No.645144

冬コミ新刊サンプル

春日美歩さん

冬コミに出す「はたらく魔王さま!」本のサンプルです。
大体オールキャラでゆるく女性向。(真芦)
詳細はこちらhttp://www.tinami.com/view/645143
よろしくお願いします。

2013-12-14 16:08:35 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:782   閲覧ユーザー数:779

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―1―

 

東の空が宵闇の灰から濃い藍色。そして霞がかった朝の水色に変わる頃。

月下の戦いは終わりを告げた。

 

勇者エミリアの体内に封じられた天界の至宝【天銀】。

その聖剣の鋼を取り戻すために現れた、大天使サリエル。

そして、紆余曲折の末に彼を叩きのめした魔王サタンは、戦場となった東京都庁の屋上に立つと、その場に居る天使と人間と悪魔に、それぞれ視線を巡らせた。

マグロナルドの備品である、デッキブラシを核にした魔王の聖剣によって、都庁屋上のコンクリートに上半身をめり込ませたサリエル。

天銀も本人も無事だったものの、戦いの後のしょうも無い口げんかで『胸なし』とサタンに罵られ、激昂する勇者エミリア……遊佐恵美。

勇者のとばっちりを受けてサリエルに誘拐され、危うく天界に連れ去られる所だった佐々木千穂は、今は必死に恵美をなだめようとしているが、そのバスト格差によって火に油を注いでいる。

そしてサリエルの手先として、恵美と千穂の誘拐を手助けしたが、最後は自身の正義のために、サタンに助力を求めた鎌月鈴乃。

彼女は二人の少女のやり取りに、的外れな助け舟を出しては、やはり勇者の怒りを買っていた。

ちなみに彼女は、魔王城の隣人として越してきてからの数週間。毎日聖法気の入った食材を差し入れることで、魔王達の弱体化。または抹殺を図っていた。

しかしその企みは、

『ボロアパートの男三人所帯に入り込み、かいがいしく世話を焼く少女』

というコンセプト自体が現実的で無く、余りにも胡散臭かったので、千穂を含めた関係者全員に、その正体と目的が気付かれていたという顛末がある。

そしてサタンは最後に、全ての戦いが終ってからノコノコ現れた自分の部下に、じんわりとした視線を向けた。

 

「まおうざまもうじわげありまぜん~~~~っっっ」

 

