No.572523

ほむら「捨てゲーするわ」最終話

ユウ100Fさん

ほむら「捨てゲーするわ」最終話前編( http://www.tinami.com/view/555459 )からの続きです。
一話完結の短いギャグシナリオ考えていたのにどうしてこうなった…な最終話です。ギャグがほぼ皆無で設定無視多数ありだと思われますが、最後まで見逃してもらえたらって。
七話くらいで終わろうと思ったくらい結構ご都合な部分もありますが、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
【宣伝】後日談は電子書籍として頒布予定です。配布方法は未定ですが、配布開始の暁には是非お手にとって下さい。また、挿絵の追加と大幅なシーン追加も予定してます。一度全部読んだ方にもオススメです。

2013-05-03 21:02:01 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:6252   閲覧ユーザー数:6205

 

『現在、太平洋沖では異常な気象の変化が見られ―』

 数日後。

 せっかくイレギュラーな周回なのだから…と淡い期待も少しは抱いていた私を裏切り、律儀とも言えるワルプルギスの夜到来の予兆がやって来た。

「やーねぇ、このままだと季節外れの嵐になるかも…」

 今ではすっかり居着いているマミが、朝食を摂りながらテレビの天気予報に愚痴っていた。嵐みたいな可愛いものならいいんだけどね…。

 そう、二日後に訪れるであろうソレは、嵐のように人間が何とか立ち向かえるものじゃない。

「…何だか、怖いですね。ここまで異常だと、嵐どころじゃ済まないかもしれません…」

 意外な事に、魔法少女でもない織莉子が一番に異変を察知した。彼女の場合はその学からの推測でしょうけど…これで魔法少女で私と敵対しないなら、戦力としてアテになるんだけど。

「お洗濯、部屋干しすると臭うんだよねぇ…みんな、晴れてるうちに洗濯物は出してねー」

 はーい、とすっかり家事担当として発言力をもったゆまちゃんの呼びかけに、全員が規則正しい返事を返した。そもそも、洗濯するどころか避難することになるんでしょうけど…少しだけ、私は和んだ。

「みんな…悪いのだけど、今日の夜に大事な話があるの。用事があっても、優先してほしい」

「あん?…珍しいな、あんたがそんな風に改まるなんて。まあ、どうせアタシは暇だけどよ」

「あんこちゃんに同じく。まあ私は学校以外は織莉子と一緒に居るから、ここに居るのは必然でもあるんだけどね?」

 口々に了承の言葉が出てきて、とりあえず一安心。

 まあ、みんな訳ありみたいなものだから四六時中私の家に溜まっているんでしょうけどね…今はそれが好都合だ。

「みんな集まるの? まどかおねえちゃんとさやかおねえちゃんも来る? ご飯の用意どうしよう?」

「…あの二人は来ないわ。今この場に居る人たちだけでいい」

「…真面目な話みたいね。いいわ、もちろん付き合うわよ」

「ま、マミさんがまともに戻った!?」

「失礼ね! 誰も『よっしゃ、これで今日もお泊りの口実が出来たわ!』なんて思ってないし、私はすこぶるまともよ!」

「まともじゃなかった…」

「というか、あなたすでにいつも自然に混じっているじゃない…」

 私の雰囲気に同調したマミはいつになく真剣…だったけど、杏子の期待に満ちた視線にあっさりと本音が漏れた。もう、わざとやってるんじゃないかしらこの人。

 ちなみに、まどかと添い寝してからマミは毎日家に来て泊まっている。まあ私も本音を漏らすならそこまで嫌っていうわけでもない…今では。

…それに、これから先の事も考えれば、マミの精神面のケアも大事でしょう。だから、特に問題はない。

 私には、今ここに居る人…魔法少女もそうじゃない人のも協力が必要なのだ。

 思えば、今まで私がやってきたこと…それは全て、この時の為の布石だったのだ。

(…なんて言えるほど準備万端でもないのだけどね。でも悪い状態ってわけでもない…)

 好き勝手やっていたら、結果が出てきただけで。

 それが、どんな形で結末を迎えるのだろう?

 私は前の周回とは比べ物にならないくらい人間らしい朝ごはんを食べながら、久しぶりに戦いの事を考えていた。

「…これで全員ね」

 夕食を終え、各自が居間に集合した時点で私は自分に言い聞かせるとようにそう呟く。

 ちなみに夕飯はミートスパゲティだった。美味しかったわ。

「お茶の用意、できたよー」

「ゆま、いつもありがとな」

「んー、これは…アッサムね!」

「え、これって私が持ってきたリプタンのインスタントだけど」

「でも美味しい…お茶って一緒に飲む人がいると美味しくなりますね」

…今からする話で考えると多少緊張感が足りない気もするけど…まあいいでしょう。とりあえずお茶を一口飲んだ。

 あ、結構美味しいわねこれ…マミがそれなりの茶葉かと勘違いするのも分からないでもない。そのマミは顔を真っ赤にして「いや最近自分でお茶を淹れてないし?」と言い訳をしていた。あれだけ紅茶にこだわっていたこの人がここまでだらけるのも珍しい。

 っと、話す内容を忘れるところだったわ…気を抜きっぱなしの周回だったせいで、私の頭はすっかり遊び脳だ。

「…二日後に、この街にはワルプルギスの夜が訪れるわ」

 切り出しをどうしようか一瞬悩んだけど、それを考えるのも面倒だったので、本題からまず入る事にした。

「!…なんで分かる?」

「ワルプルギスって…あの伝説の?」

 杏子とマミは予想通りの反応を返してくれた。それもそのはずで魔法少女をある程度しているなら人伝にでも耳に入る。

 それまでのリラックスした空気から一転して、杏子もマミも神妙な顔で私を見てきた。

「わる…何?」

「ヨーロッパのお祭り…じゃなさそうですね…」

 そして魔法少女であるはずのキリカはきょとんとしており、織莉子は無駄に豊富そうな知識を引っ張りだしていた。もちろん違うけど、あの魔女の笑い声と行動はお祭りのつもりかもしれない。

「…信じてもらえるかどうか分からない。でも、何故私がそれを知っているか…そして今からする事、その目的を話すわ」

 ここで本来なら誰かから茶化すような発言が出てきてもおかしくないのだけど、私の雰囲気を全員が珍しく、本っ当に珍しく察してくれたのか、すんなりと話す事が出来た。

「…マジかよ…」

「…暁美さんが、未来から来てたなんて…」

「ほむらおねえちゃん、そんな事が出来るんだ…」

「にわかには信じがたいけど…私達の事を知っていた理由には合致しますね…」

「織莉子が信じるなら…と言いたいところだけど、さすがの私も驚きを隠せないよ。盾には色々入るみたいだし、さながら二十一世紀から来たと言っても不思議じゃn」

「…まあそういう事なの。悪いけど、信じているかどうかは別として話を続けさせてもらうわ」

 私の目的を聞いた全員は各々言っている事は違えど、同じように驚きを隠せないようだった。

 ちなみにもちろん盾の中に不思議道具があるわけではない。

「…本当なら、この周回は捨てゲーするつもりだったんだけど、色々と事情があるの。私はワルプルギスの夜と戦うから、今ここにいる魔法少女のみんなに、力を貸してもらいたいのよ」

 そう、本当に諦めて憂さ晴らしをする事しか考えていなかったんだけど、私は本来の目的にも向き合う事にしたのだ。

 今更都合がいいとは思うし、そこまで準備をしていない(むしろ準備している時より生存者が多いのは何とも言えない)けど、逃げるわけにはいかなくなったのだ。

 そもそも失敗したらまた次の周回に向かうのだから、逃げるという選択自体が本当は無いのかもしれないわね。

 私の繰り返しは猶予みたいなものかもしれない…今更ながらに、自分のやっていることの意味を考えていた。

「待った、色々と聞きたい事はあるけど…一つ、いいか?」

 私が言い終わるとすぐに口を開いたのは、真っ先に…一応エイミーの次だけど、ここに連れ込まれた杏子が口を開いた。

 私の突拍子もないカミングアウトの後ですぐに質問する事を思い浮かべられるのだから、相変わらず精神面の安定感が強そうね。協力してくれれば、頼りになるのは間違いないけど…。

「…そうよね、確かに好き勝手していて、いきなり戦えなんて都合がいいわよね…」

「いや、それは別にいいんだけどよ…捨てゲーってどういう事だ?」

 意外にも私のお願いをすんなり受け入れてくれた…のはいいのだけど、まさかその言葉を私に教えた人に質問されるとは、なんというか因果というやつかもしれない。

 別の周回での出来事とは言え、変な気分だった。

 §

 

『…っあー! あんたが邪魔したせいで、パーフェクト逃しちまった!』

 とある周回、杏子の説得にゲームセンターに来ていた私はゲーム中の彼女に話しかける。

 ダンスゲームという事で手が塞がっているわけでもなし、話しかけても大丈夫だろう…と思って後ろ姿に声をかけたら、珍しい事に体制を崩し、どうやらミスをしてしまったらしい。

『…人のせいにしないでもらいたいんだけど』

『うっせえ! あー、やめだやめだ! 捨てゲーすんぞ!』

 そう言って杏子はコントローラーにもなっているボタンが設置された台の端に座った。ゲーム画面ではまだ演奏が続いていて、杏子がなんのアクションも見せないのでMISSという文字が延々と流れていた。

 杏子はすでに画面に見向きもせず、不機嫌そうにロッキーを齧っていた。

『まだ続いているみたいだけど…』

『捨てゲーって言ってんじゃんねえか。パーフェクトにならないのにもう意味は無いっての…はぁ、ハイスコアを塗り替えるならミスは出来ないのによ』

『捨てゲー…か』

 私だってその言葉の意味が分からないわけでもない。でも自分の状況に当てはめた時、少しだけ感慨深くもなる。

(パーフェクト…まどかを救う、その為には脱落者も出してはいけない…ふう、この周回ではすでに美樹さやかが魔法少女になっているし、杏子だったら諦めるのかしらね…)

 私がやっている事はゲームじゃない。そんな生易しいものじゃない。

 でもやり直せる…つまりコンティニューは出来る。

 少しばかり、彼女の言葉は身に染みる思いがした。

『…ゲーム中に疲れてしまって休むのも、捨てゲーになるのかしら』

『どうだかねー。まあアタシはどうにもならないのに無理して続けるくらいなら、いっそその勝負は捨てるね。完璧を求めるんなら完璧にならないと思った時点で無意味になるっしょ?』

『…そう、ね』

 くらり、と一瞬だけ頭が重くなった。ゲームセンターの騒音のせいではない。

(…甘えなんて許されないのは分かってる…でも、私は…)

 杏子の言葉が引き金になって、私は今も含めた周回での有様を思い出す。

 もうこの周回は、今までの傾向で言えば完璧には成り得ない。

 そして、今までも同じ。最後までまともにたどり着く事も無くて、完璧じゃなくても足掻いて…。

 気が遠くなった。

 あと、どれだけ私は…完璧にならない、捨てゲーを最後までプレイし続けるんだろう?

『…なんだよ。いきなり邪魔しておいて、そんな面して…グリーフシードなら分けてやんねえぞ』

 言っている言葉自体は気遣いなんて微塵も感じられないけど、一応は私の様子を見ていたのだろう。杏子は、ぶっきらぼうに私の様子を吐き捨てた。

『…大丈夫、よ。それよりも話したい事があるの』

 私は多分、次も同じ事を繰り返すだろう。

 精神が、心がギシギシと悲鳴を上げている気がした。音なんて聞こえるはずない部位なんだけど、あらゆるものが軋んで見える。

 そしてこの心は次の周回に受け継がれる。

 最初からこの軋みを残して。

 より病んだ精神を育み、より悪い状況で始まる。

(…もしも今回もダメだったら、次は…)

 もしも、なんて言っているけど、それは現実になるだろう。

 それを知っていて私は言い訳を作る。

 

 そして、病院で目覚めた時、方針は決まった。

 

「捨てゲーするわ」

 §

 

「…本当だったら、この周回は…私は、ワルプルギスの夜とは戦うつもりはなかった」

 私はかつてあった過去を思い出し、絞り出すように言葉を紡いだ。

 多分、私が今から言う事は…協力を頼めるような人間の言葉じゃない。

「今更都合が良いのは分かってる…でも、まどかを…私を受け止めて、救ってくれた今のあの子をみすみす放っておけないの…だから、みんな…お願い、力を貸して」

 それでも私は諦めるわけにはいかない。

 まどかも、まどかを救うために必要なみんなの協力も。

(…最悪の場合、手伝ってはもらえなくても…この街がただでは済まない以上、連携はできなくても戦いはするはず。そうすれば、勝機は)

「…うっし、分かった。アタシは乗らせてもらうぜ」

「…え?」

 みんなからの罵詈雑言を予想し最悪のケースを考えていた私の耳に届いてきた言葉は、杏子の承諾だった。

「ふふ、佐倉さんだけ格好をつけさせるわけにはいかないわね、先輩的な意味で…鹿目さんの事ばっかり言うのは気に喰わないけど、目をつぶるとするわ」

 マミも同じだ。不敵な笑みを浮かべるその顔には、すっかり炭酸が抜けたサイダーのようなぬるい表情は浮かんでいない。言葉とは裏腹の、真剣で頼り甲斐がある…巴さんだった。

「おっと、私もこういうノリは嫌いじゃなくてね…それに恩人に借りを返せるいい機会とあらば、一枚噛むのもやぶさかじゃない」

 そして織莉子以外に興味を示さないと思っていたキリカまで…私を見ながら、好戦的で物騒に口元を歪めていた。

「そうと決まれば、私も…何も出来ないかもしれないけど、作戦会議に加えてもらえますか? 鹿目さんの契約を妨害するくらいはやらせて下さい」

「ゆまも! まどかおねえちゃんにけいやくはさせないよ!」

 魔法少女でないゆまちゃんに織莉子も協力の意思を見せている。

…あれ?

