No.611733

カエル一つのセカイ

日宮理李さん

戦姫絶唱シンフォギアGの今後の展開って、こんな感じになるのだろうか的なものを書いてみました。話数も残り僅か! たいへん続きが気になります。切歌ちゃんが可愛い。

2013-08-23 22:26:48 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3473   閲覧ユーザー数:3457

「ま、間に合わなかったというのか!?」

 翼たちの前で世界を破壊し、平和な世界を作るフロンティアへの入り口が開いた。

 漆黒の光が辺り一面に攻撃となって、降り注ぎ、その中心点で切歌が響の暴走モードのようにその姿を変えていく。その身体は漆黒色に染まり、その手には翠刃のイガリマだけでなく、紅刃のシュルシャガナ、二対の刃が生まれていた。

 神獣鏡、ソロモンの杖を使い完全聖遺物となった切歌。

「あはははは、これでフロンティアは発動。ひゃははははははは! 皆さんご苦労様! ははははは!」

 それは、ウェル博士による切歌へのLiNKER過剰投与が原因だった。

 ウェル博士の暴走を止めようとしたマリアと、調の手は届かず、

「ははははははっ!?」

 フロンティアがここに、暴走状態で発動していた。

 止めようとしたフィーネの心も、切歌の平和を望む声も、過剰投与されたLiNKERによる負荷暴走で、全て消え去った。自ら、神獣鏡、ソロモンの杖を取り組んだのだった。

 そして己が守護神、己がフロンティアへの誘い人へなったのだ。

「き、切ちゃん! もうやめようよ!」

 その力は強大で、凶悪だった。シンフォギア奏者が、四人揃っても、歯がたたないどころか、何一つ現状を変えられなかった。

「くっ、聖遺物の欠片だけでは完全聖遺物には到底及ばないというのか!?」

 シンフォギア奏者、翼、マリア、クリス、調は防戦一方で、ただ攻撃を凌ぐばかりだった。

 切歌の一撃で、二人。次いだ二撃で四人を上回る攻撃を放つ。寄生声を上げつづけていたウェル博士はその一撃を受け、満足そうな笑みを浮かべながら空高く舞っていった。

「切歌! もうわたしたちが戦う必要なんてない!」

「切ちゃん!」

「ひゃははははははは!」

 マリア、調の声は届かず、全てを切り裂く鎌となったイガリマが牙をむく。

「っ――、声が届かないの……!?」

 

 

 その様子を、モニターを通して静かに見守る二人の姿があった。

 そこは特異災害対策機動部が所有する潜水艦の隔離部屋。ソファーとモニターが置かれた机。そして小さな丸い窓があるだけの部屋だった。

「っ――」

 その内の一人は居ても立ってもいられなかった。すぐにでもその場に飛んで行きたかった。

 ――立花響。

 全てを風鳴司令から聞いて、その身の保護のために、隔離部屋に監禁されていたのだ。とはいえ、扉には鍵は閉まっておらず、完全な監禁ではなかった。

 師匠である風鳴弦十郎との信頼における、己自身での謹慎だった。

 

 ――これは信頼の檻なんだ。

 

 そう決意し、この場に留まっていた響であったが、傷つき、苦戦していく仲間の姿を見て、身体が落ち着かなかった。落ち着かせる方法も思いつかなかった。

 響の脳裏に浮かぶのは、『――私が戦えばなんとかなるかもしれない』という自覚だった。

 けれど、もう一度『シンフォギア』を纏えば、もう一度『S2CA』を使えば、一体どうなってしまうのか。

 響自身も風鳴司令から聞かなくても薄々気づいていたことだった。度重なる暴走、そして失った腕の再生。どう考えても人間がなせることではないと、知らない響ではなかった。

 そうだとしても、私は……

 仲間たちの叫びとともに、響の決意が揺らいでいく。

 隔離部屋の中に封じ込められている身ではあるが、変身してしまえばどうにでもなる。変身などせずとも、扉を飛び出して、翼たちの元へと駆けつけてしまうことも本来ならば可能なのだ。

