No.51631

董卓軍ルート妄想SS

ryoさん

真恋姫†無双
董卓軍の妄想SSです
冗長で申し訳ない…
続きは一応書くつもりでいます

2009-01-11 21:30:03 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:23878   閲覧ユーザー数:17599

 

≪プロローグ≫

 

「あ、流れ星…」

 

 寝室の窓から射しこむ眩い光は、まるで日の出の太陽のように室内を白く照らしだす。

 

 少女は瞬く間に流れ消えていこうとする光に少しの願いを託す。

 

「…また昔のように、詠ちゃん達と穏やかな日々を過ごしたい」

 

 少女の願いを最後まで聞き届けることなく光は視界から外れ、その閃光もまた静かに消えていった。

 

「…」

 

 光の残滓を追い求めるかのように窓の外見ていた少女は自嘲気味に視線を外す。

 

(そんな都合の良い願いが叶うわけないのに…)

 

 少女の心は暗く沈み、やがて静かに眠りへと落ちて行った。

 

 

≪1≫

 

 翌朝、身の回りの世話をする侍女の一人からある噂を耳にする。

 

「董卓様は昨晩の流れ星をご覧になられましたか?」

 

 彼女はこの洛陽に来る以前、涼州にいた頃からの付き合いだ。王として担ぎあげられた今となっては、雑談の相手となってくれる人の数少ない一人でもある。

 

「はい、朝日のように眩しくて、目が眩んでしまうかと思いました…」

 

 周囲の人に余計な心配をさせたくない思いが、願い事について話す事を躊躇させる。侍女は董卓のそのような葛藤に気づく事なく話を続ける。

 

「実は最近、管輅という占い師がとある噂を吹聴してまわっておりまして」

 

「噂、ですか?」

 

「はい、なんでも天の御遣いが流星に乗って地上に現れるだとか、その御遣いは人々を平和へと導く救世主だとか…」

 

 侍女は慣れた手付きで董卓の身なりを整え、櫛で髪をすく。

 

「その方が本当に平和をもたらしてくださるのでしたら、それはとても素敵な話ですね」

 

 心の底からそう思う。そのような人が現れればどんなに良いか。そうなれば自分も操り人形としての生活を終える事ができるのだろうか?

 

「実は昨夜の流れ星が噂の流れ星じゃないかと、今宮中では大騒ぎなんです。なんでも、この洛陽の街外れに落ちたのを見た人がいるとか…」

 

 董卓は話が思いもよらぬ方向へ向かったことに驚き、思わず言葉を失う。

 

「今朝早くに、賈駆様が人を率いて調査に向かわれたとお聞きしています」

 

「詠ちゃんが…?」

 

 当たり前な日常に対する思いもよらない転機の訪れに、董卓は大きな不安と少しの希望を抱いた。

 

 

 

≪2≫

 

「報告にあった場所はこの辺りね」

 

「はい、間違いありません」

 

「それでは、二人一組で調査に当たりなさい。もしも怪しい人物や物を見つけた場合、接触は避けてすぐ報告に戻りなさい」

 

「ハッ!」

 

 槍と鎧で武装した兵達が周囲へと散っていく。残ったのは数名の親衛隊員と、街を出る時にくっ付いてきたおまけが一人。

 

「こんな朝っぱらから城門で待ち伏せなんて…。あなたも物好きね、霞」

 

 兵達を指揮していた少女は、隣の馬の上で仰向けに寝ている女性に話しかける。霞と呼ばれた女性は、気さくな笑みを浮かべて起き上がる。

 

「いやぁ、なんかおもしろそうやってんもん。ウチも昨日の流れ星は見たし、あの噂の事も聞いとったからなぁ」

 

「あぁ、管輅っていう胡散臭い占い師が言ってた世迷いごとのこと?」

 

 そういった賈駆は鼻で笑ってみせる。

 

「えらい言われようやなぁ…。そういう賈駆っちも少しは気になってるんとちゃうん? こんな朝っぱらから出張ってるくらいなんやし」

 

「あなたの好奇心と一緒にしないで。ボクは洛陽に危害を加える可能性もあると判断した、だからそれを確かめに来ただけよ」

 

 賈駆の表情は冷静そのものだった。しかし、霞はしばしの沈黙の後、何か閃いたかの如く片頬をつり上げた笑みを見せる。

 

「…洛陽に、じゃなくて月に、の間違いとちゃうん?」

 

「ば、馬鹿! こんなとこで何言ってんのよ!」

 

