No.689945

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ二十九


いつもよりは短いスパンで書けたZE!

今回は違和感が満載な回になっていると思います。
まあ、その、ほら、キャラの性格とか強さとかそういう意味でね。

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2014-05-28 19:58:00 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:7093   閲覧ユーザー数:5334

 

 

【 夏候惇 そして 夏侯淵 】

 

 

 

 

 

一刀率いる傭兵隊――とは勿論、仮の立場と仮の通り名。

だが今は敢えてそのまま称しよう。端的に言って、傭兵隊一行は困っていた。

 

 

「なあ、『これ』どうしたもんかな?」

 

「私に聞かれても困るわ。それにしても曹操という存在がいないとこうなるのね」

 

 

一刀が小声で指差した『これ』とは無論、目の前で喜劇に近しい何かを繰り広げる二人だった。

 

もっとも、厳密に言えば喜劇を演出しているのはその内の一人なのだが。

 

答えを求められた華琳は所謂『これ』を一瞥しつつ、冷静に感想をくちにしていた。

 

 

「他人事みたいに言うなよ、曹操」

 

「今の私は吉利よ」

 

「……ってことは昔の自分を否定してるってことか? 俺は昔――というか曹操の華琳も含めて好きなんだけどな」

 

「ぶふっ!?」

 

「華琳様!?」

 

 

突然飛んで来た飛び道具(放った本人はいたって冷静で大真面目)がクリティカルヒットした華琳が吹き出す。

 

あまりに突然の事だったので近くにいた魏延が何事かと目を剥いた。

少しの間、華琳は魏延に労わられながらも何とか冷静さを取り戻すように努める。

 

 

「しゅうらぁぁぁぁぁんんんん!!!!!」

 

「あ、姉者落ち着いてくれ!」

 

 

その間も夏候惇と夏侯淵による喜劇は続いていた。

 

 

「そ、そういうことじゃないわよ!」

 

 

なんとか精神的な体勢を立て直した華琳が気持ち大きめの声で一刀の言葉を否定した。真面目な表情になった華琳の弁解は続く。

 

 

「勿論、私が曹操であったことは否定しないし、通ってきた道に後悔も無い。けれど今の私は紛れも無く曹操じゃない。吉利という人間よ。今の私、吉利という人間は曹操という覇王を土台に私自身が作り上げたの。だから改めて言うけれど、曹操を否定する気は無いわ。曹操を否定するということは今の私を、吉利を否定するということだもの」

 

 

ふんふん、と頷きながら話を聞いていた一刀。

聞き終えた後、微笑み交じりの柔らかい表情になった。

 

 

「なるほど、納得だ。安心したよ。王としての道を説いてくれてる華琳が、その土台になってる曹操の部分を否定したんじゃ大変だ」

 

「だから……その、曹操の私も含めて好きでいていいわよ」

 

「――あ、ああ。うん」

 

 

華琳が見せた素の女の子としての表情に、一刀は頬が熱くなるのを感じた。

ほんわかとした、というか妙にこそばゆさを感じさせるピンク色とはまたちょっと違った甘い空気。

 

ある意味、この場では二つの喜劇が繰り広げられていた。

 

 

「こほん! 一刀さん、華琳。その辺りでいいのではないかしら」

 

 

しかしその新たに発生した喜劇は第三者――もとい『二人だけの甘々空間における第三者』の紫苑によって早々に霧散させられた。残念、というふうに少し拗ねたような表情で華琳は紫苑を見やる。

 

 

「いいところだったのに……」

 

「いいところだったのは分かっているけれど、今は抑えておいて。私達にはそう時間があるわけではないのでしょう?」

 

「分かったわよ。ちなみに紫苑、ひとつ聞いておきたいのだけれど」

 

「何?」

 

「それは嫉妬の類かしら?」

 

「ええ、嫉妬よ」

 

 

特に飾り気も無く、寧ろ笑顔で肯定する紫苑。

そんな紫苑に星や桔梗、楓は半ば呆れながらも苦笑していた。そして紫苑の答えを聞いた華琳は何故か満足げな表情。

 

 

「黄忠様も華琳様もなんでそんなにお館がいいんだろう……ぶつぶつ」

 