魔界随一の知将で、完全無欠の鉄仮面を持つ悪魔。アルシエル……芦屋四郎は、地面に突っ伏しておいおい泣いていた。鉄仮面どこにやった。

折角魔力を取り戻したのに、大元帥マントを取りに行ってる間に全て終っていた事が、よほどショックだったらしい。

放っておいたらいつぞやのように、泣き疲れて寝るまでグズグズやってそうな勢いだ。

「ったく……」

サタンは溜息をつきながら、蹄の音を立てて不肖の部下に歩み寄ると、その腕を掴んで無理やり身体を引き起こした。

「いつまで泣いてるつもりだ? さっさと後始末して帰るぞ」

「うう……ば、ばい……」

芦屋は涙と鼻水でくちゃくちゃになった顔を、裾でぬぐいながら立ち上がる。

戦いの最中、何度か危うい場面もあったせいで、サタンは苛立ちのあまりつい、暢気に現れた彼の魔力を全て取り上げてしまっていた。そのため今は人間の姿に戻っている。

それでも、人間としては大柄な男が洟を啜りながら泣きはらしている姿は、見苦しいというか哀れを誘う。

そんな芦屋を、サタンは半ば呆れ目線で見下ろしていたが、ふと、その服装がいつもとまるで違う事に気がついた。

定番の黒い長袖シャツに薄茶のチノパンではない、水色の寝巻き姿。足も裸足だ。

「おい芦屋。その格好はどうしたんだ?」

「あっ。……いえ、その……」

指摘されて気付いたのか、一瞬はっとした表情を見せた後、もごもごと言い辛そうに顔をうつむかせる。

けれどサタンには、この木綿の寝巻きには見覚えがあった。

日本に着たばかりの頃。脱水と栄養失調で倒れた時に運ばれた病院で、自分も同じ物を着せられたのだ。

そこで昨夜、漆原が電話を寄越してきた時に、猿江の正体のついでに話していた事を思い出す。

「そっか。俺達が出た後、病院に運ばれたんだってな」

「も、申し訳ありません……。漆原が救急車を呼んでしまって…………」

悪魔体に戻れるくらいの魔力を得たおかげで、すっかり顔色も良くなったが、昨日は完全に死相が浮いていたのだ。漆原の判断は正しい。

「いいっていいって。バイト明けてもマシになってなかったら、俺が連れて行くつもりだったから」

「っ。お気使い頂き申し訳ありません……!」

「謝らなくていいっつーの。けど、病院抜け出してきたんだよな」

会話で大体の状況を把握すると、サタンは芦屋の腰を掴み、ひょいと小脇に抱え上げた。

「魔王様!?」

「このままアパートに戻ったら不味いだろうが。勝手に退院したことになっちまう。病院はどこだ?」

「ええと……警察病院です。中野の」

「ああ。あそこか」

これまたサタンが入院した病院だ。それならば調べなくてもすぐにわかる。

「おい恵美、ちーちゃん。鈴乃」

荷物のように抱え込まれジタバタしている芦屋を無視して、サタンは二人の会話を唖然と見守ってた少女達に声を掛けた。

「ちょっとコイツ送ってくるからサリエルのこと見張っててくれ。五分くらいで戻る」

「え。あ、うん」

「わかりました」

「……五分だな」

三人が戸惑いながら頷くと、脇で抱えられてた芦屋が突然大人しくなり、きょとんと瞬きをして少女達の方を見る。

「あの……魔王様。なぜ鎌月さんがここに?」

 

「え」その言葉にサタンの動きが止まり。

「え?」恵美がぽかんと小さく口を開き。

「えっ?」千穂が不思議そうに首をかしげ。

「えっ??」当の鈴乃は目を見開いた。

 

……誰一人として疑ってなかった仮定が、今ここにひっくり返された瞬間だった。

「気付いてなかったのか!?」

「……あ」

芦屋はこれでも頭の回転は魔界いち早いので、その場に居た人々の反応と、自分がこの数週間陥っていた状況とサタンの言葉に、瞬時に鎌月鈴乃の正体を看破した。

看破したので、こわごわと自分の胴を抱え込んでいる主の顔を見上げてしまう。

「…………あの」

「……気付いてなかったんだな」

完全に呆れ返った声音に、芦屋の体から力が抜けていく。

「…………」

「…………」

いたたまれない様子で両手で顔を覆ってしまった芦屋に、サタンもさすがに掛ける言葉が見つからなくなってしまった。

考えてみれば、おかしな話だったのだ。

確かに芦屋には、自分の体調と家計を天秤にかけて、家計をとるような頑迷さがある。

けれど、魔王城の家裁を取り仕切る身として、真奥達の体調管理に人一倍厳しい男が、鈴乃の差し出してくる料理や食材からしたたる聖法気について、一切触れてこない筈が無かったのだから。

きっと、生命維持に最低限必要な魔力以外が枯渇してしまっていたため、聖法気に気付けなかったのだろう。

魔力が尽きるとこういう弊害が起きるのか。

サタンはやれやれと嘆息した。これは部下の状況を正しく把握できてなかった、自分のミスだ。

「あー……気にすんな。俺と漆原はなんともなかったわけだし……な?」

「…………」

どうやら完全に轟沈してしまった様子だ。芦屋からの返事は無い。

凹むのは仕方ないが、病院に戻ってもらわなくてはどうしようもない。脱走したままにさせたら、医療費の支払いがどうなるのか分からないのだから。

改めて腕の中の部下を抱えなおし、飛び立とうとしたその時。

「あの……真奥さん。なんかヘンですよ?」

ずっと見守っていた千穂の戸惑った声と同時に、抱えたモノの感覚が変わっていく。

「お、おおっ?」

ずっしりとした重みと感触が、見る見るうちに、軽く細く頼りないものに変化して。

最後に深緑の大元帥マントが、するりと腕から滑り落ちた。

 

     ***

 

