No.568664

世界を渡る転生物語 影技20 【蒼髪の女神】

丘騎士さん

 お待たせしました! カイン戦その後です。

 いろいろ考えて付け足してたら長くなっちゃいました(;´・ω・`)

 118KB……読みにくいかもしれませんが、今回もお付き合いいただき、読んで楽しんでいただければ幸いです!

2013-04-22 00:11:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2101   閲覧ユーザー数:1983

 ──あの死闘から、明けて翌日。

 

「よいしょっと……?」

「……何やってんだジン」

「え? 何って、いつもの鍛錬──」

「──いいから寝てろっ!」

「あたっ?!」

 

 ……【進化細胞(ラーニング)】の効果で怪我は治っているのだからと、いつものように起きて日々の鍛錬や朝食の準備をしようとしていたジンではあったが……昨晩一緒に寝ていたエレがそれを発見。

 

 理由を聞いて呆れた表情を浮かべながらジンの額をでこぴんし、それを無防備にくらったジンがのけぞってベッドに戻される。

 

 ぼふっと倒れ込み、その痛みに額を抑え涙目であげる抗議の声と、ベッドにジンが倒れ込んだ衝撃で起きたフォウリィーとガウが、そんな二人の様子に目を擦りながらも『どうしたの』と問いかけ──

 

「ああ……こいつ、まだこりてねえんだ。あんだけの怪我して、まだ血が足りてねえっていってんのに、いつも通り朝食やら鍛錬しようとしてんだからよぉ」

「……ジン、貴方は自重という言葉を知りなさい。どれだけ心配をかけると思ってるの?!」

「そうだよ! 少なくとも今日はベッドからトイレ以外で起きちゃダメだからねっ! 何かあったら人を呼ぶ事! いいね?!」

「や、そこまでしなくても──」

─『い・い・ね(な)?』─

「──はい……」

 

 エレから事情を聴いたフォウリィーとガウが、すんごい勢いでジンに振り向き、笑顔ながらも口元を引きつらせたフォウリィーから『ジン、自重』という言葉を貰い、『無理、駄目絶対』という怒り気味のガウによって轟沈させられるジン。

 

「んじゃ、おとなしく寝てろよ~? あたしは昨日の今日だし、家にいんならフォウリィーも居るから警護のほうも大丈夫だろ。事後の事も知りてえし、一応城に顔出してくる。怪我人の推移も聞きてぇしな」

「ん、わかったわ。ある程度ならこちらでも受け入れるって王に進言しておいてもらえるかしら? 治療した手前、何もしないというのも何だしね」

「応、わかった。……悪ぃなフォウリィー。お前の腕ならそこらへんの医者より上だからなあ」

「別にいいわよ。やれる事をやってるだけなんだしね」

「あ、じゃあ僕はジンに教えてもらっている薬草を摘みにいってきます。昨日の感じだと、こっちにも多めに流れてきそうですし」

「助かるわガウ君、お願いね?」

「とりあえずは飯かな。あ~、腹へったあ~! おいジン、後でフォウリィーに持ってきてもらうから、変な動きはすんじゃねえぞ?」

「……はぁ~い」

 

 厳重にジンに釘を刺しつつ、各自が今日のスケジュールを確認。

 

 ほっとくとまた無理しそうなジンにぶっとい釘を刺し、階下へと降りていく。

 

 それを手を振って見送ると、見送る為に起こした体を再びベッドに投げだすジン。

 

 やがてキッチンから漂ってくる美味しそうな匂いに、フォウリィーが持ってきてくれるという朝食を心待ちにしながらも天井を見上げ、自らを省みるかのように自分の肉体に自己解析をしながら目を閉じる。

 

 ──肉体自体は【進化細胞(ラーニング)】により完治。

 

 やはり大量出血による貧血がその体の動きに阻害を齎している感があり、先ほど体を起こし、エレのでこぴんをまともに食らってしまったのも、実は貧血を起こしてふらふらになってしまい、碌に動けなかったからなのだ。

 

 まあ、それも当然。

 

 大まかにいってもジンの怪我は──

 

 両腕・両脚の粉砕骨折。

 

 全身の骨にヒビが入り、内臓にもダメージ。

 

 抜き手による貫通傷と大量出血。

 

 ──実に生きているのが不思議なほどの大重体。

 

 まさに瀕死だったのだから。

 

 通常、あれほどの怪我となると……最悪死亡するか、運が良くても自力で起き上る事が困難なほどの後遺症が残る事請け合いである。

 

 まあ、【闘士(ヴァール)】や【修練闘士(セヴァール)】といった鍛え上げた人間達にとっては、その怪我からでも復活できる非常識さも持ち合わせているのだが……。

 

 そんな大重体が一瞬で完治するという異常な光景も、ジンが得た【魔導士(ラザレーム)】という【神力魔導】の名声と効力が【進化細胞(ラーニング)】を覆い隠した事により、皆にも『【神力魔導】を扱えるジンがすごい』という誤認を生み出し、異常とはとられない結果となった。

 

 ……まあ、既にジンにどっぷりつき合っている一同である。

 

 今更能力がばれた所で心ない言葉をかける事はなく……むしろエレあたりに嬉々として危機的状況(模擬戦)に追いやる事請け合いなので……かえって伝えないほうが幸せと言えるかもしれない。

 

 ……主にジン的に。

 

 しかし内情を知らない……あるいは知っていたとしてもあの怪我である。

 

 見た目が非常にハードだった事は否めず、ジンを信じていたものの壮絶な戦いはジンを心配するに十二分に余りある結果であり、この過保護なほどの心配も当然の結果であった。

 

(うう~……ザキューレさん達やエレさん達との修行で成長したという自信が過信に変わってたのかも。【進化細胞(ラーニング)】があるから死なないとはいえ……それこそ死ぬかと思うぐらい痛かった……死なないだけで痛いのは普通に感じるのに、さすがに今回は無理とか無茶じゃなく、無謀のレベルだったよ……みんなにも心配かけちゃったし)

 

 ため息をつきながらも、今回のカイン戦を省みるジン。

 

 今回は最初から最後まで、死を覚悟しての闘いではあったのだが……現状のジンとカインの実力差を考えると……無理どころか無茶でもおこがましいほどの無謀な挑戦だった。

 

 決着をつけたあの自爆覚悟の最後の一撃ですら賭け以外の何物でもなく、仮に【修練闘士(セヴァール)】として誇りを持つカイン、あるいは【闘士(ヴァール)】でなければああいう結末にはならなかったであろう事請け合いである。

 

 ──動けないジンを、手の届かない範囲外から攻撃し続けるという手も使えたのだから。

 

 特に……ジンがクルダ国内で起きるいざこざを、自分の身体能力と格闘技術だけで補えていた事が今回の件に致命的な差を生み出す事になっていた事は否めない。

 

 今回の闘いでは、ジン自身が習得した技術のほとんどが【四天滅殺】という掟がある以上、秘匿しなければならない死技術になっていた事がカインとの差を開く大きな要因となっていた。

 

 さらにはジンの安全を考えれば【魔導士(ラザレーム)】とて使えないというのに、今現在表だって使える技術である【呪符魔術士(スイレーム)】の呪符を、今までのトラブルを全部素手で対処出来ていた事、そしてトラブル後の後始末の為に、怪我人の治療をする事が多く、血の気が多い傭兵達と付き合うには、絶えずそれを見越して治療符を大量に持ち歩く必要があったのである。

 

 その為、いつのまにか攻撃符を家に置き、空いたスペースに【治癒】符を入れる癖がついていた事が、より顕著にジンの不利を浮き彫りにしていた。

 

 いくらクルダ国内とはいえ、やはり最低限自分の身を守れる一通りの呪符は持ち歩かなければならないな、と今回の反省を生かす為、さっそくとばかりにベッドの横にかけてあるジャケット、そして大きなかばんから今まで作ってきた呪符を取り出し、寝転がりながら分けられている攻撃・防御・補助・回復の呪符を吟味し、今回のような件のような出来事に遭遇した際、いつでも対応し、手札を切れるような緊急用の呪符構成を思案していくジン。

 

 様々なシチュエーションを考慮し、緊急時にはどんな呪符が有用であり、どんな対応をするべきかを考えながら呪符束から必要な呪符を抜き取り、付箋を挟んで種類分けしながら新しい呪符束を構築し始めた所で──

 

「起きてる? ご飯できたわよ~」

「ん、ありがと~フォウリィーさん」

 

 そこにノック三回、湯気をあげたトレイを片手でもったフォウリィーが、扉を開けてはいってくる。

 

 体をゆっくりと起こし、フォウリィーが見せるトレイの中身に笑顔を見せるジン。

 

 そこには焼きたてのパンケーキに、ハチミツを溶かし込んだホットミルク、軽く野菜とベーコンを合わせた野菜炒めという洋風朝食が湯気を漂わせており、ジンの膝の上にそっと置かれたその朝食に手を合わせ、いただきますといって早速食べ始めるジン。

 

「ふふ。……あら、呪符? 何してたの?」

「あむ……おいし~! あ、うん。さすがに今回の件で反省して……そう何度も今回のような事はないとは思ったんだけど、もしもの事態に陥った時のために、どんな状況でもある程度は対処出来るような呪符の構成を纏めてたんだ」

「……確かにそうね。私も油断はしてたわ。大抵、体術だけで対処出来てたし……」

 

 食べ始めたジンが『おいしい』と口にするのを聞いて優しい微笑みを浮かべつつ、ベッドの上に広げられた呪符束を見てジンに疑問を投げかけるフォウリィー。

 

 そしてその内容が、今回の危機を今後に生かす為の話であり、その話を聞いてフォウリィー自身にも油断があった事を自覚する。

 

「よくよく考えると、クルダは傭兵大国。金で雇われ、戦に出向く者たちの巣窟なのよね……。その強さが噂を呼び、評判とはなるものの……それはかつて雇われていたもの、あるいは敵対していたものから恨みを買う事も珍しくないわ。まして……クルダの傭兵同士でぶつかる事もあるそうだしね。『昨日の友は今日の敵』が日常的な人たちだから……傭兵達ならば話は別だろうけど、一般の人達がその感覚を持っているわけでもないだろうし、私達がそのいざこざに巻き込まれないとも限らない」

「……うん。それが自分自身だったらまだしも、仲間がそれに巻き込まれた時に呪符がなくて何も出来ないんじゃ話にならないしね。きちんと準備して対処出来るようにしないと、と思って」

「……そうね。確かにそうだわ。まだ時間はあるだろうし、ご飯食べ終わったら呪符の構成を一緒に考えましょうか?」

「うん! ありがとうフォウリィーさん」

「ふふ、いいのよ。私もついでに用意しておくから」

 

 そう言うと自分のバッグから自分の呪符を取りだし、ベッドの上のジンの呪符を丁寧に退かして自分のスペースを確保し、ジンのベッドに座るフォウリィー。

 

 時折食事をするジンを横目に見て頬を緩めつつも、自分だったら何を使うのかを丁寧に吟味し、呪符を構築していく。

 

「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末さまでした。それで……早速だけどジン。この構成で足すべき呪符は何がいいと思う?」

「ん? ええと──」

 

 両手を合わせ、美味しい朝食に感謝の言葉を述べるジンに対して笑顔で返すフォウリィーが、膝の上からトレイを受け取り、ベッド横のサイドボードの上へと移しかえる。

 

 食事をしている最中に、自分の経験則からある程度選びあげた呪符束をジンと一緒に眺めながらそう尋ね、二人で仲良く並んで考え込む。

 

 数分の意見交換により、どんな状況下でも対応出来るとなるとやはり臨機応変(オールラウンド)の構成が一番だろうという、実に堅実派な考えに辿り着いた二人。

 

 相手を斃すのではなく、その状況に応じて生き残る・時間を稼ぐ・逃走を視野に入れた呪符構成は、属性攻撃符を一揃え、捕縛・幻影などの補助系と、障壁・結界などの防御系を多めに盛りこんだ構成となっており、当然の如く治癒符も織り交ぜた汎用性に富んだ構成に落ち着いた。  

 

「──うん、これならよっぽど極端な局地戦じゃない限りは問題ないと思う」

「そうね。後は術者の腕次第かしら。私もお揃いで一束作っておく事にするわ。後、私自身にも言える事だけれど、あくまでこれは緊急用。普段からきちんと多様な呪符を持ち歩く癖をつけましょうね?」

「……はい!」

「ふふっ、よろしい!」

 

 頷くジンを見て早速自分の分の呪符も構成し、バッグから新しい革製の呪符ホルダーを取り出し、今構築した呪符束を仕舞いこむフォウリィー。

 

 ジンのほうは、いつも来ているジャケットの裏側に存在する複数の内ポケット。

 

 その中でも背中部分にある内ポケットに仕舞い込み、いつもとは違う部分に呪符を仕舞う事によって明確な差をつけ、緊急用の意味合いを強く意識するようにする。

 

「──これでよしっと。さてと、不安材料が一つ減った事だし、エレから話を聞いて怪我人達が来るはずだから準備しておかなきゃね。食器を洗って軽く掃除をして……あ、お昼の準備も居るわよね。……そうねえ、血肉になりやすいお肉やチーズなんかを使ったお料理にしようと思っているのだけれど……食べられそう?」

「うわあ、おいしそう! もちろん大丈夫だよ! 楽しみだな~」

「ふふ、任せて頂戴。それじゃ、後でね?」

「は~い!」

 

 微笑みながら小さく手を振り、トレイを持って階下へと降りていくフォウリィー。

 

 それを手を振って見送り、閉まる扉を確認した後、ベッドには横にならず、壁を背に考え込むジン。

 

(……どの道、今日は無理出来ないし、どうせまともに動けないのなら……昨日【解析(アナライズ)】して考えた、治療用の呪符を構築してみるかな?) 

