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セブンスドラゴン2020「どうしてこうなった?」 /14.チャプター10 「洞穴探査⑤・激突! 巨大帝竜!!」

西暦2020。ドラゴンによる強襲で崩壊した東京…。

人の体として生きながらえた帝竜ウォークライ。彼は現状に満足はしながらも、自身がなぜ戦っているのかを思い出す。そして竜と戦う意味を考えていた。

そんな中、様々な者達は独自の行動を開始する。

2013-01-03 22:28:14 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:823   閲覧ユーザー数:822

 先の見えない薄闇の洞穴がどこまでも続く。かつての地下鉄も電車が通る以外の用途はなかったが、それでも今、この坑道内部に竜や魔物が入り込んでいるという事実があれば、恐れずにはいられない。

 

 線路の脇に新たに生まれた謎の大穴…には、光コケのような発光体が壁に付着し、周囲を仄かに照らしてはいた。だが、それは電灯から注ぐ光に比べるまでもない極々微弱な光量。足元を照らす光さえ足りない程だ。

 

 そんな中を矢のように走るの影があった。

 多村ユカリ…、いや、その身体を使う人格・ウォークライである。

 

 力強い意志の込められた瞳はただ前だけを向き、意識の全てはただ一つの先へと繋がっている。

 雨瀬アオイを助ける事。ただそれだけが目的。ただそれだけが願いである。

 

 もちろん、彼女はまだ無事であるかもしれない。

 普通に元気なのかもしれない。わざわざ助けに行く理由などないのかもしれない。

 

 しかし、状況は大きく変わったのだ。

 この地下坑道はすでに帝竜の蠢(うごめ)く最悪の危険地帯へと変貌している。

 

 帝竜が、巨大帝竜ザ・スカヴァーがどこに息を潜めているか分らない以上、黙って大人しくしていられるウォークライではなかった。敵にはそれだけの戦闘能力がある。だからウォークライは焦っているのだ。アオイの身が危険であると。

 

 

 

 

 俺は…、ムラクモ部隊長である臥藤玄司はというと、情けない事にウォークライに強制的に背負わされてヤツの荷物と化している有様だ。好きでこうしているわけじゃない。同意もなく道案内の道具に使われているだけなのだ。

 

 コイツの役に立つなどまっぴら御免だったが、俺自身は走る震動を受けるだけで全身の負傷箇所が悲鳴を上げ、耐える以上の行動が取れないでいる。その激痛は筆舌し難く、この俺ともあろう者が醜態を晒し続けているわけだ。

 

 くそ、情けねぇ…。

 

 …駆け出してから十数分以上も疾駆しながら息一つ乱さず、また人の身とは思えない脚力で進むこのトカゲ野郎だが、敵との遭遇は一度や二度ではない。しかしコイツはそれらを相手にする事無く脚力のみで振り切っている。襲ってこない敵に対してはまったく手を出さず、正面から仕掛けてくる相手のみ刀を振るった。

 

 しかも、それでいて走る速度は少しも緩めない。

 加速したまま刀を振るって一刀両断にしていくのみである。

 

 どんな敵でさえも刃が触れた瞬間に真っ二つと化す。まるで包丁で刺身でも切るかのようにスッパリと。

 

 

 俺が驚愕したのは大型竜シールド・ドラグとの戦いだ。

 

 鋼鉄以上の強度を持つであろう大型竜の大盾が、たった一撃で木っ端微塵に粉砕される様には言葉を失った。あれの強度は俺も知っている。ロケットランチャーの直撃にさえビクともしない硬度のはずだ。

 いかに刀が通常の金属より強化されているとはいえ、たかが合金製の刀を使って、そこまでの斬撃を生み出せるはずがない。たかが一撃でなぜ鋼鉄以上の強度を砕ける?

 

 しかしその答えは、すぐ目の前にあった。

 

 この俺にも微かに見えるのは、コイツの身体を取り巻く赤い靄(もや)のようなモノだ。これが多村ユカリの肉体や武器を強化しているとしか考えられない。そして、強化されている印(しるし)ともいえるのが、黄金に輝くその眼光だ。

 

 俺はこの目を見たことがある。これは紛れもない竜のもの、ウォークライのものだ。間違いない。実際にヤツと戦った俺が見間違えるはずがない。

 多村ユカリの身体を御するウォークライという帝竜が、こういった形で竜の力を発現しているという現実を目にし、人間と化したというのにまだ脅威を振りまくドラゴンという生命に驚きを隠せない。

 

 

 しかも、コイツの身のこなし、体術は洗礼された剣士のそれである。

 

 動きに若干の荒々しさはあるものの、力任せなだけの単純な動きではない。ただ単純に身体を支配しているのではなく、刀の振り、打ち込み、足の運びなどその全てが、多村が会得している剣術のそれだった。多村ユカリという少女が持つそれ全てを自身のものとして活用しているのだ。

 

 これを恐るべき脅威と判断できる者が、いまこの世界に果たして何人いるだろうか?

