言えないし、対応を変えることも出来ない。

 

「教会の敷地外という可能性は?」

 

「それはありません。敷地内への出入りは……以前のラクシャーサのように、よほど余計な方法で行わなければ、私が感知できるようになっています。その反応は未だ無し、内部で転移魔法やの透過魔法の反応も出ていませんので」

 

「つまり、敷地内ね」

 

「お伺いしますが、人修羅さんは対象の感知能力等は備えていますか?」

 

「生憎と無え、殺気を向けられていれば何処に居ようが分かるが、そうでないなら俺には無理だ……セトが居れば良かったんだが」

 

「手分けして探すしか無いですね」

 

「そうだな、了解した」

 

その言葉に頷き、その場の五名は散開した。

 

 

聖王教会は横から見れば西洋風の教会であるが、上空から見るとロの字のような造形をしている。特に打ち合わせた訳でもないが、各々は完全に場の役割を分担して探索を開始した。フェイトは西側、シグナムは東側、シャッハは南側、人修羅は北側。

 

「っと……」

 

そして自分は中側だ。中側には主に聖王教会のそれぞれの施設の行き来を行うための廊下が四方に設置されていて、それに囲われた作りになっている。

 

「……あれ?」

 

先ほどは教会内の詮索が主で、外回りの施設は殆ど眼を向けていなかった。ふと、整備された土道沿いの庭草に眼を向け、気が付いた。一列に乱れなく並べられた帚木の連なりに、一カ所だけ破れている箇所があったのだ。

 

「……?」

 

不審を覚え、帚木に近づく。すると、その帚木は何か、一メートル強のものが無理やり通り抜けたかのように、不自然な大穴が空いていた。

 

「………」

 

帚木の連なりを迂回し、裏側に回り込む。するとそこには予想通り、あの少女が蹲っていた。何やら、何かを探すように周囲の地面に視線を走らせている。遠目からでも衣服のあちこちが擦り切れ、綺麗な肌にも擦過傷があるのが分かる。

 

「……やっと見つけた」

 

「!」

 

少女がこちら向いた。その顔は砂汚れに塗れており、紅瞳と碧瞳の眼には涙が浮いている。少女を警戒させぬように、目線が同じほどになるまでに身体を屈め片膝をつき、言葉を重ねる。

 

「探したんだよ?」

 

「……!」

 

少女が抱き付いてきた、昨日の様に大泣きこそしないものの、口からは絶えず啜り泣きが漏れている。

 

「お名前、言える?」

 

「……ヴィヴィオ」

 

嗚咽の中にそう言った少女———ヴィヴィオは、そこからは何も言わずただ泣いているだけだった。

 

「ねえどうしたの? 何か探してるの?」

 

言葉にヴィヴィオは頷きはしたが、言葉は生まれない。だがそこに。

 

「ヴィンデルシャフトッ!!」

 

ヴィヴィオのものではない咆哮が来た。

 

 

発見したのは偶然だった。南側の探索を終え、他の箇所の探索を手助けするために、中側を通ろうとしたとき、なのはと共にいる少女を発見したのだ。正体不明のあの少女には、どんな危険が潜んでいるか分からない。それを危惧し、少女には細心の注意を払うべきである。しかし何故かは分からないが、なのはとフェイトは少女を妙に庇っている。寧ろこちらの意見と同じと言えるのは人修羅くらいだった。少女が妙な行動に出たのなら、例えどんな行為であろうと、即座に対応しなければならない、

 

「逆巻け……ヴィンデルシャフトッ!!」

 

ならばこれは必須だ、何かあってからでは遅いのだ。叫びと共に双の手に重量、刃と呼ぶことすら憚れる極圧の金属が出現する。

 

「なのはさんっ!」

 

名を呼ぶ声に怒号が混ざるのが、自分でも分かった。しかしそれで良いのだ。あの少女が敵だった場合、なのはが害される恐れがあるからだ、威嚇の意味も込め、吠えるように言葉を吐き出す。

 

重心を下げた姿勢から踏み出す脚は、一歩目から超加速。壁を柱を透過し貫通、そしてなのはと付近にまで一気に迫る。風圧と共に着地、そしてすぐに動き出せるように構える、だが。

 

「ひっ……!」

 

眼前の少女は怯えた声を出すと、なのはの衣服を掴む力を強めた。その身を隠すようになのはの身体の裏に隠れる。

 

「シスターシャッハ、大丈夫ですよ。この娘には危険はありませんから」

 

「しかし……」

 

抗議の言葉を述べようとしたとき、突然別の声が来た。

 

「だよな、それが普通の考え方だよなあ」

 

人修羅の声だ。しかしその声は奇妙にくぐもっており、どこから聞こえてくるのか分からない。しかし、その答えはすぐに来た、近くの帚木の根元から、人修羅が土を掻き分け、地面からその姿を現したのだ。

 

「って、えー……土の中ですか……」

 

なのはが、声に呆れを隠そうともせずに言った。

 

「崇高な熟考の果てだ」

 

土中から現れたにも関わらず、その身に土塊一つ付けない人修羅は軽い口調でそう返した。

 

「まだ信用しきれてないのに、信頼を寄せる方がおかしい。それが普通だと思うんだがなぁ」

 

人修羅は己の通って来たトンネルを埋め直し、そして軽い足取りで少女の元に近づくと、なのはと同じように姿勢を低くし、少女と視線を合わせた。

 

「ほら」

 

警戒の色を見せる少女に、人修羅はその手に持っていた物を差し出した。それは少女の寝ていたベットに備えられていて、紛失していたヌイグルミだった。

 

「あっ……」

 

だが、ウサギのヌイグルミは少女が紛失した際かその後か、各所が土に汚れ、どこかで切ったのか右の耳が消失していた。

 

「………」

 

手渡された際は明るくなった少女の表情が、再び暗さを取り戻し、各所に潤んだもの宿していく。それを見て人修羅は、ああ、と頷きヌイグルミに手を添えて、素早く唱えた。

 

『ディア』

 

瞬間、時間を逆再生したかのようにヌイグルミの汚れが薄れて消え、耳が生えるように出現した。

 

「ついでだ、と」

 

ヌイグルミを修復した手をそのままに、今度は少女の頭に手を翳すと再び唱えた。

 

『ディア』

 

同じように、少女の擦過傷や衣服のささくれが消失する。

 

「ほら」

 

再度、人修羅はヌイグルミを手渡した。

 

「………」

 

それを少女は恐る恐ると言った様子だったが、受け取る。

 

「任せられるか?」

 

「分かりました」

 

なのはと人修羅はそれだけを短く交わすと、頷き合った。なのはは少女を抱えたまま立ち上がるとその場を去った。

 

「大丈夫なんでしょうか?」

 

第一に発生した疑問を口にした。人修羅は自分と同じく、あの少女を危険視していたはずだ。

 

「問題無えさ、あいつの言ったように、今のところ緊急的な危険は無い。俺はまだ聞いていないんだが、そっちの検査ではあの娘に何か出たのか?」

 