 賈駆は顔を紅潮させて霞を睨みつける。怒ってみせるが明らかな動揺が見て取れた。

 

「あはは、賈駆っちはホンマわかり易い反応するなぁ。賈駆っちが月の事を人並み以上に好きやっていうのは、それなりに近くにいるもんにとっちゃ当たり前やで?」

 

 霞のセリフに親衛隊達からも小さな笑いが起こる。

 

「わかり易くて悪かったわね…」

 

 賈駆は唇と尖らせると真っ赤になった顔を背ける。

 

「わぁすまん、そんな拗ねんといてぇや。別に貶してる訳やないんやで?」

 

 そう言うと、霞は急に真面目な顔になって賈駆の瞳を見つめる。それは強固な意志に満ちた、とても力強い瞳だ。賈駆はその瞳から目を逸らせなくなる。

 

「そういう賈駆っちの月を守りたいっていう強い想い。んでもって、月の周りの皆を大切にしたいっていう純粋な願い。そういうのんにウチは魅せられたから力になろうと思ったんや」

 

 霞は顔の前で握り拳を作る。しかし、賈駆の視線は彼女の瞳に釘付けにされたまま動かない。

 

「ウチは只の武芸者やから国とか政治とかそういうのはわからへん。だけど、信じられる主の元におれば間違った力の使い方もしなくて済む。それに、守るもんがあればずっと強い力を出せる」

 

 いつの間にかその場にいる全員が霞の握り拳に注目し、話に耳を傾けている。

 

「ウチはもっと強くなりたい。月や賈駆っちを、洛陽の皆を守れるように」

 

 声が大きいという訳ではない。だが、その声はとても力強く響いた。

 

「でも、まぁ」

 

 途端に場の空気が緩む。霞の顔にはいつもの気さくな笑みが浮かぶ。

 

「強い奴とたくさん戦いたいっちゅうのも理由の一つなんやけどね」

 

 周りから笑いが起こる。賈駆は、そこでようやく霞の瞳から解放された。霞の言葉は心に強く響き、とても嬉しかった。今の自分達の置かれている状況はあまり良いとは言えない。しかし、彼女達の力があればそれを乗り切れるのではないか、そう思えた。

 

「でも、強いって言ったら、恋がいるじゃない」

 

 賈駆の言葉に霞は苦笑する。

 

「恋はなぁ…。確かにめっちゃ強いんやけど、血のっ気がないというか、普段は全く勝負に乗ってくれへんねんなぁ…」

 

「確かに普段のあの子を見てると、本当にあの飛将軍・呂布奉先か疑いたくなるわね…」

 

「あんだけ強いのに、その力を誇示する事もない。あそこまで自分の武に無自覚な人間は初めて見たわ…」

 

 大仰に落胆してみせる霞の仕草に、賈駆は思わず微笑む。

 

「でも、それがあの子の良いところなのよね。本当は守られているはずなのに、守ってあげたくなるような…、そんな不思議な雰囲気」

 

「所謂癒し系っちゅうやつかな?」

 

 一同が和やかな雰囲気に包まれていると、そこに一人の兵士が駆け足で戻ってきた。

 

「賈駆様! あちらの方で見慣れぬ格好をした男が倒れておりました! 気を失っている様子だったため、私が報告に戻る間もう一人に離れた場所から監視をさせております」

 

 和やかな雰囲気は一変し、適度な緊張感に包まれる。

 

「よし、わかったわ。案内してちょうだい」

 

「ハッ!」

 

 

 

≪3≫

 

 兵士の案内で連れられてきた場所は広い荒野の真っただ中だった。監視に立っていた兵士が気づき、こちらに走ってくる。

 

「報告します。不審者と思われる男はなおも動きがありません」

 

「御苦労様、それでは皆はここで命令あるまで待機。彼への接触は私と張遼将軍で行います」

 

「ハッ!」

 

 兵達は隊列を組み、その場に静止する。賈駆と霞はゆっくりと馬を進め、倒れている男に近づく。

 

「何かあった時はあなたの武、頼りにさせてもらうわよ」

 

 賈駆は少し緊張した面持ち言う。視線はすでにはっきりと姿がわかるくらいに近づいた男から離れない。

 

「おう、任しとき!」

 

 一方の霞はまるで今から一騎討ちに臨むかのような緊張に包まれ、片頬をつり上げ笑ってみせた。

 

