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真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ三十二

お久しぶりです!!
しばらく投稿できていないというのにコメントがちょこちょこ増えていく様に励まされなんとか投稿!

詳しい?ことはあとがきにて。

2014-10-30 21:49:48 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:7849   閲覧ユーザー数:5375

 

 

 

【 思惑 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兗州陳留郡の北。

黒山賊討伐隊と、北郷一刀が長を務める仮初の傭兵隊が駐屯している村にて。

 

とある家屋の陰で、二人の男性が密談をしていた。

こそこそ、という表現が似合う様子で二人の男性は会話の最中でもキョロキョロと辺りを見回している。

 

 

『そ、村長。あの傭兵達、相当の手練れだぞ。下手をすると……』

 

『大丈夫じゃ。あの傭兵の方々が討伐隊に加わっても、数の差は歴然。あの娘さん達が負けることはまず無いじゃろうて』

 

『むう……』

 

 

村長の言葉を受けてなお、男は渋い表情で唸る。

そんな男の気持ちも分からないでもないと言ったふうな面持ちで、村長はふと腕を組んで空を見上げる。

 

 

『それにしても、ここのところで村の人間が襲われる頻度が増している気がするのう』

 

『ああ、それだよそれ』

 

 

思い出したような調子で口にされた村長の言葉に、男が反応する。

 

 

『最近じゃあの義勇軍の中にガラの悪い連中も増えて来ていて、契約以上の物を取っていくばかりか、村長の言う通り村のやつらを襲おうとする輩もいるんだ。まさかとは思うが……あの嬢ちゃん達が指示してるんじゃないよな?』

 

『馬鹿もん! あの娘さん達がそんなことするように見えるか!』

 

 

男の言葉に怒った村長は拳を振り上げようとする。

 

 

『そ、村長! 声がデカいって!』

 

『む、むう……すまん。だがあの娘さん達を悪く言うのは許さんぞ。……もっとも、その娘さん達に全てを任せきりで、ただ護られているだけ。太守の部下に尋ねられても無関係を貫き通しておる儂らが何を、という話じゃがな』

 

『村長……あ、いや。とにかく悪かったよ。いやな、俺だってあの娘さん達を疑いたくは無いんだ。あの人達は太守の横暴から俺達を救ってくれた――いや、今でも救ってくれている人達だからな』

 

『その通り。あの娘さん達がいなければどうなっていたか。太守の無理な徴収によって死んでいたかもしれん。村は滅びていたかもしれん。今もあの娘さん達がいるからこそ、この村は徴収を免れておる。だから儂らはその恩を忘れてはいかん。じゃが……』

 

 

一度言葉を切った村長の表情が、楽進達を疑うようなことを口にした男と同じようなものへと変わる。

 

 

『確かにお前の言う通り、ここのところでその手の輩が増えているのも確かじゃ』

 

『だろ? 実際、村のやつらも怖がってる。その……中には『このままだと前と変わらなくなる』っていうやつもいるんだ』

 

『ふむう……こういうことは下手な予想を立てるよりも、直接聞いた方がいいじゃろうな。楽進殿達に今回の件を伝えに行った者達はまだ戻らんのか?』

 

『ああ。でも、もう少しで戻ってくるはずだ』

 

『帰って来て早々、もう一仕事頼まねばならんかもしれん。時に、あの傭兵の方々や夏候惇様達には感づかれておるまいな?』

 

『それに関しちゃ大丈夫だ。傭兵さん達は所詮よそ者。言っちゃあ悪いが夏候惇様は頭の回転が鈍い。それとは正反対な夏侯淵様には……ま、まあ感づかれないように細心の注意を払ってるからな』

 

『楽進殿達が拠点にしとるあの砦に続く近道も村の者しか知らんからのう。なら、しばらくは大丈夫じゃろうて』

 

 

傭兵隊という予想だにしていなかった者達の介入があったにせよ、自分達と楽進達の関係は知られていない。今後もしばらくは大丈夫そうだ、という安心の元、村長と男はやっと安心した表情になって息を吐く。

 

 

 

――ガサッ

 

 

 

近くの茂みで音が鳴った。

 

 

『誰じゃ!』

 

 

男よりも一瞬だけ早く音に反応した村長が声を上げる。

茂みからの音と村長の声に驚いた男は声すら上げられなかったものの、村長と同じように茂みを睨みつけた。そして

 

 

「にゃお~ん」

 

 

ガサッ、という音と共に茂みから猫が飛び出した。

 

