No.496703

紅楼夢8お疲れ様でした&新刊委託のお知らせ

FALSEさん

 紅楼夢8お疲れ様でした。遠征ではありましたがまったり楽しんでました。
 新刊「深読ノベリスト ~小説家さとりと素敵な取材者達~」ですが、少部数ながら虎の穴様で委託していただけることになりました。小説は http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/07/98/040030079828.html ちょこっとプレビューできます。
 地底の読心裁判 http://a-field.info/titei/ にも持っていくつもりですので、川崎が近い方はそちらもご利用いただけるかと思います。

2012-10-16 00:32:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:688   閲覧ユーザー数:680

 

 

 一

 

 溶岩熱で温め直した芋を一本手に取って、皿の上に取り分ける。さとりはその皿を大皿とを分けて、メッセージカードを一枚添えた。

 

「事故の内容は概ね理解しました。有り難う、お燐。どうやらお空が原因ではなさそうですね」

「当然です。動力とは関係のない所で、勝手に縄が切れたんですから。それまでお空の所為にされたら、たまったもんじゃない」

 

 燐の目の前で、大皿に盛られた一本を手に取る。慎重に赤紫色をした薄皮を手でこそげ落としながら、彼女の心を読んだ。

 

「それで、縄が切れた原因は分かりそうなのかしら」

「竹林の薬師のところに持ち込まれたみたいですが、きちんと解析できるかは微妙だそうです」

 

 黄色い芋の身を小さく千切り、口に運ぶ。澱粉がよく分解されて、まるで砂糖のようだ。秋の神々の神通力もさることながら、石焼きでじっくりと加熱された薩摩芋はここまでも美味になるのか。

 

「まあ縄を切ったものの正体については、しばらく置いておきましょう。まずは事故に関係している者、関係しているかもしれない者を挙げてみましょうか。お燐、もう一度秋神様から聞いた話を思い出して。あの場には誰がいて、誰がいなかったのかしら」

 

 芋を傍らへ追いやって、羽ペンと羊皮紙を持つ。地霊殿の主人としては少々マナーの悪い行動だが、ここではごく普通である。燐も無論承知していた。今回も、始まったのだ。さとりは自らの思案を整理するべく、メモをふんだんに使う。

 

「いない者まで挙げていく必要があるのかって? そうね、言い換えましょうか。妖怪の山の住人で、縄に触れることのできる全員を挙げるのです」

「あたいの知る限りでは限度がありますね、それは」

「そうね、まずは分かりやすく出席者の方から整理してみましょうか。会場にいたのは山の神様の八坂神奈子と、事故で怪我をした東風谷早苗。技術者の河城にとりと、その他の河童達。この美味しい焼き芋の屋台を出していた、秋静葉と穣子。取材に来ていた射命丸文。そして、白狼天狗が数人ね。残るは試運転を見物に来た客がいるけれども、これは山に関係のない妖怪や大した力を持たない人間達だから事故の元凶からは除外できるでしょう」

 

 羊皮紙に縦の線を一本引いて二分割。その左側に、神奈子、早苗、にとりなどの名前が並ぶ。

 

「それ以外はみんながみんな、会場にいなかった者、てことになりませんかね?」

「そういうこと。山の神の中では守矢諏訪子がそうなります。そして、会場にいなかった白狼天狗全てを山神様は疑っているということになるのかしら」

 

 右側に、諏訪子と椛の名前を記す。

 

「その中でも、最近姿の見えない犬走椛が怪しいと」

「ブン屋がそう言っていたってだけですよ。所詮はゴシップ記者の言うことですから、話半分に聞いておいた方が無難かと……まあ、今のところは白狼天狗が一番怪しいことに変わりありませんがね」

「あなたは、どうしてそう思うのかしら?」

 

 不意に、そんな疑問が湧いた。燐の困惑が第三の眼に伝わってくる。

 

「え、いや。動機は十分あるし無駄に挑発してるし、怪しい動きをしている奴だっているじゃないですか。試運転を警備しに来た連中を囮にして、犬走が縄を切ったとしか思えないんですが」

「それも、新聞記者が言っていたことじゃない?」

「それは……」

 

 口ごもる燐を他所に、米神を突ついて自身の脳に活性を促した。

 

「新聞記者は思想や信条に応じて、情報を都合よく編集するものです。無自覚の撹乱役と言ってもいいかもしれないくらいのね」

 

 おもむろに、傍に取り分けた焼き芋に目が行った。包装の紙を引き剥がし、開いてみる。

 古新聞が使われていた。タイトルは文々。新聞《ぶんぶんまるしんぶん》。文が個人で発行する新聞の名前だ。

 

「増してこの新聞の書き手は、より面白い方向へと記事を膨らませようと憶測を交ぜる傾向があります。話半分で聞くのが吉だと思いますよ」

「んー、じゃあ逆に聞きますけど」

「あらあら、白狼天狗が犯人じゃないという証拠はどこにあるのか、ですって? そういうのはねお燐、悪魔の証明っていうのですよ」

 

