No.539833

Nobody is in my heart without you. ep5

ども、峠崎ジョージです。投稿101作品目になりました。ダルメシアンは出てきませんがw
管理者時代SS更新です。こっから徐々に甘ったるい成分及びうざったい連中の影がちらほらと増加し始めます。
卒論で忙しいとか言ったけども、だからこそ気分転換って必要よね? そうよね? アタシ間違ってないわよね?(必死)……取り乱しました、失敬。

いままでのあらすじ(マグネットパワー!!)

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2013-02-04 00:46:53 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:4353   閲覧ユーザー数:3831

 

 

 

おや、いらっしゃい。またお会いしましたね。

マスター、あちらのお客様にスクリューパイルドライバーを。……え? 『違う、間違えてる』。ではコークスクリューブローを。……おや、これも違う。『そういうのは”彼”に任せとけ』。成程、確かに。

いやはや、失敬失敬。勿論冗談ですよ? ”あの姿”でなら兎も角、普段の私はどちらかと言えば後衛側なんですから、そんな乱暴な真似しませんよ。

はてさて、前回は何処まで……あぁ、今回は彼女達の初陣の話でしたか。いよいよですねぇ、面白いことになってくるのは。それでは、始めるとしましょうか。

 

 

これは、世界の次元すら越えて出会った、とまる二人の男女の、物語です。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

―――身体が奇妙な浮遊感に包まれていた。

 

 

 

地に足がついていない、なんてものじゃない。水中でゆらりゆらりと漂っている、なんて生易しいものでもない。日頃より仰ぎ見る青空が遠ざかっていくように見えるのが事実であるならば、視界の端で過ぎ去ってゆく景色が後ろから前へと流れているのが現実であるならば、私は今、”落下”しているという事なのだろう。

こっちへ必死に手を伸ばしている従妹が見える。何処か泣きそうな表情に見えて、追い詰められているはずの私の方が申し訳なさを覚えてしまうほどだった。その付き人たる姉妹二人もまた、必死の形相でこっちを見ていた。姉の方は兎も角、妹の方のあんな表情なんて見た覚えがないな、と思い返す。

そんな光景を嫌に冷静に見られている自分に驚きつつ、半ば諦観の境地に至りながら四肢から力を抜いてしまおうとする。あぁ、昔からいつもこうだったっけ。何か嫌なことがあると、辛いことがあると、すぐに何でも受け入れて、飲み込んで、早く終わらせてしまおうとする。悪い癖だと解ってはいても、これは自分の性質に近しいものだからどうしようもない。せめて最後の恐怖と痛みから文字通りに目を背けられるよう、強く瞼を閉じ、自分自身をきつく抱きしめようとして、

 

「……えっ?」

 

ふいに、自分を何かの影が覆い尽くしていることに気が付く。自分を転落させた足場の欠片だろうか。しかし空と自分の間に挟まれて尚、自分を覆い尽くせる影を生み出せそうに巨大な欠片などなかったように思うが。

そう考えて、閉じた瞼を再び、細く開こうとして、

 

―――ギュッ

 

強い拘束感を自分の身体に覚え、思わず身を硬直させてしまう。この瞬間、先ほどの影の正体は明らかに”何か”ではなく”誰か”であることを悟り、そっと瞼を開いたと同時、目に映ったのは鍛え上げられた分厚い胸板だった。自分を抱きしめる双腕はやはり太く逞しく、視線を上げた先にあったその顔は、やはり予想通りの誤解されがちな強面で、

 

「王そ」

 

名前を呼ぶことは叶わなかった。彼が更に強くきつく自分を抱き締めたからだ。抱え込むように自分の顔を胸板に押し付け、その大きな体躯で包み込むように、自分を庇うように身体を少し丸める。そして、次の瞬間、

 

―――ザッパァァァァン!!

