No.503354

真・恋姫無双~君を忘れない~ 百二話

マスターさん

第百二話の投稿です。
ついに霞と翠、白蓮の遊撃隊同士の衝突が幕を開けた。騎馬隊の指揮官として類稀な力を示す白蓮は、敵味方から高い評価を受ける。しかし、曹操軍の遊撃隊にはこれまでにはなかった新たな力が入り、戦が容易でないことが想像出来る。そして、翌日、再び両者はまみえるのだが……。

よーしっ! 今回は早く書けましたっ! このまま一気に書き続けてやりますっ! 

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2012-11-02 02:35:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4516   閲覧ユーザー数:3884

 

 霞の率いる騎馬隊と遭遇した日の夕刻、翠は白蓮と今日の戦闘について少し話してから、詠のいる幕営へと向かった。そこで蒲公英と向日葵と三人で、今日の戦の分析をしているはずだった。翠と白蓮は部隊の損耗の確認や、馬の様子などを将校たちから報告を受けるため、そちらは二人に任せることにした。

 

 そもそも詠の話は小難しすぎて、翠には退屈に思えたのだ。自分が敵軍についての感想を言っても、詠からは何を言っているのか全然分からない、と相手にされないことも多々あった。敵部隊は精強で、動きは素早く、崩すのがとても難しい。翠にとってはそれだけであったが、詠はもっと具体的な意見を求めているそうだ。

 

 その点、蒲公英と向日葵は戦術に関しても話すことが出来た。自分は母親の翡翠のことだけを追い続け、ひたすらに武を磨く毎日を続けている間、二人は翡翠の片腕であった韓遂から手ほどきを受けていたということらしい。

 

 二人とも、武に関してはそこそこのものを持ってはいるが、翠から見れば物足りない。しかし、自分に足りない軍略というものを持っていた。三人でようやく敵と渡り合えることが出来たのだ。自分はまだ力押しでどうにかなると思ってしまう。益州に来て、多くの猛将たちと出会い、力だけが全てではないということを理解はしているのだが、いざ部隊を率いるとそれが出てしまう。

 

 一方で、白蓮という人物もいる。

 

 彼女は一人で全てのことを行っている。自分たちが三人で分担することを一人で行い、しかもそれでも三人で協力しても勝てるかどうか微妙といったところなのだ。彼女が一人で出来る範囲はとてつもなく広く、今は詠が兵糧など補佐をしてくれているが、詠がいなかったら白蓮が代わりに行い、しかもどうということはないという表情をするに決まっていた。自分には決して出来ない芸当である。

 

 しかし、そんな白蓮も自分と一騎打ちをすれば――実際には相手にならないと言われて断られるのだが、そんなに長くは戦えない程度の武の持ち主でしかない。それが、部隊を率いた調練になると、人が変わったように変幻自在の戦いを見せるのだ。

 

 白蓮とは何度も調練を行った。そこから何か見出せるのではないかと思っていたからだ。自分は母のようにはなれない。そう自覚してから、一時期はやるせなさに塞ぎ込むこともあったが、今は違った。自分は母親とは違うのだ。当り前の話だが、そう思ってからは、心が軽くなったような気がした。自分は翠である。そして、自分が率いる部隊は翠の部隊なのだ。母親とはまた異なる強さを身に付ければ良いだけの話である。

 

 その切欠のようなものを白蓮は与えてくれそうな気がしたのだ。幽州をほとんど一人で統治し、治世を布きながらも、烏桓族との国境線沿いの戦いでは敗北することなどほとんどなかったそうだ。その強さの秘密を知れば、自分もまた強くなれると思っていた。だが、白蓮と調練を積めば積む程、その懐の深さを垣間見て、自分との差を思い知らされるだけであったのだが。

 

 お前は強くなるよ、私なんかよりも全然な。白蓮は事あるごとにそう言ってくれた。そんなことない、と反論したかったが、それを喉元で押し留めていた。白蓮がそう言ってくれているのだ。白蓮が信じてくれているのだ。自分が信じずにどうするのだ、と自分を何度も励ました。

 

「あら? あんたも来たの?」

 

