No.679455

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ二十七


一ヶ月ちょい間が空いての更新。
俺は!時間が掛かっても!更新するのを!諦めない!

※今回の話は一部分、賛否あるかもしれません。責任的な意味で。

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2014-04-17 08:45:48 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:7266   閲覧ユーザー数:5419

 

 

【 兗州 】

 

 

 

 

 

 

兗州と荊州の境目。小高い丘。

無言で、眼下の大地を見つめる二つの影があった。

 

 

「なんだか懐かしいな、この空気」

 

「ええ。何が違うと明確に言葉には出来ないけれど。確かに、懐かしいわね」

 

「華琳にとっては一応『帰郷』ってことになるのかな」

 

「……いいえ。懐かしくとも“ここ”は私の地じゃないわ」

 

「そっか」

 

 

二つの影――華琳と一刀はそれだけを話し、黙した。

言葉にしなくとも、二人は会話以上の何かを互いから感じ取ったのだろう。

 

そんな光景を然程離れていない背後からジッと、羨ましそうな目で見る女性が一人。

 

 

「紫苑。羨ましいのは分かる――いや、分かんないけど。なんだかちょっと情けなく見えるよ?」

 

「褒め言葉ね、楓。この姿が情けなく見えると言うならそれは、私がそれだけ一刀さんのことを好きだということよ」

 

「うわぁ……」

 

 

即答。ハッキリとそれを認め、挙句の果てに“褒め言葉”と言い切った紫苑の惚気を聞いて、楓は大仰に身を引いた。

 

 

「まったく、紫苑の“それ”は相当なものだな。とはいえ儂も人のことは言えんか」

 

「確かに。でも、うちに来て日が浅いといえば浅い桔梗がそうなるっていうのも凄いよね。やっぱり北郷君って魅力あるんだねえ」

 

「そういうお主はどうなんだ、楓。儂よりもお館様との付き合いは長いだろう」

 

「付き合いは長くてもねえ。私は北郷君にそういう感情を持ったこと無いんだなあ、これが」

 

「なんとなくだけれど、楓と李通さんはお似合いだと思うわよ?」

 

「李通君かあ……彼はキッチリしてるからね。適当が売りの私としては息苦しいというか」

 

「何が適当なものか。今回の援軍要請を受けるに至って、お主の手回しがなければこうも迅速に出立は出来なかっただろう」

 

「買い被りだよ、桔梗。私だけじゃなくて華琳も李通君も、星も紫苑も桔梗も焔耶も動いてくれたじゃない。それに、援軍要請を受けるっていう表現はちょっと間違い。今回は形そのものを変えたからね。無茶な方向に」

 

「だが、それも殆どがお主の言から始まったことだと思うが?」

 

「気のせい気のせい。あ、私が優秀だとかそういう勘違いは止めてね。そういうことになると仕事サボれなくなっちゃうからさっ」

 

「……そういう話にしようかしら」

 

「ちょっと紫苑!? 言ったそばから不穏なこと呟くの止めてくれないかな!?」

 

 

聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で呟かれた言葉を耳聡く捉えた楓は、割と本気で紫苑に向けてツッコミを入れた。

しかし紫苑はどこ吹く風。楓のツッコミならぬ抗議の声を右から左に受け流し、再び一刀のことを見つめ始めていた。

 

 

「だが、それにしても……」

 

 

同じく、一刀と華琳のことを眺めていた桔梗が呟く。

 

 

「普通ならありえないことだな、これは。楓の言う通り、無茶に近い」

 

「あら、不服?」

 

 

紫苑の訪ねに肩を竦める桔梗。

その拍子に揺れた、二つの素晴らしい丘を横目で見ながら唇をへの字に曲げた楓を置いて、話は先に進む。

 

 

「既に決まって、既に始まっていることに不服を言うほど若く、未熟では無い。単純な感想だ」

 

「気持ちは分かるわよ、桔梗。でもその為に、だからこそ、万全の態勢を敷いて、私達は魏興を出て来ているでしょう?」

 

「ああ。だが、まさか有している兵の殆どを魏興に置いてくることになるなど、思いもよらなかったぞ」

 

「そういう風に形を変えたからねえ」

 

「でも、今の私たちの状況を鑑みるに妥当なところじゃないかしら。だって――」

 

 

言って紫苑は背後の森を見やる。そこには

 

 

