No.703438

真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第四幕(エピローグ・下)

どうも皆さん、続きの話です。
報告しました通り、しばらく一人で頑張っていきます。


注記:

続きを表示

2014-07-24 22:17:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1603   閲覧ユーザー数:1483

真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第四幕(エピローグ・下)

 

 自室で一刀は一息ついた。寝台の上であぐらをかき、その上には敷布がかけられ。さらにその上には、すっかり空になった鍋が盆に乗ってある。

「美味しかったよ、蓮華。ありがとう」

 血色の良くなった一刀は、自分の隣で椅子に座る蓮華に、その緩ませた顔を向けていた。

「一刀の口に合ったのなら、良かったわ……」

 短く息を吐いて胸を撫で下ろした蓮華。しかしどこか物足りなさそうな表情ではあった。

 その理由。実は彼女は、密かに思い描いていたことがあった。

 持ってきたお粥が思いの外熱くて、なかなか食べられない一刀。そんな彼の代わりに、蓮華が匙ですくい。フーフーして冷まし、一刀にアーンしてもらって食べさせる。

 そんなイチャイチャな風景を実践したかったのだが。とある二つの理由でできなかったのである。

 一つは、先ほど扉の前で一刀の母親と話し込んでいたために、お粥が僅かに冷めて食べやすい温度になっていたこと。

 そしてもう一つは、一刀の家族が扉の前で会話を聞いていると、蓮華が思い込んでしまったことである。少し前のやり取りで、心配になった三人が様子を伺っていると考えてしまったのだ。

 蓮華の矜持は、愛しい男性の家族に醜態を晒すほどには落ちてはいなく。そして一刀の家族も、愛する男女の幸せに横槍を入れるような真似をしようとは思わず。そんな互いのすれ違いが生まれて、二人の時間は少々味気ないものになっていた。

 そして、いくらか心に余裕の生まれた蓮華が、扉の向こうに誰もいない気配を察した時には、もう遅かったのであった。

 しかし一刀のほうは、かなり満足していたようであった。それだけでも良しとしようと、蓮華が考えていたとき。

「蓮華……。気付いてた?」

 不意に話しかけられて思考を中断した彼女の前には、切なそうに自分を見つめる一刀がいた。

「えっ……。な、何が……?」

「母さんのこと。写真、見てただろ?」

 一刀の言う、気付いたこと。

 彼の母親の変化である。

 確かに彼の言う通り、蓮華は写真との違いに引っかかった。そして部屋に入る前に、抱いていた疑問が解明された。

 だが、それをどう話せば良いのかを蓮華は迷っていた。一刀の父親は、意識させないように話さないでおこうと提案していた。何よりそれを話してしまうと、一刀が余計に傷ついてしまうかもしれない。

 言葉を詰まらせていた蓮華に、視線を外した一刀が溜め息をついた。

「……やっぱり、蓮華も気付いていた、か」

「い、いえ。あのっ、その。……ご、ごめんなさい」

 返答に困った蓮華は謝罪の言葉を発していた。それは、質問の中身が正しいと認めることだった。

 もしかして、扉の前での会話が聞こえていたのか。だから今、こうやって話を持ちかけているのだろうか。

 しかし、その疑問を口にするのは、蓮華にはためらわれた。

 返答がどちらであるにせよ、結果は一刀を不安にさせてしまうのだ。

 その心の内を知らないままに、一刀は疲れたように笑いかけていた。

「蓮華が謝ることはないよ。まあ、その……。あまり気にしないほうが、いいかもな」

「……ごめんなさい」

 再び謝罪の言葉を口にする蓮華。一刀はその律儀さに微笑ましく思うが、すぐ後に視線を敷布へと落とす。

 思い詰めている表情をした一刀の耳に、自分を呼ぶ蓮華の声が聞こえてきた。

「一刀。あの……、それ。下げて大丈夫?」

 小首を傾げた蓮華が差し示したのは、空の器が乗った盆。

 言われてみれば、これは避けたほうがいいか。そう感じた一刀は盆を手渡す。

 蓮華は微笑みながら受け取ると、椅子の後ろにあった棚の上へ置いた。

 その一連の動きを見送ったあと、一刀は視線を戻してまた一つ息を吐く。

 