 まともに戦える相手がどれだけいるだろうか?

 

 もし俺の身体が全快したとしても、正直このスピードとパワーについていける自信はない。

 

 

 

 間違いない。コイツは人間という姿になって少しも弱くなってなどいない。

 むしろ、さらに厄介になっている。

 

 竜という巨体はそれ自体に強みがあったが、ウォークライに関しては速度という面だけでみればけして早いタイプじゃあなかった。だが、いまのコイツはかつてない程の異常な速度を手に入れている。つまり、極端なパワータイプだった竜が、人間の姿になる事でスピードタイプへと戦闘タイプが変化したのだ。

 

 だが、スピードだけではない。剣術という技を身に着けているという事の方が問題だ。

 これだけの身体能力に加え、間合いや見切り、行動予知といった戦術そのものを手に入れているという事。

 

 あのパワーとスピードだけでも脅威だというのに、そこに戦術まで加わるなどと、これを脅威でなくてなんだというのか? ヘタをすれば竜の頃よりも戦闘能力は大幅に上がっているといえるかもしれない。

 

 俺でさえ動きを捉えきれない加速に、特殊合金ですら紙のように引き裂く強力無双のパワー、それを持続させる無限の体力、多村ユカリの持つ数多ある戦闘技術…。

 

 まさにバケモノだ。

 

 

 

 …だが不思議と、

 ここまでの能力を見せ付けられてさえも、俺には恐怖や畏怖という気持ちは欠片も沸かなかった。

 

 なによりもコイツが…、このウォークライがここまで力を振り絞る理由が、雨瀬という存在だという事を思い出させるからだ。コイツが必死に戦う理由は、紛れもなくあの雨瀬なのだ。

 

 あの獰猛(どうもう)かつ凶暴な帝竜ウォークライが、こうまでしてたった一人の人間に執着するとは誰が想像しただろうか。

 コイツは今、必死に戦っている。雨瀬を救うために全力を持って障害と直面している。どうしてこうなったのかは理解できないし、コイツと雨瀬がそうまで強く結びついている事にも驚きはする。

 

 

 しかし、

 

 

 

 

 しかしだ。

 

 

 

 

 これは、俺にとってはチャンスでもあった。

 

 

 

 一心不乱に敵を倒し、通路を走るコイツは俺への警戒を怠っている。俺がお前をどれだけ殺したいのかを忘れている。  俺は相棒が、…ナガレが殺された事をけして許しはしない。

 

 竜というトカゲどもに仲間を食い殺された事を許しはしない。

 

 悪いが、雨瀬が死のうと行方不明の自衛隊が何人死のうと、俺には関係がないのだ。

 表向きの顔はどうあれ、実際問題どうでもいい話だった。

 

 

 俺はコイツを殺す。殺さなければならない。

 それだけなのだ。

 

 きっと俺は狂っているのだろう。他者の命を見捨てても、死者の妄執(もうしゅう)を果たそうとしている。

 自分勝手も甚だしい。

 

 俺は自分を理解している。俺はきっと自分が殺したいから他人を理由にしているだけだ。

 

 

 

 そうだ、ただこいつを殺したいのだ!

 復讐という念をだしにして、俺はただコイツを殺して仇を討ったと自己満足したいだけ。

 

 ならば躊躇(ためら)う必要などどこにもない。いまここで殺してしまえばいい。

 このトカゲ野郎を始末するならば、今しかない。この期をおいて他にはない。

 

 

 

「くそっ! 下級どもが! 俺様は襲ってこなきゃ殺さねーって言ってんのに!」

 

 トカゲ野郎は無数に跳ね回る小型竜リトルドラグの攻撃を右へ左へと避けながら刃を翻(ひるがえ)し、突き立てる。しかし、あとからあとから沸いて出る竜どもは、まるで絶対排除の対象としているかのようにコイツへと仕掛けてきていた。リトルドラグはすでに二十匹以上が出現し、ウォークライもその足を止めざるを得ない状況だ。

