No.472066

ハーフソウル 第七話・二人の代行者

創作歴史と創作神話を元にした、ダークファンタジー小説です。武器戦闘をメインにしてあり、魔術はあまり描いていません。男主人公。獣耳少女と男二人で旅をします。今回は両手剣vs打刀の二刀。9121字。

あらすじ・神の箱庭・西アドナ大陸。古の神をその身に内包した少年セアルは、自らが箱庭を破壊するために作られた存在と知り、神の代行者と対立する道を選ぶ。
暴走する神の力に翻弄され、眠り続けるセアルの前に、代行者と名乗る男が現れた……。

2012-08-18 20:58:55 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:335   閲覧ユーザー数:335

一 ・ 王器

 

 朝もやの中、突如現れたマルファスにラストは驚いた。

 それもレンを抱えた上に、彼の王器を持っているのだ。野営地を訪れていたのは確かだった。

 

「全く、大切なものを放っておくなんて、随分危なっかしいマネをするんだね、キミたちは」

 

「アンタ……。何しに来た」

 

「何しに来ただなんて、心外だなあ。獣人族の幼体には、血月の影響が大きいんだよ。個体差があるけど、暴れ狂うものから、何日も眠り続けるものもいる。経過を看ておいたほうがいい」

 

 レンを木陰にそっと寝かせると、同じく気を失っているセアルへと近づく。

 

「そいつには近づくな」

 

 ラストはマルファスへの不信感をあらわにした。ただでさえ、血月での暴走があった上に、こちらの手助けをする理由も分からないのだ。

 

「別に何もしやしないよ。血月での暴走はあったけど、それをセアル本人が抑えるのを確認できた。それが出来なければ僕が手を下すつもりだったけど、指輪さえはずさなければ、大丈夫だろう」

 

 眠り続けるセアルを見やり、マルファスは黒曜石の剣を拾い上げた。

 

「そういえば、宰相は自分の王器を持参していなかったようだね。あの銀盤さえあれば、あれほどの醜態を晒すことも無かっただろうに。相変わらず保身にだけは長けている」

 

「……アンタ、何が目的なんだ?」

 

 マルファスの不可解な行動に、ラストは直接疑問をぶつけた。敵か味方かわからない者に、気を許すことは出来ない。

 

「僕の目的はふたつある。ひとつは王器を全て集める事。もうひとつは教えられない。誰にでも、人に言えない秘密はあるものだよ」

 

 からかうように言われ、ラストは黙った。 

 

「そもそも王器とか……。代行者ってのは何なんだよ。神話とか伝承の話じゃねえか。今時ガキでも、そんなもの信じてないぜ」

 

「まさに神話の通りさ。人間と精霊人から選ばれた四人が、神に代わって人を監視する代行者となる。そして、それぞれの裁量で王を立てるための王権の証が、四つの王器。皮肉なものだよね。代行者が四人いて、四つも王器が存在するせいで、統一されるまで、争いが絶えなかったんだから」

 

 懐かしい記憶を思い起こすように、マルファスは遠くを見つめる。

 

「だから僕は一人の王に、王器を全て集める事にした。人々を導き治めることの出来る、聡明な王に。ちょうど千年前、旧アレリア王国と旧レニレウス王国から、代行者によって王器が奪われた。その機に乗じて、僕は最後のダルダン王から王器を接収したんだ。そして最後まで王器の残った旧ネリアの王、フラスニエルが統一を果たした」

 

「代行者って奴らは、てめえの事しか考えてないんだな。振り回される連中の事なんか、何も考えてないだろ」

 

「そうだね。その最たる者が宰相と、セアルの肉体に深淵の大帝を召喚した男でもある」

 

 召喚、という言葉にラストは一瞬固まった。

 

「そういや、セアルが別人のようになった時……。召喚者がどうとか、従属がどうとか言ってたな」

 

「従属の印か。宰相が、失われた古代禁術に疎いのが幸いした。あれをやられたら、肉体に深淵の精神を固定されて、永遠にセアルは戻ってこれなかっただろう」

 