 考えているのは、やはり自分の母親のことだ。

 思い過ごしなんかじゃない。母親は、自分のことを心配していたのだろう。

 この世界で再会した時。自分の記憶とは違う、母親の変わりように目を疑った。

 不意に抱きしめられた時。瘦せぎすとまではいかなくとも、その身体の細さに愕然とした。

 その理由に即座に気付いてしまい、胸は一気に詰まり出して。

 そしてあの時、一刀は『ごめん』と口に出してしまった。

 母親は震えながら、それでも自分を抱きしめてくれて。

 背中に回された細腕。時折混じる少しの嗚咽。

 間近で感じた、流れるようなその黒髪に、数本の白髪が見えた気がした。

 時が過ぎたこと、自分が思われていたことの残酷さを、まざまざと見せつけられてしまった。

 

 ふとそこで、彼の視線は再び蓮華の方へと戻る。彼女が元いた椅子に座らずに、自分に背を向けたままそのまま棚の上を見つめていたのだ。

 一刀がその名を呼ぶ前に、彼女の方から口を開いてきた。

「一刀……。私ね、嫉妬してたの……」

「えっ?」

「貴方の、お母様方に」

 少しの衝撃を覚える一刀。彼に顔を見せないまま、蓮華は話し続けている。

「本当なら、貴方と一緒に過ごしたいのは……。お母様方のはずなのに、でも……、そうするよりも、私たちが一刀の傍にいて欲しいって、そう仰っていたの」

「……そっか。母さん、そんなことを……」

「私は、もし一刀がいなくなったらって考えたら……。いいえ。怖くて、そんなこと想像したくもない……。そんなこと、あり得ないって決めつけてしまうかもしれない……」

 息苦しそうに語る蓮華は、でもと言葉を区切る。

「思い返してみれば……。お母様方の口からは、弱音なんて一度も聞いたことは無かった。……私たち以上に一刀の身を案じていたはずなのに、それでも貴方と過ごす時間を、私たちに譲ろうとしている……。その強い想いに、嫉妬していたの」

「蓮華……」

「でも、結局それは、私が自分勝手に振る舞っただけ。妬いたところで、何も変わりはしない。それどころか、貴方の家族が悲しんでしまう……」

 一刀の呼びかけに応じるように、少女は傍の椅子に再び腰掛ける。

「だから、私は決めたの。貴方の傍にいようって。お母様たちの代わりなんかじゃなく、私は私として、貴方の支えになりたいって。それが、最善の方法だって。……そう思ったから」

 胸に手を当てた蓮華が言い終わると同時に、一刀は自分の思考を再び閉じ込めさせた。

 視線を落としたまま、短く息を吐いて言葉を出した。

「……俺さ。やっぱり、向こうに戻ることを考えたりしちゃうんだよ」

「えっ……」

「ああ、勘違いしないで。この世界が嫌だとか思うからじゃないんだ。……俺自身、天の国が懐かしかったり、ほんのちょっとは心残りがあったりするってのもあるんだけど……」

「……けど?」

「……たまに、何もかも忘れてしまいそうな感覚になるんだ。その……思い出とか、さ」

 蓮華の顔が一気に強張った。彼女の変化が視界に映った一刀は、それでも言葉を続けた。

「自分ではしっかり覚えているはずの物って、改めて意識してみるとそんなに頭に入ってなかったりするんだ。だから必死に頭に叩き込もうとすると、それが焦りになるのか、思うようにうまくいかなくなっちゃって……」

 一刀の言葉は、彼の父親がこの部屋を出る直前に発したものと似ていた。しかし二人のやり取りを聞いていないように装った蓮華は、顔に出さないように真剣な顔つきを一層強めた。

「それこそ、天の国……日本で当たり前のように目にしていた物が、少しずつ記憶から離れていっていく。まあ、仕組みとか分からない道具や物とかは別にしても、風景とかはやっぱり恋しくなっちゃう。かな?」