 

 なぜこんなにも集中的に狙われているかは不明だが、コイツはその対応に追われて俺が向けている殺意に気がついていない。俺は背負われながらも、負傷からくる激痛を堪えて左腕を動かし、腰のナイフへと手を伸ばした。その柄を握りながら己の信頼するその装備を再確認する。

 

 これはウォークライとの戦闘で最後に使った特殊ナイフだ。ナガレが銃撃でバックアップ、あの竜の動きを止める第二種・特殊強化DK鋼弾を用いてヤツの動きを封じ、俺がこのナイフで攻撃するという連携を取っていた。

 

 このナイフはムラクモで開発した竜の装甲を傷つける事が出来るモノだ。あのウォークライを傷つける事ができた唯一のナイフだ。…これはこの場で使う事が相応しい。

 

 しかし、ここで俺がコイツをうまく殺せたとしても俺の末路は変わらないだろう。

 

 抵抗しているコイツが死ねば、当然ながら生き残った小型竜どもは俺に群がる。

 そして俺はこのザマだ。抵抗さえもできず、ただの肉塊として生きたまま喰われて死ぬのだろう。

 

 だが、そんな事は些細な問題だ。

 コイツを殺せる千載一遇のチャンスは今この場をおいて他にない。俺は復讐だけ果たせればそれでいい。

 

 

 だから俺は、ナイフを強く握り締め、腕をゆっくりと振り上げた。

 

 

 狙うのは、首だ。

 あとはただ振り下ろせばいい。全ての念をこの一撃に込めて殺してしまえばいい。

 

 

 

 

 

 それで終わる。全てが…。

 

 

 

 

 

 

《Pi──、コール、十三班!! ガトウ──、…カリ、聞こえ……か?! こちらは都…本部、NAV3.7…》

 

 

 

《返答願…ます…! ……ウ! 聞こえますか! …答願います!!》

 

 

 

「(くっ、こんな時に…)」

「おお! チビだ! こんなトコロでチビの声が聞こえるぞ!」

 

 ちっ、モタついてないで、とっとと殺しておくべきだった。俺は仕方なく今の殺害を諦め、一旦ナイフを収納して腕の通信機を受信状態にした。そしてひとまず気持ちを切り替える。部隊長としての返答をした。

 

「本部との通信を確認した。あまり感度はよくないようだが、そのままでも聞こえている。用件をそのまま話せ」

「わー、チビだぞ! 俺様ここだぞー、おーい!」

 

 

《ガト…! これから…フォロー…、私が担当し…す。自衛隊の…は、無事に収容作業……しま…た》

 

 どうやら自衛隊側の救出活動は成功したようだ。だが、この電波状況でわざわざそれだけを伝えるために通信してきたわけでもないはずだ。そうだとすれば当然こちらの状況がよろしくない、という事は推測できる。

 

 

「おーい! おーい! 俺様だぞー! チ~ビー! 聞こえるかー」

「はしゃぐな! いいから黙ってろクソトカゲ! テメェの遊び道具じゃあねぇぞクソ野郎が!」

 

 俺がそう言うと、背中越しに首を横にして視線だけを向けてくるウォークライが、頬を膨らまして不満げにしている。

 

 ちなみに依然として戦闘は続行したままだ。リトルドラグの数は半減しているものの、それをテキトウでいなしているのである。つまり、コイツはヨソ見したまま戦っているのだ。数が減ったので余裕であるらしい。あまりにも敵をナメている状況ではあるが、今のコイツにとってリトルドラグなどその程度の相手という事なのだろう。

 

 …まったく、こんな凶暴な竜複数を相手によそ見で戦闘とは…トンデモねぇヤツだ。

 まあ、全て任せて通信している俺も俺だが。

 

 

「なんだよー、いいじゃねーか。俺様のチビだぞ!? お前のじゃねーんだぞ?!」

「少なくともお前のじゃねぇ。それからヤツの名はNAV3.7だ。チビじゃない」

 

「なんだとっ! チビはチビだからチビなんじゃねーかバカ! チビだぞ? チビでいいんじゃねーか! バカ!」

「うるせぇ両生類だな…。あー、好きにしろ単細胞」

 