 

『『……』』

 

 

一瞬目が点になる、村長と男。

 

 

『にゃ~あ』

 

 

猫はそんな二人を一瞥すると、億劫そうに身体を伸ばし、欠伸を残して悠々と歩き去った。

 

 

『『はぁぁぁぁぁ……』』

 

 

村長と男は顔を見合わせ、安堵の息を吐く。

二人は自分達の臆病さに苦笑いし、肩を叩きあってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が歩き去った後。その場所には猫が戻ってきていた。

 

 

「にゃお~ん」

 

 

どこかから聞こえてきた鳴き声に耳を立て、辺りを機敏に見回し始める猫。

やがて響く足音。近くの物陰から出て来たのは白い服の少女――趙子龍こと、星だった。

 

 

「ふふ、私の鳴き真似も捨てたものではないらしい。どうだ、似ていたか?」

 

『にゃあん?』

 

 

言いながら星は首を傾げるような仕草をした猫を抱き上げる。

抵抗らしい抵抗を一切せず、猫はされるがまま。星の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 

腕の中で気持ちよさそうにしている猫を優しげな瞳で眺めていた星はやがて徐に、村長と男が去って行った方向を見やった。

 

 

「それにしても、なるほど。そういう理由ならば民が賊を恐れていなかったのも頷ける」

 

 

真面目な表情で星は一人呟く。

普段は飄々とした自由闊達な側面を見せる彼女だが、その本質は理知的であり聡明。硬軟どちらも使い分けることが出来る勇将なのだ。

 

彼女は暫し考える。

 

 

「……主や華琳の判断を仰ぐべきか。だが少々面倒な問題だ。夏候惇と夏侯淵にはすぐに伝えるわけにはいかないだろうな」

 

 

そして彼女なりに結論を出した。自身が考えた中で最善と思われる結論を。

 

 

『にゃおん』

 

「む? ふふ、お主もそう思うか」

 

 

満足そうな笑みを浮かべ、優しい仕草で猫の頭を撫でながら、星はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主、華琳よ。少々耳に入れたいことが――おや?」

 

 

猫と別れ、黒山賊討伐隊が一応の拠点としている村長の家の前へ歩き来た星は一瞬自分の目を疑った。

 

まあ、こんな光景を見れば誰だって目を疑うだろう。

語弊や誤解を恐れず、星の目の前に広がる状況を端的に述べてしまえば。

 

 

 

 

華琳が仰向けになった一刀の上に馬乗りになっていた。

 

 

 

 

暫しの間、星は考える。村長と男の会話について考えた以上の時間を費やし、星は結論を出した。

 

 

「なるほど。華琳、遂に抑えでも効かなくなったか。獣でももう少し節操があると思うが……ああそうか。私は今まで誤解をしていたようだ。どうやら節操無しは主では無く華琳――」

 

 

星の台詞が風切り音と共に途切れる。

まあ、これは星が自分の意思で口を閉じたのではなく、恐ろしい速度で飛んで来た何かを回避した結果として口を噤むことになったというだけの話だが。

 

 

「危ないだろう、華琳」

 

 

今や民家の壁に刺さっている、実際は当たるような軌道で飛んできてはいなかった兵士用の剣を眺めながら、涼しげな表情で星はそう言った。

 

 

「貴女の発言の方がよっぽど危ないわよ」

 

「いや、華琳の体勢の方が危ないと俺は思う」

 

 

自分の下から聞こえた至極冷静な声。

 

 

「……(イラッ)」

 

 

華琳は拳を握った!

 

 

「待った! 止めた方がいい! 拳は止めておいた方がいい! これからの華琳の人気的な意味で! 暴力系ヒロインは人気の上下が激しいから!」

 

「何を言っているのか分からないけれど……あなたを死なない程度に折檻したところで別に私の人気とやらは下がらない気がするわ。それどころか『たまにはそういうお灸も据えてもらった方が良いだろうなあの種馬』という理解を得られる気さえするけれど?」

 

天の声(作者とか読者の声)に耳を傾けるの止めてくれません!?」

 

 

戦々恐々としながらもツッコミを入れる一刀。

そんな二人の、見方によっては仲睦まじい光景に溜息を吐くのは、李通と楓。

 

 

「お嬢様、そのあたりでお止めになった方がよろしいかと。最悪、一刀様に嫌われる可能性があります。もっとも、確率で言えば一割に満たないとは思いますが」

 

