No.736513

唯一無二の伴侶―風邪と、夢―

さん

風邪をひいた鬼灯と、彼を看病する白澤(♀)の話。

2014-11-11 13:30:39 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:6103   閲覧ユーザー数:6100

今日も、桃源郷に気持ちの良い朝がやって来た。

白澤は、カーテンの隙間から射し込む陽の光を受けて目を覚ました。ムクリと起き上がり、んーっと背伸びをする。布団を出、カーテンを開ければ穏やかな陽射しが部屋を照らす。

クルリと振り返り、夫の顔を覗き込む。彼は未だに眠っている。眼光鋭い彼も、眠っている間は険が消え、ただただ整った顔立ちが際立つ。

彼の寝顔にふんわりと笑み、不意に気付き眉を潜める。ゆっくりと掌で彼のうっすらと赤い額に触れ、白澤は硬直した。掌を頬、首筋へと滑らせ、グッともう片方の手で拳を握る。これでもかという程、眉間に皺が寄った。

(…凄い熱…)

前髪を上げ、『目』を開く。はぁ…と、安堵の息を吐いた。ただの風邪だった。毎日毎日遅く迄働いて、疲れが出たのだろうか?

彼のサラッとした髪に触れ、優しく撫でる。

「今日くらいは、ゆっくり休めよ」

 

 

桃太郎が来たのは、朝食が出来た時だった。

「おはようございます、白澤様」

「早安,桃タロー君。ご飯出来たから、テーブルに並べて」

「分かりました」

二人で朝食の準備をする。食堂に響くカチャカチャという音に呼ばれたか、寝室の扉が開き娘がトコトコ眠そうに食堂に歩いてきた。

「早安,白火」

「おはようございます、白火さん」

「…おはよ~…ございます…」

まだ眠いのか、挨拶が間延びしていた。

「请洗脸」

「唉,妈妈」

娘は母に返事をすると、洗面所へと消えていった。

 

 

食事の用意が出来、テーブルには朝食が置かれ白澤、桃太郎、白火の三人が席につく。

「母様、父様はどうしたのですか?」

「父様は風邪をひいて、まだ寝てるんだ。三人で食べよう」

「え、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。なんてったって僕が看病するんだから」

桃太郎の心配そうな声に、白澤が力強く答える。

「さ、食べようよ」

「はい」

桃太郎は返事をし、手を合わせる。白澤と白火も倣う。

「いただきます」

〔いただきます〕

桃太郎に合わせ、母娘も食前の挨拶を重ねた。

 

 * * *

 

《もしもし、閻魔大王です》

「もしもし、白澤です。いつも主人がお世話になってます」

《あぁ、白澤君。儂の方こそ鬼灯君に頼りきりで…》

閻魔大王に電話を掛け、まずは挨拶である。この二人は割と仲が良い。偶然、店で会うと一緒に酒を呑む事もある。

「実は、鬼灯が風邪で熱を出してしまって。申し訳ありませんが、今日は仕事をお休みさせて下さい」

《うん。良いよ良いよ。鬼灯君は普段、働き過ぎだからね。ゆっくり休ませてあげて》

「はい」

鬼灯は、優しい上司を持ったと思う。彼の生前を聞いた事があるが、ソレを思うとつくづく良い人に拾われた。お陰で、自分は鬼灯に出会えた。

 

 

目の前の鬼灯は、未だ寝ている。起きる気配はない。額にはうっすら汗をかいている。湯につけたタオルで汗を拭く。仄かに赤く染まった顔、汗、発熱…これだけ風邪の症状が出ているのに、彼の寝顔は穏やかだ。苦しんでる様子はない。

「你,这样的时候无表情…」

とても寒い。今は冬か?

「速く水を汲みに行け、丁!」

男が睨み付ける。長い棒に吊るされた二つの桶を渡される。ソレに水を組むのだ。

「村を追い出されたくなければ、言われた通りに働け!この厄介者が!」

 

 

手が痛い。水がとても染みる。罅割れ、血が出ている。でも、持っていかないと村人に殴られる。

水を一杯に入れた桶は、一つでも重い。棒を肩にかけると、その重さで潰されるかと思った。

 

 

「ほら、飯だ」

言われた仕事をこなしたから、食事を与えられた。名の知らぬ草だった。味付けなどはしたのだろうか?口に入れてみると、青臭かった。

 

 

周りで草むしりをしている子供がいる。大人が鍬を持ち、畑を耕している。自分も、大人に混じって鍬を持つ。

不意に声がした。視線を向けると、草むしりをサボって叱られている子供がいた。

 

 

薄暗闇の中、周りには誰もいない。草むしりで手が痛い。

昼にサボっていた子供の代わりを、言い渡されていた。

 

 

藁の上に、身を横たえる。毛布など無い。寒い。

痛くて寒くて熱い。体の震えが止まらない。

「おい!丁!起きろ!」

呼ばれてる。起きれない。

いきなり衝撃と激痛を受けた。

「この役立たずが!誰がお前みたいな孤児を育ててやってると思ってるんだ」

痛い。痛い。痛い。

 

 

川を歩く。傷が痛む。でも仕事をしないと生きていけない。

川を覗くと、魚が泳いでいた。足を浸けると足首の傷に染みた。でも、足の裏はもうとっくに何も感じない。

魚を籠に入れる。もっと捕まえた方が良いだろうか?