 おかしいわね、あんな真相を話したのに非難が全くない…そりゃ罵られるのが好きってわけじゃない(まどかならまんざらでもない)けど、こんなにあっさり?

「よーし、そうと決まったら…」

「あ、あの…ちょっといいかしら?」

「なになに、暁美さん? まさか今回はすっごい作戦でもあるの?」

 何だか乗り気のみんなに私は恐る恐る話しかける。

 なんというか…怖かった。

 今までの周回において乗り気での承諾なんて一度もなく、大抵は仲違いをして拒否されるか、せいぜい杏子と利害の一致で組むか…それだけだった。

 私は、ここまでやる気に満ちたメンツと話し合った事はない。

 それが嬉しいよりも…怖かった。

「…なんで、協力してくれるの?」

「これはまた面妖な事を言う恩人だね。君は協力を求めた、私たちはそれに応じた。それ以外に何があるんだい?」

 当然、と言わんばかりにキリカは言うけど…私が求めることの大きさに対比して、私がしてきた事が許されるとは思えなくて。むしろ、協力してくれる現状が不自然だろうと思う。

「だ、だって…私が繰り返してきた中でしてきたこと、聞いたでしょ?」

「ああ、聞いた。アタシとあんたは利害の一致で組んで、それ以外のなんでもなかった…でも今は違う、そうだろ?」

「私は暁美さんを思いっきり敵視して、それで死んで…酷い時なんか錯乱してみんなを殺そうとしたんでしょ? 許してもらえるなんて思わないけど、その分今の私は命がけで戦うわ」

 杏子とマミは全てを聞いても私に憎しみなんて見せずに…むしろ屈託の無い笑顔を見せた。

「私と織莉子は世界を救おうとして、共に死んだ…うん、私達らしいと言えばそうだろうし、織莉子がそうしたいならそうするけど…そんな必要、今は無いでしょ?」

「もちろんよ。私は、生きる。生きて自分が生まれた意味を…誰も犠牲にせずに世界を変える、そんな方法を考えたいって思う…ううん、思うんじゃなくて実行します。それが暁美さんとの約束だから」

「ゆまも…ゆまは一番こどもだけど、でもキョーコとほむらおねえちゃん、それにみんなが大好き。だから、出来る事をがんばる!」

 イレギュラーだった三人まで、私を否定しない。全員の目的が寸分違わず同じである事を、私に伝えてくる。

「みゃ~ん♪」

 思えば最初の同居人である、エイミーは…私の膝に頭を擦り付けてきて、高い声で鳴いてきた。すっかり飼い猫の行動と同じ。

「…てよ」

 喜ばしいことなのに。

 ようやく、終わりが見えてきたのかもしれないのに。

「…どうしてよ!?」

 私は大きな声で疑問を叫んだ。自分でもなんでそんなことをしているのか分からない。冷静だと自分に言い聞かせてきた性格なんて、どこにもない。

「なんで、なんで協力してくれるの!? おかしいでしょ、この流れは!」

 おかしいのは私の頭なのに。

 でもそんな事も考えられないくらい頭がごちゃごちゃになって…目の前の信じれない光景への驚き、今までずっと思うようにいかなかったのに急にまとまり出したみんなへの疑心…そして

「私は、あなた達の事なんか考えず、自分勝手にしていたのよ? それなのに、ワルプルギスの夜っていう死ぬ可能性が高いような相手と戦えって言ってるのよ? なんで戦えるの? みんなの言葉を信じられると思っているの?」

 自分がしてきた事への後悔が、今更ながらに押し寄せてきた。

 私は今、最低な事を言っている。自分が好き勝手していて信用されないと思っていたから、それで信じてくれるって言ったみんなを疑って、怖くなって…喚いている。

「なんで、なんでなのよぉ…私は、みんながどうなるかなんて考えず、捨てゲーしようとしてたのよ…協力してくれるって言われたって、納得なんかできるはずないじゃない…」

 自分で招いた事で、自分でどうにかするしかないと思って…。

 ああ、私は結局捨てゲー周回でも同じだったんだ。

 もう誰にも頼らない。まどかを救うことだけが最後に残った道標。

 だからその為に、一人で好き勝手しようとして…一人で満足しようとしていた。

 だから、みんながここに居ても、どんな事を言っていても、信じられない。

「ほむら、顔を上げな」

 吐き出すだけ吐き出して私は俯き、必死に涙を堪えていたら、杏子に肩を掴まれたので恐る恐る顔を上げて向き合う。

 殴られる…かと思ったら、杏子の顔はひどく穏やかだった。

 この子はもしかしたら、何事も無ければ本当にシスターになれていたかもしれない…私の幼稚な懺悔を何のためらいも無く受け止めて、それで尚何かを伝えようとしている顔だったのだ。

「捨てゲーっていうのはさ、そのゲームにこれ以上得るものがない奴が、諦めて行うもんなんだ。ほむら、あんたは今生きている世界から何も得られないって思うのか? あんたは本当に何もかも諦めちまっているのか?…違うだろ?」

 杏子の言葉も口調もトゲトゲしさは全くない。嫌味も皮肉も全く混じっていないそれは…説法、というやつなのかしら?

「あんたはここで生きたいだろ?…少なくとも、アタシはゆまにマミさん、それにみんなを救ってくれた暁美ほむらが生きている世界が嫌いじゃないよ。それこそ諦めて捨てゲーばっかしてたアタシなんかでもさ、そう思えるんだ。あんたにとっての今の世界は通過点でしか無かったとしても、アタシは…あんたにエンディングってやつを迎えて欲しいんだ」

「…何よそれ…ほとんどあなたのわがままじゃないの…」

 杏子の言っている事は要は「アタシはこの世界が好きだから、アタシの為にも諦めるな」という事だ。私の事を想ってかどうかすら微妙。

 でも…私の指摘に「そうかもしんねえ」と笑っている杏子を見たら、何だか毒気が抜かれてきた。

 さすがは捨てゲーの伝道師、私に『ただの通過点』として見過ごす事を諦めろと言うなんてね。捨てゲーに慣れている子だけあって、捨てゲーかどうかのタイミングが分かるのかしら。

「ゆまも同じだよ。キョーコが嬉しそうに笑うようにしてくれたほむらおねえちゃんが大好き。だから、ほむらおねえちゃんを困らせる世界なんてやっつけてやる!」

「うふふ、一番小さな子が頑張るのに、お姉さんが頑張らなくて良い理由は無いわね? 決戦に備えて必殺技、増やしておかないと!」

「織莉子が居る街を滅茶苦茶にしようなんて、いい度胸をしている間女だよ全く。少し痛い目を見せてあげないとね」

「みんなが居る、でしょ? 暁美さん、私は魔法少女ではありませんけど…本当に、なんでも言ってくださいね」

 口々にみんなは私を急かす。全く、居候の分際で家主を急かすなんて…本当に、自分たちの立場をわかっていないらしい。

 そう、みんな私に巻き込まれたのに、私に喜んで力を貸してくれる。

「…分かったわ。まず、一言だけ」

 だったら、私はみんなを騙し続けるだけだ。

 まどかの言う良い人であり続けてみよう。

「全員、必ず生きて帰る…これが出来ないと思ったら、私はさっさと繰り返すわ。そこのところ、よろしく」

「ちっ、生きるか死ぬかわかんねえのにまたハードル上げやがって…」

「とか言いながら嬉しそうね佐倉さん? まあ私も、暁美さんにアレしたりコレしたりするまでは死ぬつもりなんて微塵も無いけど」

 私の言葉に二人はずっと自信に満ちた顔を崩さない。

 そこには絶望なんて無い。魔法少女が戦いを決意した時の、最初の世界のまどかと同じ顔だ。

「やれやれ、織莉子以外も守らないといけないとなると、久々に骨が折れそうな戦いだよ」

「うふふ、すっかり守る気になってるくせに…ゆまちゃん、鹿目さんは私達で守りましょう?」

「うん!」

 三人だって、私の膝で寝ているエイミーだって。

「…死ぬんじゃないわよ、絶対。まどかが悲しむもの」

 私はこの悲しみを回避できても、まどかは回避できないから。

 だから私は。

§

 

「…なるほどね」

 ほむらたちが盛り上がるアパートの上に一匹、白い猫のようなしなやかなシルエットが立っていた。

 猫のような、と形容したのはそのままの意味だ。

 猫というにはあまりに異質な…両耳から伸びた触手が、この地球に存在する四足歩行の動物とは異なる姿を作っていた。

(時間遡行者か…それなら僕の身の回りに起こった事も納得できる。散々邪魔されてきて、正直星に帰りたくなったけど…良い事を聞いたよ)

 たっ、という音も聞こえずに獣は駈ける。

(これはまどかに契約を迫るには最高の材料だろう…後はふたりきりになるチャンスを見計らえば…)

 ただの動物であれば可愛げもあっただろうが、その内面は効率という名の打算に満ちていた。

 契約を強制することはできない。ならば、向こうからお願いされれば良い。

(暁美ほむら、君には今まで悩まされていたけど…最後に勝つのは僕達のようだよ。まどかには魔法少女になってもらう)

 屋根から地面に着地し、再び駆けた時には白い姿は闇に溶けていた。

 決戦は、近い。

 それがほむらのものとなるのか、侵略者のものとなるのか。

 それを知るのは、全ての世界を束ねる神くらいのものだろう。

 §

 

「そして私たちは夜を越えたというわけだぁ!」

「まだ終わってないから肝心な部分をごまかそうとしても無駄よ」

 ちぇー、と不貞腐れてキリカは足元の石を蹴る。決戦を前にしてリラックスしているのはいいけど…本当にそうなら良かった冗談はやめてほしい。

 今だってワルプルギスが「やっぱ別の国行ってくるわwww」と進路変更してくれるのを願っているくらいなのに…。

「…風の流れが変わった…このプレッシャー、骨が折れそうね。でも円環の理を覆した私は屈する事は無い…ぶつぶつ」

「マミさん、結局そのノリは変わらないんだね…まあある意味安心するけど…」

 確かにワルプルギスの夜到来で随分と風が不快なものに変わっているけど、マミが見ているものと私が見ているのは、別物かもしれない。

 杏子の言うとおり、いつも通りで安心ではあるけど…戦闘中はせめて、妄想は控えてくれるとありがたいけど…。

「みんな、そろそろ来るけど…覚悟h」

「この戦い終わったらどうする? 私はこの前みたいにデニーズ行きたいわ」

「織莉子も気に入ってたし、いいと思うよ。あ、でも…露店のクレープにシロップマシマシで食べたいんだよなぁ…」

「絶対病気になるぞそれ…まあアタシもあそこのクレープ好きだし、デニーズの後はクレープ、さらにゲーセン行こうぜ」

「佐倉さんだって散々甘いもの食べてるくせに…それで太らないとか許されないわ…」

…緊張してないのはいい。

 だけど、一応決戦前だし、経験者でもある私の言葉を遮るのはちょっといただけない。

 いや、私がもっとはっきり喋ればいいだろう。

 

 ⑤

 

「私は、例え今やっぱり命が惜しくなって逃げようと思っても、止めh」

「いいねゲーセン! 私は織莉子が物欲しそうに見てたぬいぐるみの新シリーズを取ってあげるんだ!」

「あー、アレなぁ…あそこの店って人気があると分かると途端にアーム設定弱くするんだよな。そのぬいぐるみやばいんじゃね?」

「マジかい? 全く、無粋な事をする連中だね…まあ愛の前に不可能は無いよ。最悪閉店後にでも失礼すれば」

「呉さんが言うと冗談に聞こえないわよ…でもみんなでまたプリクラ撮りたいわね。一人じゃないプリクラなんて初めてだったもの…」

 マミ、まさか一人でプリクラ撮影を…いや、そうじゃない。

 何故今になってここまで雑談が加速するの。私の言うことを聞きなさい。

 

 ④

 

「とにかく、今ならまだ間に合うし、もう一度聞くわy」

「あー、でもマミさんはもうぶら下がり禁止なー。結局レールが歪んでたし…ぷっ」

「ちょ、佐倉さん今笑ったでしょ!? あの店の保守点検をまずは注意すべきだわ!」

「いやぁ、あのプリクラは新機種って書いてたけど? 牛さんの胸の重量に耐えかねたと思えば勲章だよ?…くくっ」

「呉さんも笑ったわね!? この日の為に考えた超必殺技が暴発してもいいのかしら!?」

 必殺技を考えてきたのはいいわ。やる気があるんだろうし。

 でも作戦の大部分を考えていて、尚且つ最後の選択を迫っている私の言葉をここまでスルーなんて、さすがにそろそろ語気も荒くなる。

 

 ③

 

「…ここから逃げたいと思うなら! 私は軽蔑なんてしないかr」

「超必殺技(笑)。それは果てしなく期待だね…私が命燃え尽きるその時までの笑い話の種を提供してくれるなんて…」

「なんで笑い話前提なのよ! 力強さと美しさ、そして決意がこもった技なのよ! もしかしたら一撃ノックアウトよ!?」

「それなら楽でいいけどさー…マミさんが前に…ほら、昔弟子入りしてた時の…魔弾の舞踏?だっけ? あれ最後の方くるくる回りすぎて気分悪いって言いながらぶっ倒れてなかったっけ?」

「いつの話よそれ! あの後佐倉さんと別れてからその悲しみを特訓にぶつけて、完成型になったんだから! 何なら今踊ってみましょうか!?」

 何故…何故私の言葉を無視するの!?

