No.589914

地獄への道

赤司さん

サークル関連で書いたもの。

2013-06-22 01:32:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:347   閲覧ユーザー数:346

 

 見渡す限り何もない荒野。灰色の岩肌と茶色い土がまだら模様を描き、その上を吹きすさぶ風はどこか埃っぽい。太陽の光ばかりが降り注ぐその荒野でも稀に植物らしきものを見ることもできる。が、そのほとんどが既に枯れて荒廃した地面を彩ることはない。

 そんな寂れきった光景の中に、ふとすれば見落としてしまいそうな程に周りの風景と同化した、けれど明らかな異物があった。

 地面に横たわる大きな長方形の灰色の分厚いコンクリートの台と、その側面についた上に上るための数段の短い階段。台の中央と四隅からは支柱が伸び下のコンクリートの台と同じくらいの大きさのトタンの板を支え、簡素な屋根にしている。

 その異物のそばを通るようにして走る一本の線路がそれが何かを明確に示していた。

 それは『駅』だった。

 路線図も時刻表もなく、線路の両先は地平線の彼方まで途切れることなく延びている。列車がいつ、どこから来て、どこへ向かっていくのか全て分からない、どころか列車がやってくるかどうかすら分からない。駅名もどこにも書いていない。それでもそれは『駅』としか表現できないものだった。

 

 

 『駅』に一人の少年がやってきたのは一日が終わろうとする、その直前だった。薄汚れた外套に身を包んだ、背が低くて、ともすれば少女に見間違われてしまうかもしれないような少年だった。彼の黒い髪も、灰色の外套も、手にする白いトランクも赤く染める夕日の中、短い階段をフラフラと上って駅に入った彼はそこでトランクに括りつけてあった寝袋を広げた。外套を脱いでクルクルと丸め枕代わりにすると、黒いシャツとベージュのズボンという出で立ちのまま、広げた寝袋に包まって、太陽と逆の向きを向き、その場で寝てしまった。

 やがて彼が寝息を立てるころには空は黒く染まり、淡く光る金色の月の光が彼を優しく包み込んでいた。

 翌日、朝の日差しで目を覚ました少年は隣に怪物がいるのに気がついた。その人間に似た体にやたらトゲトゲした輪郭のどこかユーモラスな顔を乗せた怪物は少年の隣でポツリと突っ立っていた。怪物の黒い輪郭は心音の様に定期的にぶれるのを繰り返し、少年は見ていて少し目がちかちかする気がした。

「こんにちは。あ、おはようございますの方がいいかもしれませんね」

 寝起きの表情でじっと怪物を見つめる少年に黒い模様のような線が幾つも走った顔で怪物はそう挨拶した。

「……おはよう、ございます」

 少年も一拍空けてそう挨拶した。

「えっと」

 少年は戸惑うように、困ったように眉をよせた。その様子は、起きたばかりでどういった状況なのかよくわかっていないように見える。

「寝起きのところ失礼しました。僕は一時間ほど前にここに辿り着いたモノでして」

 怪物がそこまで話したところで少年の目もようやく覚めたようで、頭を振りながらも寝袋から這い出て、たち上がった。

「こっちこそ駅の中でグースカ寝てて、入ったときにびっくりさせちゃいませんでしたか?」

「いえいえ、こんな所にある駅ですからね。その体では辿り着くまでに相当苦労なさったでしょう」

「……駅? 」

 少年はポカン、とした顔で周囲をきょろきょろと見回した。周囲をふらつく視線が線路の見える位置でピタリと止まった。

「あぁ、もしかして知らずにたまたまここに辿り着いたのですか? 」

「はい、僕は旅をしているんですけれど、たまたまこんな場所を見つけて、多少なりと雨風が凌げるならと思って」

 少年は申し訳なさそうな顔でぺこりと頭を下げた。

「いえいえ、そんな風に頭を下げる必要なんてどこにもありませんよ。ここにはあまり人が来ませんし。駅としてもあまり機能してませんですから。それより納得がいきました。この駅にやってくるには幾ばくかお若いようですから」

 怪物はにこやかな声で少年に答えた。一回、体のぶれ方が先ほどと違うぶれ方をした。もしかして笑顔を表現しようとしたのだろうか、と少年は思った。

「あなたのような方がいるだけで、ここも少しはマシになるのでしょう」

 怪物の声が暗くなり、何かを懐かしむような、遠くを見るような、そんな声音になった。

 しばらく二人は駅から見える荒野の灰色で無味乾燥な地平線を意味もなく、眺めた。

「ところで、この駅は一体どこへ向かう列車の駅なんですか? 」

 更にしばらくした後、少年は怪物にそう問いかけた。

 気の良い怪物はすぐに少年の問いに答えた。

「あぁ、この駅はですね、私みたいなモノの為に存在しているのですよ。ある種の救済措置ともいえるかもしれないですね」

「あなたのような、と言うのは……つまり怪物たちの、と言う事ですか? 」

「ちょっと違います。私も今はこんなですが、昔は神というのをやっていましてね」

 怪物のその言葉に、少年は驚愕の表情を浮かべた。

「私たちは、まぁ簡単に言ってしまえば死なないんですよね。不老不死、というより無老無死、ようは不滅に近いかもしれません」

 怪物は輪郭をジリジリと一定の間隔で歪ませながら話しを続ける。

「ですから、もうどうしようもないくらいに絶望しても、死を選べないんですよ。だからと言ってそれを忘れるために狂ったりなんかしたくないんです」

少年はもしかして怪物のこの姿は狂う寸前にいる為のモノではないかと思った。

「そんな私たちを、死ねない私たちを直接あの世というものに送ってくれるのがこの駅に来る列車なんです」

「……」

 少年が何を言えばいいのかわからないままに俯いて黙っていると、汽笛のような音が聞こえてきた。

 ふと顔を上げると、いつの間にかそこには列車が止まっていた。赤塗りで黒と緑のラインが入った長方形の四両編成の列車だった。

 その二車両目の二番目のドアを開けて怪物は言った。

「それでは、お達者で」

 列車の運転席の方に付いているベルがけたましく鳴り、汽笛が鳴り、そして列車は消えた。

「……線路、必要ねぇじゃん」

少年はポツリと言葉を漏らした。

 

 

 この荒野ばかりの世界に人が生きていけているのは『神』と呼ばれる超常の存在が『箱庭』と呼ばれる人々の暮らしていける環境を作り出していたからだった。しかし近年、『神』が唐突に姿を消すという現象が多発している。それに伴い『箱庭』も多くが失われ人々はその数を減らしし続けている。一説によれば『神』は絶望していなくなるのだといわれている。しかし、彼らが何に絶望しているのか、それは誰にもわかっていない。

 

                                   

 

 
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