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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~<1>【2章-1】

みっくーさん

◆既存投稿分をまとめました。既投稿ページにて評価等いただいておりました皆様、まことにありがとうございました。(2015/05/03)

2014-08-12 01:34:36 投稿 / 全30ページ    総閲覧数:431   閲覧ユーザー数:430

章2章 チュ~ト・リアル! 金と黒の少女たち

 

「それではスフィールリア君。道すがらになるが、君の今現在の〝立場〟と〝扱い〟について説明する。すらっと覚えるように」

「はぁ」

 宿にタウセン教師が(おとず)れたのは、翌日の昼のことだった。

 てっきり事務員とか寮の管理人さん的な人がくるものだと思っていたので、いきなり〝教師〟が現れたのは意外だった。

 教師ってそんなことまでするの? と思ったものだが、なにやら先日自分が認定された〝特別監察特待生(とくべつかんさつとくたいせい)〟というのは相当に特殊な生徒に分類されるらしくて、このタウセン教師は自分みたいな〝問題児〟を引き受ける役割も負っているそうなのだ。

 そういうわけで〈アカデミー〉敷地内のはずれにある森の一角。よく見なければ気がつかないような小さな一本道を、ふたり、歩いているのだった。

「君のような生徒を〝特監生(とっかんせい)〟――特別監察特待生と言う」

「はぁ……それって、なんなんですか?」

 前をゆくタウセン教師が、肩越しにスフィールリアを一瞥(いちべつ)した。愛想のかけらもない、無機質な目つきだった。

「君の退学処分――これは〝取り消されていない〟」

「ええっ!?」

 心の底から驚いて後ずさるが、タウセン教師はこれっぽっちも動揺していない。歩く足だって微塵(みじん)(ゆる)めてくれなかったので、一気に彼女との距離が開いていってしまう。

 慌てて小走りになって追いつきながら、やっぱり冷たい先生だなと考えを(あらた)めた。

「ちょ、どういうことなんですかっ?」

「そもそも君が先日働いた行為は、いくら君が優秀であることが分かったとしても、とてもではないがそれくらいでは取り消しが不可能なくらい大変な不祥事だったのだ。君は昨日、教頭先生たちに散々しぼられたあとだろう」

 呆れるというよりは(とが)める調子の方が強く、タウセンはため息混じりにそう答えていた。

「はあ、なんか法律にも違反してるんだとかなんだとかって」

「そういうことなのだ。綴導術(ていどうじゅつ)、そして綴導術師(ていどうじゅつし)は、各国が定める法規定により厳重かつ厳密に管理されていなければならない。当然、資格だって免許だってあるのだ。もしもこれが私利私欲に駆られた術者や権力者の手によって無秩序に扱われることがあればたちまちにして世界の様相が乱れ、世界は〝霧〟に覆われてなくなってしまうだろう。それは綴導術の理念に根本から反することなのだ」

「えーと、つまり、あのぅ……無資格無免許でお仕事してたあたしって」

「モグリだ。それもきわめてタチの悪い」

「はうっ」

 よろめきながら、しかし胸中では『でもそれって全部師匠のせいであたしは悪くないよね?』としっかり自己弁護しておく。脳内スフィールリア判事、脳内スフィールリア陪審員、脳内スフィールリア聴衆、それらのすべてが満場一致の上で、判決は勝訴だった。スタンディングオベーションが巻き起こっていた。

「あのぅ、先生ひょっとして……通報とかしませんよね?」

「……」

 タウセン教師はなにも言わない。そのパッドで固められた融通の()かなさそうな肩を眺めながら、スフィールリアはごくりと喉を鳴らしていた。ここは広い森の中。ふたりきり。周囲に人影はなし――

「お前今――今なら殺れるとか考えただろう。あ! やはりな……いいぞきてみろ。やるとなったらやるぞわたしも」

 めら……と、無愛想な表情だけは変えずに立ち上がったオーラに、スフィールリアはブンブンブン! と首を振って否定した。しかし本能的に飛び下がって、構えを取ることは忘れなかった。

 十秒ていど無言で見つめ合い、またため息とともにタウセン教師は歩き出した。

「まったく……これだから〝特監生(とっかんせい)〟は……」

「や、やだなぁ! 冗談に決まってるじゃないですか――まだお互い知らない同士、とっつきやすくしてあげてるんじゃないですか! もう、傷つくなぁ!」

「……で、次に君はこう言うわけか――非常に精神に傷を負わされたので慰謝料をよこせと。もしくは冗談だったのに殺されかけたので慰謝料をよこせと」

「先生、人のことなんだと思ってるんです?」

「ほう――すると君はここ近年の〝特監生〟の中ではずいぶんと優良なんだな。すまなかった」

「ええ、まあ、分かってくれればいいですけど……」

 憮然(ぶぜん)としてうなずきならも、頭の隅では、なるほどそういうのもあるのかと納得している。

「今、なるほどそういうのもあるのかって考えてただろ。前の発言は撤回するぞ」

「うぐっ。……じょ、冗談なのに……」

「今の『うぐ』さえなければな。……はぁ。そもそも冗談だろうとなんだろうと戦闘態勢に入った教師に構えを取るような生徒なんかいない。だから君は〝特監生〟だと言うんだ」

「……あのー。さっきからトッカントッカンって。〝特監生〟ってそんな人ばっかりなんですか?」

「自覚と飲み込みが早くて助かるな。そういうことだ」

 非常に心外であったが、タウセン教師はまったく取り(つくろ)う気がないようだった。

「話を戻すからよく聞いていなさい。そういうわけで一度は正式な審議と手続きにより記録に残した上で決まってしまった君の退学処分を取り消すことはできない。だから、君の再編入に関して〈アカデミー〉が取る手段は、このようになる――スフィールリア・アーテルロウンは決定事項の通り退学処理と『なった』。今ここにいる君は『偶然にも』退学になったスフィールリア・アーテルロウンと同姓同名で容姿も似ていないこともないかもしれないが、『まったく別人』の、スフィールリア・アーテルロウンである。と」

「……そんなのって通るんですか? ここって、いつもそんなインチキしてるんですか?」

「通すのだ。ここだけは勘違いをしてほしくないが――君の今後の安全のためでもある――これは〈アカデミー〉といえどもおいそれと実行できる工作ではない。君の知らない世界の水面下で今も行なわれている、膨大な駆け引きや根回しの上に成り立っていることなのだ」

「って言われても、実際見せてもらわないことには実感もなにもないんですが」

「見なくていいむしろ冗談じゃない。君はただその事実を知ってさえいればいいんだ。……ともかく。なぜそうまでして一度はこぼれ落ちかけた生徒を拾い上げるのかという答えが、〝君〟だ。君のように素行や人格思想経歴その他に大変危険な部分があったとしても、それに目をつむってなお未来の〈アカデミー〉に対し莫大な〝利〟を期待できる人材。これらを救済し、しかし同時に監視も行いながら教育してゆく。……これが〝特別監察特待生(とくべつかんさつとくたいせい)〟の概要なのだ」

 つまり――とてもではないがほかの生徒と一緒にしてはおけない。しかし学力や技能において非凡なものを持っているので、ただ捨てるには惜しい。そこで厳重に監視をつけた上で問題を起こさせないよう(あるいは問題を起こしてもすぐに対応できるよう)にし、存分に業績を残してもらおう……ということなのだそうだ。

 今ひとつの理由としては、スフィールリアのように〝あらかじめ〟大問題を起こしたり抱えていたりする問題児が大半なので、一度その経歴を白紙にし、不祥事を覆い消してしまう隠れ蓑という機能も持っているらしい。これはつまり、いざかばい切れない状況となれば、〈アカデミー〉は苦もなくこれらの生徒を切り捨てることができる、ということも意味していた(あくまで〝その生徒〟は〝最初に問題を起こした本人ではない〟からだ)。故に特監生は抱える問題の質によっては、国内外様々な機関から今なお行方を探られていたり、今後狙われる可能性をも持つ。身の安全というのは、そういうことだ。

 だから〝特別監察〟で〝特待生〟なのだ。

「分かったかね?」

「は、はぁ……釈然とはしないですけど、一応」

「よろしい」

「あっ、やっぱりよろしくないです抗議します!」

「ダメだ」

「ぐぬぬ……」

 いつかハゲ散らかす呪いを開発して実験第一号にしてやる……という決意をスフィールリアは固めた。

「……で? どこに向かってるんですか?」

「ああ、そうだな。昨日伝えた通りだが、今向かっているのは君に割り当てられる〝寮〟室だ。ここいら一帯の、学院のいわば〈郊外〉エリアは、君たちのような〝特監生〟のために用意された寮設備が置かれている。もちろん、〝表向き〟は違う用途のためのものだ」

「あ、それじゃ、あたしと同じ〝特監生〟がこの辺にはいっぱいいるんですか?」

「いや? この辺りの区域に住むことになる〝特監生〟は君ひとりだが?」

「はっ?」

「君たちのような〝特監生(とっかんせい)〟をひとところにまとめて置いておくわけがないだろう。妙な化合反応をして国家転覆でも起こったらどうするんだ。まったく……」

「……」

 しばらくジト目になって目の前のタウセン教師を(にら)みつけていたが、結局少しも振り返ってくることがなかった。

「ここだ――ついたぞ」

「うわぁ……!」

 ほどなく、林立していた木々や茂みが(ひら)けて――スフィールリアは感嘆の息を吐き出していた。

 学院郊外に広がる森の中。そこだけ魔法のようにぽっかりと(ひら)いた空間に、満開の桜の樹が一本、立っていた。

「きれい……」

 その桜の樹に寄り()うようにして、一軒の、青い屋根をした二階建ての小屋がある。そこから少し離れたところには(さび)だらけになって蔦が絡んだ洗濯物干し、腐食した足が折れて鳥獣捕獲の罠装置みたいに傾いたウッドデッキと椅子などが転がっている。小屋自体も近づかなくても分かるくらいにはくたびれていて、長らく人の手が入っていないことは明らかだった。