 気付くと、詠が幕営の入り口に立っていた。自分が無言で現れたことに少し驚いた詠が、声を掛けると、きょとんとした表情を翠が浮かべたので、逆に不審がって首を傾げている。

 

「あぁ。こっちの仕事は終わったからな。軍師殿の話も聞いておかなくちゃ、明日からの戦いに支障をきたすだろ? 蒲公英と向日葵が聞いてくれているが、あたしも聞いていた方がいいと思ってね」

 

「ふーん、あんたじゃ聞いても理解出来ないと思うけどね」

 

 などと軽口を叩く詠だが、その口元は満足そうに笑っている。理解出来ないから、と聞くこと自体をしない人間より、理解出来るかどうかは置いておいて、戦況をしっかりと自分の耳目で確認しようとした翠の態度が気に入ったのだろう。

 

「じゃあ、蒲公英と向日葵には確認の意味を込めてもう一度言うわね」

 

 詠は机に広げた地図に目を落としながら、敵の動きについて、蒲公英と向日葵から聞いた情報をもとに、自分の分析を述べた。人から聞いただけでどうしてこんな風に考えることが出来るのだろうか、と翠は感心してしまうくらいだが、おそらくはその分析は的を射ているだろう。

 

「ボクが一番気にしているのは、霞の、張遼の動きね。あいつとはそれなりに長い付き合いがあるわ。一緒に調練だって何度もしたし、癖みたいなものも知っているつもりよ。だけど、今日の遭遇戦にはらしくない点が何個か見られるわね」

 

「詠と離れてから結構経っているんだろう? その間に軍略みたいなものを学んだんじゃいのか?」

 

「翠、もしもあんたが同じ立場にあって、ボクから軍略の講義を受けたいと思う?」

 

「まさか。あんな退屈なもん聞いてたら、すぐに眠っちゃうよ」

 

「霞も同じことを思うわね。将としての性質はあんたに近いものを持っているのよ。戦を頭で考えるのではなく、本能で感じ取るの。霞の優れているところは、戦運びは考えて実行されたものじゃないのに、結果として見てみると、軍略に沿っているところが多いってところね。あんたもそういう傾向があるけど、霞のは段違いよ。軍師から見れば、そんな訳の分からないこともないんだけどね。本当に今でも信じられないわ」

 

 誉められているのか、貶されているのか、よく分からない翠は微妙な反応を返すしかなかった。そんなことを言われても、詠たちの言う軍略というものが分からないのだから、仕方のない話なのだ。

 

「でもね、今日の戦いは少し違うのよ。白蓮が最初に発見した部隊と、そこに増援に現れた部隊。この二つは本命の霞の率いる本隊のための囮だわ。ここまでいいんだけれど。翠? 相手に与えた損害は少なくないのよね?」

 

「そうだな。張遼が現れるまでは、あたしたちが優位に戦を運んでいたし、実際にあたしたちが突っ込んだ後、もう少し時間があれば潰走させられていたと思う。その前に張遼が現れたけど、そのとき与えた損害はこっちより多いと思うよ。五百は削れたと思う」

 

「そこなのよ」

 

「ん? それが大切なことなのか? 五百って数はそこまで大きくないと思うぞ。あたしたちは率いている数が少ないから、五百も討ち取られていたら大変だけど、相手は一万もいるんだろ? だったら、大した影響はないんじゃないのか?」

 

「そうよ。だからおかしいのよ」

 

「どういうことだ?」

 

「あー、もうお姉様ったら鈍すぎ」

 

「仕方がありませんよ、蒲公英。翠様には考えるということがとても難しい行為なんですから。一つのことを思考することが、おそらく千回の素振り以上の労力を必要としているんですよ」

 

「こらっ。あんたたちも話をややこしくしないの。いい、翠。敵の取った戦術は明らかに数の利を活かそうとするものなのよ。こっちは六千。相手は一万。兵の錬度を同等と仮定すると、四千の分だけ兵を多く殺してもいいの。極端な話、四千の兵士を生贄にこちらの六千を殲滅出来れば勝ちなんだからね」

 

「そんなっ! 兵士たちの命を弄ぶような真似、許せるわけないだろっ!」

 