 つい先程までの狂った夜を思い出し、ラストはぞっとした。一歩間違えば殺されていた事を思えば、今更ながらに震えが止まらなかった。

 

 平静を装おうと、宰相の近くに落ちていたセアルの片手剣を拾う。くるくると手許で弄びながら、ふとその柄を見た瞬間、ラストの表情がさっと変わった。

 

「この剣……。何故この剣をセアルが持っているんだ。これは帝国の……」

 

「それはセアルの母親のものだよ。彼女の名前と紋章が刻まれている」

 

 動揺するラストとは対照的に、マルファスは淡々と続けた。

 

「セアルもまた、帝国と無縁ではない……。人の運命を弄ぶ代行者もまた、それに操られているのかも知れないね」

二 ・ 目覚め

 

 太陽が天頂を過ぎても、セアルは目覚めなかった。神の依り代となった事で、消耗が激しいのだとマルファスは言う。セアルとレンが眠り続けている間、ラストは一度野営地へ戻り、荷物をまとめて引き払った。痕跡を全て消し、自らの傷の手当てをする。

 

「深淵の力は強力だけど、肉体の生命力と精神力を、ごっそり削り取るんだ。恐らくもう二、三度顕現すれば、セアルの命は尽きてしまうだろう」

 

「……防ぐ方法は無いのか?」

 

 セアルの右手にはめられた指輪をちらりと見やり、マルファスは言った。

 

「非常に難しいね。指輪を身につけている分、侵食を遅らせる事は出来ても、完全に排除するには、本人を殺す以外には無い。……でもそれは、したくないんだろう?」

 

「ガキを殺したがるバカが、どこにいるっていうんだよ」

 

 ラストの憮然とした表情に、マルファスは微笑んだ。

 

「やはり思った通りだ。キミは王器を継ぐに相応しい。フラスニエルのように、誠実な皇帝になれるだろう」

 

「……やめてくれ。オレは皇帝になんかなりたくもないし、統一王と比較されたくもない」

 

 珍しく感情的にラストは言い放った。

 

「やれ天才だ、統一王の再来だと、勝手に祭り上げられるのは嫌なんだよ」

 

「……期待に応えられないのが怖いのかい」

 

 ラストの心中を覗いたかのように、マルファスは続ける。

 

「期待になんて応えなければいい。自分の思うままに、大切なもののために生きればいい。自ら選んで進む自由が、今のキミにはある。帝都へ戻る決心をしたのも、自分の過去と未来に、決着をつけるためなんだろう?」

 

 何もかも失って、抜け殻のように彷徨った十年前を思い出し、ラストは目を伏せた。だが今は、仲間がいる。護るべきものがある。そして帰らなければならない場所も。

 

 ふとラストがセアルへ視線をやると、微かに瞼が動いた気がした。うっすらと眼を開けたセアルの虹彩は、血のような赤から、元の深緑色に戻っている。

 

「……目が覚めたか」

 

 完全に元に戻ったセアルを見て、ラストは安堵のため息をついた。

 

「あれ……。マルファス?」

 

 故郷を出て以来、久しぶりに見る師匠に、セアルは驚く。

 

「お前、コイツ知ってるのか?」

 

「この人は、俺に剣を教えてくれた人だよ」

 

 『数奇な』巡り合わせに、二人は顔を見合わせた。

 

「そうだ、レンは?」

 

「大丈夫、僕がここへ連れてきた」

 

 未だ眠り続けるレンに目をやり、マルファスは応える。

 

「血月の負荷で、しばらくは目が覚めないだろう。命には別状ないから、心配はしなくていい」

 

「セアルが起きた事だし、とりあえずこの場所から離れようぜ。レンを抱えながらでも移動は出来る」

 

 ラストは荷物をまとめながら言う。

 

「それと、この骨の山どうしたらいいんだ? やっぱ埋めた方がいいのか」

 

 宰相だった残骸は、かろうじて人の骨としての形を留め、地面に散らばっている。

 

「放っておいていいよ。どうせ『死なない』んだから。不死人が、再生能力を上回る力で破壊された場合、しばらく『眠りにつく』だけだよ」

 