 かつては誰かが暮らした生活の名残たちの上に花びらがひとひら、ふたひら……舞い散り降りる風景は、役目を終えて眠りに就いた道具たちを、桜が優しく包み込んで子守歌を聞かせているかのようにも思えた。

 そんな詩的な気分になり、うっとりして桜の樹を見つめていると、隣に並ぶタウセン教師が情緒のかけらもない失礼なことを言ってきた。

「腹が減ったのか? どんなに探してもチェリーは()ってないぞ」

 ギロリと一瞥(いちべつ)だけを投げつけて、スフィールリアは桜の樹に近づいていった。

 そっと手のひらを触れさせると、樹の方から暖かい眼差しを返されたような気がした。

「優しい樹……暖かい〝流れ〟に満ち溢れて。大地にしっかり根ざして、この(あた)りの地面を支え続けてくれてる。ずっと、ずっと……」

「……分かるのか?」

 いつの間にか近寄ってきていたタウセン教師にスフィールリアは振り返り、なんだかうれしい気分になって微笑(ほほえ)んだ。

「〝またきたね?〟――って」

「そうか」

「あっ、今適当に流そうとしたでしょ! ほんとなんですから!」

 ぷりぷりして言うと、しかしタウセンは至極(しごく)平静に「いや?」とだけ否定してきた。

「この小屋に住むことになった生徒はみんなそろってそう言う。樹齢は記録が残っていないが、少なくとも学院創設初期ごろからあって、冬にも花を咲かすことがあるらしい不思議な樹だそうだ。逸話(いつわ)だがね。君も〝挨拶できた組〟のようだな」

「あ、そうなんですか? へぇ~」

 どんな文句を言ってやろうかと頭を巡らしていたので拍子抜けしてしまった。

 次にスフィールリアはハッと気がつき、とっとっと……と小屋の玄関まで駆け寄った。

「ひょっとして、先生――この小屋丸ごとあたしひとりが使っていいんですかっ?」

 ワクワクしながら(たず)ねると、タウセン教師はこともなげにうなずいてきた。

「ああ、そうだ。〝特別監察〟とはいえ〝特待生〟だからな。これくらいの待遇は当然、用意してある」

 スフィールリアは目を輝かせた。

「うっひょーやったー! これってフツーの寮の部屋より絶対広いですよねっていうかあたしの住んでた家よりダンッゼン立派だし二階なんてなかったし! でも窓は掃除しないとな~。ウッドデッキとかも直してあげないと。雑貨屋さんとかってどこなのかな――あっ! 裏にはなにがあるんだろう!」

「ここは個人工房としての機能も備えている。〝工房結界〟はもちろん〝晶結瞳(しょうけつとう)〟や旧式だが〝特強高炉〟〝導脈(どうみゃく)反響板〟などの機材もひと通りが揃ってる。年季は入ってるが入学一年目の生徒じゃまず揃えられないようなものばかりだから、ほかの生徒からすれば垂涎(すいぜん)ものの環境――って聞いてないんだな」

 草花がそよぐ草原に初めて連れてこられた仔猫みたいな勢いで、スフィールリアの姿はあっという間に裏手側へ消えていってしまっていた。

 裏手側には風呂を()かす用のかまどとその(まき)を閉まっておく小倉庫があり、ついでに〝工房〟の裏口でもある。タウセンがゆっくり歩いて回り込むと、その裏口に手と足をかけたスフィールリアの姿があった。ガタゴトと音を出しながら必死になってかじりついている。

「うぬっ、開かねっ。この!」

 ガタゴト。

 ガタゴトゴト。

 深夜、彼の自宅の食糧倉庫に猫が(むら)がっている時とまったくおんなじ音だった。

 タウセン教師はため息をついた。

「君はまるでチーズの入った戸棚にかじりつくドラ猫のようだな……高級な機材もしまってあるんだ、カギくらいかけてあるに決まってる。どきなさい」

 タウセン教師が(ふところ)から鍵束を取り出して選んでいる間にもスフィールリアは「早く、早く!」と合いの手を入れながらぴょんこぴょんこ()んでいる。

「ありざーっす!」

 教師がドアを開放してくれると、スフィールリアはまた一目散で工房へと駆け込んでいった。タウセン教師はまたため息をついたが、彼女には聞こえていない。

「うわぁー、すごーい、ぴかぴか~! ホコリまみれだけど、ピカピカ~~!」

 スフィールリアは工房に入るや、一秒たりとて同じ場所に足を落ち着けることもなく棚のガラス器具やかまどを眺めて回った。

「どれがどれとかは、分かるようだな」

「あっ、はい! 師匠んところでだいたい使ってたんで。知らないものとかもたくさんですけど、似たようなものとかもあるし、なんとなく分かるかも!」

「ふむ? ヴィルグマイン師は、道具も自作していたのかな?」

「うわぁー、うわぁー……あっ、そですね。なんか、〝表〟の連中は頭がカタいから器具もゴテゴテくどいし高いからって。わー、このかまどレンガ製ですよ!? ウチなんて師匠がこねた土のヤツだったのに!」

「なるほどな……。それで? ヴィルグマイン師は、いつも、どのように――」

 タウセン教師がなにかを言いかけると同時、正面玄関の方向から「うるさいぞっ!」という、エラく不機嫌そうな怒鳴(どな)り声が響いてきた。

「だれかいるのか! なに騒いでいる!」

 もう一度、怒鳴り声。

「? だれか住んでるんですか?」

「あー、そうだった。最初に紹介するつもりだったのに君が裏なんかに回るから。きなさい」

「? ?」

 ちょっと疲れ気味になって正面側のドアをくぐってゆくタウセン教師。同居人がいるということだろうか。気難しい人だったらイヤだな、と考えながらその背中を追ってゆく。

 一階部分は大半が工房スペースで占められており、残りは玄関・トイレ・二階住居スペースへの階段等をつなぐ連絡通路になっていた。カツカツと靴音を鳴らしながら階段を上がってゆくタウセン教師。声は伝声管の要領で二階から届いてきたらしい。

 そういえば先生も自分も靴はいたままじゃん! と気がつくが、まあいいかと思い直した。廊下はどちらにしろ掃除はしなくちゃいけないくらい(うす)汚れていて、乾いてこすれた泥の跡とか、巨大な猫の足跡なんかがつき放題だったののである。

(ん? 猫かなこれ? それにしては、やたらと大きい……)

 ということをつらつら考えたり観察したりしている内に、二階ドアに到着。すでにタウセン教師がくぐって半開きになっていたそこを改めて押し開けて入室すると、

 部屋の内装よりもまず先に、視界に飛び込んでくるものがあった。

「ん? 猫かなこれ? それにしては、やたらと大きい……」

 そんな感想が()れた。

「ご挨拶だな、小娘風情が」

「うわっ。しゃべった!?」

 言葉をしゃべる、猫にしてはやたらと大きい猫――

 総合すると、そういったようなものが、そこにいたのだ。

「そ、んな、しゃべ……か、か……」

 二階部分最初のスペースは居間(いま)のようだった。外と違って腐食はしていないがかなり古めかしい四角テーブル。小さなカウンターを(はさ)み、キッチン。隣の部屋(たぶん寝室だろう)と(つな)がっている形で、暖炉。

 そんな部屋の、入ってきたドアに対して正面一番奥。

 そこに、大きな――体長二メートルはある金色の猫が寝そべっていた。

 鋭い、神秘的な紫色の眼差(まなざ)しで彼女を()抜き、

「どうした小娘? この姿が怖いか? ふふ――礼儀を知らぬ若造め。俺様が挨拶のしかたってモンを教えてやったっていいんだぞ?」

「……かわいいーー!!」

 瞬間、スフィールリアは猫に飛びついていた。猫そのものよりも素早い、逃げようのない一撃だった。

「おいっ!?」

 いきなり抱きつかれた猫が怒号(どごう)にも近い声を上げるが、スフィールリアには聞こえていない。モフリ、モフリ、とそんな音が聞こえてきそうなくらいの思いっきりな動作で長い毛並みに頬ずりをして、次の瞬間には、今度は悲鳴を上げて猫の身体を投げ出していた。

「くっさ!?」

「こらぁ!!」

 再度、抗議の声。

 金猫は一旦部屋の(すみ)側へと退避し、鼻をつまんでへたり込んでいるスフィールリアに「フーッ」と牽制(けんせい)威嚇(いかく)を投げる。次に入り口横に(たたず)むタウセン教師に〝ぎっ〟と顔を向けた。