「チビー! 俺様ここだぞー、わ~」

「…それよりNAV、都庁側で把握している情報を流せ。場所の特定も一緒にだ」

 俺はさっさと殺しておかなかった事をしこたま後悔しつつ、送られてくる位置情報を簡易MAPとして表示させた。しかし、通信状況が芳(かんば)しくないせいか表示がえらく遅い。俺がガキの頃の…、昔のコンピュータ機器を思い出させる。

 

「おい、チビ~。俺様まだ走っちゃいけないのか? アオイがいるとこに早く行きたいんだ」

「落ち付けクソトカゲ! だから今それが分るようにしてるんだろうが」

 

 

《シンイチ…ウとアオイの位置情報が把握……ましたが、生命反応が二体分ありながらシン……ロウの反応がロストしてい……す。アオイともう一名…方を簡易MAPに反映…せます》

 

 どうやら、あの新人のニューハーフが同行していないようだが、どうやら雨瀬は行方不明の自衛隊員を確保したようだ。ここからだと回り道をして四キロメートル先辺りにいる事が分る。

 

「意外に近いな…、北北西か。だが、この先は新しく出来た横穴で通常ルートが塞がれている。回り込むしかないな」

「おい、どっち行くんだ? 右か? 左か? 横か? あっちか?!」

 

 …その時、坑道内全体が激しく震動し始めた。

 すぐにタダ事ではないと周囲の警戒する俺達だったが、これは通常の地震…とは違う。震動は下の方から…?

 

 

 

《こ、この反応……、えっ! …そんな!! て、帝竜きます!! ───西側、下方向からっ!!》

 

 

 

 

 

 

 

『Buoooooooooooooooooo───!!』

 

 それは突如として空間全てをつんざく咆哮が鳴り響いた。それだけで震動が巻き起こり、足元が揺れる!

 この狭い坑道内で反響効果、…つまりハウリングを起し、それは四方八方から爆雷のように鳴り響く!!

 

 まさに眼前で炸裂した爆雷である!

 

 鼓膜が破れなかったのが不思議なくらいだ。だが、鼓膜など気にしている余裕など微塵もなかった。

 圧倒的な脅威はいまこの場を支配する──!!

 

 

 途端、真横の壁が爆裂した!!

 地上の重さを支えるために作られた、何メートルもの幅がある強化鉄筋コンクリートが一瞬で砕けて飛び散る!

 

 地下鉄は幾多の壁によって車両が区切られている。電車はその壁の合間を走るため、他の車両とすれ違うという事はあまりない。普通なら、その壁が壊れるなどという事は想像すらしないだろう。

 

 だが、その何層にも重なる鉄筋コンクリートの壁を全てブチ破っての襲撃!!

 

 

 強固な壁を、まるで薄氷を突き破るかのように突撃してくる!!

 電車が通る通路など関係ない。線路など意味すらない。

 

 ”それ”にとっては、どんなに硬い壁だろうと防壁の意味を為さない! 通路などという概念すらない!

 

 

 爆裂するかのような轟音! それと共に側面の壁が粉砕される!!

 それと共に、弾丸のように突撃してくる巨体!

 天井面までは十メートル以上あるというのに、その空間を埋め尽くす胴体!

 

 

 これが帝竜、この巨大生物が────、帝竜 ザ・スカヴァーだ!!

 

 

 この新宿近郊をその縄張りとし、地下においては絶対無比の強者として君臨する。

 ありとあらゆるものを破壊し、踏み潰し、突き破る。

 

 

 その蹂躙する様はまさに暴君! 

 

 

『Buooooooo!!』

 

 ヤツの咆哮は地中に身を置く全ての生物を恐怖させた。かつてないパワーが精神さえも押し潰す!!

 何百匹の竜がこの暴君に敵対しようとも、その全てが一瞬で蹴散らされるだろうという想像は容易い。

 

 

 全てが圧倒的に違うのだ!!

 その巨体も、重量も、パワーも、破壊力も、何もかもが常軌を逸している!

 

 確かにウォークライは前に比べて強くなっている。だがそれはあくまで人間レベルでの話だ。

 この巨大帝竜を前にしてみれば、そんなもの微々たる差でしかない。

 

 

 まさに、生物としての規模が違う。

 

 

 それが帝竜 ザ・スカヴァーなのである!