 

 そして思いついたのは、わざわざ【進化細胞(ラーニング)】の効果を【神力魔導】を使って遅らせてまで解析した、【進化細胞(ラーニング)】の再生工程を模した呪符の構築。 

 

 そして、【解析(アナライズ)】をスキャンのように使用し、ジンのような解析能力がなくとも詳しく診察できるような呪符の構築であった。

 

 再び瞑目し、自分の内面へと埋没していくジン。

 

 すっと沈み込むような感覚と共に、意識はジンの内面へと向かい、内部世界へと落ちていく。

 

 そして……光のトンネルを通りぬけ、ジンの目の前に展開されるのは……白の図書館【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】。

 

 本棚を埋め尽くす書籍の数々と、今まさに書籍になろうとしている知識の断片。

 

 新しく構築される本棚が、それこそ見渡す限り無限に続く、本棚の密林。

 

 中央に丸く広い広場を頂き、扇状に広がるそれらが円を描くその光景は圧巻であり、本が生まれ、飛び交う様は幻想的であった。

 

 その中央広場に降り立ち、遠くに見える数を大分増やした本棚を感慨深く見つめながらも、先ほどの術式構成を思い浮かべると──

 

─書 籍 乱 舞─

 

 その条件に見合った書籍(知識)が検索結果により本棚からジンの目の前に飛んで来てその形を光の粒子に変える。

 

 それはジンの目の前に空間ディスプレイとして表示され、【解析(アナライズ)】から得られた考察と知識が、その術式に見合った知識を抽出。

 

 それらの知識を流用・応用して術式の構築を作り始めた。

 

「──う~ん、やっぱり【解析(アナライズ)】や【進化細胞(ラーニング)】を呪符にしようとすると呪符単体で作れる訳がないか。やっぱり条件を限定して使用用途を固定しよう。こっちは……う~ん、万能には程遠いけど、【治癒】符よりは即効性と効果において上じゃないと意味ないしなあ。もうちょっと構成を煮詰めてから試作に入ろっと」 

 

 昨日【解析(アナライズ)】していた事により、ある程度形になるぐらいには術式構成が済んではいたのだが……如何せん、【解析(アナライズ)】や【進化細胞(ラーニング)】といったものは能力の同時起動、同期起動等、精密制御の塊である。

 

 その全てのイメージを模倣(トレース)し、術式に起こすのは不可能であった。

 

 そう、それを行うとなれば【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】ですら容量が足りないというほどの大容量となってしまうのだ。

 

 それに元々【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】はその名の通り広域に破壊を齎すための呪符であり、回復や防御といった細やかな術式制御には向かないものなので、【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】で治療呪符を作るというのは初めから選択肢に入らない。

 

 次点となるのは【高速呪符帯】。

 

 襷状の形状から、多くの魔力文字を刻みつける事が可能であり、身体に巻きつけるという行為が直接的に身体に作用するので制御が効きやすく、効果も高い。

 

 しかし、その半面【高速呪符帯】は巻きつけるという動作から、一人にのみしか使えないという、制作コスト面に置いて【呪符】よりも圧倒的に劣り、尚且つ複数回使えるという利点も一人にしか使えないという部分に置いて意味がなくなってしまうため、これもまた選択肢としてはありえなくなってしまうのだ。

 

 そうなるとやはり【呪符(アルカナ)】が汎用性においても、コストにおいても理想的となるのだが……今度は圧倒的に術式の容量が足りないというジレンマが発生してしまう。

 

 この力不足を補うのが複数同時起動という手法であり、これによって威力の増加や障壁の強化、治癒呪符の回復を促進させるなどといった使い方が可能なのではあるが……それは元々存在する【治癒】符というのは自己治癒能力・新陳代謝を活性化させて癒すというものであるからこそ重ね掛けや同時起動が可能なのだ。

 

 しかしジンが今術式を組み上げているそれは、通常の呪符とは一線を画すほどの精密さが要求される呪符である。

 

 そのコンセプトは……省コストである程度の【呪符魔術士(スイレーム)】が使えるほどの汎用性に富み、特に致命傷となる傷に即効性のある治療呪符。

 

 ……普通に考えれば実に無理難題であり、無謀な挑戦ではあるのだが、ジンの能力はそれすらも可能の範疇へと納める事が出来る。

 

 そして……元々、呪符と言うのは攻撃や防御等といった過去の戦争・戦闘で培われた経験則によって創り磨かれてきたものであり、幾多の戦闘を超えてそれらのバリエーションは多岐に渡るのだが……怪我の治療に関して言えば在るのは前述の通り、【治癒】という新陳代謝を高めて自身の治癒力を利用した呪符だけなのである。 

 

 ある程度は病気も治るが……自己治癒能力の差に置いてこれらは個人差が大きく、一般の人達には効果が薄い事もしばしばであった。

 

 それに呪符を扱う術者の腕、魔力差、資質、意思力に置いてもその効力にばらつきが生まれ、それが呪符という優れた技術形態があるのにも関わらず、医者や薬師といった職業が一行に無くならない理由でもある。

 

 ジンが今構想を練り上げている呪符が作れるというのならば、通常の怪我や病気は医者や薬師に任せ、自分達は緊急の患者を治療できるといった手もとれるのだ。

 

 また……重大な病気や瀕死の重症の際、事あるごとに大金を払い、【魔導士(ラザレーム)】に要請するという手間が省ける事となり、そんな要請がっても忙しくてなかなか時間の取れない【魔導士(ラザレーム)】を待つ間に、患者が手遅れになってしまうという悲しく残酷な結果も飛躍的に減らす事が出来る。

 

 ──即ち、今まで助からなかった命ですら、助ける事が出来るかもしれないのだ。

 

 必要は発明の母という言葉がある通り、エレの兄・ディアス=ラグを治療する道を模索し、行き詰っていたジンがカインとの闘いの後で閃いた術式構成こそがこれであり、確実性を求めた結果、ジンだけが使える固有技能【解析(アナライズ)】、及び【進化細胞(ラーニング)】の能力の一部を治療目的に流用し、呪符で再現するという考えだったのである。

 

 いかなる事象・物質でも【解析(アナライズ)】する【解析眼(アナライズ・アイ)】。

 

 自分の体の状態を常に進化状態に置き、健常な状態を保つ【進化細胞(ラーニング)】。

 

 それらから治療という唯一点のみを抽出し、余分な機能をそぎ落とし、それでいて尚且つ治療は完璧にこなす呪符を作り上げる。

 

 それを閃いたが故に、カインとの戦闘で受けた自身の怪我が治る過程を遅らせてでも【解析(アナライズ)】し続けたのだ。 

 

 さらに、カインとの闘いで得られたのはこの閃きだけではない。 

 

「まずは【解析(アナライズ)】を診察に流用。怪我や病気をピンポイントで捕えられるような術式に構成する。そして……その判断結果から、体の内外問わずに直接幹部に作用する術式を作り上げたいんだけど……その場合は病気と怪我に分けたほうがいいのかな……あるいはその両方の兼任が出来ればベストなんだけど……」

 

 ──今までは現実での【進化細胞(ラーニング)】頼みで技術習得を行い、実際にその肉体のみを用い、反復練習によって錬度をあげていたジン。

 

 しかし今回、カインという圧倒的な実力差を伴う強敵と殺し合いを行った事が、ザキューレから教えられた言葉を身にしみて実感する結果となり、改めて自分自身の持つ力を省みるきっかけとなったのである。

 

 ──即ち……力を使える(・・・)事……技術を習得し、単発で使える事と、力を使いこなす(・・・・・)事……それを戦況・状況に応じて使い分け、応用し、臨機応変に対応する事では雲泥の差があるという事を再認識したのだ。

 

 そして、そこから得た教訓は今までにジンが教えを請い、与えられ、磨き上げてきた技術・術式だけではなく……ジン固有の能力である【解析(アナライズ)】・【進化細胞(ラーニング)】・【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】の能力をも見直すいい機会になったのである。

 

 自身の能力全てを見直し、今まで自身が培ってきた経験・能力・技術を徹底的に見直した結果、かつてカイラとの戦闘シュミレーションという、イメージトレーニングだけで使われていた【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】内で使用され、最近ではあまり使われていなかった【疑似再現機能(エミュレーター)】の存在に着目したジン。

 

 これを戦闘シュミレーションだけではなく、技術習得・試作工程・修練練磨においても活用する事を見出したのである。

 

 ……これを思いついた時、まさにザキューレの言葉通り、自分の力を使いこなしていなかった事を再認識してやや凹んで反省しきりだったりしたわけだが……それはおいておこう。

 

 つまり、【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】内部で【疑似再現機能(エミュレーター)】を駆使し、記憶した記録、現在のジンの思考を再現。

 

 呪符の作製工程をシュミレーションし、その試作品の試験を行う。 

 

 その動きをシュミレーションし、呪符の失敗から不備を確認。

 

 再構成してリトライを繰り返す。

 

 それらを何回・何十回と【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】内で繰り返し……その結果からより効率を高め、高めた結果を元にそれを複製して修練工程(ライン)を増やし、何百・何千・何万回とそれらを繰り返していく事によって不備を無くし、余剰な術式を取り除き、完成まで道程を大幅に短縮する事が可能となるのだ。

 

 さらにはこの【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】の【疑似再現機能(エミュレーター)】で得られた知識・経験・結果を実際に現実の肉体で実行し、行使しする事によって【疑似再現機能(エミュレーター)】のイメージに折り重なるようにすり合わせ、完全同期する事で凄まじいほどの錬度と、今までよりもさらに飛躍的に技術や術式の効率を高めるという事が出来るようになったのである。

 

 【疑似再現機能(エミュレーター)】内部で構成・使用・失敗する事により、現実での白紙の呪符を無駄に使う事もなく、より精密に構成された呪符を作り上げる事が出来るという、効率的・効果的にも実にいい結果を齎すこの修練ではあったが──

 

「──うう、ちょっと休憩……」

 

 ──得られる経験・効率も凄まじいが、一気に膨大な経験と知識が得られる為に、その処理に対する負荷も強大であるようだった。

 

 それは強烈な頭痛と、さらには貧血と相まってちかちかとジンの目に火花のように広がり、めまいを起こさせ、それにより眉を八の字にして頭を抑え、ぺたんと崩れるかのようにベッドに横になるジン。

 

 ガンガンと押し寄せる頭痛に『あ~』とか『う~』とか口にしながらベッドの上を転がりつつ、それらの処理が終わるまで痛みに耐える事数分。

 

「うう……【進化細胞(ラーニング)】で慣れるまでは、徐々に展開しよう……」

 

 ──短期間で技術を模倣・習得し、短時間でその技術に対する熟練・習熟度を上げる事が出来る。

 

 これこそがジンに与えられた能力、【解析眼(アナライズ・アイ)】・【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】・【進化細胞(ラーニング)】の完全同期によって得られる最大の特徴であり、元々存在してはいたものの、今まではごくわずかしか使われていなかった能力の本分である。

 

 ようやく活躍の機会を与えられたそれは、今までのうっ憤を晴らすかのようにジンの要望に答えて全力稼働し続け、【疑似再現機能(エミュレーター)】の修練・練磨の過程から生み出された結果を肉体と同期し続ける。

 

 【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】内部で、ディプレイとにらめっこをしつつ【疑似再現機能(エミュレーター)】をフルに使い、試作の呪符作成をし続けたジンが、完成に至った呪符を掲げて『上手に出来ました~!』と喜びの声をあげた瞬間、その知識と経験を持ったままに現実へと意識を浮上させていく。