「おいこらタウセンこのガキはなんなんだこら!」

「スフィールリア・アーテルロウン。今日からここに住まう新入生……言わずもがな〝特監生(とっかんせい)〟だ」

 ぴくり、と猫が耳を動かした。

「……アーテルロウン、だと? あの娘の? こいつはあの娘のなんだ」

「知っているのか?」

「なんなんだと聞いてる」

「弟子……が、一番近いのでは? なにせこの学院の生徒だから」

「なに馬鹿言ってる。あの娘の弟子は、たったの……あー、そういう意味か。いや、いい」

「?」

 タウセン教師は小首を(かし)げたが、それよりもまず職務を思い出した。(たい)はスフィールリアに、手のひらを金猫に向けて、

「で、この猫のようなのが、〝妖精〟フォルシイラ。綴導術師(ていどうじゅつし)としての君の、これからの活動を助けてくれることになる」

「勝手に話を進めるな。出てけ小娘」

「はぁ」

 スフィールリアがいまいち分かっていない返事をしたのはタウセン教師に対してで、それより先んじて水を差した金色の猫は、両目を細めて無愛想な男を威圧した。

「ここは俺様の家だ。どうせまた追い出してやるんだから、無駄なことはせずこのまま連れ帰るんだな」

「そう言うな。こう見えて、ここ近年でも図抜(ずぬ)けた素質を持ってる子だし、学院長の兄弟子殿の元生徒だ」

「アイツの?」

「そうだ。ていうか知ってたのか。まあそういうことだから、お前としても張り合いがあるんじゃないか?」

「いいや。そんなことはない。ますます嫌いになった。コイツは絶対に追い出す。ノイローゼになるくらいイビリ倒して(たた)っ返してやるから今の内に連れて帰れ」

「無理だ。仕事だからな。報酬の査定にも関わる」

「それが本音か……そろそろ食い殺してやろうか……」

 グル……と(のど)を唸らせる猫に、鼻はつまんだままもう片方の手で指を向け、スフィールリア。

「あのー、先生。このくっさいきちゃない猫、捨てていーですか?」

「ふふ……見た目通り馬鹿な小娘だな」

 だがフォルシイラは笑い、タウセン教師は冷たく首を振るだけだった。

「ダメだ。もし彼と上手くやっていけないなら、君の方が学院を去ることになる」

「えーーっ!」

「ふはは!」

 勝ち誇ってゴロゴロと床板でグルーミングを始める猫をよそに、スフィールリアは教師に詰めかかっていた。

「きーてないですよぉ! どぉーいうことなんですかぁ!?」

 が、タウセン教師はあくまで平静だ。

「今から話す。君たち〝特監生(とっかんせい)〟に対する監察の一環としてあるのが、この〝妖精〟だ。彼らはその身に幾多もの〝蒼導脈(あおどうみゃく)〟のパターンを記録することができる。我々人間などよりも、はるかに膨大な量をだ。これがなにを意味するかは、君には今さら説明は必要ないだろう?」

「えーと、つまり……あたしの上達具合とか活動を、コイツが記録するってことですか?」

 そういうことだ。と教師がうなずく。

「それだけではないぞ。俺様はこの身体に記憶した情報をいつでも好きな時に引き出すことができる。つまり貴様ら綴導術師(ていどうじゅつし)がなにかしらの複雑な複合術を行いたかった場合、お前ら自身がその矮小(わいしょう)な脳みそでわざわざ面倒な管理をしなくても、この俺様の超絶能力でちょちょいと実行手順を示してやることもできるのだ。ふはは。まあーお前なんか助けてやらんけどな」

「ふーん。……そういえば師匠も、腕の立つ綴導術師は自らが作り上げたナンチャラ生命体に術や物質生成のプロセスを覚えさせて補助させるって言ってたっけ」

「それ使い魔な、使い魔。ハハハ。なにを隠そうその使い魔だって太古の綴導術師と俺様たち妖精の関係を倣って作られたんだ。つまり俺様の方がそんなもんよりよっぽどすごいんだぞ。お前は助けてやらんがな」

「へぇー、そう」

「絶対助けてなんかやんないからな!」

「いらないわよ!」

 食ってかかろうとしたスフィールリアの頭に、ポンとタウセンの手が乗せられる。

「だから、待ちなさい。とにかくこれはそういう決まりなんだ。どちらにしろ一人前の綴導術師(ていどうじゅつし)になるならば妖精とも心を通わせなければやっていけないぞ」

「それ以前にこの学院の卒業すら怪しくなるがな」

「ぐぬぬ……」

「第一、遅かれ早かれほかの同級生たちも学院から支給される仮造(かぞう)使い魔を使うことになるし、最低でも一年生の終わりごろには自分の最初の使い魔を造ることになるのだ。スペック面での差は言うまでもない。ほかの生徒なら涙を流してうらやむ環境だぞ」

 そこまで言われても、スフィールリアは唇を(とが)らせるだけだった。

「だって師匠もそんなの使ってなかったし。あたしだって皆と同じその使い魔でいーじゃないですか……」

 これにタウセンがもう一度念押しをしようと口を開きかけたところに、また玄関の方から荒々しい音が響いてくる。今度は、ノックの音だった。

「ちょっと、だれか。いらっしゃらないのかしら!? 人の声は聞こえ――あらやだ!」

「……学院長?」

 タウセン教師が、(いぶか)しげな顔をする。

 たしかに聞こえてくる声は学院長のものだった。

 タウセンが小走りに階段を下りてゆき、とりあえずスフィールリアもついてゆく。後ろから猫もついてくる気配があった。

 タウセンが施錠を外して扉を開いた先には、大きめの紙箱を抱えた学院長の姿があった。

「あらやだ。やっぱりいるんじゃないですか。あんまり強く叩きすぎてノッカーが外れてしまったじゃないの。だいぶ手入れも不行きだったのね」

「あー。申し訳ありません。少々、立て込んでいたものでして」

 まだちょっと不満そうに表情を膨らませたまま、学院長は訝る目つきになる。

「カギなんて閉めて……いかがわしい行為になど及んではいませんでしたよね? いけませんよミスター・タウセン。あなたは女生徒に人気があるとはいえ、むしろ誘惑が多い分ほかの教職員よりも自覚と節度を強く持たないと」

「……」

「……そうなんですか、学院長先生?」

「そうですよ? ファンクラブとかあります。それも複数」

 へぇ~~……などと物珍しげな目つきで眺め回すと、頭痛がしたように頭を抱えていたタウセン教師は、ジロリとした横目をスフィールリアにやって「まったく……君が落ち着きなく裏口なぞに回るから……」と恨みがましい声を絞り出した。

「それで。なんなんです学院長。彼女の案内でしたらちょうど今しがた切り上げるところでしたが」

「切り上げるところじゃないです話終わってないです!」

 すかさず食いつくスフィールリアの剣幕に「?」と首を(かし)げつつ、学院長は「ああ、そうそう。これこれ」

と言って紙箱を叩くしぐさをした。

「その子の初期ステータス検査書類、作らないといけなかったでしょう? 通常の新入生はもう済ませちゃったし、検査日程はもう貴族出身の皆様に移っちゃってるから割り込ませるのも面倒じゃないですか?」

「ああ。だからわざわざご足労を?」

「かなりタイトなタイミングでしたからね。ささ、こんなところじゃなんだから工房の作業机いきましょ。さあさ」

 かなり(せわ)しない調子で、学院長はぐいぐいとふたりの肩を押し込んで玄関へと入っていった。

「久しいな小娘。ふん。まだ死んでなかったのか」

「ええ、ええ、お久しぶりねフォルシィラ。あなたの方こそ元気そうでなにより」

「ふん。せっかくこの俺様が目をかけてやったのにさっぱり顔も見せにこないんだからな。(なげ)かわしいことだ」

「あらあらごめんなさいね? 忙しさばっかりが増えて中々足を運べないのよ。あなたの方こそ会いにきてちょうだい? 教職員棟の事務室には大きな猫がきても通してよいと伝えてあるのよ? あなたがこないからアイラったら勘違いしちゃって、おかげであの建物は大人の猫ならみんなフリーパス」

「ふん。あんな人間でゴミゴミした場所なんか冗談じゃない」

 とそんな、どちらもそこはかとなく嬉しげに言葉を交わしながらも工房へたどり着く。

「スフィールリア。あなたに渡すものがあってね。さ、これよ?」

 埃だらけの机の上に学院長が取り出した紙箱の中身は、ふたつ。その内ひとつは、スフィールリアも昔に見た覚えのあるものだった。

 ひとつは黒く冷たい質感の石でできた、丸っぽい形状で、少し横長の板。表面に小さなガラス球がいくつも埋め込まれていて、掘り込まれた(みぞ)でスゴロクのマスのようにつながれている。

 そしてもうひとつ。こちらが彼女も知っているものだった。

 材質は同じ石。中央に手のひらを乗せられるくらいの水晶球が埋め込まれている。

 スフィールリアはあからさまに嫌そうな顔をした。

「あのぅ、これって……たしか綴導術師(ていどうじゅつし)としての〝素質の色〟を見る、とかいうヤツですよね」

「あら、知っているのね。話が早いわ。それじゃ早速、手を置いてちょうだい?」

「えー? うう……」

「どうした? これは新入生全員が受ける簡単な測定だ。綴導術師としての君の内側の〝蒼導脈(あおどうみゃく)〟の性質や度合いを読み取って記録に残すだけのものだ。別に君のプライバシーを侵害するものでもない。身体測定なんかよりは簡単だし、気後れするようなことでもないだろう?」

