No.542441

真・恋姫†無双 ~彼方の果てに~ 4話

月影さん

平穏で幸せだった日々が終わりを告げる。

神威の願いとは裏腹に、ゆっくりと歯車は廻り始めた。


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2013-02-10 12:43:58 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2498   閲覧ユーザー数:2322

 

 

 

 

「……何だ、これは?」

 

震える声で、神威は鋭い瞳を僅かに見開き呟いた。

 

 

 

 

目に映る光景は赤一色に染められていた。

 

自らの故郷を、慣れ親しんだ邑を焼き尽くす天を衝くかのような炎によって。

 

 

 

 

「自警団は……アイツ等は、何をやってるんだ……たった半日でやられるようなやわな鍛え方はしてない筈、なのに。」

 

絞り出された声。それは自警団の者に対する強い信頼が篭められた物だった。何年もの間指導し、鍛え上げてきたのだ。そう簡単には負けないと神威も自負していた。

 

 

 

 

神威がそう思うのも無理はないだろう。この辺りの盗賊達は精々が50~100人程度であり、幾つかの賊が混合したとしても300にも届かない。

 

邑に居る自警団の人数は200人程だが、そこらの賊とは練度が違う。例え相手が倍は居ても遅れは取らない筈だった。

 

だから油断していたのかと言われればそういう訳ではない。本来ならば危険と判断された場合は神威に連絡が来るようにされていたし、邑を捨て逃げる準備さえもさせていた。その為の訓練も自警団の皆にはさせている。故に、神威は目の前の光景が信じられなかった。あれ程安全性を追求して行っていた事が、僅か半日で崩されたのだから。

 

 

 

 

目の前の状況が理解出来ず、微かに身体を震わせながらフラフラと歩き出す。

 

すると足元に軽い衝撃を感じ、呆然と視線を下げると何かが瞳に映り込んだ。

 

「……っ!?」

 

 

 

 

……それは、かつては人であったであろう塊。そう、文字通り『塊』だ。何度も切り裂かれ、バラバラになった人の身体の一部。首が、耳が、腕が、指が、足が、臓物が……あらゆる人間の部位が辺りに散りばめられ、大地を真っ赤に濡らしている。中には原型を留めぬ程にグチャグチャに叩き潰されて肉片と化したモノまであった。最早人であった事すら判別出来ないが、僅かに残る服の残骸から、この邑に住む者であった事が判ってしまう。

 

 

 

 

「……」

 

あまりの光景に神威は皮膚が裂け血が滴る程に拳を握り締めた。

 

ゆっくりと辺りを見回す。

 

建物の殆どは焼け落ちているか破壊されており、地面には所々に倒れる人と、人であったモノが転がっている。

 

「はぁ……はぁ……に、兄さん、待って……っ!?」

 

漸く追いついた風花は荒い呼吸を繰り返し神威に声を掛ける。だがその時に見てしまったのだろう……神威の足元に散らばる、かつては人であったであろうモノを。

 

「な、何……これ……」

 

震える声で口元を押さえ、今にも泣き出してしまいそうな悲痛な声を上げる風花を見た瞬間、怒りが爆発した。

 

許せない。いや、許さない。妹を悲しませた事を、大切な物を奪った奴らを決して許しはしない。

 

心が怒りで染まり、神威は駆け出す。

 

「ダ、ダメ……!行かないで兄さんっ……!兄さん!!」

 

背後から何か聞こえたが、最早神威には止まる事など出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「また奪うというのか……俺から、風花から――貴様らは!!」

 

力の限り叫ぶ。崩れ落ちた建物の傍を、広場を、まるで狂った獣のように走りながら。

 

 

 

 

 

 

「……あああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

ふと、通りの先から誰かの悲鳴が聴こえた。

 

それを聴いた瞬間身体が勝手に動いた。

 

通りの先の少し開けた場所に飛び出した神威の目に映った物。

 

それは傷だらけで血塗れになろうとも必死に何かを庇うように建物の壁に身を寄せる女性と、その女性に下卑た笑みを浮かべ剣を突き付けた数人の賊。それから未だに略奪の限りを尽くし暴れ回る数十人の賊の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

