No.486718

本日、お稲荷日和。~ひめごとっ 前編~

真夜中、たまたまトイレに行こうと起きた蓉子が怪しい人影を目撃して……?   前回のおはなしはコチラ http://www.tinami.com/view/403678

2012-09-21 04:29:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:604   閲覧ユーザー数:601

あたり一面、黒に塗りつぶされた裏山からホウホウと梟の声が微かに聞こえてくる。

 

 

その声に誘われるように人影がお稲荷神社のクソ狭い境内を社殿に向かってゆるりと歩んでゆく。

 

 

ただ今の時刻、AM 00:00。

 

ちょうど日付が変わったとこ。

 

 

たまたまトイレに起きた蓉子が、窓からその様子をしばらくぼんやりと眺めて――自分のお部屋に戻っていった。

 

 

布団にもぞもぞと包まると、寝ぼけた蓉子の脳みそに今更ながらひとつの疑問が浮かぶ。

 

 

「あの人影って・・・・・・なに?」

 

 

 

 

中庭を臨む廊下を歩く人影があった。

 

窓ガラス越しの月明かりを浴びて金糸のような長い髪が煌めく。

 

 

身に纏う純白の衣とこんがり揚がったエビフライを連想させる尻尾を白いやわらかな光が、闇の底から浮かび上がらせた。

 

 

袖から伸びる白い両手には茶櫃(ちゃびつ)。

 

その足は社殿へと向かっていた。

 

 

やがて社殿に着くと戸の前に膝を着き、茶櫃を置く。

 

 

手を伸ばした戸の隙間からは明かりが漏れていた。

 

 

静かに戸を滑らせ、開ける。

 

 

社殿のなかには先客が――

座布団に正座する若い男の姿があった。

 

 

「あ、あの……」

 

 

目の前の人物が戸を閉め終えて向き直るのを待って男は声をかけた。

 

 

「まあまあ、夜も長いことですし、まずは御茶など召し上がりなさいな」

 

 

緊張でガッチガチの若者に手早くお茶を注いだ湯飲みを渡す。

 

 

「あ、ありがとうございます、橘音さん」

 

 

 

 

その頃、蓉子はといえば箒(ほうき)を手に巡回なう。

 

 

例の人影は気のせいと思いつつ、やっぱり気になっていた。

 

 

よくよく考えれば、現代は賽銭泥棒が跳梁跋扈するDQN時代。

 

いくら寂れてよーがちっちゃかろーが賽銭箱を設置していることには代わりがないのだ。

 

 

「とゆーことは泥棒が狙っててもおかしくない訳で・・・・・・」

 

 

なにより問題なのは、お稲荷神社の賽銭箱はスッカラカンという事実が泥棒には知りえないトップシークレットなこと。

 

 

「人気(ひとけ)もないし、これは泥棒も狙い目だわ」

 

 

箒を握り締め、妄想を爆発させる蓉子。

 

その視界に灯った明かりが漏れる社殿が入ってくる。

 

 

「マジで泥棒じゃん!」

 

 

止せばいいのに、箒を振り上げた蓉子が社に突撃して行った――――

 

 

 

 

正面に正座する橘音に見惚れていた若者が、ふと我に返って受け取った湯飲みに口をつけた。

 

 

緊張をお茶といっしょに飲み干そうとして……。

 

 

「がふ!」

 

 

盛大にむせた。

 

 

「これ、ぬるっとして辛くて酸っぱいんですけど!?」

 

 

「だってそれ、唐辛子梅昆布茶ですもの」

 

 

口元を隠しながらクスクス笑う橘音。

 

 

なんてゲテモノをと顔をしかめる若者。

 

 

「なんていうか、話に聞くとおりの悪戯好きなんですね」

 

 

「さあ、どうでしょう?」

 

 

妖艶に微笑んで橘音が若者に背を向けた。

 

 

橘音のふさふさの尻尾が若者の目の前でゆらゆら。

 

 

「さて、緊張もほぐれた様ですし用事を済ませましょうか」

 

 

「あ・・・、はい。そうですね」

 

 

若者が恐る恐る尻尾に手を伸ばす。

 

 

「ふふ、お手柔らかにお願いしますね」

 

 

妙に艶っぽい橘音の声に若者の顔が赤くなる。

 

 

若者の手が橘音の尻尾に触れようとしたまさにそのとき――

 

 

「あんたらいったい何をしとるかぁ!?」

 

 

箒をブンブン振り回す蓉子が乱入してきた。

 

 

 

 

「いやぁ、はははは・・・・・・」

 

 

橘音の尻尾をブラッシングをしながら若者――桐山 将義が笑う。

 

 

「ううう・・・・・・」

 

 

「ほんとにもう、蓉子ちゃんったら勘違いしちゃって」

 

 

その真ん前で恥かしさで涙目の蓉子の頭を橘音が撫でていた。

 

 

「それにしても桐山さん、なんでこんな時間にブラッシングを?」

 

 

それは当然の疑問。

 

別に深夜にやることじゃないだろ。

 

 

「いや、こんな時間になったのは単純に僕の仕事が終わるのが遅かったからでね」

 

 

ラバーブラシにこんもり溜まった橘音の抜け毛を丁寧にビニール袋に入れる桐山。

 

 

「それにブラッシングっていうか、僕は橘音さんの毛を貰いに来たんだよ」

 

 

「毛?」

 

 

蓉子が首をかしげた。

 

 

「筆やキーホルダーなんかの材料にするみたいよん?」

 

 

橘音が蓉子の頬っぺたを突きながら言った。

 

 

「橘音さんの毛ってこのあたりに伝わる昔話では、金月毛って呼ばれてるんですよ。これが結構な高値が付くんで毎年、毛が生え変わる時期にこうして貰いに来てるんです」

 

 

「へぇ・・・・・・」

 

 

いまいちよくわかってない蓉子。

 

 

「って、昔話!?おばーちゃん、過去に何をやらかしたの!」

 

 

「懐かしいわー、あの頃はホントに大変だったわー」

 

 

ワンテンポ遅れて驚く蓉子、わざとらしく遠い目をして昔を懐かしむ橘音。

 

 

「いや、どっちかっていうとウチの先祖と橘音さんに振り回された当時の町人の方が大変だったんじゃ・・・・・・」

 

 

そんな橘音にツッコミを炸裂させる桐山。

 

 

「ちょっ、桐山さんちっていったい・・・・・・!?」

 

 

話に付いてゆけず、ただただ愕然とする蓉子であった――――


 
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