 

そんな中で魏延は一人、唇をへの字に曲げながら悩ましげな表情を浮かべて何事かを呟いていたが。

 

 

「というかそろそろ止めるか。夏侯淵が死んじゃいそうだ」

 

「あのまま抱き締める力が強まっていけば骨の二、三本は軽く折れそうだな。――お館様」

 

「姉が妹の骨を折るなんてゾッとしない話だねー。北郷君、止めてあげてよ」

 

 

桔梗、楓の言葉に頷いた一刀は喜劇の真っ最中である二人に歩み寄った。

 

 

「あー……夏候惇、さん? そろそろ止めてあげないと妹さんが死んじゃうかもしれないんだけど」

 

「む? 誰だ貴様は」

 

 

流石に耳元で囁かれた言葉は聞こえたらしい。

頬擦りを残念そうな表情と共に中断し、夏候惇は一刀を一瞥した。

 

 

「俺は一刀。夏侯淵から依頼を受けて援軍として来た、しがない傭兵だ。一応、長をしてる」

 

「おお! 貴様が秋蘭が連れて来た援軍か!」

 

 

そう言うなり夏候惇は夏侯淵からパッと身体を放した。やっと解放された夏侯淵は息も絶え絶えとまではいかなくとも非常に疲れたようで、華琳や璃々から労わられる。

 

自分が最愛の妹に与えたダメージを自覚しないまま、夏候惇は得体の知れない援軍の長の前にずい、と手を差し出した。一瞬、一刀は呆気に取られる。

 

 

「陳留太守、王肱殿に仕えている夏候惇だ。今は黒山賊討伐隊の隊長を任されている。秋蘭――いや、妹が連れて来た援軍だ。役に立たないわけがないからな。よろしく頼むぞ!」

 

「……誰?」

(……誰?)

 

「む?」

 

「い、いやなんでもない。夏侯淵から話は聞いてるよ、夏候惇。よろしく」

 

「ん!」

 

 

途中、一刀と華琳は同様の感想を抱いた。

しかしそれを誤魔化しつつ、一刀は夏候惇の手を握り、固く握手を交わす。

 

夏候惇の表情は朗らかで満足気だった。それは何とも自然で侵しがたい表情だった。

 

 

(そっか、こういう顔もするんだな)

 

 

なんとなく心の中に安堵に似た何かが落ちるのを感じて、一刀は自分の口角が上がっているのを感じた。

 

 

それと同時にちょっとだけ拍子抜けする。

まあなんと言うか。この黒髪アホ毛の少女に対する印象は色々と濃い部分があるのだ。

 

援軍に来たこと自体を強い言葉で否定されるのも覚悟はしていたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 

 

「ところで……」

 

「む?」

 

 

未だ握手をしたまま、一刀は別の何かに視線を合わせた。

 

 

「あれはいいのか?」

 

 

一刀の示した『あれ』とは、あまり大きくは無い村の中心近くで壁に寄り掛かっている門兵のことだった。問い掛けられた内容を理解した夏候惇は軽く頷く。

 

 

「別に構わない。あいつは私の部下ではないからな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。あいつは元々この村に駐留している兵でな。後から黒山賊討伐隊としてやってきて居座っている私達が気に入らないんだろう」

 

「なるほどな」

 

 

納得すると同時に若干の笑みが込み上げてくる。

普通なら、叩き斬っていてもおかしくはなさそうなのに。

 

それを構わないと言い切れるのは彼女の精神がある程度大人だからだろうか。それかもしくは

 

 

(達観しちゃってるか、だな)

 

「ええと、それでだな。……」

 

「?」

 

 

何故か何かを言い難そうに夏候惇がソワソワとし始める。

夏候惇らしからぬ――もとい自分が知っている『夏候惇』らしからぬ様子に一刀は首を傾げた。

 

 

「……すまんが、もう一度名を教えてもらってもいいか?」

 

 

どうやら数十秒前に自己紹介したにもかかわらず名を忘れたらしい。

なんとなく『らしさ』が見えたことに苦笑しつつ、一刀はゆっくりと丁寧に自分の名を名乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ええと……」

 

 

