No.660711

Baskerville FAN-TAIL the 10th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2014-02-05 12:39:08 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:403   閲覧ユーザー数:403

「え~。僭越ながら、不肖、このグライダ・バンビールが、乾杯の音頭を取らせていただきます」

片手にジュースの入ったグラス。もう片手にスティック状のクラッカーをマイクに見立て、彼女は元気よく言った。

「それでは、かんぱーい!」

「かんぱーい!!」

その場にいる全員の声が綺麗に重なり、グラスを合わせる音が部屋に響いた。

「グライダさん、セリファちゃん。お誕生日おめでとうございます」

いつものように神父の略式礼服を着込んでいるオニックス・クーパーブラックが、二人に小さな包みを手渡した。

「ありがと、クーパー」

セリファ・バンビールが満面の笑みを浮かべてそれを受け取り、小さな指で包みを解いている。

それを横目で見ているのは漁師のゴナ。「セリファちゃんファンクラブ会長」を自称する彼にはあまり面白くない光景らしい。

「おう、セリファちゃん。オレからのプレゼントだ。開けてみな」

クーパーの包みを開けている最中にもかかわらず、無理矢理自分の持ってきた大きな包みを持たせる。それを見たグライダが、

「今度は大丈夫なんでしょうね? 去年なんかファンクラブの会員とかいうの全員が持ってくるもんだから、家に入り切らなくて困ったんだから」

じろーと冷たい目つきで睨まれるが、ゴナはどこ吹く風といった感じだ。

「それにバーナム。あんたにプレゼントなんてシャレたもの期待してないけど、料理ばっかり食べてるんじゃないわよ」

「いいじゃねーか。冷めるとマズイし」

そう言いながらもテーブルの料理に次々と手を伸ばしていくのはバーナム・ガラモンド。彼はグライダに頭をはたかれ、テーブルにキスしそうになる。

「バーナム様! 大丈夫ですか?」

彼の隣に座っていた女性が血相を変える。

「グライダ様! いくらバーナム様のご友人でも、そのような振る舞いは許しませんよ!」

軽くこづかれてオーバーに動いただけなのに、極めて過敏に反応するのは、彼と同郷のスーシャ・スーシャ。グライダは悪い悪い、とばかりに笑うだけだ。

そんな楽しくほほえましい光景を、少し離れた位置から冷静に(というより冷めた目で)見ているのはロボットのシャドウだった。

「いつ敵が攻めて来るか判らないと云うのに随分と呑気だな」

シャドウの隣で壁に寄りかかって立っているコーランが、手の中の果実酒を一口飲んだ。

「そう言わないで、シャドウ。この子達の二十歳の誕生日くらい、きちんと祝ってやりたいのよ、一応の保護者としては」

「確かに、人界の法律では二十歳で大人として扱われる様だからな。だが、現在の状況を考えるべきだ。敵が何処から来るかも判らないのに、それを忘れているかの様な大騒ぎ。相手を油断させる戦法でもあるまい?」

「戦いの前だからいいんじゃない、景気づけよ、景気づけ」

そう言うと、残った果実酒を全て胃に流し込み、グラスをテーブルの空いている所に置くと、

「ちょっと“買い物”に行ってくるわ。後はよろしくやってて」

「はいはい」と元気な声がする。その声を聞いて淋しそうな笑みを浮かべるとそのまま部屋を出ていった。

玄関まで来たところで、後ろにシャドウが立っているのに気づく。コーランは立ち止まり、そして振り向かずに、

「……何?」

「何を隠している? 自分一人で総てを背負い込む。そんな印象の顔だ」

「……そんな事ないわ、と言いたいトコだけど、シャドウにはお見通しみたいね」

悲しみの中に決意を込めた、そんな声で。

「そう。私一人でやらなきゃならないの」

「何をだ?」

「“買い物”よ。二十年も前のものだけど」

 

「あ、サイカ先輩。これからお邪魔しようと思ってたのに、お出かけですか?」

コーランが家を出たところで、後輩のナカゴ・シャーレンに出会った。魔界治安維持隊(まかいちあんいじたい)人界分所所長としての職務が長引いたので、来るのが遅れてしまったのだ。

「みんな中にいるわ。私は出かけてくるから」

「二十年前の一件ですか?」

ナカゴは世間話でもするかのような軽い雰囲気だったが、目は真剣そのものだった。彼女は、コーランの沈黙を肯定と判断すると、

「彼……ずっと人界にいたみたいです。それだけは確認しています」

そう言いながら、カバンの中から書類の束を出し、コーランに手渡す。その表紙には魔界の文字で「持出厳禁」と書かれている。

「こんなのを持ってきて……。減俸になっても知らないわよ」

「ちゃんと返して下さいね。こっそり戻さないとならないですから」

呆れ顔のコーランに真面目にそう言えるあたり、いい性格である。

「じゃ、あとの事はお願いね、ナカゴ」

「……了解しました。お気をつけて、サイカ先輩」

ナカゴは真面目な顔でビシッと敬礼する。

コーランはナカゴに見送られ、その書類を見ながら夜の町を歩く。

ふらふらと歩き続けて立ち止まったのは、誰もいない寂れた空き地だった。遠くの方から車のクラクションが聞こえてくるくらいで街灯もなく、頼れるのは月明りくらいといった感じだ。

