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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第二十五話

ムカミさん

第二十五話の投稿です。


どうにかして攻めようとする連合、ひたすら守る董卓軍。
戦はどうなっていくのでしょうか。

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2013-11-09 20:13:39 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:9813   閲覧ユーザー数:7105

静まり返る難攻不落の要塞、虎牢関。

 

どうにも動きかねていて、結果的に沈黙を守る連合軍。

 

虎牢関に場所を移した戦場は、前日とは打って変わって異様な雰囲気を漂わせていた。

 

連合軍の中心では、今も3人の人物が侃々諤々の議論を繰り広げていた。

 

「やっぱり、昨日のあれは唯の牽制だったんじゃないの?」

 

「で、ですが、虎牢関に駐在する部隊のほとんどが出撃してきたと思われる昨日の攻撃が、本当に唯の牽制だったと言えるのでしょうか?」

 

「ふむ…虎牢関内の董卓軍の数が斥候の報告通りなのであれば、確かに唯の牽制と断定するのは早計かも知れんな。この不自然とも取れる静まり方も、見方によっては罠とも取れる」

 

「でも、少なくともこの辺りの平原に設置しているような罠はないはずよ。あったとしても昨日の戦で起動してしまっているでしょうし」

 

「あるとすれば戦略面での罠、か。向こうの指揮官は確か陳宮というそうだな。実力の程は判明しているのか?」

 

「さすがにそこまでは判明してないわね。そもそも、その陳宮という人物はつい最近董卓軍に入ったそうよ」

 

「曹操さんのお力はやはりさすがですね。それ程に情報が早いとは驚きです」

 

桂花、諸葛亮、周瑜は互いに意見を出し合いながら、静まり返る虎牢関にどう対処するかを検討する。

 

桂花も既に黒衣隊経由で得た情報のほとんどを提供していた。

 

とは言っても、各段に有益と言えるような情報は終ぞ入ってきていなかったのであるが。

 

虎牢関に詰める将、軍師の名は判明している。

 

しかし、その実力に関して言えば、事前情報は噂と大差ないものが多く、昨日に直に味わうことでようやく認識できたようなものであった。

 

そして、その衝撃があまりに強く残ってしまい、皆が皆、揃って二の足を踏んでしまっているのである。

 

「実力はわからずとも、董卓軍の賈駆さんが軍師として認めたことは間違いないのですから、相応の注意は必要でしょう」

 

「ふむ、確かにな。昨日の一件を見るに、奇策を好む傾向にあるのかも知れん。やはり今後の策は慎重に慎重を重ねて立てるべきだろう」

 

「そう、ね。これ以上、失敗は重ねてはいられないものね」

 

董卓軍の実情を知っていれば、このあまりに過剰な警戒ぶりに思わず失笑してしまいかねない。

 

だが、3人にはそのようなことを知る由もない。

 

分厚いベールに包まれた董卓軍の力を過剰に恐れたとしても、それは仕方のないことであった。

 

「時に、荀彧よ。曹操軍は大丈夫なのか?」

 

話の切れ目に、ふと周瑜が問い掛ける。

 

実はこの日の戦の布陣を決める折、最後までは配置を決めきれなかったのは曹操軍であった。

 

理由は、昨日の件によって軍の、というよりも将達の士気がガクッと落ちてしまっていたことにある。

 

いつもであれば先頭に立って軍を鼓舞する夏候姉妹が、この日は朝から揃って暗い顔をしていた。

 

秋蘭はそれでもまだ己の役割を無難と言えるほどにこなしてはいるのだが、春蘭の状態は深刻であった。

 

他にも菖蒲と零は上手く切り替えが出来たようであるが、季衣と流琉が暴走しかけているのを止めることで手一杯であった。

 

そのような有様を見るに見かねた華琳が、春蘭、季衣、流琉を天幕に呼び、現在もその中で話を続けているのである。

 

