No.557109

新たなる世界の片隅に/魔法の代償編4 奇跡を望む権利:Introduction

佐倉羽織さん

新たなる世界の片隅に/魔法の代償編4
さやかの運命が大きく変わったあの日の一週間ほど前のお話し。巴マミと秘密の魔法特訓をしているほむら。取り残されたさやかと仁美は、久しぶりに二人だけで親をする。ほむらの助言にしたがって、ついにさやかに詰め寄った仁美は――。
鹿目まどかによる世界改変後の世界で、魔法少女達の友情と希望を描いたシリーズ第四巻。
【今作品は合計一〇巻になる連作です。四巻目の冒頭部分を公開します。連作である関係上、三巻目の結末に対してネタバレになっていますのでご了承ください。】
続きは頒布物での公開のみになります。ご了承ください。

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2013-03-20 07:20:24 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:320   閲覧ユーザー数:320

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○フォアシュピール

 

「……ッ! さやかさん!」

仁美は突然立ち上がった。恐怖と心配とが入り交じり、傍目(はため)からも鼓動が早くなっているのがわかる。

 

「……え?」

 

だが、立ち上がった仁美の目に映ったのは、異形の怪物ではなく、日が沈みつつある親水公園の岸辺だった。

「仁美、どうしたのさ?」

驚いたようで、どこかのんびりしたさやかの声が左横から聞こえる。

振り向くと、にこにこしているさやかと、その向こうに不安そうな表情のほむらがベンチに座って見上げていた。

「え? え?」

「どうしたの仁美ちゃん?」

混乱している仁美にほむらが聞く。仁美はなんだかよくわからなくなって、あんまり重要ではない事を質問してしまった。

「ほむらさん、忘れ物はいいのですか?」

ほむらはそれを聞いて、不思議そうに答える。

「忘れ物? だって私ポシェットしか持ってきてないよ?」

そう言って、お財布と身の回りの物が入ったらそれでいっぱいだろうというような、小さなハート型のポシェットを見せる。

「え? え??」

もはや仁美は自分の記憶にある、数分前の出来事すべての根底が否定された気分になって、自分でも何がなんだかわからなくなってきていた。そこへさやかが茶化し気味に質問する。

「仁美、なんかウトウトしてたと思ったら変な夢を見てた?」

え? それはどう言う事でしょう? 夢? だがしかし、そう考えるのが一番理屈にあってはいる。あの、怪物に突然襲われた記憶が、余りにも鮮明で、それが現実でないと考えるのに抵抗が大きいだけなのだ。

「そう、なんでしょうか……」

仁美は、半信半疑な、自分に言い聞かせるような口調でつぶやいた。あれは夢、夢に違いないのだから。

そしてほむらは、さやか越しに心配そうな表情を見せ、

「仁美ちゃん、どこか具合悪くない?」

と聞いた。体調? そう言われてみれば……むしろ体が軽くなっている感じだ。マッサージを受けた後のような、そんな爽快感。

「……い、いえ。むしろなんだか調子がいい感じですけれども……」

それを聞いたさやかは話を畳むように言った。

「ほら、何にもなかったんだよ、ね。あーもうわたしお腹すいちゃって。早くほむらのウチに戻ってご飯作ろうよ!」

「そうだね、ね、仁美ちゃん!」

ほむらも、仁美の体の具合を聞いて安心したのか、ちょっと急かし気味にさやかに同意する。

「え? え、ええ。そうですね。もうこんな時間ですものね」

仁美はやっぱり今体験したと思っていた事は、きっとウトウトしたときに見た夢だと思う事にした。とても鮮明に記憶しているのだけれども、考えれば考えるほど現実離れした出来事なのですもの。

 

三人はベンチを立って、LRT(トラム)の停留所へ向かって歩き始めた。

「今日は、三人で一品ずつ、の約束ですからね。楽しみにしてますわよ。主にほむらさん」

仁美はいつもの調子が戻ってきたみたいにちょっと意地悪に言った。

「えええ?」

ほむらは、最近、だんだん仁美ちゃんの私へのつっこみがきつくなってきている、と思った。でもそれは……愛、愛だよね、きっと……、と思う事にした。だが仁美はおろおろしているほむらに、恐るべき情報を提示する。

「だって、さやかさんが上手なのはよく知ってますもの」

え、さやか料理うまいの? どう考えても私が一番不利?