「あーまったく仲睦まじいよね、華琳と北郷君はさ。その体勢はどうかと思うけど」

 

 

そんな二人の、見方によっては仲睦まじい光景に人知れず嫉妬するのは魏延。

 

 

「華琳様に上に乗られるとは……羨ましいぞお館……!」

 

 

そんな二人の、見方によっては仲睦まじい光景に複雑な表情を浮かべるのは紫苑と桔梗。

 

 

「ねえ桔梗。あれはやっぱり私達のせいかしら」

 

「だろうな。まさか華琳があのような行動に出るとは思わなんだが」

 

 

そんな二人の、見方によっては仲睦まじい光景に声を大にして反対するのは璃々。

 

 

「華琳お姉ちゃん! 一刀お兄ちゃんをいじめたらだめだよ!」

 

「心配ないわ、璃々。これはちょっとしたお遊びだから。ねえ、一刀?(ニッコリ)」

 

「スイマセン笑顔がマジで怖いです」

 

 

とにかく、現状は渾沌としていた。

心のどこかでこのドタバタ感を愉しみながらも、星の視線は周りに注がれていた。そして気にしていた姉妹の姿が無いことに気付く。

 

 

「紫苑。夏候惇と夏侯淵は?」

 

「ごめんなさい星ちゃん。私達も今戻ってきたばかりなの」

 

「夏候惇殿と夏侯淵殿は兵を連れて一時、村周辺の警戒に赴いています」

 

 

紫苑に代わり、李通が星の問いに答える。

 

 

「なるほど。それなら都合がいいか」

 

「どういうことかしら? 星」

 

 

心優しい璃々の説得に免じて仕方なくマウント状態を解除した華琳が立ち上がりながら尋ねた。

 

 

「ふむ。どう話したものか」

 

「その様子だと、あんまり良い話じゃなさそうだな」

 

 

星が少し思案する様子を見て、どういう類の話かを推測する一刀。星はその言葉に頷いた。

 

 

「ええ。あまり気持ちの良い話ではありませんな。個人的にも」

 

「聞かせてもらえるかしら、星」

 

「ああ。だが少し場所を変えた方が良いだろう。ここでは人の目を引くだろうからな」

 

「ま、場所とか無関係にこんだけ綺麗どころが集まってれば人目も引くよなあ」

 

 

未だ地面に座したまま、上半身だけを起こした状態の一刀の口から何の気なしに放たれた言葉。

一同の――いや、李通と華琳以外の目が点になった。

 

そして

 

 

「ふうん……まだ懲りないようね、一刀」

 

 

その場に冷笑交じりの呟きが、妙に大きく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、まあこんなところか。これが私の見聞きした全てだ」

 

 

場所を変え、村の入口近く。

周囲を警戒しながらも一同は星の報告に耳を傾けていた。

 

 

「なるほどね。やはり、といった感じではあるけれど、村の民と黒山賊達が裏で繋がっているなら辻褄が合うわ」

 

「太守の無理な徴収……村々の状況はどこもそう変わらんか。貧しい村々から無理な徴収を行う。そしていずれは村自体が滅びる。もしくはその前に反乱や暴動が起きる」

 

 

華琳の言葉に次いで、桔梗が渋い表情で呟く。

 

 

「それか、賊に身を窶してでも生きようとする。やがてはそれが州や郡の治安の悪化に繋がってしまう。結果的に悪い方向へと進んで行っているというのに……そんなことも理解できないのかしらね、あの愚かな太守は」

 

 

華琳は溜息を吐く。その瞳には剣呑な光。

世界は違えど、かつて自分が治めていた地で行われている暴挙に怒りを覚えている様子だった。

 

 

「理解できていないからそういうことをしてるんだろ。それにしても、そっか。そうなると黒山賊がその圧政の抑止力になってるわけなんだな」

 

 

座りながらふむふむと頷く一刀だったが、その背中にはくっきりと足型が着いていた。誰の足型なのかはご想像にお任せしたい。

 

李通はそんな一刀に小さな苦笑を向けながらも頷いた。

 

 

「はい。村の女性から聞いたところによると、今まで王肱殿は陳留の街から直接部下を派遣し、『死なない程度の食糧を残して』帰っていったそうです。その際、暴力行為も多々あったとか」

 

「恐怖で押さえつけて、生かさず殺さずか」

 

「黒山賊は略奪はすれど極少数。略奪――いえ、あれは村を護る為の取引ですか。村人達と黒山賊達が繋がっている以上、合意の上で行われていると捉えられます。……しかし、これでは黒山賊と太守、どちらが賊か分かりませんね」