「華琳様が直々に動いて下さっているから、きっと大丈夫よ。遅くとも明日にはどんな策にでも組み込めるまでに回復するわ」

 

「そうか。ならば大きな戦力を外さずに済みそうだな」

 

「ええ。そっちこそ、呂布に当たった将は大丈夫なの?」

 

「万全ではない為、一騎打ちのようなことは許すわけにはいかないが、隊の指揮を執る事くらいであれば問題は無いだろう。そちらの方も同じようなものではないのか、諸葛亮?」

 

「そうですね…鈴々ちゃんと星さんは特に問題無いですし、愛紗さんも指揮だけであれば問題ありません」

 

互いの陣営の状態を説明しあう中で、桂花は心中でため息を吐いてしまう。

 

軍師という職業柄、感情は度外視して策に使えるかどうかで軍を判断しなくてはならない。

 

それが例え自軍であってもである。

 

仕様が無いとは分かっているが、多少なり心が暗くなることは避けられないのであった。

 

だが、いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない。

 

桂花はすぐさま気持ちを切り替えて、今後の策の議論に再び集中し始めた。

 

 

 

 

 

そんな軍師達を横目に、こちらでは君主達が集まっていた。

 

とは言っても、君主間の結びつきが強くなったというわけでは無く、ただ単に先程まで軍議が行われていただけである。

 

後の指示は選抜された軍師達に任せるとして、ひとまずは自軍に戻ろうとしていた馬超に孫堅が話しかけた。

 

「あんた、馬超だったな?今更に過ぎる気もするが、碧の奴はどうかしたのか?」

 

「あれ?孫堅殿は母様と知り合いなんですか?」

 

「何だ、知らなかったのか?ったく、あいつは…碧とは漢に仕える忠義の士として馬が合ってな。昔は互いに切磋琢磨して己を磨き、時には共に無茶もやったもんだった。私もあいつも所帯を持ってからは随分と落ち着いて、最近はあまり連絡も取っていなかったんだがな」

 

「そうだったんですか。母様は現在病に臥せっています。それでも参加しようとしていたんですが、どこからか母様の状態を聞きつけたのか、五胡に妙な動きがあって、母様は残ることにしたんです。それで私が名代として連合に参加しました」

 

「そうか、あいつ、病んでたのか…もう私らの時代は終わりってことなのかねぇ…」

 

馬騰の現状を知り、しみじみと漏らす孫堅。

 

何か思うところがあるのか、その表情は哀愁を帯びていた。

 

ところが、この発言には素直に頷くことが出来ない人物がここにはいた。

 

「ちょっと、母様?私、未だに母様から一本も取れてないんだけど?」

 

「あたしの方もそうだぜ。さすがに臥せってからは手合わせしてないけどさ」

 

孫策と馬超が揃って口を尖らせる。

 

傍から聞けば情けないこの抗議。

 

だが、厳然たる事実である上、2人共同じ類の目的がある為にこれを声を大にして言う。

 

「そりゃ、あんたがまだ弱いからだろう、雪蓮?いつも言っている通り、さっさと私からこの南海覇王を奪い取って見せな」

 

「言われなくても分かってるわよ。私が母様に勝つまでは絶対に隠居なんてさせないからね」

 

「はっ!私に勝てないような奴を残して隠居なんて、そんな危なっかしいことはいくら私でも出来んさ」

 

雪蓮の言葉を軽く笑い飛ばした後、馬超に簡単に礼を述べると、孫堅は自軍の方向へと消えていった。

 

雪蓮もまたその背を追いかけるのかと思いきや、その場に留まってポツリと一言漏らす。

 

「いつか必ず…母様にも呂布にも、勝ってみせるわよ」

 

その呟きが聞こえてしまった馬超は、奇しくも孫策が己と同じものを背負っていることを感じ取ったのであった。

 

2人の共通事項。

 

それはそれぞれの素質と母親の器にある。

 