「い、いきなりプレッシャーが……まだ何作るかも考えてないのに……」

ほむらは弱ったような、ちょっと自信無いような返事をし、その様子を見てさやかと仁美が明るく笑う。

そんないつもの会話。そう、何にもなかったんだ、さっきは。

すっかりいつも通りに戻った三人は、川沿いの道をLRT(トラム)

停留所に向かって進みながら、今夜のお泊まり会に向けてどんどんテンションを上げていった。

もう、お話に夢中で、三人の誰もが遊歩道の様子を気にしてはいなかった。もっとも、気にしていたとしても、遊歩道の川と反対側にきれいに整備されている生け垣が、途中大きく損傷している理由を知っているのは二人だけだったけれど。

 

 

帰り道、少し大きなスーパーのある、一つ前の停留所で降りて、お買い物。

ほむらは、テンション上がって買い物かごの中がすごい事になりかけて、仁美に(しか)られてみたり。

家に戻ったら、部屋着にみんな着替えて、エプロン掛けてお料理開始。

 

さやかがギョウザの(あん)を作ってくれて、それを三人でわいわい言いながら包む、包む、包む。ちょっと、そう、あくまでもちょっとだけ不揃いなのも混じっているそれを、さやかが上手に焼いてくれた。

ほむらは、さやかに教えてもらいながらチャーハンを作ってみた。フライパンを操って中身を返すの、なれてくるとすごく楽しい。

仁美は溶き卵のスープと、きれいに盛りつけられたサラダを用意してくれた。

みんなで作った料理と、いくつか買い足してきたお総菜が並ぶ、にぎやかな食卓。

あれ? ここ、うまくできてないよ、とか、すごい美味しい! とか、いやそれは買ってきた奴だからね、とか……。

その後は、みんなで動画を見たり、順番にお風呂に入ったり。

そして、さやかの思いつきで、ゲストルームに作り付けられた、跳ね上げ可能な収納ベッドを二つとも片づけて、暖房を多めに利かせた床に布団を敷いて、三人で一緒に寝る事にした夜。

みんなで寝るのも布団で寝るのも初めての経験な仁美は、どきどきしながら左手をほむらにしっかりと握ってもらっている。

ほむらの左手はもちろんさやかの担当。

さ、寝よって言ってから花咲く話題で、結局夜が明けかけるまで三人でおしゃべりは続く。結局誰から寝たのか、いつの間にか、みんなお昼前まで寝ていて……。

 

買ってきてあったブランチを食べて、何気なく始めたテレビゲーム。初挑戦のはずの仁美が意外にも大得意すぎて、他の二人がぜんぜん太刀打ちできない事を発見したり。その後はほむらの住んでいる町内、デザイン街区である町内をみんなで夕方まで探検したり。本当に楽しい事をいっぱいやって……。

 

停留所でみんなを送り出す頃、ほむらはこんな平和な時間がずっと続いて、三人でおばあちゃんになるまで続いていく事を本気で楽しみにし始めていた。

 

 

「で。何故そう言う状態になっているのかは、きちんと説明してもらえるのかしら?」

マミはあきれ顔で聞いた。

放課後、マミとほむらの特訓場。ほむらのとなりには魔法少女姿のさやかが並んで照れ笑いをしていた。

 

 

何か長い夢を見ていたような気がする。

でも、夢なんて起きてしまえばすぐ忘れる、そう言うものだと思っていた。

 

人生の大半をこんな風な部屋で、私は夢を見て、窓の外を眺めて過ごした。

だから夢は見慣れている。

 

空を飛ぶ夢、

だれかと冒険する夢、

キスする夢。

 

そして、

魔法少女になる夢。

 

そのどれもが非現実的で、どれ一つとっても叶いそうになくて、

だから一様に現実的で……。

 

もう私は現実と空想の区別も付かないのではと、

そんな風に思っていた。

 