 二人は馬を降り、ゆっくりとした足取りで倒れた男へと近づく。男からは微かな息づかいが聞こえるが起きている気配はない。賈駆はしゃがみ込み、男の顔を覗きこむ。この時代ではあまり見られない、綺麗に整った傷一つない顔だ。服装も白を基調とし、ところどころあしらわれた装飾が日の光で輝いて見える。一目見れば一般庶民ではないと誰もがわかるだろう。

 

「どこかの貴族の関係者かしら…?」

 

「こんな荒野の真っただ中で寝てる貴族なんておるんか? おったとしたらそれはめっちゃ変わった趣味の持ち主やね」

 

「そうよね、となると考えられるのは旅行者の生き倒れか…」

 

「こんな軽装で? 身ぐるみ剥がされたんやったら服も持ってかれるやろうし、争っていた形跡も見当たらへん。そやからその意見は却下や」

 

 霞の言っている事は至極当然だ。だとすれば残る答えは一つ、忽然とここに現れた異端者ということだ。しかし、自分の持つ常識がその事を中々認めようとはしない。

 

「ま、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いんとちゃう?」

 

 黙って考え込んでいる賈駆をよそに、霞は男に近づくとおもむろに体を揺する。

 

「ちょっと、馬鹿! 危険な奴かもしれないのよ!?」

 

「大丈夫やって、こいつからは殺気がでとらへん。それに気配も邪な感じはせえへんし…」

 

 そういって霞はなおも体を揺する。

 

「んっ…」

 

 男の口から微かに声が漏れる。

 

「お、起きそうやな。ほら兄ちゃん、こんなところで寝とったら風邪引くで」

 

 男は徐々に瞼を開ける。瞳はぼやけ、視点が定まっていない様子だ。目をこすりながら上半身を起こす。そして、一度あくびと背伸びをしたところでようやく目を覚ました。

 

 

 

≪4≫

 

「あれ、ここ…どこだ?」

 

 目を覚ますと視界に入るのは広大な荒野、そしてその先には見慣れぬ形の山や木々。

 

(昨日は自分の部屋のベッドでちゃんと寝たはずだよな…?)

 

 頭に霧がかかったような感覚が抜けず、思考がまとまらない。しかし、今感じている現実感から考えられる事は、これは夢ではないという事だろう…おそらくは。

 

「おはようさん、いい加減こっちに気づいてくれてもいいんとちゃうかな」

 

 突然の声に驚き振り向くと、そこには見慣れぬ姿をした二人の女の子の姿があった。

 

「君達は…?」

 

「普通名前を聞く時は、先に自分から名乗るものじゃないの?」

 

 背丈の低い方の女の子はどこか高圧的、というかすごく警戒されている様子だ。

 

「えっと、ごめん、俺の名前は北郷一刀…」

 

「おっ、中々素直やね。ウチの名は張、字は文遠、一般的には張遼って名で通ってる。よろしゅうな、兄ちゃん。えっと…ホンゴウ・カズ・ト…?」

 

 張遼と名乗った背の高い方の女の子の態度はとても気さくだ。今の状況を把握するならこっちの子に聞くのが良いかもしれない。

 

「違う違う、北郷・一刀。って名? 字…? 張遼…??」

 

「そやで、張遼っちゅうんがウチの名前や。んじゃあ、兄ちゃんは北郷が名で、字が一刀なん?」

 

「違うよ、北郷は性で、名が一刀。というか、張遼さん? あの三国志とかで有名な?」

 

 張文遠こと張遼は、三国志では有名な武将の名前だ。歴史小説は好きでよく読むため、その辺りの知識は結構持っている。

 

「サンゴクシ…? よくわからんけど、ウチってそんな有名なん? ちょっと嬉しいな」

 

 張遼はそういうとけらけらと笑ってみせる。その横で黙って話を聞いていた背の低い方の女の子が前に進み出る。

 

「ボクの名前は賈駆、字は文和よ。北郷一刀、単刀直入に聞きましょう。あなたはこの世界の人間ではないの?」

 

「え?」

 

 賈駆が言っている事は、実は薄々感じていたことだ。これが夢じゃないとすれば少なくともここは日本ではない。しかし、目の前の二人とは言葉が通じる。そしてよく知っている、でも今はすでに存在しない人物の名前を持った女の子達。単に拉致され中国大陸に連れてこられたという訳でもないのだろう。そもそも、張遼も賈駆、おそらく董卓や曹操の軍師として知られるあの賈駆だと思うが、二人とも男のはずだ。