「いえ、これと言って特には、強いて上げるとするならば、魔力の値が非常に高い位ですが、それも常識の範囲内、年相応です」

 

「こっちも変わんねえな、マガツヒの保有量と濃さが非常に高い……だが、やはり常人の範囲内だ。異常の範疇には無い」

 

「しかし、何が潜んでいるか……」

 

「その意見も最もだが、今あの娘からはこれ以上何の情報も出ねえ、なら警戒はしても敵視はしなくていいだろ。そう喧々すんな」

 

言って人修羅は肩を竦めた。

 

「あ、おったおった」

 

そこに新たな声が来た。そちらを見れば、はやてを先頭に、フェイトとシグナムが来た。

 

「あれ、なのはちゃんは? おらへんの?」

 

「入れ違いでたった今居なくなった」

 

「そか、タイミング悪いなあ……」

 

はやては苦い笑みを浮かべた。

 

「それで何のようだ?」

 

「ん、実はな、ついさっき今六課の方にクロノ君が来たって通信があってな。それでな、クロノ君がちょーと嫌な報告を持って来てるんや」

 

「成るほど、あっちもタイミングが悪かったと、それで、それは今聴けることか?」

 

「あー……概要だけで、私も詳しいことは聞いとらん。何でもわたしと、なのはちゃん、フェイトちゃんの三隊長に伝えたいことらしいや」

 

ふーん、と人修羅は何かを考えるように、腕を組んだ。

 

「それで、目的の三人は全員ここだ。あいつがこっちに来るのか?」

 

「いや、これから大急ぎで帰還や、人修羅さんも準備してな」

 

「俺はこの身一つだよ」

 

人修羅がおどけてみせた。

 

「了解しました、お見送りさせていただきます」

 

客人の見送りは勤めの一つだ。自分は仕事として当たり前の事を言った。しかしはやては、それに対して首を捻った。

 

「え? シスターシャッハ何言うてん」

 

「え?」

 

「いや、カリムも行く言うてるから、一緒かと思ったんやけど……」

 

「………!?」

 

初耳だ。

 

「主、あの娘はどうするのだ?」

 

「六課に連れてくしかないやろね、一応検査では特に危険はなかったわけやけど」

 

「しかし、お前等の検査、俺の探査、そのどちらにも引っかからない新種の術を宿している可能性も、あり得ないとは言い切れない」

 

「そやね、長期の受け入れ先を見つけるんも苦労やし、それに何より、その娘がまたスカリエッティ側に襲われたら、色々と厄介や。それに付随する責任問題も含めて、な」

 

「やっぱり、暫くの間は聖王教会か六課で預かるべきですね」

 

「だな、ちなみに言っておくとあの娘は既に、聖王教会で預かるのは無理だ」

 

「理由は?」

 

「聴かなくても分かるだろ?」

 

「……ですね、ほとんど人修羅さんの所為な気がしますけど!」

 

「ははは!」

 

言葉を失った数秒の間に、眼前で会話が高速で進んだ。次に言葉を取り戻したときは、はやて等がこちらに手を振ったときだった。

 

「あっ……」

 

短い言葉が口から洩れた。がそれに付随する意味はなにもない。

 

「お前も苦労してそうだな……」

 

去り際に人修羅がそう言った。

 

「………」

 

一人となった。しかしここに居ても何もない。いきなりではあるが、準備のために自室へと駆けた。

 

 

聖王教会でそれぞれが世界移動の準備をしている頃、六課本部のデスクルームでは、スバルとティアナがキーボードを叩いていた。作成しているのは昨日のレリック確保作戦の報告書だ

 

「……ティア〜」

 

力の抜けた声で名を呼ぶスバルに対し、モニタから一切眼を離さずに返す。

 

「……あによ?」

 

「あれってあたし達に対する嫌がらせなのかなあ?」

 

「言わないでよ、あたしそっちを見ないようにしてるのに」

 

溜息を混ぜるように声を出した。自分達両名からデスクトップを挟んだ正面、そこには三人用の中型ソファが設置されている。今それには使用者がいた、三人分の幅全てを使い、毛布を肩までかけた姿で、静かに寝息を立てている者がが居る。セトだ。

 

「ここで寝なくてもいいのに〜」

 

スバルが愚痴を漏らす、その手はキーボードを叩く作業を止めているが、それを咎める気にもならなかった。

 

「いつものことでしょ? 今更気にしてもしかたないわよ」

 

「そうだけどさぁ……」

 

セトの睡眠癖は最早六課中に広まっている。深夜に、廊下や食堂で寝ている姿を、見回りのヴァイスやグリフィスに発見され、人修羅やメルキセデクの世話になったのも一度や二度では無いらしい、

 

「セトさん、もしかしてあれなのかな? 何だっけ……ナレ……ナル…コ……?」

 

「ナルコレプシー、過眠症よ。あたし昔ちょっと勉強したからしってるけど、でも、それとは違うみたいよ。セトさん普段から結構眠そうにしてるけど、訓練や戦闘のときはそんな事一切ないし、それに人間(あたしたち)の病気や疾病が悪魔(あっち)にあるかどうかは分からないし」

 

「どうなんだろ? 昨日聖王教会でセトさん毒は効くみたいなことは言ってたけど、風邪とかもあるのかな?」

 

「さあね、それは聞いてみないと」

 

「……どっちにしても、ここで寝ないでくれないかなぁ。あたし昨日あんまり寝てないのに」

 

そう言ってスバルは眇でセトを睨んだ。無論、熟睡中のセトからは何の反応も返ってこない。

 

「それはアンタが昨日の内に、報告書を概要だけでも済ませておかなかったから、今日にまで縺れ込んだからでしょ」

 

「ティアだって」

 

「そもそもどうやって書けっていうのかしらね」

 

気付けば自分もタイピングの手が止まっている。

 

「ティア……やっぱりこいつ等って……」

 

「……そうね、あんたがそうだって思うならそうなんでしょ。お姉さんとは話さなかったの?」

 

「うん」

 

スバルのモニタには昨日都市で遭遇した、ドライスーツを纏った四名の人物が写っていた。

 

「ミッド、ベルカのどちらとも違う特殊な魔法陣。加え、デバイスとは違う特殊武装。そういうことなんでしょう」

 

「………」

 

スバルは口を閉じた。沈黙が降りる、この話題に対してはスバルはあまり饒舌には成らないし、自分も事情を知っているだけに、あまり深く話そうとは思わない。それに、報告書が書けない理由は、それだけではないのだ。

 

「敵悪魔と交戦、小規模とはいえ都市一つを消滅させられるも、数分後に修復終了? 自分で言ってて意味分かんないわ」

 

人修羅の能力は元より、アリスの能力も狂気の一言だ。魔導師ランクS以上同士が本気で戦闘を行えば、都市一つが消滅すると言われているが、それは全力の果ての話だ。魔法一発で都市を消すなど尋常ではない。

 

「ねえスバル」

 

止まった手を何とか動かし徐々に文を連ねながら、動かないスバルに声を向ける。

 