「そこよ。霞だってそう思うはずだわ。いや、霞は意外と冷徹なところがあるから、多少の無理な攻め程度であれば認めるとは思うのだけれど、それでも、その発想は霞から生まれないのよ。この策は戦場で生きる武人から出ないものだわ」

 

「なるほどな……。だとしたら、敵にも詠みたいな軍師がいるんじゃないのか? 相手は有能な軍師を数多く抱えているんだろう。遊撃隊に一人くらい回しても大丈夫だと思うぞ」

 

「ボクもその可能性について考慮してみたんだけど、霞がその命令を素直に聞くとはあまり思えないのよね。現場ではなく、安全な場所で悠々と過ごす軍師の机上の策を、実戦部隊で死線を潜り抜けている霞は、拒否すると思うわ。もしも、そうする可能性があるとしたら……」

 

「したら?」

 

「その軍師が霞と行軍を共にしているってことだわ」

 

「そんな凄い軍師がいるのか? 遊撃隊は本隊とは違って、常に移動を強いられる部隊だぞ。何刻も馬に乗っていないといけないし、それに、あたしたちと干戈を交えることも少なくないんだからな」

 

「だから不思議に思っているんでしょう。何年間も騎馬隊を見てきたボクにだってあんたたちと行軍を共にすることは出来ないんだから。もしも、そんな軍師がいるとしたら、ボクは尊敬の前に恐怖を覚えるわ。そんな真似が出来るまでに、一体どんなことをしてきたのか、考えるだけでぞっとするもの」

 

 そう言うと、詠は少し不安な表情を覗かせたのだ。いつも強気な詠には珍しいものであった。それだけ敵の動きが不気味に映っているのだろう。確かに並みの将ですら、自分たちの動きにはついていけない。馬も良馬を揃えている。荒々しく、乗りこなすのに困難な馬も多いのだ。

 

「まぁ心配ばかりはしていられないわね。あんたたちを勝たせるためにボクはいるの。仮に相手が誰であろうと、ボクたちは負けるわけにはいかないんだしね」

 

 そう言って、詠は元の強気な表情に戻ったのだった。やはり詠はそうした方が良いと、翠は思った。口が悪く、翠にも毒を吐く詠だが、弱気な詠よりも、いつもの詠の方が好きだと思ったのだ。

 

 

 同時刻、白蓮や翠が野営をしている位置から少し離れた場所で、霞たちも野営をしていた。一万もの軍勢が野営をすると、周囲からはやはり目立ってしまうのだが、そのようなことは些末なこととして、霞はあまり心配していなかった。敵が来れば、分かる。そうしたら、こちらも速やかに臨戦態勢を整えれば良いのだ。奇襲の部隊が接近したら、すぐに分かるように、見張りなどは厳重にしてある。

 

「損害は五百程度らしいな?」

 

「五百三十七名です、霞」 

 

「そこまで把握せんでもいいんやないの? 決めたら割り切るのも大事やで?」

 

「分かってはいますけど、ここまで兵士たちの死を身近に感じたことがないので……」

 

 最初は否定的だった霞の方が既に割り切っている。戦で兵士が死ぬのは当り前のことで、別に見殺しにしているわけではない。上手く部隊を動かしているので、寧ろ、自分の予想よりも少ないくらいだと、霞は思っていた。

 

「それよりも、身体の方はいいんか? 稟」

 

「問題ありません」

 

 霞の目の前に座る稟こと郭奉孝は、平素と変わらぬ冷静な表情を浮かべながら言った。

 

「無理はせんでええって。今はうちと二人だけなんやから」

 

 自分と行軍することが稟にとって、いや、他人にとってどれだけ苦痛の伴うものかは想像するに難しくない。自軍でも激しい調練をすることで知られているのだ。それを続けてきた兵士たちとて、任務のある者を除けば、今も泥のように眠っているのだ。

 

「……正気に言えば、少し辛いですが、私は他の兵士たちのように戦っているわけではありません。戦で死ぬ可能性もないわけではありませんが、低いのですよ」

 

「当り前やんか。稟に死なれたらうちが困るわ」

 