漆原が縛り上げたオルバを警察病院の前に置いて、笹塚の魔王城に戻ってきた頃。すっかり夜は明けていた。

取り戻した魔力のおかげで久々の空中散歩が楽しめたから、疲れてはいるけど気分はいい。

鼻歌交じりに鴉色の翼を広げ、東京の空を飛んでいると、現在の我が天界であるアパートの、古びた瓦屋根が見えて来る。

そして部屋の位置確認をしたところで、開けっ放しだった窓が閉じられているのに気がついた。

どうやら真奥の方が、一足先に戻って来てしまったようだ。

「あちゃ。電気も付けっぱなしで来ちゃったんだよな」

ついでに言うと、鍵も開け放したままだったはずだ。

帰ってくるなり小言を食らいそうな予感に、浮き足立ってた気分が、あっという間に落ちていく。

「あーあ。あれさえ無ければ本当に天国なんだけどっ。と」

窓から直接部屋に入るのはあきらめて、一度大きく漆黒の翼を羽ばたかせると、アパート前の道路に降り立った。

日が昇ったとはいえ初夏の早朝だから時間は早く、人の視線を気にする必要は無い。

歩きながら翼を仕舞うと、斜めにかしいでいる階段を慎重に上り、共用扉から玄関に滑り込む。

そして部屋の奥に視線を向けると、本来居ないはずの人物が彼のことを出迎えた。

「あれー。鈴乃ちゃん?」

「戻ってきたのだな。ルシフェル」

部屋の奥で正座している少女の姿に、漆原は紫の目を瞬かせ、同時に彼女が呼んだ自分の名に、一瞬で事情を理解する。

「ふーん……。オルバなら警察に送っといたよ」

皮肉めいた口調で伝えると、和装の聖職者は特に動揺も見せずに頷き返した。

「そうか。貴様も気付いていたのか」

「気付かないはずが無いだろ。デスサイズ・C・ベル」

二年前。エミリアとの戦いに敗れた後、早々にオルバの許についた漆原は、エンテ・イスラにおける大法神教会の事情にも精通している。

昨夜、オルバ自身からも鈴乃……大法神教会・訂教審議会筆頭審問官。クレスティア・ベルが来日していることは聞いていた。

かつて多くの人間を震え上がらせた、血塗られた渾名で呼ばれた鈴乃は、さすがに一瞬表情をこわばらせたが、すぐに気を取り直すと膝元に視線を落とす。

「……気付かない者も居たみたいだぞ」

「?」

彼女の視線を追うと、漆原はそこに、見慣れない物がある事に気がついた。

正座で座る鈴乃の脇には、丁寧に畳まれた水色の寝巻きと深緑の大元帥マント。

そしてその正面には、タオルケットに包まれた小さな子供が眠っていたのだ。

……それは普通見ないくらい、真っ白な子供だった。

雪のように白い髪に、同じく血の気の薄い白い肌。

年は二つか三つくらいだろうか。本来なら、母親が常に傍にいてもおかしくない幼子だ。

真奥のものらしい赤いTシャツを着せられていて、袖から出ている腕は触りごこちのよさそうな、柔らかな線を描いている。

しかし、それだけなら単に見知らぬ小さな子供だ。

だがこの子供の両耳は、兎のように大きく髪から飛び出していて、タオルケットの端からは、黒く艶やかな殻を纏った甲虫の尾が覗いていた。その先にはくるりと丸まった華奢な鍵爪が、二股に生えている。

「……悪魔の子供?」

日本にもエンテ・イスラにも、こんな異形を持った子供は居ない。

居るとしたら悪魔くらいだ。

軽く首をかしげて鈴乃を促すと、彼女は溜息混じりに口を開いた。

「アルシエルだ」

「は? アルシエルの子供ってこと?」

そういえば、あの一族の子供は大体こんな容姿だったなと、遠い記憶を呼び覚ます。

けれどアイツに子供が居た覚えは無い。そもそも妻どころか恋人すら居なかったはずだ。

しかし彼女は首を横に振り、もう一度口を開く。

「違う。アルシエル本人だ」

「…………は?」

ようやっと言葉の意味を理解した漆原は、今の自分はさぞや間抜け面をしているに違いないと、頭の隅で考えた。

 

―4―

 