 スフィールリアはやはり苦い顔をしたままだった。さっきから妙に忙しない様子だった学院長が、()れたように追加の促しを入れてくる。

「どうしたのかしら? わたしこのあとすぐに入学式のスピーチが控えているのよ。今日は東方大陸方面の日程でフェリス王国の方々も多いから遅れることができないのよ」

「いやー、でもぉ……」

「なんでしたら学院長はお先に会場へどうぞ。記録でしたら私が取っておきますので」

「あらあら、ダメなのよそれが。もう第三のスケジュールに入っちゃってるから、わたしの権限じゃないと割り込ませられないの。でも、それも今日まで」

「あっそうか。今年は王室への資料提供のスケジュール繰り上げてるんでしたね」

「そういうこと――ほらスフィールリア? 早くしてちょうだいなっ」

「うう」

 諦めたようにうなだれて、スフィールリアはむしろ(とが)める視線でふたりを見た。

「分かりましたけど……ヘンな顔とか、しないでくださいよぉ……?」

『?』

 そろって小首を(かし)げる教師たちはもう置いておき、彼女は目の前の黒板に向き直った。

「……」

 さて、〝綴導術師(ていどうじゅつし)〟はこの黒板の水晶球に手を置くことで、術師としてのその素養を〝色〟で見分けることができる。

 すなわち、青、赤、緑の三種である。これらの色がなにを指し示すかは、またのちほどに語られることになる。

 ともあれ、これらの内どの色が示されるかによって、術師としてどの分野に〝向いている〟のかがあるていど分かるようになっている。

 もちろんどれかの色が出たからといって、ではほかの色の分野にはもう手が出せないのかと言えばそんなことはない。すべての術師は基本的にすべての色の素養を持っており、その内のどれが伸びているのか、伸びやすいのか……などが分かるだけである。のちにこの基礎素養が変化する例もある。

 ――が、示される色はこの三色の内どれかのみである。

 だから、彼女はこの装置が嫌いなのだった。

「じゃあ、触りますからね……」

 ゆっくりと、手のひらを置く。

 水晶が一度、(あわ)い透明の輝きを発した。次に揺らめいて、スフィールリアの素質の色を指し示すべく輝きに色を灯し始める。

 さてこの期待の新入生の今後を示す色とは何色だろうか……とそれまで気楽な好奇の色しか灯していなかった教師たちの目が、見る見る内にひん()かれていった。

「……はい、どーぞ。これがあたしの〝素質の色〟ですよっと」

 案の定かといった憮然(ぶぜん)とした表情でスフィールリアは隣の教師たちの前に、自らの〝色〟を示した黒板を(すべ)らせてやった。それを、タウセンと学院長は取り合うように同時にひったくった。フォルシィラも思わず机の上に飛び乗り、一緒になって手の中の黒板を凝視していた。

「な、な……なっ! 学院ちょ、こ、これは!?」

「バカな。こんなことがあるはずあるかっ! おいこれはどういうことだ小娘!」

 恐慌にも近いふたつの声に呼びかけられて、しかし学院長もまた、水晶球から目を離せずにいた。なぜなら、そこに宿された光の〝色〟が――

「〝金〟……!」

 ――だったからである。

 薄い、黄金。

 見間違いでもなんでもない。水晶の光が、紛れもなく物語っていた。

 スフィールリアの〝素質の色〟は、〝金〟である、と。

「おい、これはどういうことだ小娘……」

 フォルシィラが獰猛なうなり声を上げ、視線で学院長の眼を貫いた。

「フォルシィラ?」

「〝金〟だと……そんなことがあるもんか。ふざけるなよ!〝それ〟は、ずっとアイツが探していた――」

 と、そこまでを言いかけて、止まった。三人の人間の視線――とりわけ自分を見返す学院長の静かな視線に気がついたせいだった。

「……なんでもない」

 そのまま机を降り、部屋の(すみ)までいくとふてくされたようにうずくまってしまった。

「……。故障、ですかね……?」

導宝玉板(どうほうぎょくばん)に故障という概念はあり得ません。分かっているはずです、ミスター・タウセン」

 ずれた眼鏡を片手で直すころには、学院長の顔色はすっかり平静に戻っていた。

「スフィールリア?」

「はい?」

「あなたは自分の〝色〟を、ずっと昔から知っていたのね? ヴィルグマインに試されて? おそらく、自分の仕事をあなたに手伝わせ始める、最初のころに」

「そです……」

「〝それ〟が、この世界に存在する他人の〝だれ〟とも違う〝色〟であることも?」

「はい……」

「よろしい。では、この〝色〟のことを、ヴィルグマインと、今この場にいる三人以外の者に口外したり、見せたりしたことは?」

 ばっと顔を跳ね上げ、スフィールリアもここばかりは必死に近い声を出した。

「言ってません! ――だって、そんなことしたらあたし、また……」

「けっこう」

 とだけ言って、彼女は自分の手のひらを乗せて水晶の〝色〟を上書きし、スフィールリアの〝色〟の痕跡を消し去った。そのままなにごともなかったかのように紙箱へとしまい込む。その時にちらりと見えた学院長の〝色〟は、〝紫〟だった。

 さらに紙箱を抱えて、学院長。

「このことは一切の部外秘といたします。この度の測定で、この子の〝色〟は〝青〟だという結果が出ました。よろしいですね、ミスター・タウセン?」

「承知いたしました」

 次にもう一度スフィールリアを見て、そっと、その肩に手を置いた。

「悪いのだけれども、あたなたの始業はほかの子たちより三日か四日ほど遅れることになりそう。許してちょうだいね? 王室に登録するために作らなくてはならないダミー・データが増えてしまったようだから」

「え……あ、はい。分かりました」

 よく分からないままうなずくと、学院長も「よろしい」とだけ言って紙箱を抱え直した。帰るらしい。

 そういえばスケジュールが()していると言っていたし、なにやら自分のことで面倒ごとを増やしてしまったということだけは分かるので引き止める理由も思いつかず(本当はあったのだが思い出せなかったのだ)、結局そのまま玄関まで見送る運びとなった。

「まあ、ね。家の掃除の期間ができたと思ってゆっくりしていてちょうだいな。あ、それと、昨日説明した始業の準備も(おこた)りないように。初期教材の校内販売は明日までだから逃すと取り寄せるまでの間は手ぶらで講義を受けることになりますからね」

「わたしも用が済んだのでもういくが、これだけは言っておくぞ。くれぐれも入学式の時のような問題行動、引いてはあらゆる問題行為には及ばないように。フォルシィラとも上手くやっていくんだぞ」

「は、はぁ……分かりました」

「はい、けっこう。さぁさ、それじゃいきましょうかミスター・タウセン? ああ忙しい忙しい!」

「運搬用の使い魔を連れてきておけばよかったですね」

 などというやり取りが、小走りで森の中に消えてゆくまでを見送って……

「ほう? 俺様と上手くやっていく、か」

「はっ……!?」

「そうかそうか。そいつは殊勝(しゅしょう)な心がけだなはっはっは」

「わわっ、ちょっ、待ってください先生ー! まだ話終わってないんだったーー! 戻ってきてーー!」

「俺様の言うことはなんでも聞くんだぞ。全部俺様優先。ここは俺様の城だからな。逆らったら退学だぞ」

「せーーんせーーーーい!!」

「はぁーーっはっはっは!!」

 

 

「全然ダメ。やり直し」

「……」

 ダバー。

 とフォルシィラが床に()き出したホットミルクを、スフィールリアはなにも言わずに、(かたわ)らに立てかけてあったモップで()き取る。

「あー、それもそんなんじゃ全然ダメだ。モップの洗いが雑すぎて牛乳の臭いが残ってるじゃないか。すぐ洗い直してこい。俺様の寝床(ねどこ)がクサくなっちゃうだろうがホラ早くしろ」

「……」

 また、文句のひとつもなく、裏の井戸へと向かうべく足を向け――

「おい、何度言わせれば分かる。返事はちゃんとしろよ返事返事」

「……はい。もっぷそうじ、いってきます」

「ふん、グズめ。五分以内な」

「……」

 ……スフィールリアの新生活が始まっていた。

「なに? もう()れ直すミルクがないだと? 買ってこいそんなもん。学院から金が出てるんだろーが。俺様のために使え俺様のために。お前の勉学なんぞ知ったことか」

 ついでに宣言通りとフォルシィラによる〝いびり〟も始まっていた。

 まずだが、掃除と最低限の生活用品を買出しにいった際のミルク缶は、帰宅一時間ですべてモップの(かて)へと消えた。

 食べ物を粗末にするというのは彼女の中では最大に近い禁忌(きんき)と言える行為だったが、

『フォルシィラと上手くやっていけないなら退学』

 この言葉により、スフィールリアは拳骨(ゲンコツ)どころか文句のひとつすら出せなくなっていた。

「お、やっとるな。はいはい。ちょっと通りますよっと」

 夕方、ようやく玄関口廊下の掃除に取りかかったところで、散歩に出かけていたフォルシィラが戻ってくる。

 出かける前よりも明らかに泥まみれになった全身で、である。まだ湿気を含む床面に、大きな大きな肉球型の泥跡が刻まれてゆく。

「おっ、ここは一番キレイになってるじゃないか。ちょうどいい。ここでごろごろしてゆこう。ふははっ」

 ごろごろ。ごろごろごろ。

 ベチャベチャベチャ。

 玄関口はあっという間に泥まみれに戻った。

 新鮮な分……臭い。

 スフィールリアの持つモップの柄が、ぎしり、と鳴った。

「こん、の……クソ猫…………」

「あん? 今なんか言ったか?」

「この……クソね……クソ……く、く、き…………ぐぬぬっ」

「ほーらほら聞こえなーいぞっ。きっちりはっきりきっかり俺様の耳に届けてみせろよ、その言葉を」

「…………。……なんでもありません」

「ふふふ……はぁーっはっは! お散歩さいこーう! ホラそこの掃除終わったら次は俺様の寝床(ねどこ)を整えておけよ。お前の晩飯なんぞ最後の最後だ。言いつけたこと全部ちゃんと今日中にするんだからな」