馬超にしても孫策にしても、どちらも武に己の価値を見出している。

 

だが、どちらの母親も、かつて大陸中に名を馳せた豪傑。

 

どうしてもその武には勝つことが出来ないでいた。

 

つまり、2人は自身のアイデンティティを確固たるものにしたいがため、その終着点となる母親越えを是が非でも成し遂げたいのであった。

 

その為、馬超は孫策にシンパシーを覚える。

 

とは言うものの、2人は未だ二言三言話しただけの間柄。

 

いきなりそこまで踏み込んだ内容で話しかけるのも気が引けるというもの。

 

結局、孫策は馬超がどうしようか迷っている間に母親の後を追って陣へと帰っていった。

 

思わぬところで興味深い話を聞けたものの、馬超としてはどうしても思うところがある。

 

自身の母親たる馬騰に手も足も出ない馬超であったが、馬超は母親が化物なだけであると考えていた。

 

最近は”錦馬超”とも称されるようになり、自身の武により一層の自身を持ち始めていた。

 

ところが、先ほどの話を聞く限りでは孫堅は馬騰と同等以上の実力を有すると思われる。

 

この戦が始まって、母親を彷彿とさせるような化物が突如現れたかと思うと、ほぼ確実に実力で並ぶ者までもが馬超の前に現れたのである。

 

馬騰、呂布、孫堅。

 

今の馬超ではいずれを相手にしたとしても、勝てる道筋の一歩目すら見出すことが出来ない。

 

それが馬超にとっては非常に悔しいものであった。

 

(強くなってやる…!あたしは必ず母様以上の実力を身につけてやる!)

 

育ち始めていたプライドを完璧にへし折られ、そう固く決意する馬超であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

連合軍が董卓軍に対処しあぐねていた頃、虎牢関を挟んで反対側にある平原では、洛陽へ向かって2騎の騎兵がひた走っていた。

 

2人の間には会話はなく、時折片方の人物が苦鳴を漏らす声が聞こえるのみである。

 

そして今も…

 

「…っ!つぅぅ…」

 

馬が一際大きく跳ね、1人が呻く。

 

見れば、羽織っている外套から覗く上半身は包帯が巻かれている。

 

しかも、その包帯は既に赤く染まっていた。

 

「……傷、痛む?」

 

今までで最大の苦鳴に心配したのか、もう1人が声を掛けてくる。

 

「いや、大丈夫だ。今はとにかく時間が無いんだ。急ごう、呂布さん」

 

「……ん」

 

呂布を促す一刀は明らかに痩せ我慢をしているのだが、目深に被っているフードによって表情のほとんどが隠され、それを悟られることは無い。

 

尤も、例え痩せ我慢を見抜かれたとしても、速度を落としたりなどさせるつもりは無かった。

 

一刀が言っていた通り、彼らが為すべきことを為すのに残された時間は非常に少ない。

 

霞達、虎牢関組の働きにも依るが、持って猶予は2、3日といったところか。

 

もし、月達との行き違いなど起ころうものなら、到底リカバリー出来るものではなくなってしまう。

 

作戦の成否を左右する重要事項であるのが、月が洛陽を発つ前に一刀達が洛陽に到ること。

 

その為、現在一刀と呂布は互いの馬が許す限り最高の速度で走り続けていたのである。

 

そうなると当然騎手の揺れは激しくなる。

 

しかも鞍はあれども鐙の無いこの時代である。

 

揺れは騎手にダイレクトに伝わってしまう。

 

塞がっていもしない一刀の傷が開くのは火を見るよりも明らかであった。

 

(…まだ完全に開ききってはいないな。それも時間の問題かも知れないが…だが、今はとにかく急がないと…!)