 自嘲気味に小さく笑った一刀。彼に悟られないように、蓮華は微かに口唇を噛む。

 しかし次には、彼女自身が気にかかったことが、その口唇をゆっくりと開かせてしまった。

「お母様たちの、ことも……?」

 何かを惑うように、一刀を見つめてくる蓮華。

 晴天を映し出したようなその澄んだ瞳は、ほんの少しだけ曇って見える。

 彼女が口にした言葉。

 一刀が口にしなかった、恐らくは敢えて避けた。それでもやはり気になって、蓮華の口をついて出た言葉。

 彼女が抱えている不安は、自分が抱えている物と似ているのだろうか。

 そう思った一刀は、目の前にいる少女がたまらなく愛おしくなってしまったのか。

 不意に手を伸ばすと、そのまま強く蓮華の腕を引っ張る。小さい叫び声と共に、彼女の硬直した顔と身体が一刀の胸の中へと収まった。

「か、一刀!?」

 不安定な体勢で困惑する蓮華を余所に、一刀はそのまま蓮華を強く抱きしめる。

「……聞かないでくれよ、蓮華」

 背中に回された腕が、震えていた。

「俺、今日ずっと不安だった。風邪引いて一人きりになって、みんなの優しさが身にしみて……。俺は、ずっと誰かに助けられてきたって思ったら……。俺、凄く辛くって……」

 くぐもった声で紡がれた思いは、彼の抱えていたものの輪郭を浮かび上がらせている。

「ごめん、蓮華。こんなときにも、君を頼ってしまって」

「一刀……」

 困惑し、上気していた顔色が次第に緩んでいく。そして、一刀の母親が自分にしたように、ゆっくりと彼の背中に手を回す。

「……頼ってちょうだい。一刀が、たった一人で抱え込もうとしなくていいの。貴方が苦しむところは、誰も見たくないから……」

「……ごめん」

 自分の真名を呼ぶ声が、寂しさに満ちていたのを察していた。

 再び謝った一刀を、そのまま蓮華は抱きしめ続ける。

「それにね、一刀。私たちはずっと、貴方に助けられてきたのよ」

「そんなこと……」

「本当よ。貴方がいなかったら、こうやって平和な時を皆と過ごすなんて、できなかった……。それはみんなが、貴方と共に生きていきたいって願ったから。その思いがこうして、三国統一という形で成し遂げられたのだから」

 そう。北郷一刀という心の支えができたからこそ、皆は心を一つにしてここまで生きてこれた。

 誰一人欠けること無く、これまでの日々を穏やかに過ごすことができた。

 だからこそ、自分たちは一刀に。

 そして、彼の家族に感謝の意を示そうとしているのだ。

 彼と巡り会えたこと。彼と巡り会わせてくれたこと。

 そして、もう一つ。感謝を告げるべき事柄がある……。

「……私は、貴方のお母様たちの想いに応えたいの」

「母さんたちの、想い?」

「一刀を私たちに任せるということは、貴方がここに留まるのを理解した……。そして、私たちのことを認めてくれたってこと。……最後のは、私の自惚れかもしれないけど……」

 もう一つは、いずれ訪れる決別を受け入れてくれたことに対して。

 蓮華が思う、最大の感謝はそこにあった。

 言い終わった後に、一刀と真正面から向き合うように視線を合わせた。

「でも、私がそう決意したとしても、貴方がいてくれなきゃ意味がない……。貴方が、私たちを……」

 その先を口にするのを止め、身体を離して一刀と視線を合わせる。

 押し付けたくなかった。

 その決断を一刀に委ねることをためらった。

 我ながら、意気地のないことだ。彼の口から聞かされる答えに自信が持てない。

 彼の心の弱みに付け込んで、どちらの愛情が大事かを試しているようで、実に狡猾だと思ってしまう。

 向かい合う二人に今、逃げ出すように自分から距離をとってしまった。

 そんな蓮華の揺らぐ瞳には、優しい微笑みを見せている一刀の姿が。

「蓮華……。俺も、みんなも、いずれ母さんたちと会えなくなると思う」

「ええ……」

「でもさ。辛くなるとしても、みんなと思い出を作りたいって、俺は思ったんだ。もう二度と忘れたくないんだ……。大事なものが、それがやっと分かったから、もう絶対に……。それは、母さんたちもそうしたいって思っているはずだから……」

 そうして何も言わずに、一刀は強い眼差しで蓮華を見つめ返す。

 一刀の決心に、怯えるように固くなった蓮華の心は、ほんの少しほころびる。

「それと、蓮華……」

「……何?」

「さっき言っていたことだけど、蓮華はもう俺の傍にいるよ……。こんなに近くに……」

「…………うん」

 僅かに熱を持った二人の顔が、少しだけ近づいた。

「君はいつだって、俺の心の支えになってくれている。むしろ自覚していなかった俺の方が、蓮華の傍にいなきゃいけないのに……。ふらふらと違う女の子に付いていったりしてさ……」