「大丈夫だよ、響。みんなを信じよう」

 隣で同じように心配そうにモニターを見る未来の姿を一目見て、

「う、うん」

 響の胸の鼓動は高鳴りはじめだした。

 

 

 一人、また一人と暴走する切歌の圧倒的なパワーに振り回されて、まともに近づくことすらできなかった。

 翼の天羽々斬も、クリスのイチイバルも、マリアのガングニールも、調のシュルシャガナも完全聖遺物の前では簡単に弾き返されてしまう。

「ははははははっ!? DEATHよ?」

 鎌による一撃が、全てをかき消し、シンフォギア奏者たちの攻撃を相殺する。圧倒的なポテンシャルの差を見せつけていた。

「切ちゃん! いい加減目を覚まして!」

「やめなさい、切歌! マムも誰もこんなこと望んでいないわ!」

 調が叫ぶその声は切歌の耳には届かず、マリアの一声もイガリマと、シュルシャガナの双撃にかき消されてしまう。

「奏……わたしたちはどうしたらいいんだ」

 天羽々斬を杖に、立ち上がる翼はフロンティアが生み出した漆黒の空を見上げた。

「エクスドライブモードにさえなれれば、あんな奴今直ぐにでも――」

 クリスがメガデスパーティによる援護射撃をはじめ、それに続きマントを竜巻状態に変化させたマリアが突撃を開始した。

 

 

 ――みんなが頑張ってるのに、私だけここにいるなんて。

 響の瞳には、決意の色が鮮やかに咲き、立ちあがる決意を呼び覚ました。

「いかなくちゃ」

 そしてつぶやき、部屋の窓から外を見た。

 地上へと浮上している潜水艦の窓からは、暗い闇の世界が、遠く離れたその場所からでも確認できるほど、世界を侵食し始めていた。フロンティアの発動による影響だった。

 その力は少しずつながらも、確実に世界へとコマを進ませ続けているのだ。

「ダメだよ、響」

 響の手を、未来が静止させるために握りしめた。つらそうで悲しそうな表情だった。未来自身も響が迎えるかもしれない運命を知っているからだった。

 その未来を回避するために、風鳴司令からお願いされて、自分で決めて、翼たちからもお願いされたことだった。

「でもね、未来――、」

 響は優しくその手を握り返すと、

「みんながピンチなんだよ」

 そう微笑んだ。

 真剣でもう何も迷いがなくなった響がそこにはいた。それでも未来は、

「駄目だよ! わたしが今度は響を守る。守らせて!」

 叫んだ。響が死んでしまう未来は見たくなかった。

 一度そのことを体験したのだ。二度目は自分自身が壊れてしまうと、未来は思っていた。

「未来……」

 響は一瞬虚を突かれたような表情を見せたと思うと、首を振るった。

 そして、

「私は……、私がシンフォギアなんだ」

 未来の顔をしっかりと見て言った。

「響……?」

「切歌ちゃんに対抗するには絶唱の力……ううん、私の力が必要なんだ」

「で、でもそしたら響は……」

 その先を言うのが怖い未来は響から、視線を逸らした。

「大丈夫だよ、未来。私が帰る場所はここにあるんだ。未来が、みんなが笑ってられるこの場所が、私の場所なんだ」

 昔の記憶が蘇る響。

 ――どんなに罵られても、どんなに偽善者と言われてもいい。私はみんなを守るシンフォギアなんだ。だから、

「待ってて未来! 私を信じて!」

「響……」

 放すものかと、力強く握りしめていた未来の手が響から離れる。

「絶対だよ! 絶対生きて戻ってきて!」

「約束するよ。だって、未来との約束だもの」

 響は震えていた未来の身体を強く抱きしめた。

「――行ってきます」

「う、うん。行ってらっしゃい、響」

「~♪ ~♫」

 未来が見守る中、静かに響の身体が光り始め、シンフォギア・システムが稼働を始めた。

 