 人間などが太刀打ちできる相手ではないという現実が、いままさに目の前に存在していた。

 

 

「おいっ、ガトウ! 大丈夫か!?」

「テメェが俺の心配するなんざ、気持ち悪くてヘドが出そうだ」

 

 最初に真横の壁をブチ破って現れた衝撃で、壁が飛び散り破片が散乱した。

 その無数の破片はまさに弾丸のような速度でウォークライとガトウを襲ったのだ。

 

 咄嗟(とっさ)の防御だったとはいえ、ウォークライは自身の持てる力の全力で防御!

 

 ウォークライにはその身体から吹き出す謎の「赤い靄(もや)」があるため、通常以上の破壊能力に加えて防御能力もが備わっているようだ。…だが、それでも、その防御すら突破した破片が額に傷を付け、血のしたたる傷を作る事となった。小さな破片ごときで、それだけの破壊力があったという事だ。

 

 周囲の破壊されている壁を見渡せば、まるで弾痕でもできたかのように、壁に無数の穴が穿っていた。これら全てがただの破片によるものだ。スカヴァーが突撃しただけで生まれた破壊のほんの一部。それだけでこの威力!

 

 そういう意味では、ウォークライの背中にいた俺が無傷だったのは幸運だったといえる。もし、隣に立っていたとしたら、破片を避け切れず、…いいや、反応すらできずに穴だらけになって絶命していた事だろう。

 

 いかに鍛えていようとも、破片全てを避けられる者などいるはずがないからだ。

 

 

 俺はウォークライの背から無理矢理に飛び降りた。その衝撃だけで身体の負傷が悲鳴を上げているが、帝竜という敵を前に戦わなければ、という意識が強まっているため、今はそれを無視する。

 

 ウォークライを殺し、自分が死んでも構わないと思っていたはずだが、いまはそういう状況ではないと認識していた。どうせ死ぬのなら同じ結果なはずである。今だってコチラへの警戒をしていないウォークライを刺してしまえばそれでいいはずである。しかし、彼の闘争本能は強大な敵を目の前にしてそれを許さなかった。

 

 俺の中の傭兵の顔が騒ぐのだ。

 強敵と戦いたい、と。

 

 

 

 …一方、突撃後に一旦後退し、身を引いたザ・スカヴァーは奥深い穴の底より唸り声を上げている。

 そしてその穴の暗闇からこちらを窺っているようであった。

 

 そこで俺達は度肝を抜かれる。

 

 

『Buooou、……久しいな、我らが王よ。そのような身体でまみえ様とは夢にも思わなかったぞ』

 

 その唸り声が明らかに異常だったからだ。

 なぜかといえば…。

 

 

「馬鹿な! なぜ竜が…言葉を…日本語を喋るだと!? こんな馬鹿な事があるか!?」

 

 驚くべき事に帝竜ザ・スカヴァーは竜でありながら日本語を巧みに使っている。

 

 これは臥藤が知りえない事だが、ウォークライとスリーピー・ホロウとの戦いでは、人の身となったウォークライとスリーピー・ホロウは竜同士のみの会話として成立していた。それは竜独特の周波数を活用したものであり、他者には理解できないものであった。

 

「ふん、やっと出てきたかデカミミズ。ちょうどいいからブッ潰してやる。覚悟しろ」

 

『Buooo…、威勢の良さだけは相変わらずか。だが、このワシの縄張りに踏み込んだ報い、存分に受けてもらおう。いかに王とて、そんな”なり”では何も出来まいて』

 

 だが、日本語という理解できる言語だとはいえ、その威圧が消えたわけではない。意味が分る事でこれまで以上の不気味さを感じ取るには十分である。そしてその脅威はこの地下を縄張りにしていた小型の竜や、多少の知恵を持つ魔物にもいえた。言葉など理解できなくとも、自分よりも格上の帝竜ザ・スカヴァーが登場した事により、恐慌状態に陥り、四方へ逃げ出していたのだ。

 

 ウォークライらといままで戦っていたリトルドラグ達も一斉にその場から逃げ出していた。

 身体に傷を負っていようとも、飢えて食料を欲していたとしても、その全てが全力で逃げ出していた。

 

 特に竜はそれが顕著(けんちょ)であった。周囲に感じていた魔物の気配よりも正直だった。

 ヤツらは竜だからこそ分るのだ。絶対に手を出してはいけないという差が。

 

 

「ふふん、ザコのくせに喋るのがチョットうめーからってなー、俺様は手加減しねーぞ!」

 

 

 そんな中で、さっぱり動揺してないウォークライである。

 

 確かに最初にザ・スカヴァーとすれ違った時は驚いた。しかしそれは恐怖からくるものではなく、あくまでビックリしたの範疇であったし、その理由自体がアオイが傷つくんじゃないか?と恐れていただけの話である。