「……そろそろ出てきたら?」

誰もいない空間に向かってコーランが静かに、そして威圧的に言った。やがて、コーランの後ろから小さな押し殺した笑い声が聞こえると、彼女はそちらを向かずに神経を集中させる。

「お見事。腕の衰えはないようだね。嬉しいよ、二十年ぶりに君に出会えて」

その声を聞いて間違いない、と彼女は思った。自分の想像していた相手である。

元治安維持隊魔界本部捜査官モトヤ・(カイン)・ショウだった。

コーランと同じ金属光沢を放つマント。彼女とは対照的な真っ青でストレートの髪。そして、クールな芸術家のような印象を与える容貌。随分丈の長いサックを右肩だけで背負っている。

「以前に比べて……より大人っぽくなったね。セクシーというのは君の為にある言葉だろうね」

人間よりは長寿の魔族でも、二十年の歳月がたてば、いくら何でもある程度年を取るし、それに伴い外見も変わる。

「それはどうも。あなたは二十年前とちっとも変わってないわね。特にネチネチジワジワと攻める性格は」

懐かしさも手伝って穏和な雰囲気のモトヤに対し、コーランの方はピリピリとした緊張感を漂わせている。

「そんなに怒らないでほしい。……フランクリン教授の件で怒っているのかい?」

失われた筈の「死者使役の法」で教授を蘇らせたその裏に、彼の存在がある事は見当がついていた。モトヤはそれを見抜かれたものの、あえて隠そうとはしなかった。

「君の所属しているバスカーヴィル・ファンテイルの事を知りたくてね。何せ、君の総てを知る事は、このモトヤ・K・ショウ最大にして最高の楽しみなのだから」

恍惚とした笑みまで浮かべて熱っぽく語る。その笑みを見てコーランはますます怒りをあらわにして振り向き、

「私はあなたを楽しませる為に生きている訳じゃないわ!」

「昔から、君は怒りっぽかったね。そんな風に感情が豊かなところも君の魅力の一つ……」

そこまで言った時に彼の頬に赤い筋が入った。ゆっくりとした動作でその筋をなぞると、指先がうっすらと紅く染まる。

「ふふ」

小さく笑うと指先をペロリと舐め、

「何のつもりだい? このモトヤ・K・ショウは、君の総てを知っているんだよ。君の技だって癖だって……」

「あなたなんかに一時でも身も心も許したのは人生最大の汚点だわ」

コーランは露骨に嫌な顔のまま吐き捨てるように言った。しばらくコーランをじっと見つめていたモトヤだったが、

「やはり、最も美しかったのはあの時だな。今も充分美しいが、もう『質』が違う」

一人で納得した感じのモトヤ。自分が背負ったままのサックをチラ、と見ると、

「やはり、あの時保存しておいたのは正解だったみたいだね」

「まさか……」

「そう。ここにあるのは、二十年前に斬り落とした君の手脚だよ」

モトヤは平然と言ってのけた。

 

「いらっしゃい、ナカゴさん」

「遅くなってごめんなさいね。どうしても抜けられない仕事の準備があって」

ナカゴはグライダとセリファにプレゼントを渡すとシャドウの隣に立ち、

「プライベートはここまで。今日は本当は仕事で来たんです」

「おしごと?」

セリファが不思議そうな顔をしている。他のメンバーもそうだ。みんなの注目が集まったところで、ナカゴはもったいぶって一通の封筒を取り出した。

「『グライダ・バンビールさんとセリファ・バンビールさんが二十歳になった時にコレを渡すように』と預かっていた物をお届けに参りました」

そう言って封筒を二人の前に差し出した。

グライダは半信半疑でそれを受け取ると封を切って中身を取り出した。それは、随分真新しい手紙だった。

「ナカゴさん。この手紙は……」

「サイカ先輩から、お二人へのメッセージです。あなた達のご両親ドム・バンビールさんとノリール・バンビールさんの事について、と聞いています」

その言葉に、一同が驚きの声を上げた。

 

二十年前、グライダとセリファが生まれてから一週間後、シャーケンの港町近郊の小さな村に、赤髪の魔族の女性が向かっていた。

「……まさか、ドムとノリールができちゃった結婚とはね~。こっちは自宅謹慎中だってのに、面倒くさいったらないわね」

そうぶつぶつ言いつつも、楽しそうに歩きながら手に持ったホットドックをぱくついているのはコーランだ。

愚連の炎を連想させる、赤くウェーブのかかった髪を腰まで伸ばし、金属光沢を放つマントを着込んでいる。

そうして歩いて着いた村の入り口は、木枠の門で閉じられていた。

もちろん簡単に強行突破できるくらいお粗末な作りだが、彼女は治安維持隊魔界本部捜査官。そうでなくても問答無用で壊して入る、などできる訳がない。

仕方ない、と溜め息をつき、印を組む。自分の意識を飛ばして周囲を探る術を使うからだ。

術の効果で意識のみで村の中に入る。家の場所は聞いていたので、その記憶通りにまっすぐ二人の家に向かう。

家の前まで来ると、村中の人間が集まっているのでは、と思うほどの人だかりが玄関を取り囲んでいた。彼らを無視して家の中に入り込む。意識のみという事は、幽霊と大差ないからだ。

