No.544186

Iの証

流離さん

バレンタインをモチーフとしたクロルフとルフルキ小説詰め合わせです。

・当作品にはルフルキとクロルフ、計二作品が詰め込まれています。それぞれが異なる世界軸でのお話です。
・ルフレ♂の口調は僕、ルフレ♀の口調は私です。
・ルフルキ編は2P目から、クロルフ編は5P目からとなっております。

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2013-02-14 18:55:20 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:10214   閲覧ユーザー数:10178

Iの証 ~ルフレ×ルキナ編~

 

 

「ルフレさん、助けて~!」

 

バレンタイン、それはファウダーとの対決を前に緊迫した軍内でも甘酸っぱい気持ちになれる特別な日。

軍師ルフレとて例外ではない。女性陣から貰った(義理ではあるが)心のこもった菓子や贈り物の山に私室替わりの天幕内でほくほくとしていると、甘い空気に似つかわしくない少年の悲愴な声が外から聞こえた。

 

「わ、アズールか。どうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもないです、この僕の命に危険が迫っているんですよ!」

 

普段は軽いノリに見られがちなアズールが必死な顔をして駆け込んできた。日頃の感謝を込めて皆に配っている菓子のチェックリストを一先ず机に置き、顔面蒼白になっている彼の話を聞こうとした、が。

 

「アズールさーん、み・つ・け・ま・し・た・よ?」

「ひぃ、マーク!」

 

小さな影が覗き込むと同時にアズールの肩が可哀想な程びくりと跳ねた。彼に後ろから飛びついているのはルフレの愛娘、マークだ。

 

「あ、父さん!聞いてください、アズールさんったら私を見たら兎さんのように逃げ回るんですよ~」

「そりゃ逃げるに決まっているだろ!?」

「うう…ひどいです、女の子からもらうものはなんでも嬉しいって、前に言っていた癖に!私、貴方のためにすっごい頑張って、心を込めて作ったのに…」

 

本来ならリスのように首を傾げて目を潤ませている、親の贔屓目抜きで可愛い娘に加担したいところだが、バレンタインという行事に人一倍浮かれてそうなアズールの怯え具合を見る限り何かのっぴきならぬ事情がありそうだ。ルフレは一先ず静観を決め込むことにすると、顔を青ざめさせたアズールが必死に弁明する。

 

「そりゃいつもだったら泣いて喜ぶくらい嬉しいよ…君のクッキーを食べたブレディが泡噴いて倒れなければね!!」

「あれはブレディさんの為にと特別に作ったものだからですよー!風邪を引かせない魅惑の健康ボディにするために、貴重な砂トカゲの毒入り内蔵と暗黒司祭の生き血と覇王の髭をじっくりことこと一週間煮込んだエキスを練りこんだのです!門外不出の秘伝レシピは、なんと闇魔術のカリスマ・ヘンリーさん完全監修!」

「そんなおどろおどろしい真実を聞いたら余計に逃げたくなるに決まっているじゃないか!」

「あ、ちなみにアズールさん用に作ったこの特製マドレーヌはですね!いつもフラレっぱなしのアズールさんがモテますようにって願いを込めて作ったんですよ~。女の子の前に行ったらジェロームさんみたく喋れなくなって、とーっても誠実になれる素敵な成分をサーリャさんと相談しながら作ったんです!父さん、我ながら名案だと思いませんか?」

「それって僕のアイデンティティを完全に否定してるよね?!」

 

残酷なまでに無邪気にそう言い放つマークと、死刑宣告を受けた囚人のように絶望しきった表情でこちらを見てくるアズールにルフレは深くため息をついた。マークとしては完全に善意なのだろうが、流石にこれでは彼が可哀想だ。それにブレディの事例を聞く限りとんでもない材料が使われているに違いないだろう。

怯えるアズールの口に妙な色をしたマドレーヌを押し付けている娘(心なしかいつもより生き生きとしている)に視線を向けると、父親らしく止めようと口を開いた。

 

「マーク、頑張りは認めるけどもアズールが可哀想だよ。確かにアズールはナンパな性格だし救いようもなく軽いけど困った女の子を助ける優しいところだってあるんだから…」

「勿論マークちゃんは大好きな母さんにもバッチリあげました!母さんがデレデレになって父さんといつまでもラブラブでいられますようにってお願いを込めちゃいました。うーん、私ってなんて健気な娘なのでしょう!」

 

どんぐりのようにクリッとした目を輝かせそう語るマークに、何故だか途轍もなく嫌な予感がした。

 

――ルキナがデレデレ…?それに、ラブラブって…

 