 もしかして新手のいじめ? 私が好き勝手してきた今までのお返し?

 くっ、そりゃいじめられる側だったけど…久々にこんなことをされるときつい…ワルプルギスまで時間がないのに、いじめられている現実の方が気になるわ!

 

 ②

 

「さあ! 本当にこれが最後n」

「あー…そうだよね、ごめんねマミさん。今更全部許してもらおうなんて思わないけどさ、えっと」

「あ、いや、嫌味とかじゃなくてね? ほら、私もあの頃はもうちょっとあなたの事をわかっていればっていう後悔があったっていうか」

「ふふ、人に歴史ありとはこの事だね。歴史とは長い短いじゃない、有限の中に残り続ける無限の想いが紡ぎ続けるのさ…ねえ恩人?」

 私に話題を振ってくるなら、聞いてるんじゃないのキリカ!

 それなら私の言うことに耳を貸しなさいよ!

 もう本当に間に合わないんだから!

 

 

「…もういいわよ…私が気に食わないからって言っても、もう逃げれない。最後まで、地獄へのお供をしてもらうかr」

「あったりめーだろ? アタシはゆまにマミさん、それに何よりもアタシを助けてくれたあんたに恩返しするんだ。キリカじゃねえけどよ、恩人と地獄行きっていうなら、悪かねえ。とことんまで付き合うさ」

「暁美さん、例え私達は地獄行きになったとしても、鹿目さんとみんなは守りぬきましょう。そうすれば、地獄だと私の事だけを見てくれるよね…? なんてね!」

「織莉子を守れるなら私は結果がどうあれ、誰も恨まず呪わず、安らかに希望を抱いたまま死ねるよ。恩人、生き残った後のこの街か、地獄で会おう! 出来れば前者でね! 君への恩は魔女退治なんて陳腐なもので終わらせるつもりはない!」

「ちょ」

 急に私を振り向き、各員が決戦前に似つかわしくない…生き残る希望に満ちた笑顔を浮かべる。

 なによ、本当に…私、本当は泣き虫って知って…るわけないわよね。

 そうだ、今涙を流すと戦えないから。

 全部が終わったら、みんなにもみっともない私の素顔を見てもらおう。

「「「さあ、指示を!」」」

「…味方を巻き込まないように、味方と守り守られながら、全力でぶつかって!」

 

 0

 

 全員同時に指示を求める声を上げたので、私はこの前も話した内容を簡潔にまとめて言い放つ。

 直後に了解!とまた三人同時に声が上がり、戦いが始まった。

 §

 

『キャハハハハハ!』

 何度聞いてもなれない、耳障りな笑い声がこだまする。

 私はその顔にしかめっ面を浮かべつつも、今までほど絶望的な気分じゃなかった。

 仲間が居るって、こんなにいいものだったのね…一人で立ち向かうことが多すぎて、すっかり連携の事を忘れていた。

「まず、私からいくわ!」

 隣に立つマミが足を一歩、強めに踏み出す。

 ダン!と重みのある…もとい力強い踏み出しに、マミの足元がゴゴゴ、という音が聞こえる。

「ふふ、見て驚きなさい! 私の最強の技はティロ・フィナーレではないのよ!」

「ま、マミさんの足元から!」

「いつものティロフィナの倍くらいの大きさの銃が出てきた! これが牛さんの最強技ってわけかい!」

「ご名答!…ってティロフィナって何よ! 略さないでちょうだい!」

 キリカにもツッコむくらいに余裕がある割には真剣で、巨大な銃の先に立ちながらもしっかりと姿勢を保ち、キッとワルプルギスの夜を見据えていた。

 私達が立っている現在地からワルプルギスまでは随分離れている。川を隔てた先の市街地上空なのだけど、届くのかしら…。

「暁美さん、住民の避難は大丈夫よね?」

「え、ええ…もう市街地には誰も居ないはずだけど」

「じゃあちょっとくらい街に被弾しても大丈夫よね! この技、範囲が広いからちょっとだけ…本当にちょっとだけ、建物に被害が出るけど気にしないでね!」

 何だか不穏なことを言いながらマミはビシッとワルプルギスを指さし、決め台詞らしい事を口にし出した。

「今なら分かるわ…ワルプルギス、あなたの世界を呪う笑い声を…終わり無い憎しみが苦しみに変わり、いつしか笑う事でその現実から目を逸らしているのね…」

「何か言ってるけど止めるべきかい?」

「まあ元々こんな人だし…攻撃が来るまで、マミさんの好きにさせてあげて」

 キリカの質問に哀れみを多分に含む目で見上げる杏子。

 その視線の先には無駄に長い決め台詞を言うマミが、顔こそ真剣であるものの…激しく浮いていた。

「(中略)…でも! それも今日ここまでよ! 私と暁美さん…とみんなの未来の為に! この全力全開の砲撃は生きとし生けるもの全てへの祝砲であり、あなたへの手向け!…いくわよ、ボンバルダメンドっ!」

 名前の真意と口上はともかく、気合は十分伝わるような『ドゴォォォン!』という音と共に、砲台から超特大の魔力の塊が放物線上に発射された。

 ちなみにマミはその砲撃の反動で銃身から落ちた。慌てて杏子が抱きかかえる。

…一応決戦なんだけど、ここでも締まらないなんて…これで本当に最後の周回となってしまったら、尊敬するマミ先輩とは本当に別れを告げないといけないのかもしれない。

 

『キャハーーーーー!?』

 

 しかし結果が全て…というわけでもないけど、マミの放った砲撃は見事ワルプルギスの夜に直撃。物凄い爆音とフラッシュが発生し、事前に言ったとおり、いくつかのビルが犠牲となって砕ける。

 もうもうと立ち込める粉塵を見てると、何だか…。

「や…やったの!?」

「マミさんそれフラグ!」

「保険の為に遅延魔法展開しとくよ」

 そう、本当にマミが発した言葉を言いたくなるような光景だ。壮絶な攻撃で視界が隠され、とても無事とは思えない、思いたくない。

「…来る!」

 私の言葉が放たれる前に全員が理解していたのか、散り散りにその場から離れる。

 それから少しして深い青色をした魔力の塊が、私達が立っていた場所を通り抜けた。

…難なく避けれた事から分かるとおり、キリカの遅延魔法の効果は馬鹿にできない。私の時間停止の方がその場では強力かもしれないけど、彼女に比べて燃費が悪すぎるのだ。だから、回避にはあまり使いたくないというのが本音で、それを見事補ってくれていた。

 

『キャハハハ!』

 

「そんな…ボンバルダメンドを受けて無傷なの?」

「いえ、きちんとダメージは通ってる。やっぱり私の武器よりかは外傷が目立つわ」

 落胆しかけたマミにすかさず私は事実を伝える。

 そう、ワルプルギスの夜は魔女であって、魔法の力をぶつける方が効果的なのだ。

 現に私の武器総動員した時と、マミの放った一撃だと…悔しいけど、マミの一撃の方がよっぽど長い目で見れば効率的だ。

「それを聞いて安心したよ。私とあんこちゃんは近接だから、近付くまでは使い魔掃除だね」

「本体は頼むぞ二人とも! アタシらはまず雑魚からだ!」

 私の言葉を信じてくれた二人は、粉塵に紛れて近付いてきていた使い魔に標準をあわせる。キリカの魔法もあってか、俊敏な二人は次々と使い魔を切り裂いている。

「二人のおかげで本体に集中できそうね。暁美さん、私は全力で必殺技をぶつけるから、相手との距離の詰め方は任せるわ!」

「ええ、任せて…あなたたちの力、絶対無駄にはするものですか…」

 マミが再び巨大な銃を構え、ワルプルギスへの攻撃に集中する。

 そう、今の私は過去よりもよっぽど『勝てる』見込みがある。それはみんなあってこそのものだ。

 まどか、待ってて…!

 私はワルプルギスの夜との距離を測りつつ、三人の援護に回った。

 §

 

「あの、すみません…私達まで面倒を見てもらう形になってしまって…」

 避難所に指定された体育館には、各々が必要なスペースをマットで仕切るようにして身を寄せ合っていた。

「そんな、遠慮しないで下さい。ほむらちゃんのお友達は私のお友達ですし…」

 まどかとその家族のスペースには、織莉子とゆまが混じっていた。

 織莉子は深々とまどかたちに頭を下げる。そのお辞儀は土下座では無かったものの、姿勢の良さが育ちの良さに直結しているのが容易に分かる。

「そうそう、織莉子ちゃん…だっけ? 随分大人っぽいけどさ、子供のうちは無邪気に大人に甘えとくもんだよ。じゃないと今度甘やかす立場になった時に、どうやって接するか分かんなくなっちまうもんだからね」

「えへへ、まどかおねえちゃんのママもおねえちゃんみたいに優しいね」

 恐縮する織莉子を軽く笑い飛ばし、ゆまの頭を撫でるまどかの母…詢子は、本当は織莉子の立場を知っている。しかしそれをおくびにも出さないというのは、実に彼女らしい。子供には罪はない、子供が大人のツケを払うのは大人の意味が無い…そう考えての事だろう。

…もしも織莉子とゆまの親が彼女のようであったら、運命は変わっていたのだろうか。

「ねえ、美国さん…ほむらちゃんたち、本当に大丈夫なんですか?」

 まどかは声を潜め、織莉子に尋ねる。幸いにして両親はキャンプだとはしゃぐ弟の世話に追われて、自分たちの会話に気付かない事を確認している。

「安心して下さい、鹿目さん。あの四人で十分太刀打ちできますが、何分無差別に被害を撒き散らすタイプの魔女なんで、一般人が紛れているとそれこそ足手まといなんです。私たちはこうして信じて待つことこそが、彼女たちへの最も効果的な協力となるんです」

 多少は四人の実力を盛っているとはいえ、織莉子はそう思っていた。自分を救い、どんな不可能もしてきたほむら…それに加えて、全幅の信頼を寄せるキリカも居るのだ…負けるわけがない、と。

 それが不安材料でもあるのだが、ほむらの家で過ごした日々は、彼女の生来の冷静さを取り戻させている。不安を押し殺し、他の誰よりも落ち着いていよう、と自分に言い聞かせていた。

「そうだよ。キョーコはね、絶対に約束を守ってくれるの。だから『絶対にみんな一緒に帰ってくるから』って言ったもん。きっと大丈夫」

 本来なら誰よりも不安がるべきであろうゆまも、織莉子と同様にまどかにきっぱりと言い切っていた。

 まどかを魔法少女にしない…その目的が幼い心に働きかけているというのもあるが、実際はまだ本音が言葉に現れる年齢だ。杏子たちを信じている、それこそがゆまを奮い立たせている要因なのである。

「…うん、そうだよね! てぃひひ、私も二人みたいにもっとみんなを信じないと」

「おっ? まどかのところは大所帯ですなー」

 二人の言葉に思い直したように笑ったところで、さやかが鹿目家のスペースに訪れた。

 一応は大災害が起きる可能性もあるのだが、さやかに怯えた様子は一切無く、リラックス…というよりかは、むしろ浮かれているようにすら見えた。

「あ、さやかちゃん! 良かった、無事だったんだね」

「えへへっ、本当はもっと早くまどかを探したかったんだけどさ、恭介が『さやかに何かあったら心配だから、できるだけ側に居てね』なんて言うもんだから…ああん、恭介ったら心配症で結構束縛するタイプなんだよね!」

「あ、あはは…すっかり恋人同士って感じだね…」

(この分なら、美樹さんはやっぱり心配無用ですね…)

(うん、キョーコも『なんかあいつ、好きな男が居ればどうとでもなりそう』って言ってたよ)

 まどかとのやり取りを尻目に、織莉子とゆまはヒソヒソと懸念材料…になるかもしれなかったさやかについての認識を改めた。

 

『さやかも暇なら見ておいて。まどかで手一杯なら見捨ててもいいけど』

 

 一応ほむらにさやかの様子も見るように言われていたが、恋愛成就から間もない彼女はとにかく、恋人でもある恭介の事で頭がいっぱいだ。それはもう、この周回では付き合いも浅い杏子にあっさりと看破されるくらいには。

 事実上、織莉子とゆまにとっては、まどかのみが目下の問題となる。

(…でも、どうして鹿目さんには暁美さんの正体…繰り返してきた理由を伝えないんでしょうか…)

(ほむらおねえちゃん、照れ屋さんだから…かな?)