「……一刀、他の子のことは言わないで」

 蓮華が軽く頬を膨らませた。一刀は小さくごめんと呟いた。

 今日何度となく口にした謝罪におかしくなったのか、二人はほぼ同時に笑みをこぼした。

「……ねえ、一刀」

「何?」

「一つ、お願い聞いてくれる?」

「俺にできることなら」

「……貴方にしか、頼まないこと」

 囁く言葉の後に、また少し距離が小さくなる。

「今日は……。貴方の傍にいても、いい……?」

「……それは、俺の方から頼みたいことだよ。蓮華……」

 一刀がそう呟いた後に、蓮華はゆっくりと瞳を閉じた。そのままゆっくりと近づいた一刀。しかし、途中で動きが止まる。

 自分から抱き寄せておいて、先をためらった理由。

 家族がいなくなることを思い、生まれ出た人恋しさ。それを、今目の前にいる一途な少女にぶつけて、解消しようとしているのではないか。

 不安と、自分の身勝手な様に、恐ろしくなっていた。そうではないと言い聞かせても、自信がなかった。

 抱き寄せたときも、本当は少女を愛おしく思ってはいなかったのでは……。ただ己の不安に任せて動いただけではないのか……。

 でも、蓮華はそんな自分に愛想を尽かさずに、今日も献身的に尽くしてくれた。恋人である男性のために、出来るだけ自分一人の力で成し遂げようと奮闘していた。

 そのひた向きさに、自分は真っ当に応える義務がある。単なる理由付けでもいい。逃れるための言い訳でも構わない。

 自分から動き出そうと奮起した蓮華の想いに、しっかりと向き合いたい。ここで背を向けたら、これからも自分は逃げ出そうと考えてしまうかもしれないのだ。

 そうだ。これまでも自分一人で歩いてきたのではない。自分を支えてくれた人が、ずっと傍にいてくれたのだ。

 そしてこれからも、それは変わらないはず。……いや、変えてはいけない。

 以前少女に話した、赤い糸の伝説のように。

 自分が今ここにいること、そしてこれから迎える結末が自ら手繰り寄せた運命だというのなら。そこにある様々な想いを、真正面から受け止めるべきだ。

 決意を胸に、一刀はそっと少女に顔を寄せた。

 薄明かりが作る影が、そうして一つになっていく…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かと思われたが、またもや一刀の身体が止まってしまった。

 肩すかしを食らった蓮華の、閉じた瞳はほんの少し開かれた。

 怪訝に思う彼女の狭い視界に映る一刀。

 彼は今、なんとも言えない表情になっていた。

 自分から視線をそらし、頬を引きつらせて……。言うならば、気まずそうな顔をしていた。

 薄目をゆっくりと開けば、ぼんやりした視界がはっきりとして、さらに一刀の変化が見て取れた。

 頬を伝っていた、暑さとは無関係に出ている汗。そして、彼が見つめる先にあるのは……部屋の扉。

 それは何よりも雄弁に語る。

 

 誰かが、今の自分たちを見ている……!

 

 蓮華の経験上、そんなことをする身内は限られてくる。

 −ま、まさか……、思春! そ、それとも姉様かシャオ……!?−

 思考を巡らしていた彼女は、素早く一刀の視線を追って扉を見た。

 嫌な予感は的中した。しかし、それは最悪な形で突きつけられた。

 

「あっ、マズいっす! 見つかりましたよ!」

「アチャー、さすがにみんなで覗き見するのはダメだったかー」

「クフフフ……。やはり襲われちゃいましたか。いや、これから襲おうとしていましたかねぇ」

「冗談言っている場合じゃない! 早く退散しないと……」

「主任、もう手遅れかと存じます……」

 

 五色の声と十個の瞳が、扉の隙間からこちらを伺っていた。

 ある意味最も見られたくない人間に、見られてしまっていた。

「お、お前たちはーーー……!!」

 蓮華の全身が震え、怒りと羞恥で一気に真っ赤になった。

 もはや冷静さは失われ、一刀が静止しようとする声も届かなかった。

 

 

 

