No.471907

家出少女は刑事がお好き

雛咲 悠さん

踊る二次創作小説です。家で少女に振り回される青島刑事が書きたくて書きました(笑)

2012-08-18 13:49:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1814   閲覧ユーザー数:1811

「待てっ! この野郎!」

 

深夜、新木場の町中で、一人孤独に走る人影があった。寒々しい中、モスグリーンのコートが夜風にはためいている。

 

逃がすわけには行かないのだ。逃がした瞬間、自分の生活が危うくなるのは自明の理なのだ。なんとしてでも確保しなければならない。青島俊作は、そんな事を考えながらも必死で追跡する。しかし、相手は車だ――絶望的になりながらも、彼は希望を捨てなかった。

 

車は、遂に彼の視界から消えた。角を曲がってしまったのだ。追いつけるかは、賭けだ。

 

「こっちだって生活かかってんだ――逃がすもんか!」

 

さらにスピードアップすると、角の先が見えてきた。迅速かつ的確に曲がり込み、即座に視界を確認する。いた。次の角でゆっくりと停車する所だ。

 

「……ビンゴ」

 

しめたとばかりに、ラストスパートをかける。やっと追いついた時には、冬だというのに全身汗だくだった。息切れになりつつも、目標に近付いていく。それでも悠長にエンジンをふかしながら、運転席から数人出てくる。2人。彼らは青島に目もくれず、角にある大量のビニール袋に手を出す所だった。と、そこで青島が立ち塞がる。

 

「? あんた、誰だ」

 

怪訝そうにこちらを見る、作業服の男。青島は緊張した顔のまま黙っていたが――唐突に、にかっと笑った。

 

「あのぉ、隣町の者なんですけど。これ、出し忘れちゃって……お願いできません?」

 

しっかりと握っていた右手を差し出すと、そこには半透明の大きなビニール袋が揺れている。作業服の男――いや、ゴミ収集業者の男は、そんな青島を見て嘆息したようだった。

 

「困るんだよねぇ、そういうの。お宅で三人目だよ。夕方のうちに出しておいてって連絡いってなかった?」

 

「いやぁ、そこをなんとか。俺、昨日夜勤で、目が覚めたのついさっきで。回覧板読むのすっかり忘れてたんすよねぇ、収集が今度から夜中になるって事」

 

「俺たちだって、好きでこんな事してるわけじゃないよ。朝方に出さない奴が多すぎるから、こうして試験的にゴミ集めてんだ。お役所の気まぐれにゃ敵わんね」

 

「ごもっとも」

 

なぜか新城の顔を思い出して、息を吐く。宵闇に白い息が溶けて消えた――と、背後でもう一人の男が声を掛けてきた。

 

「収集終わりましたー」

 

「よし、じゃ帰るぞ」

 

「はい――ってちょっと待って下さいよ、ねぇ! 俺のゴミは!?」

 

頷きかけて、慌てて食い下がる青島。しかしそれを冷たい目で見下ろしながら、収集車の男は悠然と言い放った。

 

「じゃ、今週の金曜来るから。今度は忘れないでね」

 

そのまま、助手席に乗り込もうとする。

 

「ちょっ、ちょっと待っ……話聞いてくださいよ! 俺、隣町から必死で追いかけてきたんすから! 大体俺たち、市民の安全のために頑張って仕事やってんすよ!? こんな時ぐらい持ってってくれたって――」

 

閉めかけたドアが、不意に開かれた。彼は、面食らって後じさる自分を見る。

 

「あんた、何者だ?」

 

「俺っすか? 湾岸署で刑事やってます」

 

ほらこれ、と懐から取り出したるは警察手帳だ。夜勤姿のまま寝入ってしまったため、スーツも着たまま、警察手帳も身に付けたままだった。思わず自慢げにかざしてみるものの、次の彼の一言は実にあっけなかった。

 

「あ、そ。仕事、頑張ってね」

 