傭兵隊一行を先導し村を歩く夏候惇が指を一本一本、数を数えるようにを折っていた。

一応言っておくと、百の兵達は村の入り口で待たせてある。急に大所帯が村に入るわけにもいかないだろう。

 

 

「一刀、吉利、李通、黄忠、厳顔、魏延、趙雲…………こたつ?」

 

 

それ冬に出す防寒器具。

 

 

「何で私だけ!? こたつじゃ無いよ。こ、う、た、つ!」

 

 

自分だけ名前を間違えられたことに抗議し、楓は一字づつ区切ってまで夏候惇に正しい名を伝える。

 

 

「そうか、こうたつか。すまない、どうも私は昔から名を覚えるのが苦手でな。大丈夫だ、ちゃんと覚えた」

 

「本当か? 姉者」

 

「ほ、本当だとも!」

 

 

隣を歩く苦笑交じりの妹の問いに焦ったように答える夏候惇。そして一瞬の間の後、再び首を傾げながら言う。

 

 

「ええと……こてつ、だったか?」

 

 

それ某浅黄色の集団の局長が持ってた刀の名前。もしくはワイルドな平田弘明さん。字は違うけど。

 

 

「……もういいです」

 

 

とまあこんな調子に夏候惇を加えた傭兵隊一行は、どんよりとしてどこか遠くを見つめる楓を尻目に村と黒山賊討伐隊の説明を受けていた。もっとも、夏候惇に名前を覚えさせるのに必死でそれらの説明はほぼ出来ていないのが現状だが。

 

 

「ああ、姉者は可愛いなあ」

 

 

そんなことを気にせず頬を緩ませる夏侯淵。

どうやらこの妹御も姉と同じく、多少なりとも拗らせているらしかった。

 

今まではその姉が傍に居なかったため、それが表に出てこなかっただけなのだろう。

魏興に滞在していた間。そしてここ陳留に帰還してから。どちらでも暗い表情が多かった夏侯淵。

 

その彼女の表情が今は明るい。

ならそこに水を差すのは無粋というものだろう。

 

そう思いながら一刀は隣を歩く華琳をチラリと見る。

どうやら華琳も同じことを思っていたらしい。柔らかな笑顔を浮かべながらも、仕方がないと言わんばかりに肩を竦めていた。

 

そこそこの大きさ――といっても魏興や陳留の街とは比べるまでもない規模の村を案内されている中で一刀は違和感に気付く。

 

 

「なあ、紫苑」

 

「……民の数もそうですけれど、兵の数も少ないですね」

 

 

すぐに返ってきた言葉に一刀は少なからず驚いた。

 

 

「よく俺の言いたいこと分かったな。ちょっと驚いたよ」

 

「これでも武官として過ごしている年月は一刀さんよりも上ですよ? その分、そういうことに気付くのは当然です」

 

「あはは、生意気なこと言って悪かったよ。そうだよな、紫苑の方が経験値遥かに高いもんな。うん、悪かった」

 

 

確かに自分が口にした言葉は武官としてのキャリアがある紫苑にとって失礼に当たるだろう。

十年来の指揮官に新兵が意見したようなものだ。もちろん、それが時には間違っていないこともあるが。

 

だがこの場合、失礼とまではいかなくとも生意気ではあるだろう。

前半はちょっとだけ愉快そうに。後半は真摯に。一刀は紫苑に謝罪する。

 

 

「気にしていません」

 

 

しかし紫苑は立腹したわけでは無かった。くすりと笑って彼女は続ける。

 

 

「私としては一刀さんの思っていることを当てることが出来て、少し嬉しかったのですから」

 

 

捉え方によっては生意気に聞こえなくもない発言などどうでもよく、一刀の心の内を推し量れたことの方が嬉しいのだ、という所謂惚気を。

 

流石に鈍感な一刀もこうまで直接的に言われて察せないはずがない。そしてどうやら満更ではなかったらしく、年相応に照れながら軽く頬を掻いていた。

 

 

「一刀様や黄忠様の言う通り、確かに兵の数が少ないのは気になりますね。夏候惇殿」

 

「む? ええと……」

 

「李通、です夏候惇殿。もし覚え難ければ貴様やお前などでも構いませんよ」

 