家の中では二人の赤ちゃんをベッドに寝かせ、心配そうに赤ちゃんを見つめている細面の女性・ノリール。そのそばで椅子に座ったまま腕組みしている固太りの無骨な男・ドム。無骨な男を前にして凄い剣幕で何かをまくしたてる小太りの男の三人がいた。

「……ドム。先程警察の者が言っていたではないか。魔界の者がこの村で獲れる宝石の原石を狙っていると」

「まだ未確認だろう? 採掘場はこの村の奥。この村を通らずして行く事はできん」

ドムは、何度めかも判らない説明をする。

「第一、唯一の出入り口は塞いである。正規の手続きで開けなければ罠が作動する仕組みだ。警戒を怠る事はないが、そう神経質になる事もない」

「何か起こってからでは遅いのだ。私には村長としてこの村を守る義務がある。魔界の者が今この瞬間にも入り込もうとしているやもしれんのだぞ」

「魔界の者魔界の者とうるさいが、別に魔界の者総てが悪い訳でもあるまい?」

「他の世界の者など信用できるか!!」

そのやりとりを聞いていたコーランがため息と共に呆れた顔をしている。

確かに人界と魔界との交流が珍しくなくなったのはつい最近だ。特に人界の者は同型の異種に対する恐怖感や拒絶の心が大きい。

そんな折、家の外で叫び声が聞こえた。

「大変だ! 村の入口に魔界の者が!!」

「何だと!?」

(しまった!)

村長が怒鳴り、コーランの意識が舌打ちする。意識が飛んでいる間に身体に何かあれば大変な事になる。下手をすれば二度と身体に戻れずに死んでしまう可能性もあるからだ。

だが、宙を飛ぶようにして身体に戻った時には門は開け放たれ、彼女は何人もの村人に遠まきに取り囲まれていた。

「随分と物騒な物を持っているわね」

肉体に戻り、術を解いて冷静に周囲の人物を見回している。おっかなびっくりという感じではあるが、長い棒や鍬・鋤、槍や剣を持っている人もいた。その武器以上に人々からの敵意剥き出しの視線の方がよほど痛かったが。

