No.523584

嘘つき村の奇妙な日常(13)

FALSEさん

不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村。一人孤立したこいしは一匹の蝙蝠を拾う。それはフランドールが自分から切り離した彼女の一部分だった。蝙蝠が持ってきた試験管から、パチュリーは一つの結論を下す。それは村自体が一個の妖怪であるという仮説であった。一方嘘つきに操られたぬえは、村人達を指揮してこいしの討伐に向かわせようとしていた。)

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2012-12-26 21:48:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:789   閲覧ユーザー数:781

 こいしが気配を消さずにリグル達の前へと現れた理由は、至って単純である。ただそんな気分だった、それだけのことだ。

 もっとも、仮に彼女が気配を消していたとしてもリグルが呼び寄せた虫達、あるいは警戒する村人のいずれかがこいしを見つけてしまっていただろう。彼女が無意識的に姿を現したのは、結果的に正しい判断になった。偶然ではあるが。

 無論、彼女のその気紛れは肩に乗った人形を通し紅魔館の三魔法使いまで届いていた。

 

『どうする気だ。正面から突っ込むつもりか?』

「この場合、どこが正面になるのかしらね」

 

 涼しい顔で言い放つこいしの脇を、エンジン音と聞き紛うほどの羽音が掠めていった。

 

『ちょっと、今のは何? ……極小の飛来物が多数接近中! 魔理沙、これって』

『ああ、蛍もあっちにいやがるみたいだな!』

 

 人形が腰のロングソードを抜き戦闘体制を整える遥か前に、こいしが大地を蹴った。

 

『ちょっと、正気?』

 

 アリスの声を完全に無視して、高速で襲い来たる羽虫の群れと、正面から交錯する。

 ザリ、ザリ、ザリ。

 不気味な摩擦音が、こいしの耳を刺激した。

 シャツの裾が、細かく細かく綻びる。

『アリス、防御体制だ!』

『もうやってるわよ!』

『守る方向はそっちじゃない!』

 

 そんな数回のやり取りの後、人形がこいしの肩に縋りつくのとこいしが両腕を上げるのが、ほぼ同時。

 

 ――本能「イドの解放」

 

 灯火が光るような緩慢さで、こいしの弾幕が宙に現れる。それらは全て、ハートの形をしていた。

 

 世界で一番刺々しいハートが、昆虫の群れに突き刺さった。群体を割り、斜線上の虫を容赦無く粉砕するが、それを覆い隠すように新たな群体が現れる。

 

『ちょっと、人形まで巻き添えにするつもり!?』

『あー無駄無駄、こいつ多分何も聞いとらん』

 

 肩の上で行われるアリスと魔理沙の会話を意にも介さず、こいしは弾幕を放ち続ける。

 

『オン・オフが激しいんだ。下手をしたら、人形が捕まってるって自覚すらないだろうよ』

『あんたにはそのスイッチの入り切りが分かるの? 人形越しだっていうのに、大したものね』

 

 魔理沙の声が、自信を帯びる。

 

『人形越しでもさ。気配が変わるのが直感でわかる』

『泥棒鼠の勘ね。野獣のそれと同じ』

『ああ、それは納得』

『変な納得のし方すんな。ところでそろそろ抑制が始まる。弾幕の軌道が変わったら、一回上に飛べ』

 

 魔理沙の言葉通りに、こいしは次のスペルカードを走りながら発動した。

 

 ――抑制「スーパーエゴ」

 

 放たれたハート弾がUターンし、一斉にこいしの元へと戻り始める。イドを突破した羽虫達は、背後から襲いかかる弾丸に対してあまりに無警戒だった。

 真上に飛び出した人形が、その様子を捉える。

 ハートの台風が、大地で渦を巻く。

 ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ

 弾丸になす術なく貫かれ、細切れと化した虫達の断末魔が立て続けに雑音じみた音をかき鳴らした。

 

「畜生、よくも同朋を!」

 

 怒声が轟いた。人形が素早く周囲を索敵し、虫の雲の向こうに触覚を生やした少女の姿を捉える。

 

『予想通りね。リグル・ナイトバグ捕捉』

 

 アリスの声を聞いてか聞かずか、こいしはリグルにずかずかと歩み寄っていった。

 

「見つけたわ、虫使いさん。自分でけしかけといて、怒ることないんじゃない?」

「大人しくこの子達の生き餌になれってことよ!」

 

 リグルの背後から、群体の新手が現れる。

 と、同時に。

 

 ――テンニ キエユク ホシノ ヒカリ

 

 上空から物悲しい歌声が響き渡る。

 

『おいおい、蛍だけじゃないだと?』

『なんてこと。ミスティア・ローレライ捕捉!』

 

 夜盲の歌と同時、リグルが触覚を震わせ走り出す。

 

「覚悟はいいね? 言っとくけれど、私はルーミアみたいに闇の中で何も見えなくなったりしないよ!?」

 

 人形が姦しくこいしの頭上に着地した。

 