 稟が霞に馬の乗り方を教えて欲しいと言ったのは、翡翠との戦いが終わってから間もない頃であった。最初は少し駆ける程度のことかと思ったのだが、話している内に自分の遊撃隊と行軍していても問題ないくらいに乗りこなしたいと言ってきたのだ。

 

 稟と初めて組んだのは、烏桓族の平定戦のときだった。屈強な騎馬隊を率いる烏桓族に対して、華琳は霞に討伐を命じたのだが、そのときに参謀として従軍したのが稟なのだ。といっても、今のように一緒に行軍した筈もなく、後続の歩兵部隊を率いるという形だったのだが。

 

 戦は厳しいものであったが、騎馬民族との戦いに慣れている霞にとっては、それは当り前の戦いだったのだ。しかし、厄介だったのが、気候の違いであった。極寒な上に、現地ではほとんど食物を手に入れることは出来ない。水を手に入れるために、石のように固い地面を掘り続けることもあった。それにより、さすがに兵士たちも士気がかなり下がってしまったのだ。

 

 そこで口を開いたのは稟であった。本隊と輜重部隊を将校に任せた上で、霞の遊撃隊のみで先行するように進言したのだ。敵の動きに対応出来るのは霞しかおらず、このまま歩兵と共にいたのでは、動きが制限されることを承知だったのだ。

 

 そこまで他の軍師でも考えられただろう。しかし、稟は自分も行くと言い出したのだ。霞よりも先発した上に、何日も寝ずに駆け続けたらしい。そうでなければ、霞にすぐに追い抜かれてしまうのだ。敵の斥候に見つかったときのために、霞の部隊から何名か護衛を付けたのだが、彼らも驚く程に耐え続けたそうだ。自分が到着する頃には、敵の陣営の偵察まで行っており、その後は見事に制圧することに成功した。

 

 稟の中の激しさを垣間見たような気がしたのだ。そして、そのときから稟のことが好きになりかけていることに気付いた。元々は軍師という生き物はあまり好きではなく、華琳の軍に移ってからも、何度か軍師からの命令を突っぱねたことがあった。西涼にいた頃も変わりはなく、それで詠とは何度も口論になったのだ。

 

 だから、稟が乗馬の指南を頼んできたとき、頷いてしまっていた。

 

 霞は他の兵士と同じように稟にも馬の乗り方を教えた。優しく手ほどきをするつもりなどなく、最初にやらせたのは、両手を縛り上げたうえで、裸馬に乗せるというものだ。当然、最初はすぐに振り落とされる。何度も何度も、それこそ、落ちた瞬間に、頭を打って死ぬ可能性も、そのまま馬に踏み潰される可能性もあった。しかし、それがもっとも早く、そして上手く馬に乗れるようになる方法だと思っていたのだ。

 

 同時に毎日駆けさせた。馬に乗るのも当然体力が必要だった。その基礎も何もなかったのだ。駆けさせ、苦しくなり止まりそうになる。そうすると、後ろから木の棒で突くのだ。倒れたら水をかけて起こす。限界まで駆けさせると、徐々に駆けられる距離も速度も上がっていく。

 

 稟はその地獄のような毎日に耐え続けた。同時に自分の政務も行わなくてはいけないのだ。華琳からも無理なようであれば止めるように言われていたが、霞は続けさせた。稟の中に眠る執念の炎が消えるまでは、続けさせるつもりでいた。

 

 ひと月もそれを続けると、並みの人間よりも上手に馬に乗れるようになった。見た目はそれ程に変わったわけではないが、脾肉は引き締まり、今では両足の力だけで馬を操ることも出来ている。

 

 しかし、本当の地獄はそれからである。本来は馬の乗り方を覚えたら、武器の扱い方に移るのだが、稟は戦う必要がないので、すぐに実戦形式で調練をさせたのだ。部隊同士のぶつかり合いで、ひたすら敵の攻撃を避け続ける調練だ。武器は模擬刀だが、当たれば死ぬこともある。実際に霞の調練の中で何人もの兵士が死んでいるのだ。だが、それを乗り越えた者は実戦では生き続ける。生への執着が尋常ではないのだ。

 