 

 

そう言って李通は目を伏せる。

 

 

「直接部下を派遣……ということは、太守からの搾取に夏候惇ちゃんと夏侯淵ちゃんは関わってないということかしら」

 

「そうですね。集めた情報を元に順を追いましょう。法外な搾取を行い、村人の一人に乱暴をも働こうとしていた太守の部下をある日突然現れた黒山賊が攻撃……いえ、言葉を濁すべきではありませんね」

 

 

一度言葉を切り、再び李通は口を開く。

 

 

「――どうやら、討ったそうです。そして太守は部下を送り始める。そしてその度に黒山賊に阻まれ、やはり搾取は叶わず。業を煮やした太守は夏候惇殿と夏侯淵殿、そして数十名の兵士を討伐隊として派遣した。話としてはそんなところでしょうか」

 

「太守が直接大軍で事に当たらなかったのはどういうことだ?」

 

思い当たるべき当たり前の質問。桔梗が李通に尋ねる。

 

 

 

「おそらく黄巾党が襲来したことが原因かと。もっとも、兗州にいつごろ黄巾党が現れ始めたのかは分からないのでそれも憶測の域を出ませんが。結局のところ、討伐隊を送ったのも村を護るためでは無く、自分の思い通りにいかないことに業を煮やした太守の一種の暴走のようなものだったのかもしれません。それならば討伐隊の規模が極端に少ないことにも納得がいきます」

 

「くっ、どこまでも勝手な奴だ」

 

 

李通の見解を聞いた魏延は、眉間に皺を寄せてあからさまな不快感を表していた。

 

 

「なあ、楓」

 

 

その様子を見ながら、しばらく何かを思案していた一刀が楓の名を呼ぶ。

 

 

「うん? 何かな」

 

「今のまま王肱のことを洛陽に報告したとして、現状が良い方向に傾く可能性はどれくらいだ?」

 

「そうだねえ……明確な数字は出せないかな。まあその報告が渡る相手にもよるけど、あんまりお勧めは出来ないのは確か。今の洛陽は汚い権力者共の巣窟だからね。その報告もいいように使われる可能性があるよ。王肱が誰かと繋がってる可能性も否定できないしねー。あとはなによりも……うん。時間が掛かりすぎるかな」

 

「そっか」

 

 

楓の答えを受け、再び一刀は何かを考え始める。

 

 

「というよりもこのご時世。そういう汚い権力者達のやってることが普通なんだけどね。北郷君や華琳の方が変わり種かな」

 

「それなら私達と行動を共にしている貴女も同類よ、楓」

 

「あー、そういうことになっちゃうかあ。まあなんでもいいや」

 

 

華琳の言葉にニヤッと笑う楓。

一見して適当な楓の様子に、華琳は肩を竦めた。そして両腕を組んだまま、隣に立つ一刀を軽く見上げる。

 

 

「一刀」

 

「うん?」

 

「私と李通は一度陳留に戻るわ」

 

 

唐突過ぎる宣言。当たり前のように発されたその言葉に驚きの表情を浮かべたのは魏延と桔梗。

 

李通や紫苑は少しばかり表情を動かしただけ。

一番驚くかと思われた一刀は意外にも、複雑な表情を浮かべるだけだった。

 

少し躊躇するような素振りを見せた後、一刀は口を開く。

 

 

「華琳、それは――」

 

「特別扱いは止めなさい」

 

 

だがそれは他ならぬ華琳の声によって遮られた。

一刀以外の人間は知る由もないが、それは覇王然とした、『曹孟徳』を彷彿とさせる声色だった。

 

 

「一刀。今の私はあなたの部下よ。王というものを教える立場ではあるけれど、あなたに命ずる立場では無いわ。それどころか、むしろ命じられる立場。それは分かっているわね?」

 

「……」

 

「一刀」

 

「……ああ、分かってる。分かってるよ」

 

 

溜息を吐き、諦めたように一刀は手を振った。

そんな様子にキツくなっていた華琳の眼が少し緩む。

 

 

「戦の時や何らかの作戦中は、という話よ? もちろんそれ以外の時……例えば二人きりの時はもちろん特別扱いで構わないわ」

 

「華琳?」

 

「そこを譲る気は無いわよ、紫苑。桔梗もね」

 

「ふっ、抜け目がないな」

 

「一番危険なのは貴女達二人だもの。警戒もするわよ」

 