『耳を塞げ、鳥目になるぞ』

『無茶言わないで。見えてる、こいし?』

「ええ、全然見えてないわ」

 

 堂々とこいしが答えた。ミスティアの歌は聞いた者を、余さず鳥目にする。

 

『いいこと? こちらからは夜雀のプレッシャーが多少は緩和できるわ。ここから位置を知らせるから』

「そんなことしてもらわなくても、大丈夫よ」

 

 ――隠虫「永夜蟄居」

 ――夜雀「真夜中のコーラスマスター」

 

 土中から、無数の虫が姿を現した。双眸が敵意を持って輝き、こいしの姿を睨み据える。

 闇の中足を止め、三枚目のカードを取り出した。

 

「見えないものが、よく見えてるわ」

 

 ちり、と上空からの弾丸が掠めると同時。

 反撃のスペルカードが発動する。

 

 ――表象「弾幕パラノイア」

 

 瞬間。

 周囲の宵闇が、星空に変貌した。

 小さな蛍火のような明かりがこいしを中心として、水面の波紋のように広がっていく。

 

「え、ちょっと」「何、これ?」

 

 ミスティアとリグルの周囲にも、衛星じみた光が現れた。それは微かな音を立て、楔弾のシャワーを二人に浴びせる。

 

「うわあああああああああ!?」

「ちょ、どうして、見えてんのよ」

 

 視界が回復し、人形がその光景に目を見張る。

『なるほどな。狙いをつける必要なんて、最初からなかったわけだ』

「無意識は誰の心にでも潜んでるからね。私はそれをほんの少しだけ、くすぐってあげてるだけ」

 

 上空に手を向けミスティアを撃つ。彼女は周囲の弾幕に気を取られて、それに対する反応が遅れた。

 

「ちょっと、こんなの避けられ、うきゃあっ」

 

 パン!

 爆音と共に、ミスティアが吹っ飛ばされる。

 

「ミスティ!」

 

 リグルが思わず上空を見上げた。

 その体勢で、硬直する。

 続いてこいしが、リグルを撃った。

 彼女はどうにか、それに気がついたが。

 遅くはなかった。飛来する弾丸の間を避ける。

 こいしが今しがた撃った弾幕以外は、リグルの体を水のようにすり抜けていった。

 

「……幻覚かよ! くそっ、とんだこけ脅しだわ!」

「そう、ただのハッタリよ。でもね」

 

 こいしに視線を戻して、リグルは目を見開いた。

 彼女の周囲には、一匹の虫も寄っていない。

 

「あなたのお友達にとっては、そうでもないみたい」

 

 次の瞬間。

 こいしを取り巻く虫達が、糸を切られた操り人形のように地上へと落下を始めた。

 

「え?」

 

 ぼたり。自分の頭上に落ちてきた虫達を掴み取り、それらを見たリグルが目を剥いた。

 

「えええ!? ししししし、死んでる!」

「虫って強いストレスを与えられると、割と簡単に死んじゃうそうねえ」

 

 わなわなと両手を震わせながら、こいしを見る。

 

「無意識が呼び起こす弾幕を見てしまったんだもの。小さい命じゃ、簡単に散ってしまうわよね」

「や、やめて」

 

 声が、震えた。

 虫が、涙が、目から両手からぼろぼろ零れ落ちる。

 

「やめてよ、やめてください、お願いします。こ、攻撃したのは、謝りますから」

「んー。あの唐傘お化けから、色々と話は聞かせて貰ったんだけど。あなたのことも」

 

 黒い雨の中心で、こいしが笑っている。

 

 

「あなた、フランを虐めたでしょう?」

 

 

 一瞬リグルが、口を開けたまま硬直する。

 そのまま、数秒。虫の雨は未だ続いていた。

 そして彼女は目を細め、頬を朱に染める。

 

「そ、そんな理由で……皆を! よくも!」

「あ、そうだ。一つだけ言い忘れたのだけれど」

「畜生――――――――――――っ!」

 

 こいしの言葉を無視して飛びかかろうとした瞬間。

 パパパパパパパパパパ!

 凄まじい数の弾丸が炸裂して、リグルの体を完膚なきまでに打ち据えた。

 

「がっ……げ……幻覚だったんじゃ……」

 

 そのまま数歩よろめいて、前のめりに倒れる。

 

「妄執の弾幕は、放たれた一瞬だけ実体があるの。数が多い分、ちょっと練りが甘くてね」

 

 こいしの頭上で、一つの影がカタカタと震える。

 

『え、えげつねぇなお前。無意識おっかねえ』

『まあ、相性の問題でしょう』

 

 淡々としたパチュリーの声が、人形から聞こえた。

 

『生物を使役する者が、不特定多数の無意識に干渉できるこいしの前に出てきてしまった。それが彼女の最大の不幸だったってことね』

 

 解説の合間に、こいしは倒れ伏したリグルに歩み寄っていく。アリスがそれに声をかけた。

 