妻であるルキナには朝一番に手作りのケーキを貰った。後で一緒に食べようと約束したのだが、それきり今日は姿を見ていない。

単にまずいだけならいい。問題なのはマークの料理には闇魔術的効果があるらしく、以前料理を食べさせられていたジェロームが妙に口達者になり、ロランが服を脱ぎだしワイルドな喋り方になっていたことがあった。本職達との共同開発だ、張り切って作っただけにその効果も絶大だろう。

 

「アズール、悪いけどこれ以上犠牲者を出さないためにもマークを抑えていてくれ!」

「ええー!ルフレさん、ちょっとどこ行くの!?」

「父さんったら早速母さんのデレデレ効果を見に行ったんですね、本当に母さんラブで羨ましさを通り越して妬ましい限りです!さあアズールさん、あーんしてくださいな」

「マ、マーク、ちょっと待って…そんな変な匂いのするもの口に押し付けられたら、僕…うあああああ、助けてールフレさーん!!」

 

アズールの悲鳴が聞こえた気がしたが、ルフレの頭の中は愛しい彼女のことで一杯だった。

ルキナのことだ、可愛い娘が作ったものならば例えどんな見た目のものでも快く食べるに違いない。ただでさえ彼女は少し人よりもずれた感性を持っているのだから。

 

まだ口にしてないことを祈るしかない――!!

 

しかし、時既に遅かったことをルフレは身を持って知ることとなる。

 

 

 

 

「はあ、お父様の大胸筋ってなんて素敵なのでしょう…」

「ルキナ、どうした?なにか悪いものでも食べたか?」

 

ルキナの行方を知らないか聞こうと血相を変えてクロムの天幕に突撃したとき、ルフレは最悪の自体が引き起こされたことを即座に理解した。

恋人であるルフレを前にしても常に凛々しい表情であるはずの彼女は顔を真っ赤にし、呼吸を荒げながら彼女の父であるクロムにべったりと抱きついている。

 

「うふふ流石お父様、引き締まった大殿筋も素敵ですね。お母様は大好きですけれども、私のお父様を独占するのはやっぱりずるいです…」

「ルフレ…なあ、なにが一体どうなっているんだ?」

 

さわさわと逞しい体を触り続けるルキナと、明らかに困惑した目でこちらを見つめてくるクロムに思わず頭を抱えてしまう。

マークの自分を上回る闇魔術の才能に対する感心と呆れ、そしてクロムに対する微妙な嫉妬心が一瞬胸をよぎった。他人ではなく父親である彼に絡んでいてある意味よかったとも思えるが、素直に安堵できる程割り切っているわけではない。ルキナは世界と愛する父親を救うためにやってきたのだから。

 

――と、今は自分の気持ちについてあれこれ考えている場合じゃないな。

 

いくらクロムの細君が心広くとも、年頃の娘が夫にベタベタしていたら心穏やかではないだろう。まだルキナが娘だとわかる前、抱き合っている二人を見て相当ショックを受けていたのだからなおさらだ。この現場を見られたら折角のバレンタインが険悪な雰囲気と化すのは想像に容易い。

 

「ルキナ、スキンシップはここまでだ。クロムが困っているじゃないか」

「ルフレさん…?」

 

薔薇色の頬、とろりと蜜のように溶けた青い瞳がこちらをじっと見つめてきて、ルフレは不覚にもドキリとしてしまった。こんな女の顔でクロムを見ていたのか、と言葉を失い慌てて視線を逸らして彼の体からルキナを引き剥がした。

 

「助かった、礼を言う。…おい、なんで睨んでくるんだ?」

「なーんでも。なあ、ルキナ借りてってもいいか?どうやらマークの菓子に当てられたみたいなんだ」

「菓子に当てられる…?なんだよそれ」

「詳しい話は後だ!クロム、くれぐれもマークに何かを貰っても食べちゃ駄目だよ。命の保証はしないからね」

「?ああ、わかった」

 

唖然としているクロムを前に半ば引きずるようにルキナの手を引き天幕の外に出ようとする。

 

「…ルキナに妙なことはするなよ?」

「僕は君と違って手が早くないから」

 

憮然とした顔で腕を組むクロムを皮肉るようにルフレは笑いかけると、「おとうさまぁ」と舌足らずな声で父を呼ぶルキナをズルズルと引きずりながら正気にさせる方法を考えた。

 

 

 

 

人がいないことを確認すると、ルフレはルキナを伴い武器庫替わりの天幕へと入っていった。

薄暗く埃っぽいそこではあるが、デレデレを通り越してドロドロになっているルキナの無防備さには流石に何かを致す気にはならない。普段は隙を見せないからこそ色々悪戯したくなることはあるのだが、木箱の上に腰掛け足をぶらぶらさせている彼女の無邪気さには欲情よりも心配さが勝るのだ。