 

「艦内から、アウフヴァッヘン波形を観測! こ、これは!?」

 作戦司令室のモニターに浮かび上がった文字は、

「ガングニールだとぉッ!?」

 机を乱暴に叩きつける風鳴司令。

「――信じることにしたんです」

 作戦司令室の扉が開くと、未来が言い放った。

「行かせたというのか、友だちである君がか!?」

 風鳴司令は驚きと、罵声の混じった声で返した。

「わたしは響を信じたい。帰ってくるってそう約束してくれた」

 風鳴司令の頭の中を過ぎったのは、フィーネとの戦いでの響と、未来の繋がりだった。

「……わかった。信じよう」

「か、風鳴司令!? そ、それじゃ、響ちゃんは!?」

「響くんはわたしの一番弟子だ。教えることは全て教えこんだ。彼女が運命を受け入れて、行くと決めたんだ。OTONAの俺達が信じないで誰が信じるというんだ!」

 作戦司令室が静まり返り、全員が頷いた。

「……響」

 未来の見つめる画面では、ガングニールの力を開放した響の姿が、切歌たちのいる元へと飛翔していった。

 だが、ガングニールによって生まれた胸の傷は生命の鼓動を刻みつけるかのように、黄色い閃光、そして点滅という鼓動を告げていた。

 

 

「うおおおおおおお!」

 響の拳による一撃が、翼へと伸びつつあった切歌のイガリマによる一撃を吹き飛ばした。

「た、立花!? なぜ、ここに!」

「おい、おっさんどういうことだ」

『……響くんが自ら望んだことだ』

「はあ!? おい、お前! 自分が今どうなってんのか、知ってんのかよ!?」

「知ってるよ、クリスちゃん」

「だったら、帰れよ!」

 切歌への牽制攻撃をしつつ、クリスが罵倒する。

「ダメなんだ。切歌ちゃんを元に戻すには、完全聖遺物と一体化した神獣鏡とソロモンの杖を破壊して、フロンティアの発動そのものを止めるしかないんだ!」

「そんなことは、立花に言われずとも理解している!」

 翼が響の前に立ち、

「だが、立花がすべきことじゃない。もっと君は人のためにその生命を遺すべきだ。わたしが、わたしたちがアレを止める。それが防人としての役目だ」

 天羽々斬を片手に翼が響へと振り返る。

「……翼さん。ありがとうございます。それだけ聞ければ、私は戦えます。向かっていけます!」

「何を言っているんだ、たち――、」

 響の顔を見た翼が言葉をつまらせた。

「……もう決めたのだな」

「はい」

「わかった……」

「おい、お前らどういうことだよ!? いいのかよそれで!?」

「ありがとうクリスちゃん。私の力なら切歌ちゃんを止められる」

 その言葉に、マリア、調が切歌と距離を取り、響の近くへと着地した。

「ほんとなの? 切ちゃんを助けられるって話は?」

 調の言葉に頷き、

「みんなの力を私に下さい」

 両手を響はシンフォギア奏者全員へ、手を差し伸べるかのようにつきだした。

「まさか絶唱を……!? ダメだ、それでは君を本当に壊してしまう!」

「大丈夫ですよ、翼さん。だって、私のアームドギアは、『誰かと手を繋ぎ合う』力なんですから!」

「わたしの決意の甘さがこんな事態を招いてしまった。そんなわたしが貴女にこんなことをいうのはおかしいかもしれないけど、切歌を救って欲しい」

「……お願い、切ちゃんを助けて」

「大丈夫です。切歌ちゃんは必ず助けてみせます!」

「ひゃははははははは!」

 暴走した切歌は、フロンティアの発動により、漆黒の闇を生み出し続けながら、当たり一面に手当たり次第、双鎌の攻撃を加え続けている。

「……わかった。雪音、立花を信じよう」

「あぁもう! わかった、わかりましたよ。信じればいいんだろ!?」

「ありがとう、二人共」

「で、でも、死ぬんじゃないぞ?」

「あぁ、立花。死ぬことは許されないぞ」

 わかっていますという響の言葉とともに、シンフォギア奏者が全員頷きをうつ。

 そして五人のシンフォギア奏者による絶唱が始まり、

「――セットぉ! ハーモニクスッ!」

 