 むくれっ面を作る燐を眺め、くすくすと笑う。

 

「でもまあ、白狼天狗を犯人と決めつけるには少しおかしいと思えるところはあるかしらね」

「何です、それは……」

 

 手にした新聞紙を、空中にはためかせる。

 

「まさにブン屋が意図してか故意か、一つの情報を無視して結論を見出そうとしています。白狼天狗の犬走椛が怪しいとするなら、彼女は今何を調査しているのだと思います?」

「え……あれれ?」

 

 燐の困惑が、いやというほど伝わってくる。そう、椛の任務が「架空索道試運転の妨害」であるとするなら。試運転が中止してから今現在まで「調査」に身をやつしている必要などない筈なのだ。

 

「方便とか……ですかね?」

「犬走椛の話を聞く限りでは、白狼天狗達がそんな無意味なミッションで彼女を引きずり回す可能性が限りなく低いでしょう。事故の後も架空索道以外の何かを探していた、と考えるのが妥当かしら」

「何を探して……事故と関係あるんですかね」

 

 首を傾げ、肩も竦めて見せる。

 

「さすがにそこまでは。事故との関係も不明ですね。ここからじゃ、彼女の心を読むこともできないし」

 

 じっとりとした燐の双眸が、さとりを見つめる。

 心を読むまでもなく、こんな顔をする時の彼女の言わんとすることは痛いほど理解している。

 

 ――地霊殿に篭んないで、さとり様が山に行って心を読んで来れば、事故の原因から何から丸わかりじゃないですかい?

 

「いやですよ、それは」

「何でです。それが一番話が早いじゃないですか」

 

 この問答は、一度で終わった話ではない。

 建前で繕うのが無駄だと分かっているので、燐も容赦なく何度も聞いてくるからだ。

 今のところ、回答が変わる予定はない。

 これからもそうであり続けるのか、まださとりにも分からないけれども。

 

「裏表のある連中の心を読むのはうんざりですよ。外に出るだけでも、異変みたく騒ぎ立てられるし。館に篭ってペット達の心を読んでいるだけの方が、私も外の連中も幸せでいられます」

「そうは言いますけどもね。またお空の時みたく、都合よくペットだけ借りようとする連中が現れてもおかしかないでしょうに。山の神社に怒鳴り込んでいかないのが、あたいは未だに不思議ですよ」

「……いやな事件でしたね、あれは」

 

 燐が言う通り、自身が山に出向いて読心の能力を駆使して事件を収拾すれば、神奈子に一泡吹かせて天狗達に恩を売れるかもしれないが。

 問題はその後だ。サトリを恐れる人間が、妖怪が、外界に出てきた彼女に対して何をしでかすか。

 

 

 ――ザッ

 

 

 異様な摩擦音を生じながら、思考にノイズが入り込んでくる。また、これだ。勘弁して貰いたい。

 外に出てはどうか。そんな念に対して乗り込んで来てはさとりを苛む、フラッシュバックの一部分。

 昼なお暗い部屋。

 力なくベッドを見下ろす自分。

 布団の上に横たわり、死んだように眠る少女の姿。

 思えば、あれが最後の――

 

「さとり様?」

 

 幻視された悪夢から彼女を救い出したのは、燐の呼びかけだった。我に返り、状況を再整理する。

 

「とにかく、外に出るのは奥の手にしたいわ」

「困ったもんですね。ま、さとり様の頼みとあれば、あたいら聞かんわけには行きませんから」

「悪いわね。それで、話はどこまで行ったかしら? 白狼天狗が犯人に思えない理由は、犬走椛のことだけではありません。縄の切れ端です」

 

 燐もまた話を思い出すべく、天井を見上げる。

 

「ええ、架空索道の縄をどう切ったって話ですよね。何か薬品のようなもので脆くしたんじゃないかと」

「おかしな点はそこです。無骨な白狼天狗と薬品というのが、どうしても結びつかなくて。それにお燐、あなたは薬の匂いを嗅いだのでしょう? もう一度その匂いを思い出して貰えるかしら?」

 

 戸惑いながら、かつての「餌として寄越されても絶対に口に入れたくない感じ」を想起する。

 

「……猫の嗅覚は、特に食べ物の嗅ぎ分けに長じています。生存本能として、安全なもの危険なものを嗅ぎ分ける能力が備わっているのです。病気で鼻が利かなくなると、食事ができなくなるくらいにね。あなたが嗅いだ薬品は、恐らく毒の類いでしょう。その毒には、縄を切るほど強さがあったのかしら」

「だけど、理由なく毒を塗ったとも思えませんよ。切れないにしても縄を脆くする何かがあったんじゃ」

「縄を切れやすくしたいのならば、刃物で切れ目を入れた方が手っ取り早いのではないかしら? 白狼天狗は剣の扱いに長けているというのに」

「あ……」

 

 矛盾に気がついた。

 

「分かるでしょう? 白狼天狗を犯人にするには、苦しい点が多過ぎます。となると実際は、誰が縄に仕掛けを施したのでしょうね。試運転に立ち会ったのは、さっき挙げたので全員かしら」