「そ、そうか。すまんな。それじゃあ貴様、なんだ?」

 

「……絶対最初から覚える気ないよ、この娘」

 

 

悪気は無いのだろう。その証拠に夏候惇は申し訳なさそうな表情で、李通のことを貴様と呼称していた。一刀の耳には唯一名前(楓の場合は字だが)を間違われた楓の呟きが届いていたが、取り敢えず気にしないことにした。

 

 

「どうやら兵の数が少ないようですが、これは?」

 

 

李通の問いに夏候惇はああ、と何の気なしにとんでもないことを口にする。

 

 

「兵は私を含めてだが三十ほどしかいなくてな。まあそれでも何とか黒山賊を押さえられているのだが――」

 

「は!?」

「はあ!?」

「はあぁぁぁ!?」

 

 

どこぞの週刊少年で連載されていた某スポーツ漫画に出てくる三人組“みたいな”リアクションを取ったのは一刀、華琳、楓である。ちなみにそれを聞いた張本人である李通はなるほど、と納得したような仕草で頷いていた。

 

その他の一同も半ば一刀達と同じような心情だったのだろう。流石に声を上げることは無かったが、逆に言葉を失っているようだった。

 

 

「ちょ、ちょっと待て。黒山賊の規模はどれくらいなんだ?」

 

 

その場の誰もが改めて確認したいことを焦った様子の魏延が尋ねる。

 

 

「私が姉者と共に戦っていた時――つまり援軍を要請しに行く前の話だが、確か二百強はいたか」

 

 

黒山賊の数は数百、と今までは曖昧な説明をしていた夏侯淵だったが、これはあくまでも主観の話なのだろう。三十に対して二百という、本来であれば度外なことを口にする。だが事態はそれを越えていた。

 

 

「いや、あれから更に増えたようでな。今は四百強くらいか」

 

「なっ――!」

 

 

驚いたのは一同だけではない。夏侯淵も同様に驚いていた。

自分が援軍を求めて州と郡を回っていた間、そんなことになっているとは思っていなかったのだろう。

 

 

「夏候惇。貴殿を含めての兵数が三十ほどなのは初めからか?」

 

「初めは私と妹を含めて六十ほどの兵数だったか。今やその半数だ」

 

 

星からの問いに答えた夏候惇。彼女は眉間に皺を寄せ、拳を強く握る。

それは悔しさの表れだろうか。それとも自分の力の無さを恥じているのだろうか。

 

どちらにしても、問題はそこでは無かった。

 

 

「最初からまともな兵数を出さない、か」

 

「どうでもいいのでしょうね。王肱にとってこの村は」

 

「それでも便宜上は兵を送った――ううん、多分違う気がする。そんなこと考えるような狸じゃないよねー」

 

「我らの連れて来た兵を合わせても百と三十。ふむ、ちと厳しいか」

 

 

一刀の発言を皮切りに、華琳と楓。そして桔梗がそれぞれの考えを口にする。

自分達の連れて来た兵を合わせても四百強対百三十。誤差はあるだろうが、それでも本来であれば勝負にならない数の差だ。

 

そこでふと一刀は気付く。

いや、気付いたというよりも逸れてしまった本題を思い出したと言うべきか。

 

そんな兵力差でどうやって村を護っていたのか?

そんな兵力差でどうやって黒山賊を抑えていたのか?

 

 

「なあ夏候惇。どうやって――」

 

 

一刀がもっとも重要なことを聞こうとしていたその時

 

 

『か、夏候惇様!』

 

 

肩を押さえた兵士が走り寄って来た。それを見て、夏候惇の表情が変わる。

 

 

「奴等か!」

 

『は! 村の北から奴等が、黒山賊が!』

 

「くっ!」

 

 

半狂乱とまではいかないまでもかなり焦った様子で報告をする兵士。

 

 

「すまん。こいつを頼んだ!」

 

「おい、ちょっ――」

 

 

一刀が止める間もなく夏候惇は駆けていく。

脇目も振らずに駆け出した夏候惇とは違い、一礼を残してではあったが夏侯淵もその後を追った。

 

 

「信頼されてるってことなのか?」

 