 まどかと話していたさやかは両親とも話しだし、織莉子とゆまの会話には誰も気付く様子は無い。

 

『…まどかには、強い魔女が来るとしか伝えていないし、それで十分よ。私のしてきたことを背負わせる必要なんて無い。私は、無気力な魔法ニートでまどかが大好きな少女…それでいいわ』

 

 そう、ほむらはまどかに全てを伝えてはいない。

 伝える事で、魔法少女になる理由を増やしてしまうから?と織莉子は考えていたが…違うだろう。

 織莉子の考えが正しければ、多分、ほむらは

(暁美さん…お願いだから、最後まで諦めないで…)

「ううっ、やっぱりこの季節の体育館って冷えるよね…ちょっとトイレ行ってきます」

 その時、物思いに耽る織莉子は上の空でまどかに返事をする。

 いや、トイレにまでついていくのはさすがに、上の空でも抵抗があっただろうが。

 しかし、織莉子もゆまも、魔法少女でないから分かっていなかった。

 

(…よし、いいタイミングだ)

 

 ほむらが白豚と忌み嫌っていた存在が、人間としての倫理観など一切持っていない事に。

 §

 

『キャハ、キャハハハ!』

 あれからどれくらい時間が経過しただろうか。

 全員がグリーフシードを三個使ったくらいで、私達とワルプルギスの夜の距離は随分と縮んだ。

 具体的には、杏子とキリカのスピードなら格闘戦が出来る程度には、すでに近い。

(…思えば、ここまで接近してこの距離を保ちながら戦うなんて、初めてじゃないかしら…)

 私の武器が銃火器なので、基本的に近距離の方がリスキーとなる。なので、格闘戦を意識した距離なんて取ったことが無い。せいぜい一撃離脱の時以来だ。

「よっしゃ、そろそろアタシらの番だな…」

「だね。攻撃中は遅延の範囲も狭まるから、二人は飛び道具には注意してて」

「了解よ。マミ、二人が遅延を使いながら切り込むから、ワルプルギスの夜からの攻撃を警戒しつつ、遅延射程外の使い魔撃退優先で」

「分かったわ。私の銃だと狙い撃ちメインだから、暁美さんは弾幕をお願い!」

 全員が声を掛け合い、事前の作戦通りに動く。

 わざわざ近付く必要は?と思われそうだが、そうしないと近距離二人が攻撃できないし、何よりワルプルギスの夜の目を引く必要がある。こいつは、ある程度攻撃しつつ前に出ていないと、どういうわけか人に被害を与えられる場所に向かうみたいなのだ。

 方角は、向いている方向から見るに…まどかたちが非難している、体育館。

(させるもんですか、絶対…!)

 幸いにしてワルプルギスの夜は四人の連携を無視できず、一人で戦った時に比べて、圧倒的に移動が遅い。

「出し惜しみは無しだ…いくぞ!」

「あ、あれはまさかロッソ・ファンタズマ!?」

「知っているのかい牛さん!?」

 杏子は掛け声と共に手を組み、次の瞬間には…パッと見で数えるのが面倒な程度には、増えていた。

 キリカの驚きにマミは解説を付け加える。

「ロッソ・ファンタズマは私に弟子入りしてた時、佐倉さんが編み出した必殺技よ…佐倉さん本来の魔法は相手にだけ見える幻覚魔法なのだけど、ロッソ・ファンタズマは私達にも見える…つまりは実体を伴った分身を生み出す! しかも昔に比べて、ヒイフウミイ…たくさん出てる!」

「マミさん、合計二十人だから! それとその名前止めて!」

 解説するわりには数を確かめるのを放棄し、杏子からツッコミを受けるマミ。

 一連の流れはともかく、頼りになる魔法なのは間違いない。「質量を持った残像だというのか!?」というところね。

『キャハ?』

 しかもその分身たちは意思があるのか、オリジナルでもある杏子からまばらに動きまわり、ワルプルギスの夜の目を引き、撹乱している。うち一体が魔力の塊と使い魔の同時攻撃に見舞われたが、攻撃が当たった瞬間霧散するだけだ。しかも、消える直前には最後の一撃とばかりに、ワルプルギスの夜へ槍を投擲していた。

…改めて、杏子という少女のスペックの高さには驚かされる。真実を知っても魔女化しない精神力、経験による判断力と戦闘能力、さらに本来の力を取り戻せば…私でも、正直不意打ちくらいしか勝てる気がしないわね…。

「オラオラオラオラオラ! ちっ、直接突いてみてようやく分かる硬さだぜ!」

 本体含む数名の杏子がワルプルギスの夜にたどり着き、怒涛の勢いで連続した突きを放つ。その間もキリカの遅延に加えてすばしっこい分身たちに翻弄され、近接組二人の怪我は無い。

「うーん、今佐倉さんと喧嘩したら、正直危ないわね…後輩の成長ぶりにマミお姉さんは驚きを隠せません」

「それについては概ね同意ね」

 マミも杏子の暴れぶりには驚きを隠せず、私はその軽口に同意した。

 一見してふざけているように見えるけど、私たちはその間も射撃を続けて使い魔の数を減らしている。マミはマスケット銃で遠くの使い魔を、私は機関銃で比較的二人に近い敵をなぎ払う。

 二人…と言っても、杏子の分身たちもまだ数名残っているけど。彼女たちは史上最悪の魔女相手に、驚くほど長時間の接近戦を挑んでいた。

『悪いけど、一旦離脱するよ。そろそろ私たちは浄化しないと』

『了解よ。時間停止は?』

『んー、もう一撃分くらい私のが残っているから、先にあんこちゃんが戻って、恩人が来てくれるかい?』

『無茶すんなよ。んじゃあ、アタシももう一撃食らわしてから引くわ』

 テレパシーでも私たちの呼吸はシンクロしている。

 杏子は言葉通り、槍を勢い良く投げつけた後、わざと私達とは逆方向に分身たちを集結させて、突撃させる。分身たちはワルプルギスの夜の攻撃の犠牲になった代わりに、杏子はその瞬間にはマミが居る地点にまで駆けていた。

 私は時間停止も交えつつ、キリカに接近。腕を掴み、キリカの時間が流れだす。

「おお、これが噂の時間停止か…素晴らしいね。この戦いが終わったら、私と織莉子の時間だけ無限に停止できないかい?」

「残念だけど、この戦いが終わったら時間停止が出来るかどうかも怪しいわね。この盾の中の砂時計を使い切ったら、どうなるか分からないもの」

 うむむ、残念…とキリカは冗談ではない願望に悔しがった。

 そう、実際のところ…この砂時計の動きを止めて時間も止めているような格好だから、砂時計が終わる時…ワルプルギスの夜を越えた後は、私はどうなるか分からない。

 しかし、言ったように力が使えなくなる可能性が高い。そうなれば、私は魔法少女の中でも有数の無力となるだろう。魔法ニートが冗談でなくなるわね。

 無力な魔法少女の末路と言えば…決まっている。

(まどか、あなたにとって今の私は変人そのものだろうけど…でも、その方がいなくなったとしても、悲しくないよね?)

 あれだけまどかまどか言っておいて、我ながら殊勝なものね…ふっ、と笑いが漏れていた。

…格好悪いなあ、私…。

「よし、それじゃああのビルの上まで移動して、一旦解除して」

「いいけど…大丈夫なの?」

「何、私の遅延魔法をあいつにだけ絞り込んで、尚且つ奥の手を叩き込んだらまた停止して拾ってくれれば大丈夫さ。織莉子の為にも死ねない身なんだ」

「そう…ふふっ、織莉子の為にも、あなたは生きるのよ?」

「恩人もね! 全ては愛する者の為に!」

 ワルプルギスの夜に飛び移れそうなビルの屋上に移動し、私は時間停止を解除する。

 するとキリカが物凄い速度で…相対的に、鈍重そのものの速度となったワルプルギスの夜の真上から襲いかかる。

 その両手には

「奥の手…というよりも、十手と言うべきかな? 私と織莉子の愛を邪魔する間女は…爪に裂かれて地獄に落ちろ!」

 片手に五本、両手で十本の爪を備えて、ワルプルギスの夜に落下速度も加えて攻撃を叩きこむ。クリーンヒットしたと判断した私は再びジャンプしたキリカに飛び付き時間停止、そのまま近くのビル内に突っ込んだ。

「あいたた…あなた、無茶するのね」

「織莉子にも良く言われるよ。全く、二人揃って私を子供扱いするのは勘弁願いたいね」

 ビル内を二人で転がり、無事とは言えない着地。魔法少女でなければ、今頃大怪我もいいところだ。

「ふむ、恩人の言うとおり、一応魔法少女の攻撃なら通っているみたいだね。はい、これ」

「はい、って…ちょ、これは」

 キリカはすっと手を差し出し、私に…石塊のようなものを渡す。拳程度の大きさで、色合いがどちらかと言えば、銅のような…。

「まさか、ワルプルギスの夜の破片?」

「そうそう、十手を食らわすと歯車の辺りが欠けたよ。んで、戦利品としてもらったけど…織莉子はこういうの好きそうじゃないから、恩人にあげる」

「私も喜びは…いや、するわね」

 だろう?と胸を張るキリカだけど、今はそのどや顔も腹立たしくない。

 確実に…少しずつでも、あいつはその身を削られている。

 その事実が私に勇気をくれる。臆病で、今もまどかと向き合う事から逃げている私に。

 私はその塊を強く握りしめ、杏子とマミに合流を急いだ。

 §

 

「…ふぅ」

 まどかは女子トイレの個室で用を足したあと、落ち着いたように吐息を漏らした。

 蓋を閉じ、水を流す。その流れる音にまどかは不安も少しだけ、流されていったような気がした。

(…うん、きっと大丈夫。ほむらちゃんは変な子だけど…嘘はつかないもん)

 転校初日から自分に対して(過剰に)好意的に接してきて、魔法少女にしないために立ちまわって、振り回されてきた。思い出すとツッコミと困惑の日々…だったのだが、今のまどかには微笑みが浮かんでいた。

(この戦いが終わったら、また日常が待ってるんだよね…あーあ、ほむらちゃん、また私を連れ回すんだろうなぁ…)

 すでに、まどかの日常からほむらが取り除かれる事は無かった。常識的に考えてそれはおかしい事なのだが、まどかにとっては…ほむらが居ない事が、いつしか非日常になっていた。

(…ほむらちゃんが初めてかも。あんなに、何も出来ない私を必要としてくれてて…私を頼りにしてくれて、私のお願いを聞いてくれて…)

 まどかは人一倍『誰かに必要とされたい』願望が強い。

 それこそが今までの世界で魔法少女になってきた原因でもあるが、人間は生来の衝動には往々にして逆らえない。まどかの人を助けたいという思いは、今までの自分自身の無力さがバネとなって日々増幅していたのだ。

…暁美ほむらという少女が来るまでは。

(…ほむらちゃん、私にならいくらでも迷惑をかけていいから…だから、お願い…また私と…)

 転校初日から授業をサボらされた事など、今となっては些細な事だ。むしろ、初日からまどかはさして嫌とは感じていなかった。

 自分を好いてくれている。必要としてくれている。側に居てくれる。

 まどかはいつしか必要とされたいなんて思う暇も無く、ほむらの行動の巻き添えに全力で付き合っていた。必要とされているのを、肌で感じていた。

 胸が満ちていく感触。これは、親友でもあるさやかと過ごしていた時とは確かに違う類のものだ。

 

『大好きだよ、まどか!』

 

(な、何考えてるんだろう、私…ほむらちゃんは変だけど格好いいし、冷たく振舞っているようで優しいし…あ、あれ? 話が変な方向に)

 あの時、まどかに見せたほむらの笑顔。

 それはまどかと初めて出会った時のほむらの素直な感情が、幾周もの時を超えて戻った瞬間。

 もちろんそんな深いところまでまどかに伝わっているわけではないが…それでも、まどかにとってあれは忘れられない。ほむらによって満ちていった胸がとくんと高鳴るくらいには、強く意識せざるを得ない。

「まどか!」

「へ?…ひっ、いやぁー!」バチーン

「キュッブイ!?」

 まどかが考え事に視界を奪われていると、突如として正面から声がかかり、声の先に視線の焦点が合った。

 そこに居たのは…閉じられた蓋の上に立っていた、キュゥべえだった。

「な、何考えてるの!? ここ、女子トイレだよ!?」

 この宇宙人にどのような意図が合ったのかは定かではない。

 ただ一つ言えるのは、出てくる場所があまりにも悪い。彼に感情が無いからだろうが、それで人類側に通じるはずもない。

 まどかの思いっきり振りかぶったビンタに弾き飛ばされ、顔面から仕切りの壁に激突した。

「…うう、僕達には性別の概念なんて…関係…」

「で、でも、トイレの個室に出てくるなんて信じられないよ! 最低、最低すぎるよ! ほむらちゃんが白豚って呼ぶのも納得だよ!」

 さすがのまどかもトイレというパーソナルな時間を侵食されては、慣れていない罵声を連呼せずにはいられない。

 そもそも、まどかの中でキュゥべえの印象は最悪だった。

 思春期の少女たちの希望を利用し、絶望へと突き落とす。

 ほむらから聞いた部分、キュゥべえが喋っていた部分はまどかの中でその答えになり、忌み嫌う存在となっていた。

 実際、否定するほど間違っていないだろう。

「だから、僕はキュゥべえだって…」

「も、もういいから喋らないで…私、みんなが待っているから…」

 よろよろと立ち上がって訂正するキュゥべえの話など聞く耳をもたないまどかは、そのまま体育館のスペースに戻ろうとした。

 キュウべえの次の言葉を聞くまでは。

「みんな、ね…そのみんながどうなるか分かっているのかい?」

「…どういう事? 私達はみんな、ほむらちゃんたちが守ってくれるんだもん。不安な事なんて無いよ」

「なるほど、君はそう思っているんだね。どうして、そこまでほむらの事を信じられる?」

 二人の間に流れる空気が変わる。

 今でもトイレの個室内、便器の蓋の上に座るキュゥべえとそれを見下ろすまどかという構図は変わってはいないが、トイレに一緒に入っているという羞恥は消えていた。

 まどかにとって、最も気になる話題…ほむらの名前が出てきたからだ。

「だって…ほむらちゃんは、いつも私を…私達を助けてくれたんだよ? 本当に、なんでも知っているみたいで、すっごく頼りになって…」

「そう、そこだ。ほむらは知っているみたいじゃなくて『知っている』のさ」

「?…あなたは、何を知っているの?」

 まどかには嫌な予感がしていた。それでも、聞き返さずにはいられない。

 もしかしたら、まどかは分かっていたのかもしれない。

 その先の話題もほむらの事で、それを利用して、自分に何をするつもりなのかも。

 そう、これでほむらの事で無ければ…まどかの運命は、変わっていたのかもしれない。

 そういう意味では、キュゥべえは的確な誘導をしたのだろう。

 感情を理解できていないというのが信じられないほど、まどかの感情を煽る方向にもっていったのだから。

「なるほど、本当に何も聞いていないみたいだね…ほむらの正体について、知りたくはないかい?」

 この生き物は私達を利用する。ほむらちゃんの敵だから。

 まどかは頭の中できちんとそれが理解できている。そして、今までならほむらがまどかに近づく前に、この生き物を始末していた。

 しかし、今はそれが成らない。だからこそこの二人きりになれる空間をキュゥべえは狙っていたのだが、今のまどかにとっては、それすらも考えられない。

「…」

 ほむらちゃんの敵…でも。

 まどかは首を横には振れなかった。いや、今のキュゥべえなら聞かれなくても話すかもしれないが。

「暁美ほむらはね、時間遡行者なのさ」

「時間…遡行?」

「簡単に言えば、タイムスリップ出来るって事さ。とは言えそんな大昔や未来に行けるわけじゃない。極めて限定的な期間のみらしいけどね。どんな期間に限定されているかと言うと…」