 

 そもそも、ウォークライに敵に対する恐怖心などという陳腐な感情は存在しない。相手がどれだけデカかろうと強かろうと、どんなヤツだろうと自分の敵ではないのだから当然である。正直言えば根拠はまったくないのだが、自分が負けるなどという後ろ向きな思考は塵程(ちりほど)も持ち合わせていないのだ。

 

 そんな事より、もっと怖い事がある。

 

 

「おい、デカミミズ! 今のうちに謝っておけ! ごめんなさいするなら俺様は許してやらん事もないぞ! 喋れるヤツとはちゃんと話さないと、アオイに、めっ!って怒られるんだからな! それがワカランとは命知らずだな!」

 

 ウォークライにとっては、そっちの方が遥かにデカイ問題なのだ。

 

 

 

 

 

「まあいい! やいデカミミズ! 俺様はアオイを助けに行くんだからな。邪魔すんならブッ潰すぞ!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、破片が当たって傷ついた額から流れた血をふき取るウォークライ。だが、すでに傷自体は完治済みだ。ほんの少しの傷など傷のうちに入らない。ウォークライがそうだと思っていた”れんきてあて”という自己再生が勝手に癒してくれるからだ。

 

『Buooo…、このワシを倒せる気でいるとはな…、その傲慢が嘘でないなら倒してみせろ!』

 

 その咆哮が戦闘開始の合図となった。

 

 闇深い穴の底から一気に加速したザ・スカヴァーが再び弾丸となってウォークライへと突撃する! 先程の壁面破壊と同じような壁はないため再び破片が散る事はないが、それでも巨体がなくなったわけではない。一撃でも体当たりを喰らえば、人の原型すら残さずミンチである。

 

 ウォークライは正面から待ち構え、一撃入れてやるつもりでいた。

 しかし、それを臥藤が一喝する!

 

「この阿呆が! 一度避けろ! 攻撃を入れるのはその後だ!!」

「なんだとこの……っ!!」

 

「いいから避けろ!」

 

 馬鹿かコイツは! 俺はあまりの脳筋ぶりに舌打ちする。なぜ敵と自分の重量差を考えない? ザ・スカヴァーの全長は見えなくとも、想像力を働かせれば全長とその重量が理解できそうなものだというのに! 力がそれなりに強いとはいえ、正面から当たれば破滅するのは自分だとなぜ理解できないのか?

 

 ウォークライは不機嫌に舌打ちしながら強靭な脚力で真横に跳ねる! ほんの少しの跳躍で十数メートルもの移動! …だが、激突範囲内にいる臥藤はまだ避けない!

 

 臥藤は敵の大きさを見極めながら、ギリギリで避けるためのタイミングを計っていた。

 すぐに動いたのでは、方向転換されて簡単に体当たりを食らうからだ。だから直前で避ける必要がある。

 

 ウォークライほどの跳躍力があれば回避も楽だろうが、今の自身の怪我では移動すら困難なのである。今の自分は常人ならばベッドから身動きすら出来ずにいる程の重症。それでも意思を強固に保つ事で痛みを忘れる事くらいはできるが、人間の跳躍力の限界を超えられるわけではない。

 

 

「おい、ガトウ! テメーも避けろ!!」

 

 ザ・スカヴァーは依然として一直線にこちらを目指している。すでに回避限界点を越えつつある。

 そして衝撃の瞬間──! ガトウはそれを紙一重で避け、ナイフでザ・スカヴァーの側面へと斬りつける!!

 

 まさかの反撃!

 

 しかもそれは敵の突進力を逆に利用したものだ!

 帝竜の突進力は凄まじいが、それだけに途中で方向転換する事はまず不可能だ。

 

 だからナイフを刺してしまえば、あとは勝手に裂かれていく!───という目算だったのだが…。

 

 

「ぐぁ…っ!!」

 あまりの加速とパワー、そして絶大な防御力でナイフは簡単に弾かれ、ガトウはその衝撃で壊れた玩具のように床へと叩き付けられた。確かにナイフが突き刺さった状態で地面に固定されていれば大きなダメージになったかもしれない。

 だが、突き刺さるどころか強固な殻に弾かれ、地面に踏ん張れるパワーも足りなさすぎた。敵の突進を利用するには、こちらも相応のパワーが必要だったのだ。臥藤にしては珍しい失敗と言えるかもしれない。だが、それが理解できない男でない事も事実だ。