 

「──っ……後はこれを現実とすり合わせて作り上げるだけだな」

 

 ふ~と一息ついてぱちっと目を空けたジンが、貧血を起こさないようにとそろそろと体を起こし、バッグを取り寄せて中から呪符を作成する為の書式を取り出し、サイドボードで墨を磨りながら魔力を練り上げ、筆に墨をつけつつ、白紙の呪符を二枚持ちあげ──

 

❝ジン=ルーナ=ソウエンが真名において結晶す❞

 

 胡坐をかいた姿勢で、真名を起点とし、呪符を作り出す作業工程に入る。

 

❝上天御願❞

 

 ジンの【魔力】を受けた墨が、筆から空中へと舞い踊り─

 

❝昊天御願❞

 

 ジンが思い描く力の形を、文字に変える。

 

❝蒼天御願❞

 

 それは手にとった白地の符の前で停滞する。

 

❝旻天御願❞

 

 ジンの想いは結実し、それは魔力文字という形で符に刻まれ─

 

❝魔力文字結晶❞

─呪 符 完 成─

 

 ──それは呪符として完成する。

 

「……ん、出来た。……【解析(アナライズ)】結果と一緒だ。【疑似再現機能(エミュレーター)】と肉体のマッチングも完璧。……要所要所で合間を見て使っていこう」

 

 待っていた呪符を【解析(アナライズ)】し、【疑似再現機能(エミュレーター)】の結果とのすり合わせがうまくいった事を確認したジンが安堵し、息を深く吐きだす。

 

 いくら汎用性を求めたとはいっても術式自体は高度であり、モグリや呪符をかじっただけの【呪符魔術士(スイレーム)】には扱えない、一定量の技量が求められる呪符になってしまったものの……それも腕を磨けば使える範囲内に収まるようにしてあるのだ。

 

 後は個々人の実力を磨いてもらうよりほかないと結論付け、ジンは次々と呪符の複数同時作成で呪符のストックを作り上げていく。

 

 それは【疑似再現機能(エミュレーター)】により磨き上げられた経験を元に、老練なほどの修練差を見せる腕前であり、あきらかに以前よりも作成工程と作成手順が洗練され、魔力のロスや複数作成枚数を増やすという結果を齎していた。

 

 出来あがった二種類の札が束で纏められる数を作り上げた頃……俄かに裏庭が騒がしくなり、近所のおっちゃんやおばちゃんの声が聞こえ始める。

 

 エレが来たにしては質の違う騒ぎ方に疑問を覚え、自分の部屋の窓を開けて外を確認しようとした所で──

 

「御免、こちらが【影技(シャドウ・スキル)】・エレ=ラグ殿の家で間違いないか?」

「ええ、そうですけれど……ああ、昨日の件でしょうか?」

「はっ! その通りです! ……それが、その……」

 

 エレが王城で伝えたのであろう、王城から早速怪我人を連れてやってきたと思われる近衛兵の大きな声が家に響き渡り、ジンが寝てるのにと不満に思いつつも、それを隠して笑顔で対応するフォウリィー。

 

 怪我の治療であればと、早速家の中で治療をすると告げ、怪我人を中に入れようとしたフォウリィーではあったが……なぜか歯切れの悪い近衛兵がバツの悪そうな表情をする。

 

 それに怪訝な表情をとったフォウリィーの視線の先と、二階の窓から外を見たジンの目に映ったのは──

 

「よおし! ここだ!」

「──了解! 第一班! テントの設営を急げ!」

「こちらに清潔なシーツを」

「おい、こっちに怪我人を運んで来い!」

 

 近衛兵に引き続くかのように現れた一団が、エレの家の裏庭へと手際よく侵入。

 

 簡易テントを組み上げて日差しを遮り、草の生えた地面を踏みならした後、地面に丈夫な布地で出来た敷物を敷き、そこに担架事包帯まみれの怪我人達を運びこみ、またたく間に庭を埋め尽くしていく信じがたいほど大量の怪我人を伴った光景だった。

 

「……実は、予想以上に怪我人が多く、しかも……怪我をした傭兵の中に治療を得意とするものたちが含まれていたのです。その結果……城はあっさりと飽和し、城から【仕事斡旋所(ギルド)】にも救援要請をかけたのですが、そちらにもすでに怪我人が運ばれていまして……どうにか一晩は持たせたのですが、我々の腕では現状維持で手一杯だったのです。そこにエレ殿から聞かされた話は渡りに船でして。……大変申し訳ありません!」 

 

 恐らくは応急処置のみで重大な危機からは脱したものの、未だに包帯から血を滲ませ、顔を顰める傭兵達の姿は見ていて痛々しく、治療が行きわたっていないのが見て取れるレベルであり、あまりの怪我人の多さに笑みを浮かべた口元をひくひくと振わせるフォウリィーと……二階で同じようにシンクロして苦笑いするジン。

 

「いえ、その……なんというか、確かに治療をするとはいったのだけれど……」

「本当に申し訳ありません! 【仕事斡旋所(ギルド)】からもこちらに居られる方は下手な医者よりも腕がいいと聞きまして。【仕事斡旋所(ギルド)】でも対応しきれない怪我人達も含め、全てをこちらに回させていただきました」

「す、すみませんお姉さま。さすがに【仕事斡旋所(ウチ)】の職員よりも、お姉さまの呪符のほうが治りがいいと思いましたので……」

「…………はぁ~…………ええと、流石に予想外だし、私の手にもおえないわよ? ……【呪符魔術士(スイレーム)】を手伝いに回してもらうという事は……出来ない、のよね」

─『手いっぱいです!』─

 

 思わず額に手を当ててため息を吐くフォウリィーの姿に、頭を下げてお願いをする近衛兵と、ここまで案内して来たのであろう、フォウリィーが懇意にしている【仕事斡旋所(ギルド)】の受付嬢の姿が頭をさげる姿が映り、困惑したフォウリィーが手伝いの伝手をお願いしようとするも、なぜかハモってきっぱりと断る目の前の二人。

 

「……厄介事が解消されたからかしら? 随分と嬉しそうに言うわね……。まあ、でも仕方ないか。昨日の今日だし……さすがにこれは私一人では無理ね。……正直、あまり無理はしてほしくはないのだけれど……ジンに手伝ってもらう以外、手はない……わよね」

─『本当に申し訳ありません! ありがとうございます!』─

 

 何度目かわからないため息をついて覚悟を決めると、その両手に呪符を持って魔力を透し、呪符を輝かせるフォウリィー。 

 

 すでに設営の終わったテントに呪符を投げつけ、テント内に居る怪我人達に対して効力を発揮する範囲設置型の治療呪符【治癒結界】を張り、自分達が怪我を見るまでの間に多少は怪我がましになっている事を願って発動させる。

 

「……これで多少はましなはずね。……流石にこの人達の食事の支度や世話までは手が回らないわ。近衛兵や【仕事斡旋所(ギルド)】でカバーできないなら、近所の人達に応援を頼んで頂戴。それぐらいならいいでしょ?」

─『分かりました!』─

 

 そのフォウリィーの声を受け、近衛兵が近隣の人々を集めて説明を行い、炊き出しや怪我人の搬入の手伝いを依頼する。

 

 いつも世話になっているジンやフォウリィーの為ならと、食材の支援や介護介助等を引き受けてくれる近所の人たちがテント内、そして空いたスペースに火を炊き、おばちゃんたちがテーブルや椅子を持ちより、簡易的な窯を作り、大人数用に大なべに料理を作り始める。

 

「ただいま~フォウリィーさん、って……な、なんですかこれぇえ?!」

「ああ、ガウ君おかえり。……御覧の通りよ。さすがにこの人数だと手が足りなかったみたいだわ」

「……さすがに、限度がありませんか? フォウリィーさん」

「……言わないで。それは私がよくわかっているわ。ガウ君、悪いんだけどジンを呼んできてくれるかしら。さすがにこれは私一人じゃ無理なのよ……」

「……わかり、ました」

「ごめんなさいね……」

 

 朝から森に薬草を取りに行っていたガウが、大きな籠いっぱいに薬草を取って戻ってきたのではあるが……この裏庭の光景に絶句し、驚愕に固まってしまう。

 

 まだ何もしていないのにもかかわらず、既に疲れた表情になってしまっているフォウリィーに事情を聞き、やや呆れを含んだ声で返してしまうガウ。

 

 申し訳なさそうにするフォウリィーが、絞り出すようにガウにジンを連れてくるように頼み、思わず反論しようとするものの、その表情に余裕がない事を悟って頷き、頭をさげるフォウリィーに首を横に振って答えつつ、一足飛びに階段を駆けあがっていく。

 

「ジン、入るよ?」

「ああ、ガウか、おかえり。……すごい事に、なっちゃってるな?」

「うん……まさか、ここまでカインの犠牲になった人が多かったなんて……」

「まあ、血の気が多いやつが多いからね、このクルダは……カインという別格だろうと、挑まずにはいられなかったのかも」

「あははは……」

 

 既にジャケットを羽織り、今日に限っては攻撃の呪符が確実に必要がないだろうとの事で、今作り上げた呪符をありったけホルダーに詰め込み、入ってきたガウと顔を見合わせてため息をつくジン。 

 

 一応という事でガウに支えてもらいつつ、階下へと降りるジン。

 

 その際、なぜか顔を赤くして自分に落ち着くようにと言い聞かせるガウが居た訳だが……そこは察してあげるべきだろう。

 

 そして、いつも料理を食べる為の場所であるリビングはすでに片付けられ、外と同じように厚手の敷物が敷かれて床に寝転がれるように準備が成され、診察と治療の受け入れ態勢がフォウリィーと【仕事斡旋所(ギルド)】受付の手によって整っていた。

 

「ジン、本当にごめんなさいね」

「いいよ、大丈夫だから。……助けようね、フォウリィーさん、ガウ!」

「ええ」

「うん!」

 

 裏口から外の様子を眺め、その心構えを決めるジンが気合を入れ、それに頷くガウとフォウリィー。

 

 呪符を張りつけた鍋にお湯がわき、煮沸消毒されて絞られたタオルが山のように準備される中──

 

「──だから落ち着けってんだ!」

「グォオオオ! これが落ち着いていられるかぁああ!」

「そうだよ! あの子は私達より酷い怪我だったんだ! この目で見るまで信用できるもんかっ!」

「──ん? なんだろ? 言い争い?」

「ええ……それに、随分と聞き覚えのある声ね?」

「うん……エレ姉の声も聞こえるし……」

 

 裏側ではなく、表通りから聞こえてくる言い争う声が遠くから響いてくる。

 

 それはいつも聞いている声ばかりであり、怪我人達を避けて態々家の表に回ったのであろう、街道方面から聞こえてくる喧喧諤諤な大声での言い争いの声は徐々に近づいてきて──

 

─『無事か! ジンちゃん?!』─

「やっぱりリムルさん、グォルボさん……無事でよかった」

「だ~! だから無事だってんだろこの馬鹿共! 心配するならちったあジンを休ませやがれ!」

 

 入口の布を跳ね上げ、勢いよく血相を変えてはいってきたのは……包帯まみれのリムルとグォルボの二人組であった。

 

 そんな二人を後ろから抑えつつ、困った顔で窘めるエレという……いつもとは逆な光景に驚きつつも、昨日確認出来なかった二人の無事を確認出来て内心ほっとするジン。

 

「よ、よかった……本当に大丈夫なんだね?!」

「グ、グオオオオ! よかった、よかった!」

「ったく、あたしが大丈夫だっつってんのに聞きやしねえ。悪かったなジン騒がせちまって」

「ううん、二人が大丈夫なのを確認出来たから気にしないで……心配してくれてありがとう、リムルさん、グォルボさん」

「……ふふ、よかったわね」

 

 それは……エレが城に出向いて現状を尋ね、治療を請け負うというフォウリィーの伝言を近衛兵に伝えた後の話。

 

 ジンも気にしていたし、エレ自身も気になっていたリムルとグォルボの様子を覗きに治療が行われているという部屋へと向かったのだが……エレを見かけた瞬間、治療の手を掻い潜ってエレに詰め寄り、矢継ぎ早にジンの状況を訪ねてくる二人。

 

 落ち着くようになだめつつも、『ジンは自分の力で怪我を治し、安静にしなければならないが命に別条はない』という説明を行ったのだが……最後の最後、決着の一撃までカインとジンとの死闘を見届けていた二人にとっては、あの痛々しいジンの姿が脳裏に焼き付いており、到底信じられるものではなかった。

 

 居てもたっても居られなくなった二人は、城での治療もそこそこに痛む体を推し、限界以上の速度でエレの家を目指して爆走しはじめたのだ。

 