 

「ルキナ、ほら水」

「いやです」

 

駄々っ子のように頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向くルキナはどこかマークに似ていた。まあ母親だから当たり前なんだけどさ、と水筒片手にため息をついていると急にルキナがグッと顔を近づけてきた。

聖痕が刻まれた虹彩がじっとこちらを見つめてくる。ルフレも大分この状態の彼女に慣れてきたため、対して動じずに首を傾げた。

 

「どうかした?」

「…あなたが口移ししてくれるなら、のみます」

「えー…?」

 

普段のルキナなら絶対言わなそうな言葉に、ルフレはそれしか口に出せなかった。

あんぐりと口を開けていると、彼女の青玉のような瞳に透明な雫がみるみると溜まっていく。

 

「ル、ルキナ、なんで泣くのさ?」

「だって、ルフレさんったら、朝から女の人にたくさんお菓子もらってて…」

「え?」

「お父様にくっついていても、あなたはいつもどおりの顔してて…私のこと、結局こども扱いしてるんです」

 

はらはらと彼女の頬を流れ落ちていく涙にルフレは呆気に取られてしまう。

そういえば収穫祭の時、デジェルがこんな状態だったとげっそりとしたセレナに聞いたことがある。なんでも人に秘めていた想いを打ち明けてしまう秘薬なるものを飲んでしまったからだと。

 

――もしかしてマークはその秘薬とやらをどこかで入手したのか、もしくは自分で作ってしまったのか…?

 

顎に手を当て推理していると、頬に痛みが走り目を瞬かせる。

見れば涙を流すルキナに頬を掴まれ引き伸ばされていた。

 

「…ルフレさん、ほかの女の子のことかんがえてますね?」

「ほんらほとらいはら!」

「…わたしだけが、こんなに好きで…好きでしょうがないのに、ルフレさんなんてアズールといっしょなんですね…」

 

頬の痛みとグサリと刺さる一言にうう、と呻き声を漏らした。いくらなんでもアズールと同類に扱われるのは傷つく。ルフレが異性として傍にいたいのはルキナだけなのだから。

 

「ひ、ひひゃいよるきな…」

「じゃあ口移ししてください、そしたらはなしてあげます」

 

これがマークみたいにこちらをからかって言っているならまだ叱れるのだが、ルキナの涙に濡れた目はいつものように真剣で、真っ直ぐこちらを見つめてくる。

クロムに似て思い込んだら一直線な彼女がここで引くとは思えない。ルフレは冷や汗をかきながらこくこくと頷くと、ようやく彼女は指を離してくれた。

 

――僕だって、ルキナのことこんなにも好きなのになぁ…

 

外套の隠しポケットに入れっぱなしの指輪のことを思い出しながらルフレは髪を掻きあげる。

もしルキナが使命を果たし、世界が平和になった時。

そして自分がクロムを殺さずに済んだ時、この指輪を渡そうと決意していた。

もし自分がファウダーの支配に屈してしまった時に、彼女の妨げになりたくなかった。指輪を送ってしまえば不器用な程真っ直ぐな彼女は使命と愛の誓いの狭間に苦しんでしまうだろうから。

未だに子供扱いするような態度を取ってしまうのは、この恋が憧憬からくるまやかしだといざという時彼女が切り捨てられるようする為だった。

 

――だったら告白するなって話だけど、ルキナが他の男に取られるのも嫌なんだ。

クロムと話す彼女を見るだけで嫉妬してしまうくらいなんだから。

 

我が儘な自分を自嘲するように口元を歪めると、覚悟を決めて水筒に口をつける。

ルキナは涙に濡れた睫毛を伏せ、ルフレからの口付けを待っていた。

薄く色づいた唇を心ゆくまで吸い付き貪りたい、という男の欲求をなんとか抑えて彼女の口に自らのものをそっと押し付けた。

 

「ん…」

 

ルキナの小さな喘ぎ声に、彼女の柔らかな髪を撫でながら水を伝わせていく。

体温に比べれば冷たい水が彼女の喉を潤したことを確認すると口を離した。

 

――…これ以上はダメだ。

 

このまま続けたい気持ちはあったが、抑えられる自信がないから慌てて顔をそらした。

クロムにも変なことをするなと釘を刺されている以上その先のことは出来るはずがない。しかしルキナは未だに瞼を伏せており、心拍数は落ち着くどころかむしろどんどん忙しなくなっている気がする。

 

「ルキナ、そのまま聞いていて欲しいんだ」

 