 目が覚めてから妙にすっきりとした頭の中でいろいろと考え込んでいると、痺れをきらしたように賈駆が話しかけてきた。

 

「見慣れない格好、聞き慣れない名前、そしてあなたがここに突然現れた事とそれにまつわるであろう噂…」

 

「噂?」

 

 突然現れた、というのはどういうことだろう。少なくともここにいる誰かに連れてこられたわけではないらしい。

 

「少し前から管輅という占い師が、流星とともに天の御遣いが現れるという占いを吹聴していてね。そして昨晩、すごく大きな流星が流れて洛陽近くに落ちたらしいという証言があった」

 

 洛陽といえば、三国志にでてくる皇帝がいる都の名前だ。いよいよ自分が三国志世界にタイムスリップだかなんだかしたと、納得しなければいけないのか。

 

「そして、ボク達がその現場を調査に来ると、あなたが倒れていたというわけよ」

 

「つまり、俺がその噂の天の御遣いであると?」

 

「ボクは元々そんな与太話は信じてなかったのだけど、現にあなたがここにいる。そして、見慣れる格好と聞き慣れぬ単語。少なくともあなたが異質な存在であることは認めなければならないわね」

 

 話の内容が突飛過ぎて逆に冷静になれた。とりあえず、このおかしな出来事を無暗に悩むことはやめよう。そして、自分が三国志の世界に似たどこかに飛ばされてきたという仮定に納得をする。

 

「おそらくだけど、俺はこの世界の人間ではないと思う。そして、この世界は俺のいた世界にとって1800年くらい前の世界であるか、それに近い世界なんだと思う」

 

「つまり、天の御遣いではなくて未来人っちゅうことか?」

 

「天の御遣いというのが、どういったのかはいまいちわからないけど、この時代でいうような天の世界ってところから来たわけではないと思う。確信はないけどね」

 

 この時代の天界といえば、神様とかそういった類がいる世界の事だろう。俺自身には超人的な能力が備わってる訳ではないし、下手に話を大きくしても後で困ることになるだろう。

 

「少なくともボク達の世界よりは文明の進んだ世界から来た訳よね? 目的は何? どうやってここに来たの? まさか本当に平和をもたらしに来たとか言うんじゃないでしょうね?」

 

「いや、実は俺も全くわからないんだ」

 

「え?」

 

 二人は驚いた様子で目を丸くする。

 

「俺は自分の部屋で寝ていたはずなのに、起きたらここにいた。もちろん自分で願ってきた訳でもないから目的もない…」

 

 そう、目的どころか何をすべきかすらもわからない。この先どうしようかと途方に暮れていると、黙って考え込んでいた賈駆が口を開いた。

 

「こんなところで話し込むのもなんだし、とりあえずあなたを保護させてもらっても良いかしら? 今のところ敵意は感じないようだけど、一応警戒という意味で軟禁状態になってしまうけれど…」

 

「あぁ、こちらとしてもどうしようか途方に暮れていたところだから助かるよ。もっといろいろと情報を手に入れたいしね。でも、本当に良いの?」

 

「どういうこと?」

 

「いや、自分で言うのもなんだけど、こんな怪しい人間に構うメリット…利点っていうのもあまりないと思うんだけど」

 

 もしここが昔の中国なら英語やカタカナ語は避けた方が良いだろうと言葉を選んで話す。俺の発言に賈駆は初めて表情を緩める。

 

「自分でそんな事を言うほど馬鹿な刺客もいないでしょう。それに、あなたの持っている知識は中々興味深い。もしかしたらボク達の現状を打開するための助けになるかもしれないしね」

 

 賈駆の意味深な言葉を訝しげに思いながらも立ち上がり、二人と一緒に洛陽の街へと向かった。

 

 

 

≪5≫

 

 洛陽の宮殿内の一室に張遼と賈駆、そして数名の親衛隊員に連れられてやってきた。俺の体には大きな布が被せられている。なんでも服が目立つし、今はまだ俺の存在を公にしたくないから、ということだそうだ。ここにくるまでに道中で聞いた話や宮殿の雰囲気を見るに、今はいろいろと厄介な時期らしい。それにしてもこの格好は警察に連行される容疑者みたいでなんか嫌だな…。

 

「北郷、あなたお腹は減っている?」

 

 賈駆の言葉で朝起きてから何も食べていない事に気づく。意識すれば空腹感はどんどん大きくなってくる。

 

「実はかなり減ってるみたいだ…」

 

「なら何か持ってくるよう言いましょう」

 