「何だ、貴様は!? この村に何の用だ!!」

人垣をかきわけてやってきた村長がコーランに向かって怒鳴りつける。やや遅れてドムもやってくる。

「コーランじゃないか。どうした、こんなところまで」

ドムの方は驚きと嬉しさ半々といった感じだ。警戒している雰囲気はあるものの、それはコーランに向けてではない事は容易に察しがついた。

「村長。彼女は魔界の治安維持隊捜査官。いわば警察組織の者。怪しい者ではない」

ドムは控え目に村長にそう告げるが、村長の方は聞く耳もたん、という感情をあらわにしたまま、

「うるさいっ! こんな怪しげな警察官がいるかっ!?」

コーランはスッと村長の目の前に立ち、腰のポーチから自分の写真付の身分証明書を取り出し、彼に見せながら、

「私は魔界治安維持隊のサイカ・(ショウン)・コーラン捜査官。現在は“非番中”ですが、この村に住むドム・バンビール夫妻の出産祝いに駆けつけた次第です」

と、極力優しく告げた。村長は無理矢理怒りを抑えるように渋い顔のまま、

「……それなら、疑われるような行動はとらないでもらいたい。人間総てが魔界の住人を歓迎している訳ではないのだからな!」

ぶっきらぼうにそう言うと、集まった村人に家に帰るよう告げて回り、彼らも渋々それに従う。その場に残ったのはドムとコーランの二人だけだった。

「……まったく。来るんならあらかじめ連絡するのが普通だろ、コーラン?」

「それを言うなら、結婚するのは、子供産む前が普通でしょ、ドム?」

「……変わらねぇな、お互い」

口の端でニッと笑うと、彼は自分の家に招待した。家で待っていたノリールも、彼女の来訪を喜んで向かえた。

こんな騒ぎの中でも、二人の赤ちゃんはすやすやと眠ったままだった。

「さすが二人のお子さん。大した度胸だわ」

「どういう意味だ、コーラン」

彼女の頭をコツンとこづく。それを見て静かに笑うノリール。

「……それにしても、この警戒は只事じゃないわね。この村で魔法触媒用の宝石が採れるのは知ってるけど」

「そこに『魔界の者が攻めてくる』と警察の方が言っていたそうです」

「あ、そう……」

コーランが呆れ顔で呟く。警戒するのは判るけど、いくら何でも反応が過敏すぎる。

普通の宝石と違い、魔法の触媒用の宝石は装飾品には適していない。仮に腕利きの職人が加工したとしても三級品止まりがせいぜいだ。だから、盗賊の線は薄い。

金銭的な価値がないから、使い捨て同然の触媒用に使われる。もちろん質のいい宝石の方が術の効果が上がるのは間違いないのだが。

以前村が魔界の住人に攻め込まれたというのなら話は別だが、コーランはそんな話は聞いた事がない。ここに採掘場ができたのは比較的新しいとは聞いていたが。

「何かあるんじゃないの? この村……」

コーランが窓の外を見ながら呟く。不思議そうな顔で見られている事に気づいたコーランは、心配させまいと明るく笑い返した。

 

その頃、村長は自分の部屋の中でうろうろと落ち着かない様子で歩き回っていた。

「何という事だ。治安維持隊の捜査官が来るなど聞いてないぞ」

「確かに」

一緒に部屋にいた人界の警察官が、かぶっている帽子の角度を片手で直す。

「第一、お前が言ったのではないか。この村で採れる宝石は『裏社会なら麻薬の材料としても』高く売れる、と。だから私は危険を冒し、村人を騙してまで採掘場を作ったのだ」

「確かに言いました。しかし、治安維持隊が、こんな地味な村の採掘場を捜査するとは思っていませんでしたので」

警官の態度はあくまで冷淡だった。

「ならば何故あの女は……?」

「……女?」

片手で微妙に帽子の角度を変えている男の動きが止まる。

「ああ。治安維持隊の捜査官。ドムの家の出産祝いに来たと言っていたが、怪しいもんだ。名前はサイカ何とかと言っていたな」

「サイカ・S・コーランか……」

その警官は何の迷いもなく彼女のフルネームを語った。

「そうだ。そんな名前だった」

「彼女は今どこにいる?」

「ドム・バンビールの家だろう」

その答えを聞き、警官はいきなり銃を抜いた。村長はびっくりして手を上げ、

「なっ、何のつもりだ!!」

「あなたの役目はここまでで充分です。後はこちらでやりますから」

そう言うと村長の口を塞ぎ、銃口を胸に押しつけ、ためらいもせずに引き金を引いた。サイレンサーの音と塞いだ手が銃声も悲鳴もかき消した。

 

次の日の朝。ドムの家に泊まっていたコーランは、警官に手錠をかけられて派出所の中で椅子に座っていた。

「……あらかじめ言っておくけど、私は何もしてないわよ」

自分で無実が判っているだけに、かなり強気の態度である。そんな彼女を冷ややかな目で見つめる警官は、

「村長を殺した弾丸は、魔界の捜査官が持っている銃と型が一致しています。人界は正規の軍隊以外銃は持てませんから、アリバイがちゃんとしていても、必ずあなたに疑いがかかるでしょう」

派出所の窓は閉められ、ブラインドをかけてある。建物の中には警官と彼女しかいない。

「特に村の人々は、あなたが村長を殺したと思っています。最初からあなたに敵意を持っていた村人の誤解を解くには、相当の困難が予想されますよ」

相変わらず、警官は淡々と話している。

「……で、私はどうなるわけ?」

言った後で「どうせロクな事になりはしないでしょうけど」と心の中で毒突くコーラン。だが、彼は意外な行動をとった。

「こうしましょうか」

彼がそう言った途端、「何か」がコーランの右腕を肩から斬り落した。斬られた直後は何も感じなかったが、数秒後に急激な痛みが全身に走った。

「うぐあぁあぅっ!!」

痛さのあまり頭が真っ白になり、気づいた時には椅子から転げ落ちていた。彼はそんな彼女を冷ややかに見下ろしている。

「ここで殺されてしまえばいい。死者を恨む人は、そうはいないですから」

「あんたは……どうする気? 人殺しておいて……どうごまかすのよ」

コーランが痛みに耐えつつそう言うと、彼はどこから出したのか、サイレンサー付きの銃を斬り落とされた右手に握らせる。そのままで自分の足に向けて発砲した。痛みに顔をしかめながら、

「ほら。これで正当防衛が成立する。せっかくだから『生きる人形』として永遠にその美しさを保たせてあげます。永遠の美は女性の夢ですからね」

その時初めて帽子で隠した警官の顔が見えた。その顔は間違いなく自分の知っている顔だった。

「……貴様、やっぱり!!」

彼女は唯一自由になっている足で蹴り飛ばそうとしたが、また「何か」で両脚をそろって斬り落とされる。その痛みは数回気絶させてもお釣りが来るほどだったが、奇跡的に気力のみで耐えた。