照れと自分の欲を抑えるために彼女から背を向け、唇を抑えながらルフレは言葉を紡ぎ出した。

 

「僕は軍師である以上、なるべく人を均等な目線で見なくてはいけない。ましてや君は親友の娘だ、恋人なのに必要以上に兄ぶっていたところはあるからそれは謝るよ」

 

ルキナがどんな顔をしているかこちらからは見えない。また泣かせてしまっているだろうか、それでもルフレは心の底にある言葉を口にしつづけた。

 

「でも、こうやってキスをしたいのはルキナだけだ。共に生きていきたいのも、作った料理を食べ続けていたいのも君だけなんだ。正直に言うとね、クロムと君が話しているだけでも僕はイライラするんだよ。君にとって誰よりも大切な人だってことはちゃんとわかっているし親子の愛情だって知っている。けれども二人の絆に入れない自分がどうしようもなく悔しいんだ」

 

突如むき出しにされた黒い感情に、ルキナは怖がってしまっているだろうか。呆れてしまっているだろうか。不安はあったが、今ここで口にしとかなければ届かなくなってしまうかもしれないという謎めいた予感があった。マークの悪戯も、父親の煮えきれない態度を見てこの薬を仕込んだのではないかいうと深読みさえしてしまう。

 

「僕はもう、ルキナのことをクロムの娘として仲間として…建前はともかく本心ではそんな風に見ていない。異性として…ちゃんと愛してる。だから、この戦いが無事に終わったら」

 

たまらずルフレは振り返り、ルキナの意志を確認しようとする。ポケットの中の指輪が踊り、指でその感触を確かめながら意を決し視線をしっかりと合わせた。

彼女は唇に手を当て、目を丸くしながらこちらを見ていた。

 

「ル、ルフレさん…?」

「ギムレーを倒したら、僕は君に!」

「私、何をしていたんですか?」

 

ルキナの思いがけない言葉に、思わず勢い余って転んでしまいそうになった。

当の彼女は困惑したように視線を彷徨わせており、先ほどの熱にうかされたような色が瞳から消えていた。

 

「えっと…ルキナ?もしかして、覚えていないとか…」

「はい、おぼろげにならお父様と話していた記憶はあるのですが、その…」

 

ごめんなさい、と眉を八の字にして謝る彼女はいつもの涼やかな眼差しをしており、なんでよりにもよってこのタイミングで我に返るのかとルフレはタイミングの悪さに嘆きたくなった。

そういえば以前子世代男子陣でのマークによる菓子の人体実験効果も一時的だったことを思い出す。どこからともなく「これも策のうちです!」という可愛らしい声が聞こえた気がしてがっくりとうな垂れた。

 

「私、貴方に何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」

「…いや、いいんだ。君はマークの特製手作り菓子にあてられていたんだよ。正気へ戻ってくれてよかった」

「マーク…?そういえば、マークからピンクの可愛らしい形をしたマカロンを貰ったような」

 

絶対それだ、とため息をついてルフレは首を振って情けない気持ちを振り払った。

人に頼っていてはそう都合よく行かないか、と出しかけていた指輪をポケットの奥へ落とし笑顔を浮かべる。

 

――それでも、率直に彼女へとこの気持ちを言えたんだ。胸のつかえが取れた分、これからはもっと素直な気持ちでルキナに向き合える気がする。

そう前向きに考え、ルフレは自分の頬を軽く両手で叩いた。そして必死で自分がしたことを思い返している愛しい彼女に微笑みかけ手を差し伸べる。

 

「君は何も悪いことをしていないよ。なあ、折角だから口直しにお茶でもしないか?君から貰ったケーキでさ」

 

ルキナは何度か目を瞬かせていたが、目尻に残っていた涙をそっと拭うと微笑みルフレの手に自らの指を絡めた。

 

「…はい、今までで一番美味しく作れた自信作なんですよ!お父様には内緒ですけど、ルフレさんの方を一回り大きく作ってみたんですよ?」

「ははは、それは嬉しいな。ルキナは料理上手だからね、僕とマークに正しい料理の仕方を教えてやって欲しいくらいだ」

「うふふ、そのうち三人で料理教室やりましょうね」

 

二人で顔を見合わせてはにかみ合い、埃っぽい天幕から外へ出る。

ルフレの天幕へと仲良く手を繋いで歩いていた途中、ルキナがふと足を止めたことに気づきルフレは振り返る。

 

「どうかしたのかい、ルキナ?」

「…私も、愛していますから」

 

顔を赤くし、熱を帯びた唇に触れながら呟かれたルキナの小さな告白は風に遮られ、ルフレに届くことがなかった。しかし彼は恋人の表情を見て理解したのか、そっと頷いて彼女のしなやかな指を握り締める。