 

 周囲に眩い閃光、そして耳を劈く雷鳴音が轟くと、その中心地点には『何か』が立っていた。

「あれは……立花なのか!?」

 翼の目の前に立っている人物を響だと認識することが、翼にはどうしても出来なかった。その姿はもはやシンフォギア奏者の姿でも、暴走した姿でも、エクスドライブモードを発動させた姿でもなかった。

「まさか……」

 脳裏に過ぎった考えは、完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』と融合した櫻井了子――フィーネの姿だった。

「おいおい、あいつはどこいっちまったんだ!?」

 強烈な光とともに消えた響の姿を探すクリスは声を荒げた。

「――あれが立花なんだ」

「う、嘘だろ、おい!」

 クリスが指差す場所にしたその『何か』は、マントを翻し、二対のマフラーをなびかせながら、一歩、また一歩と切歌のいる方向へと進み始めた。

「あれじゃぁ、あいつが『ガングニール』そのものになったみたいじゃないか!」

 

 

「幾億の歴史を超えて――、」

 ガングニールそのものとなった響が歌を口ずさみながら、切歌へと攻撃を放つ。

「この胸の問いかけに応えよShine」

 拳を振りかざすと、虹色の衝撃刃が切歌へと飛んで行く。

「はははははっ!?」

 双鎌でいなそうとした切歌の身体が衝撃で、吹き飛ばされ、

「あははっ」

 新たな敵を歓喜する声をあげた。

 

 完全聖遺物を吸収した暁切歌と、聖遺物の欠片から聖遺物となった立花響。

 最後の戦いが、今始まりを告げようしていた。

 幾分の時間が経過しただろうか。

 依然として、周囲を武器の衝突音が雷鳴のごとく、

「へやっ!」

 空気を圧縮させ轟かせ続けていた。

「DEATH!」

 その音は二つの異質による相互の旋律。戦いのはじめから変わらず、鮮やかなハーモニーを奏で、リズムよく、時に激しいシンフォニーへと誘い続けている。

 一つは黒き姿へ姿形をかえ、フロンティアを発動させた――戦闘の女神『ザババ』と化した暁切歌。手にはイガリマと、シュルシャガナ。彼女の核となるのは、肉体へと吸収した二つの完全聖遺物、神獣鏡そしてソロモンの杖だった。

 対峙するもう一つは、皮膚全てを外骨格のように硬化させた存在。聖遺物の欠片が、自分自身が聖遺物となった立花響。その外骨格はガングニール本来のアームドギアを彩る純白を大部分、それと純金を合わせ、鮮やかに染め上げていた。赤のマフラーをなびかせるその姿は、騎士を錯覚させるものだった。だが、その外骨格は鎧ではなく、刀身。全てがガングニールである。

「はぁあああ!」

 マフラーをなびかせ、響は切歌へと跳んだ。それに応えるよう、

「ははっははは!?」

 切歌もまたイガリマと、シュルシャガナを手の甲、手のひらへと回し、また握り直し、その一撃を受け止めた。

「立花……」

 シンフォギア奏者を超えた戦いに、翼たちは力を貸すことも、言葉をかける暇もなかった。ただ、二人の姿を見ることしかできなかった。

「おい、空が――」

 クリスたちの見上げる空は、もう……知らない空へ変貌していた。

 闇を生じさせるフロンティアの発動は依然として、止まらない。

 

 