 

胸の傷を気にしつつも、今の一刀の意識は常に洛陽へと向いていた。

 

呂布もまたそれに呼応しているのか、はたまた与えられた役に忠実であるだけなのか、それ以上一刀に心配を向けること無く馬を走らせる。

 

2人の間には再び沈黙の帳が降りる。

 

しかし、そこには気まずさなど微塵も無い。

 

ただただ純粋に月達を助けたい思いに導かれて馬を走らせ続ける。

 

時は緩やかながらも無情に過ぎ去り、一刀の焦りも時を追って積もっていく。

 

徐々に傾いていく日に影を伸ばしながら、可能な限りの速度で2人は走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少々遡り、虎牢関内部。

 

そこでは1人の少女が上官に向かって息巻いていた。

 

「何故呂布殿なのですかっ!」

 

「だから言うとるやろ?作戦の都合上呂布っちが一番適任やってん」

 

「だからと言って、我らが軍の最大戦力たる呂布殿を向かわせる必要はなかったはずです!」

 

激情を隠そうともせずに霞に捲し立てているのは昨日の戦で春蘭と一戦交えた高順である。

 

霞は肩を落として溜息を付く。

 

この高順という少女、呂布への忠誠心は非常に厚い。

 

その忠誠心故か、呂布隊に入ってからの高順の活躍はかなり評価されていた。

 

事実、呂布隊での副官を務めるまでに至っており、やがては一将軍としての待遇も考えられている程である。

 

しかし、その忠誠心の高さが悪い方向に向かうこともある。

 

それがまさに今であった。

 

(この暴走さえなかったら、もっと早うに副官に、もしかしたら将軍職にも就けてたやろうに。勿体ないやっちゃなぁ)

 

内心で残念に思いつつも霞は高順への対応に戻る。

 

「ちと落ち着きぃ、梅。ええか?あんたには簡単に説明したったけど、今回のは月っちを助けることが作戦の全てや。んで、一刀…夏候恩が洛陽に向かうのは確定事項。けど、当然信用しきれん奴はおる。やけど、洛陽に至るまでの時間を延ばすわけにもいかん。そうなると少人数で夏候恩の監視、いざという時の制圧が出来なあかん。呂布っちやったらそれら全て1人で出来るやろ?だから今回の件は呂布っちに白羽の矢が立ったんや」

 

「それならば霞殿や華雄殿でも大丈夫なのではありませんか?!」

 

「ウチは一刀を連れてきた本人やし、華雄は…ほら、あいつは”あれ”やからなぁ…」

 

声を潜めて顎でしゃくる霞。

 

その返答に一理あると感じ、高順は続く言葉に詰まってしまう。

 

そこに霞が追い打ちのようにとある事実を告げる。

 

「それにや。このことを最終的に決めたんはねねやで?この虎牢関を任されてる軍師様の決定には納得せな」

 

「うぅ…」

 

この一言が高順が引き下がる決定打となった。

 

董卓軍にとっては周知の事実であるのだが、陳宮は董卓の配下でありながらも、呂布の専属軍師を公言している。

 

同時に陳宮が呂布に相当入れ込んでいることも知れ渡っている。

 

その陳宮が呂布を出すことを決定したというのだ。

 

こうなると所詮は副官でしかない高順では引き下がるしかない。

 

「ねねちゃんがそう言うのでしたら…あ、あぁっ!た、大変失礼しました!張遼将軍!」

 

幾分か頭の冷えた高順は、霞にもまた無礼を働いていたことを唐突に悟り、慌てて謝罪する。

 

既に見慣れたこの光景に霞は笑みを浮かべて高順を赦す。

 

「あぁ、ええよええよ。ただ、いつも言っとるけど呂布っちのことになると周りが見えんようになるその癖、どうにかせなあかんで」

 

「は、はい。気をつけるようにはしているんですけど…」

 

「ま、高い忠誠心の現れ、言うたら聞こえはええけど、一歩間違えたら全てを壊す暴走でしかあらへんようになるからな。最悪、そこだけでも気ぃつけや」

 

「はい、ご忠告ありがとうございます」

 

