No.543546

真剣で私たちに恋しなさい! EP.20 百鬼夜行の章(3)

元素猫さん

真剣で私に恋しなさい!の無印、Sを伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2013-02-13 01:12:48 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5241   閲覧ユーザー数:5016

 自分が生きているのかどうかもわからぬほど、心が虚ろだった。湧き上がる想いはあるものの、気泡のように脆く割れてしまう。

 グレーの世界で、どちらにも行けずにただ彷徨うだけだった。

 

「大和くん――」

 

 自分の名を呼ぶ声が聞こえる。板垣辰子の声だ。柔らかな胸を押しつけて、首に腕が絡みつく。甘い匂いに、大和の頭は痺れるような感覚に包まれる。

 

「私がずっと、面倒みてあげるからね」

 

 優しい声が、大和の心を揺さぶった。

 

(俺にそんな資格はない)

 

 ただ、逃げているだけの自分。けれど追いかけているのも自分なのだ。だからどれほど走っても、自分自身から逃げることなど出来ない。

 竜神……どういうわけか自分の中に棲みついたものだ。それは意識しても見つけることはできないが、ふとした時に現れては誰かを傷つける。

 

(いっそのこと、俺が死ねば……)

 

 そんな事も考える。きっと、百代は怒るだろう。京は泣くだろうか。仲間のみんなは?

 色々な事が浮かんで、折り重なっては大和の心に圧し掛ってくる。

 

(結局、俺はどうしたいんだろうな)

 

 答えなんて見つかるはずはない。探しものが何なのかすら、自分はわかっていないのだ。ただ落ち込んで、『可哀想』な自分を演出しているだけだった。

 

「大和くん」

 

 辰子の声が甘い。もう少し、この温もりに甘えていたかった。

 

 

 乱暴にドアが開かれたのは、その時だった。ビクッとして視線を向けると、天使を抱えた竜兵が転がり込んで来たのである。

 

「くそっ、やっと到着だ」

「リュウ! 天ちゃん! どうしたの?」

 

 気を失った天使を放り出し、疲れたように竜兵もその場に座り込んだ。

 

「タツ姉、水くれ」

「うん、待ってて」

 

 辰子がそう言って水をコップに汲み差し出すと、竜兵は受け取って一気に飲み干した。しばらくは息を荒く吐き出していたが、やがて落ち着きを取り戻してこれまでの経緯を説明し始めたのである。

 

「喧嘩かあ……天ちゃんは気が短いからなあ」

「相手の蹴りがハンパじゃねえよ。制服着てたから、川神学園の奴だな」

 

 身振り手振りを付けて説明をする竜兵の話を聞きながら、辰子は膝を抱えてうずくまる大和を気に掛けつつ、濡らしたタオルで天使の顔を拭って介抱した。

 

「でも、どっかで見た顔だったよなあ……」

 

 話をしながら、竜兵は何かひっかかるように首を傾げた。そして不意に思い出したのだろう、パシンと自分の膝を叩くと何度も頷くようにしながら言う。

 

「あれは葵紋病院のお坊ちゃんと一緒に連んでいた女だ。雰囲気はずいぶん変わっていたが、間違いねえ」

 

 竜兵がそう声をひときわ大きく上げると、今までまるで反応を示すことのなかった大和が顔を上げたのだ。

 

「――!」

「大和くん……?」

 

 異変に気づいた辰子が、名前を呼びながらそっと大和の肩に触れた。その瞬間、ビクッと身を震わせた大和がその場に立ち上がり、獣のように声を上げたのだ。そしてそのまま、辰子が止める間もなく飛び出して行った。

 

 

 通りにはオープンカフェの名残があり、三人の女性が暇そうに空いた椅子に腰掛けていた。

 

「だいたいさあ、ここどこよ?」

 

 髪をリボンでツインテールにした女性――史進が、脚を組みながらぼやいた。

 

「変態のせいで、わけのわからないところに来たじゃん」

「だってパンツが飛んでたから……仕方ない」

 

 変態と言われた後ろで髪を束ねた女性――楊志が、悪びれた様子もなく淡々とそう漏らす。そんな二人のやりとりを見ながら、髪の長い女性――林冲が溜息を吐いた。

 

「地獄に封じられて、早数千年……門が開くなんて奇跡は何度も起きたりしないはずだ。三人だけでもこうして出られたのは、むしろ幸運と思うべきだよ」

「まあ、わっちもいい加減、あの何もない世界には退屈だったからさ。ラッキーって言えばラッキーなんだけど、それが変態のお陰っていうのがなあ」

「ふふふ……お礼はパンツで」

「だが、断る!」

 

 そんなたわいもない話をしていると、不意に三人の笑顔が消えた。真面目な表情で、通りの先を見つめる。

 

「何か来る」

「真っ黒い龍みたいだ……」

 

 林冲がそう感想を口にし、槍を構えた。その直後、それはやって来た。

 

 

 真っ黒い霞に包まれた直江大和は、目にとまるすべてに攻撃を仕掛けた。そこに理由はなく、ただ、溢れる負の感情を制御できないだけだ。

 

「たあああーーーっ!!」

 

 林冲の槍が襲いかかる。史進の棍が叩きつけるように頭上から落ち、楊志の剣が切りつけた。三人の同時攻撃を受けながらも、闇に呑まれた大和に怯む様子はない、

 

「くそ、何だこいつ!」

「まったく手応えがない……」

 

 黒い霞が鎧のように大和を守り、どんな攻撃もダメージを与える事が出来ない。

 

「あー、面倒だなあ。どうするよ?」

 

 イライラを募らせた史進がやる気をなくしながら舌打ちを漏らすと、他の二人も顔を見合わせた。相手にしなければならない理由はない。

 

「ウオオオオオーーー!!」

 

 大和が獣のように吠えた。

 

「よし、わっちは逃げる」

 

 史進がそう決めて身を引こうとした時、突然、大和に異変が起きた。苦しげに首のあたりを掻きむしり始めたかと思うと、プツリと糸が切れたように倒れてしまったのである。

 

「動かなくなった……」

 

 楊志が足で大和をつつきながら呟く。

 

「今のうちに、殺しておくか?」

「だ、ダメだよ!」

 

 史進を慌てて、林冲が止める。そして優しい目で動かなくなった大和を見下ろし、こんなことを言い出した。

 

「何だか苦しそう……誰かが守ってあげないと、そのうち自滅するかも知れない」

「出た、林冲の守りたい病だ。わっちは反対だよ」

「私はパンツ次第」

「う~」

 

 涙目で林冲が二人を見る。守ることが趣味の彼女は、庇護欲を駆り立てる存在に弱いのだ。今の弱った大和は、そんな彼女の心を刺激するのである。

 

「ちっ! わーったよ。とりあえず、また暴れると困るから縛っておく。それが条件だ」

「うん」

 

 こうして気を失った大和はぐるぐるに縛られて、林冲に抱えられると、いずこかに運ばれて行ったのだった。


 
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