 慌ててそれを止めようとするエレではあったが、それを歯牙にもかけずに暴走し続けた結果が今現在の現状なのである。

 

 そして実際に怪我が完治し、自分達にいつもの優しく愛らしい笑顔を見せるジンの姿を見て心から安堵し、漢泣きをして腕で顔を隠すグォルボと、涙を隠そうともしないでジンに抱きついて喜ぶリムル。

 

 そんな二人を見て苦笑をしつつ、『ったく』と小さく言葉を零しながら頭をかくエレ、そんなエレの肩に手をおきつつ、顔を見合わせて苦笑するフォウリィーといった、騒がしくも和やかな光景がそこに──

 

─『……ぐふっ』─ 

「あ、馬鹿?! くそ、やっぱりかあ!!」

「う、うわああ?! リムルさん、グォルボさん~?!」

「ちょ?! はぁ……早速最初の診察が始まる訳ね……はぁ~……ガウ君? 薬草のほうをお願い。エレ? 貴女はそこの布で血の処理をお願いね?」

「わ、わかりました!」

「ったく、無茶しやがってこの馬鹿共!」

 

 ──あったはずだったのだが……治療もそこそこにやってきた二人は、当然身体の怪我が完治には程遠い状況であり、安堵し、気が緩んだ瞬間、二人が唐突に口から血を吐き出してぐったりと倒れ込むという緊急事態に発展してしまう。

 

 身体に巻いた包帯に赤い染みが出来始め、急速に勢いを無くし、激痛に気を失う二人。

 

 脂汗を浮かべてうめく二人の様子に慌てるエレとジンではあったが……再びため息をついたフォウリィーの指示によって正気を取り戻し、指示に従い各自が仕事に差し掛かる事になった。

 

 急いでリムルとグォルボを寝かし、エレが床の血をふき取った後で二人の包帯を解き、血を煮沸消毒した布でふき取っていく。

 

「……結構酷いわね。応急処置から変わってないみたい。それで、新しく作った呪符というのは使えそうなの?」

「うん。今説明しながら使って見せるから、フォウリィーさんもこれを使ってみてほしいんだ。俺だけが使える呪符じゃ意味ないしね」

「ん、わかったわ」

 

 二束の呪符をフォウリィーに手渡し、二枚一組の呪符を両手に持って二人の間にたち、呪符を発動させるジン。

 

ー【発動】ー

❝『我は光 不可視の光』❞

 

 それは【解析(アナライズ)】を解析する事によって生み出された呪符。 

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『身体を透過分析し』❞

 

 二枚一組の呪符がその発動に伴って別れ、片方は対となる魔力文字の印が呪符の縁取りとして刻まれている以外、ほとんど白紙の状態である呪符であり、それは足元へ。

 

 対する発動中の呪符は頭上へと移動し、リムルとグォルボを挟みこむように展開される。

 

ー【呪符覚醒】ー 

❝『その異常を記す者也』❞

 

 頭上で魔力文字がその効果を発揮し、魔力文字がその形を無くし、不可視の魔力で構成された光線となってリムルとグォルボそれぞれの体を透過する。

 

 すると、縁取りのあるほうの白紙の呪符が、その光線を吸い取るように受け取とり、それは魔力文字として白紙の呪符に文字を刻んでいく。

 

「……その呪符は……何かしら?」

「……よし! えっと、この呪符の効果は医者や薬師、そして俺達【呪符魔術士(スイレーム)】が診察して怪我の具合を確認したりするのをより詳しく、目に見えない部分まで正確に、詳細に調べあげる為に作った呪符なんだ。こっちの頭のほうに展開する呪符から、足元の白紙の呪符に魔力の光を照射し、身体の内部の異変を透写する呪符なんだよ」

「……魔力を体に流し、その流れが淀んだり、途切れた部分を怪我や病気として呪符に記す呪符、ってことでいいのかしら?」

「?! すごいねフォウリィーさん。一瞬で分かるなんて」

「ふふ、これでもジンのお師匠様ですからねっ! ……それで、次は?」

「うん、次は──」

 

 ジンが呪符の効果を【解析(アナライズ)】し、その結果に安堵して頷くのを見て絶句気味に尋ねるフォウリィー。

 

 ジンが呪符の内容を話すのを聞き、その説明を自分なりの解釈で受け止め、納得を見せた事にジンが驚きつつも、診察だけではないのだろうと次の工程を促すフォウリィー。

 

「しかし……この診察をする呪符、必ず二枚一組で使う呪符なのね……こんな呪符の使い方、初めてみたわ」

「さすがに、この呪符の容量じゃこれが限界で。一枚じゃどうにもならなかったんだよ。それで……次の呪符も、この診断結果を使って発動させる事が前提条件になっている呪符になっちゃったんだ」

「!! ……なるほど、容量不足を内容を分担させ、段階と手順を踏むという行為を挟むことで緩和させたのね。面白い呪符の使い方だわ」

 

 感心するフォウリィーの目の前で、苦心して作り上げた呪符の使い方を説明するジン。

 

 そう、ジンの説明の通り、これから使う呪符は診察の呪符・【診析】ありきでしか使えない呪符。

 

 【診析】の結果を、【診析】の呪符と同じように二枚一組の呪符で挟みこんで発動させ、三枚の呪符が関連づけられる事によって起動する呪符なのだ。

 

「ジン=ソウエンが符に問う! 答えよ……其は何ぞ!」

ー【発動】ー

❝『我は光 癒しの光』❞

 

 魔力を通し、呪符を発動させると……呪符は先ほどのように頭上と足元へと展開される。

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『記された導きに従い』❞

 

 先ほど真ん中に挟んだ【診析】の呪符がリムル、グォルボ双方の体の真上へと停滞すると、その刻まれた魔力文字が発動し、怪我の箇所へと目印を付けるかのように淡い光を放たせる。

 

ー【呪符覚醒】ー 

❝『在るべき姿に癒す者也』❞

 

 すると、その目印目掛けて頭上と足元の呪符から発動した魔力文字の光が体の神経・繊維の一本一本に溶け込むように行きわたり、その目印に存在する怪我の両端から血栓を破って光が突きでて、まるで答え合わせをするかのように正確に、精密に、その神経・筋繊維・骨・血管を縫い合わせ、繋ぎとめていく。

 

 そう、これが【進化細胞(ラーニング)】の再生工程を模した新しい治癒呪符であり、身体内部に光を透す事によって直接幹部に作用し、身体内部・外部を直接的に治すという、これまでの自己治癒を促すのとは全く違う画期的・かつ即効性にすぐれるという特徴を持っている呪符【光癒】の効果である。

 

「すげえ……まるで【神力魔導】みてえだ……こんなに早く効果のある呪符なんて初めてみたぞ……」

「……そうね……すごいわねジン。その治療呪符は【呪符魔術士(スイレーム)】の在り方を変えるほどの呪符になるわよ」

 

 またたく間に傷口がふさがり、リムルとグォルボの苦悶に満ちた表情が安らかなものとなり、寝息を立て始めるのを見て感嘆の声をあげるエレと、それに同意したフォウリィーが、先ほど手渡された手元にあるジンの作り上げた呪符に釘づけになる。 

 

 そして──

 

「──驚いたな。よもや……新しい治癒の呪符の形態を作り上げるものが現れるとは……」

「貴方は……」

「失礼、俺はそこの二人を治療する為に追ってきた者だ。……俺は【呪符魔術士(スイレーム)】・コア=イクス。昨晩は俺の救援要請を聞きいれていただき、感謝する。貴公の適切な処置のお陰で、どうにかこうして動けるまでには回復した」

「そっか、よかった……」

「……?! ……あ、ああ」

─『ッ!!』─

 

 開きっぱなしの表玄関からそういって入ってきたのは……こちらも包帯姿の【呪符魔術士(スイレーム)】、コア=イクス。

 

 カインによって齎された危機をジン達に命懸けで告げた人物であり、リムルとグォルボ達の献身によって、重症ではあるが比較的怪我が軽い部類に入った人物でもある。

 

 命を救われた礼として、実直な姿で頭を下げたコア=イクスに対し、助けられたんだな、とようやく実感がわき、改めて柔らかく慈愛に満ちた表情で微笑みかけるジン。 

 

 その表情を見て目を大きく見開いて固まるコア=イクスと、さっと顔を逸らして鼻を抑える一同。

 

 コア=イクス自身も天井を見上げるようにして後頭部あたりをもみしだき、あふれ出る愛を見せない様に苦心していた。

 

 そんな皆の様子に首をかしげつつも、ようやく復帰したフォウリィーが──  

 

「──それでジン、その呪符はどこまでの怪我が治せるの?」

「ん~、とりあえずグォルボさんやリムルさんみたいな、治りかけで傷が開いた程度なら【診析】の一組で十分かな。それで出た結果と【光癒】の呪符が二枚一組で大丈夫みたい。ただ、やっぱり血に関しては再生出来なさそうだから、こっちは経過を見ないと駄目だと思う。腕や足を切られたレベルの怪我であれば、現物さえあれば即座に繋ぎ合わせて治せると思うよ」

 

 目の前で治療された二人の様子を見て頷くと、どの程度までの傷がこれだけの即効性を持って癒せるのかを尋ねるフォウリィー。

 

 【解析(アナライズ)】結果からその効果のほどを告げると、その意味する所を知ってコア=イクスとフォウリィーが驚愕する。

 

「……流石としか言いようがないわ。まさかそれほどとは……」

「……馬鹿、な……【影技(シャドウ・スキル)】の言葉ではないが、それはまさに【魔導士(ラザレーム)】の領域だぞ?!」

「あはは。それに……出来れば、【治癒】との併用が望ましいかな。あれは自己治癒能力の増加だから、ある程度の血液増進効果と【光癒】では治しきれない、軽傷な外傷など、細々したものを治すのには最適だしね。それに……【診析】・【光癒】を使う間、現状を維持するのにも有効だし。まあ、【治癒】のほうは使いすぎると肉体自体の自己治癒能力が落ちるから、頼りすぎるのはお勧めできないけど」

 

 そう言いながら、呪符を部屋の中へと張り巡らせ、外よりも厳重な【治癒結界】を発動させるジン。

 

 さすがに、【診析】や【光癒】を使う間は【治癒】の呪符まで使っている余裕もないだろうとの判断で張られたものではあるが、慣れているフォウリィーやエレ達はさておき、再び目にしたジンの呪符の行使に、幼年ともいえる年で相当な手錬の動きを見せるジンに驚愕するコア=イクス。

 

(……なるほど、あのカインと殺り合える訳だ。現状、この場で俺が勝てる相手は……このクルディアスの少年のみか。こいつら二人が焦る理由もわかる気がするな。俺も……まだまだ修行が足らんらしい)  

 

 昨日、リムルやグォルボと話していた内容を思い出し、噂の内容以上に凄腕のジンを見て納得しながら、怪我が治り、苦痛に歪んでいた顔が安らかなものになったリムルとグォルボに視線を移す。

 

「──その呪符での治療……俺も手伝おう。新しい呪符の構成がみられ、尚且つそれを扱えるというのならば、俺の【呪符魔術士(スイレーム)】としての腕前を上げる事にも繋がるからな」

「本当ですか? 助かります!」

「なんか悪ぃな、巻き込んだみたいで」

「──気にする事はない。命を救われたのはこちらが先だ。恩義を返すのは当然だろう」

「それじゃあ、万全を期すためにその怪我、治しちゃいましょう。さ、横になってください」

「そうね……ジン、試しに【診析】の呪符は私にやらせて頂戴」

「うん、お願いするね」

   

 そう言うと、先ほどのリムル達の様子を見て大丈夫だろうと判断したコア=イクスが、エレがリムル達を担ぎあげて裏庭に出ていくのを見届けながら横になり、ジンの呪符を受け入れる体勢を取る。

 

「──フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う。答えよ、其は何ぞ!」

─【発動】─

 

 人手が増えるという事で喜ぶジンと微笑むフォウリィー。

 

 一度分担しつつ、ジン以外の人間でも呪符が使用できるかどうかを確認する事となり、フォウリィーが受け取った【診析】の呪符の束から一組を抜き出し、魔力を通す。

 

 すると……先ほどジンが発動させた時と同じように、フォウリィーのお伺いに対して呪符が反応。

 

 横になったコア=イクスに対して問題なく発動し、コア=イクスの怪我の状況が【診析】の白呪符に刻まれる。 

 