 

 

寒くて痛い。もう疲れた。休みたい。蹲る。足を抱える。こうすると少し暖かい。

寒い。痛い。寒い。痛い。痛い。痛い。

 

 

不意に、頭に何か触れた。誰かいた。女性だ。真っ白い女の人。

「痛そうだね」

うん、痛い。誰?あなたは誰?

手をとられ、ベタベタした何かを塗られた。染みた。

「痛いね。ごめんね。でも薬を塗ったから、もうちょっと我慢したら痛いのなくなるよ」

顔を拭ってくれた。

「あなたは、私を虐げないのですか?」

「何故?」

「私は、孤児ですから…」

彼女が笑った。何かが包んだ。服の生地の感触。甘い香り。暖かい。

「僕は君を嫌ったりしないよ」

暖かい。どうして?

「僕は君が、大好きだよ」

…どうして?

 

 * * *

 

一瞬、何処にいるのか分からなかった。

目の前にあるのは白い天井で、自分は何か暖かい物に包まれている。

「鬼灯?」

(…ほおずき…)

何だろうと考えて数秒の間の後、自分の事だったと思い出す。頭を動かすと、心配そうに自分を見る女性がいた。先程見た、白い女の人…。

「…はくたくさん…」

「大丈夫?」

「?」

何を問われたのかと首を傾げると、頬を触れられ漸く自分が泣いているのだと気付いた。優しく涙を拭われ、徐々に落ち着いてきた。

ふぅ…深く息を吐き、目を閉じる。酷く心地良い。

「もう一度、寝る?」

フルフルと、首を横に振る。

「仕事は…」

「電話した。『今日は休みます』って」

お前、熱を出してたから。…言われ、やはり自分は体調不良だったかと、体の怠さに納得した。

「何時ですか?」

「もう、お昼時。食べれるなら、薬膳粥作るけど?」

「いただきます」

彼女の作る料理はどれも美味しい。薬膳粥は好物だ。

「じゃあ、ちょっと待っててね」

白澤が席を立ち、扉に身を翻すが歩く事は出来なかった。

「鬼灯?」

名を呼ばれ、自分が彼女の服の袖を掴んでいるのに気付いた。

「…お茶も欲しいです」

恥ずかしくなって誤魔化した。クスリと笑われた。

「了解」

白澤は了承すると、今度こそ寝室を出ていった。

 

 

ボーッとした頭でも、白澤の粥はとても美味しく感じた。完食である。

「御馳走様でした」

「御粗末様でした」

「白火、とても美味しかったですよ。ありがとうございます」

礼を言えば、娘は嬉しそうに笑った。どうやら粥は娘が作ったらしい。優しい子に育った。

茶を使い、薬を飲む。

「父様、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。すぐに良くなります」

心配してくれる娘に、笑顔で答える。実際は、頭がまだ熱く、寝転がったらまたぐっすり眠れそうだ。

“さぁ、白火。父様はまたお休みになるから、邪魔にならないようにお部屋を出よう”

“…はい、母様”

母に言われ、娘は名残惜しそうながらも素直に頷いた。

 

 

娘が寝室を出、扉を閉めると其処にいるのは鬼灯と白澤の二人だけ。

彼女が彼に近付き、額に触れる。

「まだ熱があるな。もう少し寝てろ」

額に触れていた掌を頬に移動させ話す。鬼灯は彼女の言葉を頭半分で聞いていた。

白澤の声が、何処か遠くから聞こえてる気がした。

【孤児が!】

【厄介者が!】

頭の中を、同じ言葉がグルグル回る。

【孤児が!】

【厄介者が!】

ゆらぁっと、鬼灯の腕が上がった。

「鬼灯?…わっ!?」

訝しみながらも彼の手をとると、いきなり凄い力で引き寄せられた。

「ちょっ、鬼灯!?」

名を呼ぶが、彼は何も言わずただ抱き締めるだけだ。その腕の中はとても熱い。いつもより熱いその体は、やはり調子を崩しているのだと再確認した。背に触れ、宥めるように撫でる。

「僕は此処にいるよ。独りじゃないよ」

優しい声と掌を感じていると、自然と鬼灯の口が開いた。

「…生前の夢を見ました」

「…そうか」

納得した。

「私の親は、死んだんでしょうか?捨てたんでしょうか?」

鬼灯の幼少期は、さぞかし寂しかったことだろう。境遇は違うが、白澤だって独りだった。少しなら、彼の気持ちが分かる。

「鬼灯、唯一無二の僕の番。僕も白火も、お前が大好きだよ。你被爱」

ゆっくりと、静かに、はっきりと言う。

「…はぁ…」

鬼灯が、深く息を吐いた。白澤を感じ、胸に渦巻いていた嫌悪感や不安が、徐々に消えていくのを感じる。

今、自分は『丁』ではない、『鬼灯』だ。今、自分がいるのはあの村じゃない、桃源郷にある我が家だ。

「はくたくさん…」

「なあに?」

「白澤さん」

白澤だ。声も、香りも、全部、白澤だ。今、目の前にいるのは村人じゃない、己の妻だ。あぁ…暖かい…。

暖かいのは、自分が彼女を心から愛して彼女に心から愛されているから。

「私、幸せです…」

夢の中で暖かさを知らなかった丁に、鬼灯は密かに答えを返した。


 
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