「あ、違うよ、夏侯淵お姉ちゃん。そこはこうして……」

 

「こ、こうか?」

 

「そう! 夏侯淵お姉ちゃんはえっと……“ゆうしゅう”だね!」

 

「ふむ。随分と璃々は教え上手だな。もちろん夏侯淵殿の覚えも早いが」

 

「わ、私だってそのくらい……」

 

「手先の不器用なお主には無理だろう? 焔耶」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

星、焔耶、夏侯淵、璃々の姿があった。

 

璃々と夏侯淵は地べたに座り込み、二人で蔓を使った編み物をしていた。

それを横から覗くのは星と焔耶。星の言うことに反論できない焔耶は悔しそうに下唇を噛み締める。

 

 

ここには、北郷軍の将軍格が李通を除いて全員集まっていた。それが示すのはつまり

 

 

「――今の魏興郡には、一人も将軍がいないんだもの」

 

 

桔梗の言う通り、“普通ならありえないこと”だった。

 

 

 

 

 

 

時を同じくして魏興郡。

将軍どころか太守も不在な街にて。

 

青年と呼ぶには躊躇われる粗野な風貌で、おじさんと呼ぶにはまだギリギリイケてる感じの男がボーッと空を見上げていた。

 

 

「張のアニキ。俺ら大丈夫なんすかね」

 

「あー? ……何が?」

 

「いや、何がって。兄貴もいねえし、姐さん達もいないんすよ?」

 

 

不安そうに表情を歪めるのは、まだ多少の幼さを残したチンピラのような青年、張燕。

しかし張燕の言葉を聞いているのか聞いていないのか。男――超牛角は無反応のまま空を見上げ続けている。

 

 

「まあ、大丈夫だろ」

 

 

暫しの沈黙の後、帰ってきたのは投げ槍な答え。

聞いた俺が馬鹿でしたよ、とでも言うふうに張燕は肩を落とした。

 

 

「それよりももっと考えることあんだろうが」

 

「考えること?」

 

 

肩を落としていた張燕が顔を上げると、そこにはいつになく真剣な光を湛えた超牛角の双眸があった。

 

 

「確かに兄貴はいねえ。姐さん達もいねえ。あの小憎らしい……が可愛い軍師殿もいねえ。つまり俺達は今、街の全てを任されてるに等しいってことだ」

 

「しかも、頭使う小難しいことは殆んど片付けてくれたっていうオマケ付きっすね。文官のやつらが頑張って仕事探してたっすよ。姐さん達があまりにも完璧にこなしてっちゃうもんだから」

 

「俺達は考えんのが苦手だからな。ありがてえよ、寧ろ」

 

「自分から言っちゃうんすか。考えるの苦手とか」

 

「うるせえ。事実だから仕方ねえだろ。あー……つまりあれだ。俺が言いたいのはな」

 

「はいはい。分かってるっすよ。頭使う小難しいことは文官のやつらに任せて、戦働きしか能の無い俺達は俺達なりに出来ることをしようって話でしょ? ったく、纏めるの苦手過ぎっすよ」

 

「……」

 

「ちょっ! なんで拳握ってるんすか!」

 

「いや、なんかムカついたからよ。いいか? 殴っていいか?」

 

「絶対ダメっす。ま、兄貴達がいない間は俺達がこの街を守るしかないってことっすね」

 

「まあそういうことだ。頼りにしてんぜ、張燕」

 

「任せといてくださいよ。俺達はもう賊でもゴロツキでも無いんすから」

 

「……だな」

 

 

張牛角と張燕。山賊時代から苦楽を共にしてきた二人はニヤッと笑って拳と拳を合わせた。

 

これで、終われば良かった。しかしそうは問屋が卸さない。ニヤッと笑って拳を合わせた状態の張牛角は言う。

 

 

「で、早速だけどよ、金貸してくれねえか?」

 

「絶対嫌っす」

 

 

唐突な張牛角の物言いもさることながら、張燕という人間も一筋縄ではいかない。

元山賊の頭であり、今でも一応は自分の上司のような立場に当たる張牛角の頼みを笑顔で断った。

 

 

「何でだ! さっき頼りにしてるって言ったじゃねえか!」

 

「それそういう意味だったんすか!? 言わせてもらいますけど、最低っすね! だから女の一人や二人つくれないんすよ!」

 

「それは言うな! 女をつくるには何かと物入りなんだ!」

 