「昨日の昼に話したこと覚えてる?」

 

「んー?」

 

「悪魔が色々と説明出来ない存在って話」

 

「ああうん、覚えてる覚えてる。それが何?」

 

「あれからちょっと考えてみたんだけど、昨日オーディンさんから話を聞いてるときに引っ掛かったんだけど、何か、あっちの情報……っていうか、人修羅さんの事って、なんて言うのかな、小出しに解って来てる気がするのよね」

 

「……? どういうこと?」

 

「あのさ、悪魔の情報って全部人修羅さん達から来てるじゃない」

 

「うん、他に誰も悪魔について詳しくないし、それはそうだよ」

 

「敵対する悪魔については解って来てる。でも、人修羅さんや他の悪魔達、だいそうじょうさんやメルキセデクさんの事を、よく考えたらあたし達は何も知らない」

 

「でもそれはあたし達だってそうでしょティア。例えばあたしのこの身体のことだって、ティア以外は、なのはさんも知らないはずだし」

 

スバルが己の心臓のある位置を、軽く拳で叩いた。

 

「それはあんたが話す気がないだけでしょ? でも向こうは違う、今のところ話してくれるのはオーディンさんだけだけど、事あるごとに理由をつけて人修羅さんの事を話してくれる。彼個人で勝手にやってる事かもと思ったけど、一緒に聞いてるメルキセデクさんもセトさんも、止めるような事はしないし」

 

「それで? ティアはそれがどう引っ掛かるの?」

 

「あたしの気のせいかもしれないけど、向こうはあたし達に人修羅さんの事を、理解させようとしている。そんなふうに感じるのよね。しかも、人修羅さんの見えないところで。昨日だってオーディンさん最後に何か言おうとしてたのに、人修羅さんが乱入したとたんに口を閉じたでしょ」

 

んー? とスバルが首を捻った。

 

「しかも、親友を殺した、とか、死そのものだ、とか。意図的に人修羅さんをあたし達から引き離そうとしてるような話題ばっかりの様に思えるのよ」

 

「……流石に気のせいじゃないティア?」

 

「……そうかもね、あたしも言ってて自信なくした」

 

自分の自嘲の笑みを作る原因を感じながらタイピングを進める。直後、いきなりモニタに予期せぬ警告が来た。

 

「!?」

 

赤の点滅と、等間隔で鳴るアラーム。そして覆い尽くすように表示される“INTRUDER”の文字、これが意味するところは勘違いするまでも無く一つだ。

 

「敵襲!?」

 

椅子を蹴り飛ばし、スバルと共に駆ける。空間モニタを見れば、来襲ポイントは建物のど真ん中、中庭だ。確かそこには人修羅さんが設置した、ドラム缶のような妙な装置があったはずだ。

 

「急ぐよ!」

 

スバルとほぼ同時にデバイスを展開。光とともに、クロスミラージュとマッハキャリバーは数秒でその姿を現す。

 

「隊長達と人修羅さんが居ないこのときに……!!」

 

毒づきを最後にデスク室を抜ける。急いでいた故に気付かなかった。その直前にセトがその身を起こし、眠そうに眼を擦りながら呟いたその一言を。

 

「……? あれ? 何であいつ来てるの?」

 

 

時は僅かに遡り、六課の訓練場。普段ならばシグナムとスルトが刃を交えているこの時間帯、シグナムの不在により、この日は別の者達が使用していた。

 

「それで? 私をわざわざ呼び出して、教えを賜りたいとは、何を考えているのです?」

 

腕を組んでそう言うのはメルキセデク。そして、そう言われるのはトール。その両名が荒野に姿を変えた訓練場に座していた。

 

「物理戦闘においては、私と貴方ではスタイルが違いすぎるでしょう? 私が役立てるとは思えぬのですが」

 

「理解している。貴様に尋ねたいのは戦闘方法ではない、戦闘術だ」

 

「ふむ?」

 

とメルキセデクは腕を組み直した。互いの戦種は格闘術と槌術。攻撃属性が打撃主体と言う以外には殆ど共通性の見られない両者だが、メルキセデクとトールは、どのような戦種も細部の身体運びや、脚捌きで共通する部分があることを知っている。故にそれの類だと思っていたメルキセデクは、戦闘術と言ったトールに疑問符の付いた声を返した。

 

「真っ正面から物理攻撃を受けたとき、無効化する術は有るか?」

 

「ふむ? 詳しくお願いします」

 

「以前、ピクシーにやられたのだ。奴に叩き込んだ槌を正面から無効化された。記憶が正しければ、奴に物理耐性は無かったはずなのにだ。『蛮力の壁』や『譲りの盾』を張った様子はなかった。いや、それ以前に殴った衝撃がなかったのだ、槌は奴に直撃して停止したにも関わらずだ」

 

「ふむ……何故姐さんと戦闘しているかは聞かないでおきましょうか。まず考えられる硬化ですかね。しかし、貴方の感じた感覚は、殴った衝撃が無かったのでしょう? ならこれは有りませんし、次案の身代わりもないですね。だとしたら、考えられるのは二つ、ですかね。私の中には」

 

「それは?」

 

「一つ目は完全な見切り。もう一つは衝撃の転送です」

 

「詳しく聞こう」

 

いいですか? とメルキセデクは前置きをつくると、腰を落とし防御の構えをとった。

 

「一つ目、完全な見切りですが、口で言うよりもまずやった方が早いですよね……私に向かって槌の打撃をお願い出来ますか? あ、軽くですよ?」

 

言った直後にトールはメルキセデクにミョルニルをぶち込んだ。全力でだ。

 

「む!?」

 

トールの手には殴った感触が無かった。見ると、一点に合わせたメルキセデクの五指がミョルニルを止めていた。

 

「と、今のが完全な見切りです……というか全力で殴りましたね今」

 

「今何をしたのだ?」

 

「聞いてないですね貴方……まいいですけど。簡単に言えば、攻撃の流れのど真ん中を押さえたんです。流れる水の中央に、三角形の異物を置くと水がどう動くかと、そういうことです。今貴方の放った打撃エネルギーは、私の五指から背後に抜けました」

 

メルキセデクが親指で己の背後を指し示した。そこにはトールの放った衝撃の結果だろう。数メートル程離れていた位置に鎮座していた巨岩が砕かれていた。

 

「しかし、文字通りこれは完全な見切り。相手の攻撃が来る前にどのように流れて来るかを把握し、そして流れのど真ん中を止めなければなりません。私だって実戦では出来ませんよ、避ける方が良い。出来るのは我が主や、姐さんのような最上級の方々くらいですよ」

 

「それで? もう一つの衝撃の転送とは?」

 

「字の通りです。殴られた瞬間にそのダメージを別箇所へ転送、身代わってもらうことで攻撃を無力化する方法です……私は出来ませんから実演は無理ですよ」

 

言い切ったメルキセデクに、トールを腕を組んで一息ついた。

 