「……なるほどね、それなりに意思力はいるけれど、これなら私達以外の【呪符魔術士(スイレーム)】でも扱えるわ、ジン」

「そうみたいだね、本当によかった。俺だけが使えても、毎回こんなに怪我人や病人に来られても厳しいしね……」

「後はお父様に問いあわせて、この呪符の手法を伝達し、増産するだけね。そうすれば……今まで救えなかった命も救えるし、……旦那様との時間もきっと増えると思うの!」

「……ああ、なるほど、それは切実だよね~……」

 

 呪符の出来栄えに頷きつつそう告げ、最後の言葉ではぐっと握り拳を作ってやる気を見せたフォウリィー。

 

 それに苦笑しながらも、フォウリィーから受け取った【診析】結果を【光癒】の呪符に挟みこんで発動させる事で関連付け、コア=イクスに展開する。

 

「それじゃあいきますよコア=イクスさん。気を楽にしてくださいね~!」

「──ああ」 

「ジン=ソウエンが符に問う。答えよ! 其は何ぞ!」

ー【発動】ー

 

 ──開け放たれた窓から差し込む日の光と、蒼白い魔力で髪を輝かせるジンは神秘的な魅力を放ち、その姿は……昨晩自分を癒し、あの死地であった第二修練場へと足を運ぶ姿とだぶって見え、柔らかな輝きが自分の中に溶け込むように作用して傷を塞ぐ中、慈しむように微笑みを浮かべ、呪符を行使するジンの姿は──

 

「──まるで女神のようだな……」

「ん? なんかいいました?」

「……いや、なんでもない」

 

 そうジンに声をかけられて初めて自分が術式や呪符ではなく、ジンに気を取られて恥ずかしい事を言っていた事を自覚し、熱を帯びる顔を逸らす事でどうにか自分を沈めるコア=イクス。

 

 そんなコア=イクスの様子に疑問を持ちつつも、【診析】の呪符かコア=イクスの怪我を見出し、【光癒】がその【診析】結果に直接作用し、怪我を癒していく。

 

「──信じられんほどの効果だな。これならば問題なく呪符を振えよう」

「よかった。……それじゃあ」

「ええ。……エレー! ガウく~ん! 三人ずつ怪我人を運んで来て頂戴!」

「わかった!」

「わかりました!」

 

 自分の身体の具合を確認し、明らかに短時間で治った事にコア=イクスが再び驚きの表情を浮かべる中。

 

 薬草の調合を終えたガウと、リムルとグォルボの二人を近所のおっちゃん達と【仕事斡旋所(ギルド)】職員に引き渡し、救護所ともいうべき宿舎への輸送を頼んだエレに対して、怪我人の運搬が指示される。

 

 近衛兵と【仕事斡旋所(ギルド)】職員、おっちゃん達の数名に手伝ってもらい、家の中での治療と診察が始まる事となり──

 

「──ジン=ソウエンが符に問う」

「フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う」

「コア=イクスが符に問う」

─『答えよ 其は何ぞ!』─

ー【発動】ー

 

 ──そこからは……まさに戦場とも呼べるほどの忙しさが待っていた。

 

「──っち、こっちは症状が重い。俺の力量ではまだ治せないだろう」

「じゃあ、こちらの患者さんお願いします! 比較的軽めなんで」

「わかった!」

 

 呪符を使ってみた結果、まだ慣れていないせいか【光癒】に関して、あまり成果をあげられなかったコア=イクスが自分の力量を冷静に分析してそう告げると、瞬時に【診析】結果を交代して患者を入れ替えるジン。

 

「ジン? 追加の呪符を頂戴!」

「わかった、何枚?」

「とりあえず束で!」

「うわ……わかった。えっと……はい!」

「ありがとう!」

 

 ジンの師匠であり、【呪符魔術士(スイレーム)】の中でも有数な実力者であるフォウリィーが、次々に患者を治療し、短時間でのローテーションサイクルに置いて呪符が足りなくなり、服についたホルダーから呪符の束を抜き放ち、フォウリィーに手渡す。

 

「ジン、薬草煎じ終わったよ!」

「こっちも頼まれたもん採ってきたぞ」

「ありがとうガウ、エレさん。ごめんガウ、追加でこれもお願い。エレさん、包帯が足りないから取りに行ってもらえる?」

「わかった!」

「まかせてよ!」

 

 呪符での治療を終えた患者に対し、細々とした外傷に効く薬草を塗りつけ、包帯をまく傍ら、それらの調達をガウとエレに頼むジン。

 

 【診析】と【光癒】によって、今までの比ではないほどの速度で次々に重症状態から回復し、軽い外傷を残すのみとなった患者達が次々とおっちゃん・近衛兵・【仕事斡旋所(ギルド)】職員達の手によって庭から運び出され、入れ替わりに再び【仕事斡旋所(ギルド)】や城からこちらに回された患者達が運ばれてくるというなんともいえない循環が生まれる中。

 

「ほら、ジンちゃん! 口をあけな!」

「おばちゃん?! 今は治療ちゅもがあああ」

「ほら、フォウリィーちゃんも、あんたも食べるんだよ!」

「すいませんおばさん、あむ」

「ぐ、自分でぐぼあ」

 

 既にお昼になっているというのに途切れない患者の波に、このままではお昼ごはんを抜きかねないと判断した近所のおばちゃん衆が、手が離せない三人の為に用意された、トルティーヤを無理やり口にねじ込んで食べさせる。

 

 もぐもぐと口を動かしつつも、決して呪符から意識を逸らさず、ひたすらに治療に専念し続ける中、後ろではエレとガウがその食事をがっつきつつも自分の仕事をこなす。

 

 あわただしく時間が過ぎ、やがて【灯火】の呪符が天井を、そして外のテントを篝火と一緒に照らす夜がやってくる。

 

 そして──

 

「御苦労さまでした! これで今回の件、患者は全て治療完了となります!」

「お姉さま、ありがとうございました!」

「そ、そう……おじちゃん、おばちゃん、手伝ってくれて本当にありがとう!」

─『……ぐふぅ』─

「わ、わあああああ?! ちょっと何やってんのぉ?! ジン!」

「あ~あ、唯でさえ疲れてるってのに、とどめ刺しやがったよ……」

「ぐっ……【殺しの笑顔(キラースマイル)】、いや【昇天の笑顔(エンジェル・スマイル)】といった所か? 何とも奇異なものだな……」

「……コア=イクスさん? とりあえずこれで鼻を吹いておきなさいな」

「?! し、失礼する!」

 

 ようやく怪我人が途切れ……次々にテントや敷物が撤収され、治療された人たちが全員回収された頃には……既に夜。 

 

 庭には焚火がたかれ、今回の件で関わった人達を労う為に、各自が自慢の料理を持ってきて慰労会のような状況になっていた。

 

 そんな中、患者達を回収し終えた近衛兵と【仕事斡旋所(ギルド)】職員の言葉を持って、今日の仕事が全て終わった事を確認したジンが、先ほどから飲んで食べていた近所の人達に、感謝の言葉と笑顔を向ける。

 

 すると……炎に照らされた幻想的な愛らしい笑顔にヤラれた近所の人達が、酒の酔いと相まってのけぞりながら赤い愛をほとばしらせ、折角治療が終わったはずの庭にカオスを作り出す事となった。

 

 慌てて介抱に走るガウとエレ、冷静を装いながらもしっかりと見ていたコア=イクスに手拭を渡して鼻を拭くようにと指示するフォウリィー、そしてその指摘を受けてそそくさと退散するコア=イクス。

 

 どうにかカオスな場を持ち直した所で、城からの差し入れとして酒樽が追加され、エレが張りきって酒を飲み始めるのと同時に、おやっさん達がそれに参加。

 

「まったく、エレちゃんも家の飲んだくれもしょうがないねえ。……あら、だめだよジンちゃん、ガウちゃん! しっかり食べないと!」

「ありがと、おばちゃん! でももう3皿目なんだけど」

「そ、そうだね。おなかいっぱいだよ」

「な~にいってんだい! 育ち盛りが遠慮するもんじゃないよ!」

 

 盛り上がるエレ達を横目に苦笑しながらも、近所のおばちゃんが甲斐甲斐しく、今日一番頑張っていた子供たちであるジン達に料理を盛り付けて渡し、文字通り山となって返ってきた皿に口元を引くつかせる。

 

「おばさん、ジンはまだ病み上がりですので、そのぐらいに」

「……あらやだいけない! そうだったわね~。……でもまあ、心配いらないさね。これだけ食えればもう大丈夫だよ」

「……確かに、そうかもしれませんね」

「そうさね。心配も確かに必要だけど、見守るのもまた大人の仕事。そして心配させるようなおいたをしたときに叱るのが大人の役目さ。しっかり怪我したジンちゃんを叱ったんだろう?」

「ええ。もちろんです」

「ならいいさね。理不尽に自分の感情をぶつけて怒るのは子供に対しても筋違いってもんだけど……きちんと悪かった所を指摘し、説明しながら怒る事ができるフォウリィーちゃんなら……立派な親になれるさね」

「……そう、ですね。そう在りたいものです」

「心配しなくても大丈夫さね! 男4人! 女3人! 育てきったあたしが保障したげるよ!」

 

 そんなジンの様子を見て、苦笑気味に苦言を呈するのは、横で見守っていたフォウリィー。

 

 病み上がりという言葉にちょっと顔をしかめた後、フォウリィーに対して親としての資質と在り方を解きながらも、恰幅の好いおばちゃんらしい快活な笑みでフォウリィーの背中を叩いて諭す。

 

 叩かれた勢いに少しむせながらも、そんな肝っ玉母さんなおばちゃんに頷き、木で出来たコップを傾けるフォウリィー。

 

 ガンガンと酒を注がれ、ぱかぱかと酒を空けるエレの周囲に、酒飲みと酔いつぶれたおっちゃんや【仕事斡旋所(ギルド)】・近衛兵などの関係者が集まる中──

 

「う、ね、眠い」

「……さすがに、疲れたな……先に寝かせてもらおっか?」

「うん。エレ姉~! フォウリィーさん! 先に寝ます~!」

「応! しっかり休んで、明日に疲れ残すんじゃねえぞ~!」

「ええ、おやすみなさい。ゆっくり休んでね」

 

 慣れない仕事で疲労した所に満腹になり、こっくりこっくりと椅子で船をこぎ出すガウを見て、先に休ませてもらおうと家の中へとガウを連れていくジン。

 

 目を擦りつつ、エレとフォウリィーに声をかけて家の中へと入り、ガウを部屋へと送り届けた所で──

 

「──どちら様ですか?」

「──驚きました。まさか気がつかれるとは……」

 

 一階のガウの部屋から二階にあがろうと、階段を目指し、玄関前を通り過ぎようとした所で、玄関横の壁に潜む気配に気がついたジンが壁越しにそう声をかけると、僅かに驚きを滲ませた表情で現れたのは……【片目(ワンアイ)】姿のヴァイ=ロー。

 

「お疲れのところすいません。私、王直下の【片目(ワンアイ)】と言うものです。……あの見事な呪符のお手前を拝見し、是非貴方に頼みたい事があるのですが……」

「王直下? ……緊急っぽいですね、分かりました。唯、勝手に居なくなるとまずいので、エレさんとフォウリィーさんに声をかけてからでもいいですか?」

「ええ、もちろんです。誘拐されたなどと騒ぎになってしまったら大事ですからね」

 

 【片目(ワンアイ)】を知らず、警戒を滲ませていたジンではあったが、相手が素直に名乗って頭を下げ、協力を要請してきた事に警戒を解き、二人に声をかけるために裏口から外へと顔を出す。

 

 酒を飲みながらも、視線でジンとヴァイを横目で確認するエレとフォウリィーに、ジンとヴァイが手を上げて挨拶を交わし、声をかけずにヴァイが自分とジンを指した後、表玄関を親指で指して外に自分と一緒に連れていくと伝える。

 

 それはこの雰囲気を邪魔しない様にとの配慮と、極秘に頼みたい事があるという意思を伝える為であり、一瞬真剣な色を瞳に浮かべた後、僅かに頷いて同意の意思を示す二人。

 

 そんな二人に頭を下げてそっと裏口を閉め、ヴァイに断りをいれて呪符を補給し、早速とばかりに外に出るジン。

 

「どうぞ背中に乗ってください。貴方は病み上がりでしょうし、こっちも少々緊急性が高いものですから」

「……わかりました」

 

 そういってしゃがみ、肩越しに声をかけてくるヴァイに素直に従い、背中に捕まると──

 

「──軽いな。こんな子供がカインを……」

「え?」

「あ、いえ。では……少々飛ばしますので御辛抱ください」

「はっ……!!」

─黒 影 疾 風─   

 

 背負ったジンの軽さにそうつぶやきつつ、ヴァイが軽い跳躍の後、屋根の上を最短距離で疾走する。

 