「冗談! 俺は薄給っすけど、もう二人と寝ましたよ!」

 

「何ィ!? ど、どうやってだ! 頼むから教えてください!」

 

 

勢いよく頭を下げた張牛角を見て、張燕は一歩後退する。つまり、引いた。

 

 

「あんた誇りとか、えーっと……矜持?とか無いんすか!?」

 

「無い!」

 

「うわ言い切ったよこの人。なんかカッコイイ! でも絶対こんなことは言いたくない! 惨めすぎる!」

 

「こういうのは手段選んでらんねえんだよ、ホントに」

 

 

言い難そうに頬を掻く張牛角。それを見た張燕は意地悪くニヤリと笑った。

 

 

「とか言いながら無理矢理手籠めにしない辺り、張牛角のアニキって良い人っすよね」

 

「うるせぇ。人を勝手に良い人認定するんじゃねえ」

 

「え? でも良い人の方がモテるっすよ?」

 

「じゃあ、良い人でいいや」

 

「……駄目だ。この人大概馬鹿だ」

 

「ああん?」

 

「はいはい。悪ぶっても駄目っすよ。取り敢えず、ほら」

 

「あー……来たか」

 

 

張燕が示す方向に張牛角は目を向ける。

文官の一人と街周辺の偵察に行かせていた部下が焦った表情で自分達に向かって走ってきているのを見て、なんとなく状況を悟った。

 

 

「お仕事っすね」

 

「ま、やるしかねえな。おい張燕、野郎どもに戦の準備させて来い。あと、今頃もう兗州に入ってる兄貴達に伝令もな。些細な事でも報告を。姐さんからのお達しだ」

 

「了解っす。多分、野郎共も準備は万端でしょうけど。こういう時の為に俺らが残されたんすから」

 

「せいぜい雑魚どもに思い知らせてやろうや。自分らが誰に喧嘩を売ったかってのをよ」

 

 

今まで不敵な笑みを浮かべ、これから始まるであろう戦いに思いを馳せていた張燕の表情が、張牛角の言葉を聞いて俄かに曇る。

 

 

「いざという時の手段も兄貴や姐さんから言い含められてますしね。そっちは使わないに越したことはないっすけど。あ、それより張のアニキ。カッコいいこと言ってるとこ悪いんすけど」

 

「あ、なんだよ」

 

「前、兄貴に教えてもらったんすけど。そういうこと言うと“負ける率が跳ね上がる”らしいっす」

 

「……そういうことって?」

 

「いや、だから。『せいぜい雑魚どもに思い知らせてやろうや。自分らが誰に喧嘩を売ったかってのをよ』とか、そういうやつ」

 

「戦う前から人の戦意折ろうとするの止めてくんない!?」

 

「や、俺は善意からそう言ったまでで」

 

「目ぇ逸らすなコラぁ!」

 

 

目の前に確実に迫っている脅威を認識しながら、張牛角と張燕は落ち着いていた。落ち着いているが故に軽口を叩き、じゃれあっていた。

 

その落ち着きの源は、不在の大将への信頼。自分達に大役を任せてくれた大将への感謝の念。そこに貧乏くじを引かされた、などという考えは一切無い。

 

そして大将が不在でも変わらないもの。それは日々培った経験が語る、兵の練度。

 

彼らはここに示す。

他とは一味違う、魏興郡の力を。

 

 

 

 

 

 

既に丘から降り、本格的に兗州へと入った一刀達一行。

一刀、華琳、紫苑、桔梗、星、焔耶、楓、そして璃々も。全員が質素だが作りの良い外套を纏っていた。

 

夏侯淵だけ、普段通りの格好ではあるが。

 

一刀は歩きながら、華琳の手の中にあるものを覗き込む。

それは先刻、民に扮した伝令から届けられた一通の文だった。

 

「李通からの連絡か?」

 

「ええ。どうやら順調に周囲の目を掻い潜って進んでいるみたいね」

 

「百人を連れて目を掻い潜るのは骨だろう。だが、流石は李通殿だ」

 

 

横で話を聞いていた星が感心したように頷く。

 

 

「速度も決して遅くは無い。だからと言って慎重すぎることも無い。やはり優秀ね、李通さんは」

 

「これなら私達が陳留に到達する頃には近くまで来ていそうね」

 

「李通を含めた俺達八人と夏侯淵。そして選出した百人の兵。これでどこまでやれるかだな」

 