だから。

 

今日もまた同じように夜が明けて、真っ白い壁に何かを思い浮かべる、

そんな今までと同じ日々がやってくるんだと思っていた。

 

ここを出る事が決まっていたとしても、

それが事実なのかどうかも実感できずに。

ただカレンダーに付ける印がだんだん運命の日に近づいているのだけを見て。

 

何かが変わるのかな、

でもきっと変わらないんだろうな、

 

そんな風に思っていた。

 

あの日までは。

 

新たなる世界の片隅に/魔法の代償編4 奇跡を望む権利:Introduction

一次創作 Magica Quartet「魔法少女 まどか☆マギカ」

 

○二人のお茶会

 

それはさやかが魔法少女契約をする前の週の出来事であった。

 

授業が終了した後、仁美はいつものようにほむらとさやかを誘おうと、ひとまず自分の席から距離のある、白板(はくばん)の前のほむらの席を見た。

しかし、仁美が気がついた時には、既にほむらは帰り支度を終えていた。視線に気がついたのか、教室の後ろの方を振り返る。

 

「ごめん! 仁美ちゃん、さやか、また明日ね!」

大きな声で挨拶をしつつ、もう体は出口に向かっている。

仁美にはそれはとても意外な行動に感じられた。

今まで、さやかや仁美が、いえ、主に仁美の用事でほむらの誘いを断る事はあった。もちろん、ほむらもこの三人以外に全くつきあいが無いわけではないから、今日はそっちに行くね、と断られる事は無いわけではなかった。

だが未だかつて、ほむらが一人でいそいそと帰ってしまうのを仁美は見た事が無かった。一人になるのを極端に寂しがる娘が、自分から率先して一人で帰るなんて……。

 

だから、仁美はその姿を半分唖然(あぜん)として見送った。

疾風(はやて)のように帰って行きましたね……」

さやかに同意を求める。

「先輩、時間に厳しいらしいからね」

さやかはそう答えた。先輩? 誰だろう。部活をやっているわけではないはずなのだけど。

ただ、ほむらは変わってしまったという事、それは事実だ。仁美はそれがなんだか寂しくなった。自然と(ほほ)に右手を添えて、

ため息を()く。この間見た芝居の台詞(せりふ)のように、自分の気持ちがつぶやきとして現れる。

「最初のはかなさは失われて……でもそれは小動物系へのクラスチェンジですので、それはそれで愛くるしかったのですけれども」

さやかはまるで意味が分からないかのように、きょとんとしている。

「ついにか細さも失われてしまうとは……かくも世は移ろいやすい物ですのね」

さやかはここまで聞いて、あ! という表情を作った。気持ちを感じ取ってくれたようだ。

「ははは、しょうがないよ。ヒトは変わらずにはいられないからさ」

そう慰めてくれた。そうなのだ。きっとその成長はほむらにとってすばらしい事に違いない。彼女は「普通の少女」になりたがっていたのだから。だから、本当は応援すべきなのだと仁美も頭では分かっていた。だけれども、同い年なのに妹のように慕ってくれる、ほむらの純粋で、何をするのか分からない危うい心は、今まで何もかもが用意された中で生きてきた仁美にとってあこがれであり、人の感情は論理では割り切れないという、その気持ちを埋める、欠片(置き忘れた部分)でもあったのだ。だから、教科書通りに納得するのではなくて、わたくしもちゃんとボヤいていいのだと思った。だって、隣にはいつも支えてくれるさやかさんが今も寄り添ってくれているのだから。

「ここのところ、一緒にお茶にも行っていませんし、人生の楽しみがまた失われましたわ」

人生の楽しみとは、ちょっと大げさかな、と思いつつ、でも何かが物足りない状態を表すのにはぴったりの言葉だと思った。

その時、さやかはたぶんわざと明るめの声を出してくれて、仁美を誘ってくれた。

「んー、じゃあ久しぶりに二人でどこかへ寄る?」

たぶん彼女は、軽い気持ちで誘っているのだと言う事は察しが付いた。そもそも、別に絶対三人で出かけなくても良いはずだ。ほむらが転校してくる前は、二人で出かけてたのだから……。