 未来たちの乗る潜水艦の空までもが、ついに暗黒と化していた。

 全てが闇に覆うまで、時間は刻一刻と、迫っていた。

「……響」

 作戦司令室で、未来はマリアより託されたセレナの壊れたペンダントを強く抱きしめ、響の、響たちの無事を強く祈った。

 ――絶対帰ってきてね、響。

 その側では、フロンティアの闇による影響で、月落下の詳細データを収集できなくなる事態が生じていた。

「いつからだ! いつからなんだ!?」

「わかりません! 何者かが情報を制御! ハッキングをしかけていたのだと思われます!」

「なぜだ! どうして、そんなことをする必要が――」

 憤怒する風鳴司令に、

「――それは本国による隠蔽でしょう」

 静かにその様子を伺っていたナスターシャがつぶやく。

「彼らは、彼らのみが助かるフロンティア――通称ノアの方舟計画が計画されていました」

「自分たちだけは、助かろうという算段だというのか!?」

 風鳴司令が声をはりあげる。

「しかしながらそれは無理でしょう。フロンティアがそれを決して許さない。あれはそんな生半可なものでは到底抗えないものなのです。わたしは……わたしたちはもっとはやくに、そのことに気づくべきだったのです」

 ナスターシャが静かにうつむいた。

「くそっ! 我々はまた響くんたちに頼ることしかできないのか!?」

 

 

 一方的に攻撃を加え続けていた響であったが、その身体は白い蒸気が見えるほどに、高熱を発し続けていた。

「へぁ!」

 周囲に高熱を放つたびに、攻撃力は上がり続けている。その証拠に周囲にはその爪痕がいくつも抉られたかのように残っている。

「――何度でも立ち上がれるさ」

 響はタイムリミットが近づいていることを、その力の鼓動と共に自覚していた。

 ――きっと自分は燃え尽きてしまうのだろうと。

 そうだというのに、

「はぁ……はぁ…くっ!」

 絶唱の三重唱『トライバースト』と同じ破壊力を持つ衝撃刃の竜巻を撃ち込んだはずが、イガリマとシュルシャガナが作り出した竜巻と衝突し、全てかき消されてしまう。

 響は優勢の一撃だと思っていた攻撃は何一つとして、切歌に効果がなかった。

「すぅ……」

 距離を取り、響は深呼吸して、自分を落ち着かせた。

 ――身体の奥底から力を感じる。どんな敵だってきっと倒せる。でも……それじゃぁ、ダメなんだ! どうしたら、切歌ちゃんを救えるの?

 焦ってはダメだと思っても、心は乱れるばかり――だから強く、強くイメージした。

 最強の槍。

 かつて自分を救ってくれた天羽奏のように、みんなを守るその力を。

 

 ――もっとガングニールを感じるんだ! 深いところまでずっと奥まで!

 