バタン、と無情にも締まるドア。そのまま、一気に走り去ってしまう。一人ポツンと残された青島は、片手に握ったままのゴミ袋を再度握り締め――呟く。

 

「市民って、冷たいなぁ……」

 

みじめな顔を晒し、ゴミ袋を掴んだまま寒風に身を震わせる青島の姿は、誰が見ても哀れなものだった。

 

 

 

 

 

帰り道、コートの襟を立てながら夜の道路を歩く。右手に所在無く握っている半透明の袋を見下ろすと、中の缶かカラカラ音を立てた。生ゴミではなかったのがせめてもの救いだが、いかんせん4日ともなると、ビール缶の匂いなど強烈になっているに違いない。意味もなく酒臭くなる我が部屋を思い、やはり蓋付きのゴミ箱は購入すべきだと決意を新たにする。

 

――と。

 

「……ん?」

 

前方に、この夜中には不釣合いな影が見えた。随分と小柄だ。ふらふらと歩きながら、こちらに近付いてきている。最初酔っ払いかとも思ったが、それにしては若すぎる。黒のコートにミニスカートで、赤いマフラーをひっかけて震えている。家出だろうか。なんにせよ、仕事ではないが職質した方が良さそうだった。

 

ゆっくりと近付くと、影ははっきりと輪郭を見せてきた。街頭に照らされ、上げられた顔がぼんやりと見える。少女だ。年の頃16歳くらいで、胸まで降ろした黒く長い髪が、艶やかな色を放っている。目は大きく釣り上がっており、パッチリとして愛らしい。成長すればなかなかの美人になるだろう。

 

コホンと咳払いしつつ、青島はできうる限りの愛想笑いで声を掛けた。

 

「ちょっと、君。いいかな」

 

そんな青島を、じっと見る少女。

 

「こんな時間に何してるの? 親御さん心配してるでしょ」

 

しかし親と聞いた瞬間、彼女は息を荒げた。きっと目をさらに吊り上がらせ、

 

「いいわよ親なんて。ほっといて」

 

と突き放してくる。しかし、こんな事で諦めるわけにはいかなかった。刑事なのだから。

 

「そういう訳にはいかないね。近くの派出所に行こうか」

 

「なんでよ。おじさん何者?」

 

「お兄ちゃんだ。でもって」

 

即座に訂正して、人差し指を突きつける。そして懐から出だしたるは、今夜で二度目の警察手帳。

 

「俺、刑事さんだったりすんの。分かる?」

 

その瞬間、彼女の顔から血の気が引いていくのを確かに見た。慌てて後ろに背を向けかける彼女の腕を、しっかりと掴む。

 

「離してよ! やだ! やめてったら!」

 

「ったく、家出少女か。プチ家出とか最近流行ってるってテレビで言ってたけど、ありゃホントだな」

 

未だに諦めずじたばたともがく彼女を引き摺るようにして、最寄の派出所まで連行していく。しばらくそうしていたが――観念したのか、彼女はピタリと黙り込んだ。微笑んで、彼女の顔を覗き込む。

 

「おっ。話してくれる気になった?」

 

「……刑事さん、ひとつ聞いていい?」

 

ぽそり、と上目遣いで、彼女。

 

「月にいくら貰ってんの?」

 

「は?」

 

唐突過ぎて、目をパチクリする。そんな自分を見ながら、ニヤーッと笑う彼女の悪魔のような笑顔。嫌な予感がした。

 

少女は自由になっている片手で、ぱっと何かをこちらに見せてくる。小さな手に握られた黒くて四角いそのフォルムは、何かに見覚えが……どこかで――

 

「結構貧乏なんだ、刑事って」

 

「あーっ!!」

 

夜中にも構わず、青島はあらん限りの悲鳴をあげた。ゴミ袋を放り投げ、慌てて取り返そうとして、思わず手を離してしまう。もちろん自由の身になった彼女は、軽やかに笑いながら自分から距離を取った。