今はまだ確かな誓いを言えないけれど、この手を離すつもりはないのだと。

 

二人が天幕に戻ったとき、妙にクールな眼差しかつ紳士的な物腰でルフレへと語りかけてくる奇妙な態度のアズールと、「ウードさんが現実的な思考回路かつ堅実な趣味になるカヌレを渡さなきゃ!」とせわしなく羽ばたくコマドリのように飛び出していくマークの姿を見たのはまた別の話。

 

 

Iの証 ~クロム×ルフレ編~

 

「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!意中の相手がいる人も、もう相手をゲットしている人でも!狙った相手のハートをぎゅっと掴んで離さない手作り菓子キット一式・ラッピングまで揃っているわよー!あなたが女の子なら絶対お買い得、今なら意中の彼を骨抜きにしちゃう伝説のマジカルレシピ集もサービスしちゃうわ!」

 

トレードマークである赤髪のポニーテールを振り回し、商人らしくよく通る声で張り上げられたアンナの声が陣内に響き渡る。普段は戦いの中に身を置きキリリとした表情を見せている女性兵士達が、皆必死な顔で商品を物色し群がっていた。

想い人がいるらしく、どこか神に縋るような顔で品物を選んでいる年頃の少女から、そんなものに頼らなくとも十分熱々だと思われる夫持ちの仲間も輪の中にいるのを見てルフレには苦笑いすることしか出来なかった。

 

――今日は2の月13の日、バレンタインの前日。かつてアカネイアでの歴史の中で兵士の恋愛を禁止した王がおり、ある一人の僧侶が死地に赴く彼らを哀れみ秘密裏のうちに愛を誓わせたという。彼は処刑されたがその日は祭日として残り、今では恋人たちの日として各国で過ごされている。

男女問わず贈り物をし親愛を伝え合う日となっているはずなのだが、アンナは愛の日ということに目をつけ、普段素直に想いを伝えられない女性達を標的に商売をしたらしい。物資が不足しがちな軍内では甘いものなど贅沢品のはずだが、愛する者に情を伝えようと必死な彼女達は財布の紐が緩い。ましてや街まで距離がある場所に陣を構えているからなおさら盛況しているのだろう。どこで仕入れていたのか相変わらず不思議だが。

 

「もう、皆さん気持ちはわかりますけどアンナ商会に乗せられ過ぎです…」

「お母様!」

 

懐が潤っているだろうアンナを少し叱ってやろうかと読んでいた本を閉じた時、明るく弾んだ声が背後から聞こえた。

見ればどこかそわそわした顔のルキナが、沢山の荷物を持ってルフレを覗き込んでいる。もしルキナに尻尾があったら振りちぎらんばかりに振っているのではないか、という様相だ。

 

「ルキナ、どうしたんですか?その荷物は」

「私もアンナさんから買っちゃいました。賑わっているからと見てみたら、どれもこれも未来では手に入らないもので、欲しくなってしまって!懐は寂しくなってしまったのですがいいお買い物ができました」

 

目を輝かせて色とりどりの包装紙や材料らしきものが詰め込まれた麻袋を見せてくる娘が可愛らしく、滅多に見せない子供っぽい表情にルフレは微笑ましさ半分、複雑さ半分といった笑みを彼女に向けた。まさかしっかりとした性格だと思っていたルキナまでがこの空気に飲まれるとは思わなかったのだ。

あまり無駄遣いする子ではないことを知っているが、少ない小遣いを他人のためにつぎ込むなんて、とその健気さに涙さえ出そうになってしまう。いくら貴重だからと純粋な少女たちの想いを利用し、暴利をつけて売りさばくアンナに文句を言ってやらなければ気が済まないと心に誓った。

 

「お母様、どうしたのですか?目頭を押さえて」

「…なんでもないですよ。これから作るのですか?頑張ってくださいね、できたら私にも少しだけ分けてくださいな」

「うふふ、折角白いお砂糖も手に入ったのですから腕によりをかけますね。あの、お母様も明日はお父様に何か渡されるのですか?」

 

空のように澄んでいる瞳が何かを伺うようにこちらを見つめてくる。何かを期待しているかのような娘の眼差しに首を傾げながら、「ええ、用意してありますよ」とルフレは答えた。

 

「クロムさん用の菓子はこの前の買い出し時にばっちり買ってあります。ガイアさんが教えてくれた知る人ぞ知る名店らしいですよ。ルキナやマークの分もちゃんと用意してありますから皆で食べましょうね」

 