「何だ、今の音は!?」

そこに、扉を破壊してドムが飛び込んできた。手脚を斬り落とされているコーランを見て一瞬硬直するも、すぐさま気を引き締め直して警官に飛びかかる。

「待ちなさい、ドム!」

コーランはそう叫んだつもりだったが、声にならなかった。次の瞬間ドムの脇腹が大きく裂け、一気に血があふれ出した。

「このやろぉっ!!」

それでもドムの動きを完全に止める事は出来なかった。脇腹を押さえながらも肩から警官にぶちあたり、彼を吹き飛ばす。

コーランが覚えているのはそこまでだった。次に目を覚ました時には魔界の病院のベッドの天井が見えていた。

起きようとしたが、身体は動いてくれなかった。首だけ動かしてシーツ越しに自分の身体を見る。身体の盛り上がり方を見ると、どう見ても両腕両脚がなかった。

愕然として、唖然として、それから半ば放心状態で再び天井に視線を向けた。

あとから聞いた報告によると、その警官は村人の何人かを「何か」で斬り裂きながら彼女の手脚を持って逃走したらしい。もちろん手脚もその警官も見つかっていない。

まだ繋がっていた左腕をわざわざ斬り落として逃走するなど、正気の沙汰とも思えなかったが、我ながらよく命があったと思った。

だが、斬られた手足がなければ魔法で治療する事も不可能である。

あの後、ノリールが自分の限界を超えてまで、賢明に治療の魔法で止血していたのを聞いたのは、随分たってからの事だった。

「……そういう訳で、ドム・バンビールさんはその時の怪我が元で死亡。ノリール・バンビールさんもその直後の流行病でこの世を去りました」

両親の死亡のいきさつが書かれた手紙に、ナカゴがそう補足した。

楽しかった誕生パーティーも、一転して暗く重い集まりとなってしまった事に後悔するナカゴ。しかし、それが自分のやるべき仕事をした結果である。そう割り切らねば、こんな家業など勤まらない。辛い決断である。

「犯人の有力候補はモトヤ・K・ショウ。サイカ先輩の元同僚で、相棒で……恋人だった人だと聞いてます」

最後は言おうか言うまいか少し迷ったが、結局話してしまったナカゴ。その重い雰囲気のままクーパーが彼女に尋ねた。

「……もしかして、コーランさんはその事件が元で捜査官を辞めたのですか?」

クーパーが静かにナカゴに尋ねる。

「いかなる事情でも、謹慎中に外出した上に、犯罪人を取り逃がして無関係の人を死なせてしまっては、何の罰も与えないままという訳にはいかなかったんです。ですが、サイカ先輩は上層部からの正式な通知が出る前に、自分から辞めています」

とナカゴが説明した。

「だが、二人は彼女を助ける為に、結果として命を落としただけだ。彼女に罪は無い」

「シャドウさんの言う通りなんですが……そこがサイカ先輩らしい所なんですよ」

ナカゴが悲しそうにつけ加えた。

 

「私の……手脚!?」

訳が判らないというよりも悪寒が走った。斬り落とされた自分の手脚を後生大事に持っているのだから無理もない。

「そう。君の肉体の美しさを永遠に自分の物にしたい。本当は身体だけでなく心も自分の物にしたかったがね。それも生きたまま人形の様に」

モトヤは、ふと遠い目をしていた。

「君は捜査官を辞める時、条件を出したそうじゃないか。『あの人間の子供が二十歳になるまで刑の執行を待ってほしい』と。本部長はそれを承諾して、君を人界へ送った。表向きは『魔界の追放』としてね」

それから悲しげな目でコーランの方を見ると、

「そして、今日は彼女達の二十歳の誕生日。明日になれば君は魔界へ帰還。刑は執行される。その前に何としてでも君の肉体を手に入れねばならない。『龍』の力が手に入った今、このチャンスを逃す手はない」

そういえばシャドウが言っていた。「死者使役の法を蘇らせた術者は『龍』の力を欲している」と。それが何なのかは判らないが、このまま放っていい訳がない。

「最後の仕事になりそうね」

コーランは着ているマントを脱ぎ捨てた。

右腕全体は暗闇の如き黒。

左腕の肘から先は雪化粧の様な純白。

右脚の膝から下は空の様な青。

左脚のももから下は眩しい黄色。

いずれもペイントではない。しなやかな身体のラインのまま肌の色が違う彼女の手脚。それを見たモトヤが愕然としている。

「な、何だ、その手脚は……!?」

「ホンラン老師に私の部下だったオウラン・ソウラン・ファンラン。この四人が『補体転身(ほたいてんしん)の術』を使ったのよ」

コーランは淋しそうに自分の黒い肌の右腕を見つめた。今の右腕はそのオウランが姿を変えたものなのだ。

 