 

激しい水音が鼓膜を叩いたと同時、意識が闇に包まれていくのを感じながら、彼女はこのような状況になった経緯を思い出すのだった。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「初陣、ですか?」

「とはいっても大した内容じゃない。行商の方から『地図を作って欲しい』という要望が多い地方があってね、測量士の護衛を君たちにお願いしたい、という訳だ」

「必ずしも戦闘があるわけではないが、もしもに備えて、という事ですね、お父様」

 

曹嵩からそう告げられたのが、約十日程前のこと。大広間で告げられたのは実戦経験のある夏候姉妹ですら未経験な『自分達だけでの出兵』だった。随伴する武将なし、助言なし、援軍なし、何もかも自分達だけでやり遂げて見せろ、という内容だった。

 

「そろそろ君達も我々の仕事というものを肌で感じなければならない。百聞は一見にしかず、百見は一行にしかず。今まで積み上げてきた成果を、私に見せて欲しい」

「と、いう訳だ。お前ら、気張って行って来い」

 

ぞんざいに言い放つ、曹嵩と面影の似た、しかし彼より年月を重ねている印象を受ける男性。豪放磊落を絵に描いたような無頼漢を思わせる人物こそ、曹嵩が兄にして曹真こと華陽の義父、曹熾その人である。嘗ては侍中並びに西園八校尉の一角さえ務めた傑物である。

 

「華陽、お前は初めて尽くしで色々戸惑うだろうが、難しいことをやれとは言わん。好きにやれ。お前の思うままにやりゃそれでいい。解るな?」

「……はい、義父(とう)様」

「あ~、まだどっか堅さが抜けねぇなぁ、お前は。王双が来てからは随分ましにゃあなったけどよ。んな肩肘張ったっていい事ねぇぞ?」

「それは、解っているんですけど……」

「ったく……ま、いいや。そこら辺もゆっくりやれや。おぅ、王双」

「何でしょうか?」

「ちょっとこっち来い」

 

あっけらかんと言い放ちつつも、王双を手招きする曹熾。やがて肩を組むように彼を抱え込むと、何やらこちらに背を向けて、

 

「……な、……ちまえよ」

「…にを……んですか」

「そりゃ……の……だろうが」

 

途切れ途切れの虫食いでしか聞こえないため、その全容は想像する他にないが、義父が中々に嫌な予感を覚える悪戯好きの少年のような表情を浮かべており、それに対して王双が何やら呆れているように軽く肩を落としているように窺えたのを、何とはなしに覚えている。

兎角、そんな事があってから数日。兵站などの準備を終えて出立。道中大した問題は起こらず、目的地にも無事到着。近隣の村々を転々としながら、不明な地形の多い場所を集中的に調査。事態は滞りなく進んでいた。近隣で近頃野党の類が出ているという報告もなく、春先間もない頃合いなので熊や大猪などが活発になるような時期はもう少し先である。このまま何事もなく追われるだろう。そう、思っていた矢先のことだった。

 

「雨か」

「雨ね」

「雨だ」

「雨です」

「雨ですね」

 

近年でも稀に見るほどの局地的豪雨に見舞われ二日ほど調査が停滞してしまい、河川の増水も引き始めているだろう三日後の午後より調査を再開。しかし、この見通しが甘かった。

そこは、地図によれば平坦な場所であった。……否、地図にはそうではないかと推測されている地点だった。行商人であればまず立ち入らないであろう深奥。鬱蒼と生い茂る数々の植物で視界は中々に阻害され、馬では立ち入ることも難しそうであったため、彼らを中間地点で待機させた分隊に預け、そこからは徒歩で進むことと相成った。

 

「何というか、流石ね。馬力が違うわ」

「中々壮観ね。あぁ、破壊は最低限にするのよ、二人とも」

「心得ております」

「了解しました、華琳様っ!!」

 

先陣を切り拓くのは王双と春蘭の二人。春蘭はいつものように七星餓狼を振り回し、枝葉はおろか大木さえも切り株に変えてしまう。対して、王双だが、

 

「では、少し離れていて下さい」

 

眼前には見上げても尚頭頂部を確認できないほどの大岩。七星餓狼がいかな破壊力を持ち合わせていようと、それはあくまで対象が人間及びそれに準ずる範疇の大きさである事が前提である。これほど巨大な岩石にぶちかまそうものなら、数か所の刃こぼれは否めないだろう。そういう時に動くのが、王双であった。

ブオン、と風を唸らせるのは太く丈夫な大縄の先、括り付けられた大きな大きな鉄球。無数の突起物が特徴的なそれは、見る者が見れば連接棍(フレイル)の一種である事が解る。元来は穀物の脱穀に使用される農具だが、その大きさが人の頭どころか、子供一人分はあろうかという大きさであるなら、その威力を想像するのは難くないだろう。それほどに巨大な棘突き鉄球を錘として大縄の一方の端に、そのもう一方に日本の苦無を数倍にしたような短剣『鏢』を取り付けた”流星錘鏢”またの名を”流星鎚鏢”。それが、王双の得物であった。