「っ――!?」

 ドクンと心臓の高鳴りが強くなった感覚が響を襲った。

「う、ががが、ががっ!」

 その感覚を響は知っていた。以前から響を襲い続けていた破壊衝動の波長だった。

「っががががぅ、くっ!」

 それでも、

「――どんな花が咲くのかなぁ?」

 響は歌い、また一歩を踏み出して、虹色の閃光と共に拳を切歌へと叩きつけていく。

「お、おい、あいつの身体!?」

「……立花」

 クリスたちが見る響の姿は、また変化しようとしていた。

 右手、左足、左手と切歌に攻撃していくたびに、純白が純赤に変化する。熱気を撒き散らし、変わっていく。

「あの馬鹿は……一体どこまでやるつもりなんだよ!?」

 クリスが耐えられず目を逸らした。

「雪音、目をそらさず立花を見るんだ! あれが防人としての立花のやり方なのだ……」

「お、お前! 馬鹿なこといってんじゃねーよ!? 自分の顔見てみろよ!」

「わたしの顔……だと!?」

 翼は自分の手が震えている事に気づき、誤魔化すように握り拳を作り、

「……それでもだ。それでもわたしたちは立花を見なくてはならないんだ!」

 翼は吠えた。響に何も出来ない自分の弱さに嘆いた。

「わ、わかってるよ!? でもな……でもな!」

 クリスはそういって、視線を響へ戻した。

「……赤い」

 調がそうつぶやく頃には変化は完了していた。

 響の外骨格は、純白であった部分を全てマグマのように真っ赤に染め上げ、更なる蒸気を撒き散らし始めていた。

「――咲き歌う……!」

 踏み込んだ響のスピードは、変化する前とは比較にならないほどに速く、その一撃は凶力だった。

「っ――」

 そのことによって、笑い寄生声をあげていた切歌の動きの余裕がなくなり始めた。笑う余裕すら与えないほどまでに――、完全に優劣の差を二度目の変化によって、手に入れたのだった。

 響による全身を使った全力攻撃に術もなく、後退していく切歌であったが、

「くぅ!?」

 一瞬の猶予。

「DEATH」

 響を襲った一瞬の破壊衝動による自己停止は、切歌に時間の猶予を与えてしまった。

「た、立花ぁああ!?」

 翼が叫ぶその先で、響の左手首が宙を舞っていた。魂を切り刻むイガリマによる一閃だった。

「んっ!」

 それでも響は諦めなかった。舞った左手首を自ら掴みとると、

「はぁ!」

 右手で切歌へと叩きつけるように投げた。

 好機とみなした切歌は、シュルシャガナによる追撃のために、

「ははははっ!?」

 イガリマによる防御の瞬間、爆発が生じた。

 響の左手首が爆発したのだった。

 

 

「ばく……はつだとっォ!?」

 その振動は、現場に近づきつつあった潜水艦を大きく揺らした。

「響……!? もう……いやだよ……」

 響を強く想い、握りしめていたセレナのペンダントは――、

「ひ、びき……」

 未来の言葉に反応するようにうっすらと点滅しはじめていた。それはやがて未来の姿を包み込み、

「おねが――」

 突如として未来と共に消えた。

 

 

「……っ、立花たちは!?」

 翼たちは、響が発動させた爆発によって吹き飛ばされていた。

 目の前に広がるのは、白の煙。それが先の爆発によるものなのか、響の熱気によるものなのか、翼には判断できなかった。

「違う……わたしはこんなことのためにやると誓ったわけじゃ!?」

 マリアが自分たちの行うとしていた現実を再度知って、悔やんだ。

「マリア……あいつを信じよう」

「あの馬鹿はどこいったんだ!」

 クリスが立ち上がり、煙の中を探そうとして、

「っ――」

 下唇を噛んだ。

 響の姿はすぐ確認できた。それは煙の中ではあっても、激しい赤の色を示していた。

 ――赤い獣がそこにいた。

「……立花。君は生きなければいけないんだ……小日向が待っているんだ」

 一振りの――、

「翼さん、わかってます。私には帰る場所があるんだって」

 何かによって、白の煙はかき消された。

 それは爆発によってイガリマを失った切歌による、シュルシャガナによる攻撃だった。右手でその一撃を受け止めた響は、アームドギアとして再構成しつつあった左手による掌底で、切歌を吹き飛ばした。

 

 