「おかえりー」

「戻ったか魔王」

アパートまで戻ってくると、部屋では漆原と鈴乃が三人を出迎えた。

同時に、畳に正座している鈴乃の後ろから顔を覗かせてきた小さな生き物に、三人は目を丸くする。

「よくひっぱりだせ」

真奥が全部言うより先に、二人の少女の歓声が六畳一間に響き渡った。

「かわいいーーーーーー!!」

「かわいいっ! あ」

女子高生力を最高のテンションに上げる千穂と、一瞬年相応の顔で叫んだものの、すぐ我に返り悔しげにソレを睨み……いや。見つめてしまう恵美。

二人の前に立っていた真奥は、キインと耳鳴りがした気がして顔をしかめた。

それでも気を取り直すと、変わり果てた部下の姿に目をやり……唖然とした様子で鈴乃を見る。

「おい。鈴乃」

「……あのシャツ一枚のままでは、またすそを踏んで転ぶだろうし、不便かと思ってな。昨夜あれから作ったんだ」

芦屋は昔懐かしい、とんぼに井桁の柄の浴衣を着せられていた。

鈴乃はミシンなど持ってないから手縫いしたのだろう。随分器用だし仕事が速い。

浴衣は青い、ちりめん状のやわらかい帯……兵児帯(へこおび)で締めていて、後ろで金魚の尾のように結ばれていた。

わざわざお尻にあたる部分には尻尾穴まで開けられていて、短い鉤尾が飛び出している。

そして……何故か白い頭の上にはキツネのお面。それは少しデフォルメされた可愛らしい顔つきの、和紙を張り合わせたお手製で。

これで金魚の入ったビニール巾着か、りんご飴でも持たせれば、完璧な縁日スタイルだ。

「あー。その。な。似合いそうだと思ったら、つい興がのってしまって……」

「……本人が嫌がって無いならいいけどな……」

確かに良く似合ってる。

白い髪肌に白地に青い柄の浴衣は合うし、お面もあわせて、絵本から抜け出てきたような可愛らしさだ。

しかしこれがあの芦屋だと思うと、複雑な心境になってしまうのも仕方が無い。

そんな部屋の主の葛藤を他所に、千穂はカワイイを連発しながら携帯に写真を撮り、お面を芦屋に向けて遊び出してる。その隣で恵美も眉間に皺を寄せながら、仇敵であった幼児をおっかなびっくりつついていた。