途切れる事のない悲鳴。

 

 

悦楽に染まった獣の雄叫び。

 

 

息も絶え絶えな嗚咽の混じった泣き声。

 

 

それを嘲笑う獣の嘲笑。

 

 

助けを懇願する悲痛な叫び。

 

 

刃が振り下ろされ飛び散る鮮血。

 

 

延々と奪われ続ける……誰かの命。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリッ

 

地獄のような光景に神威は強く歯を食いしばり拳を握ると、もっとも近くに居た賊目掛けて走り、大地が砕ける程に強く踏み込むと背後から力の限り殴り飛ばした。

 

「ぐぎゃっ!」

 

骨が砕け、肉が潰れる嫌な音を響かせながら小さな悲鳴を上げて賊は吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。殴り付けた場所は陥没し、折れた肋骨が胸を突き破る。壁に凭れるように事切れたその様はまるで、胸に赤と白の歪な花を咲かせたかのようだ。

 

「ひっ……」

 

「な、何だてめぇは……!?」

 

「ば、化物……!」

 

異変に気付いた賊の仲間達は事切れた仲間の無残な姿に恐慌状態に陥りながら一斉に神威に斬り掛かってくる。

 

「おおおぉぉぉぉ!!」

 

神威は襲い掛かる賊の中に飛び込むと振り下ろされる刃を避けながら獣の如き叫びを上げ、怒りのままに相手を殴り、蹴り続けた。その度に何かが潰れるような嫌な音が響き、血が舞い上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~神威~

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……くっ!」

 

どれくらいそうして居ただろうか。怒りに身を任せ、後から後から沸いてくる賊を倒し続けた。迫る凶刃を拳で払い退け、蹴り砕く。

 

手甲も着けずに相手の武器や身体を殴り続けたせいで既に両の拳の皮膚は裂け血塗れだ。痺れて握力も落ちてきている。もしかしたら骨に異常があるかも知れない。

 

正直鍛錬による疲労と無理な身体の行使のせいで全身が悲鳴を上げている。

 

徐々に避けきる事も難しくなり傷だらけになって行く身体。

 

(くそっ……一体何人居るんだ!?もうかなりの数を倒した筈だというのに!)

 

俺は内心焦っていた。既に何百もの賊を倒したというのに、奴らは一向に減らないからだ。

 

せめて武器があれば、と後悔した。無手で出来る事などこの程度かと理解した。もう二度と武器の携帯を怠るまいと心に誓う。

 

その時――

 

 

 

 

「兄さーーーーん!!」

 

 

 

 

この場所で決して聞こえてはいけない声。こんな場所に居てはいけないと思っていた人物がそこには居た。

 

「風花!?何故此処に……っ!!」

 

風花はヨロヨロと両手で何かを掴み、それを必死に引きずって此方に向かって来ていた。それが何なのか気付いた瞬間に視界の隅に映る人影。

 

「っ……」

 

「くそっ!間に合え!!」

 

どうやら風花も自身に襲い掛かろうとしている賊に気付いたのだろう。僅かに身構える。

 

だがその瞳からは何故か恐怖が感じられない。どういう事だと一瞬だけ疑問に感じるもすぐにその考えを頭から振り払う。

 

(考えている場合ではない、今は風花を……!)

 

意識の全てを妹に襲い掛かる賊に向けて走る。その際に背中を斬り付けられたが、痛みを無視して風花に迫る賊との距離を測る。

 

 

 

 

 

 

 

 

――僅かに間に合わない――

 

そんな絶望が心を過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、風花の身体が前に倒れるかのように沈んだ。

 

「せぇぇぇぇぇい!!」

 

気合の入った掛け声と共に大きく片足を踏み出し、前に倒れる身体を限界まで捻ると今まで持つ事も出来ずに引きずっていた物――持ち手である柄が異様に長い、斬馬刀のように巨大な片刃の大刀――を横に薙ぎ払ったのだ。といっても風花には流石に重かったのだろう、軌道は低く足元を払う形になってしまったが。

 

「……え?」

 