高順は最後に礼を述べて霞の下から去る。

 

「そこさえ治せば、か…折角光るモン持っとったのに、ホンマに勿体ないもんやで…」

 

ぼそりと呟いた霞の言葉を聴く者は誰もいない。

 

霞は高順に作戦の全てを話したわけでは無かった。

 

それもそのはず、董卓軍が無くなってしまうであろうことなど、伝えられるわけが無かった。

 

一刀や月のことである。

 

恐らく解散された董卓軍はそのまま市井に戻されることになるだろう。

 

勿論、再びどこかの軍に属することを選ぶ者もいるだろう。

 

だが、恐らく高順は余程でない限りは武人であることをやめてしまうように霞は感じていた。

 

それ故に勿体ないと思ってしまうのだった。

 

しかし、今そのことを考えてもどうしようもないこともまた事実。

 

結局、霞はそこで考えることを止め、陳宮の指示を受けに小さな軍師様の下へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合軍はこの一日、ひたすら様子見を続けていた。

 

大部隊で一息に攻める仕草を見せたと思いきや、少数部隊で散発的に攻めてくる。

 

時には攻めてきたように見えて即座に折り返していくことなどもあった。

 

その他、細々とした策をその場その場で試していた。

 

数々の検証によっていくつか判明したことがある。

 

一つ、董卓軍は基本的に牽制射撃もそこそこに、十分に引きつけてから効力射のみを行ってくる。

 

一つ、汜水関の時とは異なり、華雄であっても挑発に乗ることが無い。

 

一つ、連合が攻め込もうとした時以外は驚くほどに静かなままである。

 

日が西に傾く頃には、これらの情報から連合の軍師達は再び会合を持っていた。

 

「軍師が優秀なのか、これ以上の挑発は意味を為さないわね」

 

「私もそう思います。汜水関のような作戦はむしろ被害を拡大しかねないかと」

 

「だろうな。今後は基本的に挑発は無しだ。時に荀彧、諸葛亮、お前達は董卓軍の防衛法のついてどう感じた?」

 

「奥の手を隠しているのか、それとも単に準備が足りていないのか、はっきりとは言えないわね」

 

「ですね。本日の防衛には最後まで矢での応戦しかしてきませんでした。こちらが本腰を入れて攻めていないとは言え、矢以外の防衛手段を全く出してこないというのは少し不気味にも思えます」

 

「やはりお前達もそう感じていたか。わかった。この件に関しては、こちらで信頼の置ける間蝶を出しておこう」

 

「それは助かるわ」

 

「ありがとうございます、周瑜さん」

 

ここで指示内容を思案したのか、周瑜が一旦口を閉ざした。

 

それを受けて暫しの沈黙が訪れる。

 

各々の軍師がそれぞれに思う所があったのだろう。

 

桂花もまた周瑜の言に合わせて思考を巡らせる。

 

(孫軍の間蝶…確か甘寧と周泰と言ったかしら?呂布との一戦で甘寧が怪我をしているようだし、恐らく周泰が出るのでしょうね。彼女が出るのなら黒衣隊を出すのは危険…一刀をして隠密技術では勝てないと言わしめた程だものね…)

 

孫軍の間蝶・周泰。

 

実はその実力はほとんど知られていない。

 

むしろ、孫軍の将・周泰としての名の方が断然知れ渡っている。

 

その理由は単純明快。

 

隠密技術が余りにも高く、他諸侯の情報網に引っかからないのである。

 

当初は黒衣隊ですら、周泰が優秀な間蝶であることを突き止められていなかった。

 

それが判明したのは本当に偶然、幸運が重なったが故のことであった。

 

その時の状況等に関してはまたいずれ語られる機会があるだろう。

 

その辺りの諸々は置いておき、今は目先の問題への対処を考えねばなるまい。

 

そう考えた桂花は諸葛亮と周瑜に声をかける。

 