 それを半年以上も続けた。いつの間にか、稟は自分の部隊といても、決して浮くことはなく、ただ武器を持っていないというだけであった。兵士たちからも認められている。稟の激しさが苦痛を上回ったのだ。どうしてそこまで、と思うときもしばしばあったが、直接稟に訊くことはなかった。その想いは稟だけが抱えていれば良いのだ。

 

「それにしても、相手は中々やりますね。緒戦で壊滅するか、あるいは相当の打撃を与えるつもりで、今日の策を出したのですが……。公孫賛の動きが良い。被害を最小数に抑え、同時にこちらには的確に攻撃してきます。囮の部隊を指揮した彼女たちも、悪いものではなかったと思いますよ」

 

「そうやな。あんなのがまだ残っとったなんて知らんかったわ。荊州での戦でもそうやったけど、決して無理はせんとこが性質が悪いわ。その割には思い切りがええ。今日、殺すけど斬り合うたけど、平凡そうな面して、意外と手強かったわ。負けへんけど、勝てへん。そんな感じやな」

 

 そして、翡翠の娘がいた。

 

「馬超はどうでした? 霞の思う通りに戦えそうですか?」

 

「んー、馬騰には遠く及ばんな。せやけど、あれは戦で化けるやつやでぇ。戦えば戦う程、強うなって、うちを楽しませくれるに違いないわ。黒騎兵に白騎兵か……。明日から楽しみで、今日は眠れへんやろうなぁ」

 

 霞は楽しそうに目を細めて笑った。目を細めると、本当に猫のような顔になる。愛嬌がある癖に、実は獰猛な牙を隠し持っている。今日はただ楽しむために戦ったに過ぎなかったのだ。そして、楽しむには充分過ぎる程の敵であった。

 

 騎馬隊を率いて歩兵の部隊を蹂躙することが好きであった。誰にも止めることは出来なかった。何とも言えない爽快感があった。まだ西涼にいた頃はそういう戦いの方が多かったのだ。相手は精々賊徒しかいなかったのだ。その後、反董卓包囲網が布かれたときも、充分に敵陣を駆逐することが出来ていた。

 

 華琳の軍に所属してからも、しばらくはそれが続いたが、周囲を制圧するにつれて、相手の騎馬隊を牽制するという役割が多くなってきた。その最たるものが、翡翠との戦いであった。あのときのことは今でも昨日のことのように憶えていた。自分の用兵術がほとんど効かなかったのだ。何度も部隊を潰走させられそうになった。しかし、それだけは免れようと、必死に戦い続けたのだ。

 

 それからというもの、騎馬隊同士の戦いの方が好きになった。歩兵部隊を蹂躙したときのような爽快感はないが、敵が強ければ強いほど、生きているという実感と満足感があったのだ。そして、翡翠に勝っていないという想いが、霞に強さへの渇望を与え続けていた。

 

 騎馬隊同士の戦いは立合いのようなものだ。気を抜く暇もなければ、油断などしてしまえば、それこそすぐに潰走してしまうだろう。そうなってしまえば、逆転することなど不可能に近い。常に駆け続ける必要があるため、小手先の策なども通じない。

 

「霞と一緒になってから、この戦いがまるで生き物のように思えてきました。それはこれまでの私には無理なことだったでしょうね。頭で考えることしかしなかったのですから」

 

「その感想は?」

 

「うーん、何て言うのでしょうか。上手く口に出来ないのですが、私は非常に面白い立ち位置にいると思うのですよ。純粋な軍師でもないし、将ですらない。部隊を率いることは出来ますが、武器を持つことは出来ないのですから。そんなこと生まれて初めてで、戸惑うこともありますが、決して嫌ではありません」

 

「くくく……そか。稟もうちに近うなってきたのかもしれへんな。そのうち、うちのように神速の郭嘉なんて呼ばれるかもしれへんで?」

 

「ふふふ……それはそれで面白そうです。風に自慢出来る」

 

 まだ笑い合う余裕はあった。しかし、明日からはそうはいかないだろう。今日のようにゆっくりと眠る暇があるかどうかも分からないのだ。夜通しで駆け続けて、敵と交戦し続けることもあり得るのだ。霞にとっては、それは楽しみに他ならずとも、兵士たちには辛い思いをさせるのだろう。

 