「は、いっ、グギゴゴ」

 決して年頃の女の子が出してはいけないような声を(しぼ)り出してスフィールリアはどうにかこらえることに成功した。

「おいなんだこの粗末なタオルはこんなもんを俺様の寝床に()くつもりだったのか。買い直してこい。あ、今すぐな?」

「遅いんだよ。あんまり帰ってくるの遅いから次の買い出しを思いついてしまったぞ。いってこい」

「おい散歩したから足の裏が疲れた。()め。あ? 掃除の続き? 寝る時間を削ればいいだろう頭を使えグズめ」

「まずいなんだこれ。やり直しこんなの俺様の夕食じゃない。べっ」

 その後もフォルシィラの無茶な要求はいやらしいほどに執拗と繰り返され、また数時間……。

「だっは……!」

 工房の椅子に腰というよりは全身を投げ出して、スフィールリアはぐったりとしていた。

 体力にはそれなり以上に自信を持っている彼女だったが、さすがにいくらなんでももう、精根尽き果てようとしていた。

 というのもフォルシィラの嫌がらせ――これが質だけでなく、量もすごいのだ。一時間の内に何回も、十分も間を置かずに次の要求を言いつけてくることすらある。おまけに、そのこなした注文をその場で引っくり返すのだ。

 何十個もの穴を同時に掘っては埋めて、また掘り返させられているようなものである。

「初日でこれなんだもんなぁ。あんの、くっそ猫め……うぐぐぅ」

 そんな獰猛(どうもう)そうに聞こえる言葉も、今ばかりは声にまったく覇気がない。

「キーアの手紙……きてないかな」

 と言いつつも、ポストを覗きにゆく気力すら()かなかった。

 そんなもの、きてるわけない。

 あのあとすぐに書いてくれていたとしたって、辺境中の辺境なフィルラールンからでは、届くのは一月近くかかってからだ。

 そんなことが分かっていても、確かめにいきたくてしようがない。

 これは、早めになんとかしなくてはならない。

 だけど、どうすればいいんだろう。

 タウセン先生に一生懸命お願いして住む場所を変えてもらう? 昼間に聞いた特別監察特待生(とくべつかんさつとくたいせい)制度の内容を(かんが)みるに、難しいような気がする。第一、あの先生は面倒ごとがすごく嫌いらしい。

 ではフォルシィラとの和解? それは、もっと難しい気がする。そもそも最初に自分が特別なにかをしたということはない。抱きついただけだ。彼は自分が部屋に入った時からもう不機嫌だったし、これはどうやら初めてのことじゃないらしい。

 いっそのこと……こんな学院なんて去ってしまうか……?

「……っ。それはダメっ」

 ガタッと音を立てて立ち上がり、またすぐに体力が尽きて、椅子にへたり込んだ。

 でも、気持ちだけは下がっていなかった。

 それはダメなんだ。ここを去ってしまったら、もう二度とフィースミールには会えなくなってしまうような気がするのだ。

 なんとしてもここで学び、ここで伸びて、彼女のことを少しでも多く知っていかなくては! 彼女の残した知識――だけでなく、もっともっと、無形のものまで含めて、もっと多くのものを……!

「でも、じゃあ、どうすりゃいいってのよ……」

 前途(ぜんと)暗澹(あんたん)さに再び目を(おお)ってぐったりし始めたところに、コン、コン、と控えめなノック音が届いた。

「?」

 外はもうすっかり暗い。いったいだれだろう? ――とりあえず出なければ――ああそういえば、ノッカーの修理もまだだった――

 疲労した頭でグルグルと。取るに足らない考えを巡らせながら玄関へ。

 そのまま特に深い考えもなしにドアを開けると、そこにいたのは、

「……タウセン先生?」

「感心しないな。こんな時間の訪問者に誰何(すいか)も確認もなしにドアを開けるなんて」

 だったらこんな時間にこないでくれればいいのに、とは言わないでおいた。たしかにここは森の中だしひとりきりだし、危険がないとは言えないかもしれない。無用心だった。

 いつもなら確認はするのだけど、やっぱり、疲れていたらしい。

「なんだなんだタウセンか。どうした。なんの用だ俺様の城に。コイツ引取りにきたか」

 スフィールリアの隣で声を出したのは、耳ざとく二階から降りてきたフォルシィラだった。

「いや。上手(うま)くやれているかどうかを見にきたのだ。初日が肝心だからな」

「ちっ。なんだ」

「なんだはコッチだってぇの……」

 つぶやくとまた耳ざとく「はん? なんだってぇ?」と嫌味を言ってくるので「なんでもないッス」と姿勢を伸ばして事務的に答える。

「……とりあえず、大丈夫みたいだな」

 数秒だけこちらを観察してそう言うタウセンの冷たい口調に、スフィールリアは「ああ、やっぱり」と落胆を覚えた。この人はやっぱり面倒ごとには関わりたくないのだ。なにかを頼んでも、無駄だろう。

「ではわたしはいくが、戸締りには用心するように。この辺りの森は〝採取地〟にもなっていて、少々危ない獣もいないこともないからな。あとはしっかり(あたた)まるようにして眠ること。いいね」

「……はい」

 うんとうなずき、タウセンは淡白にきびすを返して、きた道を歩き出した。

 なんとなくすぐドアを閉める気になれず、スフィールリアはしばらくタウセンを見送っていた。

 ドアからの()()が作る細い道から、その背中が消えようとした時、

「あ……」

 彼女は思わず声を出していた。

 タウセンが立ち止まり、半身だけ振り返ってくる。

「どうした?」

「あの、えと……」

 なにを言おうとしていたのか。なんて言えばいいのか。分からずに迷っていると、横から金猫の巨体がわざとらしく押し出されてきて、(たい)を揺らされた。

「……。ごめんなさい。なんでもない……です」

「そうか」

 そうしてまた歩き出し、タウセンの姿が森の闇の中に、消えた。

「おい小娘こっちこい。時間も時間だからな。お前の眠る場所を()り当ててやるぞ」

 ドアを閉めると、すでに階段を上がりかけていたフォルシィラが振り返ってくる。

「え……でもあたし、工房で眠ろうと」

「工房? ばか言え。タウセンのやつだって言っていただろう、暖かくしておけと。まあ俺様だって鬼じゃない。せっかく人間用のベッドがあるんだから使わせてやるよ」

 そこまで言うとあとは(あご)をしゃくり、フォルシィラは二階のドアをくぐってゆく。

 正直意外だった。むしろありがたい申し出だと言えた。今日一日で疲労困憊(こんぱい)してしまったので、せめて固くない場所で足を伸ばして眠れるならば――

 そう思いながら二階へ上がり、寝室へ入ると――

「……」

「さ、どうした? これがお前のベッドだ。遠慮なく使え」

 昼間綺麗に()いたはずのシーツがくしゃくしゃになったベッドが、そこには、あった。

 それだけじゃない。シーツは、ところどころが真っ黒な泥と脂に汚れていた。まるで、フォルシィラがあらかじめ入念(にゅうねん)に転がって(たわむ)れたかのように。

「ちなみに、ここ以外で眠ることは許さんぞ。もしも破ったら、今後のお前の査定を全部マイナスにしてやるからな」

 そんなベッドの脇で、どこか誇らしげな顔を向けてきている、金猫。

「そんな露骨なことできないって思うか? ふふ。実のところな、小娘。一週間くらいまでなら頑張って耐えた生徒だって何人かいるんだぞ。そんなやつらは全員それで去ることになったんだ。さ、分かったら早くしろ」

「……」

 黙って、大人しくベッドの上に丸くなる。

 一斉に、脂をたっぷりと吸ったシーツのねっとりした感触と、もう何年洗ってないのか分からないフォルシイラの獣臭が包み込んでくる。

「うう……臭いよぅ……」

「なんだどうした? ここは俺様の城だ。ご主人様の匂いが臭いわけないよな? ふふふ。今日は俺もここで寝る。しっかりここから見張っていてやるからな」

 床に寝そべったフォルシィラの声は、どこまでも嬉しげだった。

「明日は、今日の二倍嫌がらせを増やしてやる」

「!!」

 臭いを気にしないよう早く眠ってしまおうと故郷のことや幼馴染(おさななじみ)のこと、とにかく別のことを考えようとしていた頭に飛び込んでくる、そんな言葉。

「ああ、楽しみだなぁ。考えたアイデアがいっぱいあるんだ。早く明日にならないかなー。それじゃお休み」

(もう……ヤダ…………かも)

 それでも疲労しきった心身は休息を求め、眠りは、ほどなくして(おとず)れた。

 

 ――だが、限界は、思っていたよりも早くやってきたのである。

 

「おう、おはようだな小娘。よく眠れたか?」

 翌朝――

 目を覚ましたスフィールリアの目に映ったのは、あのあと自ら()いたのであろう布に包まったフォルシィラの姿だった。

 布は、スフィールリアの服だった。

「あ……、それ。あたしのお気に入りの服……」

 も、あった。

「ああ。こいつはいい生地使ってるな。お前が買ってきたタオルはどいつもこいつも粗悪なものばかりだったし、トランクの中にいいもん入ってたから使わせてもらってるぞ。ありがたいだろう?」

「……」

 スフィールリアは力尽きたように、ベッドの上で両手をついた。

「……。…………も……るの…………やだ」

「おっ! そうかもうヤダか! そいつはいいさささ早く荷物をまとめるんだな! はっはっはっは!」

 しかし、スフィールリアが繰り返した言葉は……

 