「それで? 何故いきなり? 貴方なら聞きに来てもおかしくはないですが、それでもミッドチルダ(こちら)に居る間は、貴方のプライドからあり得ないと思っていたのですが。仮にも特上の武神であるならば」

 

「うむ、我も昨日までもそう思っていた、少し時間を開けても良いかと思っていた。だが、そうはいかなくなったのだ」

 

「訳を聞いても?」

 

メルキセデクの問いに、トールは一拍どころか、数拍を置いた後に言った。

 

「魔人アリスが同じことをした。我の打撃を正面から無効化したのだ」

 

「………む」

 

「根本から奴は強い。そして我とスルトの見立てから、魔法に対する耐性はかなり高い。ならば物理による攻撃しか無いが、奴はそれを耐性以外の方法で無効化する……次に我が主が不在の際に、奴に攻められたとき、勝利を得るまで往かずとも、時間を稼ぐ程度にはできねばならん」

 

「なるほど、しかし、彼女に挑むのは私達だけでは無いのでしょう? ここの方々がいるじゃないですか」

 

「魔人に向かわせる気か? それが死に向かわせることと同義ということくらいは分かっているだろう?」

 

「それほど長いことこの世界に居る訳じゃ有りませんけど、彼女達なら、間違いなく我が主が許さなくても、魔人に挑むでしょう。昨日はスルト達が無理に帰還させたようですが、次が有れば間違いなく彼女達は往きます」

 

「貴様は随分とここの者達を気にっているようだな」

 

笑みを含んだトールの声に、メルキセデクはそれ以上の笑みで答えた。

 

「ええ勿論。彼女達ほど私達に対して対等に扱ってくれる方に今までであったことがありませんでしたから。私が人間であった頃も含めてです……もしかしたら、本当の意味で、彼女達と肩を並べる日が訪れるかもしれませんね」

 

メルキセデクが肩を揺らしてそう言った。そのとき。

 

『あの……どなたかいらっしゃいます?』

 

不意にだ、メルキセデクとトールの脳に女性の声が来た。

 

「? 貴様か、何の用だ?」

 

『はい、実は主人(あるじ)様の御要求で、幾つかの報告書等を持って来たのですが……主人様は御不在なのでしょうか?』

 

「うむ、しかし直に来るだろう。こちらの容量もピクシーはここに居ない。問題は無いだろう、ターミナルを通ってこちらに入って来い。我が主の令ならば問題あるまい」

 

『分かりましたわ雷槌』

 

「……ただの荷運びにあなた様が来るとは……」

 

『いいのですよ正義の王。(わたくし)自身が名乗り出たのですから。私も、いえ私達もそちらの世界に興味を持っているのです』

 

「……貴女らしい」

 

『ふふ、褒め言葉として受け取っておきましょう。では後ほど』

 

それを最後に、声は聞こえなくなった。

 

「トール、今ターミナルの周囲は誰かいましたっけ?」

 

「セトが居るだろう」

 

「寝てると、思います?」

 

「議論するまでもない」

 

そのときだ、いきなり訓練場全域に間隔の短い赤の点滅と、甲高いサイレンが鳴り響いた。そしてそれに続くのは館内放送だ。

 

『緊急! 外部から侵入者です! 位置は中庭中央! 戦闘可能な局員は至急現場に向かってください!』

 

焦ったようなシャーリーの声がスピーカーから響いて来た。その声を聞き、大天使と鬼神は一拍どころか、ゆうに数十秒の時間停止した。そしてその後にギシギシと音の立ちそうな動作で、メルキセデクが声を絞り出した。

 

「………ああ、そういえば私達以外の悪魔には警報が鳴るようになってたんでしたっけ」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「あの……」

 

「行くぞ……」

 

「……了解」

 

『スクカジャ』

 

応答と同時にメルキセデクは加速魔法を入れた。全力だ。彼女はそれほど戦闘を好んでいないが、それでもトールと対等と言える彼女が力を振るえばどうなるか分からない。一歩目から超加速、雷と風の速度で両の悪魔は駆けるのではなく、爆走した。扉を開くことすら煩わしい。全てをぶち破り一直線に往く。

 

 

「おや?」

 

帰還した人修羅は、出迎えに誰も出てこないことを不審に思った。

 

六課の正面入り口は静寂そのもので、誰かが向こうから扉を開けれ出てくる気配など微塵も無い。「なあ、帰還の令は発してあんだよな?」

 

仕方なく自らで扉を開き、そして肩越しに後ろを見てそちらにいるはやてに確認をとる。

 

「そのはずやけど」

 

開ききった扉から新鮮な空気が流れ込み、六課内に風が吹く。しかし今、ロビーには誰もいない。局員一人すらだ。

 

「お前等はともかく、俺の帰還にあいつ等が来ない筈ないんだけどなあ」

 

「私等はともかくて……」

 

はやてが口の端に苦いものを作った、そのとき、人修羅の異常聴覚は日常生活では聞き慣れぬ音を感じとった。

 

「あ?」

 

金属が一定間隔で地面を穿つ音だ。それもかなり洗練された金属の音で、響きに一切の鈍さがない。

 

「?」

 

人修羅は音のした方角へ歩を進めた。背後ではやての呼び止める声が聞こえた気がしたが、今の彼の優先度は金属音の方が上だ。方向的に音のしたのは中には、ターミナルを設置したあたりだ。

 

「———あああ……」

 

「あ?」

 

そのとき、連続する金属音に、何か別の音が混ざった。それは間延びした声のようで、しかもそれは金属音の間隔とほぼ同時に聞こえて来る。

 

(メルキセデク……?)

 

自分の仲魔の声を聞き間違うはずはない。声の主は鋼の大天使だ。中庭への扉を開ければ、そこには果たしてメルキセデクの姿があった。土下座姿の。

 

「……は?」

 

予想外であった。脳の埒外の光景に、人修羅の動きが一瞬止まる。そして後を付いて来たはやて達も同じように停止する。

 

「申し訳ありませんでしたあああ!!」

 

そこにあの金属音の正体が来た。一度面を上げたメルキセデクが、再び地面に顔面を打ち付けたのだ。地面とメルキセデクの仮面が打鳴り、あの音が響いた。よく見ればメルキセデクは両手にヴィータとティアナの後頭部をそれぞれ抱えている。双方とも意識はあるようだが地面に押さえつけられているため、詳しいことは分からない。

 

そしてそこでメルキセデクはまたも深く頭を下げた、否、埋めた。頭を何度も打ち付け過ぎたせいで、地面が陥没して、後頭部の高さが地面よりも低いのだ。

 

「え、なにこれ? どういう状況?」

 

そこでやっと人修羅は現実に回帰した。

 

「あ、主人様」

 

その声に反応するものがあった。その声は、凛とした響きのあるもので、まるで教会の鐘のように澄んでいた。

 

「あ?」

 

その声は六課の人間のものではなく、そしてこっちの世界に来ている仲魔のものでもなかった。そしてその声に既知の反応が出来たのは、人修羅だけだった。

 

「何でお前がいるんだ」

 