両腕両脚を切り落とされて入院中のコーランは、看護士に依頼して治安維持隊を退職する手続きをしてもらった。

その際上司と色々もめたが、引っかかっていたのはドムとノリールの子供達だった。

おそらくあの村でも誰かが引き取って立派に育つだろう。しかし、両親がいないという事で、ちょっとした理由でいじめや迫害に遭うだろう事は容易に予測がついた。

二人とも、自分のせいで死んだも同然なのだ。二人の子供を代わりに育てるくらいできなくて何が親友だ。

しかし、今の自分には腕も脚もない。何もできない。でも、これから寝たきりで完全介護の一生を送るなどごめんだった。

そんな彼女の気持ちが痛い程判っていたのは、彼女の部下であるオウラン・ソウラン・ファンランの三人と、彼女の師匠であるホンラン老師だった。

「お嬢ちゃんの気持ちも判るんだがのぅ」

座禅を組んだままふわふわ宙に浮いている白髪の老人が淋しげに呟く。

「ホンラン老師。何か方法はないのですか?」

その白髪の老人に向かってそう言ったのは、魔界一のスピードを自負するファンランだ。細みで無表情の男である。

二メートル近い身長の筋骨隆々とした身体を持つオウランも、

「何かあるだろ? 義手つけるとか」

その言葉に、全裸に羽衣のみの女性、治療術士のソウランが小さくうなづく。

「義手に限らず、失われた身体を再生させる方法はいくつかあるが……あくまでもそれは移植術。元の手脚か、そうでないかの差しかない」

この規模のダメージだと、再生術では時間がかかり過ぎる、とホンラン老師は言葉を締める。

「じゃあ移植なら短時間で済むんだな……」

「ですが、その移植する手脚は、どこから調達するのです? それに、リハビリテーションにもかなりの時間がかかります」

興奮気味のオウランに、ファンランが冷淡にツッコミを入れる。

そんな時、口を開いたのはソウランだった。

「邪法ナラ、一ツアリマス」

そう短く前置きして説明したのが「補体転身の術」だった。

補体転身の術とは、相手の力を自分の物とする為に、相手の肉体を自分の肉体の一部に変えて同化させる術で、リハビリの必要がない。

短時間なら同化前の元の姿に戻す事もできるが、その立場は完全に「奴隷」だ。しかも合体している間は意志さえ封じられる。

「コレナラ時間ハ一日モカカリマセン。私ガ彼女ノ身体ニナレバ済ム話デス」

信じられないくらい淡々と話すソウラン。自分を犠牲にして彼女の身体の一部になる、と言っているのだから。

「い、いいのかよ、ソウラン。そんな事したら……」

「彼女が喜ぶとは思えん」

オウランとファンランがソウランに抗議する。

「私ハ、総テヲ賭ケテ彼女ニ尽クスト誓イヲ立テマシタ。コノクライ何デモアリマセン」

あくまでもソウランは淡々と静かなままだ。

「しかし、ソウランお嬢ちゃん一人で両腕両脚の補体は無理じゃ。せいぜいどれか一つじゃろうな」

ホンラン老師も無謀だと遠回しに言う。しかし、

「いい加減にして、みんな」

だんだん大声になっていた言い争いで、眠っていたコーランが目を覚ましてしまったようだ。

「気持ちだけ受け取っておくわ。私も補体転身の術くらい聞いた事があるわよ。あんなのは、ごめんよ」

決して大きくはないコーランの一言が、皆を黙らせてしまった。

「けど、俺達は姐さんの力になりたいんだよ。それは……判ってくれ」

オウランが重苦しい雰囲気の中口を開く。

「でも、補体転身の術は……」

「悪い。少し黙っててくれ」

オウランは何か言おうとするコーランの鳩尾に重い拳を叩きつけた。さしものコーランも両腕両脚がなくてはそれをかわせず、あっさりと気を失う。

「俺がその役を引き受ける。止めるなよ。どうせ姐さんに救われた命だ。姐さんの為に使うのも悪くはないだろ」

「単細胞ですね、オウランは」

ファンランがため息混じりに淡々と呟く。それを聞いて食ってかかろうとするオウランだったが、

「全員オウランと気持ちは同じですよ。あなた一人にいい格好はさせられませんしね」

「サイカお嬢ちゃんは、怒るじゃろうなぁ」

ファンランとホンラン老師が顔を見合わせる。

「デモ、彼女ニハ生キテホシイデス」

皆の気持ちは固まったようだ。

「では、始めるぞ」

「覚悟」を決めた目で、ホンラン老師が皆を見つめていた。

翌朝、コーランが目を覚ました時には、明らかに肌の色が違う手脚が再生されていた。

彼女は二度と元には戻せない仲間を思い涙したあと、逃げるように病院を抜け出した。

 

「それから、ドムの仇討ちくらいはしないとね。死んだ後合わせる顔がないわ」

脳裏をよぎった過去を吹っ切るように首を振ってそう言うと、真剣な顔でモトヤを睨みつける。そのモトヤの目も怒りで鋭い殺気を放っていた。

「……判った。君に説得は効かないようだね。ならば、好みではないが力づくだ。その醜いつぎはぎだらけの身体をもう一回バラバラに斬り裂いて、それから継ぎ目のないように綺麗に直してあげよう」