『彼女を、どうするつもり?』

「惚れ薬って、どうやったら抜けるのかなあって。今のうちに色々試してみようかと」

 

 一瞬、沈黙ができた。その間にこいしはリグルを見下ろす位置に辿り着く。人形が再び小さく震えた。

 

『待て。考え直せ。色々試すって何試すつもりだ』

『時間の無駄ね。惚れ薬の正体なら間も無く調べがつくから、中和する方法も一緒に分かる』

「その方法が、ここで使えなかったりしないかしら」

 

 膝を折って、リグルの肩を掴む。

 否、掴もうとした。

 草が揺れる音がする、と同時に草むらから何かが飛び出してこいしに襲いかかった。

 

『なっ!?』

 

 人形の反応は遅い。数体の影は直線的にこいしへ突っ込み、その体を容赦無く抉った。血飛沫が舞う。

 六本の脚を持つそれらは、リグルの周囲へと降り立った。彼女が微かに正気を取り戻し、顔を上げる。

 

「お、お前達。生きて……え?」

 

 霞む目を瞬きさせながら、改めてそれを見る。

 飛蝗にも蝶にも見える、不気味な昆虫の混合物を。

 

「だ……誰だよお前達!?」

「私が紛れ込ませといた」

 

 声と同時、光がリグルとこいしを照らす。松明の幻惑から現れたシルエットは紛れもなく。

 崩れ落ちたこいしの前に悠々と歩み寄ったのは、左右非対称の翼を持つ妖怪。さらに彼女の背後から、松明を手にした村人達の集団が近づいて来る。

 

「わ、私達を囮に使ったわね!?」

 

 肩口を押さえ体を引きずってくるミスティアを、ぬえが一瞥した。

 

「悪いね。お前らが言うことを聞くとは、最初から考えてなかったし。まあ、こいしをどうにかすればこの嫌な仕事も終わりだ。しばらく休んどき」

 

 ミスティアとリグルが、悔しさを顔に滲ませた。ぬえはそれを素通りし、膝をついたこいしに近づく。

 

「やあ。まだ動けるかい」

「嫌な夢がずっと続いてるような感じね」

 

 きしし、とぬえが掠れた笑いを漏らす。

 

「言い得て妙だね。覚めたら全部がご破算になっていれば、どれほど幸せなことやら」

 

 こいしが、ゆっくりと立ち上がる。

 脇腹が、赤く染まっていた。

 

「では、第二戦を始めるとしようか。言っとくけど、この監視下で逃げることは考えない方がいいよ」

 

 ぬえはそう言うや否や、やおら戟をこいしに向け突き込んだ。

 

 

 §

 

 

 燃える松明が蛍のように蠢く様子は、館の最上階にあるテラスからも鮮明に観測できた。

 その炎の群れから少し離れた場所に、松明と質の事なる光が現れる。それは白く鋭く、何かを訴えるように不規則な明滅を繰り返した。

 テラスに座る彫像男は、ティーカップへと視線を落としたままその明滅の回数を無言で読み取る。

 

「イレギュラーとの交戦が始まった。優位に進めており、鎮圧は時間の問題と」

「死体を見るまでは安心できんね」

 

 軽業師がテラスの手摺に取り付いたまま呟いた。

 

「きちんと死亡確認した上で、亡骸は村の『餌』にしてくれる。あれほどの妖怪が糧となれば、きっとこの村の発展にも役に立つだろう」

「そう言えば昨日の死者は、広場にぶら下げたままだったのではないかな。早く回収してやらねば」

「今は人手が足りない。騒ぎが落ち着いたら臆病に取りに行かせればいいだろう……もっとも今はその臆病が、少々おかしなことになっているけどね」

「呼んだかい?」

 

 クラウンが広間に現れる。彫像男は首を一ミリも動かすことなく、彼に問いかけた。

 

「どうだい。結論は出たのかね」

「念のため記憶喪失の線を疑ってみたが、脈がない。現状では、よく似た別人と認めざるを得ないかな」

「現状では、という言葉に君の未練が見えるな」

 

 軽業師が、歪んだ視線をクラウンに向ける。

 

「八人目に今も拘っているのは、七人で君だけだ。いい加減諦めるべきだと思うんだがね。村は楽園の中を彷徨い続けるが、あいつが楽園に戻って来ると到底思えないし。今も楽園の外で気ままな暮らしを送っているんじゃないのか?」

 

 クラウンは歯を噛み締めたまま、無言を貫いた。

 

「君があいつを庇う気持ちは分からないでもない。でも、状況が全て物語っているじゃないか。僕達はあいつに裏切られて」

「警報。そのことで何度内輪揉めになったんだ?」

 

 すかさず割り込んだ彫像男の言葉に対して、手を伸ばしたのはクラウン本人である。

 

「わかってるよ、インテリ。わかってるつもりだ。八人目は永遠に現れないかもしれない。でも」

 

 彼は一度言葉を切って、他の二人を見た。

 

「他の皆が戻ってきたら、相談したいことがある」


 
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