 

 …一方、ザ・スカヴァーはまったくの無傷。何事もなかったかのように突風と共に二百メートル越えの巨体が高速で通り過ぎていく。臥藤は弾かれたせいで敵に接触こそしなかったものの、強く地面へと叩き付けられ、完全にその動きを止めていた。そもそも無茶をしていい身体ではないのだ。

 

 敵は通過したものの、去ったわけではない。這ってでも起き上がらねばと全身に力を入れようとする臥藤だが、まったく動けそうになかった。むしろ、死にかけた常人がまだ生きている事の方が奇跡に近い。さすがは元傭兵とはいえ呆れた生命力である。

 

 

 高速で通り過ぎたザ・スカヴァー。脅威の加速とパワー、そして重量ではあるが、その攻撃方法はそれを生かした体当たりのみ。だがそれ単体で見れば、けして脅威とはいえない。なにしろ、巨体である分だけ”小回りが利かない”のだから。

 ザ・スカヴァーが凄まじい加速で突進するにはそれなりの距離が必要だし、通り過ぎれば戻ってくるまでに相応の時間がかかる。そのため、一撃の威力は凄まじいが、連続攻撃は有り得ない。

 

 だから、一度避けてさえしまえば、次の攻撃までの間は余裕ができる事となる。

 そんな合間を利用し、臥藤の元へとウォークライが駆け寄ってくる。

 

 

「おい、クソガトウ。テメー邪魔すんなよ。あのデカミミズは俺様を狙ってるんだ。横取りする気か?!」

 

 ウォークライは攻撃が失敗した事をとやかく言う気などなく、ただ単に獲物を横取りされるのが気に喰わなかった。イマイチ人間の負傷というものに疎いウォークライにとっては、ガトウが寝ている位にしか感じていないのである。

 

「…ケッ、相手の攻撃も分らず正面から仕掛けようとする馬鹿が何言ってやがる。間抜けが!」

「うっせーぞ! 正面からブッ飛ばしたかったんだ! いいだろが! 俺様は強いんだからな」

 

 底抜けの阿呆だ、と臥藤は溜息を吐こうとして…血を吐く。命の灯火が今まさに消えかかっているというのを感じる。…だが、こんな状態だというのに、なぜか楽しい。

 

「あ、テメー…血が出てるじゃねーか。今の、やばかったのか…?」

「なんでもねぇ! ただの鼻血だ!!」

 

 ここまで傷つき、死に掛けているというのに、臥藤の心はいま躍っていた。

 強大な敵との遭遇、そして勝機の欠片もない状況だろいうのに楽しくて仕方がない。愉快ですらある。

 

 だからだろうか?

 今らから自分が口にする言葉が、自身でも想像すらしていなかったものだというのは。

 

 

 

「いいか、よく聞け。…ヤツの表皮を砕くのは諦めろ。いくらテメェに破壊力が備わっていたとしても、速度と重量の桁が違う。俺の目算ではいまのテメェではあれを破砕できない」

「…んむ?? なー…、なんだとっ! テメーは俺様があんなミミズごときを倒せないってのか!?」

 

「ああそうだ。今のテメェじゃ無理だ。竜の姿ならしらんが、その身体じゃ結果は変わらん」

「馬鹿にすんな! 俺様があんなザコに負けるはずが…、ん? このカラダって、俺様というかユカリのこの体か??」

 

「そう、その身体だ。思い出してみろ、テメェは数日前に都庁の階段で飛び回った事があったな。あれと同じことが竜の姿で出来たと思うか?」

 言われて思い出すのは、少し前にアオイを探して都庁の中を探し回った時の事だ。そう言われてみると、前の竜の大きさでああいう風に飛ぶのは難しい気がする。いや、たぶん無理だ。壊すだけなら簡単だと思うが、飛ぶのは無理な気がする。

 

 

「理解できたようだな。竜の姿のテメェといまのユカリとでは出来る事が違う。戦い方自体が以前と変わったように、敵との戦い方も変える必要がある。それをまず分かれ」

「…んむ~。まあ、気に喰わないが…確かそうか…、俺様、前とはちょっと違うもんな…、ほんのちょっとなー」

 

 ほんのちょっと…の辺りをやけにこだわっているウォークライではあるが、難しそうな顔と不満交じりながらも、一応は(だいたい)納得した素振りのウォークライに、臥藤はようやく戦術の話へと移った。