愛する夫の為だ、菓子にうるさいガイアが選ぶ高級菓子店だからきっと喜んでくれるに違いないと口元を綻ばせるルフレの反面、ルキナはその答えに少しだけ不服な顔をしてみせた。

 

「…その、手作りとかはされないのですか?」

「え?いえ、そんな予定はないですけれど」

「今までもお店のものをあげていたのですか?」

「勿論、毎年お店は変えて、クロムさんの好みから選んでみてはいるのですが…えっとルキナ?どうしたんですかそんな怖い顔をして」

 

急に何かを思案するよううつむく娘に違和感を覚える。何か変なことでも言っただろうかと思い返そうとしたとき、「いけません!」と彼女は切なげに叫んだ。

 

「お母様、今から一緒に菓子を作りましょう!」

「随分と唐突ですねルキナ…また何か変なことでも吹き込まれたのですか?」

「セレナから借りた本に書いてありました、愛する者がいるという女性は念を篭めた手作り菓子を送り、真実の愛をぶつけると!そうすれば異性はメロメロになると!」

「…たぶん貴方が借りたというその本は、思春期の少女を想定している偏向した内容が書かれた恋愛参考書だと思うので、夫婦間には適応されないと思いますが」

 

拳を握り熱く語るルキナの純粋さにルフレは思わず顔を覆った。真っ直ぐに育ってくれたのはとても嬉しいが、人を疑わず偏った意見をも信じてしまう傾向があるのはクロムに似てしまったのかとため息をついてしまう。

 

「私の料理の腕を知っているでしょう?ましてや菓子なんて私にはムリです、鋼の味になる未来しか見えません」

「そんな、お母様…!お母様の想いが込められていれば、お父様も一撃でノックアウト出来ます!」

「ルキナ、私の場合はノックアウトの意味合いが変わってしまうと思うので…」

 

ルフレは料理が苦手だ。一応人間が食べられるものを作れるし栄養面を含めてレシピを考えたり仕込みに工夫を凝らしたりと料理工程自体は好きなのだが、いかんせん味が悪いことが多い。初めてクロムに手料理をふるまった時に「鋼の味がする…」と苦々しげな顔で言われて以来、必要に迫られた時以外は作らないようにしている。両親に似ず料理が出来るとルキナが言った時は味覚が正常に育ってくれたのか、と未来の自分に感謝したものだった。

 

「貴方の気持ちはとても嬉しいですが、私とクロムさんの間ではこれが普通ですから大丈夫ですよ。折角の貴重な食材が可哀想ですし、貴方のお金で買ったものです。ルキナが心を籠めて作った美味しい菓子の方が、クロムさんも喜びますよ」

「お母様…」

 

娘を諭すように言えば、聞き分けの良い彼女ならば諦めてくれると思った。しかしルキナは材料の入った麻袋を抱きしめ何かをこらえるようにじっとこちらを見つめてくる。

 

「ルキナ?」

「…いえ、違うんですお母様。お父様とお母様の絆はこんなことをしなくても深く結ばれていることはわかっているんです。本当は、私…」

 

縋るようにこちらを見つめてくるルキナにルフレは息を呑み彼女の真意を悟る。

彼女はただ、母親と一緒に菓子作りをしたかっただけなのではないか。

未来の自分がどういう風にわが子へ接していたかはわからないが、あまり積極的に台所へ入らなかったのではないだろうかと推測する。仕事にかまけ、あまり親子の時間を持てなかったのかもしれない。料理が好きだというルキナは、無意識のうちに母と料理をしてみたいという欲求が生まれていたのではないだろうか。

思えば嬉しそうに買ってきたものを見せてくれたのも、一緒に作りたいという気持ちがあったからに違いない。素直に親へ甘えられなかっただろう娘の健気さ、自分の気遣いの裏腹さにルフレは唇を噛み、少しだけ泣きそうな顔をしているルキナをそっと抱きしめた。彼女はただ、幼い頃に亡くした母親と共に過ごす切欠が欲しかっただけなのだ。

 

「我が儘な子でごめんなさい、お母様。呆れてしまいましたか?」

「いいえ、私こそ自分のことばっかりでごめんなさい。…ねえルキナ、私に作り方を教えてくださいませんか?実はお菓子作りなんて、ほどんどやったことがないんです」

 

クロム譲りの藍髪を撫で娘への愛しさから微笑んでみせれば、ルキナは顔をぱっと明るくさせ、「はい!」と元気よく返事をしてくれた。

 

 

 

*

 

 

 

「というわけでクロムさん、覚悟してください」

「覚悟ってなんだ」

 

