No.601217

小さな娘

娘の1歳半検診(?)にやって来たファリス。

2013-07-24 22:23:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:672   閲覧ユーザー数:670

「大きくなったね」

 ファリスの小さな娘を見やってばあさんは満足そうに笑った。

「背丈も目方も申し分ない。元気そのものだ」

「相変わらずやせっぽちだけどな」

 ファリスも言いながら笑う。娘はついさっき、おむつ一丁で身長計や体重計に立たされ、胸やおなかに聴診器を当てられて泣いていた。それがファリスに服を着せられた途端、きゃっきゃ笑いながら部屋の中を歩き回っている。

 

「あっ、わんわ!」

 娘が出窓で「おすわり」をしている大きな犬のぬいぐるみを指さす。白地に茶色のぶち模様の、耳の垂れた犬だった。

「ほんとだ。おとうさんみたいな犬だな」

 ファリスが娘に言いながらおかしそうに笑った。この犬の少し間が抜けた表情を見るたびにバッツを思い出して、ファリスはつい顔がほころんでしまう。

 ばあさんがぬいぐるみを手渡すと、小さな娘は世にもうれしそうに笑ってそれを抱きしめ、今度は真っ直ぐに体重計に向ってちょこちょこ走っていく。

 

「本当に元気だね」

「全然じっとしてないんだよ。こいつの親父に似たのかな」

「坊やは慎重派だったけどねえ」

「ほんとに、誰に似たんだか」

 娘は犬を体重計の上に押さえつけ、目盛りを見上げてぶつぶつとなにごとか呟いていた。やがて自分も体重計に乗ると、楽しそうに飛び跳ね始めた。

 

 ファリスが慌てて駆け寄って抱き上げると、娘は不服そうに「あー!あー!」と叫んだ。

「これはおもちゃじゃない。ぴょんぴょんはダメだ」

 娘と額を突き合わせ、ファリスが低い声で言う。娘はぴたりと黙り、にっと笑った。

 ファリスは笑い返すことはせず、黙って娘を膝に抱いて椅子に腰掛けた。向かいにいるばあさんを見上げて娘が笑う。ばあさんは、くつくつ笑いながら娘の頭をなでた。

 

「かわいい服、着せてるじゃないか」

「ああ、妹がくれたんだよ。せっかくだから、と思って」

 小さな娘は、膝にりんごのアップリケがある黒いズボンを穿き、淡い緑色のワンピースを着ている。裾には控えめなフリル、胸には小さなリボンが付いていて、清楚だがファリスの好みには見えない。それでも、ファリスのまなざしは優しかった。

 

「かわいいもんだろ、女の子も」

「うん」

 隙を突いてファリスの膝から滑り降りた娘は、ぬいぐるみを放り出して今度は書き物机によじ登ろうとしている。こら、なにやってる、と叱りながら娘を抱き上げるファリスを見て、ばあさんは小さくうなずきながら微笑んだ。

 

**********

 

 女だったらどうしよう、とファリスが口にしたのは、娘が生まれる3ヶ月ほど前だった。

「どうしようって?」

 穏やかに尋ねるばあさんに、ファリスは目立ち始めたおなかをなでながらぽつりぽつりと語った。

 

 自分は、女であることに嫌悪感や劣等感を持ってきた。もし生まれてくるのが娘だったら、成長して女になっていくのを見ても素直に喜べないのではないか。それ以前に、ことあるごとに「女だからって甘えるな」と不必要にきつく当たってしまうのではないか……。

 

「あんた、妹をいやだって思ったことはあるのかい?」

 ひとしきり不安を吐き出したファリスに、ばあさんは静かに言った。

「ないよ、一度も」

 真っ直ぐばあさんを見つめ返して答えたファリスは、「でも……」とすぐに目を伏せた。

 

「でも、妹はおれが育てたわけじゃない。ずっと生き別れで、もう一度出会ったときにはすごくいい子に育ってた。おれ、息子もちゃんと育ててやれてるのかわからないのに、娘だったらもっと、どうしたらいいかわからない」

「妹みたいな子に育てたいわけだ、理想としては」

「うん……」

 

「まあ、あんたの妹とそっくり同じってわけにはいかないだろうけど」

 驚きと、微かな不服が入り混じった目でファリスがばあさんを見ると、ばあさんはくつくつ笑った。

「情の厚いあんたと、子煩悩な連れ合いに育てられるんだ。少なくとも、悪い子にはならないだろうさ」

 

「……そうかな」

 呟くファリスの耳に、からっとしたばあさんの声が響いた。

「坊やが生まれるときにも言ったことをまた言うよ。生むのはあんただけど、育てるのはあんたひとりじゃない。むしろ、ひとりで育てようなんて思うんじゃないよ。あんたの連れ合い、妹、昔なじみ、隣近所。子供はいろんな人にかわいがられて大きくならないと」

 

**********

 

「そろそろ帰るよ」

 ファリスはばあさんを見てそう言うと、ひとりで歩きたがってぐずる娘を床に下ろし、小さな手をそっと握る。

「ありがとな」

 床に転がっていた犬のぬいぐるみをばあさんに手渡すと、娘を見おろして言った。

「ミルテ。ばあちゃんにバイバイしな」

 うながされた娘は「ばーばいっ」と言いながら、ばあさんに手を振った。日射しを浴びたひまわりのような笑みを浮かべていた。

 

「おとうさんとおにいちゃん、ごはん作って待ってるからな」

 手を振り返して見送るばあさんは、娘に話し掛けるファリスの声を聞いてもう一度微笑んだ。


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