状況を理解出来ないでいた賊はその一撃で足を切断された。僅かに逸れたその身体を俺は蹴りで弾き飛ばす。体制が崩れた所を下から掬い上げるように顎を蹴り上げられた賊は首をあらぬ方向に曲げて動かなくなった。

 

「はぁ…はぁ…ふぅ……流石は、兄さんね。こんな物を…振り回してたなんて……」

 

流石に疲れたのだろう。風花は苦しそうにその場に座り込んでしまった。

そんな風花を俺は複雑な感情を内に秘めて眺める。

 

「……すまないな、無理をさせた。後は――俺に任せておけ。」

 

本当は色々と言いたい事があったのだが、無茶な事をさせてしまったのは自分なんだと思い至る。妹をこんな場所に放って置いて勝手な行動をしてしまったのだから。寧ろ心配だったのは風花の方だろう。それに気付いた御陰で、漸く僅かながらも冷静さを取り戻せた。

 

疲労で満足に動けないであろう妹に優しく声を掛け、妹の手から自分の愛刀を受け取る。

 

既に腕は限界に近く、柄を握るのも一苦労だったがしっかりと柄を握り締め片手で肩に担ぐように大刀を持つ。

 

「風花……お前だけは、必ず守ってみせる。例え何があろうとも――」

 

ゆらりと身体を揺らし瞬時に賊の元に踏み込むと、武器の重量を利用して半円を描くように大刀を薙ぎ払った。

 

重量武器とは思えない速度で放たれた斬撃により切断され、バラバラになった賊達が衝撃で吹き飛ばされる。

 

「絶対に、お前の笑顔を……曇らせはしない!!」

 

限界を超えた自身の拳が衝撃に耐え切れず血を吹き出す。それに構わずに薙ぎ払った勢いのまま更に上段から大刀を叩きつけた。

 

千切れ飛ぶ賊の破片が辺りに飛び散る。そのまま一瞬足りとも止まる事なく遠心力を利用し、舞うように大刀を振り回し続けた。

 

首を斬り落とし、腕ごと胴体を切断し、胸を突き刺し、頭から叩き潰す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に周りに居る賊達に動揺が走ったのを俺は感じた。それと同時に聞こえてくる多くの雄叫びと悲鳴。

 

大刀を振るいながらも周りを注意深く窺っていると、賊と戦う者達の姿があちこちで見受けられた。

 

助けが来たのかと思うと同時に俺は冷静に状況を観察する。

 

賊と戦う者達は正規の兵士という訳ではないだろう。練度はそれなりに高いようだが、統率力や装備等を見ると軍の兵士と呼べる程ではない。何処かの義勇兵だろうか?

 

迫る賊を二人纏めて斬り捨てて瞬時に辺りを見回す。

 

殆どの賊は敗走を始めているようだが、僅かに逃げ遅れた賊が俺と風花を囲んでいた。俺達を人質にして逃げる魂胆だろう。必死の形相でにじり寄って来る。

 

俺は風花を背に庇い、大刀を握り締めた。

 

 

 

 

今まさに襲い掛かろうとしていた賊だったが、背後から迫る刃により轟音と共に何人かが吹き飛ばされる。

 

「そこの者、無事か!?我が名は関雲長、我が主の命により助太刀致す!!」

 

姿を現したのは美しい黒髪を側頭部の片側で結び、垂らした髪型をした厳格そうな女性だった。

 

 

 

 

「すまない、助かる。そっちは任せるぞ!」

 

俺は感謝の言葉を述べると即座に関雲長と名乗る女性から真逆に居る賊に向かって走った。彼女の登場により賊が浮き足立った今こそが好機。

 

「承知した!」

 

短く答えると彼女は手に持つ武器――偃月刀と呼ばれる武器を一振りすると、鋭い突きを何度も放ち賊を貫いていく。

 

俺は残りの賊を相手にしながらも助けに来た女性を目で追っていた。

 

 

 

 

強い。かなりの使い手だ。この大陸でも屈指の実力者ではないだろうか?そう思える程に彼女の動きは研ぎ澄まされていて無駄が無く、美しかった。

 

あっという間に手近な賊を片付けた女性は未だ手間取っている俺に気付くと、すぐに此方に駆け付けてくれた。

 