2の月の14の日。天幕の中にいるはずなのに何処からともなく漂う甘い香りにクロムが鼻をひくひくとさせていると、何故か疲れきった顔をしたルフレがぬらり、と幽鬼の如く現れた。香りに似つかわしくない威圧感を放つ彼女にクロムは思わず後ずさりをしてしまう。

そういえば昨日は彼女に会えていなかった。一日に一度は顔を合わせたいと思い彼女の天幕に向かうも「今、母さんはルキナさんと共に巨大な壁へと立ち向かっているんです!ここは男子禁制の修練所なんですよ!」と息子であるマークによくわからない理由で追い返されてしまったのだ。そんな大層なことをいう割に、彼は楽しそうな顔をしていたのだが。

 

「大丈夫、怖がらないで私の目を見て。ちゃーんと口直しの高級菓子も用意してありますから大丈夫ですよ」

「なんでいきなりスミアみたいな口調になっているんだ…昨日姿を見せないと思ったんだがどうしたんだ?なにか覚えたいスキルでもあったのか?」

「女には女なりの意地と戦いがあるんです…」

 

話が見えず呆れるクロムに対し、ルフレは何処か遠い目をしてため息をついた。目の下にはくっきりと隈が刻まれており、また徹夜でもしてお気に入りの戦術書を読んでいたのかと肩を竦めた。

 

「なんだかよくわからないが、取り敢えず身体を休めろ。お前が倒れたら心配するだろ」

「ごめんなさい、貴方にこれを渡したら今日は早めに寝ますね。うう、自分が情けない…」

 

ルフレが差し出してきた二つの包みを受け取る。ひとつは高級感ある整った箱、もう一つはシンプルだが青いリボンで丁寧に包装された箱だ。そういえば今日はバレンタインだ。しかしなんで二つ渡してくるのだろうか、とルフレの顔を覗き込めば、少しだけ頬を赤らめ忙しなく自身の髪を弄っている。いつも落ち着いている彼女が珍しい。

 

「一つはちゃんとしたお店で買った菓子で、もう一つは…私の手作りです」

「手作りだと?」

「手作りといっても、ルキナに協力してもらったのでそこまで酷い味ではないはずです。ただやっぱり鋼の味には勝てなかったというか…その…」

 

指で髪をくるくると巻き、歯切れ悪そうに呟くルフレと、手の中にある白と青を基調にした包みを交互に眺めた。

ルフレは率先して料理を作るタイプではない。ましてや菓子なんて作るのは意外だった。風味が鉄臭くなるだけで、彼女の食事は普通に食べられるから本人が気にする程のレベルではないと料理でヴェイクを卒倒させた経験があるクロムは考えている。

 

「食べるのが嫌でしたらいつもの高級菓子の方だけ受け取ってください。こちらはガイアさんのお勧めですから文句なしに美味しいはず…ってクロムさん、いきなり容赦なく包装を破きますね!」

 

躊躇いなく手作りの方の包装紙を破き中の箱を取り出すと、ルフレが悲痛な声を上げる。

蓋を開けるとそこには二色のクッキーが綺麗に鎮座していた。

 

「ああ、包みにも一応手間暇をかけたというのに…」

「うまそうじゃないか、お前の言い方だともっと酷いものを想像した」

「それはまあ、ルキナがちゃんと見ていてくれたのですから。私にだって意地はあります、酷すぎる出来のものを渡せるわけないじゃないですか。ただ…」

 

嘆くルフレを尻目に、クロムはこみ上げてくる笑みを隠せず一枚取り出し彼女に見せてみる。

同じく料理を得意としないリズから名状し難い菓子らしき何かをもらったことがある為少しだけ不安は抱いていたが、これならば普通に美味しそうだ。何より愛する妻と愛娘が協力して作ってくれた物、嬉しくないわけがない。

ルフレはどうやら気を使って既製品を送ってくれているみたいだが、実を言うと出来はどうであれ愛妻から手製菓子を貰い歓んでいる友人や部下たちが羨ましかったこともあるのだ。あの菓子に異常な拘りを見せるガイアでさえ、妻の手製菓子を幸せそうに頬張る位なのだから、きっと一般的な美味を超えた何かがそれに込められているのだろう。

 

「いいですか、まずかったら無理して食べなくてもいいですからね!」

 

不安そうにこちらを見上げてくる妻の前で、クロムはつまんだ一枚を口に運んで見せた。

さっくりと焼かれたそれは、ルフレらしく甘すぎず、かといって物足りない程ではない。確かに微かだが鋼の味はするが、バターの風味に隠されてそこまで目立つわけではない。

ルフレは眉に皺を寄せ、味わって食べているクロムをじっと見つめている。慣れないことをして疲れているだろう姿が意地らしくて愛しい。空いている左手で彼女を抱き寄せた。

 

