No.664912

真・恋姫無双 EP.118 呪縛編(6)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2014-02-21 01:47:32 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2956   閲覧ユーザー数:2665

 焼けるような激痛が、やがて寒気に変わってゆく。体温とともに失われてゆくのが、生命力だった。後悔はしていないが、本当にこれが自分の望んだ結末だったのかは、正直のところ自信がなかった。

 

「劉協様!」

 

 北郷一刀が、自分の名前を呼んでいる。眉を寄せ、苦痛と悲しみの表情を浮かべていた。思えば彼のことが、決して嫌いではなかった。出会い方さえ異なれば、友人になれたかも知れない。

 

(共に、笑いあえたのかな?)

 

 想像してみる。未来を憂い、国を案じる二人の若者。理想を信じ、それを成すべき力を持つものたちだ。

 衝突することもあるだろう。それでもきっと、心は通じ合っているはずだ。

 

(北郷……一刀……)

 

 決して幕を開けることのない永遠。けれど心のどこかで思う。『もしも』の世界もまた、この外史ならば存在するのではないかと。だがそれを確かめる術は、自分にはない。

 

(所詮は、ただの駒だ。役目を終えれば、はじかれる)

 

 もしも再び生まれるとするなら、今度は平凡がいいと思った。普通にあるものがただあるだけの、そんな日向のような世界。

 

(これで僕は解放される。けれどそれは、君にとって良かったのか、今はもうわからない。きっと新たな『楔(くさび)』が、すでに選ばれているはずだから)

 

 劉協の意識が、光の中に呑まれてゆく。死ぬのは怖いと思っていた。でもその瞬間は、悩むのも馬鹿らしいほどあっけなく、そして空虚だった。

 

 

 月は力なく床に倒れた劉協のその手を取り、優しく包むように握りしめた。

 

「始まりは、お友達になれたらって気持ちからでした……」

 

 誰にともなく、月は語り始める。

 

「洛陽にやって来て、初めて出会う同じ年頃の子に、そんな気持ちが湧いてきたんです。最初は帝だって事も知らない、誰か貴族のお子様なんだと思っていました」

 

 けれど知ってしまった。そして最初に距離を置いたのは、自分だ。

 

「もっと違う形で出会っていれば、違ったのかな? あの時、私が身を引かなければ、もっと違う結果になっていたのかな?」

「月……」

 

 気遣うように詠が、月の肩をそっと抱いた。

 

「詠ちゃん……私……」

「違うよ。月が悪いんじゃない。だって私は、月と友達になれたもの。立場とか色々違うけど、大切な友達になれたもの」

 

 きっと、些細な事だった。些細な一言で、些細な行動一つで運命は変わっていたのかも知れない。

 手を取り合う月と詠のように、月と劉協が同じ目線で語り合うこともあったのかも知れない。

 

「……」

 

 互いを支え合うように肩を抱いた月と詠の二人の様子を、一刀は黙ったまま見つめていた。小刻みに震える手を隠すように、握りしめながら――。

 

 

 沈黙が痛いと感じるのは、初めてのことだった。今までは義姉妹の間で会話がなくとも、互いにわかり合っている安堵感があったのだ。でも今、愛紗は桃香を感じることが出来ない。

 

「桃香様、お腹は空きませんか?」

 

 布団にくるまって身動き一つしない桃香に、愛紗は声を掛ける。何かを話していなければ、落ち着かなかった。しかし何を言っても、返事はない。鈴々は桃香の手を握って、うとうとと舟を漕いでいた。

 

「はあ……」

 

 溜息を漏らしながら、愛紗は考える。

 

(どうしてこんな事になってしまったんだろうか)

 

 桃香の様子がおかしいことに、気づいていたはずだ。悩みを聞く機会は、何度もあったはずなのに自分は逃げた。

 

(何より……)

 

 愛紗の胸に寂しさが込み上げる。

 

(どうして、こんな事になる前に話してくれなかったのか。私は、義妹なのではないのか?)

 

 悔しい。どんな敵も恐れない自分が、まったくの無力だということが無性に悔しかった。

 

「桃香様」

 

 義姉の名を呼び、そっと手を伸ばしかけた愛紗は不意の気配に身を強ばらせた。

 

「誰だ!」

 

 桃香の枕元に、宙に浮いた黒装束の姿があった。

 

 

 黒装束が手を差し出すと、操り人形のように桃香がむくりと起き上がった。

 

「我が元に来い」

 

 地の底から響くような声が、頭の中に語りかけてくる。

 

「桃香様!」

 

 起き上がる義姉に追いすがろうとする愛紗だが、体が動かない。横の鈴々を見るが、これほどの気配を感じても目覚める様子はなかった。

 

「新たな礎として、その心を闇に染めるがいい」

「いけません、桃香様!」

 

 だが、桃香は虚ろな眼差しで、差し伸べた黒装束の手を握った。そして吸い込まれるように、黒装束の中にその身を沈めていったのだ。

 

「桃香様!」

 

 叫ぶ愛紗の声は、もはや桃香には届かなかった。

 

「義姉を取り返したくば、長安に来るがいい」

「長安――!」

 

 闇が嗤う。霧のように薄く、やがて冷たい空気だけ残して消えた。体の自由を取り戻した愛紗は、天幕を飛び出す。だが消えた桃香の姿が、あるはずもない。

 

「桃香様……また、守れなかった!」

 

 愛紗は挫けそうになる心を。寸でのところで奮い立たせた。

 

「まだだ! 私は諦めない。必ず桃香様を闇から助け出す!」

 

 強い決意を胸に、愛紗は鈴々を起こすため天幕に戻った。


 
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