「随分と危なっかしい戦い方をする。それでは……っ、その怪我――」

 

駆け付けると同時に一瞬で一人を斬り捨てた女性は戒めるような言葉と共に此方に視線を向ける。だが俺の拳の怪我に気が付いたのだろう。僅かに罰が悪そうに顔をしかめた。

 

 

 

俺の拳は最早武器を持っていられる事が不思議に思える程にボロボロになっていた。感覚は殆ど無い癖に熱を持ったかのように傷が痛む。滴る血で武器を持つ手が滑りそうになるのを必死に堪えるあまり満足に大刀を振る事が出来ない。

 

「心配は無用だ。それよりも早くこいつらを……!」

 

上段から振り下ろされる刃を半身で避けると賊の腹部に蹴りを放ち、流れるように身体を回転させて遠心力と武器の重量を利用し袈裟に斬り付ける。身体を斜めに切断された賊はズレ落ちる自らの身体を必死に抱きながら恐怖に満ちた表情を浮かべたまま崩れ落ちて息絶えた。

 

「……例え賊だとしても、あまり長く見ていたくない光景だな。」

 

自重気味に呟く。相手は元々農民などの成れの果てだが、犯した罪は消えない。このような真似をして決して赦される事ではないだろう。故に賊に堕ちた者は獣として処断される。その裏にどれほどの苦難があったにせよ、だ。だが、俺にはどうしても『コレ』は慣れない事だった。例え大切なモノを奪ったのがこいつらだったとしても。

 

幾分か冷静さを取り戻していた俺の中で奪われた怒りと目の前の光景が天秤に掛けられ揺れている。

 

 

 

 

 

 

 

何てくだらない偽善。

 

何て愚かな甘さだ。

 

自らの意思で相手を手にかけたというのに。怒りのままに殺して、殺して、殺し尽くしたというのに……

 

 

 

 

 

甘さは捨てろ。感情を殺せ。俺は知っている筈だ、『それ』が出来なかった為に何が起こったのかを。

 

 

 

 

 

「っ……」

 

何の感情も映さない冷徹な瞳で事切れている賊を見下ろしている俺に黒髪の女性は何かを言おうとしていたようだが、すぐに表情を引き締めて残る賊の掃討に戻った。

 

ふと、風花が此方を心配そうに見ている事に気が付いた。

 

(心配するな……お前は俺が必ず守ってみせるからな。)

 

僅かな迷いを断ち切るように心の中で妹にそう声を掛けると、俺は大刀を握る手に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しして、俺達を囲んでいた賊は全て片付けられた。

 

俺は武器を下ろして目の前に立つ黒髪の女性、関雲長と名乗る人物に頭を下げる。

 

「……助かった。俺達だけでは無事では済まなかっただろう。」

 

「いや、礼を言われるような事は。私達がもう少し早く駆け付けていられれば……」

 

目の前の女性は邑の惨状に悔しそうに歯噛みしている。

 

「それでも、俺達は助かった。」

 

「……」

 

「感謝する。」

 

「……ありがとう。」

 

礼を言っているのは此方だというのに、逆に礼を言われてしまった。だが幾分か女性の表情が明るくなった事に気付いたので余計な事は言わないでおく。

 

「兄さん……手は大丈夫ですか?」

 

漸く安全が確保出来た事で風花が傍に近寄って来る。俺の怪我を確認すると悲痛な面持ちで俺を見上げてきた。

 

「ああ、一応はまだ動くから問題は無い筈だ。」

 

「あまり無茶はしないで下さい。兄さんに何かあったら、私は……」

 

今にも泣いてしまいそうな妹をそっと抱き寄せる。手首より先は血塗れであまり動かないので腕だけで抱きしめたのだが、思ったよりも難しい。そんな俺の状態に気付いたのか、微かに残念そうな表情を浮かべて風花はすぐに離れてしまった。そのまま黒髪の女性に礼儀正しく頭を下げる風花。

 

「私と兄を助けて頂いてありがとうございました。私はこの邑にて領主を務めていた者で、名を姜維、字を伯約と申します。」

 