「しばらく眠り……って、コイツまだ生きてるのかよ……。しぶとすぎるな」

 

「目覚めるのが明日なのか、千年後なのかはわからないけど。代行者ってのはそういう連中なんだよ」

 

 自嘲にも取れる言葉を口にして、マルファスは立ち上がる。

 

 太陽が傾き始める前に、彼らは北部ダルダン領へと移動する事にした。

三 ・ 追撃

 

 東部と北部にまたがる領境の森は、大きな峡谷によって、領地を分けられていた。統一前には、鉱山を巡る諍いが絶えなかったレニレウスとダルダンだが、峡谷に阻まれて、大規模な軍事衝突はさほど起きなかった。

 

 両領地の間には、いくつか橋が架けられている。旅人は主に、公路にある大きな石橋を使うのが通例だった。セアルたちが移動している森にも架橋されてはいたが、木板と綱で造られた吊り橋に近かった。ある程度安定はしているものの、四人並んで渡れるほどの幅しか無い。

 

「暗くなる前に渡らないと、踏み外しそうだな、これ」

 

 レンを背負いながら、ラストは恐る恐る下を覗き込む。遥か下からは轟々と川の流れる音が聞こえるが、その形は杳として知れない。

 

「さっき、宰相がまた甦るって言ってたけどよ……。あいつらってそもそも殺せるのか?」

 

 ラストはふとした疑問を、マルファスへと投げかけた。いくら倒したところで、何度も甦るのでは、埒が明かない。

 

「殺せるよ」

 

 意外にあっさりと答えを返すマルファスに、二人は呆気に取られた。

 

「たったひとつだけ。方法がある」

 

 揺れる吊り橋を気にも留めず、マルファスは続ける。

 

「不死人を倒すには、彼らの『望み』を叶えることだ。連中は強い望みを、その不死性へと変換している。逆に言えば、叶わない望みを持っている代行者は、永遠に倒せないという事になるけど」

 

「望み……」

 

「千年前の最終決戦地となった場所に、アドナの古代神殿遺跡があってね。代行者たちはそこで生まれる。生まれ変わる死の苦痛の中で、生きる力。すなわち強い望みをもって耐えた者だけが、代行者へと変貌するんだ」

 

 誰も知りえない不死人の秘密を、マルファスは事も無げに語った。

 

「だから、宰相を倒すのであれば、彼の望みを叶えるしかない。それが出来るのは、ラストール。キミだけだろう」

 

「え? オレ……? というか、宰相の望みって何だ……。アイツが何をしたいのか、オレにはさっぱりなんだが」

 

「代行者にとって、望みを知られるという事は、弱点をさらけ出しているのと同意義だ。自分で探すしかないね」

 

 他人事のように笑うマルファスに、一同は沈黙した。

 

「血月を一度でも見てしまった者は、一生あれに関わり続ける事になる。血月の夜が来るたびに、代行者に引き合わされるんだから、そのうち嫌でも知るようになるさ」

 

 重苦しい雰囲気の中、しんがりを歩いていたセアルは、何かの気配を感じ振り向いた。吊り橋の東部側に、蒼い衣装の男が見える。

 

「……あいつ!」

 

 その場に荷物を置き、剣を抜いて走り出したセアルに、ラストとマルファスも振り返る。

 

「何だ……? 向こう側に誰かいるな」

 

「代行者だよ。しかも武器の扱いにかけては、随一の使い手だ」

 

「代行者!? 揃いも揃って、こんな時に来なくてもいいだろ……」

 

 その瞬間、足元の吊り橋がぐらりと揺れた。見ると蒼い代行者が、吊り橋の綱を刀で切り落としている。

 

「な、何してるんだあの男! 橋が落ちるだろうが! おいセアル! 戻って来い!」

 

 無造作に置かれた荷物を拾い上げ、ラストは声の限り叫んだ。

 

「とりあえず僕たちは、北側へ行こう。このままでは全員落ちてしまう」

 

 片側の綱を一本切り落とした事で、吊り橋はぐらぐらと大きく揺れた。レンを背負い、荷物を抱えたラストは、必死にバランスをとって、ダルダン側の渡り口へと到達する。

 