 

負傷した兵と、遠ざかっていく二人の後ろ姿を交互に見つつ、一刀は感想を漏らす。

 

 

「さあ。まあ、猪突猛進ぶりはあの娘らしいけれど」

 

「まったく。こういう時にこそ、援兵に来た我らに助けを求めるべきだろうにな」

 

「同感だよ、桔梗。李通、兵は?」

 

「は。村の入口に待機させたままです」

 

「防衛戦よ。まずは村人を護ることを最優先にさせて」

 

「かしこまりました。では」

 

「はいはーい。李通君、私も行くよー……って速っ! ちょ、ちょっと李通君!? 私、運動そんな得意じゃないんだからさー! あ、璃々ちゃんも私達と一緒ね?」

 

「うん! 璃々もお手伝いする!」

 

 

言うが早いか、李通は一刀と華琳の指示を受け、深々と一礼をした後に走り去った。楓も文句?を言いながら慌ててその後に続く。璃々と共に。

 

 

「では長。我らは?」

 

 

敢えて“長”という部分を強調して紫苑が指示を仰ぐ。

 

 

「先行する。村を護るぞ」

 

 

華琳、紫苑、桔梗、魏延、星はその指示に力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

「まったく、お館の言う通りになったな。はあっ!!」

 

 

ちょっとしたぼやきの後に続いた、気合の籠った声と共に鈍砕骨が振り抜かれる。

魏延の一撃を受けた敵――黒山賊は声も上げられず数人規模で吹っ飛んだ。宙に浮いた敵が地面に落ち、意識を失う。

 

 

「奇妙ね」

 

 

敵が犇めく中、紫苑は冷静に現状を分析していた。

その間も休むことなく弓に矢が番えられ、敵の肩や足を射抜く。

 

 

「確かに賊にしては練度が高いな。統率もそれなりに取れている辺り、指揮官が優秀と見える」

 

 

不敵に笑い、紫苑の言葉に同意と感想を述べた桔梗も豪天砲で敵を打ち据えているところだった。

小さいながらもこれは戦。村を襲撃してきた黒山賊を迎撃し、村を護るための。しかし今、紫苑と桔梗、そして一応魏延も。彼女らは敵を無力化するに留めていた。

 

敵が次々と倒れていく。しかし。

 

 

「そういうことじゃないわ、桔梗。いえ、もちろんそれもあるけれど」

 

 

そう口にする紫苑の視線の先には、気絶した仲間を背負い、早々に逃げていく別の敵。

 

違和感。

 

紫苑も桔梗も、この場で戦っている三人は違和感を感じていた。

 

 

練度が高い。

確かに普通の賊よりも、下手をすれば黄巾党よりも練度は高い。

 

統率が取れている。

これもやはり黄巾党より高い水準だろう。

 

そして

 

 

「……確かにな。こやつら、本当に賊か?」

 

 

おかしなことに、賊達は村人に危害を加えてはいなかった。

 

確かに目に付くところで略奪はしている。しかしそれも極少量の物資を取るに留めている。

 

家屋に火を放ちもしない。村人を妄りに襲ったりもしていない。

 

桔梗の疑問も最もだった。

 

 

「一刀さんはこれを見越して“あのような”指示を出したのかしら」

 

 

誰に問うたわけでもない独り言。紫苑はこの戦いが始まる直前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

 

 

夏候惇が向かった方へ、一刀達は走っていた。

明らかに変わる周囲の空気感。しかし騒然とはしていない。

 

家々から顔を覗かせる村人も、初めから外にいた村人も、軽い興味程度の面持ちで村の北方へと

顔を向けていた。

 

その様子に先頭を走る一刀は眉を潜める。

陳留にて略奪を働く黒山賊と呼ばれる者達。それは恐れの対象だろう。

 

だが顔を覗かせる村人達の表情に、殆んど怯えの色は無い。それが少し気になった。

 

もっと言ってしまえば、今この村がこうして残っていることにも違和感がある。

 

あまりにもな戦力差。完全に守り切れているとは到底思えない。

夏候惇がとてつもなく強いなら話はまた少し違ってくるが、それでもおかしいことはおかしいのだ。

 