「わ、私も頭数に入っているのですか?」

 

 

一刀の言葉を聞いて、夏侯淵が戸惑いの声を上げた。逆に首を傾げたのは一刀や華琳である。

 

 

「当たり前でしょう。どちらにしても貴女が水先案内人になることは間違いないわ」

 

「俺達は陳留の地理にあんまり明るくないんでね」

 

 

肩を竦めた一刀を見て、紫苑は微笑んだ。

一刀の横にいる華琳が、唇の前に人差し指を立てて見ていることに気付き、その笑みはより深いものになる。

 

 

「そういえば、夏侯淵殿には姉君がいるんだよな」

 

 

焔耶が思い出したようにそう口にし、それに対して夏侯淵は肯定の意を込めて頷く。

 

 

「ええ。我が夏候家の当主です。魏延殿」

 

「……な、なんだか敬語を使われると背中が痒くなってくるな」

 

「え?」

 

 

唐突な魏延の発言に夏侯淵は戸惑いの声を小さく上げた。

 

 

「ふっ、焔耶は敬語を使われ慣れていないからな。そうなるのも無理はない」

 

「なあ、夏侯淵殿。なんだったら私には敬語を使わないでもらえるか?」

 

「む、むしろ魏延殿はそれでよろしいのですか?」

 

 

再びの敬語。魏延はそれを聞いた瞬間身震いした。背中に悪寒が走ったように。

 

 

「やっぱり駄目だ。なんだか夏侯淵殿に敬語を使われると背筋が痒くなってくる。むしろ私から頼むよ、夏侯淵殿。私には敬語を使わないでくれ」

 

「ぎ、魏延殿――いや、魏延がそう言うのならそれで構いま――構わないが」

 

つっかえつっかえではあったが、夏侯淵は魏延に対して敬語を使うことを止めたようだった。

それを聞いた魏延は満足そうに二度三度と頷いた。よく分からないやり取りに一同は苦笑して肩を竦めたのだった。

 

 

「魏延がぶった切った話を元に戻すけどさ。夏侯淵のお姉さんは武官なのか?」

 

 

一刀の質問に夏侯淵の表情が少しだけ曇る。それが最早答えのようなものだった。予想通り、夏侯淵は頭を振る。

 

 

「いえ、武官ではありません。一応、部隊を指揮する立場には居るのですが」

 

「少なくとも要職には着いていないってことか。夏侯淵と同じく」

 

「……はい」

 

 

夏侯淵は幾分か暗い表情で一刀のそれを肯定した。

一刀としてはただ事実を口にしただけだったが、夏侯淵はそれを別の形で受け取ったようだった。

 

 

「ねえ、夏侯淵」

 

 

少しの間、何か思案を巡らせていた華琳が夏侯淵に声を掛ける。

 

 

「なんでしょうか、吉利殿」

 

「少し気になってはいたのだけれど、貴女の姉が当主を務める夏候氏。今どういう状況なのかしら?」

 

 

どことなく明確でない質問。どことなく意味が捉え辛い質問。

『今どういう状況なのかしら?』――まるで今ではない、以前の。もしくは“別の”夏候氏を知っているかのような質問。

 

少なくともこの場にいる人間の中で、一刀と紫苑以外にその質問の意図を理解できる者はいなかった。

 

だが、何故か夏侯淵は小さな笑いを零す。可笑しそうに。

 

 

「吉利殿はなんと言うか、奇特な方ですね」

 

「それはどういう意味かしら」

 

「お気に障ったのなら申し訳ありません。ただ――」

 

 

もう一度。今度はクスリという小さな笑い声までも零した夏侯淵は、どこか儚さを感じさせる表情で口にする。

 

 

「――既に没落しているも同然の、私と姉者しかいない家に興味を持つのも珍しい。そう思っただけです」

 

 

一刀と華琳にとっては、彼女らが武官では無いという事実と同じくらいの予想外に過ぎた現実を。

 

 

 

 

 

 

――夏候の家は既に没落しているも同然――

 

それが夏侯淵の口より語られてから数刻後。一刀達は陳留の街に辿り着いていた。

 

夏侯淵の先導の元、外套を纏った風貌の集団である一刀達は嫌が応にも民達に注目される。

 

 

「思ったよりはまともに機能してるんだな」

 

「そうね。目に付くところは多々あるけれど」

 

「それを言ったらどんな街のどんなところだって目に付くだろ、覇王様」

 

