(想定外だな)
FalSigはそう思わざるを得なかった。
現在、自分と蒼崎を空中から見下ろしている女性魔導師シグナム。醸し出されている雰囲気からも分かるように、彼女は時空管理局に所属する魔導師の中でもかなりの実力派だ。しかし、FalSigが警戒する理由はそれだけではない。
(よりによって、ヴォルケンリッターの一人が来ちゃうとは…)
ヴォルケンリッター。
かつてOTAKU旅団がカラレスとの戦争で巡っていた、ロストロギア“闇の書”の主を護衛する守護プログラムの総称である。闇の書の意思が消滅する直前で闇の書のプログラムから解放した為にヴォルケンリッターは消滅を免れており、現在は管理局の監視の下で、仕事に従事していると言われている。
(闇の書の件では運良く顔は見られなかったけど、今回は普通に見られちゃったか…)
「シャドウさん、どうします? 厄介なのが来ちゃったけど…」
シグナムはヴォルケンリッターのリーダー格であり歴戦の猛者、簡単に撃破出来る相手ではない。何とかして逃げる算段をつけるべきだと考えたFalSigは、隣に立っている蒼崎に彼のコードネームで話しかけてみるが…
「…シャドウさん?」
何故か返事が無い。疑問に思ったFalSigが横を向いて見ると…
「……」
「…あ、あれ、シャドウさ~ん?」
蒼崎は頬を赤くしたまま、視線がシグナムに釘付けになってしまっていた。異変に気付いたFalSigは蒼崎の顔の前で手を振ってみるが、全く反応が無い。
「ま、まさか…」
「…どストライクッ!!!」
「な…なぁっ!?」
「シャドウさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
なんと、蒼崎はシグナムに一目惚れしてしまっていたのだ。両目をハートにしたままグッと両手の親指でサムズアップし、シグナムとFalSigはそれに対する反応に困った。
「な、何だその……ど、どストライクというのは!?」
「ちょ、ちょっと待ってて下さい魔導師さん!!」
いきなりの発言に慌てるシグナムを置いて、FalSigが蒼崎の肩を掴んで揺さぶりまくる。
「しっかりしろアンタ!! 美人さんを見る度にいちいち一目惚れすんのやめてくれない本当に!?」
「やばい……何か胸が、急にドキドキし始めたぞ…!!」
「正気に戻れや!? あの人とは敵同士!! 惚れたら駄目なんだってば!!」
「アバババババババ……はっ!? 俺は何を…」
FalSigが連続ビンタをかまし、何とか蒼崎の表情から惚気が消える。
「えぇい、しっかりしてくれ!! 俺達は今から逃げないといけないの!! 惚気てる場合じゃないんだってぇの!!!」
「そ、そうか……いやぁ危ない危ない、相手の策略に嵌る所だったぜ…」
「アンタが自分で勝手に嵌ってたんでしょうが……とにかく」
二人は改めてシグナムと向き合う。
「…話は終わったのか?」
「えぇ、御蔭様で」
「そ、そうか、それなら良いが……改めて聞こう」
ゲフンと咳き込んでから、シグナムは再び真剣な目付きになる。
「ここは無人世界の筈だ。何故お前達がここにいるのか、ここで何をしていたのか、いくらか聞かなければならない事があるのでな。同行願えると嬉しいのだが」
「同行、ねぇ…」
蒼崎とFalSigは一瞬だけ目線を合わせる。
「「…お断りします!!」」
「あ、こら!?」
シグナムに背を向け、二人はその場から全速力で飛び始めた。
「あ~も~何でこういう面倒な時に限ってこうなっちゃうかな!? とうとうヴォルケンリッターまで出て来ちゃうしさ!! 予定外も良いところなんだよ、こん畜生ッ!!」
「いやぁしかし、あの人なかなかの美人だったなぁ…!!」
「アンタまだ惚気が消えてないのかよ!? いい加減いつもの調子に戻れや女好きが!!」
やはり惚気が抜けていない蒼崎にFalSigが突っ込みつつ、二人は全速力で砂漠を飛び去ろうとする。
そこへ…
「ん…うぉ!?」
「どわっ!?」
空中を飛来していた二人に、突然複数の魔力弾が襲い掛かって来た。蒼崎は自分に当たりそうな魔力弾を裏拳で弾き、FalSigは身体を捻る事で魔力弾を回避する。
「チッ!!」
「待ち伏せか…!!」
二人の周りに複数の魔導師達が姿を現す。蒼崎はシュベルを長剣に変化させ、FalSigは背中に背負っていた銃剣を装備する。
「お前達には悪いが、逃がす訳にはいかない」
囲まれている二人の後ろから、シグナムも追いついて来た。
「これ以上我々に抵抗するようであれば、こちらも力ずくで行かせて貰うぞ」
「…結局はこうなるのかね」
一滴の汗を流してからFalSigは銃剣を、蒼崎は長剣となったシュベルを構えてみせるのだった。
