No.522985

真・恋姫✝無双 ~天下争乱、久遠胡蝶の章~ 第四章 蒼麗再臨   第十六話

茶々さん

今回で最終回です。

2012-12-25 14:36:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2831   閲覧ユーザー数:2505

 

 

滔々と流れる長江を崖下に望み、朱里は静かに目を開けた。

風は北西。まるで、遥か遠方よりこの大河を埋め尽くさんばかりに押し寄せる大船団を後押しする様に強く吹き付けた。

 

 

「…………」

 

 

船団が掲げる旗は『曹魏』

河北の雄袁紹を下し、先だっては涼州を平らげた中原第一の大勢力―――曹操の軍勢である。

 

そしてその御旗は同時に、嘗ての雪辱の証そのものだった。

 

 

 

あの日―――平原より逃れ、荊州へと落ち延びて行った自分達を、桃香は温かく迎え入れてくれた。元は別の勢力だったというのに、もう真名を許してくれたのは、彼女の気質を雄弁に表しているだろう。

 

―――それは、朱里が焦れた“彼”ならば「甘い」の一言で顔を顰める程に、彼女は優しく、そして優しすぎた。

 

河北を抑えた曹操軍は、涼州への防備を手早く整え、桃香達が滞在していた荊州へと大挙して押し寄せた。折しも荊州の長にして後漢にその名を知られた賢才・劉表も老い衰え、跡を継ぐ筈の二子は互いに争う始末。

劉表は自らと同族であり、また『天の御遣い』と共に仁徳の知られた桃香に荊州を託そうとした。これには彼女の忠臣である愛紗達も、そして自分達も賛成した。

 

 

だが、桃香は只一人、これを義絶したのである。

自分は劉表の娘ではない。だから貴方の跡は継げない。今は反目しあっていても、兄弟ならば力を合わせて曹操に立ち向かえる。自分達もそれに全力で協力する。

 

 

そう言って、彼女は断固として劉表の申し出を断り続けた。

 

 

自分達が幾ら言葉を尽くしても、彼女は鋼鉄の如き決心を揺るがす事はなかった。

そうこうしている内に劉表は没し、かねてからの懸念の通り、次子の劉琮は実母である継母とその一族の蔡氏の企みに乗せられて兄の劉琦、そしてその一派と目された自分達を荊州から追い出し、曹操に全面降伏してしまった。

 

 

だが、このまま黙っている訳にはいかなかった。

敗軍である自分達を迎え入れてくれた桃香の理想―――漢室の中興と、争いのない平和な天下を築くという目標。そして、水鏡先生の元を去る時に“四人で”誓った約束を果たす。

 

その為に、朱里が単身江東の孫呉に赴き、舌先三寸を以て対曹操の同盟を組んだのが数週間前。

夏口で合流した両軍は、赤壁に陣を構えていた。

 

 

「…………」

 

 

ギュッと、朱里は羽扇を抱き寄せる様に強く握り締めた。

 

水鏡先生より譲られた、白毛をふんだんに使った羽扇。

それと対になる物を持つ“彼”は、遠く、あの大船団の中にいる。

 

 

「……仲達、くん」

 

 

平原を脱して間もなく、自分達の元へ最後の砦が陥落したという報せが届いた。

将兵の安否は―――と問えば、一も二も無く伝令は答えた。

 

 

「司馬懿様、程立様、郭嘉様らは捕縛。兵士は武装解除の上で接収。民に危害はなし」

 

 

予想していた最悪の事態―――斬首という結末は避けられた事に安堵しながらも、未だその身柄は敵の掌中。

何時どうなってもおかしくない、もしかしたら……という悪夢に、寝られない日々も多々あった。

 

だが、桃香の元に落ち付いて間もなく、彼女の元に一つの報せが飛び込んできた。

 

 

河北の袁紹を滅ぼした遠征軍―――その功労者は、新参の軍師・司馬懿仲達。神算鬼謀の叡智を前に、五倍近い兵力を有していた袁紹軍は為すすべもなく壊滅した、と。

 

その報せを聞いた時、朱里の胸中に訪れたのは“納得”だった。

無事を知った安堵でもなく、敵に仕えた事への怒りでもなく、何かがストンと落ちる様な、まるでそうなる事が予定調和であったかの様な、不思議な感覚。

 

