No.737948

星の下で

さん

アスヒがエルナを星見に誘う話。

2014-11-18 12:57:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1676   閲覧ユーザー数:1674

放課後。夕焼けにはまだ少しだけ早い時間。射水アスヒが望遠鏡を腕に抱き、廊下を駆けている。今日も屋上で天体観測である。

たったったったっ、と音をたてて走っていると、目の前を桃色が横切った。何事かと見てみると、疾走していたのは一宮エルナとビミィだった。

「エルナさん!ビミィ先生さん!」

大声で呼び止めると、エルナは気付いてくれたようでピタッと動きを止めると後ろを振り向いた。アスヒの姿を目にするとパッと輝かんばかりの笑顔で此方に駆け戻ってくる。

「アスヒ君!」

彼女に名前を呼ばれると凄く嬉しくて、彼も笑顔になる。

「アスヒ君、屋上に行くとこ?」

「はい。エルナさんは?」

軽い気持ちで訊き返すと、彼女は楽しげに笑って言った。

「今日はね、演劇部に遊びに行くの!」

「あ…そうですか…」

答えを聞いた瞬間、訊いた事を後悔した。動物に準えた帽子を被る演劇部員達を思い出す。

代表の赤間遊兎は、エルナと仲が良い。彼だけではない。兎のうさ丸、豚のトンきゅんだってよく彼女と共にいる。演劇部員の他にも、彼女に好意を寄せる人はたくさんいる。

アスヒは、そんな人々に勝てる自信がない。それでも…

「アスヒ君?どうしたの?」

エルナが、心配そうに顔を覗き込む。彼女はとても優しい。

こんな風にされては、諦めきれない。

「あ、あの…」

「ん?何かな?」

ニコッと笑って、耳を傾ける。少しでも近付きたい、エルナに。

「エルナさんも、ご一緒にどうですか?」

首を傾げる彼女に、言葉を重ねる。

「今日は良い天気なので、星も月もよく見えますです。僕、エルナさんと見たいです」

無意識に、望遠鏡を抱く腕に力が籠る。断られるかもしれないと思うと、緊張して心臓がバクバクと煩い。しかし、彼の心配をよそに、彼女は嬉しそうに笑った。

「それって夜だよね?晩御飯が終わったら、お邪魔して良い?」

途端に、緊張や不安とはまた違った意味で心臓が騒ぎだした。

「はっはいです!では夕食とシャワーを済ませてから、屋上で会いましょう!」

「うん!」

アスヒは天にも昇れそうな心地だった。

 

 * * *

 

11月は寒い。アスヒはモスグリーンのコートを着込み、屋上でエルナを待っていた。緊張している為か、寒さが気にならない。しかし、その心情が…

ガタンッ

「うわぁ!」

大きな音に驚き悲鳴をあげるに至った。

「アスヒくーん!来たよー!」

音をたてたのはエルナであった。白と桜色のコートが可愛らしい。

「エ、エルナさん!いらっしゃいです!」

嬉しげにトコトコとエルナに駆け寄るアスヒが、子犬のようで可愛かったなんて、言えない。

「暖かいお茶、持ってきた!」

エルナの右手には紙コップが、宙に浮いているビミィの両前足には水筒が。彼の顔が辛そうだったので、アスヒは急いで水筒を受け取る。水筒と紙コップを置き上を見上げると、エルナは嬉しそうな声をあげた。

「わぁ…スッゴい綺麗!」

上空には無数の星が煌めいている。月も綺麗だが、快晴であったが為に一つとして隠れる事のなかった星々が、いつも以上に存在を主張していた。

エルナは圧巻たる景色を手摺に凭れて夢中になって見上げている。そんな彼女を見ていると、胸がキュウッと締め付けられるような心地になる。とても苦しい。

「エルナさん」

「ん?」

「座って、飲みませんか?」

アスヒの提案に、エルナは頷いて並んで座る。茶をコップに入れると、とても暖かそうな湯気が上がる。

「熱いから気を付けて下さい。―ビミィ先生さんも」

エルナに渡してから、ビミィにも入れて渡す。

「ありがとう!」

「ありがとりゅい」

茶を飲みながら、空を見上げる。

「綺麗だねぇ…」

「はい、綺麗です。あの星は…」

アスヒが星について説明する。たまにビミィの補足等も入りつつ、アスヒはとても生き生きと星について語る。

「それで、あの星は…」

喋りながらエルナに目を移し、アスヒは言葉を止めた。彼女は、アスヒを微笑み見詰めていた。目を細める表情はまるで…。アスヒにしてみたら、エルナこそ輝いて、眩しくて、ともすれば眩し過ぎて見れなくなりそうなのに…。

アスヒの胸に、焦燥感が沸き上がる。気が付いたら、口を開いていた。

「僕は、あの星のようになりたいと思ってました」

小さいけれど綺麗に輝いて、とても優しく自分達を照らしてくれる。

「僕は、今はちっとも輝いてないです。これから輝けるかも分かりません。でも、努力します。精一杯頑張ります。だから…見ていて欲しいです!僕の傍で、僕の事を見ていて欲しいです!」

そう話すアスヒの顔は真っ赤だ。緊張と羞恥心のせいで気温なんか気にならない。己の心臓の音が、彼女にも聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。

ドキドキしながらエルナを見る。彼女は、暫く目を丸くしていたが軈てユルユルと頬を染めてゆく。暫し目を泳がせ、アスヒと目を合わせる。

「…ありがとう」

エルナの口から出たのは礼の言葉だった。ヘヘッと照れ臭そうに笑う。

彼女の言葉をどう受け取れば良いのだろう?アスヒは、恐々腕を伸ばし、エルナの手に触れる。とても冷たいソレを握ると、彼女も同じ強さで握り返してくれた。

「…寒く、ないですか?」

アスヒの問いに、エルナは首を横に振る。

「平気。…アスヒ君の手、暖かいよ」

赤面したまま話すエルナと、嬉しくて泣きそうな顔のアスヒ。

距離が近い二人を、ビミィは離れた場所で静かに見守っていた。


 
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