「領主……いえ、此方こそ助けに来るのが遅れてしまって申し訳ない。私は関羽、字を雲長。桃香さま……劉備玄徳さまと共に義勇兵を率いている者です。」

 

風花の言葉に僅かに驚いた表情を浮かべはしたものの、関羽と名乗る女性はすぐに姿勢を正し恭しく頭を下げる。

 

 

 

「劉備……あの大徳と噂される人物か。」

 

俺は彼女の口にした名前に聞き覚えがあった。記憶を探るとすぐに思い出す。最近幽州より旗揚げし、義勇軍を率いて人助けをしている徳の高い人物が居るとの噂を良く耳にしていた。その人物の名が、劉玄徳。民の間では大徳と称され人気を集めているとか。

 

 

 

「兄さん。」

 

風花が此方を諌めるように言葉を掛ける。

 

「ああ、判っている。俺の名は姜元、字を伯伏。姜維の兄で、この邑の自警団を率いていた者だ。この状況を見るに自警団は全滅してしまったようだがな……」

 

俺は複雑な想いで語る。邑を守る為に必死にやってきた事だというのに、何の役にも立たなかった。

 

「……この付近で確認された賊の数は約1500程です。この邑の大きさでは、寧ろお二人が生き残った事が奇跡と言えるでしょう。」

 

「1500……!?」

 

風花が驚きに顔を歪める。邑に居た自警団の人数はたったの200程だ。太刀打ち出来る筈がない。だがそんな事は何の慰めにもならない。助けられなかった事に、変わりはないのだから。

 

「俺達は邑を離れていた、生き残れたのは唯の偶然だ。」

 

そう吐き捨てると、俺は辺りを見渡した。

 

 

 

 

周りは死屍累々たる有様で、最早人が住んでいた場所だとは思えない状況だった。未だに頭の中ではこの現実を受け入れられてはいないのか、それとも感情が麻痺しているのかは判らないが、俺はこの光景を見ても何も感じなかった。

 

 

 

 

ふと、視界の隅に誰かが此方に走ってくる姿が映る。

 

 

 

 

「愛紗ちゃーーん!」

 

「桃香さま?」

 

関羽が呼んだ名前からあの女性が劉備だと判った。薄桃色の髪を揺らしながら何処か緊張感に欠ける雰囲気を漂わせて走る女性。とても大徳と称される程の人物とは思えない。

 

そんな事を考えながら此方に向かって来る女性を眺めていると、何か違和感を感じた。

 

 

 

「……ん?……っ!?」

 

 

 

それが何なのかに気付くと瞬時に風花と関羽、劉備と思われる女性に視線を送る。まだ誰も気が付いていないのか、俺が険しい表情をしている事に不思議そうに首を傾げられる。

 

「ちっ……届け!!」

 

俺は走り寄る女性に向けて、手に持つ大刀を全力で投げ付けた。

 

「え……?」

 

「兄さん!?」

 

「桃香さま!?姜元殿、貴様何を!!」

 

走る女性は何が何だか判らないといった様子で呆け、風花は驚愕している。関羽は今にも俺を斬り捨てようと武器を振りかざした。

 

 

 

 

 

「ギリギリといった所か……間に合いはしたが、痛っ……右手が完全にイカれたな。」

 

 

 

 

 

俺の言葉と共に大刀が轟音を立て走る女性の僅か右斜め前方、賊の屍が転がる場所を抉り取り突き刺さる。そこには、短刀を持った賊が屍の下に身を潜め女性を狙っていた。上手く飛び出した瞬間を捉えた大刀がその賊を引き裂いたのだ。

 

「なっ……!?」

 

関羽はギリギリで事態に気付き刃を止めてくれた。

 

少し肝を冷やしたが、気付いてくれて良かった。今の俺には関羽の攻撃を避ける程の体力は残っていなかったのだから。

 

「あぅ~……びっくりしたよぉ……」

 

「桃香さま!」

 

関羽は驚きのあまり尻もちをついてしまった女性に駆け寄る。

 

「私なら大丈夫だよ。何だか良く判らないけど、助けて貰った……のかな?」

 

関羽の手を借りて立ち上がった女性は此方に一度視線を送ると、服に付いた土埃を払って俺の前に来る。

 