眉を潜めた人修羅は、声の主に淀んだ声を向けた。声の主はシグナム以上の背丈を持った女性で、その背にはエメラルドグリーンを含んだ白の翼があった。右の腰には一本の細剣が、左の腰には一本の百合が納められている。

 

「ガブリエル」

 

腕を組んだ人修羅は、そう言って四大天使の一角、統括者の名を持つ大天使を見た。

 

「主人様の許可を得ず、この世界に参りましたことについては謝罪致します。ですが、幾つか御耳に入れたい御話がありまして……」

 

「……詳しく聴こう。ついでだお前も付いてこいガブリエル。丁度ここの奴等と話すことがあったんだ。お前も同席しろ」

 

「ですが……あの」

 

「どした?」

 

「それ以前にこれを、何とかして頂ければ幸いなのですけれど……」

 

そう言ってガブリエルは、自身の足元の存在を見、困ったような微笑を浮かべた。そこにはもう何度目になるのか、土下座をし続けるメルキセデクがある。先ほどまで陥没していた地面は、最早クレーターになっており、その中央で形の良い土下座をするメルキセデクと、その両脇にあるヴィータとティアナは、端から見れば隕石のようだ。白煙が上がっているところなどが、それを更に増幅させる。

 

「つーか何があったんだよ」

 

「ええ、それなのですが……」

 

ガブリエルが片頬に手を添え、小さく息を吐いた。

 

「実は私がここへ参りました際、何か警報のようなものに触れてしまったようで、ここの方々を警戒させてしまったようで……」

 

「ああ、成程。得心した」

 

言いにくそうなガブリエルの表情に、人修羅は頷いた。つまりミッドチルダにやって来たと同時に、武装状態の局員と顔を合わせたのだろう。

 

「………」

 

ちらとメルキセデクに視線を向ける。過去に何があったのかは知らないが、彼はどこかガブリエルを盲信している節がある。彼が押さえつけている二人は前線の内でも最も血の気の多いというか、猪気質な二人だ。恐らく敵の来襲と勘違いし、ガブリエルに暴言でも吐いたのだろう。

 

「現地の方々を顧みなかった非は私にあります。ですので、頭を下げられても、私にはどうして良いか……」

 

その結果がメルキセデク(あれ)か。Lowの権化ともいえる大天使らしい有様だ。だが正直言えば、見ていると何か腹が立ってくる。が、かと言って相手はくそ真面目な大天使だ。命令すれば止めるだろうが、Lawの関係に、魔人である己が介入するのも何か癪だ。

 

「だから、ガブリエル。それ(メルキセデク)はお前に頭を下げてるんだ。お前が何とかしろ」

 

「……そうなりますわよね……」

 

軽い吐息をついたガブリエルは、メルキセデクと視線の高さを同じにすると、何か語りだした。別にそれに耳を傾ける気はない。踵を返し、今の今まで状況に付いてこれず、固まっていたはやて等に向き直った。

 

「それで? 俺等はどこに行けばいいんだ? 応接間か?」

 

「え? あ、せやで。クロノ君はそこに待たしてあるって、グリフィスから通信が来とった」

 

「なら早く行こうぜ」

 

「せやけど……ええの? あれほっといて」

 

「良い。それより行くぞ」

 

何か、羽虫でも払うような手仕草で、人修羅は中庭を後にした。

 

 

「御初に御目に掛かります皆様方。私は、主人人修羅様の下に仕える従者の一人、大天使ガブリエルと申します。先ほどは御見苦しいところを御見せしました。以後御見知り置きを御願い致します」

 

百合のあしらいのされたスカートをひるがえし、優雅な動作の一礼を、ガブリエルは完全な自然体で行った。それに対し応接間に居た者の内人修羅を除いて、三隊長とカリム、そしてクロノは念話等を一切使用していないにも関わらず、完全に一致した一言を脳内に浮かべた。

 

(普通だ……!)

 

若干の感動すらも含んで発せられたその感想は、恐らく人修羅という魔人に関わった者であれば、同じ感想を得ただろう。それほどガブリエルの動作は今までの悪魔達の行動から見れば、異端の一言だった。スルトやトールは勿論、普段は礼儀正しいメルキセデクも、率直に言ってどこかネジが外れている。それに対しこのガブリエルという悪魔は、細かな動作全てが優雅で、そしてまともだった。

 

「?」

 

その反応が不審だったのかガブリエルが小首を傾げた。

 

「それで、ガブリエル。俺に報告することがあると、そういうことだったが……それは少し待て、先にこちらが優先だ」

 

「承りました、主人様」

 

一礼と共にガブリエルが一歩引き、そして壁際で眼を伏せた。非聴を暗に示したその姿勢に、人修羅は頷くと傾けていた椅子を元に戻し、放置していた面々に向き直った。

 

「それで? 何の話で俺等は呼び戻されたんだ?」

 

人修羅は一度応接間全てに視線を回すと、収集の大本であるクロノに視線を向けた。

 

「ああ、単刀直入に言おう」

 

クロノは強い腕組みを作ると、眉に皺を寄せて言った。

 

「今管理局で、地上本部が六課への臨時査察が検討されている。検討とは言っても、殆ど確定したようなものだが」

 

そう言いきったクロノへの反応は、眉を寄せるものや、喉を唸らせるものであったり、苦笑いであったりと、多様ではあったが一つ共通しているところがあった。誰も好意的に思ってはいないという点がだ。

 

「それが?」

 

その中で、唯一自体を把握していない者が居た。室内でただ独り、管理局に属していない人修羅だ。

 

「管理局では有名な話なんだよ。地上本部の査察は厳しいことで名が知られている。どれだけ規律にそった部隊であろうと、必ずどこか難癖つけられる程にな」

 

「それがなんで六課に来ると? お前等何かしたのか?」

 

と人修羅がなのはやフェイトに視線を向ける。それに対し彼女等は曖昧に笑みを浮かべるだけで言葉を返しはしなかった。しかしそれに代わるように吼える者が居た。

 

「どう考えても君が原因だよ!」

 

「落ち着けよ」

 

歯を向くクロノに諸悪の根源である人修羅は眼も向けずに適当に対応した。だがクロノはそれにもめげず、人修羅へ捲し立て続ける。

 

「本来、一つの部隊には保有できる魔力ランクの上限が定められている。なのはやフェイトが常時魔力制限をかけているのはそのためだ。それであっても機動六課の保有魔力ランクは限界に近い」

 

であるのにもだ、とクロノは鋭く人修羅を指さした。

 

「正規の隊員ではないとはいえ、君達という規格外の怪物が加入したおかげで、上に眼をつけられたんだよ!」

 

「せやけど、今までは貴重な情報源やったりで、私が何とか誤魔化し続けてきたんやけどな……」

 

苦笑を浮かべたはやては、手元に二枚のモニターを呼び出した。それぞれには人修羅の戦闘風景を撮影されたものが映っていた。ホテル・アグスタでの『ゼロス・ビート』そして昨日の『死亡遊戯』の瞬間だ。

 

「写りが悪いな。もっといい写真家雇えよ」

 