 

華琳の厳しい指摘に一刀は苦笑しながら肩を竦めた。

一刀と華琳にとって『良い街』の観点は前の外史の魏という国そのもの。

 

数々の挫折や失敗があり、数々の苦境を乗り越えた末にやっと形になった『良い街』。

華琳も分かってはいることだろうが、この時点でそれを成すのはほぼ不可能と言っても過言では無い。

 

だからこそ、一刀は苦笑したのだった。

しかし周囲を見渡し、結果としてその苦笑はすぐに消えてしまったが。

 

 

「俺達の理想が高すぎるのかは分からないけどさ。とはいえこの街」

 

「ええ。活気……いいえ、覇気が無いわね」

 

 

一刀の言葉を引き継いで、華琳が周囲を見渡す。

 

人はいる。人の営みはある。一応飢えている様子も無く、死体が転がっているわけでもない。

だが、活気や覇気がこの街には無かった。無いという表現は言い過ぎにしても、そう言いたくなるくらいには。

 

 

「か――」

 

「ねえ、夏侯淵ちゃん。なんでこの街、活気が無いのかな」

 

 

一刀が夏侯淵に声を掛けようとした直前。

それに被せるようなタイミングで楓が口を開き、尋ねる。今まさに一刀が尋ねようとしていたことを。

 

それとなく聞こうとしていた一刀とは違い、より直球に。

 

 

先導していた夏侯淵の足がピタリ、と止まる。

振り返った夏侯淵の表情は複雑な色を擁していた。

 

 

「私の方からは、何とも言えません」

 

 

少しの戸惑いと少しの躊躇い。似ているようで非なるもの。夏侯淵はそれだけを短く口にした。

 

 

「それは王肱殿という主に対する忠臣ってやつなのかなー。それにしては凄く中途半端な感じだけど」

 

 

楓の直接的過ぎる言葉にも夏侯淵は反論しない。ただ、表情がより複雑になるだけだった。

 

 

「ま、どちらにしても殆んど一般兵と変わりが無いような立場の夏侯淵ちゃんにはどうしようもないのか」

 

「楓。その辺りにしておきなさい」

 

「私はただ事実を口にしただけだよ、華琳」

 

「分かっているわよ。貴女が言ったことは間違っていない。でも完全に正しいとも言えないでしょう?」

 

 

一瞬ぶつかる華琳と楓の視線。

 

 

「……確かにね」

 

 

先に目を逸らしたのは楓だった。

そしてそのまま夏侯淵に顔を向け、パンと両の手を合わせる。

 

 

「ごめんね、夏侯淵ちゃん。ほら、私も一応は軍師だからさ。色々なことが気になっちゃうんだ。でも夏侯淵ちゃんが嫌いだとか、夏侯淵ちゃんを困らせようとか、その……悪意があって言っているわけじゃないから。そこだけよろしくね」

 

「い、いえ。私の方こそ……その」

 

「夏侯淵ちゃんはそういう顔しなくていいんだよ……って、その顔にした張本人が言うことじゃないか。まあでも、覚えておいてね」

 

 

いつになく、楓の表情と声に真剣さが宿る。

 

 

「自分の言いたいこと。自分のやりたいこと。いつまでも自分の中に押し込めてたりしたら、一生外に出せないままに終わっちゃうってことをさ」

 

 

 

 

 

 

ちょっとしたゴタゴタが終わり、再び城に向けて歩き出した一行。

だが歩き始めてすぐ、一刀には気になることが一つ出来てしまっていた。

 

それは

 

 

「……(やっぱり気のせいじゃないよなあ)」

 

 

自分の手の甲に、隣を歩く華琳の手の甲が頻繁に当たっていることだった。しかもおそらく意図的に。意識的に。

 

なんとなく、意図は伝わってきている。が、しかし。

こういう仕草というかこういう拙い意思表示をされるとどうしてだろう。ちょっと意地悪をしてみたくなるようだ。

 

小学生か俺は。という感想を心の中で呟きながら一刀は笑った。

 

 

「なあ、華琳」

 

「なに?」

 

 

名を呼ばれ、一瞬だけ華琳の口角が上がった。

 

 

「いや、さっきから手が当たってるんだけど……偶然か?」

 

「え」

 

 

華琳の表情が引き攣った。そして若干固まった。素直になったとはいえ、まだまだ課題は多そうだった。

 