 日が半分ほど地平線の向こうへ潜る途中。

 城門近くで立ち話をしている一団は落ち着いた雰囲気であった。

 というよりは、多少落ち込んだ雰囲気になっていた。

 とりわけ、二人の少女には顕著に表れている。

 その一人、足下近くまで伸ばした黒髪が印象的な少女が溜め息を吐いた。

「そうですか。一刀様は今、蓮華さまとご一緒なのですね……」

 明命という真名のこの少女に続いてもう一人。お団子頭で片眼鏡の少女も溜め息を吐き、しかしすぐさま笑みを見せていた。

「承知致しました。ではお二人には、お大事にと……」

 真名を亞莎という少女より先に、残る一団。北郷家の一人である老人が口を開いた。

「お二人とも。御配慮の程、まことにかたじけなく存じます……」

 深々と頭を下げようとするが、ひ孫を肩車していたために思い止まった。 

 そんなことは知らずに、当の本人は尚も楽しそうに老人の頭を叩いている。

「お義父さん。あまり堅苦しく接するのは、逆に失礼では……?」

 傍にいた中年男性が苦言を呈する。感謝を告げられた二人の方も苦笑を浮かべていた。

 そして一団の中に残る女性二人。少女とその母親も申し訳なさそうにしていた。

「お二人が会いに来てくれたことは、兄に伝えておきます……」

「明命ちゃんと亞莎ちゃんには、後で何かお詫びをしなくちゃいけないわね」

 母親である女性の言葉に、真名を呼ばれた女性は首を横に振った。

「そんなっ、それこそ勿体無き御言葉です!」

「あああの! お気持ちだけで、十分ですので!」

 慌て出した二人に、女性は優しく微笑みかける。

「いいえ、これは二人の厚意に対する礼儀。こういうことはしっかりしておかないと、あとであの子に合わせる顔がないの……。だから、二人へのお礼はちゃんとしなくちゃ。……ね?」

 いつも見ているはずの笑顔なのに、今日は何か強い意志を感じた。

 二人は圧されたのか、どこかぎこちなく頷く。それを見た女性の方も、口端を少し上げて微笑み返した。

「じゃあ日も暮れそうだから、今日は二人ともお城のほうに……」

 

 と持ちかけた最中、大勢の騒がしい声と足音が耳に届く。

 明命と亞莎は途端に警戒して、北郷家を守る態勢をとる。

 その場にいた全員が声のした辺りに目をやれば、その先は一刀の自室がある方向。

 まさか、彼の身に何かあったのか……!?

 想いを巡らし、身構える彼女たち。

 そうして目に入ってきたもの。屋敷の陰から出てきたものは……。

 

「スンマセーン! 偶然だったんすよー!」

「アタシたちはただ、彼の様子を見にきただけなんですよー!」

「だとしてもっ!! お前たちが私たちのことを覗いていたことは明白だっ!」

「その点は弁解いたしませんので、後は続きをごゆっくりと……」

「できるわけがあるかっ! お前のその言い方も癪に障る! とにかく、おとなしく罰を受けろっ!」

「そのようなお姿は、貴女の愛しい男性が幻滅してしまいます! ここは落ち着いて話を……」

「誰のせいでこうなったと思っている!?」

「リンダッ! アオイッ! 余計に怒らせてどうする! ああ、もう! どうしてこうなるんだー!?」

 

 南海覇王を振り回しながら、赤面と涙目で叫んでいる呉の君主。

 キレの良いフォームで、半泣きと必死な形相で駆け回る五人の若者たち。

 そして何が起こったのかと、唖然として眺めている一団。

 恐らく何かが君主の逆鱗に触れたのは間違いないだろうが、追いかけ回されている面々が味方であるために、明命と亞莎はどう処理して良いのか立ち往生していた。

 そんな中、当の君主である少女が二人に気付いた。

「明命! 亞莎! あの五人を捕えてっ!」

「ハ、ハイ!?」

「あ、あの! 一体何が……!?」

「いいからっ! 早くしなさいっ!」

「ハハハイッ!」

「わわわかりました!」

 状況を理解できないまま、その場を離れて君主に加勢する二人。

 その後ろ姿を、ただただ見送るしかできない北郷家の一団。

 

 なんとなく、いい雰囲気を壊されたのだろうなと全員が察した。

 償いとして、蓮華ちゃんにも何か準備した方が良いみたいね……。

 自分のことのように責任を感じて、誰かのために尽力しようと試みる。

 息子と多少性格の似た母親は、苦笑しながら色々と思考錯誤していた。

 

 追記として、不埒な覗き魔五人組がお縄に就くのに、そう時間はかからなかったという。

 

 

 

−続く−


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
6
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択