「冗談じゃないぜ……。何の恨みがあるって言うんだよ」

 

「恨みはないだろうけど……。彼なりに思うところがあるんじゃないかな」

 

 見るとセアルは黒曜石の剣を構え、男も刀を両手にそれぞれ抜き放っていた。こんな場所でやり合う気なのかと、ラストは頭を抱えた。

四 ・ セアル対ソウ

 

「駒に王器を持たせるなど、エサ以外の何物でもない」

 

 そう言い放った骸骨の言葉を、セアルは頭から払拭する事が出来なかった。マルファスにも問いただそうかとすら思った。

 だが力を求めたのは自分自身であり、深淵の影響があったとは言え、代行者を破壊する事が出来た。それに自らがエサだと言うなら、おのずとイブリスへと辿り着ける確信もあった。

 

 ――エサならエサらしく、引き寄せられる代行者を、全て倒せばいい。

 

 その考えに行き当たり、セアルは覚悟を決めた。その時、振り向き様に目に入ったソウの姿は、彼の迷いを消し去る。

 

「代行者は、全て倒す」

 

 背負った両手剣を抜き放ち、セアルはソウへと向き合った。

 

「……覚悟は決まったか? シェイローエの末裔よ」

 

 白銀に輝く打刀をすらりと抜いて、ソウは吊り橋の綱を切り落とした。橋がぐらりと大きく傾き、背後ではラストの叫びが木霊する。

 

「邪魔が入っては面倒だ。お前の力、見せてもらおう」

 

 その言葉が終わらぬうちに、セアルはソウへと斬りかかった。足場の悪い吊り橋の上では、大きく踏み込めず、刀で軽くいなされる。

 セアルの両手剣に対し相手は二刀だが、足場が悪い条件は同じだと彼は考えた。

 

「そうだ。自分の力でかかって来るがいい」

 

 ソウの言葉は、どこか嬉しそうに聞こえる。

 

「深淵の力は、命そのものを削り取る。お前の精神力がもたなくなるほど顕現すれば、魂は肉体を離れ、戻って来ることも出来なくなるだろう」

 

「……『あれ』に完全に乗っ取られるという事か」

 

「恐らくあと二回が限界。それ以上は、自らの意識を保てまい」

 

 大小の打刀を構えつつ、ソウは続けた。

 

「ヒトとして生きよ。そこにお前の道筋がある」

 

 そう言うと、彼はセアル目掛けて刀を打ち下ろした。小気味良い金属音を、セアルは両手剣で受ける。代行者の力をもってしても、黒曜石の剣は刃こぼれするどころか、斬撃の重さすら伝えない。セアルはそのまま押し戻して間合いを取る。

 

「さすがは王器。だが私はそんなものには頼らぬ」

 

「お前も代行者なら、自分の所有する王器があるはずだ。何故使わない」

 

「あれは私が代行者となる前から、すでに手許に無い。向こうの男が持っている長柄。あれがそうだ」

 

 その言葉にセアルは振り向く。ソウの指し示した長柄は、ラストの持っている、布にくるまれた物だった。

 

「あれが……。『狂』の王器」

 

「長らく帝都の地下廟に眠っていたものだ。『狂』の名にふさわしく、使い手の特性によってその姿を変える代物よ。元は杖だったようだが、フラスニエルは弓として使い、あの男は長柄として使っているようだな」 

 

 大刀を右手に、小柄を左手に構えるソウに、セアルは吊り橋の形状を見た。足元は板張りされているが、欄干にあたる部分は綱によって補強されており、空間としては狭い。

 お互い刃を振り回すには不利であり、二刀のソウはこちらの攻撃を受け止め、小柄で打突を狙って来るだろうと彼は予想した。

 

 どちらかの刀を封じてしまえば、勝機はある。

 

 以前ラストと戦った時にも感じたが、攻撃を受ける側は、その動作に意識が逸れがちだ。

 

 セアルは両手剣の切っ先を相手に向け、自らの目線と同じ位置に構える。刀身の長い両手剣においては、あまりに無防備な構えだ。

 