 

「か、返せ俺の財布! ドロボー!」

 

「やーだね。か弱い女の子捕まえようとして、何が刑事よ。バッカじゃないのー」

 

体格差は歴然としているのにも関わらず、彼女はやたらすばしっこい。ヒラヒラと彼女の手に握られた自分の財布には、割とシャレにならない金額が入っている。逃がすわけにはいかなかった。かなり本気の顔で、腕まくりなどする青島。

 

「くそっ、絶対逮捕してやる。拘置所は寒いんだからな! 風邪引いたりしちゃうんだぞ!」

 

「バーカね。そんな所、行くわけな――」

 

と、言いかけて。彼女は、はっとした顔で立ち止まった。チャンスと飛びつく青島をするりとかわしながら、

 

「ナイスアイディア! おじさん、それ頂き♪」

 

「お・兄・ち・ゃ・ん・だ――って、ナイスアイディア?」

 

しっかりと訂正しつつも、キョトンとする。そんなこちらを見ながら、彼女は微笑む。

 

「おじさんに逮捕されたいの。ねぇ、家に連れてって?」

 

「……はい?」

 

意味が分からず、数秒固まって。やっと理解した時には、ぶるぶると首を振っていた。

 

すると、途端に笑顔を引っ込め、彼女はたかたかと近くの川に走っていった。腕を伸ばした先には、黒い自分の財布。次の無情な台詞に、自分の肌が粟立つのを実感する。

 

「連れてかないと捨てる」

 

「連れてく連れてく! 連れてくからそれだけは! 頼むから、な、この通り!」

 

もはやプライドも捨て去って、ひたすら嘆願する青島。それを満足げに見ながら、彼女は微笑んだ。

 

「約束破ったらだめだよ?」

 

この時ほど。

 

この時ほど、約束を果たしてしまう自分の性根が嫌になった事は無かっただろう。

 

青島は深く深く、白い息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

「へぇ~。ここが、デカのヤサってヤツなのねー。おじさん、モデルガン好きなの?」

 

「おじさんって……あのなぁ、俺まだ30代よ? おじさんじゃなくてお兄さんでしょ」

 

モデルガンだらけの部屋を見回し感嘆する少女。それを見つつ、ソワソワとその足元を見守る。久々に帰ったばかりなので、実際部屋は相当に汚くなっていた。二日前に呑んだビール缶とつまみが、机の上にそのまま放置している。それらを片っ端からビニール袋に詰めて、青島は自分の名刺を取り出した。

 

「大体、おじさんじゃなくて、俺にはれっきとした名前があるの。ほら、前都知事と同じ名前の」

 

「青島……俊作?」

 

名刺に書かれた名前を呟いて、彼女はキョトンとする。

 

「ふーん、青島俊作って言うんだ。おじさん」

 

「いやだから、おじさんじゃ……」訂正しかけて、青島は嘆息した。「……もういいや」

 

掃除を再開して終えた時には、またひとつゴミ袋が増えていた。少女はと言うと、ちゃっかりくつろぎ始めている。彼女は勝手にテレビをつけて、ベッドに寝そべっていた。

 

「ねね、お茶ちょうだい、お茶」

 

「あのね、初対面の人んちでくつろぐ犯人がいるわけないでしょ。勝手にテレビつけんじゃないよ」

 

その手からリモコンをひったくり、軽く睨んでみるが効果は無い。少女はおどけたように両手を頬に添えて笑った。

 

「だってー、逮捕されちゃったしーみたいなー?」

 

「拘置所の犯人の方が、お前よりいくらか気ィ使ってるよ」

 

満杯になったゴミ袋で小突くと、いたっと顔をしかめる少女。ふらりと上体を揺らしたその時、ぽとりと黒い何かが落ちた。

 

「……あ、俺の財布! 今返して、今」

 

「え? そんな約束してないよ?」

 