 キュゥべえはこの間、盗み聞きして得た切り札を、迷わず行使した。

 今のまどかはほむらの事を信じ切っている。だからこそ、ほむらの話題で揺さぶる事が出来る。揺さぶられた感情の行先は…決まっている。

「嘘…ほむらちゃんが、そんな…全部、私の為に」

「ああ、そうさ。ほむらの繰り返しの中心部に居た存在、それが君さ。君への強い執着の正体もこれでわかっただろう? そして今、ほむらは望みが薄い戦いに挑んでいる」

「あ、あなたが嘘をついている可能性だって…」

「それなら、屋上の時にマミに真実を伝えてはいないさ。マミにはもう少し頑張ってもらって、希望と絶望の振れ幅を強くしてもらわないといけなかったからね…まあ、それも失敗だったけど」

「あ、ああ…」

 まどかは震えていた。あまりにもたくさんの想いが駆け巡り過ぎて、体の内からあふれているかのように。

 

―私の為に、ほむらちゃんは戦っていたの?

 

 何も出来ない…してはいけない自分のために。

 

―私は、ほむらちゃんに何をしてあげたの?

 

 ほむらは自分に付き合ってくれているだけで嬉しかったと言っていたが…能動的には、まどかはほむらに何も出来ていないと思っていた。

 いや、むしろ…

 

―私が、ほむらちゃんを苦しめている?

 

 自分を救うという運命を背負わせてしまい、結果としてほむらは壊れてしまって…好き勝手を始めた。

 しかし、その好き勝手すらも…まどかを救う為に収束していった。

 ほむらは決して口を割らない。でも、自分の事を考えてくれているからと思っていたが…まどかが思っていた以上に、ほむらは自分を犠牲にし続けていた。

 ああ、そこまで苦しんでいたなら…転校初日から知っていれば。

 あんなわがまま、私はいくらでも受け入れてあげていたよ。だって、役立たずの私に出来る事とは思えないくらい、誰かの為に何か出来たんだから。

「…それなのに、私は…」

 まあほむらちゃんは悪い子じゃないし…そんな気持ちで、きっと何となく一緒に居ただけ。

 傍から見ればまどかは奇行を続けるほむらの側に居ただけで十分すぎるように思うだろうが、まどか本人が納得できていないなら、意味は無い。

「…諦めるのは早い。ほむらが繰り返すという運命なんて、君なら簡単に覆せる」

 キュゥべえの言う覆す方法…まどかには予想がついていた。ほむらに、嫌というほど聞かされていたからだ。

「…本当に?」

 だが、まどかは続きを促してしまっていた。

 

―ほむらちゃん、ごめんね?

 

「ああ、もちろん! あの四人では不可能なワルプルギスを倒す事だって、ほむらを終わりのない苦しみから解放する事だって、君には造作も無い」

 キュゥべえの言う事を聞くつもりは無い。

 ただ、まどかの意思と続きの言葉が合致しているだけで。

 

―私ね、ほむらちゃんと出会えて…本当に良かった。変な子って言ってごめんね。

 

「だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

―約束、破ってごめんね? でもね、ほむらちゃんも大切な事を最後まで教えてくれなかったから…お返しだって思ってくれたら、嬉しいな。

 

「…私、魔法少女になる!」

 §

 

 ワルプルギスの欠片を掴んだあの時は、本当に望みがあると信じていた。

「ぜぇ、はぁ…っちくしょ、どんだけ硬いんだよあの野郎…」

 我が身を省みないような猛攻を近接して続けていた杏子は、磨り減った精神と共に外傷もいくつか目立つ。最も、闘志をすぐさま失うほどやわな状態でもない。瞳には戦意が未だに残っている。

「っ、本当に…ティロ・フィナーレとボンバルダメンドをあそこまで受けてまだ動けるなんて、史上最悪の魔女は伊達では無いわね…」

 すでに何度か数えきれないほどの必殺技を放ち、マミは息を吐きながらまだ宙に浮かぶ魔女の姿を見やった。

「やれやれ…あそこまで集めていたグリーフシードもみんな合わせてあと四つ、本当に地獄への片道切符になりかねないね」

 キリカは自らの生命線とも言えるグリーフシードのストックを確認し、ため息を吐く。四人の中では一番疲労を表に出してはいないが…若干ネガティブな発言を彼女が吐くのは、珍しい。

 そしてまた、それに誰も反論しないというのが、全員の余裕の有無を表していた。

「…まだよ…今までに比べれば、よっぽど…あいつだって余力はないはず…」

 幾度と無くワルプルギスの夜と対峙した私なら分かる。

『ウフ、ウフフ…アッハッハハハ!』

 ワルプルギスの衣装は所々が焼け焦げ、切り裂かれている。さらに回り続けている歯車も随分と欠けており、切りつけた跡も目立つのが、杏子とキリカの奮闘を物語っていた。

 しかし、まだだ。

「来るよ! 遅延は使っているけど、範囲が広い…どうする?」

 そう、ワルプルギスの夜の攻撃は収まらない。むしろ、傷が増える毎に激化していた。

 それまでは魔力の塊を散発的に飛ばしてくるぐらいだったのだけど、杏子の幻覚による撹乱を厄介と思ったのか、周囲をまとめてなぎ払うような、広範囲への魔力放出を繰り返す。

 こうなると厄介で、キリカの遅延魔法か私の時間停止を使わない限り、回避が難しくなる。

(…私の時間停止は、せいぜいあと数分後までしか使えない…でも持てる火力の大半は使い切った)

 そして、私の戦力としての活躍は、かなり手詰まり状態だった。

 時間停止を使おうにも、盾の中の砂時計が底を尽きかけている。さらに盾内の武器に加えて、街中に仕掛けたギミックも使いきった。あとはせいぜい、自衛に使えるハンドガンとそこそこの威力の手榴弾とフラッシュグレネード。どれも、ワルプルギスには効果が見込めない。

 ゆえに私は自身の無能を責めていたが、それで勝つ見込みが出てくるわけでもない。弱虫なりの勇気をまだまだ、限界まで振り絞る。

「全員、散開して! 使い魔はほとんど居ないから、離れつつ建物を使って盾にすれば、最悪簡単な結界で防げる! 近くにいるとモロに食らうわよ!」

「了解!」と私の指示に全員は素早く返事をし、全員がまばらな方向に散る。広範囲の攻撃なら全員が固まって逃げてもいいけど、その後の隙をつくような追撃の一点集中の攻撃を全員が食らう恐れがあるのだ。リスク低減の為に誰かが犠牲になる可能性もあるけど、不意打ちの一撃を食らったことのある私は、それを全員が食らう事を恐れていた。

(杏子の幻覚は効果は強いけど、消耗も早い…ここからは、全員が攻撃以外の魔力を温存しないと…)

 私自身の火力が無くなってきていたとしても、三人は指示を送る私を信頼してくれていて、その意図通りに動いていた。

 これは全て私自身が今までの世界で培ってきたものに他ならず、今の私に出来る唯一の、戦力になり得る行動だ。

 だから…まだ私は戦える…!

 私は、自分がまだまだ諦めなくていい状態にある事に希望を抱いていた。

 しかし。

(…! しまった!)

 そう、私は時間停止さえあればどうとでもなるのだが、逆に言えば時間停止が無いと、攻撃にも速度にも劣る。

 他の三人は魔力による地力があるが、私はそれが低い。となれば、他の三人なら避けられる攻撃も避けられないという意味。

(ビルが…こっちに落ちてくる!?)

 私は冷静さを失っていないつもりだったが、全く焦っていなかったわけではない。

 となると、見落としだって発生しやすくなる。

 他の三人が逃げた方向は幸い無事だろうが、よりにもよって…今では一番鈍い動きをする私の方角に、ワルプルギスが操る巨大ビルが落下してくる。その速度は重力による自由落下も加わり、かなり早い。キリカの広範囲に渡る遅延も、一極集中していないと離れれば離れるほど効果は減る。

 私は走った。身体能力だって強化している。

「…くっ!?」

 しかし、落下するビルは無慈悲にも私の方角を捉えるように落下し、大きな砂塵を巻き起こして叩きつけられる。

 回避を諦めた私はせめて、と盾を構えて魔力による結界も展開させたが、圧倒的な質量の前には命を守る程度にしかならない。ぶつかる衝撃に反発するかのように、私の体は激しく吹き飛ばされ、建物の残骸の中に頭から突っ込むような形になる。

 一瞬世界が暗転しそうになり、私は本能的に魔力を神経に巡らせ、気絶だけは防いだ。それでも激しい衝撃と崩れる建物の中にあって、何が起こっていて本当に自分は無事なのか、すぐには確認ができなかった。

 時間にすれば一瞬だったかもしれないが、私にとってはそれが時間停止でもしていたかのように長く感じる。とはいえ、私はもう時間停止を使えないのだが。

「…生き、てる…うっ…!?」

 意識を保った時と同じように、右足に感じる激痛に私は痛覚の遮断を試みる。

 ビルの残骸が、私の右足の上に突き刺さっている。一体足がどんな状態なのかは瓦礫をどけないと分からない…けど、すぐに身動きを取れるほど軽傷じゃないのは、動かない足を見れば分かる。

 足どころか、ある程度痛みを散らした体全体が動かない。これは骨が折れる…というのが冗談にならないくらい、全身にダメージを追っているようだ。足が動かない上にこれでは、私の治癒能力ではすぐに復帰は難しい。

「…ここまで、なの…」

 しかもこれで全身が瓦礫に埋もれていればまだカムフラージュも出来ていたかもしれないが、吹き飛ばされて叩きつけれた先は、足以外は晒し者状態だ。挙句、ワルプルギスの夜と正対するような方角。距離はそれなりに離れているが、恐らく…私を補足しているだろう。全身がぞわぞわするような気持ち悪さに包まれる。蛇に睨まれた蛙というのは、こんな気持ちなのだろうか。

(みんなを呼ぶ?…いや、今更足手まといだし…それに私が引きつけている間に誰か攻撃すれば、或いは)

 それなりに出血もしたせいか、私の意識は朦朧としていた。血を抜かれても動く体というわりには、それなりに堪えている。

(そうだ、あいつだって満身創痍なんだ…今ならいける…! みんな、お願い…!)

 それが賢い選択かどうかはわからないし、みんなが攻撃をしたとしても、あいつが倒れる確証は無い。どちらかと言えば、意味不明な思考だったのだろう。

 ただ、私のような戦力外が役立つ方法としては、的確だと思った。だから『みんな、お願い!』の部分だけテレパシーで送信する。これで伝わって、次の瞬間にはワルプルギスに攻撃が集中していると確信していた。

「暁美さん!…みんな、急いで!」

 ただ、私の言葉が足らなかったのか、みんなが優しすぎたのか。

「ほむら!…ばっかやろう、もっと早く呼べよ!」

 みんなはこぞって私の元に集合し、足元の瓦礫撤去に取り掛かった。

「恩人!…全く、織莉子以外の人を心配するのは前代未聞だよ!」

 ワルプルギスが正面に居るっていうのに、背を向けて、私を助ける事に余念がない。

 おかげですぐに瓦礫は取り除かれ、私の悲惨な事になった右足が姿を表す。

 マミは顔色を変えて足の手当てを行う…が、ぐちゃぐちゃという表現がピッタリの足は、そう簡単に人間らしい形には戻らない。

「ば、ばか…! こんなこと、してる場合じゃ…!」

 正面に構えるワルプルギスの夜の顔の前に、巨大な火球が形成される。初めは顔よりも小さかったそれは、やがて顔の倍くらいにまで膨れ上がる。

「分かってるよ! おいキリカ、アタシが結界を作るから、あんたはありったけの魔力を結界に注げ! そうすりゃ一発は凌げるかもしれねえぞ!」

「防御は苦手だけど…他に選択肢も無いからね! たまにはスタイルを変えるとするよ!」

「ち、違う…!」

 私の言葉の意図はまたしても伝わらず、杏子は向かってくるであろうワルプルギスの夜の攻撃に備えて、格子状の結界を正面に築き上げる。そしてキリカは指示通りに結界に魔力を送り続け、結界の色が赤から真紅に染まり、より強固になったのが見て分かる。

 ただ、直感だけど…あの火球には耐えられない気がした。

 今までの魔力に比べてより人間界に存在する攻撃的な形をした悪意からは、強烈な重圧がここまでビリビリと伝わる。

 そして、それが放たれた。

「逃げ、なさい…それと、今ならワルプルギスの夜には隙があるから、攻撃をつぎ込めば、もしかしたら」

「ふざけんじゃねえ! 全員が生き残らないと意味が無いんだろ!? だったら、全員で避けれないなら受け止めてやるまでだ!」

 杏子は今も尚結界を強化し、強大なサイズとは裏腹に高速で迫る火球を睨みながら怒鳴っていた。

 これで私の足が治っていれば回避は出来たかもしれないが、マミの力を持ってしてもすぐには動くはずもない。しかし、マミも治療を諦める様子は無かった。

「暁美さん、心配しないで…もしもあの攻撃を防ぎきれないなら、寸前で私があなたを守る。そうすれば…希望は未来に、次の世界に残せるもの」

「な、何を言って…」

 マミは言うが早いか、私の体をリボンで覆う。但し、それは拘束するためのものではなく、体を覆う魔力の衣だった。足の治療は今もなお続行している。

「…ふう、織莉子以外に自分を犠牲にするのは勘弁願いたいけど…恩人を見捨てて生き残っては、織莉子に向ける顔も無くなる。それに、誰か一人でも居なくなればそこでゲームオーバーだって言ったのは恩人だからね? 始めたゲームのルールを後で変えるのは、同じゲーマーとして見過ごせない!」

「な、んで…」

 火球が迫る。私達全員を消し炭にするために。

 そして私達が死ねば、今度犠牲になるのは…まどかたちだ。

(みんなも、まどかも守れなかった…でも、私は繰り返せる…だけど、繰り返したところでこの世界が消えるわけじゃない…)

 みんなと笑って、泣いて、怒って…生きた世界が踏みにじられる。

 そんなの、とうの昔に分かっていた事なのに。今更何も感じないはずなのに。

(なのに、どうして…)

 私は、盾をひっくり返さないの?