その巨大な鉄球が新円を描きながら遠心力を纏っていくその様は、それなりに距離を取っていても尚、びりびりと肌を震わすほどに脅威的であった。本能的な恐怖を覚える。あれに潰されたなら、と。

 

「そぉら」

 

まるで屑籠に丸めた紙片でも放り込むかのような手軽さで彼がそれを放ると同時、暴風が圧縮された塊のように一層の轟音を鳴らしつつ、巨岩に炸裂。するとどうだろう。罅でも入れば上等かと思っていたそれは礫どころか、粉微塵にでも磨り潰したのではないかと言うほどに、文字通り”粉砕”されたのである。あれほどの威力を有するのだ、重量も相当なものだろうが、それを片腕で平然と持ち運ぶ王双の怪力も大概だろう。

 

「別に素手でどかせても構わないのですが、こういった障害物は残しておくと後々面倒になりかねませんので」

「あ、あはは……」

 

笑う他になかった。華琳や春蘭達もそれぞれに呆然あるいは苦笑の体である。同行している兵達や測量士達に至っては軽く引いている者すらいた。まぁ、彼らとは基本的に親しくやっているようなので、大半が憧憬の視線を送っているようではあったが。

以前から剛腕だと解ってはいた。警邏中に酔っ払った暴漢十数名を十把一絡げに放り投げていた事を思い出す。頼もしいと思う半面で、やはり思うのは、

 

(どうして、私なのかな……?)

 

これはもう性分だ。自分を過大評価も過小評価もしないというのは、考える以上に難しい。それでも、義父も言っていたように、以前ほど卑屈ではなくなったように、自分でも思う。それはきっと、やはり彼のお蔭なのだろう。無条件に自分を後押ししてくれる人がいる。それも、家族以外に、常日頃から、これほど身近に。本当に、この上ないほどに、有り難いことだ。まだ完全に、とまではいかないが、少なくとも信用している、と言って差し支えないだろう。

が、

 

(まだどこか、私に壁を作ってる気がするのよね……)

 

それが顕著に表れているのが、彼の真名である。未だ、教えてくれていないのだ。それはまぁ、彼との主従が始まってまだ間もないし、私も未だ彼との距離感を測り兼ねている部分もある。にしても、華琳達は会ったその日に意気投合し、真名を交換したという。人がそうだから自分達も、と言うつもりはないが、それにしたってそろそろ、と思うのは私の早計、なのだろうか。

 

「はぁ……」

 

そんな事を考えつつ、嘆息と共に肩を軽く落としながら、周囲の警戒をしていた。今は自分達が円の描くように測量士達を囲み、作業中の彼らを護衛している、という構図になっている。最外殻を王双や夏侯姉妹のような武に覚えのある者が守り、測量士達の側には華琳や私がついている、という構成だ。なので、

 

「どうかされましたか、華陽殿」

「あぁ、うん。少し疲れが出ただけだから。大丈夫、心配しないで」

 

こうして、事ある毎に私を気にかけてくれる。思いの外、彼は周囲の変化に敏感だ。ほんの少し跳ねている髪、服の裾のほつれ糸、部屋の隅の綿埃。それは視覚的なものだけに留まらない。淹れる茶の温度や濃さの加減、淹れたそれを出す時間。ほんの些細な声の高低や震え、血色の微妙な変化から兵達の体調不良さえ察して見せた時もあった。何より、それで私よりも年下という事実が未だに何より驚きなのだ。

 

「そうですか。では、今日はこの辺にして、早々に切り上げましょうか」

「それは……あぁ、そうね。その方がいいかもしれないわね」

 

自分のせいで作業を中断させるわけにも、と考えた所で、彼が空を見上げているのに釣られて視線を上げて、気付く。西日が沈み始めていることに。今から来た道を戻ったとして、丁度日没前後だろうか。思っていた以上に奥まった場所まで来ていたようだ。

 

「では、皆に伝えてきましょう」

「うん、お願い」

 

そう言って彼は踵を返し、測量士達の元へと歩いて行った。それを見送って、何とか話をはぐらかせたことに一息を吐きつつ、私もその後に続こうとして、

 