「君は本当に……!」

 

「まあまあクロノ君。上も流石にここまで人修羅さんが規格外やと思ってなかったみたいや、誤魔化しきれやん。下手したらクーデターやと騒がれる危険性もある」

 

「やりすぎたか?」

 

「そうゆうことやね」

 

はやての肯定の言葉に、人修羅は腕を組み、喉で意味の無い音を鳴らすと、軽い口調で言った。

 

「仕方ねえな、出る杭は打たれる、天才は常に孤独、異端者は村八分、どこも同じか。まその程度ならいいさ、こちらで言い訳を二十通りほど考えておくよ」

 

「………」

 

どこまでも軽い人修羅に、クロノが心から嫌そうな視線を向けた。当たり前だが人修羅は意にも介していない。

 

「ですけど、クロノ提督? 彼も原因の一つとはいえ、必ずしもそれだけではないことは、貴方も把握しているでしょう?」

 

「……ええ騎士カリム。恐らく彼と半々程ですが、原因として重要な案件はもう一つのほうです」

 

クロノが声を潜めて言う。それに対し、怪訝そうな顔をしたのは外様である人修羅。そして以外にもなのはとフェイトもそうだった。

 

「……せやな、そろそろ頃合いやろ、話そか」

 

とはやてが何かを決断したように頷く。

 

「機動六課設立の真の目的を」

 

その言葉にフェイトは首を傾げ、率直な疑問も吐き出した。

 

「目的って……機動六課は、レリックを主としたロストロギアの調査、及び回収を旨として。そしてそれに随伴する諸処の問題に対応する部隊じゃないんですか?」

 

「ああ確かに、なのはの言った通り、それが設立理由として認識されているものだ。表向きの、な」

 

「つまり裏があるのか?」

 

「ああ」

 

と言葉と共に、クロノが何かを促すようにカリムへと視線を向けた。それだけでカリムは把握したのか、頷きを見せた。カリムは立ち上がると、空を撫でるようにして手を動かす。そしてそれとともに現れるのは預言者の著書だ。

 

「そういえば、それの暴走は収まったのか?」

 

ふと人修羅は、空を流れる黄金のページを眼で追いながら呟くように問うた。

 

「いえ、収まったと言うよりか、何とか制御をし間隔が長くなったと言った様です。今は日に一度打ち出す程度には静まっています」

 

「それで? 俺等に聞かせたあの予言はどうなった? 少しは何か分かったか?」

 

「いえ、遅々として殆ど進んでいないのが現状です」

 

「そ、ガブリエル」

 

背後を見ずに人修羅は佇むガブリエルを呼んだ。

 

「はい」

 

「俺等の方では、どうなってる?」

 

人修羅の質問に、ガブリエルは首を振ることで答えた。

 

「こちらも変わりありません。“知識と探究の泉”の殆どがこちらに来訪しているため、解析が思うように進んでいないのです」

 

「そうか……今そっちにいるのはメルクリウスとミチザネ、スクナヒコナだけだったか?」

 

「ええ、隻眼の知を初めとし、八意脳髄など半数以上がいないものですから」

 

「そうか、と。悪い脱線した」

 

続けてくれ、と人修羅が手で先を示した。

 

「ええ、では」

 

とカリムが一拍間を置き、息を深く吸い込むと言葉を作り始めた。

 

「ここにいる方々のならばご存じでしょうが、私の固有技能、預言者の著書は少々前に暴走じみた預言を吐き出しました。預言者の著書は、本来であれば年に一度程度の頻度でしか発動の出来ない技能です。しかし実はそれよりも数ヶ月以前に、もう一つ預言が吐き出されているのです」

 

「え? でも預言者の著書の発動には、騎士カリムの貯蔵魔力が殆ど持って行かれるから……」

 

フェイトの言葉は、吐き出されながら徐々に力を失って言った。それに対しカリムはええ、と頷き言った。

 

「それもあの暴走預言が、異常視されている原因の一つなのです。私の貯蔵魔力の総量は、著書の発動には半分以上も足りません。であるにも関わらずあの預言は発動し続けていますから」

 

話を戻しましょう、とカリムが黄金のページの一枚を手に取った。そして再び息を大きく吸い込み、一気に告げた。

 

『旧い結晶と無限の欲望が交わる地死せる王の下

  聖地より彼の翼が蘇る死者達は踊り

    中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち

      それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる』

 

言葉の締めに肺に残った全ての息をカリムは放出した。だがその間口を開くものは皆無だった。

 

「……こちらの預言は、暴走預言とは違い。熟考が成された後だ」

 

始めに口を開いたのは、やはりというか事情を前もって知っていたクロノだった。

 

「様々な機関で成された考察には、細部の違いこそあれ、大まかには同じ結論に辿りついてる」

 

咳払いを一つ挟み、クロノは言った。

 

「近いうちに訪れるであろう、陸士部隊の壊滅と、管理局自体の崩壊だ」

 

「———」

 

先ほどから一言の会話すら交わされなかった応接間だが、クロノの一言でその沈黙がさらに深いものにと変わった。

 

「そのときを備え、設立されたのが機動六課だ。例え頭が死のうとも、別個で活動可能な部位が必要なんだよ。設立にあたっては僕やカリムを中心に、フェイトの義母であるリンディ・ハラオウン総務総括館や、グリフィスの母であるレティ・ロウラン提督など多数の後見人が付いている。かつて管理局黎明期に名を馳せた伝説の三提督も、非公式ではあるが協力をしてくれている。だが目的が目的だ、軍というものは現実主義の塊だ。幾ら後盾があっても、曖昧な可能性の話だけでは優秀な人員を集めることは出来ない」

 

「せやから私達の身内。闇の書事件に関わった魔導師や、将来有望やけど、訳ありで引き取り手の無い新人なんかを中心とした構成になったわけや」

 

「そして最後にはやてが引き込んだ、絶大にして例外戦力。君達、人修羅君の一派を組み込んだことにより、機動六課は管理局の部隊の内でも、トップクラスに入る強力な部隊として完成した……巨大になり過ぎたようだがね」

 

「なるほど。頭が知らねえ内に肥大化した四肢が、勝手な行動を起こさねえように抑止の意味をってところか」

 

「……ゴメンな。なのはちゃんやフェイトちゃんには、騙したみたいな形になっちゃったけど」

 

やや自嘲気味にはやてがそう告げた。

 

「いいよはやてちゃん。あの時はそうするしかなかったみたいだし、そうしなくちゃいけないから」

 

謝罪に対し、なのはは少しの笑みを見せてそう返した。だが、不意にそこに。

 

「主人様、一つよろしいでしょうか」

 

抑揚というものが一切含まれていない声が来た。皆がそちらを見ると、未だに眼を伏せたままのガブリエルが、僅かに前に進んでいた。

 

 

「何だガブリエル?」

 

待機を命じていたはずの仲魔からの声、Lawの大天使にしては非常に珍しい行動に、人修羅は不審と疑問が混じった声を出した。

 

「主人様、今の御話で一つ、私達の側からご報告する点が御座います」

 