当の芦屋といえば、昨夜のことはもう忘れたらしく、最初の無表情で二人の少女にされるがままだ。

真奥はそのまま二人に子守を任せると、改めて鈴乃に向き直った。

「どうやって物置から引っ張り出したんだ?」

「ルシフェルに聞いてくれ。私が部屋に様子を見に来たら、もう外に出ていたんだ」

「漆原?」

「べつに何にもやって無いよ。名前呼んだら出てきたの」

「そんだけ?」

「そんだけ。篭ってるのも飽きたんじゃない?」

パソコンに視線を落としたままの漆原の答えに、真奥はうーん。と僅かに考える。

そして千穂と恵美に、耳やら尻尾やらを弄られている芦屋に声を掛けてみた。

「おーい芦屋」

しかし、幼児は全く反応しない。自分の名前だとも思って無い様子だ。

「アルシエル?」

本来の名で呼んでみても、やっぱり気付いた様子は無い。何を考えているのか分からない目で、千穂に視線を向けている。

「反応しないぞ」

漆原に苦情を言うと、紫黒の髪の部下は呆れた顔で振り返った。

「芦屋は子供に戻ってるんだよ。日本語の発音で分かるわけ無いじゃないか」

「あ。そっか」

言われてみれば当たり前のことなのに気づかなかった。真奥はえへんと咳払いすると、改めて名前を呼ぶ。

『=====』

すると、今度ははっきり反応した。芦屋は目を瞬かせ、千穂から身を乗り出すようにして真奥を見たのだ。

「おっ。通じた!」

「今のが悪魔の言葉なの?」

驚いたように恵美が真奥の方に顔を向ける。

エンテ・イスラの少数民族でも聞かないような独特の発音は、恵美が魔王軍と戦っていた時、何度も聞いた事がある。しかしそれが言語だとは、思っても居なかったのだ。

「何言ってるのか、全然分からなかったんだけど」

「ああ。人間には聞き取りづらいだろうな。つーか人間の喉だと喋りづらくてなあ。だから普段は使わないんだが」

「言葉というより、獣の唸り声のようだ」

鈴乃が目を丸くして素直な感想を呟くと、真奥は笑って言い返す。

「いい言葉だぞ」

「聖職者に言うな」

そんな会話をしている間に、芦屋が千穂の手からすり抜けて、ととと。と真奥に歩き寄ってきた。

「おっ」

そして上がり口に立っている彼の目の前に立つと、じっと大きな目で見上げてくる。

無表情ながら、なにかを期待されているような気がして、もう一度真奥は幼児の名を魔界語で呼んでみた。

『=====』

すると芦屋は首をかしげるようにしたので、今度はもう少し長い言葉で何かを話す。

『===== == ===』

と、その言葉に反応するように、幼児の尻尾がピンとはねると、先ほどまで自分からは全く動かなかった子供が、ぎゅっと小さな手で真奥のズボンを握ったのだ。

「うおっ」

そして鈴のような声で何かを話す。

『===』

「えっ。そうそう。===」

すると幼児はにこーって笑うと、その言葉を何度も繰り返した。

「あっ。笑った!」

「おお」

「かわいいっ」

「へえー」

大きな変化に、真奥は幼児の事を抱き上げる。

「そっか。日本語じゃ通じる分けがなかったんだな」

にこにこと真奥を見つめる幼児に、千穂が驚いたように尋ねてくる。

「芦屋さん、何て言ってるんですか?」

「ああ……名前を教えてやったんだ」

真奥は頬に手を当てて……というか押し付けてくる幼児から顔をそらすと、何故か照れくさそうに笑みを見せる。

「……俺の名前と『お前の友達だ』ってな」

 

     ***

 

やっと言葉の分かる相手が現れたのが嬉しかったのか、友達発言の効果なのか、芦屋はすっかり真奥に懐いてしまっていた。

真奥が立ち上がると一緒に立つし、歩けばちょろちょろ足元をまわりながらついてきて。

座っていればその背によじ登り、膝の上に乗り込んでくる。

これだけ行動で示されれば、幼児が何を考えているのかなんて、分からないはずが無い。

「すっかり懐いちゃいましたね」

「昨夜は腕に穴が開くほど噛み付かれたのにな」

「これって元通りみたいなものよね。もうこのままで良いんじゃない? 害も無いし」

「ガミガミ五月蝿くないしね」

その様子を眺めながら好き勝手な事を言い出したギャラリーに、真奥は眉をしかめて言い返す。

「良い訳無いだろーが」

「でも結局、元に戻す方法は分からないんでしょ?」

「ぐ」

恵美に痛い所を突かれてしまったが、上手く言い返す言葉も思いつかない。

そこに、唐突に頭にもみじの手が押し付けられ、真奥はさっきから自分の周りをうろうろしていた、小さな悪魔に視線を向けた。

目が合うと、何が嬉しいのかにこーっと小さな牙を見せて笑顔になるので、こちらも釣られて微笑み見つめ返してしまう。

 

――そしてそのまま数十秒。

 

「……ほんとにもう、このままで良いんじゃない?」

「はっ」

呆れ交じりの恵美の呟きが耳を打ち、真奥は慌てて顔を離した。

 

 

 

遅番の仕事は何事もなく終わり、閉店作業を済ませると、バイトが全員退出したのを見届け真奥も店の外に出る。

照明を全て落し、警備システムを入れたのも確認した。そして裏口の鍵を締めると真奥は一人、深夜の道を笹塚に向けて歩き出した。

ほとんど人通りの無い道を、街灯で影を伸ばし縮めながら歩いていく。

そして、いつもの交差点にたどり着いたときだった。

深夜だけど歩行者ボタンは無いので、信号が変わるのを待つ。車も見当たらないのだから渡っても構わないとも思うのだが、真奥はそうしたことは無い。

やがて車両用信号が黄色になり赤になり、歩行者信号が青に変わろうとしたその時。

突然目に強烈な光が突き刺さり、視界が真っ白に塗り潰された。

同時に甲高いマンドラゴラの叫び声と、鈍いが重い音が耳を貫き。

…………数秒後。

ゴムの焼ける嫌なにおいと、鉄の臭いが周囲に広がったのだった。

 

「真奥遅いなあ」

漆原はパソコンに向かいながら、モニターの隅にある、デジタル時計に視線を流して呟いた。

いつもなら、とっくに帰ってきている時間どころか寝ている時間だ。

小さな芦屋は玄関前の畳に座り込んで、じっと扉を見つめている。

 

 

-ここまで-

 

おまけ。

 

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