 

―――ガサッ

 

 

背後からの物音に身体を硬直させる。ただ物音がしただけなら何という事はない。が、それが至近にも等しい距離で、それもその音量が小動物や昆虫のような存在が音源となったようなそれではない。明らかに人間、あるいはそれに相応するほどの質量が草花を踏み鳴らした音。そして同時に、それをより不気味に染め上げているのが、全く持ってその音源の接近に気付かなかったという事実。まるで幽世の怪奇が今この瞬間、現世へと滲み出てきたような、そんな錯覚。元来、起こり得て良い事象ではない。完全な気配の遮断を叶えて自分に接近している。その気味の悪さと言ったらない。汗腺が堰を切ったように崩壊し、冷や汗が額から頬えと伝い落ちる。首筋に切っ先を突き立てられたような、絞首台で縄を首にかけられたような、本能的な生命の危機を感じている。動こうにも金縛りに陥らされたように、四肢の自由が全く効かない。蛇に睨まれた蛙とは、このような事態を指すのだろうか。生きた心地がしない。振り向こうとする自分と、振り向きたくない自分がせめぎ合っている。それでも、ほんの微かに好奇心が勝ってしまっているのか、猫をも殺すと解っていながら、視線だけは背後へと向かってしまっている。真横を通り過ぎ、自分の肩が見えた。そのまま、ほんの少し、背後へと視線をやって、

 

 

 

 

―――目に映ったのは余りに無機質な、奇妙な文字らしき模様の記された一枚の紙だった。

 

 

 

 

「あ、あ……」

 

言葉が出ない。絞り出したような、微風にもかき消されそうなそれに、一体誰が気付けよう。背筋を怖気が翔け上がる。やっと、身体が寒さに凍えるように震えはじめた。

そこにいたのは、実に虚ろな存在だった。人間でいえば顔にあたる部分に、まるで仮面のようにその白い紙が貼り付けられたそれは、頭頂から爪先まで真白の装束に身を包んだ導師のようであって、しかし明らかに人間ではなかった。人間を模す為の骨子だけを組んだような、張りぼての存在。息遣い、体温、その悉くを、これほど近くにいながら全く感じ取れないのだ。これを怖がらずして、何を怖がれというのだろう。もしかするとここは大きな箱庭で、こいつは四肢に見えない糸がついているだけの操り人形なのではないだろうか。

そう、人形。人間ではなく、人の形をしただけの何か。誰が、何の意図で、どうして自分に差し向けたのかは知らないが、恐怖という恐怖でどうにかなってしまいそうで、

 

「たす、けて……」

 

擦れたような小声は、これでもかと言わんばかりに怯えを含有していた。怖い。恐ろしい。逃げ出したくて堪らない。なのに、今の私には一切の動作が許可されていない。知らぬ内に何かしらに術中にされていたのだろうか、自らの願望とは反比例に、私の足はこの人形の方へと歩みを進めようとする。必死の抵抗も虚しく、既に足裏はずりずりと引き摺られ始めていた。どうして。なんで。疑問符で溢れ返った脳内はまともな思考を完全に放棄し、溺れる者が藁をも縋るように、虚空へと手を伸ばして、

 

「誰か、助けて」

 

 

 

 

次の瞬間、ふいに私を束縛していた何かが霧散したように、私の身体が解き放たれた。

 

 

 

 

(―――え?)

 

言葉を紡ぐのもままならず、視線だけを人形にやった。そこに、先ほどまではなかった何かが、確かに私に影を落としていたからだ。細く長いその影を辿ったその先、人形の顔にあたる部分に深々と何かが突き刺さっている。それに見覚えがあったことに、数瞬遅れて気が付いた。

 

(これ、確か、)

 

鏢、と名前を思い出したと同時、それに括り付けられた縄が一瞬ぴんと張り詰め、直ぐに撓んだ。同時に、何かが風を切って来るような音。そして、

 

バキャアッ!!