「あ?」

 

予想していなかった回答に、思わず低い声に変化してしまう。

 

「いえ、出過ぎた真似を致しました。申し訳ありません主人様」

 

それを不機嫌と捉えたのか、ガブリエルは言葉の頭に謝罪の一言をのせてきた。だが言葉を止めることはせず、口からは言葉が紡ぎ続けられて来る。

 

「しかし私が今回御伝えすべき報告の一つに、恐らく今の話と深く関わりのあるものが御座います」

 

ガブリエルが片眼を開いた。覗く瞳には完全な静寂が宿っており、己の言葉に絶対の自信を持った瞳をしていた。

 

「……言ってみ、いや、まいいかやっぱここで報告全部しろ」

 

「ですが、彼女等に聴かせてもよろしいのですか?」

 

「問題無い」

 

「承りました。報告する点は全部で四つ。まず第一に」

 

と両眼を開いたガブリエルが、何処からともなく数枚の書類を取り出し、なぞるような仕草でその上に指を這わせた。

 

「主人様の不在の間に、舞踏王の一団が制圧に成功し、帰還致しました。それにより、制圧先名を従来にそって、大鳥(リントゥ)としました。問題点は御座いますか?」

 

「いや無い、次」

 

ガブリエルは何故か他人を呼称する際は、本名では無く、通り名や異名、二つ名を好んで呼ぶ傾向があった。舞踏王という言葉に、シヴァの姿を浮かべつつガブリエルに次を促した。

 

周囲でなのはやフェイトが頭に疑問符を作っているが、しかし気にする必要などない。周囲の状況を一切顧みずに尋ねていく。己が問題無いと断言したのは、この場で自分達の話の内容を理解出来る者など居ないと判断したからだ。そもそも彼女達には自分達の根幹的部分を話していないのだから。

 

「次に、大淫婦や四騎士を中心とした魔人達に不審な動きが」

 

「そいつは放っておいていい。ペイルライダーに俺が指示したことだ」

 

「承りました……そしてこちらは単独と思われるのですが、悪戯者が何かしているようです。こちらも主人様の御指示でしょうか?」

 

「ロキが? いや覚えが無い……が、まあほっといても良い」

 

「承りました。そして最後の報告ですが、先に行った通り、恐らくこれがこちらの世界にも関わる最も重要な案件だとは思います」

 

ガブリエルは一瞬だけ柔らかく眼を細めたが、言葉を止めること無く言った。

 

「マネカタの王の予言が出ました」

 

「……フトミミが?」

 

「はい、それについてこちらの方々へ御説明は?」

 

ガブリエルの進言に、そうだな、と言う言葉を心中に浮かべる。一つ頷き、放置していた他の面々に視線を向ける、何故か大半が眉を潜めていたが、取り敢えず無視して言うことを言う。

 

「俺の仲魔の内の一人、名をフトミミと言う奴がいるんだが」

 

「太耳?」

 

「その発音はニュアンスが間違ってる気がするが……奴はあんたと同じで未来予知が出来るんだよ」

 

「……貴方のお仲間は、本当に色々な方がいらっしゃるんですね」

 

「当たり前だ、俺の仲魔なんだから。でだ、フトミミの預言の件だが、奴の場合ただ預言として見れるものは詩文ではなく、脳に浮いたイメージ。しかも曖昧ながらどれくらい未来のことか把握できるあんたと違い、フトミミの場合は本当にどれだけ先か分からない。下手すれば明日から数年後の揺れ幅はざらだ」

 

「連想のしやすさはカリム以上やけど、範囲の特定が難しいちゅうことか」

 

「ああ」

 

はやての言葉に頷く。しかしフトミミの預言の精度は百発百中だ、今まで外れたことは一度としてない。聴いた話によれば、カリムの預言者の著書の精度は、極稀ではあるが、預言を外すパターンがあるらしく、そう言った面ではフトミミの預言の方が優れていると言えるかもしれない。

 

「それでガブリエル。フトミミは何て?」

 

「彼の預言をそのまま形として伝えます」

 

ガブリエルは新たな書類を取り出した。それは今までの書類と違い羊皮紙で出来たもので、それだけでフトミミの預言がどのように扱われたのか推察できる。ガブリエルは一度小さく息を吸い、一息で羊皮紙の内容を読み上げた。

 

「”船……宙に浮く巨大な鉄の艦……そこに赤い眼をした魔人、と橙の髪を二つに結った魔法使い”」

 

「———え?」

 

橙の髪の二つ縛り、その言葉に部屋全体の視線が一人の人物の元に集中した。高町なのはにと。

 

「え……え?」

 

だが等の本人は戸惑ったように声を上げるだけで、眼を白黒させるばかりだ。

 

「え? でもそれはあくまで人修羅さんの仲間の預言なんでしょ? わたしってことは無いんじゃないかな……」

 

やっと表情を整えたと思ったらそんなことを言った。

 

「否だ。橙髪の二つ縛りなら、お前以外にも該当する者が居るが、だがあいつはミッドチルダの魔導師の事を知らん。ならば銃士という言葉を使ったはずだ」

 

そして、と続ける。

 

「フトミミの預言は、仲間内にしか発動しない。しかもフトミミとその部下は俺の拠点世界から決して出ようとはしない。なら、この預言の対象は間違いなくこの世界、ミッドチルダだ」

 

「………」

 

「つまり、近い未来になのはは必ず争乱に巻き込まれるということか?」

 

「ああ、それは確定だ」

 

とクロノに対して頷いたとき、やや遠慮がちな声が来た。フェイトだった。

 

「あの人修羅さん、一つ良いですか?」

 

「あ?」

 

「えっと、人修羅さんの仲間の預言には赤い眼の魔人、って言われてますけど。私達の聞いた話では、魔人っていうのは瞳のある者はすべて黄色をしてるって、聴いたんですけどそれは……?」

 

意外な質問だった。彼女達に魔人のことを話した覚えはないが、誰が話したかなどは大凡の予想がつく、大方オーディンかピクシーだろう。

 

「ああ、それはあってる。俺の瞳を見れば分かる通り、魔人の瞳は全て黄色だ……ガブリエル、どういうことだ?」

 

こちらの問いにガブリエルは困ったように首を振った。魔人の瞳は原則で深い黄色だ。もしも瞳を持っているにも関わらずその色が黄色以外の魔人だ居たとするならば、それは魔人ではない、別の何かだ。

 

「あー……すまん、どうやらその質問には答えられん、分からねえ。俺にも何とも言えん」

 

「いえ、良いんです。少し気になっただけですから」

 

手を振ってフェイトは小さく笑った。だが、と今フェイトが言ったことに対して何か、気になるものがあり口には出さず脳内で考察した。魔人の瞳が黄色しか存在しない理由はある。人間の血液型のように、人間のマガツヒと悪魔のマガツヒは、外見こそ同じように見えて実は全く違うものだ。そしてその双方が流れる魔人という種族は、簡単にいって血液型を二つ持つという矛盾したマガツヒを体内で生成している。そのマガツヒの混合変化によって、魔人のマガツヒは色彩が黄色に変化している。魔人が体内に宿すマガツヒの平均量は、同面積の人間悪魔と比べて二千倍という桁違いの量だ。故に外から内側を見ることの出来る唯一の箇所。瞳から溢れんばかりの魔人のマガツヒの色が見えるため、一切の例外無く魔人の瞳は黄色いのだ。