「董卓軍の防衛手段に関しては孫軍に頼むとして、明日以降の基本方針くらいは決めておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

「ふむ、確かにな。現状我々が董卓軍に対して勝っている点は兵数と将の数といったところか?」

 

「そうですね。地の利は完全に向こうにありますし、篭られているのは長年漢の都を守り通してきた、難攻不落の虎牢関。数の利を十二分に活かさなければ抜くことは困難でしょう」

 

「数の利、ね…確か斥候の報告では董卓軍の数は2万に満たない程度。対する連合は30万に届こうかという大軍勢。昨日の一戦で数を減らしはしたものの、それでも20万は軽く超えているでしょうね」

 

「単純に考えて10倍以上。だが、虎牢関は通常の砦とは異なり、取り囲むことは出来ない。単に正面に数を揃えるだけでは抜くことは出来ないな」

 

「……」

 

桂花と周瑜が議論する中、顎に手を当て何事かを思案している諸葛亮。

 

やがて一定の結論が出たのか、徐ろに顔を上げると、2人に向かって声を掛けた。

 

「あの、1つ、考えていた策があります。ただ、これを為すにはどうしても連合の皆さんの団結が必要になってくるのですが…」

 

この言に2人は目の色が変わる。

 

「ほう。それは興味があるな。どのような策だ?」

 

「あ、あの…本当に考えてみただけですので…」

 

「勿体ぶってないで教えなさいよ。本当に有効だと判断すれば代表軍師権限とでも称して従わせればいいのよ。いざとなれば華琳様だって手を貸してくださるわ」

 

「そうだな。このような時だ。真に有用な策であれば月蓮様も協力してくださるだろう」

 

2人の剣幕に押されて諸葛亮は根負けするように話しだした。

 

「分かりました。私が考えた策は―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、連合は日が昇るか昇らないかの内から虎牢関攻めを開始していた。

 

「むぅ~。嫌な時間に攻めてきやがるのです」

 

「せやな~。じきに華雄の奴も起きてくるやろし、取り敢えずはウチの部隊と守備兵で凌いどくわ」

 

「頼みましたぞ、霞殿。ねねはここで戦況を見通すのです」

 

前日同様、陳宮が戦場を俯瞰し、霞や華雄に指示を出す。

 

兵の指揮は主に霞や華雄、呂布の代わりに高順が執っていた。

 

「うっし。お前ら!やることは昨日と同じや!牽制射はあんまいらん!矢は無駄にすんな!矢以外はまだ使うな!それは軍師殿の指示があってからや!ええな?!」

 

『おおおぉぉぉっ!!』

 

「さあ、来んで!もうちょい引きつけて…今や、射てーっ!」

 

霞の号令一下、数多の矢が風を切って飛んでいく。

 

連合軍も盾を構えてはいるものの、膨大な数の矢は盾同士の隙間などから容赦なく連合に襲いかかる。

 

しかし、それでも連合軍は怯むことなく虎牢関の城門に取り付く。

 

「城門防衛班は取り付いた敵兵に斉射!他は登ってくる奴らを狙い射て!」

 

兵に指示を出しつつも、霞は内心違和感を覚えていた。

 

(昨日とは連合の様子がちゃうな。様子見は終わりってか?それにしては数が少ないし…)

 

この時攻めてきていた連合軍の数は4万弱。

 

霞が感じた通り、前日の最多兵数よりも少ないのであった。

 

この違和感には陳宮も気づいた。

 

しかし、その理由までは推測出来ない。

 

あれこれと考えを巡らしていると、そこに華雄が起きてきた。

 

「陳宮、状況は?!」

 

「起きたのですか、華雄殿!1刻程前に連合が城攻めを始めたのです。今は霞殿が応戦してくれていますぞ」

 

「分かった。私も今から向かおう」

 

「お願いするのです」

 

華雄は短いやり取りの後、駆け出して行く。

 

華雄の参戦によって砦の防衛自体は非常に楽にはなった。

 