 このままだと死ぬのに? 目的が達成できなくなるのに?

(ああ、そうか)

 死ぬより辛い事って、あるのかもしれない。

 それが分かっていたから、私は周りに無関心にしていたんだ。

 だって、周りと仲良くなれば…友達になれば、失うものが大きくなって、私の心をよりすり減らして…そのまま押し潰してしまうから。

 それはきっと、死ぬよりも辛いんだろう。弱虫で泣き虫の私は、ずっと自分だけを守ってきた。みんなを守らない事が、私の心を守る。

「…いやぁ! みんな、死なないでぇぇぇ!」

 私の弱い心を守らないと、もう繰り返せなくなるから。

 でもとっくに繰り返せなくなってしまっていた私は泣き叫んでいた。

 迫る火球は、私の視界を真っ白に染め尽くした。

 §

 

 真っ白に染まった世界で、声が聞こえた。

「…? 生きてる、のか…?」

 この声は杏子だ。呆けたような、普段ならまず聞けない、周囲がどうなっているかも分からないという状態を表す言葉。

「地獄…にしては、綺麗すぎる? てっきり、鬼とモグラたたきゲームの真っ最中かと思ったんだけど…」

 キリカはいつものように、でも普段見せない驚きを込めて、素っ頓狂な例えを持ち出す。

「あ、あれ…? 私は何をして…って暁美さん!?」

 最も私の側に居たマミの声は、当然良く聞こえる。そして、誰よりも強い驚愕の意思が、閉じられた視界の向こうからでもよく分かった。

 みんなの声が聞こえる。それは、みんなが生きているという事。

 それだけが認識できると、私は慌てて目を見開いた。

「みんな、大丈夫!?…って」

 痛覚を遮断していた体が動くと分かった私は立ち上がり、全員を見渡す…が、そこにあった様相は大きく変わっていた。

「この白いのって…ほむら、あんたが出したのか?」

「へ?…あ、あら?」

 私たちの周囲は、白い壁が…よくよく見ると粒子の集まりが覆っており、外界から遮断されている。ただ、別世界に移ったというわけではなく、上を見上げると暗雲が立ち込めていた。

 そして周りを包む白い粒子は…杏子に言われて振り返った、私の背中から出ていた。

『キャーハッハッハッ!』

 一瞬静寂のように感じた世界に、聞き慣れたくもない笑い声が響く。

 それから何度か魔力の塊が放出される音が聞こえたが、私たちに近づくと、その音は消える。

 どうやら、この白い粒子が攻撃を弾いているみたいだった。

「こ、これ…多分、相当強い結界みたいだけど…暁美さん、こんな奥の手があったの?」

「わ、私にも何がなんだか…」

「恩人、そのリボン、いつ付けたの? それに、盾が…」

「え?…た、盾がない!?」

 キリカに言われて見た腕には、本来あるべき…すでに格納庫としてしか使えなくなっていた、盾が綺麗に姿を消している。

 そして本来存在しないものとして、私の背中から翼のようにみんなを包む粒子と…まどかにもらって盾の中に大切にしまっていた、リボンが頭に巻かれていたのだ。

(なんで…一体、何があったって言うの…?)

 私たちは混乱の渦中に叩き落され、戦闘中のはずだというのに、現状把握が出来ずに呆然としていた。

『安心してください、今なら勝てます! あなたの力を解き放って!』

「え?…っ!」

 その時、この場の誰でもない声が頭の中に響き渡る。どこかで聞いたような、落ち着いた声が興奮気味に訴えてきたのだ。

 何もかもがいきなり起こる中、その声の言う通り、自分の力を確認するように目を閉じて両手を握りしめてみる。

「…勝てる。この力なら、勝てる…!」

 自分の中に魔力が満ち溢れているのがよく分かり、全員が見ているのも気にせずに、一人呟いてしまう。

 そう、今の私の中に満ちてる魔力の強さは…かつて、ワルプルギスの夜を一撃で撃破した少女と同じだ。

あの時のまどかと同じくらいの力を感じる。これは自惚れでも誇張でもない。事実として…私の手の中には、弓が構えられていた。

そう、全てがあの子と同じように。

私は翼を収縮し、視界を開けさせた。

『キャハーーー!』

 邪魔な壁を取り除かれたワルプルギスの夜が使い魔を一気に生み出し、私たちの方角に飛ばしてくる。

 まだ、もうちょっとだけ…!

 それを見据えて弓を構える私は、この矢に全ての魔力を込めている。だから、放つまではもう少し時間が欲しい。

 でも、私はもう指示を出す必要はないと分かっていた。

「おっと、ほむらのところにはいかせねえぞ!」

「残念だけど…あなた達を止めるくらいなら、残った魔力で十分よ!」

「あははは! どうせすぐにみんな消えるのに、ご苦労な事だよ!」

 そう、私の意図をすぐに汲み取っていたみんなは、もう混乱なんかしていない。

 私が弓を放つ瞬間までのわずかな時間、私に寄り付こうとした使い魔たちを次々になぎ払っている。そこに諦めも絶望も有るはずがない。

 私のありったけの魔力を込められた弓からは紫炎がメラメラと上がり、対象を吹き飛ばすのに十分な力がこもった事を知らせる。

「…これで、本当に…エンディングよ!」

 §

 

「…ほ、本当に…やったの…?」

「夢…じゃない、よな?」

「…全く、今まで与えた攻撃が何だったのか、まだ生きていたら聞きたいくらいだったよ」

 みんながみんな、あまりの呆気なさに再び何が起こったか分からなくなっていた。

 ただ、今回は私だけは確信していた。

「ええ、ワルプルギスの夜はもう…居ない。私たちは、勝ったのよ」

 私のその言葉を皮切りに、全員から歓喜の声が上がった。みんなの第一声はそれこそ感極まって言葉では表現出来ないような叫びだったけど、すぐに。

「あっははは! やった、やったよマミさん!」

「ええ、ええ…! 私、本当はずっと怖くて…ごわぐでぇ!」

「ちょ、牛さんマジ泣きかい? こういう時は笑うものだっていうのに…ふふっ、まあ私も織莉子が居たら分からなかったかもしれないけどね!」

 三人は抱き合うようにして互いに声を掛け合い、生きている事を賛美するようにはしゃぎ回る。

 泣いて、笑って、呆れて…私が過ごしてきた日々が縮図となっているかのような光景。

 ただ…私は、まだその中に混じれなかった。

「みんな! 怪我は無い!?」

「へ?…ゆま!? お前、その格好…!」

 喜びもつかの間、私達以外の声が聞こえてきて、杏子は驚愕に目を見開く。

 聞こえてきた方角に目を向けると、魔法少女姿と思わしきゆまちゃんと…

「ほむらちゃん! みんな!」

「…」

 …同じく魔法少女姿の織莉子と、制服姿のまどかがこちらに走って向かってきた。

「織莉子!? まさか、君まで…」

「…ええ」

「魔法少女になったのね」

 私は限りなく冷たくそう言うと、弓を構えて…織莉子を狙った。

「お、恩人!?…このっ」

「キリカ!」

 当然の反応でキリカは私に斬りかかろうとするが、それを止めたのは他でもない、狙われた存在でもある織莉子だった。

 織莉子への防衛本能のみで動こうとしていたキリカは意外にもすぐに武器を収め、悔しそうに俯く。一瞬織莉子は彼女の方を見て頷いていたけど…何か策を弄した様子は感じられなかった。

「ほ、ほむらちゃん! 待って!」

「鹿目さん」

 まどかも当然織莉子を庇おうとするが、織莉子はそれすらも遮る。見方によってはまどかを人質にとっているようにも見えたけど…織莉子もそれを承知しており、目配せするとまどかは不安そうに杏子とマミの元に駆け去る。

 どうやら、約束を忘れていたわけでは無いらしい。

「…どうやら、今のあなたはなかなか律儀なようね」

「以前の私は存じてませんけど…少なくとも、今の私は暁美さんの約束を反故にしてでも生き残るつもりはありません。約束を破ってしまった時点で、信用してもらえないかもしれませんが」

「全くね」

 織莉子はあくまで冷静だ。それこそ、何か裏があると思われても仕方がないほどに。

 ただ、私は変にこいつと過ごしてしまったせいか、嘘を言っているようには見えなかった。

「…今更言い訳はしません。暁美さん、あなたの裁きを受けます。キリカ、何があっても…暁美さんに手出しはしないで」

「………分かっ、た。でも織莉子、君が死んだら…後を追うくらいは、許してほしい」

「仕方がない子ね…ふふっ、許可するわ。私も一人は寂しいもの」

「…ありがとう、織莉子」

 短すぎる、今生の別れとは思えないけどあっさりとしたやり取り。

 きっと、以前の二人は…これくらい淡々と『救世』を行なっていたのだろう。彼女たちというイレギュラーの事が、少しだけ理解できた気がした。

「…私は約束を破った、美国織莉子という魔法少女が許せない…許せないのよ…!」

「…」

 一方的かもしれない。私が勝手に救って、勝手に取り付けた約束。でも、織莉子は返事をせずに、静かに目を閉じていた。

 私の矢を握る手が徐々に緩む。そして

「…このっ、大馬鹿ぁぁぁぁぁ!」

 離す直前、思いっきり私は上を向く。

 当然体の動きにつられて矢の向かう先は空に向き、一直線に空に向かって矢の軌跡が延びる。

 そして雲を穿つと空を覆う暗雲が全て消えた。ぽっかりと空いた穴は一瞬にして、待っていた青空を映し出す。

「…生きても、いいんですか?」

 織莉子は目を開き、表情を凍らせたまま、私に尋ねてきた。

…そもそも、この子なら分かっていただろうに。

「…あなたには見えているはずよ。こうなる未来が」

「…よ」

 私がそう言うと織莉子はぽつりと息を吐く。そして表情が崩れて、体からも力が抜けたように。

「よ、よかったぁ~~~~~!」

「織莉子!?」

 お腹の奥から叫ぶような声を出して、その場にへたり込んだ。目はすっかり涙目になっており、キリカがすぐに駆けつけた時点で、グスグスと鳴き出してしまった。

「…見えていたんじゃ、ないの?」

「み、見えていましたよ!…でもでも、怖いものは怖いじゃないですか!? よ、良かった…生きているってこんなに素晴らしいのね、キリカ!」

「も、もちろんだよ織莉子! 君が生きているから、私は生きていられる! 生きているから、君はこんなにも温かい!」

「キリカ、キリカぁ…良かったぁ…本当に、生きてて…!」

 それからはもらい泣きをしたキリカと織莉子は抱き合い、わんわんと泣いていた。

…この二人は、もう間違いを犯す事もないでしょう…。

 私はそれだけを確信すると、もう一人の…小さな魔法少女に目を向けた。びくっ、と震えて杏子の後ろに隠れる。

 ゆまちゃんもまた、約束を覚えていた上で魔法少女になったのだろう。

「ほ、ほむらおねえちゃん…ゆま、ゆまはね…」

「…ゆま、逃げちゃ駄目だ。アタシはもう怒らないけど、ほむらにはきちんと叱られてきな。それで悲しかったら、好きなだけ泣かせてやるよ」

「…うん…ほむらおねえちゃん、約束破って…ごめんなさい!」

 杏子に諭されて私の前に向かってきて、ゆまちゃんはしっかりと頭を下げる。その拍子に猫耳を模した帽子が落ちて、風に揺れた髪の隙間から痛々しい火傷の痕が覗き見えた。

…杏子、随分と嫌な役を押し付けたものね…自分はゆまちゃんのケアに回るなんて、本当…お姉さんなんだから。

「…ゆまちゃん、これから先、もっと苦しい事もあるかもしれない…ううん、魔法少女になったんだから、きっとある。それでも泣くななんて言わないけど…諦めないって約束、今度こそできる?」

「!…う、うん! ゆま、絶対に諦めないもん! ほむらおねえちゃんとキョーコと一緒に、頑張るもん! だから、だから!」

「…やっぱりいい子ね、ゆまちゃん。約束、絶対だからね?」

「…ほむらおねえちゃぁぁぁん!」

 キリカたちからもらい泣きしたのか、それとも我慢していたのか…ゆまちゃんは意外な事に、杏子ではなく私に泣きついてきた。

「…へへ、全く…誰がお姉ちゃん役だか分からねえな」

「ざ、ざくらざぁん…おねえざんのむででないでいいのよぉ?」

「マミさん、そういうのはもらい泣きが収まってから言いなよ…」

 それを見てマミももらい泣き…というよりも号泣し、杏子に抱きついて泣く。

 誰もが、悲しみではなく…生き残った事、大切な人を守れた喜びに涙していた。

 もちろん泣き虫の私は必死に口元を結んで、堪えていたのは言うまでもない。

 まだだ…私は、聞かなきゃいけない事がある。

 泣き続けるゆまちゃんをなだめながら、まどかを呼び寄せて私は気を引き締める。それを察した杏子はゆまちゃんを私から抱き寄せ、結局二人から泣きつかれる格好となる。本当に、シスターになっていれば聖母様にでもなれそうな懐の広さね…。

「…ほむらちゃん」

 何から聞こうか思案にくれていた私からではなく、まどかから口を開いてくれた。

…まだよ、あと少し…頑張って、暁美ほむら。

 まどかの声を聞いただけでこれなのだから、話を聞くのすら厳しい。でも、ワルプルギスの夜を越えたんだから、このくらい!