ピタリ、と身体が凍って。次の瞬間、腰を降ろして少女と目線を合わせ、本気で怒鳴りかねないほどの剣幕で睨みつける。さすがに気迫に押されたらしく、彼女は渋々懐から財布を取り出した。

 

「……はい。中身は取ってないよ。少ないし」

 

「ああ、俺の財布! 会いたかった……!」

 

彼女の声は聞かないことにして、青島は財布と感動の再会を果たした。それを冷ややかな目で少女は見ていたが、

 

「ま、いいか。今夜はここで泊まれるし」

 

「へ?」

 

聞き捨てならない事を耳にして、くるりと振り返る。対する彼女は相変わらずベッドで仰向けになりながら、告げてくる。

 

「そ。逮捕されるって、そういう事だもん」

 

「事だもんって……ダメ。家に帰んなさい」

 

ふるふると首を振ると、彼女は明らかに機嫌を損ねたようだった。

 

「なんでよー。ケチ」

 

「ケチじゃないでしょ。すみれさんみたいな事言わないの」

 

言葉を口にした瞬間、少女の身体がピョンと跳ね起きた。まじまじとこちらの顔を見る。

 

「すみれさんって誰? 女? 彼女?」

 

「え」

 

なぜ、こんなに興味を持つのだろう。少し戸惑ってはいたが、一応答えを返す。

 

「仕事の同僚」

 

「同僚。ほんとにそれだけ?」

 

「それだけ。たまに物食いに行ったり、呑みに行ったりしてるけど」

 

「そんだけしてて、まだ同僚? やってないの?」

 

「……は?」

 

天使のような可愛い笑顔で少女が発するその言葉に、一瞬思考が停止した。天井を仰ぎ、その言葉を反芻し、やっと意味を理解して――はっと少女を見据える。そのまま視線が泳いでしまうのを自覚しつつ、あははとぎこちなく笑った。

 

「バ、バカだな。違うってば、すみれさんはそんなんじゃないよ」

 

「またまたぁー。30もいってんのに、未だに彼女いないなんてワケないでしょ? 青島俊作君」

 

「……じゃなくて、すみれさんはね、俺たちと共に戦う刑事で仲間で、いわば戦友なの。ね、分かる? とてもそんな、ロマンティックな雰囲気になる暇なんざ無いんだよ、俺たちデカってのは」

 

しばらく、無表情のまま聞いていた少女だったが。おもむろに口が開いた。

 

真剣にこちらを見つめて、一言。

 

「……マジで?」

 

重い沈黙が流れていた。なぜだか異様な居心地の悪さを感じながら、青島は目を逸らし、たどたどしく答える。

 

「……いや、マジで」

 

そこまで言って。彼女はほとほと呆れた顔で、呟いた。

 

「あんた、信じられないくらいブァッカでしょ」

 

途端、顔が紅潮するのを自覚する。なんとなくムカッとして、青島は言い返した。

 

「お――お前に言われたかないよ。この家出娘!」

 

「あ。そこまでムキになるって事は、少なくとも好きって事?」

 

「あのなー。大人をからかうんじゃないの。子供は家に帰って寝てろ」

 

話を逸らしたとぶうぶう少女が文句を言うが、泊まらせる気が無いのは本当だった。未成年を、しかも男である自分の家に泊めるなんて論外だ。背を向け、しばし顔をしかめていた青島だったが。

 

「……?」

 

不意に少女の甲高い声が途絶えていた。疑問に思って、ゆっくりと振り返り――その身体が、強張る。

 

少女は、黙って俯いていた。白い頬に、幾筋もの涙が光っている。うるんだ黒い瞳が、上目遣いにこちらを見つめて揺れていた。

 

「……あ…あの……」

 

声を掛けても、反応が無い。またひとつ、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちる。先ほどの高いテンションが嘘のように、そこにはか弱い少女の泣き顔があった。助けを求める目――それは、彼が一番目にした被害者の目と同じもの。