「その筈ですが、あたいも伝聞ですからねえ。白狼天狗以外だと山神は実際の被害者だし、河童は架空索道を動かしたりしていたでしょうしね。烏天狗は取材だし、秋神は……百足を追っ払うのに、精一杯だったと言ってましたかねぇ」

「百足、ですって?」

 

 聞き返す。どうしてだろうか、自身の直感がその単語から何かの引っかかりを感じ取った。

 

「ええ、売り物の芋を食い荒らして大変だったとか。お陰で肝心なとこは、見てなかったらしいですよ」

「そう……」

 

 羽ペンが一瞬、羊皮紙に向かう。それらの事象を書き留めるべきかどうか、迷っていたところで目に入ってきたものがある。

 大皿の片隅に取り分けてあった焼き芋が、いつの間にか消え失せていた。代わりに置かれていたのは、薄桃色の封書が一通。

 さとりの顔が、輝いた。文字通りの意味で。

 例えるならば、遠くに離れて会うことのできない恋人からの手紙を受け取った時の初心な娘のように。

 

「こいしからだわ。戻ってきたのね」

 

 喜び勇んで封を切り、手紙の内容に目を通す。

 

「なるほど山神に会ってきたのですね。白狼天狗が事故を起こしたと決めつけていると。それから……あらあら、大天狗の話も聞いてきたの。さすがね」

 顔を綻ばせながらこいしからの報告を読み進め、木の葉の大天狗の言い分に対しては慎重に再読した。

 

「随分と、詭弁的な言い草ですね。まるで、山神に対する敬意を蔑ろにしているようだわ」

「自分達が犯人だって証拠なんざ挙げられないと、食ってかかってんですかね」

「いいえ」

 

 再び羽ペンを手に取り、白狼天狗から神奈子へと矢印を引く。そして今引いた矢印に名前をつけた。

 「不遜」と。

 

「むしろ自分達が犯人じゃないからこそ煽っているようにも見えます。犯人の見当がついているのかもしれませんね。実際は本当の犯人から、山神の目を逸らそうとしてるんじゃないかしら」

 

 燐が大きく目を見開いた。彼女の心はよく分かる。不可解。この報告だけでどこをどのように穿ったら、そのような結論が導き出されるのか。

 無論、さとりとて根拠もなく白狼天狗達の考えを推し量っているわけではない。天狗に関する知識、そして他者の統計的思考から導き出された結果だ。

 

「白狼天狗は天狗達の中でも、輪をかけて保守的な連中です。都度改革を試みる山神といがみ合うのも、大体こいつらですし。ただし、山の神も一応は山の妖怪の信仰対象になっています。そんな神に対して、天罰も恐れず不遜であり続けられる理由は一つしか考えられません」

 

 白狼天狗からもう一本矢印を引き始め、羊皮紙の上部余白に伸ばす。終点に大きな丸を一つ。そこへ新たに書き込まれた文字は「信仰存在」だった。

 

「彼らは山の神に代わる大きな後ろ盾を手に入れた。あるいは、手に入れようとしているのですよ」

「……話デカ過ぎませんか、それ」

 

 突拍子もない発想だと思っている。だがさとりはその突拍子もない存在を朧げに感じていた。

 

「相手はどんな奴かしらね。天魔に取り入った? それなら天狗全体が山神の敵に回ってもおかしくはないですか。烏天狗の面白がっている様子を見れば違うことは火を見るより明らか。いずれにせよもう少し、情報収集を続ける必要はあるかしらね」

 

 天狗の大首領の名前まで挙げてスケールを広げるさとりに燐は動揺を隠せない。そういう誇大妄想は、ご自分の小説でやったらどうですか、と。

 

「あら、事実は小説よりも奇なりと言うでしょう? 悪いけど明日も時間が空いていたら、少し調べ物してきてくれるかしら。差し当たっては、縄に付着していた毒物が何なのか分かったら教えて下さいな。後はもう少し試運転に立ち会っていた神様がいたか調べておいて……あら、あらあら?」

 

 手紙の末尾を読み終えたところで、とんでもないことが追記されていたのに初めて気がついた。

 

「……お燐。あながち誇大妄想でもなさそうですよ」

「へ?」

 

 彼女を手招きする。机に身を寄せたお燐に、その記述を指し示してやる。燐がはっきり表情を歪めた。

 ……正直こいしの筆跡は読みやすいものではない。ミミズが群れをなした様子だ、と説明したって誰も疑問を抱かないレベルの。

 

「これを解読するさとり様どんだけ妹バカですか、とか考えないの。通訳が必要かしら?」

「いや、まあ何とか。お空の字とどっこいどっこいですし読めないことは……え?」

 

 燐が硬直する。

 

 ――いやいや、山だし。偶然の一致ってことも。

 

「そう、思うでしょう? あの山に限っては、あり得ない事故なのですよ、これは」

 

 あの山には風と大地を操る神がいる。その妖怪の山で、あってはならない事象が起きている。

 麓から見えるほど、大きい地滑りなどと。

 


 
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