だが、その誘いを聞いた時、仁美は突然別の事を考えた。

この間、ほむらと二人きりになった時、思わず聞いてしまったあの質問。あれからずっと、自分の質問とほむらの答えを反芻(はんすう)していた。だからこれは、さやかの意思確認をするチャンスなのではないのだろうか。

仁美は少し考えて、さやかの方へ向き直り、

「……そうですね」

と答えた。そして、しばらく躊躇(ちゅうちょ)した後、独り言のように補

足した。

「こういう機会に、二人でしか出来ない話をするべきかも知れません」

もし流れが、そちらに向けば、ではあるけれど。でも、これからも二人が友達でいるためには、その件はいずれはっきりさせないといけない事だと、仁美は思っていた。自分が応援するにせよ、されるにせよ……。

そんな仁美の思いを知ってか知らずか、さやかは楽しそうにどこに寄ろうかを考えているようだった。

 

 

ひとまずいつものショッピングモールにきた二人だったが、予定していた大人気のカフェは、あいにく満席だった。

がっくりしたさやかに、仁美はカフェがあるフロアの二つ上にある、大きさはそれほどでもなく、値段もちょっと高めだけれど、そのかわりあまり混んではいないカフェスタイルの甘味屋はどうでしょう、と勧めた。さやかはたまには和風な雰囲気の所もいいかなあと、思い直して了承した。

 

二人が店員に案内されたのは、テーブルスタイルの席で、茶箱風の机にガラスの天板が載せてある、窓際だけどちょっと奥まった席であった。二人はメニューを眺めながら、決めかかっては目移りをしつつ、しばらく何を頼むか悩んでいた。

結局、仁美は抹茶とほうじ茶の両盛りのパフェ、さやかは抹茶パフェに期間限定の雪だるま型ウェハースとか、粉雪に見せた固めのゼラチントッピングが追加された「細雪(ささめゆき)パフェ」を注文した。

しばらく二人は、とりとめも無い話をしながら、お互いのパフェを食べ比べたりと、いつも通りのお茶会が続いた。

 

パフェを食べ終わり、後出しの煎茶と、抹茶ミルクが届く。

話題は自然とほむらの話になっていった。

 

「本当に二人っきりで寄り道するのは久しぶりですね……」

さやかものんびりした気持ちで答える。

「だね。すっかりわたし達、ほむらを中心に回っているよね」

「出会って一ヶ月もたってないのに……不思議な魅力ですよね、彼女」

「ただ危なっかしいだけの娘じゃないからだろうね。奥底に何か強い物を秘めていると言うか……」

最初はさやかが、あの子は放っておけないから。そう言って仲間に呼んだ。それは事実だ。でも彼女自身の純粋さとひたむきさ、それから、不思議と感じさせる芯の太さに、本当に引かれて、すごく好きになって行ったのは二人とも一緒だ。

今日だって、二人ともなんだか物足りない。あ、白玉、ほむらが大好きだったなとか、抹茶ミルクなんて、ほむらさんとシェアしなかったら飲んだりしなかったろうなとか、そんな事を思い浮かべている。

「なんだか、二人でお茶をしに来ているのに、ほむらさんの話題ばっかりですね」

「ははは、そうだね」

 

仁美はそんな余興のような前話をしながら、あの話を今するべきかどうか、迷っていた。だが、まずは話題を振ってみて、さやかの反応を見よう。もしさやかがきちんと向き合ってくれるのであれば、自分の心は打ち明けた上で、応戦することだって出来るのかも知れない、そこまでは決心がついた。

 

「そういえば……」

と仁美は話を振り始めた。だが、まだ迷いが出てしまっているような気がして、一呼吸入れた。さやかは、何を言われるのかは見当が付かなかったけれども、仁美の真剣さを見て、身構えた。

 