「もう……ガマンするの、ヤダ」

 

 だった。

「え?」

 返事はなかった。

 ゆらりと立ち上がり、スフィールリアは、静かに寝室を出ていった。

 ……。

 シャ……シャ……。

 シャ~コ、シャ~コ、シャ~コ…………。

 ほどなくして、キッチンの方から、そんな音が聞こえてくる。

「……?」

 そのまま荷物をまとめにでも入るのかと思いきや、違ったようで、フォルシィラも小首を(かし)げた。朝食でも作っているのだろうか? しぶといヤツめ。

「まあいい。まだまだアイデアはいっぱいあるんだ。今日か明日には、あいつも従順な子羊さ」

 それは、果たされることはなかったのである。

 

 そして、昼時。

 コン、コン――

「あのぉ~、フォルシィラさん?」

「うん? なんだどうした? もう一階の掃除は全部終わったのか? 昼飯の準備はどうした」

 おずおずといった風にドアの隙間から話しかけてきたスフィールリアに厳しい声を投げる。

 すると、彼女はさらに恐縮したように、こんな殊勝(しゅしょう)なことを言ってきたのだった。

「あっハイ。それはもう終わってます。お昼ごはんも今、煮込みをやっていて時間があるので……そのぅ、よろしかったらその時間で、フォルシィラさんの足を()ませていただけないかと。マッサージです、マッサージ」

「ほう? マッサージだと?」

「そうそう、そうなんです! あたしこう見えましても田舎じゃけっこうテクニックに評判がありまして。師匠の猥談(わいだん)とか聞いてる内に人体の筋肉や神経の構造がよく分かっちゃって。だから生き物の筋肉の疲れをよくほぐす方法とかも知ってるんですよ。……そこで、ぜひっ! フォルシィラさんの日ごろの疲れを(いや)して差し上げたいと思いましてっ!」

 急に、妙~~なくらい殊勝になった彼女の態度へ若干(じゃっかん)の違和感を覚えつつも、フォルシィラは先日、自分の脚を揉ませた時のことを思い出していた。口には出さなかったが、あれはたしかに気持ちよかった。

 なるほどあのヴィルグマインの性格と昨日のことを総合すれば今の話も理屈が通っているというものだ。

「ふふ、なるほどな。いいだろう。さ、早くしろ」

「あっ、いえいえ。よろしければ一階の工房に降りてきてくれませんかね? そこにマッサージをもっとも効果的に行なうための茣蓙(ござ)を引かせていただきましたので。お昼ごはんの準備もそちらでしているんですよ、へへへ……」

「ほう……あれより効果的なのか……ほう……ふふ、いいだろう。案内するといいぞ」

「ははーっ」

 手で示されるままに、スフィールリアのあとを追い一階工房へ。

 そこにはたしかにふかふかな藁束がふんだんに敷かれていて、大変に寝心地がよさそうだった。

 さっそく、茣蓙の上に寝そべりながら、

「んん、昼飯の準備ってお前、これ練成釜じゃないか。こんな大釜で煮込みやってるのか」

 フォルシィラの言う通り、普段は練成に使うような大釜いっぱいに張られたお湯が、ごぽ、ごぽ、ごぽと音を立てながら、非常に(かぐわ)しい匂いのする湯気を立ち上がらせている。

「はい。ウチの故郷にある特製・野菜コンソメスープですよ。お肉をたっぷり入れた鍋にするとおいしいんですよぉ――あ、それじゃあお脚をすべて前に出してください。はい、そうです。それじゃちょっとばかし失礼しますね」

「ほう、鍋か。春の昼間っぱらから鍋なのか。――ん。なんだその縄は。なんでそんな風に脚を縛る?」

 これも指摘の通り、フォルシィラの足首を手に取ったスフィールリア。小なれた手つきで、妙なくらい複雑で厳重な結び目を作りながら縛り上げてゆく。

「はい、最初は薄く大量に作って、じっくりじっくり煮込んで凝縮するんです。丁寧にとられた出汁(だし)がぎゅぎゅっと何倍にも濃縮されてすっごくおいしいんですよぉ――あ、これはですねー。間接のあたりを適度に縛ることによって血を集めて、マッサージするところの神経を少し刺激しておくんです。こうすることでマッサージの効果が何倍にもなるんですよ」

「ほう、それは美味(うま)そうだな、肉も好きだぞ俺は。ジュルリ。……ほうほう何倍もか。楽しみだな。でもけっこう強く縛るんだな」

 実際、ちょっと痛いかな、と思うくらいだった。

「これでよし、っと」

 きゅきゅっ!

 仕上げに二、三度ほど力を入れて結び目を確かめ、前作業は完了したようだった。

「お次はこの棒を、よいしょっと」

「ん?」

 横から取り出した長い木の棒を、足首と足首の間に作ってあった結び目の隙間に差し込む。前足と、後足をしっかりまとめて固定するように。

「お次、に、よいっしょっと――!」

「お?」

 気合一声、棒を思いっきり持ち上げる。すっかり固定されているので、フォルシィラの体躯もセットで浮かび上がった。

「――こら……せっとぉ!」

 最後に、大釜の両脇にセットされていた、これまた練成加工に使うための物干し状の道具に棒を引っかける。

 フォルシィラは、煮え立つ鍋の上にいた。

「……え?」

「これで準備完了だわぁ。あー、お腹減った!」

「え?」

 と、もう一度、(ほう)けた声。

 なんだ? と、あまりに突然な展開に、フォルシィラは優越感でハイになり油断していた頭を、ようやく働かせ始めた。

 なんだ、これは? なぜ俺はこんなところにいる? マッサージではなかったのか? この小娘はなにをした? いや、なにをしようとしている?

 ――この小娘は今、なんて言った!?

「お、おおおおま、おま、お前、これ、これ、どういうことだこらっ!?」

「えっ? お昼ごはんの準備だけど」

 心底不思議なことを聞かれたといった風に、スフィールリアは首を(かし)げる。

「ひひひ昼飯って、こら! じゃあなんで俺様はこんなところで逆さづりになってるんだこら! 降ろせ今すぐ!?」

「ああ、うん。降ろす降ろす。大丈夫だよ」

 にぱっと笑顔を作ってスフィールリアが鍋(本来は練成釜だが)に近寄ってくる。フォルシイラがほっとして、降ろしたあとはどんな仕返しをしてやろうかと思いついていたアイデアを掘り起こそうとしたのもつかの間だった。

 がし。

 スフィールリアが(つか)んだのは金猫を縛った棒……ではなく、棒をセッティングしてある道具、そのハンドル部分だった。

 ロック器具を外し、

 バシャーン!

「わぎゃあああああああああああっ! がべごぼごべらぼべば」

 ロックは、竿の高さ位置調節用ロックだった。フォルシィラは一気に鍋の中に沈んでいた。

「ぶくぶくぶくぶくぶく……!!」

 そのままハンドルをゆっくりと回し始め……

「おいしくなぁれ、おいしくな~れっ♪」

「がべらごぼごばぼ――ぶはっ! おい小むすごぼほごぼごぼ――ぷはっ! だからこれはどういうぼべぼぼごぽぶくぶく――ぶっはぁ! ちょ、一回止めろぉ頼むからぁ!!」

 棒部分を軸にゆっくりと回転して湯面の下と上を行き来していたフォルシイラの身体が、止まった。

「うるさいなぁ、もう……なに。どうしたの」

「どぉおしたのじゃなあああーーーい!」

 フォルシイラが叫ぶと、上機嫌気味だったスフィールリアの頬が不快そうに膨らんだ。

「うるさいわねぇ。だから、なんなのよ」

「だからこれはいったいどういうことなんだ! お前は今なにをしようとしているっ!?」

「なにって」

 心底心底不思議そうに眉を下げて、スフィールリアはまったく悪びれることなく、こう言った。

「下ごしらえ」

 全然答えになってなんかいないじゃないか。それと俺とが、いったいなんの関係があるっていうんだ。

 まさか……

「えっとねー、これねー、野菜のスープじゃなくってねー、特選香草オリジナルブレンドの特製スープなんだー。これで煮込めばどんなに獣臭のキツい動物のクサミもばっちり取れるんだよ。すごいでしょっ」

「そんな解説は聞いてな――ごばごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ…………!」

「おいしくなぁれ♪ おいしくな~~れっ♪」

「だから、ごぼ――やめ、がべらぼ――ひぃひぃ……!」

「あっ、いけない」

 またハンドルを回す手を止め、スフィールリアはなにかを思い出した仕草でピタンと両手を打ち合わせた。

「火ぃ通す前に包丁の準備しておかなくちゃ」

「!!」

 工房のドアをくぐり、二階へと軽快なステップで上がってゆく。そんな背中へフォルシイラは息も()え絶え、声だけで必死と追いすがった。

「ぜぇぜぇ……火を通すって……鍋って……お肉たっぷりって……お前まさかお肉ってぇ!」

 調理器具をまとめているらしいガチャガチャした音と一緒に『んー?』と気もそぞろな返事が降りてくる。

 いや、スフィールリア自身も一緒になって降りてきた。

 その手には――粘つくくらいにギラギラした銀光を放つ、研ぎ澄まされた包丁が!