「危ない所をありがとうございます。私は劉備、字を玄徳っていいます。えっと、何だか私のせいで怪我しちゃったみたいですけど……あの、大丈夫ですか?」

 

「助けて貰ったのは此方も同じだ。気にする事は無い。」

 

「で、でも!」

 

食い下がる劉備を俺は遮る。

 

「俺の事は良い。それよりも、他に無事な者が居ないか探して欲しい。……頼む。」

 

「……分かりました。」

 

俺が失礼を承知で頼むと、劉備はすぐに近くの義勇兵に声を掛けて対応してくれた。

 

「私はこれから皆と一緒に生きてる人が居ないか探してきます。また後でちゃんとお礼をしますから……その。」

 

「俺の名は姜元だ。すまない、任せる。」

 

「はい!今邑の外で野営の準備をしてますから、必ず後で来て下さいね?必ずですよ!それじゃ愛紗ちゃん、私は先に行ってるから!」

 

「御意。先程の事もあります、くれぐれもお気を付けて。」

 

「うん、またね!」

 

そう言って劉備は義勇兵を連れてこの場を離れていく。何とも戦場に似合わない雰囲気だ。彼女はある意味大物かも知れない。

 

「そ、その……先程はすまなかった。姜元殿は桃香さまを助けようとしてくれていたというのに、刃を向けてしまって……」

 

関羽が遠慮がちに声を掛けてくる。まあ、気持ちは判らないでもないが、少し前までの厳格な雰囲気の女性とはとても思えない程におどおどしていた。律儀というか、真面目というか。

 

「あの状況だ、仕方ないさ。それに間に合ったのも運が良かっただけだ。」

 

「……それでも、助けられた事に変わりはない。そうであろう?」

 

「む……」

 

先程の意趣返しのように俺が言った言葉を返されてしまった。関羽は微かに口元に笑みを浮かべると、俺の大刀が刺さった場所まで歩いていく。

 

「その怪我では大変だろう、この剣は私が運んで……っ!?」

 

柄に手を掛けた関羽の言葉が止まる。それを俺は怪訝な表情を浮かべて関羽に近寄った。

 

「……どうした?」

 

何やら関羽は大刀を引き抜こうとしているようだが、思ったよりも深く刺さってしまったのか抜けないようだ。

 

「貸してみろ。……っと、何だ、簡単に抜けるじゃないか。」

 

俺はまだ幾分か無事な左手で大刀を引き抜く。思ったよりも簡単に抜けた為に拍子抜けしてしまった。多分関羽がギリギリまで引き抜いてくれたのだろう。何やら必死に引っ張っていたみたいだから。

 

「……」

 

呆然と此方を見上げる関羽。その意味が判らず、俺は困惑する。

 

「何だか良く判らないが、俺の事なら心配は要らない。お前も劉備と共に行ってくると良い。俺は、少し妹と話がしたい。」

 

関羽にそう言葉を掛けて気を遣ってくれた事に礼を言うと、俺は関羽に背を向けて風花の元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

どうも、月影です。

 

前回でまだ原作キャラは出ないと言っていたのに出してしまいました……申し訳ありません!

 

本当は何話か先に登場予定だったのですが、考えてみたらちょっと強引過ぎるかな?と思い直し急遽予定を変更し此処で登場となってしまいました。何というか、雛里があまりにも不憫だったので……(汗)

 

そのまま突っ走って「雛里んは犠牲になったのだ……(キリッ」的な展開も考えていたのですが、如何せん自分にはネタを考えるセンスが全くの皆無なので諦めました。やはり実際に小説を書いてみるとプロット通りにとは行きませんね……もっと精進せねば。

 

 

 

今回は初の戦闘シーンだったのですが、如何だったでしょうか?表現が難しくて結構苦戦しました……判り辛いかも知れませんが、温かい目で見て頂けると幸いです。それかご指摘頂けると嬉しいです。

 

 

姜維という名前が出てきた時点で皆様も予想されていたと思いますが、蜀の陣営と接触しました。

 

これからの展開はまだ言えませんが、少しでも楽しんで貰えるように頑張りたいと思います!

 

 

 

 


 
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