賊が襲ってきている村だというのに、物理的な被害の痕跡が殆んど無いなんて。

 

 

「皆、ちょっといいか!」

 

 

走りながら声を張る。

後ろを振り返らずとも、耳を傾けてくれている気配が伝わってきた。

 

 

「紫苑、桔梗、魏延は反転して村の南に。北から襲撃してきた敵が陽動の可能性は捨てきれない。それと――」

 

 

少しだけ躊躇する。

しかしこの違和感を無視できないのも確かだった。だからこそ。出来ると思っているからこそ。一刀はそれを口にする。

 

 

「――敵が村人に危害を加えていないなら、出来るだけ殺さずに無力化してくれ」

 

「は? 何を言っているんだお館!」

 

 

魏延の声。案の定だ。でもまだ全部言い終わってない。

 

 

「ただし、自分の命と仲間の命を危険に晒してまで手を抜く必要はない。その時は迷わずに敵を討ってくれ」

 

「「……はっ!」」

 

 

紫苑と桔梗の頼もしい返事を背中に受ける。

一瞬だけ間があったってことは何か思うところがあったのかもしれないが、今は置いておこう。

 

前方に改めて目を向ける。

まだ距離があるものの、視線の先で集団が行く手を阻んでいた。

 

 

「行くぞ」

 

 

短く告げて速度を上げる。三人分の気配と足音が一瞬乱れ、後方へと遠ざかっていく。

隣にぴったりと寄り添って走るのは華琳。その後ろには星が槍を構え、闘気を放っている。

 

そんな頼もしい彼女らを率い、北郷一刀は剣も抜かず、拳を固め、敵の中へと飛び込んでいく。

 

 

――自分の命と仲間の命を危険に晒してまで手を抜く必要はない――

 

 

自分で言った甘く青い言葉を、自分に言い聞かせながら。剣を抜く覚悟を胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

「ふん」

 

 

捻りを加え、勢いを増した正面からの蹴り。避けるまでも無い。

 

ガン!という鈍い音。剣の腹でその蹴りを難なく防御した。

 

蹴りを放った敵は防がれたと見るや、即座に下がる。銀の髪が風に揺れた。

 

それとほぼ同時に右からの攻撃。

二振りの剣を使っての連撃が襲い来る。蹴りを放った敵よりも数段劣る覇気に掛ける攻撃。

 

 

「はあっ!!」

 

 

気合一閃。

連撃の中にある隙を見逃さず、剣を敵にむかって振り下ろす。しかし――

 

 

「やらせんへんでえ!!」

 

 

左からの声。そして耳障りで奇妙な音。

幾度か戦った敵の一人。既にその音の正体は見ずとも分かる。

私の攻撃は奇妙な、回転している槍としか表現のしようがない武器に阻まれた。

 

そして

 

 

「っ!」

 

 

その槍の回転に剣ごと身体を持って行かれそうになるのを堪える。

 

 

「はっ!!」

 

 

声と共に、目の前には手甲に包まれた拳が迫っていた。遅れて、衝撃。

 

 

「なっ!?」

 

 

敵の驚いた声。

何を驚くことがあるのか。ただお前の拳を素手で受け止めただけだろう。

 

手甲を受け止めた右手に力を込め。

 

 

「この程度の攻撃で私をやれるとでも思っているのか!!」

 

 

敵の軽い身体を持ち上げ、投げた。

 

案の定、地面に激突する前に敵は受け身を取る。

ズザザ、と音を立て、受け身を取った地面から数歩後退した場所でその身体は止まった。

 

 

二振りの剣を持った敵と回転槍を持った敵とがその傍に駆け寄り、こちらを警戒するように各々の武器を構える。

 

その間に地面に落とした自分の剣を拾い上げた。剣に着いた土埃を軽く払い、肩に担ぐ。

 

 

「ふふん、やはり貴様らとの戦いは愉しいな! 一騎打ちならばもっと愉しいのだろうが、そうなると勝負にならんのがつまらんところか」

 

「……(ギリ)」

 

 

奥歯を噛み締める音。

両脇の二人と違いあまり声を出さない銀髪の敵。髪が汗で頬に張り付いているのが見えた。

 

 

「そ、そろそろ引き上げた方がいいの~」

 

「……まだだ。全員が撤退するまで引くわけにはいかない」

 

「しんがり努めるのも結構やけど、そればっかやっとったら死ぬで?」

 

 

聞こえてくる会話。こいつらは相変わらずだ。

ある程度戦うとすぐに引き上げる。そしてそれは襲撃が終わったことを意味する。だからこそその前に――

 

 

「今回は逃げられると思うな!!」

 

 

地を蹴る。剣を構える。ギョッとした三人の表情。標的は真ん中の銀髪――!