「っ…えっと、まどか…その、二人はどうして魔法少女に? それで…」

 あなたはどっちなの?とは聞けなかった。まだまだ肝心なところが臆病なのは治っていないらしく、私は変わりきれてはいない事を自覚してしまった。

「うん…どこから、話そうかな…」

 まどかもそれを分かってくれているらしく、事の次第を最初からゆっくりと、私に説明してくれた。

 §

 

「…私、魔法少女になる!」

 まどかは決めたら迷わない。ほむらから知らされたリスクを理解していながらも、すでに躊躇は無かった。

「よし、それでは契約をしよう。鹿目まどか、君はその果てしない因果律を持って、何を叶える?」

「私は…」

 この願いがどれほどの意味を持つのか、まどかには分からない。

 この時のまどかはひたすら純粋に、ほむらの事を思っていた。

 それこそ、全ての魔女を消し去る事を思いつかないほどに、ほむらの事で頭がいっぱいだったのだ。

「私の願いは…『ほむらちゃんに、もう繰り返させないで!』」

「それが君の願いかい?」

 キュゥべえは願いの大小に驚いたようには見えず、ただ単に契約を確認する為の如く、まどかに尋ねる。

「そうだよ…ほむらちゃんは私のためにずっと頑張ってくれて、それで壊れて…そんなのもう嫌! ほむらちゃんだけが悲しみを繰り返すのなんて間違ってる! ほむらちゃんが納得しなくてもいい! それなら、私が全部変えてみせる! ほむらちゃんの悲しみをここで終わらせる!」

「いいだろう、契約は成立だ! 君の願いはエントロピーを凌駕した!」

 そしてまどかの体から、桃色の強烈な光が発せられる。それは可愛らしい色調でありながら、どこか神々しさを感じるほどに、力強く荘厳だった。

…ただ一つ傍目から残念に見えるのは、トイレの個室内での出来事であった事くらいだろう。

 しかし二人からすれば、そんな事は気にもとめない。

「…これで、君は今日から魔法少女だ。それも世界最強のね」

「…そして最悪の魔女になる。でも、そんな事はさせない」

 キュゥべえが付け加える部分をまどかは先回りして言い、それ以上は言わせないと言わんばかりにキッと睨む。

 そして魔法少女姿のままドアを開いた直後だった。

「か…鹿目さん!?」

「まどかおねえちゃん!?」

「え、あ…二人とも!?」

 まどかは勢い良く飛び出たわけだが、そこがトイレであった事は、今しがたようやく思い出していた。

「ど、どうしてここに?」

 だから、こんなマヌケな質問を二人に投げかける。そもそもトイレに行かない人間なんて居ないのだが、そこまで頭が回る状況ではない。

「い、いえ、なんだか遅いのでもしかしたら…と思って」

「おねえちゃん、魔法少女になっちゃったの?」

 とはいえ、今の二人はまどかの様子見が目的でここに来ていた。しかし、それは時すでに遅い。

 首を縦に振ったまどかに、二人は悔しそうに俯いた。

「…大丈夫! 私は絶対に魔女にはならないし、絶望にも負けないもん! ほむらちゃんと…ほむらちゃんが居てくれる世界を守る為に魔法少女になったんだもの」

「…何故、魔女化しないと言い切れるのですか?」

 織莉子はまるで感情がないように、機械的な言葉と表情でまどかに詰め寄る。それはほむらに救われる直前の、情緒不安定で怯えてばかりいた彼女とは別の…いつかの時間軸で世界を救おうとした、彼女にも近いものだった。

「わ、私はほむらちゃんが救えるなら、それで…それが希望になるから、きっと…」

「暁美さんから魔法少女の説明を聞いています。もし、グリーフシードが尽きてしまったら? もし、せっかく救えた暁美さんが何かの拍子に死んでしまったら?…考えた上での行動なのですか?」

「そ、それは…」

 強い意志でもって契約した…そのはずなのに、織莉子の言う事にまどかは反論できない。

 どれも正論だと、契約した後の冷静さを取り戻した頭では、分かっていたからだ。

 まどかは感情的で直情型だ。そうでも無ければ、魔法少女の真実を知って尚契約するなど、大抵の人間は躊躇するだろう。現に、織莉子はほむらの言葉を聞いたからこそ契約しなかった…それを自覚していたのだ。

「やれやれ、自分の意思でリスクをも知って契約したまどかを、どうして君たちはそこまで責めるんだい?」

 そして水を差すような無感情な声に、織莉子もゆまも厳しい視線をキュゥべえに向ける。しかし感情が欠けているこの生物は向けられる視線の意味も知らず、気軽に…それこそこの星で言うところの『空気が読めない』発言をしてしまう。

…それがキュゥべえにとって最大のミスである事に気付けないのは、皮肉にも感情が無いゆえだろう。

「そういえば、君たちにも魔法少女としての素質は十分だね。せっかくだし、君たちも契約しないかい? そうすれば願い事は叶えてあげられるし、さらに二人加われば、ワルプルギスの夜も恐れるに足らずというところだろう」

「だ、ダメだよそんな事! あなたはこれ以上魔法少女を増やすつもりなの?」

「当然じゃないか。エネルギー回収が僕達の役目であって、だからこそ最大のエネルギーを生み出すであろう、まどかに接触したんだから」

「そんな…!」

 この宇宙人の思考を知るなら驚くような返答でも無いのだが、今でも見境無く魔法少女を…魔女を増やそうとしているキュゥべえの姿を見て、まどかは絶句する。それも彼女の優しさゆえであり、だからこそキュゥべえに付け込まれたわけでもあるのが、どこまでも皮肉な話だ。

「二人とも、キュゥべえの言うことに耳を貸しちゃダメ! 私が魔法少女になれば、もう…」

「ゆま、魔法少女になる!」

 まどかの言葉に説得力が無いのか、それともすでに意思が決まっていたのか…ゆまはまどかが言い終える前に、力強く返事をする。

「本当かい? それなら僕は大歓迎だけど」

「ゆ、ゆまちゃん!?」

「ゆまちゃん、本気なの?」

 まどかは驚愕していたのだが、反対に織莉子は酷く冷静だ。それこそ、契約もしていないのに、未来を視る力でもあるかのように。

「うん! ゆまはね、キョーコともほむらおねえちゃんとも魔法少女にはならないって約束してたよ。だから、きっと約束を破ると怒られちゃう…でも!」

 そこでゆまは瞳の端から涙を零す。子供というのはすぐ泣くのが常識で、泣いてしまえば自分の制御など出来るわけがない。

 しかし人一倍辛い目にあって、杏子とほむらに助けられたからこそ、涙に流されず自分の伝えるべき言葉はしっかりと口にできた。

「まどかおねえちゃんが魔法少女になって、ほむらおねえちゃんが悲しむ方が、もっと嫌! それくらいなら、ゆまはいくら怒られてもいいもん! だから…『まどかおねえちゃんを元に戻して!』」

「えっ!?」

 自分の予想だにしない願いにまどかは呆気に取られる。

 それもそうだろう。誰かの為に…その為だけに、やがて訪れる絶望へと足を踏み入れるのだから。まどかも同じようなものではあるのだが。

「やれやれ…ゆま、君の素質は確かにかなりのものではあるけど、まどかのような圧倒的な魔力を持つ魔法少女を元に戻すなんて、無理に決まっているよ」

「そ、そんな…!」

 せっかく振り絞った勇気を踏みにじるように、キュゥべえは淡々と説明をする。

「まどかが背負う魔力というのは、まどかという因果の器があって受け止められているんだ。その魔力を君一人の器で受け止めようなんて、例えるならバケツからコップに水を移すようなものだよ。これがどれだけ無茶な事か分かる…」

「待ちなさい、インキュベーター」

 キュゥべえの解説を遮るように、織莉子は強い口調で割って入る。

 キュゥべえは、油断していたのだ。

 美国織莉子という少女の、魔法少女とは関係のない力…生来の頭の回転に。

「ゆまちゃんの因果だけでは、鹿目さんを元に戻せない…それは、確かなのね?」

「だから言ってるじゃないか。因果というのは背負う人間によって、本来は決まっているものなんだよ。まどかはほむらという時間遡行者が背負わせた因果によって、単純に考えても常人の二人分は…」

「そこまで聞ければ十分よ…私も契約するわ。願いはゆまちゃんと同じ『鹿目さんを元に戻す』事よ!」

「なっ…」

 そう、織莉子はほむらの時間遡行の話を聞いた時、自分なりに考えていた。

 鹿目さんはどうして、最初の世界からここまで強大な存在になったんだろう?と。

 そしてこうも聞いた。『魔法少女は願い事によってその力も決まる』と。

(今の鹿目さんの願いは、一人の人間を救うためだけのもの…それならいくら因果の器が大きくても、そこに存在する魔力は器いっぱいに広がるとは限らない…器が大きくても中の水が少ないなら、二人分の願いと因果で受け止められるかもしれない…!)

 ほむらもキュゥべえも、織莉子の事は過小評価していたのだ。

 キュゥべえに関しては織莉子は魔法少女でないから…というものであったが、ほむらに関しては、完全な油断だろう。

 織莉子が魔法少女になって未来を見ていたとはいえ、あれほどの絶望に立ち向かう方法を、契約直後に見た光景からすぐに思いつく人間が凡才であっただろうか?

 その方法は上手くいかなかったし、何よりは別の方法があったかもしれないが…すぐさま作戦を思いつくような人間が、頭の回転が遅いわけがない。

「いくら君たち二人でも、まどかを受け止めるなんて…で、出来る…のか…!」

 二人が同じ願いで、同時に契約するという前代未聞の事態と、そしてそれが可能であるという事に…感情がないはずのキュゥべえは、確かに『驚いて』いた。

「あっ…!?」

 織莉子とゆまが同時にそれぞれ異なる色の光に包まれ、まどかの体からも光が発せられる。

 いや、まどかの場合は…体の外に光が出ていく、と表現すべきだろう。

「いや~、本当に冷えるとトイレが近くなってしょうがな…うおっ、眩しっ!?」

 その光がピークの時に女子トイレに訪れたのは、すでに蚊帳の外だったさやかだった。三色の光がいきなり目に飛び込んできて、思わず顔を逸らす。

「…なんてことだ…まどかの魔力が…消えた…」

 光が収まって織莉子とゆまという二人の少女と…見滝原中学校の制服に戻ったまどかを見て、キュゥべえは外見こそそのまま、声には落胆の意が感じられた。

「え、ちょ…な、何、なんなのこの状況!?」

 来たばかりのさやかには当然事の成り行きが分かるわけもない。

「…これでまどかさんは元に戻って、私たちは魔法少女になった…」

「そうだね…えへへ、ほむらおねえちゃんに怒られちゃうなぁ…」

「…私は…結局…何もできなくて、二人を魔法少女にしただけ…?」

 そしてさやかに解説する人間もおらず、それぞれが状況を確認するように各々の想いを告げる。

 ただ、二人と違って…まどかだけは、強い後悔を隠せなかった。もしもこれで魔法少女だったら、即時に魔女化してしまいそうな勢いだ。

「っ!…いいえ、鹿目さん。あなたの願いは、しっかりと暁美さんに届いています」

 だが、それには及ばないだろう。

 織莉子はかつての時間軸と同じように、この世界の結末が『見えて』いたのだから。

「え?…どういう、事ですか?」

「…暁美さんの運命は、あなたの思いで確かに変わりました。人の思いはどこまでも深い…人の思いが神を創り、悪魔を創り…新たな運命も創るんです。暁美さんに届いた思いは、暁美さんの新たな力を創り出しました。そして…」