一方、ディアーリーズとawsは…
「キュォォォォォォォォォォォッ!!」
「いや、ちょ、危なっ!?」
「チッ、ちょこまかと飛び回ってくれる…!!」
鷲の上半身と獅子の上半身を持った怪物グリフォンと戦闘中だった。ディアーリーズは空中を飛びながらグリフォンが口から繰り出す火炎弾を回避し、飛ぶのが苦手なawsは地上を駆けながら飛んで来る火炎弾をかわし続け、二人共グリフォンに上手く攻撃出来ないでいた。
「キュォォォォォォォッ!!」
「うわわわっ!? こっちに来たよ!!」
ディアーリーズに狙いを定めたグリフォンが翼から風の斬撃を繰り出し、ディアーリーズも慌てて身に纏っている藍色のローブで打ち消す。
「この…『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト』!!」
体勢を立て直したディアーリーズが魔法始動キーを唱えると、彼の右手が赤い炎に包まれ始める。それを見たグリフォンは何もさせるまいと、ディアーリーズに向かって火炎弾を繰り出すが…
「燃え盛る
「キュオッ!?」
ディアーリーズの右手を包んでいた炎によってグリフォンの放った火炎弾が吸収され、そこから炎で生成された大剣が出現する。
「貴重な炎をありがとうございます……お返しです!!」
「キュルォォォォォォォォッ!?」
ディアーリーズの振るった炎の大剣が、グリフォンの胴体を斬りつけた。あくまで炎なので血は出なかったものの、斬られた箇所は炎に焼けている為にグリフォンは想像を絶する苦痛に襲われ、地上へ落下していく。
「む、来たな」
上空からグリフォンが落下して来るのを確認したawsは、グリフォンの落下地点で待機したまま姿勢を低く構える。
「―――ぜぁっ!!」
「キュルォォォォォォォッ!?」
目の前に落ちて来たグリフォンに強力な正拳突きを炸裂させ、大きく吹き飛ばす。
「…まだまだ、威力が足りんか」
「キュォォォォ…!!」
完全には仕留め切れなかったようで、グリフォンはディアーリーズに斬られた箇所から煙が出ながらもどうにか立ち上がり、awsを睨み付けて来る。
「しぶとい奴め」
「キュロォォォォッ!!」
グリフォンは瀕死寸前とは思えない程の猛スピードでawsに突撃を仕掛けるが、awsはそれを大きく跳び上がる事でかわして見せる。
「陽岩割り――――――破ァッ!!!!」
-ドゴォォォォォォンッ!!-
「キュォォォォォォォォォォォォォォォッ!!?」
高く跳び上がった勢いを利用し、awsによる真上からの拳がグリフォンに炸裂。そのまま地面に叩き付けられ、その衝撃で地面が大きく陥没する。
「地に眠るが良い、怪物よ」
「キュ、オ……ォ…」
グリフォンは身体が地面に減り込んだまま、白目を向いて息絶えた。
「ふぅ」
グリフォンが絶命したのを確認し、awsは立ち上がって服の汚れを払う。
「…ッ!!」
その時、awsは何かに気付いてある方向に視線を向ける。そのawsの隣に今まで空中を飛んでいたディアーリーズが降りて来た。
「awsさん、どうかしましたか?」
「…どうやら、モンスターは一匹だけではないようだ。おまけに、人間の反応も感じる」
「へ? それって…」
「あぁ。管理局の魔導師だ」
awsが気配を感じた方角では…
「あぁもう、本当に何なんだよコイツ!!」
「キキキキキキキッ!!」
赤毛の少女魔導師と巨大コウモリ“ヴァンパイアバット”が、激しい空中戦を繰り広げているところだった。彼女は先程から小さな鉄球状の魔力弾を複数生成して放っているのだが、ヴァンパイアバットはそれを華麗に回避しながら接近して来る。
「チッ、すばしっこい…!!」
少女は舌打ちする。
彼女の名はヴィータ。シグナムと同じくヴォルケンリッターの一人にして、鉄槌の騎士である。次元震が発生したと思われる世界へ調査しに訪れたのは良いが、現場に向かう途中でこうして謎のモンスター共と出くわし、こうして戦闘を開始する羽目になってしまったのである。先程までは何とか複数で襲って来たモンスター達を退治出来ていたのだが、一番最後に残ったヴァンパイアバットには若干苦戦しているのだ。
「キキキィィィィィィィィィィィッ!!」
魔力弾を翼で弾き落としてから、ヴァンパイアバットは一直線にヴィータへ突撃する。
「この…!!」
≪Panzerhindernis≫
「キッ!?」
ハンマー型デバイス“グラーフアイゼン”から音声が鳴り、ヴィータの周囲にバリアが張られる。正面から突撃したヴァンパイアバットはバリアにぶつかって跳ね返され、怯んでバランスを崩し掛ける。
「今だ!! アイゼン!!」
カートリッジが消費されたグラーフアイゼンのハンマーヘッドが、片方はロケットらしき噴射口、もう片方は鋭いスパイクへと変形する。