 

砕けるような痛々しい音。駄目押しと言わんばかりに深く捻じ込まれる拳が、人形を粉砕しながら吹き飛ばす。同時に、倒れ伏すだけだった身体に太く逞しい腕が回され、がっちりと支えられる。抱きかかえる動作には何の緩慢さもなく、悠々と影の主はその得物を肩に担ぎつつ、立ち上がった。

 

「無事ですか、華陽殿」

「王、双っ」

 

今頃になって必死に抑え付けていた恐怖心が表に溢れ出したらしく、がくがくと全身の震えが止まらなくなる。そんな私を見下ろしたままで、彼は瞳を覗き込んできて、

 

「怪我は、ないようですね。安心しました」

(あ……)

 

その厳めしい外見とはまるで正反対な、鼓膜の奥までじんわりと染み渡って来るような優しい声。微かに唇の端を持ち上げ、微笑んでくれてもいた。あぁ、なんて心地よいのだろうか。こんな表情も出来るのか、と軽い驚愕を覚えていると、身体の震えが治まっているいることに気が付く。というか、今になって思ったが、随分と顔が近い。彼が年下だという事も完全に忘れ、顔に徐々に血流が昇ってくるのを感じつつ、それでも視線を彼から逸らす事が出来なくて、

 

「姉様っ!!」

「「華陽様っ!!」」

 

切羽詰まった叫び声をあげながら走り寄ってくる従姉妹達の声に、やっと我に返る。今、私は何を考えていたのだろう。あのまま放置されていたなら、何をして、何をされていたのだろう。余りに馬鹿馬鹿しい考えが思い浮かんでは自分でかき消していく。羞恥心に身を焦がされそうだった。

と、

 

「…………」

「王、双?」

 

彼が無言で先ほど、人形が飛んで行った方を睨みつけていることに気が付く。その表情は先ほどまで私を見ていたそれとは一転し、険しい事この上なし。明らかな敵意、ひょっとすると殺意までを纏わせて、示威しているように見えた。

そして、

 

『―――――』

『―――――』

『―――――』

 

息を呑んだ。気付けば包囲網が完成していた。やはり言葉も気配もなく、いつの間にかそこに降り立っていた真っ白な人形。その数、優に五十はいるだろうか。よくよく見れば、まだまだ増加しているようだ。蟻や蜂の巣でもひっくり返したのか、それとも蟷螂(かまきり)や蜘蛛の卵でも孵化したのかとばかりに、鏡合わせのように全く同じ風貌の人形たちが増えていく。幸いなのは、包囲網の内側に守護対象である測量士達が含まれていなかった事、だろうか。

再び、顔から血の気が引いた。華琳も同様なのだろう、愛用の大鎌である”絶”を構えながらも、少し後ろ足が後ずさっている様だった。夏侯姉妹は流石に場馴れしているのだろう、多少の驚愕こそ見せているものの、構える姿に一切の隙は見受けられない。柄を握り、弦を引き絞るその様は、既に一人前の武将のようでもあった。

そして、

 

「ちっ、とうとう来やがったか……」

「……王、双?」

 

その声は余りに小さくて、聞き取ることは叶わなかった。

彼は驚愕どころか、一切の戸惑いや躊躇いすらないようだった。ゆらりと立ち上がる姿は実に威風堂々。すると、彼は流星錘鏢を構え直し、鉄球を頭上で振り回し始めた。唸る大気が鼓膜や肌をびりびりと刺激し、それに伴うように人形たちはこちらに距離を詰めてくる。染み込ませた水分が徐々に真綿を浸食していくように、その半径は狭まっていき、やがて、

 

『―――――ッ』

 

言語なのかも解らない奇声らしき何かを発した後、それらは一斉にと跳びかかってきた。空を横切る烏の群れは夕暮れ時によく見るが、あれらが襲い掛かって来たなら恐らく似たような光景になるだろう。仰いだ空を塗り潰す影、影、影。恐ろしさと気色悪さが半々といったところか、そんな心情で皆が互いを背中を寄せ合い距離を縮めた、その時だった。

 

「伏せろぉ!!」

「「「「っ!?」」」」

 

突然の大声に皆が一様に驚き、言われるがまま咄嗟に身を屈めた直後、

 

「ドラァ!!」

 

張り詰めた大縄が頭上を通り過ぎた直後、鉄球が巨大な円を描きながら振り回され、自分達を埋め尽くそうとしていたあれだけの数の人形達が、その僅か一動作で薙ぎ払われてしまったのである。

 

「「「「…………」」」」

 