 賈駆は侍女を呼び、食事持ってくるよう命じる。侍女は恭しく礼をした後部屋を出て行った。今この部屋にいるのは俺と賈駆と張遼。そして部屋の入口には二人の親衛隊員。部屋は個室というのか、ベッドや机など、一通りの家具が一人分用意されている。

 

「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 賈駆の一声に、俺達3人は机を囲んで椅子に腰かける。

 

「まず、あなたのことをもう少し詳しく教えてちょうだい。そして、あなたが未来人だと証明されれば、今度はボク達の望みをあなたに話すわ」

 

 自分が2008年の日本という国から来たこと。三国志や三国志演義に関連する小説やゲームなどを通じて、この世界にかなり近い存在について知っていること。思いつくことを片っ端から話していく。途中で食事を挟み、時には二人の質問に答え、時には補足をいれ、気がつけばすでに日が暮れ始めていた。

 

「事実とは若干異なる点も多いけど、この世界についてそれだけの知識を持っている人間は文官でも数えるほどしかいないわ。歴史書や小説としてまとめられたものを読んだという点から考えれば納得はいくし…」

 

 先ほどから賈駆は一人でぶつぶつ言いながら考え込んでいる。まじめな性格で、異世界からの来訪者なんていう非常識なものを受け入れるのにかなり苦労しているのだろう。それに比べて張遼の方は、あまり細かい事を気にしない性格らしい。さっきから俺と話している雑談は現状とはあまり関係のないと思える方向へとそれていた。

 

「…決めたわ」

 

 賈駆の一言に俺と張遼は話を止めて振り向く。

 

「北郷一刀、あなたにお願いがあるの。ここからの話はかなり込み入った内容になる。もし聞いてしまえばあなたに害が及ぶ可能性も否定できない。それでも良いというならボクの話を聞いて欲しい」

 

 賈駆の真剣な態度に少し驚く。しかし、今までの会話で話した内容を把握していれば、大まかな流れは予想する事ができた。内心、もう一蓮托生となる決心はできていた。見知らぬ世界に放り込まれた所に世話を焼いてくれた二人。話し合っている間にこの二人なら自分の今後を任せても大丈夫。全てを理解しているなんてとても言えやしないが、二人は本当に純粋で、何か己の信念に準じて生きている人間なんだと感じる事ができた。

 

「一飯の恩もある。それに俺は他に行くあてもないし、一人で生きる術もない。今から賈駆が話す内容の大まかな予想はついてる。俺にできることは限られていると思うけど、協力できることがあれば言って欲しい」

 

 自分の素直な思いをぶつける。もうこれで後戻りはできない、しかし後悔はなかった。俺の言葉に二人は一瞬驚き、そして微笑んだ。

 

「ありがとう、北郷一刀」

 

 そして、賈駆が現在の洛陽の状況について詳しく話始める。元々賈駆は董卓という現在洛陽を治めている少女と涼州で静かに暮らしていた事。宦官という皇帝の代わりに行政を取り仕切っていた連中が董卓の両親が人質にしている事。そのせいで董卓がやむ負えなく洛陽の主となっている事。宦官達の悪政のために、世論では董卓が暴君扱いをされ始めている事。黄巾の乱終結後、諸侯が割拠しこの先大きな動乱が予想される事。この世界における董卓周辺の状況は、俺の知っている三国志とは大きく異なっているようだ。そして、話の中でもっと驚いたのが呂布の存在である。

 

「つまり、あの飛将軍と名高い呂布も女の子で、今は賈駆に保護されていると…」

 

「そう、あの子はすごく強いのだけれど黄巾の乱で家が焼かれてね。厄介な連れがいるものだから行くあてがなくて困っていたのよ。すごく良い子だし、有事の時には頼りになるけど…普段はちょっと頼りないのよね」

 

 賈駆は溜め息をついてみせる。しかし、表情は柔らかく、呂布に対する好意が透けて見える。

 

「なんちゅうか、すごく保護欲を掻き立てられるような子なんよ」

 

 張遼もまた、賈駆に同調するように気さくな笑みを浮かべる。

 

「へぇ、それで厄介な連れっていうのは?」

 

「あの子、なぜか動物に好かれるらしくて、たくさん犬とか猫とか飼ってるのよ。あの子にとってはそれが家族みたいなものなのでしょうね。物欲がほとんどないから家一軒と食事だけで良いって言ってくれるのは助かるけど…」

 

