「暇だ〜」
開口一番に高町家の和室で寝転んで言ったのは、ジノである。どこをどう見ても、貴族には見えない。
「だらしないですよ、ジノさん」
「あんたにだけは言われたくないわ!!」
タンクトップにホットパンツという出で立ちでその豊満な胸を士樹の背中に押しつけていたアインハルトにカレンが突っ込む。
「……それ、暑くないの?」
「薄着のアインハルトとくっつけるならこれぐらいどうってことないよ」
カレンに対し、士樹はものすごく幸せそうに答える。
「暇だな〜」
「そんなに暇ならゲームでもしないか?」
宗介が引き戸を開けて和室に入ってきた。
「知り合いと協力して作ったロシアンルーレットというものだ」
宗介が机の上に長方形の薄い箱を置き、その中身を見せる。
「今回は、饅頭をテーマにした。この中に、1つだけハズレの激辛饅頭が入っている」
「へぇ、面白そうじゃないか」
庭の方から、海東大樹と涼しげなオレンジのワンピースを身につけたイクスがやってきた。
「問題ない。数は、確保してある」
「なら、結構だ」
「よろしくお願いいたします」
イクスと大樹は靴を脱いで、和室の中へと入ってきた。
「まず、俺から行くぜ」
ジノが箱の中にあった饅頭を1つ取った。
「普通に上手い饅頭だな」
「次は、僕が行くよ」
大樹が端の方にあった饅頭を1個取る。
「これは……ミディアムレアのサイコロステーキか。なかなか良い腕をしているね」
「普通、ステーキを饅頭の中に入れないでしょ」
「ロシアンルーレットとは、こういう物だと聞いている」
カレンの突っ込みに宗介は平然と答える。
「3番手、行かせていただきます」
アインハルトが適当に饅頭を1個取る。食べた後、しばらくリアクションを取らずに沈黙していた。
「アインハルト?」
士樹が顔を覗きこむと、アインハルトの顔が上気していた。
「士樹……暑いです」
アインハルトはタンクトップの肩紐に手をかけながら士樹に迫る。
「はい、そこまで」
カレンが素早く首筋に手刀を当て、気絶させる。その後、ロープで柱に縛りつけた。
「なるほど、媚薬も仕込まれているのか」
「宗介が用意したんじゃなかったのか?」
「さっきも言ったと思うが、1人だけで用意したわけじゃないからな。内容を全て把握してるわけじゃない」
「……つまり、この箱はパンドラの箱も同然か」
「ずいぶんと面白そうじゃないか」
「どんどん行こうぜ。何が出るのか楽しみだ」
「では、行かせていただきます」
イクスが饅頭を1つ取って食べた。
「美味しいです!! これ、いちご大福ですね」
イクスの笑顔がカオスに満ちたこの場に清涼な空気をもたらす。
「大樹さん、一緒に食べませんか?」
「別に構わないよ。君が食べたまえ」
いっけん素っ気ないように見えるが、大樹はイクスのことを想っていた。
(なんだかんだ言って、この2人も仲良くなってきたな)
士樹はその微笑ましい光景を笑顔で見ていた。
「次、行くわね」
カレンが饅頭を1つ取って口の中へと放り込む。
「これ、肉まんじゃない。よくこのサイズで出来たわね」
「協力者の自信作だそうだ。味は保障する」
「ずいぶんと手先が器用な人なんだね、その人。って……そろそろ僕の出番か」
士樹が饅頭を1つ取った。
「これ、みたらしが中に入ってるの逆パターンの奴か。こういうの、好きなんだよね」
「あんた、日本に馴染んでいるわね。どこからどう見ても、異世界人には見えないわ」
「そうかな? 特に意識はしてないんだけど」
周りの騒ぎ声が聞こえてきたのかアインハルトがゆっくりと瞼を開いた。
「あれ……? 私は確か……」
「あ、目が覚めたんだ」
「すみません、迷惑をかけてしまって」
「いや、別に構わないよ」
士樹はアインハルトの縄をほどきながらそう答える。汗で服がうっすらと透けているが、それはあえて言わない。
「最後は俺か」
宗介は饅頭を1つ取る。
「俺のはマンゴーか」
「へぇ、庶民はこんな物まで饅頭にしちまうのか。面白いな」
「いや、大多数の人間はまず入れようとすら思わないよ」
ジノの勘違いに士樹はやんわりと突っ込む。
その後もロシアンルーレットは進んでいったが、未だに当たりを引く者がいないまま大多数の饅頭が食されていった。
「けっこう食べたけど、まだ激辛には当たらないか」
「変わり種には事欠いてないけどね」
大樹が横目で右を見ると、泡を吹いて倒れるナイトオブスリーの姿があった。
「あれが、当たりではないのですか?」
「違う」
「では、あれはいったい何だと言うのですか?」
「俺にも分からん」
汗を流しながら用意した張本人はそう答えた。作った本人ですら中身を把握していないという事実に皆は恐怖による冷や汗を流し始めていた。
「これ、大丈夫なの?」
「万能薬にリレイズの呪符は在庫が少ないので少し心許ないです」
士樹とアインハルトが不安そうに口を開く。辺りが沈黙に包まれた。中身が分からないパンドラの箱にどう対処すべきか誰も分からなかったからだ。
「命あっての物種と言う。これは、廃棄すべきだ」
「やむを得ん。無駄死にするわけにはいかんからな」
大樹の進言で宗介が箱に蓋をしようとした時、和室に通じる扉が急に開いた。
「お、饅頭があるのか。ちょうど小腹が空いていたんだ。1つ貰うぞ」
実家に顔を出しにきた高町恭也は残り4つの内1つを士樹達が止める間もなく食べた。瞬間、恭也の顔は真っ赤になった。
「&♀∀¥¶£Σ℃」
声にならない叫びを上げ、恭也はキッチンに走り去っていった。
「どうやら、当たりは恭也さんが食べたようですね」
「大丈夫なんでしょうか、あの人?」
「彼の剣は、人命を守るためにある。悔いはないだろうさ」
恭也を心配するイクスの肩を大樹はポンポンと叩く。かくして、恐怖のロシアンルーレットは終わった。
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[そらのおとしもの~天使と仮面騎士の物語~]
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