「さやかさん、上条君の事をどう思っているんですか?」

さやかは、質問自体の内容ではなく、何故それを今、仁美が問うているのか、その真意を測りかねていた。だから、その質問には答えなかった。仁美は続けた。

「さやかさん、上条君とはきちんと会ってるんですか?」

そう聞く仁美のその言葉は、さやかを動揺させた。

「……ううん。この間のコンサートの日も結局楽屋には顔を出さなかったし、その後もなんだかんだで……」

忙しくて会えない。のでは決して無い。むしろさやかが結果として彼を避けていた。それはまるでシュレディンガーの猫のように。結果を告げられるまで、答えはYESとNOの狭間(はざま)でどちらでもない混然一体とした状況を持てるからだ。

 

だが、仁美はさらに問う。

 

「もしかして、わたくしが、あのCDをお譲りしてから会っていないのですか?」

あのCD。恭介が探していたクラシックのレアCD。ショッピングモールのショップでは手に入らなくて、大沢台にある、店主が趣味でやっているような、小さな小さなお店で、仁美が偶然見つけてきてくれた、あのCD。

「……そのまさか。わたしがほむらの相手に忙しいのもあるけど、結局なんだかんだすれ違いなんだよね、わたし達……」

もちろんそれは嘘。あのCDだって、さやかと恭介が会って話をするきっかけを作るため、わざわざ探してくれた――もしかしたら取り寄せてくれたのかもしれない――のに、さやかは恭介の家の前で、まるで手作りお菓子をお裾分けするような感覚で、照れながら渡しただけなのだ。兄妹かと思うぐらいに近くにいた人を、ある日異性と意識した時から、さやかは置きたくもない距離を置かずにはいられない、そんなジレンマの中にいたのだ。

表面上はいつものように明るく、茶化し気味に答えるさやかの姿を見て、仁美はもう心を抑える事が出来なくなっていた。

 

「わかりました。きちんと聞き直しますわ」

静かに目を閉じて。おもむろにぱっと目を開け、顔を寄せる。

「さやかさん、本当の所はどうなんですか?」

「何が?」

さやかは、何を聞かれているかは分かっているのに、それを理解したくないように問い返す。

「さやかさんは、本当は恭介さんが好きなんじゃないですか?」

ついに言い逃れの出来ない質問。YES or NO。わたしは今ここで、それを自分の口から明らかにしないといけないのだろうか……。

 

だが、さやかはまだ一つ、とても強力な切り札を温存していた。

「……そう言う仁美はどうなのさ……」

ゆっくりと、静かに、しかし、強い意志を持った言葉で返す。

「え?」

とっさに聞き返す。

「仁美も好きなんでしょ? 恭介……」

さやかは知っていたんだ……。仁美は予想外に帰ってきた質問に、今度は自分がどう答えるべきなのかを悩まざるを得なかった。仁美は先日ほむらに、心理テストを装って助言を求めた時、その時に思わず吐露した台詞(せりふ)通り、さやかが友達として大好きで大切で、決して失いたくないと思っている。ほむらは本当の友達なら、きちんと話し合えば分かって貰えるのではないか、そう言っていた。でも世の中はそんなに単純じゃない。

それは前の学校で嫌と言うほど味わっているではないか。

「……」

即答出来ない仁美の言葉をさやかはしばらく待った。彼女だって本当はこんな事言いたくはないのだ。だがもう後には引けない。視線を仁美からその右奥の松の木を模したオブジェに逃がして続ける。

「違うの? じゃあ、わたしが恭介に渡すって分かりきっているあのCDに、メッセージカードを差し込んでおいたりしたのは何故?」

仁美は(こうべ)()れた。あのカードは、ほむらの助言を受けて、最初に起こした行動だった。もちろんCDはそれ以前に手配していた物だ。だから、それをチャンスと思っていたわけでも、さやかを出し抜こうと思っていたわけでもない。

それに、カードには名前も書かず、ほんの二行ほどの励ましのメッセージを添えただけ。しかも、出来ればさやかに気づいてもらって、抜き取って欲しい。そんな思いで、全体はラッピングされているとはいえ、そのラッピングをあけさえすればすぐに分かる位置に、ブックレットとケースの間の見る位置にカードを挿入していたのだ。だからこそ、あのメッセージの存在をさやかが知っている事は、ごく自然であるはずだ。