「楽しみやでぇ……。ほんまに」

 

 稟と別れて、自分の幕営で横になっても、霞は眠れそうになかった。

 

 

 翌日。

 

 白蓮は幕営を片付けさせ、早々に出立した。そこからは翠とは別行動になる。昨日と同様に敵の位置を補足し続け、時には敵の本隊に奇襲の構えを見せる。そうすると、敵が動き出して位置を知ることが出来るのだ。動かなければ、本当に奇襲を仕掛けても良い。少しでも敵を揺さぶることだった。

 

 逆に敵の奇襲には細心の警戒をする。こっちの先鋒は麗羽であるのだ。親友である彼女の邪魔をさせるわけには決していかないのだ。それを許してしまえば、あの遊撃隊のことだ、先鋒を崩すどころか、本隊まで食い込みかねない。それだけは避けるべき事態であった。

 

 しかし、不思議とその構えは見せない。まるで自分との戦いに集中しているかのようだった。午前中の内は相当の警戒を見せていた白蓮であったが、日が中点に昇る頃には、そちらの方を下げて、敵の補足に回したのだ。それに異議を唱える将校がいたが、白蓮はその心配はないと思っていた。

 

 楽しんでいるのだ。自分との、翠との戦いを。

 

 霞という人物の人格については、これまで報告としてでしか知ることはなかった。しかし、昨日斬り合った。それで分かった。彼女には誇りとか志とか、そういう類のものがあまりないのである。戦いの中でしか生きることの出来ない武人なのだ。その辺は、益州でいえば、同じ一騎当千の武人である愛紗などとは大きな違いである。

 

 白蓮の中に武人には二つの種類があった。誇りを重んじ、誰かのために矛を振るう者と、快楽を求め、己のために矛を振るう者である。白蓮から見て、霞は明らかに後者である。そのどちらが悪いというわけではない。生き方の問題なのだ。雪蓮などもどちらかと言うと、後者の方に思われるが、彼女は王として江東を総べている。

 

 そして、霞が後者であるのなら、わざわざ兵士を割いて本隊への奇襲を気にする必要はない。ただ霞が自分か翠の首を求めて動き出すのをじっと見つめれば良いのだ。自分たちと霞、そのどちらかの首が討ち取られたとき、遊撃隊の戦いは終わりを迎えるのだ。

 

 その後、斥候より報告が来た。

 

「これは……本当か?」

 

「間違いありません。自分を含めて何人もの兵が確認しております」

 

「そうか。下がっていいぞ」

 

 斥候からの報告は、霞の遊撃隊一万騎が固まって平原に布陣したというものである。周囲からも見通せる場所を選んでいるらしく、おそらくは翠の部隊にも知らせはいっているであろう。

 

 ――罠か……。

 

 その可能性を考慮し、白蓮は一度詠に伝令を送るかどうか考えた。敵の遊撃隊の本当の恐ろしさは、斥候よりも素早く移動することが出来る機動力である。それはこちらも変わりないが、だからこそ、昨日はお互いがお互いを補足し合う戦いになったのだ。だが、これでは襲って来いと言っているようなものだった。

 

 いや、実際にそう言っているのだろう。

 

「……生来の戦好きか。だが、乗らずにはいられまい」

 

 白蓮は決断し、霞の遊撃隊が布陣する平原へと進軍を開始した。

 

 ほどなく、そこへ到着し、近くの小高い丘の上へこちらも布陣する。そこから別の丘に翠の黒騎兵も布陣しているのが見えた。お互いに霞の遊撃隊に逆落としの構えを見せることが出来るのだ。敵からすれば、勢いの止まらない騎馬隊を両面に抱えることになる。

 

 白蓮は上級将校を集めて、彼らの意見を訊いた。やはり誰もがここは一気呵成に攻め立てるべきであると主張している。ただ前へ出ることしか考えない者はいない。白蓮が総合的に兵を指揮する能力があると判断した者だけなのだ。その彼らですら、突撃をすべきだと言っている。

 

「翠はどう動くかな?」

 

「おそらくは突撃かと。馬岱様、鳳徳様、共にそう判断すると思います」

 