 ほとんど揺れを感じさせないその動きにジンが内心の驚愕を覚える中、またたく間に城へと辿り着き、門前に軽く手をあげて挨拶をした後、流れるような動きで城の内部へと入っていく二人。

 

 ホールを横切り、地下へと続く階段へと疾走する二人。

 

 初めて城に入ったジンが、いかにも要塞風味な城の内部を『おお~』という感嘆の声を持って横目で眺める中、石造りの堅牢な階段、壁の篝火が照らす薄暗い空間を一足飛びで駆けおり、壁を蹴って方向転換をしながらまたたく間に地下へと到達する。

 

「……すごい、これが地下修練場」

「ええ。代々【修練闘士(セヴァール)】が使う修練場であり、【修練闘士(セヴァール)】の御技に耐えれるように分厚い石造りな構造をしている歴史ある修練場ですよ。さて……」

 

 そこに広がっていたのは……地下とは思えないほど堅牢で重厚な作りの闘技場形式の修練場。

 

 歴代の【修練闘士(セヴァール)】達の息吹を感じさせるように、要所にヒビや砕けた場所などが存在する場所であり、その闘いの歴史を感じさせる佇まいに息を飲むジン。

 

 そんなジンに説明をしつつも、修練場横に点在する扉の中から、衛兵が守る扉へと足を運ぶヴァイ。

 

 衛兵がそっと扉を開け、その内部へと入ると……そこには広めの部屋が存在していた。

 

 地下と言う事で窓はなく、しかしながら通気を考えての小さな穴があいている天井。

 

 12畳ぐらいの広さの部屋に頑丈な作りのベッドが一つあるだけのその部屋には、【治癒結界】が張り巡らされており、ベッドの上には【治癒】の呪符で覆われるかのようにして体を横たえる……包帯に血を滲ませ、如何にも重症な金髪の男性の姿があった。

 

 状況から察するに、この男性を治療する事が自分の役目なのだろうと悟ったジンがヴァイと視線を合わせて頷き、屈んでもらってその背から降り、近づいて早速【診析】の呪符を使おうと魔力を通した所で──

 

「──なんだ。俺の首でも獲りに来たか? ジン=ソウエン」

「──……ッ! カインッ?!」

「あらら、起きてましたか。まいったなあ、起きないうちに事を終えようとしてたんですけどねえ……」

 

 唐突にジンに向けられる殺意と殺気。

 

 見開いた目はギラつき、剥き出しの敵意が突き刺すようにジンへと放たれて、それに反応して咄嗟に戦闘態勢をとり、カインを睨みつけるジン。

 

 カインが起きてしまった事、そしてジンに治療対象がカインである事がばれ、苦笑を浮かべて困ったように包帯を巻いていない頬をかくヴァイ。

 

 ──ここに来てヴァイの目論見は潰される事となってしまったのだ。

 

 彼の描いた筋書きでは、ジンの一撃で意識不明の重体になっているカインを、その姿を隠し、誰か分からないようにした上で、ジンの【神力魔導】を用いて治療をしてもらおうという魂胆だったのだが……当の本人が意識を取り戻してしまった事で御破算となってしまったのである。

 

(まいったねえ。昨日の今日……確執がある同士じゃ治療もしてもらえないだろうと思っての事だったんだが……)  

 

 目の前で対峙する二人の様子にふかぶかとため息をつきつつ、天を仰ぐヴァイ。

 

 ──それは昨日の夜の事まで遡る。

 

 フォウリィー達を第二修練場に向かわせ、自分は受け取った怪我人を運ぶのに奔走し、ある程度の区切りがついた所で兵と【仕事斡旋所(ギルド)】職員に後を任せ、第二修練場の屋根へと気配を消して飛び移ったヴァイの目に飛び込んできたのは……自分の予想に反し、【影技(シャドウ・スキル)】・エレ=ラグがカインと戦うのではなく、ガウやフォウリィーがジンを救うのでもなく……ジンがボロボロの血塗れの姿でカインと最後の一戦を交える姿だった。

 

(……おいおい、カインが本気で敵と認めたってことか?) 

 

 互いの名を交わし、最後の一撃を交わそうとする二人の姿に、これで決着がつく事、そして……【修練闘士(セヴァール)】たるカインが本気の本気でジンを倒そうとする意思を示している事に驚愕しながらも……ついにその時が訪れる。

 

 交差する最後の一撃。

 

 ヴァイが止めようとする間もなく交わされたそれは……ヴァイの思想に反し、カインの七撃目に合わせ、膨大な力を凝縮させたカウンターを与えたジンの勝利で幕を閉じる事となった。

 

 そのあまりの威力に、第二修練場の建物を壊し、突きぬけ、城に突き刺さって城壁を砕き、崩れ落ちるカインを呆然と見送ってしまったヴァイが我に帰り、壁から落ちてきたカインを拾い上げて一旦城の屋上、闘技場の端へと避難する。

 

 完全に意識がなく、口から血を吐き出すカインの様子にその一撃の凄まじさを悟ったヴァイは、怪我をした傭兵達を慌ただしく出迎える兵士たちにまぎれ、カインを地下のこの部屋へと運びこむこむ。

 

 急いで王にカインを確保した旨を伝え、怪我が酷い事を伝えて忙しい中から【呪符魔術士(スイレーム)】を一人引き抜き、処置を施してもらったのだが──

 

「……内臓が、というよりも身体の内部全体が、といったほうがいいでしょうか。内部から破壊されたようにずたずたになっているようです。……正直、【治癒】を同時起動させて【治癒】してはいますが……治る見込みは絶望的であるといえるでしょう」

「──っ、おいおい、【クルダ流交殺法】でもない一撃が、【修練闘士(セヴァール)】をそこまで完膚なきまでに破壊したってのか?!」

「さすがに詳しい事は分かりかねますが……恐らくは。【修練闘士(セヴァール)】でなければ……あるいは肉体が破裂していたのではないでしょうか。……まさに必殺。【最源流】の【死殺技】に匹敵する一撃でしょう」

「──……」

 

 苦々しい顔で語る治療専門の【呪符魔術士(スイレーム)】の言葉を聞き、再び驚愕を余儀なくされるヴァイ。

 

 爆発音ともとれるほどの鈍く響く音を立てて吹き飛んだカインを見て、相当な威力のある攻撃だとは認識していたものの……まさかそこまでとは思っていなかったのだ。

 

「──現状、カイン殿を助けるのであれば……【魔導士(ラザレーム)】殿に助力を請うしかないのではないでしょうか」

「……【魔導士(ラザレーム)】、ねえ」

「ええ。……まあ、正直……表だって呼べるかどうかは疑問ですが……」

「流石に難しいだろうねぇ、あ~、まいったもんだ」

 

 今回のカインの件は、いわば身内の恥というものであり、いくら聖王女付きになっている【真修練闘士(ハイ・セヴァール)】のヴァイとはいえ、おいそれと聖王女に報告出来る内容ではない。

 

 そうなってくると、聖王国直属となる【魔導士(ラザレーム)】に依頼するにも理由が理由だけに出来なくなる訳で──

 

「──あっ」

「どうされました?」

「……いや、なんでもない。そこらへんはどうにかするから、命を繋いでくれないか」

「わかっております。……それしか出来ないのが残念ではありますが」

「いや、十分だ。頼んだぞ」

 

 そこまで考えた所で、この怪我を負わせた本人、ジン=ソウエンこそが【魔導士(ラザレーム)】である事を思い出したのである。

 

 カインの事は【呪符魔術士(スイレーム)】に任せ、自分はエレの家に出向いてエレと接触。

 

 ジンの無事を聞き出し、安堵と共に明日の様子如何では、カインの素生と顔を隠して【神力魔導】で治療してもらおうという考えを実行する為、影から治療をする姿を見守っていたのである。

 

 その際、【魔導士(ラザレーム)】にも匹敵するような治療呪符を見せつけられ、驚愕に我を忘れて隠行を解きかけたりし、そして現状へと繋がる訳だが──

 

「……ジン=ソウエンが符に問う。答えよ、其は何ぞ!」

「なっ?! 貴様っ!」

「……! おやおや……」

─【発動】─

 

 目の前の殺気混じりの睨み合いを見て、ジンがカインを治療する見込みはなさそうだとヴァイが嘆息した瞬間、唐突に睨み合う視線を遮る為に瞑目し、深くため息を吐いて敵意とと殺意を霧散させ、未だに殺気を叩きつけてくるカインを無視し、呪符に魔力を送りこんで【診析】を起動させるジン。

 

 敵意を向けていたにも関わらず、自分を治療する為に【診析】符を発動させたジンに対しカインが驚愕し、ジンの後ろで見守っていた【片目(ワンアイ)】もまた、その表情を驚きに染める。

    

 そして──

 

「……やっぱり、動けないんですね」

「ッ……ちっ……ゴホッ」

「……──」

 

 呪符が発動する中、身動き一つ取れずに呪符の効果を受け続けたカインの様子に、静かにそう告げて【診析】の結果を見るジン。

 

 不満げに舌打ちをしながらも、ベットに横たわったまま身動きが取れないカインが咳き込みながらも視線をジンからそむけて顔を顰める。

 

 酷いとは聞いていたが、動けないほどだったとはと内心の驚愕を飲み込み、無言を突き通すヴァイ。

 

「……なるほど、【魔力】と【気力】の反発による爆発は、これほどの威力が出るものなのか……よく生きてましたね、カインさん」

「──自分で使った技の威力も知らずに使っていたというのか?!」

「……カウンターだけじゃないとは思ってたけど……そう言う事か」

 

 【診析】で出た結果に、まるで他人事のようにそう言葉にして驚くジンと、そんな攻撃を食らったのかと吼えるカインにヴァイがその言葉に呆れを含んだ声でそうつぶやいた時。

 

「──そりゃあそうでしょ。俺が貴方に勝つには何もかもが足りなかった。力も、重さも、大きさも、技も、速さも。なら……その圧倒的な差を埋め、生き残る為に……例え最後の一撃が賭けになろうとも、がむしゃらに自分の持てる力をかき集めて打破するしかない。相手の力と、大地の力と……俺の持つ気力と魔力。それがあの一撃ですよ。そうじゃなかったら……俺は貴方に殺されていたんですから」

「──……ふん、なるほどな。捨て身の一撃だとは理解していたが……まさに自爆技だった訳だ。しかし……その一撃に賭ける覚悟。貴様は俺よりも弱いなどとほざくが……貴様、いや、貴公は……やはり強い。この俺がそう認め敵と認識したからこそ、俺は全身全霊、最強の七撃目をもって貴公を打倒さんとしたのだ」

「カインが認めた、か……やれやれ、こんなに小さいのにねえ」

 

 命を賭したやり取りを思い出し、真剣な瞳でカインと視線を交わしながらそう告げるジン。

 

 そして、その言葉に返すカインの言葉は……【修練闘士(セヴァール)】としてジンを強敵だと認める言葉であり、ヴァイは再び内心で驚愕する事となる。 

 

「……カインさん、なぜ、こんな事をしでかしたんですか? 貴方なら……もっとやりようがあったはずです。こんな事をして得られる最強に……何の意味があるんですか?」

「意味、意味か……貴公と対峙した時にも話したが……俺には理解出来んな。……何故、意味を求める? 俺達は互いに戦い、争い、殺し合う。そうやって自らの牙を研ぎ、技を磨き、高みを目指す獣だろう? ──俺達の牙はただ、戦う為だけに存在するものだ。何故、それに理由を求め、牙を振う意味を見出そうとするのだ? 意味などない。俺は俺が求めるがままに戦い、最強という座を、名を、力を証明する為だけに事を起こしたのだからな」

「──それは……修羅の道だぞ? 最強を求める為に他の全てを捨てる孤高の道だ。分かってるのか?」

「ふん、無論だ。俺の字名、【G】の元に、俺は最強であらねばならん」

 

 表情を引き締め、真顔でそう言いながらカインと向き合うジン。

 

 そんなジンの顔を、目を見つめてそう語るカインの目には……先ほどまでの剥き出しの狂気は存在せず、ただ淡々と事実を述べる真摯さがあった。

 

 そんな二人を見守っていたヴァイが、静かに、確かめるようにそう、カインに問いかけるが──

 

「──それは……こんな外道に頼っても、求めるものだったのか? カイン」

「……──! それ、は……く、クククク! なるほどな。あの一撃でそれも破られたか……」

「そ、れは……邪の符?! 【死魂傀儡】!! な、なんで、そんなものを……」

 

 ヴァイが懐から取り出した、破裂し、焼け焦げた後を見せる呪符により、空気が一変する。

 