 次の瞬間、セアルは跳躍した。大刀で斬撃を打ち払おうとしていたソウは、すぐさま小柄で対応する。小柄で突きをいなすつもりが、セアルの狙いに一瞬動揺を見せた。

 

 彼が狙ったのはソウ自身ではなく、刀の柄だった。確実に弾き飛ばすために一点に突進力を集め、突き上げる。隕鉄と鋼鉄を叩き合わせ、極限まで鍛え上げた刀は、その攻撃を正面から受け止めた。 だが衝撃には耐え切れずに、放物線を描いて谷底へと落下していく。

 

 小柄を弾き落とされ、ソウは大刀を両手で構えた。

 

「お前は本当に興味深い。だがここからが本番だ」

 

 柔和な微笑に狂気を乗せ、ソウの双眸が血の色に染まる。その刹那、セアル自身も分からないうちに、左脇腹を斬り裂かれていた。

 

 床板に血が滴り落ち、熱を発する痛みにセアルは片膝をついた。抑えた右手からは、とめどなく血液が流れ出る。

 

「真の『狂』の力、とくと見るが良い」

 

 不気味に笑うソウに、セアルは彼を睨み付けた。

五 ・ 二人の代行者

 

 ただならぬ気配に、マルファスは振り向いた。

 

 セアルとソウが戦っているレニレウス側の吊り橋から、異様な雰囲気が漂って来ている。同属特有の危険な空気が。

 

「まずい……」

 

 懐から掌大の小さな紙片を取り出すと、マルファスは吊り橋へと戻る。

 

「何だ? 何かあったのか」

 

 レンと荷物を降ろして、座り込んでいたラストが訊ねた。

 

「ソウの中の『狂』が覚醒している。平時はソウ自身が抑えているが、戦闘状態が長引いたりすると顔を出す厄介な存在だ。他の三人の代行者とは異なり、『狂』は破壊さえすれば倒せる。だが倒した者に『狂』が乗り移って、新たなる代行者『狂』が生まれるんだ」

 

「……存在自体が罠みたいなヤツだな」

 

「そうだね。『狂』が発動してしまえば、自らが破壊されるか、相手が死ぬかしないと元には戻らない。あれを止められるのは、この場においては僕だけだ」

 

 修羅の場へ向かおうとするマルファスの背に、ラストは声をかけた。

 

「……何でアンタがそこまでするんだ? 代行者ってのは理解できねえな」

 

 その言葉には何も返さず、マルファスはぽつりと呟く。

 

「それが僕の目的であり、『望み』でもあるからだよ」

 

 吊り橋の中ほどまで来ると、マルファスは掌に乗せた紙片に、一言呟いた。それは、人ひとりが乗れそうな大きさのカラスへと変貌し、巨大な翼で彼の頭上へと舞い上がる。

 

「セアルを向こう側へ」

 

 巨大カラスにそう命じると、彼自身は二人へと歩み寄った。彼らの間へと割って入り、ベルトから短剣を抜いてソウへと向き直る。

 

 すでに分別も無く、本能のまま暴走する獣となったソウは、橋ごと破壊しかねない力で、マルファスへと斬りかかった。それを細い短剣で、事も無げに弾き飛ばす。

 

「キミの事だから、何か思うところがあるんだろう」

 

 マルファスは今はもう、意識の支配されたソウへと語りかける。

 

「千年前と『望み』が変わっていないなら、その望みは僕が叶えよう」

 

 なおも斬りかかるソウの攻撃を躱しながら、マルファスは一言何かを発する。その言葉に呼応するように、彼の周囲に青白い狐火が無数に灯る。

 炎は吊り橋の綱という綱に襲い掛かり、瞬く間に橋の全てを嘗め尽くした。燃え盛る炎に退路を断たれ、ソウはその場に立ちすくむ。

 

 炎に巻かれ、轟音を立てながら、吊り橋はゆっくりと崩壊を始めた。

 

「セアル」

 

 呼吸を乱し、苦しそうにうずくまる弟子へと、マルファスは呟く。

 