 

「華琳?」

 

「え、ええ。ぐ、偶然よ。偶然」

 

「そっか。偶然か。それならいいや」

 

 

一刀のその一言で会話は終わり、今までと変わらず夏侯淵の後に付いて歩を進める。

 

 

「……(チラっ……チラっ)」

 

 

手の甲が当たらなくなった代わりに、今度は意味有り気な視線を送ってくるようになった。

言いたいことがあるけれど言えない。プライドとか、それに似た何かが華琳の口を塞いでいるらしい。

 

もっとも、二人きりなら話は別なのだろうが。

 

 

「華琳?」

 

 

再び一刀は華琳に話し掛ける。内心、そろそろかなと思いながら。

 

 

「な、なに?」

 

 

華琳の声がちょっと裏返った。頭に手を乗せてぐりぐりと撫でまわしたくなる衝動をグッと堪え、一刀は意地悪を続ける。

 

 

「なんかチラチラ見てるなって思って。気になるものでもあった?」

 

「そ、そうね。私達の知っている陳留とは違う陳留だけど、やっぱり街並みの細かなところは違うと思って」

 

「確かにな。ほら、あの角とかには確か拉麺の屋台があったし、あっちには中華まんの屋台もあった。……言われてみればこの陳留、屋台が全く無いな」

 

「屋台を置くには治安が良くないと無理だと思うわ。あとは単純に活気ね。それから――って違うでしょ私っ!」

 

「ん?」

 

「な、なんでもないわ」

 

 

自然とそうなった真面目な話をぶった切り、華琳は自分にツッコミを入れる。

一刀は聞き取れなかった振りをし、焦っているが故にそれに気付かない華琳は慌てて取り繕う。

 

それはある意味、微笑ましい光景であった。そして

 

 

「ほら」

 

「あっ」

 

 

徐に、一刀は華琳の手を握った。

流石にこれ以上の意地悪をするのは、個人的に嫌だったから。

 

握られた手を見て、続いて一刀を見る華琳。その眉間に皺が寄った。

 

 

「……気付いていたわね、一刀」

 

「まあ、な。あそこまで不器用な意思表示されればそりゃ気付くよ」

 

「つまり、あなたは私をからかっていたということでいいのかしら?」

 

 

徐々に声に圧が籠っていき、表情もにこやかになっていく。

しかし一刀は動じない。恐ろしいことに今、主導権を握っているのは自分だから。

 

 

「陳留。いや、兗州に入ってから。無意識かもしれないけど随分と気を張ってたからな。それが少しでも和らげばいいと思って。覇王の曹操だけじゃなく、普通の女の子っぽい華琳も俺は好きだから」

 

「……」

 

 

毒気を抜かれたように、華琳の表情から凄みのある笑みが消えた。

そして、まるで幼い少女のような不安げな表情で、華琳は一刀に尋ねる。

 

 

「それで、どうだったの?」

 

「うん?」

 

「だから! その……普通の女の子みたいだった?」

 

 

今度は一刀が毒気を抜かれたような表情になる番だった。そしてその表情は、すぐに優し気なものへと変わる。

 

 

握った手に、軽く力を込めた。

 

 

「ああ。『華琳』っていう普通の女の子の顔をしてたよ」

 

「そう。……良かった」

 

 

一刀の言葉に微笑んで、華琳は幸せを噛み締めるように眼を閉じた。

眼を閉じていても、手は繋がっている。その暖かな体温や感触が、絆を感じさせてくれる。

 

眼を閉じれば視界は閉ざされ、見えるは暗闇だけ。でも、それ以上の光が今の華琳には見えていた。

 

 

 

 

 

 

街の中を歩き続け、街の最奥に鎮座する門の前で夏侯淵が立ち止まった。

 

 

「着きました。ここが陳留郡太守、王肱様の居城です」

 

 

城門の脇には厳めしい表情で門を警備する二人の兵士。

外套を纏った謎の集団と、見覚えのある少女という組み合わせ。

 

厳めしい表情ながらも戸惑いを隠せず、兵士二人は横目で意思疎通を試みていた。

 

 

「紫苑、桔梗、星、魏延、璃々。これから王肱殿に謁見をしてくる。そろそろ李通が着くだろうからそっちに合流していてくれ」

 

「はい。一刀さん、お気を付けて」

 

 

一刀の言葉を受けた五人は頷き、代表して紫苑がそう口にした。

 