 

 

「よし、じゃあ次だ。…確かにヤツは巨大だが、どこかに弱点はあるはずだ。まずはそれを見つけろ」

「じゃくてん? じゃくてん…って、そりゃ~竜の弱点は腹だろ」

 それはウォークライ自身が竜である事からも間違いない事実だ。竜という生物は基本的に腹部にだけ強靭な甲殻という装甲がない。竜という生物は背面、側面と比較すれば前面の、それも腹部が若干ながら装甲が薄いのである。

 

「ならそこを狙え! ヤツの表皮を覆う異常に硬い殻は破壊できない。しかし、その腹部への攻撃なら致命傷とは言わんがダメージくらい当てられるはずだ。勝機はそこにしかない」

「え~、…俺様そういう~、みみっちい戦い方は好きじゃねーんだけどなぁ…」

 

 

「馬鹿が! だからテメェは馬鹿なんだクソトカゲ!!」

「んだとテメー!! いますぐブッ殺してや…というのはアオイに怒られるから、んーと…、ぶん殴ってやる!」

 

「じゃあ馬鹿じゃなくて阿呆だ! よく聞け脳ナシ! このままヤツが暴れれば、どこかに居る雨瀬も死ぬぞ!?」

「…な…、フザケンナ! アオイが死ぬわけねーだろっ! ぐす…そんな事ないだろ…」

 

「ショボくれてる場合かボケナス! 泣く前に考えてみろっ! あんなデカイのが暴れ回ったら、どこかにいる雨瀬にだってあの長い胴体が踏み潰すかもしれねぇだろうが!」

 

「そうか!! それは許せんぞ! 絶対に許せんな! あのデカミミズめ! ぐーでパンチしてやる!!」

「グタグダ言ってんじゃねぇ! 行って腹でもなんでも攻撃しろ! 雨瀬が助からねぇぞ!!」

 

 

「おうっ! そういう事なら任せろ! アオイには指一本触れさせね…、あれ、あいつ指ねーじゃん。じゃあ足か? いや待て、あいつ足もねーじゃん。俺様いったい何を触れさせなければいいんだ? 困ったぞ。…おい、ガトウ。どういう事だ?」

「どうでもいいから、とっとと倒しに行け!」

 

 そのように簡単に言いくるめられたウォークライは、元気に臥藤の元から駆け出した。

 そして走りながら叫ぶのだ。

 

 

「おい、出て来いデカミミズ! 俺様はコッチだ! ちょっと出てきて腹みせて寝ろ! ぶっ殺してやる!!」

 臥藤は全身の激痛よりもまず、その言動に頭痛を感じざるを得なかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし───、

 

 

 

 

 

 

 地面を這って進む蛇。

 その急所は腹だと聞いて、容易(たやす)く攻撃できる者はいるだろうか?

 

 

 

 答えは否。

 

 

 

 

 聞いたとしても腹の下は地面であり、蛇が地面と密着していれば手の出しようもない。

 

 

 

 

 

 次に、列車の場合はどうだろう?

 

 

 列車というものが共通しているのは車体の下に位置する車輪である。

 モーターなどの駆動系もそこに集約されており、車輪という部位が重要であるのは言うまでもない。

 

 

 ならば、列車を停止させようとして、その弱点を破壊できる者がいるだろうか?

 

 

 

 無論、爆弾でも取り付ければ簡単かもしれない。

 

 しかし、そんな便利なモノはなく、刀でのみ攻撃を許されている場合、それを破壊できるだろうか?

 

 

 

 

 答えは否、断じて否。

 

 

 

 

 不可能だ。正気の沙汰じゃない。

 

 

 

 確かにそこは弱点かもしれない。心臓部はまさしくその駆動機関なのかもしれない。

 

 だが、それをどうやって攻撃する? 刃を突き立てたところでどうなる?

 抵抗する術などあるわけがない。そうした当たり前の状況に対し、人間はあまりにも無力だ。

 

 

 

 だが、時速百キロ・オーバーで加速する意思を持つ巨大生物が襲い来るという状況下である。

 ありえないと断言するような状況が今まさに目の前で起こっている。

 

 

 その不可能を攻略しなければ死。

 

 

 そう、勝機はゼロ。まさに死ぬ以外の選択肢は残されていないのだ。

 

 

 

NEXT→チャプター11 「洞穴探査⑥・人である事、竜でしかない事」


 
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