 

やがて程昱――名を改めたのであろう風――や郭嘉の話も間諜の報せから入る様になり、曹操軍の“四賢”の名は諸国に知れ渡る様になった。

出自が如何であれ、例え敵対していたとしても、優れた人材を登用する―――旧来の政策を打ち破る曹操の方針を称賛する目的としての意味合いも兼ねていただろうそれは、幾らか誇張されて人々に知れ渡っていた。

 

 

そしていつしか、誰もが口にする様になった。

 

 

司馬懿の主は曹孟徳。

司馬懿の主は曹孟徳。

司馬懿の主は曹孟徳。

 

 

 

 

「―――……ッ」

 

 

違う。

そう、声を大にして叫びたかった。

 

自分達の――――――自分の大切な思い出が、彼と共に過ごした日々が、その何もかもが、まるで作り話の様に風化されてしまうのが、ただ、怖かった。

 

 

「仲達、くん……」

 

 

だから――――――だから朱里は、戦う事を決めた。

 

怯えたままでいい。泣きそうなままでいい。彼に“敵”と見られる事が、怖い。本心を言えば、戦いたくない―――そのままでいい。

だけど、立ち止まってはならない。震えたままの膝を地に着ける事は、誰よりも自分自身がそれを許容できない。此処で逃げ出せば、誰よりも自分自身が、それを永遠に許す事が出来ない。

 

 

全力を尽くして、知力を振り絞って、彼と正面からぶつかる。

 

何故降伏したのか、何故敵対するのか―――そんな疑問は、些細な事。

 

 

何故なら朱里は――きっと彼も――心の何処かで、ずっと想っていた。

 

 

 

ただ只管に―――“勝ちたい”と。

 

 

鎖で以て、船と船を繋ぎ合わせる―――そんなとんでもない発想を実行し、極端に揺れを少なくした水上の要塞の一角で、風は仲達を見つけた。

 

 

『おうおう兄ちゃん、こんな美少女にあちこち歩かせるなんて随分な男じゃねぇの?』

「これこれ宝慧、仲達さんは迷子になっていただけなんですからそんな事を言ってはいけないのですよ~」

 

 

見つけて早々かましたボケに、しかし無言の帳が下りた。

 

 

―――おや、普段なら一瞬と間をおかずに稟ちゃん顔負けのツッコミが入る所なのですが……

 

 

と、ふと風は仲達の視線の先―――卓上に置かれた一つの扇に目をやった。

黒を基調としたその羽扇は、見る者が見れば凶兆の証と喚き散らすであろう代物だ。主にカタブツで有名な弘融翁とか学者肌で有名な弘融翁とか仲達を敵視している弘融翁とか。

よもやあの羽扇に撫でられたから只でさえ貧しい頭頂が絶滅したという訳でもあるまいに。別段、何時ぞやの会議の席で仲達に散々やり込められた仕返しにあれこれ嫌がらせをしてきた翁の一派にむかついたから周囲に在る事無い事吹き込んだとか、流流に「貧しい毛を治すには治したい部位の毛を煎じた茶を飲むのが良い」とか言って彼女の天然暴走性を炸裂させたとかそんなんじゃない。断じてない。

 

 

ちなみに流流に話してから数日間、城内のあちこちで顔を顰めながらも鬼気迫る形相で茶をがぶ飲みする者が数名いたが、それは全くもって関係ない事なので割愛する。

あと、どっから派生したのか「貧しい部位を治すにはその部位に相当する物を食すのが良い」なんて話が飛び出して、暫く城内の食事が胸肉続きだったのも、全く以て余談である。

 

 

兎も角。

 

 

「仲達さん、そろそろ時間なのですよ」

 

 

既に陸地は見えた。無論、此方を上陸させまいと陣を張る劉備・孫策連合軍の姿も、しっかりと確認されている。

何やら孫策軍の将が一人投降するという話があったが、取り立てて風はその話を信用してはいなかった。

 

 

“信用”に足るのは、華琳とそれに従う数名。

そして、“信頼”に足るのは――――――

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

つと、眠りから覚めた様な口調で仲達はスッと風に向き直った。

 