怒りの目に薄気味悪い欲望を秘めた笑み。コーランすら背筋に寒気が走った。

「そのショックで死んでも心配しなくていい。『生命』を司る『龍』の力とあの村にあった宝石。それを基に祖先の残した『死者蘇生の法』を応用すれば、君はいつまでも美しいまま人形のように生き続けられる。このモトヤ・K・ショウの思い描く通りにね」

その言葉に彼女の背筋がより一層寒くなる。

そんなものは「生きている」とは呼ばない。人形そのものだ。愛されると愛でるのは全く違う。

何故こんな人物を一時でも愛してしまったのか、未だに自分でも判らないままだ。

「力づくなんて出来ると思ってるの? あなたの力は判ってるのよ」

コーランがそう言うと、モトヤの左腕にスッと赤い筋が現れた。さっき頬に入れたのと同じである。

「簡単に言えば瞬間的なかまいたちよ。あなたは生まれつき『風』の魔法が得意だそうじゃない。今では呪文なしでかなりの風を起こせるとか。治安維持隊の調べた書類でようやく判ったわ」

「なるほど。たいしたものだ。でも、同じ術では絶対に勝てないし、君の生まれつき持ってる『炎』でも勝てないよ。私が教えた風の術の方をよく使っていたから、あまり鍛えてないだろう? 強がりはやめた方がいい」

それは事実だった。確かに生まれついた火の力を嫌って、彼に教わった風の術ばかり鍛えていたから、彼女の炎の術の方は、実のところ大して強くない。せいぜい触れていない物に小さな火をつけるのが精一杯だ。

「一人一人は小さいけれど、一つになれば無敵……」

「? 何を言っているんだ?」

彼女の小さな呟きに首をかしげるモトヤ。

次の瞬間、彼女の姿が突然消えた。

「風の力で高速移動か……」

まるでどこから来るか判っているかのように落ち着いたまま自分も同じ術を使った。

実に不思議な光景だ。何も見えないのに殺気だけが漂っている。

地面を蹴る音。時折ピシッと何かが斬れる音。それらが断続的に聞こえるだけだ。

そんな時間が随分と経ち、再び唐突に二人が姿を現した。

コーランは全身に細かい切り傷がある。モトヤもマントの裾に切れ目が入り、露出している顔や手、それに髪が少し切れているくらいで、互いに致命傷は与えていなかった。

二人は呼吸を整えて、再度術を使おうと振り向いた時――

……ザクッ。

突然モトヤの背負っていたザックの底が切れ、入っていたコーランの手脚(ご丁寧に防腐処理済で硬質ガラスのケースに入っていた)が地面に落ちる。そのケースにもたくさんの切れ目が入って壊れ、続いて中の手脚が無造作に放り出される。

「火よ!」

更に追い討ちをかけてコーランは炎の魔法を使う。ぼこぼこと手脚に無数の穴が開き、そこから肉が焦げる嫌な臭いが立ちこめる。

「ああっ! 何という事だ。美しい手脚が……手脚が……」

手脚をはたいて少しでも火を消そうと躍起になるモトヤ。しかし、防腐処理をしていたとはいえ人間の肉体である。はたいた程度で消えるなら苦労はない。

燃えていく手脚を見つめて放心状態のモトヤ。ただブツブツと「手脚が……」と口を動かすだけだった。コーランはゆっくりと彼に近づいて、耳元で囁く。

「私はこれからも、この“つぎはぎだらけの身体で”生きていくわ」

しかし、放心状態のモトヤには聞こえていなかった。だから、コーランの拳が鳩尾にめりこんだ時にも身じろぎすらしなかった。

「……ありがとう、みんな」

コーランは自分の手脚を涙目で眺め、ゆっくりとマントを羽織った。

 

翌日。コーランは魔界治安維持隊人界分所の応接室にいた。

彼女の他にはナカゴと本部長の階級証をつけた初老の紳士と秘書らしい随分若い細身の男だけだ。

初老の紳士がコーランをまっすぐ見つめている。彼女も恥じる事なくまっすぐ見つめ返している。表が少々騒がしいのを一瞬だけ気にすると、彼は口を開いた。

「サイカ・S・コーラン。約束通り、刑を公表する。君の刑は……」

そこまで言った時、いきなり応接室のドアが派手に開いた。

「コーラン!」

入ってきたのはグライダとセリファだった。遅れてバーナムとスーシャ、クーパー、シャドウも入ってくる。

セリファは真っ先にコーランに抱きつき、

「ねーねーコーラン、どっか行っちゃうの? ねえ、行っちゃうの?」

彼女の胸でボロボロ涙を流している。

「事情は大体聞いたわ。だからって、黙って帰る事ないでしょう?」

グライダも泣いてはいなかったが、泣きそうな顔で彼女の肩をコツンと叩いた。

「何者だ、おまえ達は!?」

若い男が怒鳴りつけるが、本部長は男を片手を上げて彼を止めると、平然としたまま口を開いた。

「君達。ここがどこだか判っているのかね?」

静かだが、かなりの迫力と威圧感がある問いかけに、バーナムが中指を突き立てて、

「ざけんなよ。オレは権力ってのがだいっ嫌いなんだよ、おっさん」

「貴様! 魔界治安維持隊……」

「そうです! 権力を振りかざす事はもっともしてはならない事です!」

若い男の言葉を遮ってスーシャが本部長を指差す。クーパーとシャドウは黙ったままだ。しかし、隙のない、いつでも戦える状態で立っている。コーランは皆を制し、何とかセリファを泣きやませると、