 

(しかも、だ)

 

人間悪魔に関わらず、瞳の色彩を変化させる手段は存在しない。セトは人間形態であろうとも己の龍眼を隠すことは出来ないし、己の仲魔の中で変身能力に特化したロキやニャルラトホテプでさえ、瞳の色だけは何があっても変えることが出来ない。瞳が変化するということは即ち、根本から全てが変わるということだ。それこそかつて、自分が人間から魔人へ転生した際のように。

 

「人修羅さん?」

 

不意に己の名を呼ぶ声が来た。意識を脳内から現実へと戻す、するとなのはが首を傾げた姿でこちらを覗き見ていた。どうやら現実時間では己の思考時間は思いのほか長いものだったようだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ああいや、何でも」

 

手を振る動作と同時に、今まで脳内にあった思考を弾き飛ばす。考えるだけ無駄だ。自分は瞳の色が黄色以外に魔人など見たことは無いのだから。

 

「どちらにせよ。二人の預言者の言葉が交わった。近いうちに何か起こるのは確実だ。といっても、何が起こるかはそのときになるまで分からねえんだ」

 

「そうですね、目下今のところは臨時査察を警戒するべきでしょう」

 

頷きと共にカリムがそう言ったとき、いきなりの異音が鳴り響いた。その場の全ての者がそれに驚き、それの発信源を眼で探したとき、皆がそれに気付いた。フェイトの前に呼び出し音を鳴らすモニタがある。

 

 

「………」

 

フェイトが無言で応答のためにモニタに触れた。するとそのとたん、呼び出しアラームを上回る更なる大音が響いた。

 

(ああああああぁぁぁぁ……!!)

 

(フ、フェイトさん! 会議中にすみません!)

 

泣き声と、それに負けじと張り上げられるエリオの声が響く。モニタの向こうには、ウサギのヌイグルミを潰れる程強く抱きしめながら泣き叫ぶヴィヴィオと、混乱と動揺のみを表情に乗せた新人達四人、それに加え、その背後でニヤニヤしながらその様子を眺

めるピクシーの姿があった。

 

(す、すぐに来て頂けませんか!? 僕達じゃこの娘を落ち着かせられなくて……)

 

(ママあああああぁぁぁ……!!)

 

(あ、あの!? どうしたら……)

 

「エリオ、キャロ、落ち着いて。貴方達まで混乱してちゃ、その娘はもっと混乱しちゃう」

 

「よし! ピクシー『ドルミナー』だ!」

 

(オッケー人修羅任せて!)

 

「貴方達はもっと落ち着いてください。素で混乱してるんですか。とにかくすぐに私となのはがそっちに行くから」

 

言いながらフェイトはなのはと共に立ち上がり、カリムとクロノに申し訳なさそうに頭を下げると、駆け足で退出していった。

 

「今の娘が例の?」

 

「ええ、昨日に保護されたレリックを保持していた娘です」

 

そのときその会話を聞いていたガブリエルが何かを思ったのか首を傾げ、人修羅へ質問した。

 

「?……主人様、一つよろしいですか?」

 

「あ?」

 

「今の御嬢さんは昨日に保護された、と今そちらの方々が仰っていましたが、保護されたというのならば何故母親を求める声を上げているのです?」

 

「ああそれか。俺が昨日ペイルライダーに接触させてな、死に触れさせて強制的に母を求めさせた。で、それがあいつ等に向かったんだよ」

 

「そこに御座りください。正座です」

 

「は?」

 

「御早く」

 

「……はい」

 

床に正座をさせた。

 

「何故座らされているか、把握していますか?」

 

「……何か我慢出来なくなったから?」

 

「私の理由ではありません。主人様の理由を聞いているのです」

 

「………」

 

「主人様はもう少し人間の心を学ぶべきです。拠り所の無い少女がそのような真似をされて、どうなるか想像も出来ませんでしたか?」

 

「……だがあの娘が敵の可能性も」

 

「だからどうしたのですか? その程度のことにも対処出来ない程、我々の主人様は弱いのですか?」

 

「………」

 

「主人様のあの娘のところへ行きなさい。あの御嬢さんがああなってしまった原因は主人様にあるのですから、主人様はあの御嬢さんに尽くしてあげなければなりません。良いですね?」

 

「……ああ」

 

渋々といった様子で人修羅は立ち上がると、カリムとクロノを一瞥すると静かに扉を開き退出した。その背を見送り小さく吐息を吐くと、カリムとクロノを見、頭を下げた。

 

「申し訳ありません。我が主人様はあの通りの御方ですので、これからも何かと御迷惑を御掛けになってしまうことでしょうが、今後とも宜しく御願い致します」

 

頭を上げ笑みを見せるガブリエルに、カリムとクロノは一瞬だけ眼を合わせると同じように笑みを作った。

 

「いえ、私達も彼には非常にお世話になっている身。これからも人修羅さんにはこちらからも良い付き合いをお願いしたいですからね」

 

「彼が複数の意味で型破りだということは、既に承知しているよ。それでも彼は掛け値無しに味方であったよかったと思える存在だ」

 

 

ほぼ同刻、陸士一〇八部隊の詰め所にある、大型モニタが光を放っていた。その場に佇むのはギンガとゲンヤ。そして、かつてなのはやフェイトのデバイスにカートリッジシステムを組み込み、その道の第一人者として名の知れたメカニック「マリエル・アテンザ」が居た。大型モニタが映す景色は、機動六課にものと同じ、昨日接敵したドライスーツの四人組の姿が写真としてある。

 

「どうだマリエル技官? やはりそうか?」

 

モニタに照らされたゲンヤが重々しく口を開いた。その視線をまっすぐに受け止めたマリエルは、強く頷くと言った。

 

「まだこの眼に直で見るまで確証は出来ませんけど、恐らく十中八九間違いありません。彼女達は戦闘機人です」

 

「やはりか……」

 

息を呑んでから言ったようなゲンヤの声に続き、ギンガがマリエルへ問いかけた。

 

「マリー、彼女達が戦闘機人なら、やはり……?」

 

ギンガの問いにマリエルは首を振る。

 

「いえ、それはないと思いますよギンガ。貴女とルーツこそ同じでしょうが、彼女達は貴女とは関係ありません。詳しいことはまだ分かりませんけど、この映像を見るだけでも細部の違いが分かりますからね」

 

「……どっちにしろ相手は戦闘機人ということか。さて……マリエル技官」

 

「はっ!」

 

「貴官には明日からの六課との協力捜査の出向にあたり、ギンガ、ラッドと共に六課へと赴いてもらいたい」

 

「了解しました!」


 
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