 

ニヤッと笑いながらも呆れたような仕草で華琳は肩を竦めた。

 

 

「あの、華琳様」

 

「何かしら焔耶。質問?」

 

「は、はい。その、華琳様と李通殿が何故に陳留へ行くのか私には分からないのですが……」

 

「では僭越ながら私が説明を致しましょう」

 

 

そう言って李通は一歩前に出る。

 

 

「今回の問題の根幹には王肱という方の存在があります。ここで何かしらの対応をし、問題を解決したとしてもそれは表面的なもの。また陳留内の別の場所で同じことが起こるでしょう。王肱殿が太守らしからぬ行いをしているのは明白。しかしそれをただ口頭で伝え、訴えても信憑性は薄いでしょう。だからこそ問題の根本的な解決――つまり王肱殿を太守の座から引きずり下ろすには、彼が太守に相応しくないという何かしらの証拠を提示しなくてはなりません。とはいえ荀攸様が言ったとおり、その証拠を入手したとしても渡す相手は選ばなければいけませんが」

 

「やりようによっては戦で解決できないことも無い。だけど他に方法があるっていうのに、ただ武力に頼るだけってのはちょっとな。楓が言ったようにひとつの方法としては確かに時間が掛かりすぎるけど、色々な方向からの準備はしておくべきだろ」

 

 

未だ心残りがあるような様子ではあったが、一刀はそう言った。

この時点で既に一同の腹は決まっていた。そして見解も一致していた。

 

あの王肱という男の暴挙をこのまま見過ごすわけにはいかない、と。だが、それは

 

 

「一刀さん」

 

「ん?」

 

 

紫苑の呼び掛けに、一刀は短い返事で応じる。

少し躊躇する様子を見せながらも、今からする問い掛けに返ってくる答えを予想しつつ、彼女は口を開く。

 

 

「もし“そう”なった時は、あの姉妹と戦えますか?」

 

 

“そう”なった時。

その言葉が示す意味。それは自分達が今からしようとしていることが、王肱に仕えている夏候姉妹にとっては敵対行動に当たる、ということの示唆に他ならない。

 

 

それはおそらくこの場で、彼女にしか口に出来ぬであろう問い掛けだった。

李通に初めから問い掛ける意思は無く、華琳も思うところがあるが故に躊躇し問い掛けられない。

 

事情を知らない星や楓、桔梗や魏延が訝しげな視線を送る中、紫苑の瞳は真っ直ぐに一刀のことを射抜いている。

 

ほんの少しの沈黙。そして一刀は笑った。

 

 

「今さっきも同じような覚悟をしてきたところだよ。“そう”なった時は仕方がない。戦うさ」

 

「そう、ですか」

 

 

一刀のその言葉に、紫苑は悼むような感情を含んだ微笑みを浮かべた。

少し重くなったような、そうでないような。そんな空気を打ち払うように華琳がパン、と手を叩く。

 

 

「さあ、話が一段落したところで、私と李通は陳留へ向かう準備を始めるわ。一刀。もう一度だけ確認しておくけれど、構わないわね?」

 

「ああ分かったよ。たいした準備は必要ないだろうけど手伝う。それくらいはさせてくれるんだろうな」

 

「ふふ、じゃあお願いしようかしら。李通、あなたは夏候惇と夏侯淵にこのことを伝えてくれる?」

 

「かしこまりました。色々なことを隠しての説明とは心苦しいですが、致し方ありませんね」

 

「いつも貧乏くじを引かせて悪いわね」

 

「いえ、これも私の役目と心得ておりますれば。それにこの手の貧乏くじはお嬢様からの期待であると受け取っていますので」

 

李通はいつもと変わらず、微笑を湛えて深く礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

夏候惇は黙していた。

民家の壁に背中を預け、腕を組んだ状態で彼女は微動だにしない。

 

 

「……むぅ……う」

 

 

少し身じろぐ。声が漏れる。

彼女は黙していた。そう、つまりは寝ていた。

 

 

少し遠くから村人たちの話声やその他にも色々な音が聞こえてくる中、ひとつの足音が彼女に近づいていた。

 

しかし夏候惇は目を覚まさない。足音は徐々に彼女に近づいて行き、そして。

 

 

「姉者、起きてくれ。それにこんなところで転寝などしていたら風邪を引くぞ」

 

 

そんな呼び掛けと共に夏候惇の肩を揺すったのは、妹の夏侯淵だった。

一度揺すったものの姉は目を覚まさず、小さな声を上げて身じろぐだけ。

 