だが、陳宮の心中には次第に不安が鎌首をもたげてきていた。

 

(防衛戦術をあえて限定することで警戒を煽り、動きを鈍らせる…ねねは失策を犯してはいないはずなのです。なのに、突然の攻め一辺倒。妙に人数が少ないことも気になりますが…)

 

「報告します!斥候が帰還!左右どちらの崖上にも連合軍の姿は見えなかったとのことです!」

 

「分かったのです」

 

連合軍の人数に気づいた陳宮は、まず陽動からの奇襲作戦を考えた。

 

そこで斥候に唯一奇襲を行なえうる崖上を偵察に行かせたのであったが、たった今その可能性が潰えたところであった。

 

(奇襲が目的では無かったですか…それじゃあ向こうの意図は一体…)

 

それからも陳宮は連合軍の意図を考察し続けていたが、如何せん経験不足が響いたのか、それを見通すことが出来ない。

 

そうして連合軍が攻撃を始めて2刻ほどが経った頃、戦況が動き出した。

 

「おぉ?城門に張り付いていた連合軍が退いて、奥の本陣から…入れ替わりですか?……あっ!し、しまったなのです!伝令兵!!」

 

「はっ、ここに」

 

「今すぐに張遼、華雄両将軍と高順副官をここに呼んでくるのです!」

 

「はっ!」

 

命を受けて伝令は城壁上へと急ぐ。

 

それを見送る時間も惜しんで戦場に目を向けた陳宮は、悔しげに唇を噛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いつ気づかれる事か…」

 

「第2陣が見えた時点で気づかれると考えた方がいいでしょうね。でも、例え気づかれたとしても、そう易々と対策は立てられないと思うわ」

 

連合軍の本陣では桂花と周瑜が戦場を見渡しながら会話を交わしていた。

 

その周囲にはさらに諸葛亮、華琳、孫堅もいる。

 

皆一様に何かを確認するように戦場に目を向けていた。

 

僅かに沈黙が続いた後、ふと孫堅が口を開く。

 

「それにしても、諸葛亮ってったっけ?さすがだね、あんた。この策が滞りなく回れば、向こうは援軍でも来ない限りジリ貧になることは必至だしね」

 

「本当にそうね。その智謀、見事の一言に尽きるわね。我が軍に欲しいくらいだわ」

 

「はわわ。あ、ありがとうございます。でも策を強く推せたのは周泰さんが向こうの防衛手段を押さえてきてくださったことが大きいです」

 

「ああ、あいつは優秀だからな」

 

華琳までもが孫堅に同調し、委縮してしまった諸葛亮は噛み噛みながらも謝辞を述べる。

 

一体連合に何があったのか。

 

それはまだ日も昇らぬ早朝の軍議にてのことにあった。

 

 

 

前日の軍師同士の話し合いにおいて諸葛亮から提案された策は、華琳と孫堅の支持をすでに得ていた。

 

そして、この日の軍議の最初の議論となった。

 

「簡単にですが話は聞いておりますわ。諸葛亮さんに策があるとか」

 

「はい。とは言っても、私が提案するのは策の概要となります。細かい内容は各軍の方で決めて頂いた方がよいかと」

 

「どんな策なの、朱里ちゃん?」

 

劉備に促され、諸葛亮は策の説明に入る。

 

「策の内容自体は単純です。連合軍を6つの隊に分け、それぞれが1日の6分の1、2刻ずつ攻城を受け持ちます。1つの隊が攻城を2刻行った後に次の隊と入れ替わることを延々続けるというものになります」

 

「え、えっと…6つに分けて、6分の1で…」

 

「要は一日中攻城を続ける、ということよ」

 

劉備が理解に苦しんでいるところに華琳が口をはさむ。

 

非常に簡単なその説明に理解が進んでいなかった他の者達――主に袁家の者であったのだが――も諸葛亮の言わんとするところを理解した。

 