「こ、ここは……!?」

 未来は自分がいる場所がわからなかった。知らない世界にいた。

 星々が輝き、宇宙を泳いでいる――浮いている感覚がしていた。

『――マリア姉さんを助けてくれないかな』

 そのいくつもの星々が一つになって人の形を作り、声をあげた。

「あなたは……誰?」

 未来の目の前に、見知らぬ少女が未来と同じように浮いている。

『わたしは、セレナ。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。マリア姉さんの妹だよ』

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。未来の前にいるのは、死んだはずのマリアの妹だった。

「マ、マリアさんの!? でも、どうして?」

『ギアを纏って、みんなを助けて欲しいの』

 マリアが手を差し伸べてくる、その手の中には壊れたセレナのペンダントがあった。

「わたしにはできないよ! みんなの帰る場所を守ることしか――」

『大丈夫、あなたならできる』

「でも、このペンダントは壊れてるんじゃ」

『みんなの絶唱の力が、ペンダントに残ったわたしの残留思念に集まってくれたの。絶唱の力がまだ残ってたんだ。ほら――よく見て、あなたにならできるよ』

「えっ?」

 確かにそれはあった。

 セレナの手のひらの上には、『壊れていないペンダント』がいつの間にかそこにあった。

「でも、わたしにはどうしたら!」

『あの娘を助けたいんでしょ?』

「それは!」

『だったら、大丈夫。マリア姉さんを、みんなを救いたいわたしの心と同調できる』

「……本当にそんなことできるの?」

『できるよ。なんとかなる』

「……」

『それに考えてる時間はないの。あのままじゃ、あの娘もいずれわたしみたいに消えてしまう』

「……わかった。セレナさん一緒にいこう」

「ありがとう」

 セレナの頷きと共に、未来はそのペンダントをセレナの手ごと握りしめた。

 

 

「あ、あれは、ソロモンの杖か!?」

「あぁ、間違いねぇ! あれはソロモンの杖だ!」

「でも、一体なぜ……?」

 翼、クリスが見つめる先には、ソロモンの杖の砕かれた一部が落ちていた。

「――そうか!」

 その近くには、イリガマの欠片もまたあった。

「立花! シュルシャガナを壊すんだ! それでフロンティアは止まる! 奏者も殺さずにすむ!」

「……っ!」

 響がそれに頷くような素振りをみせて、加速し始めた。

 深く、より深い場所へ『アクセス』するようにガングニールの力を開放していく。

 

 ――私ト云ウ音響キソノ先ニ。

 

「ひゃはははは!」

 シュルシャガナを振り回し、それを阻止しようと切歌もまた動き始める。それは風を産み、竜巻へ変わり、鉄壁の攻撃を生み出した。

「っ――」

 加速した響と、竜巻となった切歌がぶつかった瞬間、

「いっ――、」

 竜巻は消滅した。

 左手による――風鳴司令直伝の発剄。

 それは竜巻を止めるのと同時に、防御させたシュルシャガナを、

「けぇええええ」

 次いで――腰を入れた右手のストレートにより、割った。

「ひゃははははは――あ」

 笑い声を途切らせ、切歌はその場へと倒れた。

「や、やったのか!?」「お、おい!?」「き、切ちゃん!?」「切歌!」

 響は倒れた切歌を見下ろし、砕けた神獣鏡があるのを確認すると、

「待て、立花! どこへ行こうというんだ!」

 響はみんなから距離を取り始めた。

 その背後では、切歌に駆け寄るためにマリアと、調が動いていた。

「し、らべ……? 何泣いてるデスか。それにマリアも……?」

 調によって、抱きしめられた切歌が目を開ける。

「き、切ちゃん!」「切歌!」

 マリアと調の声を聞いて、さらに響はみんなから距離を取った。

「おい馬鹿! どこ行く気だよ!」

「そうだぞ、立花!」

「――近づかないで下さい!」

 近寄ろうと翼とクリスの足が、響の叫び声で止まる。

「これで良かったんです」

 響の身体は熱気による影響なのか、真っ赤であった外骨格をまるで焦げた紙切れのように黒く染めていた。

「私の身体はもう臨界点を超えて、消滅します。だから……翼さん。みんなの近くにはいられないんです」

 熱気は依然として、まだ響の周囲を高温へ熱し続けている。

「そんなこと知ったことか! 立花生きるんだ! 生きてくれ、奏のようにいかないでくれ!」

 嗚咽混じりの声で、翼が叫び返した。

「ダメなんです。破壊衝動に身を委ねずに、いつまで正気でいられるかわからないんです。だから――」

 響は、一歩。また一歩と翼たちから離れていく。そして、

「もうさようなら、なんです」

 肩越しに、笑顔で振り返った。

 響の言葉通り、外骨格が臨界点を超え始めたのか、響の身体は崩壊を始めていた。各パーツを構成していた部分が燃えかすのように散っていく。

「お、おい……なんとかならないのかよ!?」

 