まるでその様子は無害な小動物のようで、思わず抱きしめたくなった衝動を夏侯淵はぐっと堪える。

 

 

(ああ……姉者は可愛いなあ)

 

 

しかしどうやら表情までは堪えられなかったらしく、その頬は緩んでいた。

 

 

「姉者」

 

 

もう一度、今度は少し強めに肩を揺する。

 

 

「ん……ぅ?」

 

 

暫しの間があり、夏候惇の眼が開いた。

その眼はすぐに夏侯淵を捉え、続いて素早い動きで辺りを確認する。

 

辺りの様子や気配、妹の表情から火急の何か起きたわけではないということを理解し、視線を元に戻した。

 

 

「おお、秋蘭。すまん、寝ていた」

 

「無防備すぎるぞ姉者。起こしに来たのが私だったから良かったものの、賊だったらどうするつもりだ?」

 

「秋蘭、お前の姉を見くびってもらっては困る。近付いてきたのが賊なら寝ていても分かる。襲ってくるなら叩き斬るまでだ」

 

「まったく姉者は……」

 

 

胸を張って豪語する姉にどこか肯定的な苦笑を浮かべる夏侯淵。

そこでふと、自分がこの場に来た理由を思い出したのか軽く表情を改めた。

 

 

「姉者。先程、李通殿から話があってな。吉利殿と李通殿は一度陳留に戻るそうだ」

 

「……」

 

「姉者?」

 

 

特に何も相槌を打たずに、しかし難しい顔になった姉に夏侯淵は呼び掛ける。

 

 

「ええと、秋蘭。李通とは……誰だ?」

 

「姉者、さすがにそろそろ人の顔と名前を一致させる癖を付けた方がいいぞ」

 

「む、むう。分かってはいるのだがな。どうでもいいやつの顔と名前は中々覚えられんのだ」

 

「頼むから本人の前でそれは言わないでくれるとありがたいぞ、姉者」

 

「あ、ああ。気をつける」

 

 

少しだけ本気のトーンで言われた妹からの忠告を素直に受け入れる夏候惇だった。

 

そこで夏侯淵は嫌な予感を感じた。

まさか他の人達の顔と名前も覚えていないと言うのではあるまいか、と。

 

 

「なあ姉者。黄忠殿は分かるか?」

 

「こうちゅう? ああ、えっと、その、あれだ、紫色の髪をした」

 

「……ま、まあ間違ってはいないか。では魏延殿は」

 

「ぎえん? 誰だそいつは」

 

「……いや、いい。じゃあ厳顔殿」

 

「む、むう。むむむむむむ……腰に酒瓶を下げていた気がするが」

 

 

魏延殿の時の答えよりはマシか、と思った夏侯淵だった。気を取り直して質問を再開する。

 

 

「では趙雲殿は」

 

「ちょううん……む、うん。あの槍を使う白いやつか」

 

「分かった。取り敢えずはいいだろう」

 

 

思いの外、早く答えが出て来たことに少し驚きつつも、残りの二人は一気に聞こうと思い立った夏侯淵は口を開く。

 

 

「最後に、北郷殿と吉利殿は分かるな?」

 

「ああ。傭兵隊の隊長と、その傍らにいた黒髪で紅眼の――」

 

「……姉者?」

 

 

不自然に切られた言葉。そしてそのままで制止している姉に訝しげな視線を向ける夏侯淵。

 

そして少し経ち、夏候惇の口から紡がれた言葉。いや呟きは

 

 

 

 

「――黒髪で紅眼、だったか?」

 

 

 

 

何故だか、夏侯淵の心にも強く響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

< あとがき >

 

 

お久しぶりです。

じゅんwithジュンです。

 

半年くらい(適当)の間を空けての投稿。

この作品の続きを待っている方々には申し訳なかった。いや本当に。

 

とはいえ今回投稿できたのは

 

――時間が空いたからとか暇になったからとか会社クビになったからとか宝くじ当たったから働く必要なくなってウハウハとか――では無く。

 

単純に忙しい時間の中でコツコツと書いていたのを投稿したというだけなのです。

つまり、今後も投稿に間が空く可能性が大ということです。これはどうしようもないのでご容赦頂きたい((+_+))

 

しかし書くこと自体は諦めていないので、今後も絶対に投稿を続けることだけは誓います。

 

これからもよろしくね!!(^^)/

 

 

 

 

 


 
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