 そこまで言うと織莉子はまどかの手を掴み、にっこりと笑った。

 その笑顔は…全てを識る者だからこそ、結果が見ているからこそ浮かべられる、安心しきったものだった。

「いえ、論より証拠と言いますし…行きましょうか」

「えっ? ど、どこへですか?」

「あなたの大切な人が待っています。それにまもなくこの夜も終わり、安全は保証できますから…行きましょう、暁美さんの元へ!」

「ゆまも!」

「やれやれ、それなら僕も」

「チェストー!」

「ぎゅべ!?」

 駆け出す三人にちゃっかり付いて行こうとしたキュゥべえは、いきなり踏みつけてくるさやかに押さえつけられ、見事置いてけぼりをくらってしまう。

「な、何をするんだいさやか!?」

「…良く分かんないけど、あんたの邪魔でもしないと活躍の場が無い気がした!」

「り、理不尽だよこんなの! 人間はどうしてその場限りの感情でここまで動けるんだい!? わけがわからないよ!」

 キュゥべえの抗議は、ようやく静寂を取り戻した女子トイレにこだましていた。

 §

 

「そ、それじゃあ…!」

 事態の成り行きを聞いている間、ずっと私は待ち受ける未来に怯えながら構えていたが…ここまで聞いた時点で、ようやく自分の中で答えが固まってきた。

「うん…私は魔法少女にはならなかった…という事になるのかな? 美国さんとゆまちゃんを魔法少女しちゃって、私だけきちんと願いを叶えてもらって、凄く悪いんだけど…」

「まどかの願い…まさか、それで私は?」

「うん、多分。ほむらちゃんが『繰り返せない』ように、してもらったから、もう戻れないと思うし、それに…ワルプルギスの夜は倒さなきゃいけなかったから、その力がほむらちゃんに届いたのかも。てぃひ、美国さんの推測なんだけどね」

 まどかはそう言って苦笑いをしていたけど…私は、自分の新しい力の部分に関しては、ほとんど聞き流していた状態だった。

 まどかは魔法少女でない。

 そう聞けた時点で、私は。

「…ほむらちゃん、本当にごめんなさい。私、結局」

「まどかぁ!」

 私は我慢するのをやめた。とっくに限界は超えていたのだから。

 彼女の、ずっと守りたかった人の名前を叫びながら、抱きつく。涙は次々と溢れてきて、もうしばらく止められる自信が無かった。

「ほ、ほむらちゃ」

「まどかぁ…私、私ぃ…ずっと、ずっと繰り返してきたんだよ…自分で決めた事だけど、とっても辛くて悲しくて…うっ、うぇぇ…」

 自分がやってきた事に後悔は無かったけど…でも、誰にも知られずに、毎回リセットされて繰り返してきたのは…本当に辛かった。

 だって。

「ひっく…まどかだけじゃなくて、みんなも助けられなくて…そのうち、助けるのも諦めて…最低だって思っていたけど、止まれなくて、どうしようもなくて…」

「…ほむらちゃん…っ」

 まどかだけじゃない。私は、多くの人を…今ここにいる全員を犠牲に、生きてきた。いつしか犠牲と思わないように努力すらしていた。

 まどかを救うという事を免罪符にしていたのかもしれない。

「うぐっ…だから、諦めて捨てゲーして…でもみんなが生きててくれて…助けてくれたんだよ…私は、みんなに好き勝手していたのに…みんなどうして…」

「っく、だって…ほむらちゃんは優しいから…みんな、そんなほむらちゃんが辛い思いをしていたって分かってくれたから…だから、今があるんだよ…だからね、ほむらちゃん…」

 まどかもやがて嗚咽混じりで話しだし、私の体に腕を回して、抱きしめてくれた。

 諦めて、それでも諦めなかったこの世界で得たもの…まどかはこんなにも、柔らかくていい匂いで、とっても温かかった。

「…お願いだから! もうどこにも行かないで! ずっとこの世界で、私の側に居て! ほむらちゃんに振り回されていないと私、とっても辛いの! だからぁ…うわぁぁ」

「あ、当たり前よ!…私はもう、あなた無しでは生きていけないくらい…あなたが必要なの! あなたが私の…戻る場所になってしまっているのだから!…ごめん、ごめんなさい、みんなぁ…まどかぁ…」

 もう後半は…私は何を言っているのかわからないくらい、泣いてしまっていた。今までの胸のつっかえを出す為に、頭にあふれる言葉を吐いて、出てきた言葉は…捨てゲーに巻き込んで、私を助けてくれたまどかとみんなへの謝罪だった。

 本当は『ありがとう』って言うべきだったのかもしれないけど…でも、そこで私は泣く事以外が出来なくなってしまっていた。

 元々泣いている人ばかりだった集団は、私とまどかが泣き出した時点で涙のピークに達してしまったらしい。

 もらい泣きが次々に感染ってしまい、しばらくみんなが泣き続けていた。

 §

 

…どれくらいみんなで泣いていたのだろうか。

 夜を越えて晴れ渡る空の下、最後まで泣いていた私がようやくまどかから離れて、ニヤニヤとした笑みを向けてくるみんなに咳払いをした。

「…改めて、言わせてほしい。みんな、本当にありがとう。あんな諦めきって適当に過ごしていた私を助けてくれて…感謝してもしきれない」

 きっちりと頭を下げる。本当なら土下座したいくらいの気分だけど…場所が場所だし、それはもっと人が居ない場所の方がいいだろう。

「つってもなあ…さすがにタダで許すってのも…ねえ?」

「うふふ、その通りね…私たちの目の前で鹿目さんとイチャついていたんだし、これは相応の見返りが欲しいわよねぇ?」

 真っ先に反応したのはマミと杏子だ。実にいやらしい顔つきをしていて…いや、この二人にはそれなりにお返しもしてきたつもりだけど…何を要求されるんだろう。グリーフシードもギリギリなんだけど。

「私としては恩人にはまだ恩を返しきったつもりは無いけど…ここは空気を読んで、貰えるものは貰うべきだよね?」

「うふふ、その通りね…ゆまちゃん? 何か欲しいものは?」

「え?…えっとね、それじゃあ…」

 どうやらゆまちゃんには何か欲しいものがあるようで、織莉子から話を振られたあと、目を閉じてむむむ…と言った。

 どうやら、私以外にテレパシーで何かを伝えているらしい。まあゆまちゃんにはこの中でも相当世話になっているし、ちょっとくらいの無茶は聞いてあげよう…幼女のお願いはスルーするわけにはいかない。

「…へへっ、そりゃ名案だ!」

「皆さん、異議はありますか?」

 無いでーす、と綺麗に意見が揃う。この場で置いてけぼりになっているのは私とまどかだけだ。そのまどかもずっと苦笑していた。

「てぃひひ…ほむらちゃん、これからもみんなには頭が上がらないかも」

「かもね…どうしてこうなったんだか…」

 これからの事を考えたけど、何も妙案は思いつかなった。

 ただ、わけありばかりのメンツなので、しばらくはまた賑やかになるだろう。

「でもほむらちゃん、凄く嬉しそうで楽しそう。そんな顔、プリクラの時以来だね!」

「…否定はしないわ。みんな…その、友達?だもの」

 そう、まどかの言うとおり、私は…みんなと過ごすのが楽しくなっていた。それに事情を持ち込んだのは全部私だ。満足がいくまで、全員に付き合う事にしよう。

 もちろんまどか、あなたが最優先だけど。

「結論が出ました!」

 そんな事を考えていたら、喜色満面で織莉子が声を上げる。この子、こんな顔も出来たのね…かつて殺そうとしていた時、強い憎悪を抱いていたのが、悪い夢だったように思えるわ。

「…暁美さんは、今からファミレスで祝賀会を開き、全ての費用を負担してもらいます! いわゆるおごりです!」

「…は?」

 そういえば、これが終わったら祝賀会みたいなのを開くとか言っていたような…いや、それよりも。

「…そんな事でいいの?」

 私は呆気に取られ、尋ね返していた。

 ただ、すぐに前言は撤回することになるけど。

「皆さん! 暁美さんがOKしましたよ!」

「おっしゃあ! アタシは店のメニュー完全制覇を目指すぜ!」

「やったわ! ピザ全種類コンプリート、昔からの夢だったのよね…」

「ゆまもキョーコみたいに全部食べてもっとおっきくなる!」

「さすが恩人、太っ腹! 私は甘いメニューは全て食べ尽くすからそのつもりで!」

「ちょ、あなた達…私の手持ちで収めるつもりはあるの!?」

 無いでーす!とここでも無駄に揃った息で返事。確かに一応カードはあるけど…来月の請求書を見た親に大目玉を食らう事が確定しそうで、私はがっくりと肩を落とした。

「ほむらちゃん…」

「まどか、あなただけよ…私を気遣ってくれるのは」

「うぇひ、私は超特大パフェに挑戦してみたいなって」

「あれって一番高いメニューじゃないの!? まどかぁー!?」

 そして最後の良心のまどかまでが悪ノリしてしまい…結局、私の大目玉は決定事項になってしまった。

「よし、そうと決まれば」

「あっ! みんなー!」

 その時、一瞬「誰ですか?」と聞きたくなるような存在…今回の周回では見事空気化してしまったさやかが手を振りながら走ってきた。まあその分上条くんとうまくやってるだろうから、気にしてあげる必要も無さそうだけど。

「さやかちゃん! まだ避難所じゃなかったの?」

「そ、それどころじゃないって! 急に晴れて来たから、警察とか消防署が確認の為に巡回するって言ってて…もうそこまで来てるよ!? あたしもこっそり抜け出してきたから人のこと言えないけど!」

「え、マジ? それって…アタシら、見つかるとやばくね?」

「職務質問は確実ですねぇ…どうします?」

 さやかの言う通り、ここで見つかれば保護…いや、織莉子の言ったまま、職務質問の可能性も高い。そうなると、連れ戻されたり拘束されるのは確実で…。

「いや、あなた…未来が見えるなら、私よりも打開策があるんでしょう?」

「残念ですけど、私は必要以上に未来を視るつもりはありませんよ? まあ都合よくオンオフ出来ないっていうのもありますが…ゲームは、先が分かると面白くないじゃないですか」

「さすが織莉子! そこにしびれるあこがれるぅ! 結婚してくれ!」

 な、何言ってるのこの人…。

 私への当て付けなのか、それとも本当にそう思っているのか…ビクビクした様子もなく、私の指示を待っているなんて!

 実に意地悪い笑みを浮かべながら、織莉子は本当に未来を視る気が無さそうに変身を解いた。みんなの視線が一気に私に集まる。

「…仕方ないわね。唯一残った手段に希望を託しましょう」

「唯一残った方法って…まさか暁美さん、まだ時間も止められるの?」

 マミが驚きと期待交じりの視線を向けてくる。

 ちなみに、もちろん時間停止は使えなくなっている。まどかの束縛はそんな都合よく機能するほど甘くはない。

…まどかの束縛っていい響きね。

「まさか。もっと現実的な方法よ…それはね」

 言うが早いか、私は変身だけを解き、身体能力を強化してまどかをお姫様だっこ。一連の動作は早すぎて、まどかは何が起こったか分からなかったようだ。

「…風見野までダッシュよ! 多分あっちならファミレスもやっているから、そこまで着いた人にだけ、おごってあげるわ!」

「なっ!? 風見野って隣だけど、魔法使わないと結構かかるぞ!…くそっ、メシにありつくためだ! ゆま!」

「わーい、キョーコのおんぶー!」

 すでに走りだした私の言葉に、杏子はゆまちゃんをおぶってから走り出す。食べ物が絡んだ杏子は、まず諦めないでしょう。

「あ、暁美さん! そこは私を抱っこするところでしょう!? あっちに着いたら覚えてなさい!」

 マミは相変わらず、私がまどかを優先するのが面白く無いようだけど…あいにく、あなたを優先する事は無いから、これからも抗議され続けるだろう。

「織莉子、私も抱っこしようか!」

「ふふっ、こう見えても体育は得意だったから大丈夫…そうね、せっかくだし、競争でもする? 先に着いた方が勝った方の言うことを聞くというのは」

「遅延加速!」

 あっ、それは反則よ!と織莉子は怒るが、キリカ相手にそれを申し出た結果としては当然だろう。あの子の織莉子好きは、私のまどかへの愛情に勝るとも劣らないのだから。

「ちょ、あたしだけ魔法少女じゃないのにスルーですか!? くそー! こうなったらなんだか分からないけど、絶対についていってやるんだからぁー!」

 そして全員から見事ハブられたさやかも負けじと走りだす。とはいえ、一番遅いのは言うまでも無く…まあ歩調を合わす人も居ないのだけどね。

「ほ、ほむらちゃん、あのね」

「まどか、残念だけど自分で歩くのは却下よ。あなたは私に振り回されていないとダメなんでしょう? あなたが、泣くまで、抱きしめるのをやめないっ!」

「いや、それは良いんだけど…」

 なんというか、私的にはそれなりに勇気を振り絞った告白のつもりだったんだけど…普通に受け止められてしまった。鹿目まどかはクールに対応するのね…ちょっとだけ寂しい。

「あのね、お返事、してなかったなって思って」

「返事?…なんの?」

 走りながらも身体能力は強化されているので、普通に会話を続けられている。

 それはそうと、返事って何の話かしら…私はこの時、本当に思いつかなった。

 だから、その返事のまた返事を、すぐに返すことができなかった。

「あのね…私も、大好きだよっ!」

「…はい?」

 そう、それがあの時…私がまどかに最後の想いを伝えようとした時、自然と出てしまった言葉の返事であった事に気付くのは、風見野のファミレスに到着した後の事だった―。

 

 後日、私が起こした問題で一人反省会をする事になったのだけど、それはまた別の話。

 

 

 

おわり!

 

 
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