「おお、それはよさそうな策じゃ!のう、七乃?」

 

「そうですね~、お嬢様。ただ、少し問題が~。連合の連携はお世辞にもいいとは言えない状態ですが、このような状態でそのような連携が本当に取れるのでしょうか~?」

 

張勲の指摘にほとんどの諸侯が一理ある、と首を振る。

 

それに対して諸葛亮は途端に言い難そうに口篭もりだした。

 

「えっと、それに対する解決策なのですが、その…」

 

「なに、簡単なことだろう。手っ取り早く人が団結するのに一番役に立つのが”恐怖”だ。それを利用すればいいだろう」

 

「そういうことよ、張勲。要は次の点を盟約すればいいのよ。故意に連携を大きく乱す行為を行った軍には残りの軍より粛清を与える、とね。或いは呂布や張遼が出てきた時に単独で当たれ、というのも面白いかもしれないわね」

 

黒い笑みを浮かべながらそう言い放つ華琳。

 

その隣では孫堅も腕を組んで頷いていることから賛同の意を見て取れる。

 

ざわつく諸侯を黙らせたのは次の諸葛亮の一言であった。

 

「あまり歓迎できる方法ではありませんが、今すぐの団結を得るにはしようがないことかと。何より今は一刻も早く帝をお助けしないといけませんので」

 

劉備を含むいくらかの諸侯が反駁しようとしていたが、これには反駁出来なくなってしまう。

 

帝を引き合いに出されて強く出れる者などはおらず、結局華琳の言がそのまま策に盛り込まれることとなったのであった。

 

 

 

「こちらの策に気付いた後、董卓軍が、いえ、陳宮がどのように対応してくるのか、見物ね」

 

「あんたはホント、噂に違わぬ人材収集家だねぇ。こんな時でも敵軍の人材の質を見極めようとするかい」

 

「良い人材は多くても不自由することは無いものよ」

 

「そういうもんかねぇ?」

 

「そういうものよ」

 

ある種呑気とも取れる華琳と孫堅の会話。

 

それぞれ思うところはあれど、戦は個人の思惑など超えた所で徐々に動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎牢関内では霞、華雄、高順が陳宮の下に急ぎ駆けつけていた。

 

「どないしたんや、ねね?!」

 

「何があった?!」

 

「緊急事態って聞いたけど、一体?!」

 

辿り着くなり捲し立ててくる3人に向き直り、陳宮は気づいた事実を告げる。

 

「連合軍の狙いが分かったのですぞ!奴ら、これから一時も攻め手を休めるつもりがなさそうなのです!」

 

「え、えーと…」

 

「どういうことだ?」

 

華雄と高順は頭上にクエスチョンマークを浮かべているが霞は違った。

 

「そういうことか…っ!」

 

自身が覚えた違和感と今の陳宮の発言から、その言わんとするところを悟っていた。

 

「一日中連合が攻めて続けてくるということですぞ!」

 

『なっ?!』

 

「このまま全軍で当たり続けていてはすぐに倒れてしまうのです。だからここからは霞殿、華雄殿、恋殿の部隊で砦の守備を回していくのです!」

 

「それしかないわな…ねね、もう矢以外も使ってええんちゃうか?」

 

「そうですな。もうそこに拘っているわけにはいかんです。部隊の交代はねねが指示するので、守備に当たる隊以外は極力休むように言い聞かせておいて欲しいのです」

 

『おう!』

 

簡潔に話を纏めるとそれぞれの持ち場に散っていく3人。

 

半刻もしない内に董卓軍も3つの隊に分かれて連合に対抗するようになっているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合は間断なく虎牢関を攻め続け、董卓軍は気を休めることもままならず防衛し続ける。

 

そのような戦が2日も続けば、董卓軍の疲労はピークに達していた。

 

董卓軍の限界も近いかという頃、一刀と呂布はようやく洛陽に辿り着いていたのであった。

 


 
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