 翠ならば確実に突撃だろう。蒲公英と向日葵は戦の機を見計らう目は持っている。彼女たちもそう判断すると、白蓮は確信していた。だが、敵の動きが予測出来ないことに不審を感じているのは、自分だけであった。

 

「よし、私たちも突撃する。丘の中腹に届くまでは敵の様子を見て、それでも動きがなかったら、そのまま敵陣へと斬り込む。先頭は私が受け持つ。私の身に何かがあれば、お前が指揮を受け継ぐのだ」

 

 白蓮は一人の上級将校の目を見て言った。

 

「将軍、そのようなことは……っ!」

 

「戦だ。死ぬこともある。私がいなくなったら、部隊を保てないなどという醜態を晒すわけにはいかんだろう」

 

「し、しかし……」

 

「我らは益州が誇る白騎兵だ。我らの恥は北郷の恥と同じと思え。それに私もそう簡単に死ぬ気はない。そうなるときは、張遼と相討ちくらいのことはしないと、北郷に白騎兵の指揮を任せてくれた恩義を返せんからな」

 

「分かりました。私以下、数名まで指揮の受け継ぎの順序を決めておきます」

 

「頼んだぞ」

 

 その上級将校はまだ年若く、白蓮が白騎兵を創設した当初は、単なる兵卒に過ぎなかった。平凡な兵士として周囲に知られることはなかった。地味で非凡なところはないが、堅実な指揮をし、そして、何よりも兵を率いるということの何たるかを知っていたのだ。そのままの立場であっても、いずれは下級将校程度ならなれただろう。しかし、白蓮はいきなり自分の補佐官という任務を与え、頭角を現してからは上級将校に引き上げたのだ。それからは他の者にも認められていた。

 

 白蓮の人を見る目は他の者とは違っていた。翠などは元から翠についてきた西涼の兵士たちを除くと、やはり力の強い者を好んでいた。それでも蒲公英や向日葵の推薦を受けて、様々な人材が将校として揃っているのだが、どこか荒々しさの目立つ者が多いのだ。そういう者が多いからなのか、黒騎兵は機敏で力強い動きが得意であり、調練の中で兵士たちが死ぬことも度々あった。

 

 一方で白蓮の部隊の将校たちは、傍から見たら単なる兵卒にしか見えない者までいる。他の部隊で、その者の同期だった者は、どうしてあんな奴が将校になれるのだ、などと露骨に不満を述べる者もいるのだ。しかし、凡庸そうでありながら、決断力はあるのだ。寧ろ、普段から強気な人間ほど、いざとなると決断が出来ない者が多いと白蓮は思っていた。

 

 自分の部隊では調練の中で死ぬものは多くない。限界まで戦う者が戦場で生き残るが、調練でその限界を超えると死ぬ。調練では常にその限界を超えさせることはない。兵士たちの限界を知っているのだ。そして、兵士たちも自分の限界がどこかということを知る。己を知るということが大切なのだと思っていた。

 

「行くぞ。中腹までの間はどんな動きもとれるように準備しておけ。私の合図で一目散に敵の本陣へ向かう。雑兵は見るな。ただ張遼一人の首を挙げれば、私たちの勝利だ」

 

 応、と小さく返事が聞こえた。

 

 白蓮が動き出すのと同時に、翠の率いる黒騎兵も動き始めた。特に動きを合わせる打ち合わせをしていたわけではない。お互いに今が機だと感じているのだろう。しかし、やはり白蓮にはどこかおかしさを感じさせた。

 

 部隊を縦列に並べて、丘を駆け下った。自分たちが動き出しているのを、霞のところからでも充分に見ることが出来るだろう。まだ、それでも相手の動きは見えない。中腹に届く直前、敵のどんな小さな動きでも見逃さないようにしっかりと眺めた。翠の方は、最初から突っ込むことを決めているのだろう。自分たちよりも早く敵陣に届きそうだ。敵の方は、動きはない。

 

 ――ならば、ここが勝負どころだっ!