 目を見開いてその呪符の状態を見届け、自嘲を浮かべて敗北を告げるカインと、その呪符がなんであるかを【解析(アナライズ)】して驚くジン。

 

 それは……【呪符魔術士(スイレーム)】協会に置いても異端とされる技法。

 

 命を蔑にするものとして禁呪指定にされている呪符。

 

 ──邪の符、【死魂傀儡】。

 

 自動発動の呪符であり、持っている対象がこれを持って死亡した瞬間、その意思と魂を別の場にあらかじめ用意されていた【死魂傀儡】の束が、その魂と意思を受け取り、生前の形をかたどって展開し、決められた期間だけその仮初の命で自身を呪符の操り人形とする呪符である。

 

 その命の代償として得られる時間は術者によりけりだが、最長でも三年。

 

 そして、この呪符で尤も重要な点は、呪符で構成されるその体は成長もせず、老いもしない……生前の姿をそのまま維持するという事。

 

 ──即ち、生前が力や技、そして肉体のピークであるならば、それを三年間、衰えさせずに維持できるという事なのだ。

 

 ヴァイが持っているそれは……ジンが拳を叩きこんだ脇腹に忍ばせてあったものであり、あの一撃によって容量がオーバーし、自動発動するはずの呪符が破裂し、意味をなさなくなったものである。

 

 即ち──

 

「カイン、手前……死ぬつもりだったな? 俺に、殺されるつもりだったのか?」

「──ああ、そうだ。俺は……王に挑むとしても、必ず貴様に邪魔されるであろう事を予測していた。そして……恐らくはそこで負け、死ぬ事もな。そして呪符の力を借り、呪符が切れる三年で準備を整え……再びクルダを一人で落とす算段だったのだ」

「……何故、そこまで? どうして……自らの死を覚悟してまで?」

「──何故、か。理解出来んと言った俺にそれを問うのは意味がないだろう? ……いや、あるいは目的があったのかもしれんがな。……俺は闘いを求め、強さを純粋に求め続けた。最強という高みを目指し、己れを鍛え、敵を、友を、打倒してきた。そして……相手を斃す度に俺は力を得て……その度に俺の中の何かが壊れていった。今にして思えば……それは俺の心、だったのかもしれんな」

「……心を無くして獣に堕ちてまで、か? ……カイン。それで得られる最強なぞ……唯ひたすらに強者を求めづつける、満たされぬ道だ。唯……空しいだけだぞ?」

 

 ヴァイに問われ、独白を続けるカインの言葉は……ジンに衝撃を与えていた。

 

 ──最強を求め、牙を研ぎ続けてきた者の末路。

 

 そんな言葉を想像させるほど、カインの言葉はジンの心に重いものを残す。

 

 ヴァイがその言葉に対し、責めるような、説き聞かせるような言葉を投げかける。

 

「──さてな。……今の俺には……その空しさを知る事すら出来ん。どうやら……俺の【(最強)】は偽りで……それを求める為の権利すら持ち合わせていないようだからな。クルダという国に一人挑み、雑兵を退け、王手をかけようとしたこの俺が……王に出会う事すら、そして貴様……このクルダの英雄と呼ばれる真の最強……【刀傷(スカー・フェイス)】・ヴァイ=ローと相対する事も出来ず、幼き【闘士(ヴァール)】の一撃で……敗れ、死ぬ事すら出来なかったのだからな」

「……カイン、お前……」

「……」

 

 横目で一度、ジンとヴァイを見つめたカインが静かに現状を、【修練闘士(セヴァール)】として己が字名【G】を賭け、そして……ジンに負けた事を認めた。

 

 あれだけ勝ちに、そして最強にこだわっていたとは思えないほど、さばさばと、至極あっさりと負けを認めた姿に、普段のカインを知っているヴァイが絶句し、その姿に思う所があったのか、無言で見つめるジン。

 

「……ああ、そうか。死んだ後まで考えて、邪の符に頼った。貴方なら、事を起こすにしてももっとやりようがあったはずなのに。まるで生き急ぐように事を起こしたのは……怖かったんですよね? 時間が……自分の力を奪っていくのを。……老いを。そして……貴方の友、【黒い翼(ブラックウィング)】のように、壊れ、戦えなくなるのを」

「──ッ!!」

「──ああ、そうかなるほど……そう言う事か」

 

 そして……現状に出そろった結果から、ジンがそう答えを導きだした瞬間、カインは劇的にその表情を変える。

 

「……やっぱり。……貴方は、友である【黒い翼(ブラックウィング)】のように、病や怪我で戦えなくなる事を恐れた。現王である【鷹の目(ホーク・アイ)】のように、老いによって力が衰えるのを恐れた。だから……今の自分の力を維持し続ける為に……こんな邪道にまで手を出したんでしょう?」   

「……カイン、手前……マジなのか?」

「……貴様にはわかるまい。最強と呼ばれ、名を欲しいままにする貴様にはこの身を焦がすほどの焦りが……貴様にも分かるまい。その若さあふれ、目標に向かって唯突き進む時間がある貴様には! ああ、そうだ。俺は……恐れたのだ。……戦友たる【黒い翼(ブラックウィング)】。奴は……まさに強者だった。共に戦場を駆け抜けた俺達に……敵はいなかった。互いに切磋琢磨し、行く行くは当時から伝説となり、最強を欲しいままにしていた【刀傷(スカー・フェイス)】を打倒し、【修練闘士(セヴァール)】の座をもぎ取るのは俺か奴か……そう俺に思わせるほどにな!」

 

 その顔に浮かぶのは……狂気混じりの獣の形相。

 

 羨望が嫉妬となり、憎悪となるほどの狂おしい激情。

 

「今の奴を見たか?! 妹である【影技(シャドウ・スキル)】の為に命をかけ、戦場を駆けまわった結果、あの様だ! ……俺と共に【修練闘士(セヴァール)】の座を争うはずだった奴は……俺とその座を争うまでもなく、碌に動けない体となって一線から退いた! もはや……あの戦場を駆ける【黒い翼(ブラックウィング)】の圧倒的な力を見る事も、あの翼が自在に大空を駆ける事もかなわないのだ! ……貴様等にわかるか!? 怪我の療養を終えた、と言って顔を出した奴の……あの力なく、覇気もないやつれた姿を! そして……奴の字名である【黒い翼(ブラックウィング)】を投げた後、それを受け止めきれずに取り落とし、苦笑を浮かべた奴の……ディアスのあの顔を!」

 

 物理的に体を貫くのではないかというほど、殺気と殺意を纏った視線を二人に叩きつけ、カインは吼える。

 

「俺は、ああはなりたくなかった! 強者だったはずの奴が弱った姿なぞ見たくなかった! そして……気がついたのだ。人は……いつしかああして動けなくなるのだと。あの姿こそ、己の生きる先にある姿なのだと! 王のように老い、この練磨し続けてきた肉体と技が衰え、振えなくなる日が来るのだとな! 俺は……緩慢な死など求めん。無駄に生き、弱っていくなど……考えるだけでもおぞましかった。だから俺は……俺の名を永遠なものとする為、俺の命を賭け、この字名に賭けて! この俺の名をクルダ二千年の、そしてこのアシュリアーナに轟かせる為に事を起こしたのだ! 既に伝説となった貴様、【刀傷(スカー・フェイス)】と並び立つ為に。大罪人であろうと構わん。この俺が……至上初めて、単体でこの無敗神話を連ねるクルダを落とすという、歴史的快挙を成し遂げる為にな!」

 

 口から血を吐き出し、体中から血を滲ませ、苦痛に顔を歪ませても尚、カインは止まらず、吠え続けるように言葉を紡ぐ。

 

 叩きつけられる言葉や殺気を全身に受けても尚、ひるまずにそれを受け止め、カインの狂気が浮かんだ顔を見続けるジンとヴァイ。

 

 歯をむき出しにしてそう吼えるカインに──

 

「──ふざけるなよカイン。お前……いつからそんなに弱くなった? そりゃあジンにも負けるわけだ」

「──何?」

「お前は唯がむしゃらに力を求め、馬鹿みたいに真っ直ぐに鍛錬を繰り返し、【修練闘士(セヴァール)】に、最強に向かい突き進み続けてきたんだんだろうが。そんなお前が……死んだ後なんていう後ろ向きな考えを持ち、そんな呪符に頼った時点でもう、お前は負けてたんだ。後先なんて考えた時点で、お前は弱くなってたんだよ。それに……最強を名乗るならまず、この俺を──」

 

 静かに、それでいて威圧感のある声でヴァイが殺気を、カインの声をはねのける。

 

 覇気ともいえる圧倒的強者の風格がカインの撒き散らした狂気を払拭し、その意思がカインに向けられる。

 

 そして……顔を隠していた包帯を引きちぎり、現れる左目と左頬の……【刀傷(スカー・フェイス)】。

 

「【真修練闘士(ハイ・セヴァール)】、【刀傷(スカー・フェイス)】・ヴァイ=ローに向かってくるってのが筋ってもんだろうよ。この俺を避け、王の首を取ろうってその根性が何より気に入らねえ! 誰の入れ知恵かは知らねえが……そうじゃねえだろ? カイン! お前は……お前の拳はっ! そんなごちゃごちゃした思想によって振われるもんじゃねえだろう! お前の拳は! お前の意思は! その拳に込められる唯一撃を持って語られるもんだ! お前の拳は小細工抜きで、目の前の敵を粉砕する為のもんだ! お前と幾多、拳を交えたこの俺が、お前の拳の意味を知らないとでも思ってんのか、カイン!」

「ッ…………」

「それになあ戦友。ジンの心の強さを知ってるってんなら……今のディアスが弱いと、本気で思ってんのか?」

「……何?」

「いつ死んでもおかしくないと診断され、常日頃から激痛に苛まれ、常人では立つ事しゃべる事さえままならいといわれているあいつが、妹であるエレ=ラグや俺達と普通通りに接する事が……常人で出来るとでも思ってんのか? 【黒い翼(ブラックウィング)】が飛べなくとも……あいつはディアス=ラグなんだ。例え体が駄目になっても、戦場でその身を紅に染めあげた奴の魂。その鋼の意思までは折れはしねえ。あいつは死ぬまでディアス=ラグで、【黒い翼(ブラックウィング)】なんだよ。それを……無様だと? ──あいつを馬鹿にするんじゃねえ。戦友であるお前があいつを馬鹿にするんじゃねえ! そして……そんな強いディアスを友に持つお前が……自分を見失うなんていう無様を晒すんじゃねえよ!」

 

 拳を眼前で握り締め、カインにそう語りかけるヴァイの言葉は熱を帯び、その身の療養のためにブロラハンに一人身を置く【黒い翼(ブラックウィング)】、ディアス=ラグに思いをはせる。

 

 その瞼に焼き付いたものは……その死に体の体を動かす度に激痛があがるはずなのにもかかわらず、泣きごと一つ言わずに【闘士(ヴァール)】としてではなく、その身を推して武器職人として名をはせるディアスの姿。

 

 ──戦場でなくとも、アイツは常に俺達と共にあり、戦い続けている。

 

 その体が動かずとも、自らの魂を込めて作り上げた武器を託す事で、戦友たちの、自分の気に行ったもの達の命を救い、守ってきた。 

 

 ──戦場でなくとも、名を残す術がある。

 

 その手から生み出された武具は、ディアスの作として名をはせ、多くの戦場を渡り歩いてきた。

 

「──あいつは今も、俺達と共に戦場に居る。そうだろ? カイン。あいつが……闘い以外でくたばるなんて、ありえないからな」  

「…………──そう、だな。奴は……奴の翼は……戦場の空を舞う為だけに存在する。そうか……奴の意思は未だに戦場にあり、俺は……【()】を……見失っていた、のか。確かに……一番無様なのは……俺自身だったのだな……」

 

 熱が覚め、再び天井を見上げて自問自答するカイン。

 

 その顔に再び浮かぶ微笑みは自嘲の色濃く、自分自身を責める意思が見て取れた。

 

「──そっか。それなら尚更……俺はディアスさんを治さなければいけない。見る影もなく落ちぶれてしまった、【G】という錆びついた牙を、再び輝かせる為に。俺は……貴方を治さなければならない」

「……な、に? 貴様、何を言っている?」

「……おい、ジン。お前……」

「──【修練闘士(セヴァール)】が。エレさんと同じ称号を持つものがそんな泣きごとを言うだなんて許されない。自分勝手に暴れて俺の大切な人を傷つけ、それがこんな情けない理由だったなんて許せない! だから俺は……貴方を生かし、ディアスさんを救う! ──ジン=ソウエンが符に問う。答えよ、其は何ぞ!」

─【発動】─

 