 あの呂奉先が犬や猫と戯れている様子を想像する事は、俺の想像力では中々難しかった。しばらくの間、呂布に対する雑談が続き、それが一段落したところでいよいよ話が核心へと向かう。

 賈駆は声を潜め、3人はお互いに顔を近づけ合う。一瞬香った女の子特有のいい匂いに思わずドキっとした。

 

「実は近々、董卓を背後で操っている宦官達を排除しようという計画を決行する予定なの。そして、この洛陽に巣食う腫瘍を全て排除したのちに、皇帝を擁立して改めて旗揚げをする。各方面への根回しも済んでいるし、成功の可能性はかなり高いわ」

 

 現代でいう、軍事クーデターって奴を行うつもりらしい。

 

「ただ、一つ問題があるの」

 

 賈駆は一瞬発言を躊躇う、しかしもう迷っている段階ではないと本人もわかっているのだろう。覚悟を決めたといった風に自らに頷いて続ける。

 

「それは、その首謀者が董卓であれば諸侯の反感を買う可能性がとても大きい。世間での常識では、悪政を行っているのは董卓であって宦官や皇帝ではないのですから…」

 

「つまり、暴君董卓がさらに暴挙に出たと取られてしまうと…」

 

「そう、ボク達に一番足りない要素。それが大義名分なのよ…」

 

 そういうと、賈駆は次の言葉を口に出そうとして飲み込んだ。

ここまで聞いて、賈駆が俺に対してこの話を振った理由がはっきりとわかった。世間に知れ渡っている噂、実際に流れた大きな流星、外見からして外来人とわかる自分の格好。

 

「そこで、天の御遣いの登場…ってわけか」

 

 そうだ、この時代であれば、天の遣いなんてものは名前だけでかなりの影響力を誇るはずだ。今ならその名を轟かせるにたる認知度、そして俺という物証がある。

 賈駆は俺の方を向いたまま、表情には精一杯の驚きを張り付けて硬直している。

 

「別にいまさら驚くこともないだろ、話の流れからいえば当然こういった結論になるんだ。それに、こんな時期に俺がこの世界に飛ばされてきたのも天命という奴かもしれない。それなら自分の役目を果たすだけだよ」

 

 わざとおどけてみせる。しかし、内心はその役目の大きさ、いや、想像もつかない自分の道のりに目も眩む思いだった。けれど、一度言った事をいまさら覆す気はない。それに、かわいい女の子の前で格好つけたいと思うのが男というものじゃないか。

 

「その、本当に引き受けてくれるの? 確かにそうしてくれれば計画はほぼ間違いなく上手くいくと思うわ。ただ、あなたは本当の天の御遣いというわけじゃないんだし…」

 

 賈駆は断られると思っていたのだろう。予想外の答えに困惑している。しかし、彼女がこれほどまでに躊躇している態度も、彼女のやさしさや思いやりの強さから為されるものなのだろう。戸惑う賈駆を余所に、今まで静かに話を聞いていた張遼がおもむろに立ち上がった。俺と賈駆が何事かと振り向くと、張遼は俺のそばまでやって来て、いきなり抱きついてきた。

 

「一刀! あんたほんまに漢やなぁ! うち思わず惚れてしまいそうになったわ!」

 

 そういって思いっきり頬ずりをしてくる張遼に対して俺は顔を真っ赤にして慌てふためく。その姿を見て驚いていた賈駆は、ついに堪え切れずに笑い出してしまった。真面目な雰囲気の彼女がこんなにも砕けた姿を見せてくれたことに嬉しくなって、俺も一緒に笑い出してしまう。

 

 ひとしきり笑った後、お互い席に戻って話を再開する。気恥ずかしさが残るせいか、皆若干顔を紅潮させて苦笑気味だ。

 

「それじゃあ、改めて。北郷一刀、あなたに天の御遣いとしてボク達の主となってくれる事を望みます」

 

「わかった、俺の出せる全力を持って皆に答えてみせるよ」

 

「ありがとう。それじゃあ、あなたにボク達の真名を預けるわ、張遼も良い?」

 

「もちろんや」

 

「真名?」

 

「そう、真名はボク達の世界においては命の次に大事なもの。愛する者、信頼する者にしか呼ばせてはいけない神聖なものよ」

 

「そうか、そんな大事なものを託されるんじゃ、頑張らずにはいられないな」

 

「ふふ、そうね。ボクの真名は詠。これからよろしくお願いするわね、御遣い様」

 

「ウチの真名は霞や。一刀、期待してんで!」

 

 

 
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