『響、またわたしとの約束破る気なの?』

 

 どこからか声がした。

「み、未来なの!?」

「ここだよ」

 響が正面に向き直すと、そこには光輝いた未来の姿があった。

 その姿は、シンフォギア奏者ではなく、普通の人間だった。

「ど、どうして――、」

 高温と化した場所で、平気な顔を見せている。

「み、未来……どうして!?」

「心配だから来ちゃった」

「えっ――」

「……嘘。これでおあいこだね。本当はこう――」

 未来が歌を口ずさみはじめた。

「あ、あれは、セレナのペンダント!?」

 それはシンフォギアを纏うための、歌。

 眩い光が収まると、そこにはセレナと同じシンフォギアを纏う未来の姿があった。

「わたしにもできることがあったの」

「み、未来ダメだよ!? そんなに近づいたら――」

「溶けちゃう? 大丈夫だよ。わたしを信じて」

 未来は響を抱きしめながら、絶唱を口ずさみ、

「み、未来、そ、その歌は!」

 二人を光が包み込んだ。

 絶唱による衝撃波が翼たちに襲いかかる。

「っ!? 立花たちはどうなったというんだ!」

「おい、アレみろよ!」

「た、立花!? 元に戻れたのか!?」

 光が収まった場所には、シンフォギアを纏う『二人』の姿があった。

「わ、私!? も、元に戻って! み、未来!」

「――おかえりなさい」

「ただいま!」

 響は、今度は自分から抱きしめた。

「……なぁ」

「……あぁ!」

 その二人の様子を見て、翼、クリスは駈け出した。

「本当にお前なのかよ」

「い、いはいよ、フリフはん」

 響の頬をつねって、本物であることに満足したクリスは、

「し、心配ばかりさせやがって!」

 つねるのをやめ、顔を響からそむけた。

「小日向くん。それが君の……防人としての力……なのか?」

 未来は静かに首を振った。

「違います。これはわたしだけの力じゃないんです。セレナさんの、みんなの力が集まって出来た力なんです」

「そ、それじゃぁ」

「もう多分同じことはできないね」

 未来が微笑んだ。響が安心して側にいられる場所がそこに咲いた。

「響はもう――」

「うひひひひひ、ハッピーエンドですか!? そうですか! それは良かったDEATHね!」

「ウェル博士!? 生きていたの!?」

 左腕を失った傷だらけのウェル博士が地面から這い出てくると、

「フロンティアは確かに失敗に終わりました。ですが――、」

 空を指差す。

「まだこいつが残ってるんですよ! ひゃはははははははは!」

 ウェル博士の背には、闇の空を掻き消し、大きな月が姿をあらわした。

「月の落下……!?」

「そうです! もうこれは何をやっても止められません。絶対の絶対! はははははは」

 

『――みんなで力を合わせれば大丈夫だよ』

 

 どこから聞こえた声は、光となって奏者たちを包み込んだ。

「セレ、ナ?」

「ち、力がふれてくるデス! これなら、いけるデス」

「これは一体……」

「セレナさん……ありがとう」

「なんだよ、またアレをやるってのか?」

「立花、大丈夫なのか?」

「平気です。わたしがいます」

「いやぁ、未来に頼りっぱなしってのは、心苦しいですが大丈夫です! いけます!」

 七人の奏者のエクスドライブモードが発動した。

 そして響を中心に虹の花が、空に咲いた。

 

 響たちの絶唱により、月は跡形もなく消滅し、この事件は幕を下ろす。

 ロストムーン事件、この事件はしばらくして呼ばれ始めた。

 月を欠いた世界が、新たな災厄をもたらすことになるとは、響たちはまだ知らなかった。

 

 ――バラルの呪詛はまだ続いている。

 


 
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