 そんなカインの言葉を聞いて、その顔に決意を浮かべ、ジンは呪符を発動させる。

 

 【診析】結果を挟みこみ、治療に足りない呪符を同時起動で補い、ジンは【光癒】を展開させる。

 

 頭からつま先、肩から肩、手から手、腰と、細かく複数展開された呪符が輝き、体に溶け込むようにその体を輝かせ、【診析】でマーキングされた部分を繋ぎ合わせ、途絶えた道を縫い合わせ、健常な体へと導いていく。

 

 万全を期すために【解析(アナライズ)】までかけ、絶対なる手腕と制御を持って、カインを全力で癒すジン。

 

 蒼い髪を輝かせ、複数同時起動による精密制御に額に汗を浮かべながらも、最後の最後までカインを癒しきる為に、ジンは全力を尽くす。

  

 そして──

 

「──治療、完了、これで、文句、は──」

「おい、ジン?!」

「ば、かな……呪符で、呪符だけでこんなに早く……まさか、呪符でカイやポレロといった【魔導士(ラザレーム)】を超えるというのか?!」

 

 前日の怪我からの回復、新呪符を作り上げた精神の負担、一番酷いカインの治療を全力で行った過負荷にジンの意識は限界を迎え、治療を見届けて緊張の途切れたジンが崩れ落ちる。

 

 慌てて抱きかかえるヴァイと、ジンが呪符だけで先ほどまでの死に体だった自分の体を癒した事に驚愕するカイン。 

 

「……はは、予想外だな。俺はお前を……ジンの【神力魔導】で癒してもらおうと思ってたのに、まさか呪符だけで治しちまうとは」

「──ジン=ソウエンは【魔導士(ラザレーム)】でもあるというのか?!」

「ああ。ただ……それを名乗るにゃ若すぎたのさ」

「……羨望や嫉妬、そして……【魔導士(ラザレーム)】という名声と力を利用しようとする輩から、その身を守る為に力を隠していたのか。……なるほど、これならばディアスを治すといった言葉も、あながち妄言ではあるまい」

「……そうかもしれねえな」

 

 横抱きで腕にジンを抱えながらも、呆れたように、そして万感を込めてジンの頭を撫でるヴァイと、ヴァイの発した言葉にジンの立場と力を思い知るカイン。

 

 そして、その言葉に二人は……友の復活を夢想する。

 

「ま、安静にしてろカイン。後でお前に対する処置も王が決めるだろう」

「──そうだな。そうさせてもらおう。……好き勝手に暴れ、喚き散らし、それでも救われてしまった、のだな。……ああ、俺の……カイン=【G】=ファランクスの、完全なる敗北だ」

「……若さには勝てねえ、か?」

「ぬかせ! ……借りはかならず返す。奴が復活したら、尚更な」

「──そうだな。そしたら……また俺とカイとお前と、ディアスで……酒でも飲むか」

「…………ふん、悪くない、な」

「んじゃ、ま。眠り姫を家まで送ってこなきゃな。じゃあなカイン」

「……ああ」

 

 カインは天井を見つめ、ヴァイは出口を目指し歩き始める。

 

 背中越しに、視線を合わせず……それでも尚、かつて共に戦っていた時に感じていた、確かな繋がりが二人にはあった。

 

 扉が閉まり、気配が遠ざかる中。

 

「……俺は……弱かったのだな。研ぎすぎた牙は傷つけるのは容易でも、衝撃に弱くなる。最強を言い訳にして、俺は……逃げていた、のだろうな。……我ながら情けないものだ」

 

 ベッドに横たわり、【(シンボル)】の刻まれた左手で顔を覆い、前髪を掴むかのようにくしゃりと手を握る。

  

「──鍛え直しだ。ジン=ソウエンが奴を復活させた時に、俺が弱くては話にならん。俺は……奴と対等であらねばならんのだから──」

 

 その手の隙間から見開かれた目は輝きを放つ。

 

 それは……狂気に濁った輝きではなく……唯ひたすらに前を、先を見つめる輝きを放っていた。

 

 

 

 

  

「──そうか。御苦労じゃったな、【片目(ワンアイ)】……いや、【刀傷(スカー・フェイス)】よ」

「いえ。全ては聖王女お気に入りの彼……【魔導士(ラザレーム)】にして【呪符魔術士(スイレーム)】、ジン=ソウエンの力によるものです」

 

 カインの治療を終えたジンを抱え、再び【片目(ワンアイ)】の格好をしてエレの家へと戻ったヴァイ。

 

 既に宴会は終わり、暗がりの中、ジンを待ちわびて明かりをともし続けるエレ達の元へとジンを送り届け、感謝の言葉と共にフォウリィーにジンを手渡し、エレに見送られて城へと戻ったヴァイは、その足で謁見の間へと報告の為に脚を運んでいた。

 

 今回の傭兵達の後始末、カインの治療といった事の顛末を報告すると、安堵のため息を吐きながらも労うストラ王が、臣下の礼を取るヴァイにそう声をかける。

 

 今回の件、裏事情を握りつぶしたとはいえ……表の理由だけでも十二分な活躍であり、治療師としての名を知らしめるに余りある活躍であった事、そしてカインへの治療を行った事などを踏まえ、多大な報奨金を準備する事は決定していたのだが──

 

「さて……どうしたものかのう……最年少で【修練闘士(セヴァール)】を打倒した【闘士(ヴァール)】。裏事情とはいえ、字名を得るに十二分だとは思わんか? ヴァイよ」

「確かにその通りですね。呪符や【神力魔導】を扱うその姿。蒼い輝きを持って、髪が乱れ飛ぶ様は……まさに【蒼い焔(ブルー・フレイム)】のようでした」

「【蒼い焔(ブルー・フレイム)】か。……というか、お主とワシしかおらんのじゃ。敬語は抜きでいいぞ? ヴァイよ」

「──あ、そう? まあ……表の理由で字名を得るとするなら……この名前は相応しくないんだよねえ。何せ、相手を倒して得た功績じゃないから」

「確かにのう」

 

 そう、字名。

 

 名の知れたものであれば、【闘士(ヴァール)】ですら得る事もあるという、通り名である。

 

 【修練闘士(セヴァール)】は正式に国より字名を賜り、【闘士(ヴァール)】達は傭兵達の間でまことしやかにその名を囁かれ、それが固定化して決まるその名は……名誉の証となるものでもあるのだ。

 

 裏事情を知る者にとって、今回ジンが行った偉業は筆舌に尽くしがたいほどであり、その名を与えられるに余りあるものである。

 

 故に、表事情でも、裏事情でも通る名を与える事を王が提案しているのだ。

 

 ──【蒼い焔(ブルー・フレイム)】。

 

 確かに、名は体を表すほどに似合っている字名ではあったが、治療術師としての名としては少々物騒である。

 

「……外見は男に見えないから……【蒼髪姫(ブルー・プリンセス)】とかはどうよ?」

「お主、洒落た名前を付けるのは得意じゃのう……【蒼髪の妖精(ブルー・ニンフ)】とかでもよくはないかのう?」

「いいねいいねえ、中々やるじゃないか爺」

「誰が爺じゃ! まったく……砕けすぎじゃろう!」

 

 ……何やら妙な方向にまとまり始めたジンの字名決め。

 

 きっとこの場にジンが居れば……最初の【蒼い焔(ブルー・フレイム)】で決めていただろう。

 

 しかし……この場にジンは居らず、二人の暴走は止まらなかった。

  

「……そういえば……治療を受けてた【呪符魔術士(スイレーム)】が、女神みたいだ、なんて口走ってたっけなあ」

「そ奴、大丈夫か? 少年に見惚れるとか……いや、確かに愛らしかったからそれも否定は出来んが……ふむ」

「……それでいくか」

「うむ」

─『【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】』─

 

 それは……日中にジン達の同行を見守っていた時、コア=イクスがつぶやいた一言を聞いていたヴァイが零した何気ない一言ではあったが……カチリと二人にはなじむ言葉であった。

 

 戦場に在りて、その命を救う女神。

 

 癒しを持って安らぎを誘う者。

 

 その飛び抜けた愛らしさで、見た目も女神といって差し支えない姿から──

 

 ──【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】。

 

 がっちりと握手をして頷きあい、そう言葉にした二人はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……決まりじゃな!」

「決定だな! いや~、いいインスピレーションもらったぜ。早速店に返ってこのイメージを衣装にしねえとな!」

「うむ。早速これでお触れをだそう。……いやあ、実に似合う良き名じゃな!」

「……ドレスにしたほうがいいかねえ?」

「さすがに嫌がるじゃろう。……それはそれで面白いがなっ!」

「ま、いつも来てる服をちょっとアレンジしてやるか」

「それがいいじゃろう。さて……これで聖王女様にも報告書が書けるわい。出来次第届けてくれるかのう」

「承知。まあ、今日は寝るとするわ」

「そうじゃな。ワシも眠くて仕方ないわい。……じゃが、今日はいい眠りにつけそうじゃ」

 

 ──ここに、カインの起こした反乱。

 

 歴史には記されぬ闘いが幕を下ろす。

 

 表向きの理由から、給与を半額にまで減らされ、国外追放されるカイン。

 

 そして……傭兵達を治療したとして、フォウリィー・エレ・ガウと周囲の人々には報償を。

 

 ……カインを打倒し、新しき呪符を作り出した若き【闘士(ヴァール)】。

 

 【呪符魔術士(スイレーム)】・ジン=ソウエンには──

 

「……なんでだよおお! なんで勝手に【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】なんて字名でお触れが回ってるの?!」

「あら、似合ってるじゃない? 違和感がないわよ? 【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】」

「そうだな、まったく違和感ねえな、【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】」

「そうだね。本当にお似合いだよ、【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】」

「うがあああああああああああああ!!!」

 

 ──【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】という字名と名声を。

 

「ぉぉ~~~い! 【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】、ジンちゃん!」

「やっほ~! 【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】、ジンちゃん!」

「御免、邪魔するぞ【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】、ジン=ソウエン殿」

「う、うわあああああああん! いじめだあああああ!」

 

 ……そして、この字名はジンをいじる格好の的であると同時に、ジンの名声を高める名として広く広まる事となる。

 

 ……頑張れジン!

 

 悪いのは【刀傷(スカー・フェイス)】と【鷹の目(ホーク・アイ)】だ!

 

 

 

 

 

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    8歳

種族    人間?

性別    男

身長    131cm

体重    31kg

 

【師匠】

カイラ=ル=ルカ 

フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー 

ワークス=F=ポレロ 

ザル=ザキューレ 

 

【基本能力】

 

筋力    AA+    

耐久力   A+ 

速力    AA+ 

知力    S  ⇒S+ NEW

精神力   SS+   

魔力    SS+ 【世界樹】  

気力    SS+ 【世界樹】

幸運    B

魅力    S+  【男の娘】

 

【固有スキル】

 

解析眼    S

無限の書庫  EX

進化細胞   A+

疑似再現   B+ NEW

 

【知識系スキル】

 

現代知識   C

自然知識   S 

罠知識    A

狩人知識   S    

地理知識   S  

医術知識   S+   

剣術知識   A

 

【運動系スキル】

 

水泳     A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知   A

気配遮断   A

罠感知    A- 

足跡捜索   A

 

【作成系スキル】

 

料理     A+   

家事全般   A  

皮加工    A

骨加工    A

木材加工   B

罠作成    B

薬草調合   S  

呪符作成   S

農耕知識   S  

 

【操作系スキル】 

 

魔力操作   S   

気力操作   S 

流動変換   C  

 

【戦闘系スキル】

 

格闘            A 

弓             S  【正射必中】

剣術            A

リキトア流皇牙王殺法     A+

キシュラナ流剛剣()術 S 

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士  S   

魔導士    EX (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)

 

【補正系スキル】

 

男の娘    S (魅力に補正)

正射必中   S (射撃に補正)

世界樹の御子 S (魔力・気力に補正) 

 

【特殊称号】

 

真名【ルーナ】⇒【呪符魔術士(スイレーム)】の真名。 

 自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。

左武頼(さぶらい)⇒【キシュラナ流剛剣()術】を収めた証

蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】⇒カインを斃し、治療した事により得た字名。NEW

 

【ランク説明】

 

超人   EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人   S⇒SS⇒SSS⇒EX-  

最優   A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀   B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通   C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る   E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い   F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、-はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

呪符作成道具一式 

白紙呪符     

自作呪符     

蒼焔呪符     

お手製弓矢一式

世界樹の腕輪 

衣服一式

簡易調理器具一式 

調合道具一式

薬草一式       

皮素材

骨素材

聖王女公式身分書 

革張りの財布

折れた士剣


 
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