空いた口が塞がらない。破壊力の想像はついていたが、実際に目の当たりにするとまた格別である。

そのまま続け様に回転させ、二回、三回、四回と回数を増す毎にその大縄が少しずつ緩められているのか、回転の半径を伸ばしている。それに連れて包囲網は徐々に薄くなり、やがて殆ど包囲網の意味をなさなくなったであろう頃、彼はぐんと大縄を引き寄せ、戻ってきた鉄球を片手で捕まえると、

 

「ぬぅん!!」

 

踏み出した一歩は強く地面を揺さぶり、大きく上段に構えた鉄球を目前に向かって強烈な勢いで投げつけた。低く鋭い放物線を描きながら射出されたそれは、まるで水面に石を落とした飛沫のように人形達を撒き散らしながら鈍く轟く音と共に着弾する。そして、

 

「走れっ!!」

 

その意味を、瞬間的に理解した。炸裂した鉄球によって完成した突破口へ向かい、弾かれるように走り出す。再び囲もうとする彼らを春蘭や秋蘭が食い止めながら、何とかそこから抜け出す事には成功した。

 

「これから、どうするのっ!?」

「兎に角、アイツらを撒かない事にはっ!!」

「いいから走れっ!! 話はそれからだっ!!」

 

振り返ると案の定、人形達が追いかけてきている。木々を薙ぎ倒す程の馬力は流石にないようだが、それでも見渡す限りの幅の広さで壁のように押しかけられると、最早焦燥を通り越して壮観すら覚える気がした。

走る。走る。ひた走る。煩わしい枝葉は切り払いながら、少しでも速く、少しでも遠くへ。何処へ向かっているかも解らないまま。これでは典型的な遭難の仕方ではないだろうか、と何故か不思議と残っている冷静な部分で考えつつ、足場の悪さに苛立ちを覚えながら、再び強く一歩を踏み出して、

 

「姉様っ!!」

「えっ―――」

 

気付くのが遅れた。急激に視界が開けた事に。

気付くのが遅れた。華琳達が進路を横へと逸らしていた事に。

既に踏み出した片足は虚空へ放り出され、踏み締める何かを探すように空気中を彷徨っていた。当然、体幹の安定は崩れ、順当にそのまま全身が投げ出されてしまう。眼下、流れている川まではかなりの距離があった。どうやら先ほどまで走っていた場所はかなり断崖のように切り立っていたようだ。このまま叩きつけられればまず無傷では済まない。打ち所によっては、とろくでもない想像が脳裏を過って、

 

(あぁ、やっちゃったなぁ……)

 

そう思った直後、自分に大きな影が重なった気がして―――

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

どうやら、とりあえずは成功したようだな。

 

 

―――えぇ。私の傀儡でけりがつけば最良ではあったのですが。

 

 

相手が”あの男”だ。幾ら蟻を集めた所で巨象には勝てん。

 

 

―――厳しいですねぇ。もっとも、そういう所も好きですが。

 

 

黙れ。……しかし奴め、流石にしぶとい。

 

 

―――あれでは怪我一つ負っていないでしょうねぇ。外史の能力規制下に置かれている今が狙い時なのですが。

 

 

まぁいい。機会はまだ幾らでもある。今度こそ、止めを刺してやる。

 

 

―――全く、北郷といい”彼”といい、どうしてその情熱を私に向けてくれないのでしょう?

 

 

黙れと言っているだろう。……今に見ていろ、北の大地の大猩々。俺への侮辱、纏めて返上してやる。貴様への引導と共にな。

 

 

(続)

 

後書きです、ハイ。

 

冒頭にも書いたが、不思議よね。現実逃避の対象があった方が不思議と執筆はかどるのさwww

バイト先でも次々に人が辞めてくし、これ以上忙しくなるとか院生生活大丈夫かね、俺?

……まぁ、その前に卒論仕上げなきゃ、だけどさww

 

で、

 

あい、管理者時代SS更新でっす。

中々に急展開、皆追い付いてこれてるでしょうか? 若干不安。

最後の会話の主は……まぁ、想像つくよな?

父ちゃん'sは結構気に入っててもうちょい出番増やしたいなぁ、と思ってる。

しかしまぁ、自分でもびっくりするぐらいの濃さになったなぁ。結構手抜きで書いてたのに。

 

んでは、次の更新でお会いしましょう。多分『盲目』か『Just』かな。

でわでわノシ

 

 

 

…………誰か俺とTRPGオンセしねぇ?メンバー募集中。主に『DX3rd』でやってます。


 
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