 

接近し、振り下ろす。固い手ごたえと金属と金属がぶつかる甲高い音。

 

 

「ぐうっっっ!!!!」

 

「ほう……中々にやる!」

 

 

銀髪は手甲を交差させ、剣の一撃を防いでいた。

食い縛った歯と歯の間から零れ出る苦悶の声。そしてミシ、という音。骨か?

 

 

「――!」

「――!」

 

 

反応し切れず、今頃距離を取った残りの二人が何かを言う。

おそらくこの銀髪の真名だろうが、既にそれは明確な言葉として私の耳には入ってきていない。

 

 

「……何故」

 

「む?」

 

 

そんな中で耳に入ってきた言葉。

食い縛った歯と歯と間から零れ出る、苦悶の声とは違う明確な言葉。

 

その声から怒りを感じた。

 

 

「何故それだけの力があって、あの太守を野放しにしている!!」

 

 

咆哮。それは叫びと言い換えてもいい代物だった。

 

一瞬だけ思考に空白が出来る。

しまった、と思った時は既に遅く。力のこもっていない剣は容易く弾かれた。

 

その衝撃にたたらを踏む。同時に右と左からの気配。

 

 

「もらったでぇ!!」

「もらったのーっ!!」

 

 

回転する槍と二振りの剣が迫る。

どちらか一方になら対処出来なくはない。だがどちらか一方には対処出来ない。

 

剣の方が傷は浅いか、と考えを決めた瞬間。

 

 

「っ! なんや!」

 

 

右から迫っていた敵。

変な喋り方をする胸のデカい女が焦った声を上げて、飛来した何かを回転する槍で弾いた。

 

飛来した何か。

視界の端に映ったそれが矢であったことを頭の隅で確認した時点で身体は動いていた。

 

 

「ふんっ!!」

 

「きゃっ! なのーっ!」

 

 

左から迫っていた二振りの剣に向けて思い切り剣を振り抜く。

パキンッ、と小気味のいい音がして二振りの剣は中途から折れた。

 

左から迫っていた敵。

変な語尾を使い、顔に何か掛けている女が悲鳴を上げて尻餅を着いた。

 

 

ふう、と一息を吐き額の汗を拭う。

正直、今のは危なかったと思う。良くて軽傷、悪ければ重傷。最悪、致命傷だったかもしれない。

 

それを、救ってくれたのは。

 

周囲に配る気を張り詰めさせたまま、背後を振り返る。そこには

 

 

「……秋蘭」

 

 

弓を構えた最愛の妹の姿があった。

 

毅然としたその表情は今まで見たことがなかったもので。

援軍を求める旅の中で何かあったのだろうか。少なくとも、それは良いことであったのだろうと確信する。

 

 

ピィーッ!!

 

 

 

唐突に、甲高い笛のような音。

これまでも何度か聞いた音。これが鳴ったということは――。背後で俄かに動き出す三つの気配。

 

剣は構えず、肩越しに背後を見れば。

全身に傷跡がある銀髪の女に他二人が肩を貸しているところだった。

 

これもほぼいつもの光景。

襲撃があった日の、終幕の光景。

 

戦意を失い撤退する敵などに興味は無い。

姉として一刻も早く、成長した妹を褒めてやらないといけないからな!