 

 白蓮は剣を抜いて振り下ろした。

 

 それが突撃の合図なのだ。

 

 中腹を越えた瞬間に、白蓮は己の愛馬の腹を腿で締め付ける。それだけで気持ちを通じ合えるのだ。部下も同様だ。勢いをつけるには充分の距離がある。何事もなければ、このまま翠の部隊と共に敵の中枢を揺るがすことが出来るだろう。衝撃を和らげることの出来るような攻め方ではない。

 

 いけるか、と思ったときだった。

 

「…………っ!!?」

 

 ぞくりと背筋に寒いものが走った。しかし敵にはまだ動きのようなものはない。騎馬隊を率いていた経験が警鐘を鳴らしているのだ。烏桓族との激闘の中で、その経験は何度かあった。背後からの奇襲、本陣への急襲、はたまた戻るべき自分の城への襲撃など、それを感じ取ることが出来たのだ。

 

 ――敵に別働隊はいない。奇襲などあり得ない。

 

 自分に言い聞かせる。何度か単なる勘違いということがなかったわけではない。別の者から心配性すぎるのだ、と笑われたこともあった。だが、今回がどちらかなのかは分からない。敵は動いてすらいないのだ。

 

 迷わない。突っ込む。

 

 そう決断し、一気に敵陣へと斬り込んだ。

 

 しかし、そう思ったときに、白蓮の目の前にいたはずの敵の姿が見えなくなっていたのだ。

 

あとがき

 

 第百二話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 今回は早めに書き終わりました。初回の支援数もまずまずというところ。今のところ、モチベーション先生は機嫌が良いようです。

 

 さて、まずは前回の続きから翠目線で描きました。翠と白蓮のペアは珍しいものではないかと思います。原作でもそこまで絡みあったとは記憶しておりません。萌将伝では何度かありましたが、戦絡みはなかったのではないでしょうか。

 

 もうご存知だとは思いますが、本作の白蓮は強いです。思わず白蓮さんと呼びたくなります。だれも影が薄いとか言ったりしません。そのため、翠は白蓮に敬意を払っているのです。寧ろ、翠の方が母親のこともあり、やや未熟に描いてもいます。彼女の成長というところにも焦点を当てたいなと思いますね。

 

 そんなところで、我らが詠ちゃんの戦の分析。どうやら敵には何か裏がありそうなことを言い、次の霞の視点でそのネタ晴らし。何と、この戦いには稟が参加しているではありませんか。いきなりのことで、驚いている方も多いとは思いますが、これまでの話で、稟もまた春蘭や霞などと同様に、翡翠との戦いで何か感じ取ることがあったことが説明されています。めちゃくちゃ小さくですが。

 

 そんな稟は霞からの地獄のような訓練を課され、見事に遊撃隊と共に行軍出来るまでに馬を乗りこなすことが出来るようになったのです。普通であれば、不可能のようなことも、稟の異常な執念を可能にさせたのでしょう。

 

 さてさて、そして、話は翌日に移り、再び戦へと向かいます。

 

 霞は平原にて陣形を布きました。それは遊撃隊の戦いではあまりセオリーに則ったものではないそうで、白蓮は怪しみますが、それを裏付けるものは何もありません。誰もが突撃を主張し、止む無くそれを受け入れた形で進撃します。

 

 その中で白蓮のまた別の一面も見ることになったでしょう。その辺は全てオリジナルですので、演義の公孫賛がどうのなど、原作と違うなどといった批判は控えて頂けると幸いです。飽く迄も作者から見た、将として優れている白蓮さんの姿ですから。

 

 さてさてさて、そんなこんなで突撃を白蓮の目に映っていた敵兵が姿を消しました。それは何を意味しているのでしょうか。白蓮と翠、二人の類稀なる騎馬隊の指揮官は、曹操軍最強の騎馬隊を率いる霞に勝てるのでしょうか。そして、その中で何かを見出した稟はどのように動くのか。

 

 このままのペースで書き続けられれば、今月中には遊撃隊編も終わらせることが出来るでしょうね。年内に終わらせるとかはもう言いません。たぶん無理ですから(笑)決戦が終了してからの展開を考えると、胃が痛くなりますが、それを考えてしまったのですから仕方がない。終端まで書き続けられるように、モチベーション先生のご機嫌をとっていきます。

 

 では、今回もこの辺で筆を置かせて頂きたいと思います。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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