「むろん、お前だ」

「っっっっぎゃあああああああああああああああああ!!」

 スフィールリアの眼に光はなかった。まるで包丁の輝きにすべて吸い尽くされたとでもいうように。

 眼だけがただただ笑っていたのだ。フォルシイラは絶叫した。

 しかしスフィールリアは一向だにせず、包丁ほか各種調理器具を作業机に置くと、ハンドルを回す手を再開した。

「おいしくなぁれ、おいしくなあれっ」

「ごぼばばばはっ、ぶはっ、わ、分かった、悪かっぶくぶくぶく、ぷはっ、謝ぐべべべべべ」

「おいしくなーれ、おいしくなーれっ、よいしょっ、よいしょっ、ぐーるぐる♪」

「ぶはっ――だから、謝りますからあああああああ!!」

 一度、回転が止まる。

「えー?」

 すがるように彼女の眼を見返したフォルシイラの希望は、あっけなく打ち砕かれた。

 スフィールリアの眼に光は戻っていなかった。

「いいよぉ、そんなのー♪」

 再開。

「ぶべぼばぶぼぼぼぼぼ、ぶは、おま、それじゃ今後の査定とかごぼぼぼ、ぶはっどうするつもりぐべべ」

「あ、そっか」

「ごほっごほっ。そうそう! そうそうそう! 俺様査定めっさ頑張ります! 常に満点目指しますから!」

「……ついに挑戦する時がきたか……師匠が昔話していたことのあった……禁断の人造生命……毛皮……剥製……利用……猫の仕草もインプット……」

「ああああああああああああああああああ……」

 再開。

「がべらぐべべべべべべ……! ごはっ、なんでもするっ、ごぼぼぼぼ、なんでも、言うことっ――聞きますからああああ! スフィールリア様ああああああああ!」

 ここに至り、フォルシイラの意地やプライドはもはや完全に粉砕されきっていた。フォルシイラには分かるのだ。野生と妖精としての超直感が告げている。

 この女は本気だ。まじりっ気なしの本気で俺を食おうとしている。謝罪も報復も求めてなどいやしない。この女にとってこれはただの〝排斥〟と〝捕食〟行動にすぎないのだ――!!

 そして、魂の底からの叫びが響き渡り……

 ピタリ。

「ぜぇぜぇ……ごっほごっほ! ……?」

「なんでも言うこと聞く?」

 フォルシイラはぶんぶかと首を縦に振る。

「ちゃんとお風呂入る?」

 ぶんぶん!

「わがまま言わない?」

 ぶんぶんぶん!

「あたしの監察も嘘言わないでしっかりやる? あたしのお仕事も手伝う?」

 ぶんぶんぶんぶんぶん!

「……」

 ドキドキドキ!

 と、神にすら祈りながら、出汁と汗をたっぷり鍋(練成釜)に落とすこと十数秒。

「よし」

 フォルシイラは、開放された。

「それじゃあたし昨日の買い直しいってくるから、お留守番しててねフォルシイラっ!」

 バタン! ふんふんふーん♪

 すっかり(通常の意味で)上機嫌に戻ったスフィールリアの足音が、遠ざかってゆく。

 …………。

 工房の床にぐったりと貼りついて。

「へくちっ」

 二度とあの娘には逆らうまいと心に決めたフォルシイラなのだった。

 

 

 買い物から戻り……

「ええと、それでは早速、監察(かんさつ)開始の一番最初のステップなんですが」

「はーい! 待ってました」

 心持ち首を低く、微妙にビクビクしつつもフォルシイラが最初の提案をした。

「あっその前に」

「? なぁに」

 フォルシイラが傍らに置いていた風呂敷(ふろしき)包みをくわえて、スフィールリアの前に置いた。その中には、一年生用の教科書、簡易調合・調剤キット、成型器具などなどの初期教材セットが詰まっていた。

「あ……これ……」

「教材の買い出しは今日までだって小娘が言ってたので……」

「わーっ、忘れてたーー! 買いに行ってくれてたのっ? ありがとーー!」

 がばっと抱きつくが、今度はフォルシイラも怒らなかった。ちょっとビクッとしていた。

「う、うん。人間嫌いだけど、頑張った……」

「ありがとうねー、ありがとうねー。よしよしよし。スンスン……うーーん、まだちょっと臭いな」

「ご、ごめんなさい」

「いいよっ。だいぶマシだし。あとで一緒にお風呂入ろうね! それに敬語なんて使わなくていいんだよ?」

「ええー、で、でもぉ」

「もう。同居人で、一緒に活動してく相棒なんでしょ。あたしだって乱暴なこととか横柄(おうへい)なことさえしなきゃ、そこんところはちゃんと認めるってば。ねっ?」

「そ、そう? じ、じゃあそういうことなら普通にしま……させてもらおうかな」

 すっかり機嫌の戻った彼女に優しく()で回されている内に、最初はビクついていたフォルシイラも下手(へた)なことをしなければ怒られる心配はなさそうだと分かり始めて、だんだんとまんざらでもなさそうな表情に変わってきた。

 すっかり、調教され始めてきていた。

「それで、活動監察の最初って?」

「あっ、そうそう。ええとです……だな、まずは〝綴導術師(ていどうじゅつし)〟と〝綴導術〟の簡単な(さわ)りから……いい?」

「うんっ。あたしもタウセン先生いわくモグリだったらしいし、師匠以外の人は知らないから、〝ちゃんとした〟綴導術師ってよく考えたら知らないや。えへへ」

「まあアイツがそんなことご丁寧(ていねい)に教えるわけないもんな……ごほん。では。まず結論から言うと、現在の綴導術には〝二種類〟の意味が存在する」

 スフィールリアの〝綴導術師見習い〟としての活動の第一歩が、始まった。

「……二種類?」

「そう。あくまでも意味であって、綴導術というくくり自体はひとつだ」

 スフィールリアが椅子を引き寄せて座り、向かい合ってフォルシイラは練成釜を固定する大台の上へ。授業をする講師と生徒のような位置取りになった。

「まずひとつは、古代綴導術師の理念としていた〝霧〟への対症法としての綴導術。もうひとつが、物質を変成して、人間社会にとって重要な様々な物品を作り出す、〝職種〟としての綴導術になる」

「あー……なるほど、ね」

「うん。まあ実践して活動してたくらいならそれくらいは分かるよな。それで、今回触れておきたいのは、後者の方だ。アイテム作成に関する最基礎項目――綴導術師が綴導術師たる、その所以(ゆえん)とも言える部分だ」

 スフィールリアが「うん」とうなずくと、フォルシイラ。半身(はんみ)を振り返り、(かたわ)らにある練成釜に前足を当てて見せた。

「綴導術師はみな、物質と世界を行き渡る〝蒼導脈(あおどうみゃく)〟を知覚し、実際に触れて影響する力を持つ。これが、綴導術師が綴導術師たる所以だ」

 もう一度スフィールリアは、うん、と静かにうなずいた。

 蒼導脈(あおどうみゃく)――〝世界の記憶〟と呼ばれることもある、一種の〝情報世界〟に偏在(へんざい)する大気のようなものを()す名称である。

 綴導術理論において、この世のすべての物質には、その存在をつかさどるありとあらゆる〝情報〟が宿っている。

 たとえば『リンゴ』と言えば〝赤い〟〝丸い〟〝甘い〟――といった、外部(人間など)が観測して得られる情報も、〝蒼導脈〟の世界にはしっかりと物体を構成する要素として存在しているのだ。ほかにも果肉を形成するたんぱく質の元素である炭素や水素、そのほか成分としてのりんご酸類やミネラルといった、リンゴ自身を構成するすべての物質の情報まで、である。

 この〝情報〟があって初めて、元素は元素、物体は物体、物質世界は物質世界としての様相(ようそう)(たも)っていられるのだ。――と、されているのである。

綴導術(ていどうじゅつ)理論が登場・発展する前の太古の世界では、それまで物質はその構成される元素のみですべての性質が決定されるものだとされていた。今のリンゴの例で言うなら『リンゴは赤い成分を含んでいるから赤いのであり、赤くあるべくして赤いのだ』という風に言われていたわけだ」

「うん。でも、それも間違いじゃないんでしょ?」

「そう。リンゴは赤いから赤い。元素構成がそうなってるから赤い。そういう成分だから赤い。これは現在の綴導術理論とも反発はしない」

 だが――世界様相には〝さらにその先があった〟というだけの話なのである。

 この世のすべての物質が持つ情報――なにでできているのか、なぜこのような形状になったのか。

 風で飛来したつぶてに当たったから傷が残った。日照りが続いたので甘みが減った。遺伝情報に書き()えが起こったのでほかの粒よりも細長くなった。元素結合の強さは……などなどまで。

 それは物質自身の〝記憶〟と言い換えることもできるものであり、リンゴは、『リンゴ自身が〝そう〟であることを〝知っているからこそ〟』リンゴたり得るのである。

 それを、今では綴導術理論内において〝世界記憶〟と呼ぶのである。

 この世界自身の記憶情報の集積総体を<アーキ・スフィア>と呼ぶ。今、彼女たちが見て触れて立っている物質世界のすべては、この<アーキ・スフィア>の表面に刻まれた情報の、再生投影像にすぎないのであると考えられているのだ。

「まあちょっと長くなったが、以上が〝蒼導脈〟の概要だ。綴導術師から見た世界は〝蒼導脈〟でできていると言って過言じゃあないってことだな、うん」

 ある賢者は言った。我々は、世界の見ている〝夢〟なのである。と。

「そして――綴導術師は〝蒼導脈〟に干渉することで、元素の様相を変化させることができる」

 スフィールリアは、無言で、うなずいた。

 世界の根幹に働きかけ、物質の新たな形を紡ぎ導いてゆく――

 だから、〝綴導術師〟なのだ。

「綴導術師の源流となったのはさらに古代の魔術師と呼ばれた、綴導術師とは根本から理念を反する連中たちだ。コイツらから受け継いだ、世界を変容させる能力で、今では綴導術師たちは、人間世界の流通になくてはならない業種として各国から手厚い待遇と厳重な監視を同時に受けている」