「本部長。私の刑を公表して下さい」

まっすぐ本部長を見つめたまま言った。その言葉に一同が唖然としている。

「刑って……別にコーランが何かした訳じゃないじゃない」

グライダが喰ってかかろうとするが、コーランは後ろを向き、グライダに向かって、

「コレは二十年前から決めてた事なの。あなた達二人が成人するまで待ってもらって。あなた達を育てたくらいじゃ罪滅ぼしにもならないけど。ドムとノリールが死んだのは、私に原因があるんだから」

それからセリファの方を名残惜しそうに見つめ、

「元気でね、二人とも。もしかしたら、あなた達の子供か、孫には会えるかもね」

「もういいかね、サイカ・S・コーラン」

本部長が静かに言った。コーランは彼の方を向き、直立不動で次の言葉を待った。

「君の刑は禁錮六十年。これには現役時代の数々の命令無視分なども含まれている。捜査官のままならば、私の力で減俸で済ませられたものを。バカな事をしたと私は思っているよ」

「そうですか……」

その選択をしたのは彼女自身だ。別に後悔はしていない。捜査官のままならば、事情が事情とはいえ、魔界のマスコミが黙っておらず、立場はもっと悪くなっていただろう。

「だが、猶予に与えられた条件を満たしてはいない。二人の子供が“一人前になるまで育てる約束”を、ちっとも守っていないではないか」

その言葉で彼女は目を点にする事になる。

「……は!?」

「約束はきちんと守ってもらおう。いきなり治安維持隊の建物に殴り込んでくるような無礼な人間が『一人前』と言えるのかね?」

「は? あの……」

コーランは直立不動のまましどろもどろになっていた。本部長はそのまま続けた。

「君が自分から言い出した事だ。きちんと責任を負ってもらわねば。もう二、三百年ばかり待ってやる。約束通り一人前にしてこい」

「ほ、本部長。一人前ではなく、二十歳の……」

「私に意見する気かね?」

「い、いえ……」

コーランの語尾が震えて小さくなっていく。

はっきり言って馬鹿げている。いくら魔族が長寿でも、二、三百年後ではコーラン自身が生きているかどうかも怪しい。

あまりの強引な成りゆきにポカンとしたままのコーランに、本部長が近づいて魔界の言葉で言った。

「補体転身の術といい今回といい、周囲の人間には恵まれているな。大事にしなさい」

「……はい、本部長」

その言葉に照れくさそうな笑みを浮かべる。それからビシッと敬礼をすると、

「それでは、サイカ・S・コーラン。約束を果たすまで、死しても帰らぬ覚悟で参ります!」

わずかに微笑んでそう答えた。

グライダがその言葉を判りやすく変換して、首をかしげたままのセリファに耳打ちすると、セリファがぱあっと笑顔を浮かべ、

「じゃあじゃあコーランは、どこにも行かないの? 行かないの?」

笑顔のままで、またボロボロと涙を流している。グライダも泣きそうになるのをこらえたまま彼女に抱きついた。

コーランも何も言わず、二人を力一杯抱きしめる。その痛さすら、グライダ達には嬉しかった。

「それでは、ナカゴ・シャーレン所長。モトヤ・K・ショウの処置は君に一任するが、よろしいかな」

「はい。了解しました」

ナカゴも敬礼でそれに答える。

「では、失礼する」

本部長と秘書の二人は部屋を出ていった。

 

通路のあちこちには、気絶したままの職員が何人も倒れている。その中を平然と歩きながら、

「情に流されてしまうようでは、本部長失格だと思うのですが」

秘書は相変わらず淡々とした口調で非難する。だが、彼は周りで倒れている職員を見ながら、

「確かにそうだな。しかし、あのまま彼女を連れて帰れば、こんな感じで脅迫・傷害・密航等の犯罪者が何人出たか判らん。犯罪を未然に防ぐ事も我々の職務だ」

本部長はそこで一旦言葉を切ると、

「それに、禁錮六十年というのは建前上でな。実際には彼女の手柄と差し引かれるから二、三年の服役がいいところなのだ」

「二、三年ならば、きちんと服役させるべきでは?」

「なに。『魔界からの追放』という刑罰ならば、問題あるまい」

その後はしばらく黙ったままだったが、やがて苦笑いしながら口を開いた。

「とはいえ、やはり……本部長失格だな、私は」

それまで事務調一辺倒だった秘書が、呆れ顔でニヤリと笑うと彼に言った。

「でも、人間としては合格だと思いますよ」


 
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