 

 

 

歩き出した夏候惇の中では既に、賊軍に対する興味は失せていた。

 

 

 

 

 

 

驚いた。

 

ただ夢中だった。姉者が窮地に陥っていた。

気付けば弓を構え、矢を番え、狙いを定めて、射っていた。

 

頭を狙ったそれは阻まれたが、それは姉者の陥った状況を好転させる一矢になった。

 

遅れて、喜びが胸に広がる。姉者の役に立てたと、そう思うだけで。

 

不意に肩に手を置かれた。

 

 

「凄かったな、今の」

 

「ほ――いえ、一刀殿」

 

 

気付いて言い直す。

肩に手を置いた一刀殿は軽く笑った。その隣には吉利殿と趙雲殿もいた。

 

 

「紫苑――いいえ、黄忠も吃驚の早業だったわよ?」

 

「確かに。魏興で黄忠に師事している姿は何度か見掛けていたが、随分な上達ぶりだな」

 

「……いえ、私の弓はまだ黄忠殿に遠く及びません」

 

「『まだ』ということは、いずれ追い抜くつもりなのかしらね」

 

「き、吉利殿!」

 

「ふふ、冗談よ。星、そろそろ他も撤退したころでしょうし、皆を集めて来てもらえるかしら。兵の警備配置は楓と李通の指示を仰いで頂戴」

 

「了解だ。主よ、ご指示の通りに敵は無力化するだけに留めておきましたぞ」

 

「ありがとう、星。甘いこと言って、無理させて悪かった」

 

「なに。私とて、強い者と武を競いたいと思うことあれど、無闇に敵を殺したいとは思いませんからな」

 

 

それだけを言い残した趙雲殿は不敵な笑みと共に離れていく。

その後姿を眼で追っていると、肩に置かれていた手が二回ほど叩く動作をした。

 

一刀殿が、何故か良い笑顔を浮かべていた。そして一言。

 

 

「ほら、夏侯淵のおかげで助かったお姉さんが感極まって駆けてくるぞ」

 

「え」

 

 

一刀殿に言われて視線を移す。

 

 

「秋蘭!! 助かったぞー!!!」

 

 

確かに、姉者が駆けてくるのが見て取れた。だが、その。あの勢いはちょっと危ない気がする。

 

 

「あ、姉者! 少し落ちつ――」

 

 

遅かった。衝撃と抱擁。

駆けて来たままの勢いに流され、地面に倒れ込む。

 

少しだけ掛かる重み。そして頬に当たる柔らかな感触。ああ、相変わらずの頬擦りか。

 

仕方ない、と思う反面。

そろそろ妹離れしてもいいのでは、とも思った。

 

……少し考えて苦笑する。まったく、姉離れできていない妹が何を言っているのだかな。

 

 

 

 

 

 

 

そんな微笑ましい喜劇パート2を苦笑交じりに眺めていた一刀は、不意に視線を移す。

移した視線の先にはまだ辛うじて微かに見える三人の背中。それは直ぐに森の緑に溶けて消えた。

 

 

「……ったく、冗談きついな」

 

「まったくね」

 

 

眉間に皺を寄せた状態で、一刀と華琳は軽い溜息を吐く。

 

 

「あの様子じゃ、あの三人が黒山賊の指揮官か」

 

「ええ。……戦える?」

 

 

気遣わしげな華琳の声。一刀は答えず、宙を見上げた。

 

 

「さあ……どうだろうな」

 

 

それは答えでは無く。誰に向けたわけでもない呟き。

いつかこういうことがあるんじゃないかと思っていたことが、思ったよりも早く訪れた。

 

言葉にすればただそれだけの事なのに。一刀の心は大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【あとぅがき】

 

 

今回は色々な物事を、敢えてずらような感覚で書いてみました。

自分で書いてみても『あー、これ後でこうしても伝わりにくいだろうなあ』とか思ったり。

 

何となく目に付いていると思うので言ってしまいましょうか。

今回の、敢えて名付けるとするなら〖陳留篇〗のキーワードは〖嘘〗です。

 

何を以て嘘と論ずるか。難しいですよね。

 

そもそも、原作の魏√EDの更に後の話として書いているこれは最初が〖心に、自分に吐いていた嘘〗から始まっていますからね。その延長線上的な話です。

 

尻切れトンボに話を切りますが、今後も頑張って投稿していきたいと思っていますのでよろしくお願いします。

 

 

P.S

 

〖この人はこういう人だ〗っていう固定概念というか思い込みって厄介ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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