それにもかかわらず、仁美が今狼狽(ろうばい)しているのは、そのカードが、彼に自分の存在を知って欲しい、そう言う思いがあふれた結果だったという事は否定出来ないからだ。

だって、カードに使う紙の色も、メッセージに添えたスタンプも、真ん中に押した花束のエンボスも、悩みに悩んで、いくつも作った物から選んで、大好きな文香(ふみこう)をしみこませて差し込んだのだから。それは事実だし否定出来ないから。

 

仁美は心を決めた、でも、この件でほむらを巻き込む事だけは絶対にしたくないと思った。だから、ぼやけた表現になったとしても、それでも精一杯の誠意を込めて答えた。

「……ある人に。……好きな気持ちを隠してずっと寄り添っているだけなんてつらい事だと言われたのです。でもその方に言われる前から、わたくしもそう思っていました。だから助言は、たしかにあったけれども、それはきっかけにすぎないんです。……わたくしは、あのCDにメッセージカードを添える事にしました……。でも。これだけは信じてください。さやかさんも大切な、とても大好きなお友達。わたくしには失いたくない人。だから……」

言い終わる前にさやかが反論する。

「ずるいよ。ずるいよ仁美……」

それは、彼女が、即座には自身を否定出来ないような言い訳を言ってきた事でも、内緒でメッセージカードを添えた事に対して向けられた物でもなかった。

ある人なんて、ほむらとしか考えられないじゃない。わたしはまだ、ほむらに恋の相談なんて出来ていないのに、仁美はもうそんなにも重要な決断に意見をもらえている。

「仁美はそうやって、わたしからいろいろな物を持って行ってしまうの?」

「そんな……そんなつもりは……」

抑揚の無い、刃のようなさやかの言葉に仁美はたじろいだ。

でも、もうこの事態は止められなかった。自分に出来る事は、ほむらの言っていたように、誠意を見せる事だけだ、そう仁美は思った。

だから、もう迷わないと決心をした。あえてきつい表情を作って言う。

「さやかさん。わたくしは決心しました。あなたはどうですか? あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」

さやかは答えない。

「わたくしは決心しました。でも、わたくしよりも上条君を長く、より近くで見つめていたさやかさんは、先に行動を起こす権利があるべきです」

「行動を起こす、権利……」

さやかは、驚いて、だが弱々しく復唱する。

「わたくしはさやかさんが、上条君に心を伝えるまで待ちます。でも、あなたが。あなたが、もし何も行動を起こさないのであれば…………わたくしが行動します」

さやかはその言葉を聞いて、慌てて仁美に視線を合わす。

「待ってよ! そんなの急に言われても、わたしどうにも出来ないよ!」

「では」

仁美は一端言葉を区切った。

「わたくしは、どのくらいお待ちすればいいですか?」

即座に問う仁美の、その言葉が頭の中でぐるぐるする。でもどれぐらいあったら決心出来るかなんて、そんな事分かっていたらもう行動しているはずなのだ。仁美がそんなさやかの気持ちを分からないとは思えない。

では何故、何故それを聞くの? わたしはなんて答えるの?

仁美の気持ちなんて理解したくない、もしそう思おうとしても、仁美が真摯(しんし)に向き合ってくれているのは認めざるを得ない。

一生待って。もしわたしの気持ちがどちらかに決まっても決して行動しないで。そんな事は間違っても言え無い。だって、わたしにだって仁美は大切なお友達だから……。彼女の気持ちも大切だから。

「……一週間……」

答えたのは何の根拠も無い数字。

「分かりました。その間はわたくし、この件に関しては何もいたしませんので」

そう言うと仁美は荷物を持って席を立つ。

「すみません。今日はこれで失礼します」

そう言い残して店を出ていく仁美の姿が、だんだん涙にかすんで行くのを、さやかは拭いもせずにただ眺めていた。

 

 

「……ごめんなさい、ほむらさん。わたくしはやはり駄目でした……」

仁美は店を出てすぐ横の物陰で声を殺して泣いた。

「でも、もう戻れないんです。……戻れないんです、もう」

 

 

【続きは頒布版にて】


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