「師匠も、そうだったのかな……」

「アイツはまた別だろ。アイツの首根っこ捕まえておけるよーな人間は、俺にはひとりしか心当たりがない――あー、いやえーと、ともかく。そんな綴導術師たちが、主になにをする職業なのかっていうのが」

「はいっ。アイテム作成!」

 ぴっと手を挙げスフィールリア。ちょっとビクっとしたフォルシイラが、(せわ)しなく「そうそうっ」とうなずいて肯定(こうてい)した。

「作物を育てる。ノミで打って彫金する。金属を溶かして混ぜ合わせて合金を作る。木や石を削って家を建てる。……世界を変容させるっていうのはけっこう簡単だ。綴導術師(ていどうじゅつし)じゃなくてもできる。だけど、綴導術師が行なう〝変容〟っていうのは、これらとはまた、一線を画している。――〝蒼導脈〟を知覚して世界へ根本から働きかけることができるからだ。だから、綴導術師が作る道具や物品には、余人には作り出せない特別な〝力〟を〝付与〟することができる」

 ゆえに、綴導術師の作る物品は世界中の人々の生活にとって、大変重宝されることが多く、需要が尽きることはあり得ない。

 だから、世界中ほとんどの人々にとっての綴導術師に対する認識とは、〝特別な品物を製作する職人集団〟という風なのである。

「うんうん」

「そうやって作られる物品っていうのはそれこそ膨大なもんで、王宮に召し上げられたり、貴族や大金持ちの家にしか下賜(かし)されないようなものから、一般家庭の生活消耗品まで、とても把握しきれたもんじゃない」

 だけど。と、フォルシイラは紫の双眸(そうぼう)を細めて真面目な声音になった。

「そのどれを作るにしても絶対に通らなきゃならん道が、綴導術には、ある」

「えーっと、それって……〝水晶水(すいしょうすい)〟?」

 こくこく、とうなづく。

「そうそう。どんな道具を作る場合でも、〝水晶水(すいしょうすい)〟。これだけは絶対に作って使うことになる――まあそりゃ分かるよな――というわけで、最初の査定が、それだ。水晶水を作ってもらいます」

「……へ?」

 一拍ぽかーんとした表情になってから、スフィールリアは気の抜けた声とともに挙手した。

「水晶水を、作ればいいの?」

「そういうこと。これが俺の最初の仕事。おま……げふん。スフィールリアが作った水晶水のできばえを見て、とりあえずタウセンに報告することになってる」

「そっか」

 と言って、スフィールリアはスカートのしわを叩きながら、あっさりと立ち上がった。躊躇なく工房壁沿いにある備品棚の前まで歩いていこうとする。フォルシイラも後ろをついてゆく。

「まあそうだよな。おま……スフィールリアなら楽勝だろうな。フツーの一年生がいきなりこんなこと言われたら、途方に暮れるか、泣くけどな」

「うん……田舎でも毎日作ってたからね。それに師匠って水晶水の品質にだけはもんのすっっごくうるさかったんだぁ――あ、別にお前でもいいよ? なんだか、まだカタいなぁ」

「えぇっ、……、じ、じゃあ遠慮なく」

「――うんうん。それにしても水晶水作らせる前置きにしては妙に長かったね。いつもそうしてるの?」

 と彼女は言うものの、一般的な新入生ならば、まず概要の触りだけでも最初の一日は講義に費やされる項目である。

「ああ。これが俺の仕事だ。『ピルクレオルムス曰いわく、綴導術師(ていどうじゅつし)の人生は水晶水に始まり水晶水に終わる』――基礎中の基礎だからな。特監生でもちゃんと把握できてるかどうか、確認するんだ。一応これで俺は毎日の食い物の配給もらってるんだ」

「なるほどねぇ」

 などなどと返事をしつつも、スフィールリアの棚から器具を取り出す手によどみはない。すべての器具を知っているわけではないが、自分の経験の中から〝使えそうなもの〟を選択しているのだ。

 両手に足りる器具を流し台でよく洗い、よく拭き、順当に机の上に並べてゆく。

「あとは作業しながら聞いてくれればいい。――綴導術師は物質の蒼導脈に働きかけることで物質を分解し、様々な形に変容させることができる。でもそのためには〝水晶水〟による蒼導脈の調整が必要不可欠だ。いわゆる〝調整剤〟だな。物質の正しい変成の道のりをこれによって示せなければ、変成した物質は不安定になって、最後は〝霧〟になっちまう」

 次にスフィールリアは薬剤棚の前に立っていた。これもまたラベルに目を通すだけで、すぐになにが必要なものかを見分けて、手持ちカゴの中に置いてゆく。

 その手が止まったのも、数秒だけだった。

「……そう、だね」

「? まあともかくだ、水晶水には行なう練成の種類と用途によって三種類に分けられる。青、赤、緑だな。それぞれの性質は、」

「安定、変化、増幅」

「――そう。合成元素をより安定させたい時は青を。元素や効果の元々の性質を変化させたい時は赤。性質を特化させたり効能を増やしたい時は緑の水晶水が適してる。複数の用途を同時に実行するなら複数の水晶水を用意しなきゃいけない。上級の綴導術師になればそれぞれの色の性質を併せ持った特別な水晶水も作れるようになるが、別に今はそれはいい。……ん。準備完了か」

「うんっ。じゃあ、瓶一本分でいいよね」

「ああ。一滴でもいいぞ」

 それは逆に難しいってばと笑いながら、机の上の薬品各種を順々に手に取ってゆく。

「じゃあ基礎色で、青の水晶水でも作ろっかな。あとで使えるかもだし。えー……蒸留水と、〝安定固形剤(青用)〟……さすが王都。便利なものあるんだね……ついでに、小さな結晶も、と。お次は」

(ぜいたくだな。アイツらしい)

 なんてフォルシイラが思っている間にも流れるように作業は進んでゆく。

 それぞれをそれぞれの対応するフラスコに注ぎ入れ、ガラスパイプとゴムパッキンを装着し、すべてを手持ち用の盆の上へ。盆ごと持ち上げ、〝ある機材〟の元へ。かぶせてあった布を静かに取り払う。

 工房隅に、ほこりをかぶらないよう厚手の布をかけられていた器具は――

「お前の田舎にも〝晶結瞳(しょうけつとう)〟はあったのか?」

「うん。さすがにね。これがないとなにもできないし」

 それは台座に置かれた、ひと抱えほどもある、大きな水晶のような玉だった。

 綴導術を知らない余人がこの機材を見れば不思議がっただろう。これが水晶やガラス玉だったなら向こう側が歪曲して見えるはずだったが、この玉にはそれがない。どの角度からどう覗いても、まるで透明な板一枚挟んでいるだけのごとく、対面側の風景がクリアに映るのだ。

 そして、その玉を〝本体〟として、上部や下部にパイプが繋がれている。

 ――水晶水とは、物質を分解して作られる〝純粋な〟蒼導脈(あおどうみゃく)の抽出物である。見た目は水のようであるが、本質は物質ではない。

 このように物質を純粋な蒼導脈へと還かえすこと、抽出を行なうことを〝祖回術(そかいじゅつ)〟という。

 そして、この祖回術を行なうための装置が、この晶結瞳だ。

「それじゃ、調合開始ねっ」

「ああ」

 各種の加熱器具に火が入り、各々の成分がパイプを通じて晶結瞳に集まってゆく。

 晶結瞳の内部も水晶水に近い――つまり〝蒼導脈の状態〟になっている。その中心へ、水中へ落とし込まれた油分のように各種の成分が集まってゆく。

 晶結瞳を包み込むように両腕をかざし、スフィールリアが、すう……と呼吸を整えて集中を始める。

 同時に玉の内部が蒼い光輝を揺らめかせ始め、徐々に、成分たちがひとつの蒼い液体へと変わってゆこうとする――。

 これはすぐにすみそうだな、とフォルシイラはのんびりあくびをしようとした。

 コン、コン――

 玄関口の方からノックの音が響いたのは、その時だった。

「? だれだろ? まだ始業もしてないのに」

「俺が見てくる」

 という金猫の提案に、スフィールリアはうなづきつつも断りを入れた。

「あ、いいよ。あたしも出る。ご近所さんのご挨拶かもしれないしねっ」

「ご近所なんていないと思うが……練成の途中だが、い、いいのか? 〝こういう時〟の失敗も査定だとマイナスにしなくちゃいけないんだが……」

「うん、大丈夫。このていどなら止めておいてあとから再開できる」

「ほう……それならいいけど」

 スフィールリアが晶結瞳から離れても、言葉通り、玉から蒼い輝きが失われることはなかった。正味の話水晶水の練成ていどでの離席であるならば、コツさえ掴めば入学半年未満の一年生でもできないことはない芸当だ。

 しかし、こうも自然と離れられるようには、そうそうなれない。こればかりは、職業〝現場〟としての経験がなければ身につかないことだった。

「あ、あのぅ。どなたかい、いらっしゃいませんかぁ……?」

 声。男のようだった。

 コン、コンコン――

「ああ、はい、はい。今出まーす、からー」

 小走りになって玄関のドアノブをつかみ――スフィールリアの手が、ぴたりと止まる。

「……」

「どした?」

「フォルシイラ……最初の仕事よ」

「えっ」


 
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