「ぶち抜け!! ラケーテンハンマァァァァァァァァァッ!!!」
噴射口をロケットのように噴射し、ヴィータはその勢いを利用してヴァンパイアバット目掛けてグラーフアイゼンを振るう。
しかし、ここで想定外の事態が起こる。
-ブワァッ!!-
「「「「「キキキキキキキキキキキキキキキキッ!!」」」」」
「なぁ!?」
グラーフアイゼンの一撃が命中したその直後だ。ヴァンパイアバットの身体が破裂し、複数の小さなコウモリに分裂したのだ。
「くそ、反則だろそんなの…うわっ!?」
コウモリ達の特攻を喰らい、後方へ吹っ飛ばされるヴィータ。すぐに体勢を立て直して再びバリアを張るが、コウモリ達は群れを成したまま躊躇いも無く突撃を仕掛けていく。
「「「「「キキキキキィッ!!」」」」」
「ぐ、このままじゃ…!!」
次々とバリアにぶつかって来るコウモリ達。最後まで防ぎ切ろうとしたヴィータだが、張っているバリアにも少しずつ亀裂が生じ始める。
「やば―――」
-バリィィィィィン!!-
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
遂にはバリアも粉々に粉砕され、コウモリ達の特攻でヴィータは吹っ飛ばされてしまった。しかも吹っ飛ばされた先で岩に激突し、そのまま地上に叩き付けられる。
「うぐ……はや、て…」
強く打ちつけてしまった所為で、ヴィータは倒れて意識を失ってしまった。それを見たコウモリ達は一箇所に集まり、ヴァンパイアバットの姿に戻る。
「キキキキ」
地上に降り立ったヴァンパイアバットは血を吸う為に、気絶しているヴィータに接近しようとし―――
「雷鳴轟く
「!?」
―――飛んできた雷の槍を素早く回避し、雷の槍が地面に突き刺さる。
「ありゃま、避けられちゃいましたか」
「しかし、でかいコウモリだな…」
ヴァンパイアバットの前に、ディアーリーズとawsが駆けつけた。ディアーリーズの右手に電撃が纏われている事から、彼が雷の槍を投げつけたのだろう。
「あれ? あの子、確かヴォルケンリッターの…」
「鉄槌の騎士だな。気絶しているようだが、こちらとしては都合が良い」
awsは両手の骨をパキポキ鳴らしてから瞬時に駆け出し、ヴァンパイアバットに殴り掛かる。ヴァンパイアバットはすかさず空中に飛んで回避するが、それをディアーリーズが追う。
「逃げたつもりですか?」
「キキィッ!?」
ディアーリーズが指を鳴らす。すると先程地面に刺さった雷の槍が大きく炸裂し、複数の雷の矢となってヴァンパイアバットに襲い掛かった。
「「「「「キキキキキキキキッ!!!」」」」」
「!?」
ヴァンパイアバットは再び無数のコウモリに分裂。何匹かは雷の矢が命中して撃墜されるが、残ったコウモリ達がディアーリーズとawsに突撃する。
「全く、分裂とは面倒な…」
awsは刀を取り出し、鞘に納めたまま居合いの構えを取る。コウモリ達は構わず正面からawsに突撃していくが…
「散れ」
awsが一閃する。
迫り来ていたコウモリ達は全て一刀両断され、塵となって消滅する。
「正面から来るとは、何とも愚かな」
awsは刀を軽く振るってから、ゆっくり鞘に納めるのだった。
「さて、この子はどうしましょうかね?」
ヴァンパイアバットが退治された後、ディアーリーズは気絶したままのヴィータを優しく岩に寄り掛からせる。
「寝かせておけ。他にモンスターの反応も無いし、管理局の魔導師達が後で回収しに来るだろう」
awsはそう言ってから……近くの地面を刀で瞬時に斬り裂く。
「awsさん?」
「誰かが監視していたな」
awsの斬った地面から、一機の機械が出てきた。awsに一閃された為、既に故障している。
「監視……一体誰が?」
「さぁな。管理局上層部の可能性が高いだろうが、もしくは…」
時空管理局地上本部…
「あ~らら、監視してんのバレちゃったかぁ~…」
とある一室にて、一人の男が飄々とした口調で呟いていた。男の前には、awsが機械を壊した事で何も映らなくなった監視用のモニターがある。
「まぁ良いや、どうせバレてるだろうとは思ってたし……にしても」
男は口元がニヤリと釣り上がる。
「凄ぇなぁ……本当に凄ぇよなぁ~…!! OTAKU旅団の実力はよぉ~…!!」
「ヒヒヒ」と、男は楽しそうに不気味な笑い声を上げる。
「…おっといけねぇ、おっさんに連絡入れておかねぇとな」
男はとある人物に通信を入れる。
『誰だ?』
「私です。少々、面白いお話があるのですが―――」
管理局内部にて、不穏な空気は流れ始める。
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