 

「ねえねえ紫苑。私と華琳にそういうの無いの?」

 

「あら、言って欲しかったのかしら」

 

「結構よ。すぐに戻るわ。そちらは頼んだわよ、紫苑」

 

「ええ。分かったわ、華琳」

 

 

華琳と紫苑は微笑み合うとお互いに背を向けて歩き出した。

 

紫苑は桔梗達と共に街の外に向けて。

華琳は開け放たれた城の門をくぐる夏侯淵の後を追って。

 

楓はその奇妙な関係性に苦笑いを浮かべ、一刀を見た。

 

 

「たまに思うけどさ、こういうのって重くない?」

 

「何にしてもそういうもんだろ。気持ちってのはさ」

 

 

殆んど即答。何の気負いも無く返された答えに楓は呆れたような溜息を吐いた。

 

 

「はあー。北郷君も大概変わってるよねー」

 

「褒め言葉か?」

 

「うんにゃ、悪口だよ」

 

 

ニッと笑って、楓はそう言った。

そして一刀の横を通り過ぎ、軽い足取りでテンポよく先に進む。夏侯淵と華琳の後に続いて。

 

 

「さーてさて」

 

 

楓が残した冗談のような本気。本気のような冗談に軽く笑いながら、一刀は目の前に鎮座する城を見上げた。

 

 

「ここからが正念場。気を引き締めるとするかな」

 

 

覚悟を決め、自分が定めた立場を演じる為に。言ってしまえば、自分の我が儘の為に。

 

 

 

 

 

 

造り自体は変わらぬ陳留の城。

一刀達は夏侯淵に伴われ、謁見の間に通されていた。

 

 

上座に座るは中年の男性。

不機嫌そうな表情で適度に長く蓄えた顎髭を弄りながら、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

 

「戻ったのか、夏侯淵」

 

「は」

 

「たかが援軍ひとつ連れてくるのに、えらく時間が掛かったものだ」

 

「……申し訳ありません。王肱様」

 

 

この時点で既に一刀と華琳の中では中年の男性――王肱に対する評価が下っていた。

 

 

「ふん、まあいい。それで? その者達が貴様の連れて来た援軍か。黒山賊どもに対するには充分と思えんがな」

 

「王肱様。この者達は――」

 

 

夏侯淵が王肱に説明しようと返事と共に口を開きかけ

 

 

「――夏侯淵殿。ここから先は私が」

 

 

一刀がそれを遮った。

振り返った夏侯淵を手で制し、その前に出る。

 

 

「貴様は?」

 

 

見慣れない青年に素性を尋ねる王肱。

短いながらも、その言葉からは不機嫌さが滲み出ていた。

 

その言葉を受け、一刀は僅かに口角を上げる。

今から自分が口にする内容の滑稽さに笑い声が漏れてしまいそうだった。

 

そして静かに、僅かながら慇懃に。

友であり部下でもある執事然とした青年のように、優雅に会釈をした。

 

 

「お初にお目に掛かります、王肱殿。私の名は一刀。しがない“傭兵隊”の長を務めている者です。お見知りおきを」

 

 

出鱈目のような虚実入り混じる言葉を口にして。

 

 

 

 

将軍格数人。兵数百余り。

傭兵隊という虚偽の“皮”を被った彼らは動き出す。

 

魏興郡太守“北郷”では無く、傭兵隊の長“一刀”の名の元に。

 

 

 

 

 

 

 

 

【 あとがき 】

 

 

 

どうも、じゅんwithジュンでございます。

 

しばらく間が空いての更新で申し訳ありません。

 

今後も不定期にはなりますが、ご愛読よろしくお願い致します。

 

なんかキャラが捉え辛くて、魏延が普通さんみたいな喋りになってることが唯一気掛かり(笑)

 

 

さて今回、色々な事実が明らかになりました。

構成上、どういう風に話を持って行こうか迷ったのですが、まあこんな感じです(笑)

 

多分、某脳筋姉者は次回の登場になると思います。

夏侯淵同様、曹操がいない世界の某脳筋姉者はどうなっているのか。ご期待ください。

 

 

※一応、傭兵隊という設定の元ネタは某うた〇れです。

あの作品では本国に参謀的な人とかが残っていましたが、美味しい焼肉屋さんや張燕はつまりその立ち位置ですね。ネタが分からない人はすみません。

 

 


 
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