「いずれ、また会える」

 

 ふと顔を上げたセアルの目に、炎の中、微笑むマルファスの姿が見えた気がした。

 

 次の瞬間、吊り橋は大きく軋んで崩れ落ち、三人は谷底へと墜落してゆく。

 

 セアルが気を失う瞬間、目の前に黒い、巨大なものが見えた。それはふわりと彼を受け止めると、ゆっくり上昇を始めた。

 

 

 

 

 薪の爆ぜる音に目を覚ますと、すでに辺りは暗闇に包まれていた。身を起こすと、セアルの隣にはレンが昏々と眠り続けている。左脇腹の刀傷には手当てが施され、さほど痛みは無いものの、熱はまだ引いていなかった。

 

「出血がひどいんで、勝手にやっておいた」

 

 焚き火の向こう側から、ラストが呟く。

 

「でもオレが看た時には、あらかた出血は収まってたよ。傷の癒着も始まってた。……バケモノなんだな、お前」

 

 ラストのその言葉に、セアルはどきりとした。

 

 本当は、あの血月の夜から一番恐れていた言葉だった。自分自身知らなかった、自分の正体。それを他人が。身近な人が知ったら。

 心臓が早鐘を打ち、恐怖に体が凍りつく。

 

「……俺が怖いか」

 

 うつむき蚊の鳴くような声で、ようやく言葉を搾り出す。本人が一番恐れているのだから、他人が恐れないはずがない。しかもラストは、その『バケモノ』に殺されかかったのだ。

 

 一呼吸置いて、ラストは言葉を返した。

 

「そりゃあ怖いけどよ……。その指輪があれば、当面は平気だとマルファス先生が言ってたぜ。ただ、それだけ傷の回復が早いって事は、お前の命が削られてるんじゃないかとは思う」

 

 セアルは右手にはめられた指輪を見た。この護符と引き換えに、鎖をはずされた事。それを思えば鎖で繋がれる事が、深淵を抑える手段だった事は、想像に難くない。

 

「その指輪、女物で小さすぎるから、無理矢理はめこんどいた。ま、取れないかもしれないが、その方がいいだろ」

 

「……無茶苦茶するなよ……」

 

「それはこっちのセリフだ。勝手に敵につっこみやがって。吊り橋まで落として、どうすんだあれ」

 

 ラストの意外な反応に、セアルは苦笑した。ともすれば涙が出そうだったが、悟られないよう吊り橋の落ちた谷へと顔を向ける。

 

「マルファスは……。ソウと谷底へ落ちたのか」

 

「そのようだな。マルファスが術符で呼び出したカラスが、お前だけ乗せて戻って来たしな」

 

 また会えると、微笑みながら墜落していったマルファスを思い、セアルは目を伏せた。代行者なら、死ぬ事は無いのかも知れない。

 

 だが死なないからといって、自ら他人の死を被る必要は無いのだ。

 

 ふと横を見ると、掌大の紙片が落ちていた。複雑な幾何学図形が描かれた裏には、びっしりと古代文字が書き込まれている。

 

「兄さんが使っているものと、よく似てるな……」

 

 その言葉に、何かを思い出したラストが口を開く。

 

「そういや、お前の兄貴ってどんな人なんだ?」

 

「どんな、と言われても……。自宅に図書室があって、そこにある本は全て網羅している。歴史や符術の研究、医学から薬品調合でも、何でもこなせる人かな」

 

「……青い目に白金の髪で、女みたいなキレイな顔してるけど、怒ると怖いとか……」

 

「容姿はその通りだな」

 

 何でそんな事訊くんだ、と言いかけたセアルにラストは、いやもういいと押し留めた。その後も、ああやっぱり、などと独りでぶつぶつ言っているのが聞こえたが、セアルは無視を決め込んだ。

 

 眠っているレンに目をやると、頬に赤みがさしてきていた。明日の朝には目が覚めるだろうと、セアルはほっとする。

 

 夜空を見上げると、白い月が夜半を示している。そのまま横になると、気を失うように、彼は眠りについた。


 
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