No.693094

真剣で私たちに恋しなさい! EP.25 葉桜清楚の章(3)

元素猫さん

遅くなりました・・・。

2014-06-10 22:59:54 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4014   閲覧ユーザー数:3707

 

 徐々に本来の能力を取り戻し始めた頭を軽く振り、京極彦一は自分の持つ情報を整理する。けれど断片的なそれらは、まだ情報としての価値こそあれ、意味を理解するにはまだ足りないピースがあった。

 

(私の見たアレが『地獄門』だとするならば、アレは確かに生きている。そして意識が瓦解する直前に、何かを理解した気がした。とても恐ろしい何か……)

 

 元門下生という男が言った話を思い出す。そもそも地獄門を最初に開いたのは、言い伝えとは異なる葛木行者の方だった。

 

(だとするならば、行者の目的とは何であったのか、まずはそれを知らねばならないだろうな)

 

 できることなら川神院に行き書庫を調べたいが、あそこはまさに『地獄門』の本拠地といえる場所だ。今の自分では近づくことも難しいだろう、彦一はそう考えてまずは学院の図書室で何かないか調べてみることにした。

 

(川神の歴史について書かれたものが、何か見つかるかも知れない)

 

 あらかたの本を見てきたが、見逃しているものがあるかも知れない。また、視点を変えることでわかることもある。

 彦一は図書室に行くことを清楚に告げ、保健室を出て行った。

 

 

 出てゆく彦一の背中を見送り、清楚は視線をベッドの上に向ける。二つあるベッドの一つには、榊原小雪が眠っていた。少し前までは穏やかに微笑むような表情を浮かべていたが、今は能面のように表情が無く、呼吸をしていなければ生きている感じさえない。

 

(普通の子、なんだよね)

 

 クローンの自分と比べれば、この少女も『普通』の部類に入るのだろう――そう、ぼんやりと清楚は思う。今まではどこか、『普通』の人に対して嫉妬するような感情があった。

 

(どうして自分だけが、こんなに悩んで苦しんでいるんだろう)

 

 正体がわからなかった頃、そんなもどかしい思いが胸中を占めていた。同じクローンでも源義経たちは仲間がいて、どこか楽しそうだ。自分だけが……余計にその想いが強いのはそのせいかも知れない。

 

(でも、違う)

 

 苦しそうにうなされる小雪を見て、清楚は少しだけ考えを改めた。どんなに『普通』でも悩みや苦しみはあって、必死に足掻いて生きている。生まれや境遇で、その人生の幸不幸がすべて決まるわけではないのだと。

 清楚の中で、何か重いしこりのようなものが、フッと軽くなってゆくような気がした。そんな自分の変化に深く息を吐き出したその時、不意に小雪の体が大きく跳ねた。

 

 

 横になったまま大きく反り返って、苦しげに呻きながら体を左右に振っている。まるで、見えない何かから逃げるような仕草に見えた。

 

「ああっ! ど、どうしよう」

 

 彦一はいない。放っておくわけにもいかず、清楚はすがりつくように小雪の肩を押さえた。

 

「やっ! 殺さないで!」

 

 小雪が叫ぶ。どんな夢を見ているのか、懇願するように何度もそう口にする。

 

「大丈夫だよ。誰もあなたを殺したりしないから――」

 

 清楚はそう言いかけて、小雪の悲痛な叫びに思わず動きを止める。

 

「……殺さないで、ママ。私を殺さないで」

「ママ……」

 

 クローンの清楚ですら、それは衝撃だった。いや、クローンだからこそかも知れない。

 母性に対する憧れ、尊敬の念が強い。自分にはないからこそ、余計にそう感じるのだ。美化された存在だからこそ、衝撃も大きい。

 

(世界のすべてが敵になったとしても、母性だけは常にそばにあるものだと思っていた……)

 

 子にとって唯一の味方であり、もう一人の自分のような気がしていた。だからこそ、清楚の心は千々に乱れる。咄嗟に、何か考えたことではなく体が先に動いた。

 

「――!」

 

 小雪の手を取り、優しく包むように頭を抱きしめたのだ。

 

「大丈夫……大丈夫よ」

 

 耳元で囁きながら、清楚は小雪の髪を指で梳く。やがて安心するように、小雪の強ばった体から力が抜けた。

 清楚は自身の中に生まれつつある感情に戸惑いながら、穏やかに戻りつつある小雪の寝息に耳を傾けていた。

 

 

 待ち合わせ場所に、武田小十郎は来なかった。代わりに九鬼揚羽の前に姿を見せたのは、桐山鯉である。結界を挟んで、二人は向かい合う。

 

「――以上が顛末です」

 

 鯉から小十郎の身に起きた事を聞き、揚羽は眉をひそめた。

 

「小十郎は無事なのか?」

 

「はい。まだ動くことはできませんが、意識はあります。今回はあくまでも、警告といったところでしょう。しかし我ら九鬼に宣戦布告のようなマネをする、連中は何者なのでしょうか?」

「『鬼道衆』はいわば、軍産複合体の裏側のような連中だ。本来ならば闇で暗躍し、光の世界に出る事はない。しかし今回の事件を契機に、新たな力を得ようとしている」

「新たな力ですか?」

「核に代わる力だ」

 

 揚羽は自分で口にしながら、わずかに震える。終わりのない競争の先にあるのは、緩やかな破滅のようにも思えた。腐敗する肉を食むのは、自分たちも同じだ。

 

「小十郎は寝かせておけ。妙に動かれると、逆に邪魔だからな」

 

 そう言い残し、揚羽はその場を離れた。

 

 
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