その瞳をみて、おやと風は小首を傾げ、目を僅かに見開いた。

 

 

「なにか良い事でもありましたか?」

 

 

そう問うた風に、仲達は――何処かで見た記憶を呼び起こす様な――不敵に、そして不遜に口元を僅かに吊り上げて、笑んだ。

 

 

「ああ―――これから、ある」

 

 

振り返ってみれば、この感情の発露が何時の事だったか――――――等と言う事は、所詮瑣末な事だろう。

 

何時になく高揚する気持ちをあえて抑える様な無粋も働かず、仲達は口元を羽扇で隠しながら陸地を見据えた。

そして、船上からでも確認できる程に近づいた陸地のやや奥まった方にある高台から、天に向かって白い煙が上がっているのを見止めて、高揚は二割増し高まった。

 

 

「成程……これが“恋”か」

 

 

聞く者が聞けば卒倒し、或いは「違う」と突っ込むであろう台詞を一人で呟いた直後、仲達の頬を風が撫でた。

 

 

何も変わらない。

第二の故郷と言えるこの土地の風も、未だ戦火が満ちぬ故に空を彩る星々も、何一つ変わっていない。

 

 

自分も、そしてきっと、朱里も。

 

 

「待ち遠しい、な。早く会いたいよ…………朱里」

 

 

曹操軍に降伏して、新参者と侮られた日々も。

河北を制圧し、中原にその名を轟かせても。

幾千幾万の大軍を自在に指揮しても。

 

 

何一つ、自分の“渇き”を癒してはくれなかった。

 

これは、そう――――――朱里が水鏡先生に連れられて、三日ばかり私塾を留守にしていた時。他に競う者がいなかった自習の時に覚えたものと、同じ。

 

 

朱里に会いたい。そしてそれ以上に―――競いたい。

殆ど五分と五分のままだった盤上の遊戯の決着をつける様に。或いは、互いに一歩も譲らなかった討論の時の様に。

 

その姿を追い求め、焼け付く様に胸が焦れ……これを“恋”と呼ばずに、何と呼べばいいのか。

 

 

 

東南から吹く風に乗って、一艘の船が近づいてくる。その足はかなり早い。

僅かに鼻孔を擽る匂いに、知らず、仲達の口元は弧を描いた。

 

 

「真桜の部隊に連絡を。予定通り、船を切り離せ」

 

 

 

―――さぁ、始めようか? 朱里。

 

 

 

それは、苦難の末に相対する事を選んだ悲痛等欠片もなく。

かといって、戦禍の狂気に染まった禍々しさもまるでなく。

 

 

待ちわびた想い人と漸く巡り合えた様に、喜色に満ち溢れていた。

 

 

 

 

時に建安帝の冬。

天下の行方を左右したこの大戦は、宣戦を布告するが如き烈火を以て、文字通りその火ぶたを切った。

幾多の伝承と共に語り継がれるこの戦いを、後の世はこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         『赤壁の戦い』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達の戦いはこれからだ!!(挨拶)

 

 

 

……もとい、お久しぶりです。

そしてこれで完結扱いです。ハイ。

 

前作と同程度かそれより少ない話数で済ませるというのは当初からの予定だったのですが、書いているうちに全く収拾つかなくなった挙句この様な打ち切りを迎える事になってしまい、誠に申し訳ないです。

 

好きなキャラとか多いし三国志とか歴史ネタも好物だったので作ろうと思えばそれこそ無限に作れるのですが、息抜きの為のSSなのにそれを作成する為に息抜きし始めたら本格的に悪循環に陥りそうだったので、いい加減区切りをつけなければと思いまして。

 

後書きであまり長々と話すのは微妙なので、この辺りで筆を置かせて頂きたいと思います。

駆け足やっつけ不定期更新とやりたい放題でしたが、この三年余り、私の拙作にお付き合い頂きまして本当に有難う御座いました。

また皆様の目に触れる機会がありましたら、どうぞ生温かい目で見守ってやって下さい。

 

それでは、これにて幕引きで御座います。

今まで本当に有難う御座いました。

                                           H.24.12.25 茶々

 

 
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