「ど、どうでしょうか…?」

「俺はまずかったらまずいと言う」

 

胸に手を当て、緊張した面持ちで見上げてくるルフレの顎を捉えると、クロムは菓子の余韻が残っている口で彼女の唇を塞いだ。

安々と口内に侵入すると、ちゃんと味がわかるよう驚くように縮こまっているルフレの舌を捉え、自身のものを擦り付ける。

 

「ん、んんぅ」

 

震える背中を摩り、ついでと言わんばかりに彼女の口内を好き勝手に這い回り堪能した。

胸を叩かれて名残惜しいが口を離せば、ルフレは唇を抑えて口をパクパクと魚のように動かした。

 

「ほら、まずくないだろ?」

 

二枚目のクッキーをかじりながら笑いかけて見せる。ルフレはしばらく言葉が出ないのかクロムをみてブルブルと震えていたが、我に返ったかのように赤くなって「やり方が直接的すぎますから!」と叫んだ。

 

「ははは、今のお前の顔ゆでた蟹みたいだ」

「何回も味見しているから自分が作ったものの味くらい知っています!それでも鋼の味が取れないから言っているのにクロムさんったら…もう!」

「ガイアには悪いが、今まで貰ったどんな菓子よりもうまく感じるよ。なによりお前の気持ちが嬉しい…有難う、ルフレ」

 

菓子箱を傍らに置いて、クロムはすっかりと赤くなったルフレを抱きしめた。

ルフレは最初照れ隠しのようにもがいていたが、すぐに大人しくなりクロムの胴に手を回す。

まだこの世界のルキナは赤子だから、妻と娘に想われることがこれ程までに幸せなのか気づかなかったが今なら確かにわかる。菓子作りをしていたせいかいつもより甘い香りがするルフレの髪に鼻を寄せると、腕の中にすっぽりと収まっている彼女がポツリと呟いた。

 

 

「…ルキナには感謝しないといけませんね、セレナさんの恋愛指南書、私も借りようかしら」

「ん、何か言ったか?」

「いいえ。クロムさん、大好きです」

 

満ち足りた顔で胸に寄りかかり愛を告げる彼女がたまらなく愛しい。

クロムは溢れ出てくる言葉の代わりに応えるよう、そっと額へ口付けを落とした。

 

 

 

「いや~おそるべしですね、アンナさんの手作り菓子キット…」

「いえ、これはお父様とお母様の絆が改めて生み出したものですよ」

 

まるで付き合いたての恋人のようにイチャつく両親を天幕の隙間から眺めながら、ルキナとマークはこそこそと、しかし満足げに会話をしていた。

 

「しっかし母さんの料理は呪いなのでしょうか、ルキナさんと同じ手順、材料で作ったにも関わらず母さんのだけ鋼の味がするのですよ?ロランさんに解明してもらえないかなー」

「うふふ、とても懐かしい味で昔を思い出しました。私にとっては思い出の味です」

「おお、これが噂に聞く母の味ってものですね!いやーまずいけどなんだか癖になる味なんですよね、母さんの料理って」

「もう、まずいだなんて…お母様に失礼ですよ、マーク」

 

悪気なしに言い放つ弟を諭すと、二人の世界を邪魔しないようルキナはそっと天幕の隙間を閉じる。ルキナからも父へ菓子を渡すついでに両親の様子を見に来たのだが、この分だと当分かかりそうである。「昨日一日お母様を独占してしまったから仕方ないですね」とルキナは独り言を呟いて立ち上がり、まだ覗きたそうにしている弟を優しく小突いた。

 

「マークったら、覗き見のし過ぎははしたないですよ?」

「えー、もうちょっとだけ見させてくださいよー。記憶が戻る切欠になるかもしれませんし」

「お父様とお母様は見世物じゃありません!」

 

ルキナとて在りし日の仲睦まじい二人を目に焼き付けて置きたいが、これ以上見るのは行儀が悪いと流石に自分でも思う。何より姉弟二人が軍主の天幕前でウロウロしていたら、怪しまれるに違いない。折角のバレンタイン、二人きりの時間を邪魔するつもりはないのだ。

 

「これからノワール達と菓子交換をする約束をしているんです、マークも良かったら一緒に来ませんか?」

「わーい、おこぼれをもらえるなら僕大歓迎です!行きます行きまーす!」

 

すぐさま立ち上がり満面の笑みを浮かべる弟に微笑みかけると、ルキナは二人が愛を紡いているだろう天幕に背を向け、仲間たちの元へ足を急がせた。


 
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