 

何かを感じて、青島の顔が真顔になる。

 

「何か……あったんだな?」

 

少女は答えない。が、彼は微笑むと、彼女の肩にぽんと両手を置いた。

 

「分かった。心配すんな、今日だけは泊めてやる。ただし、明日になったらうちの署に行くからな。俺たちが力になる――だいじょぶ、女の刑事だっているし。片方ちょっと食いしん坊だし、片方ちょっと怒りっぽいけど」

 

その言葉に、少し安心したのだろう。うんと頷く彼女の目にはまだ涙が溜まっていたが、いくらか微笑んだように見えた。

 

おやすみなさいと呟いて、そのままベッドに寝入ってしまう。一瞬どこに寝ようか迷ったが、少女の隣というわけにもいくまい。コートでも羽織って床に寝るしか無さそうだ。

 

「ったく。俺は面倒ばっかり拾ってくるって、すみれさんも言ってたっけ」

 

いつの間にかすうすうと規則正しい寝息が聞えて、青島は苦笑したのだった。

 

 

 

 

 

翌朝――

 

少女はいつの間にか、ベッドから消えていた。代わりに一枚のメモが置いてある。

 

 

 

『Dear 青島俊作 

 

お世話になりました。迷惑かけちゃってごめんね。

 

力になってくれるって言ってくれて、嬉しかった。ありがと。バイバイ。

 

From 家出娘』

 

 

 

素っ気無い丸文字だったが、暖かい文面だった。知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ青島。しかし、まだ続きがある事を知って――その笑顔が、凍りついた。

 

 

 

『P.S.

 

ちょっとお金借ります。ちゃんと返すつもり、覚えてたらね♪』

 

 

 

「あっ……あいつっ……!?」

 

怒りに震える青島のすぐ横に落ちていたのは。軽い中身をさらに軽くした、黒い自分の財布だった。

 

 

 

*           *           *

 

 

刑事課は今朝も暇そうに、のんびりとやってくる人間たちばかりだ。そんな中の一人、係長の真下に声を掛けられて、青島は振り向いた。

 

「あれ、先輩? 昨日当直だったんじゃなかったんですか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

にこりとも笑わずそれに応じる。こちらのただならぬ気配に気付いたのだろう、真下の顔が強張った。

 

「な、何かあったんすか」

 

「そうだよその通りだよ真下君。ねぇ、すみれさんどこ?」

 

「すみれさんですか? だったら、もうすぐ帰ってくると思――」

 

そこまで言いかけて、後ろから罵声が聞えた。よく耳慣れた、威勢の良い女声。

 

「往生際悪いわね、さっさと犯行認めなさい! あんた現行犯なのよ!」

 

「あ、いた」

 

すぐ後ろに犯人を逮捕したらしいすみれの姿を認めて、真下が声を出す。と、青島は構わずすみれに歩み寄っていった。

 

「あのね、すみれさん。俺、ちょっとマズイ事になったんだ」

 

「なぁに、また? あ、武君! こいつの事情聴取お願いね」

 

きっと振り返りつつ、盗犯係の武に用事を申し付けて、とりあえず席に座る彼女。

 

「で? 話って何、青島君」

 

「それがさ聞いてよすみれさん。俺、財布の金盗まれたんだけど」

 

「ふうん……はぁ? 盗まれた?」

 

「お金、取られちゃったんですか!?」

 

思わず身を乗り出して、真下も会話に加わってくる。その反応にやや不服を感じつつ、口を尖らせて頷く。

 

「ダメですよぉ、刑事がお金取られちゃあ」

 

「ホントよ。もう、余計な仕事作らないでよね。で、手口は?」

 

書類を出し、事情聴取モードに入るすみれ。そんな彼女を嬉々と見ながら、青島は張り切って説明し始めた。

 

「そう、それがね。結構手慣れたって言うか、なかなか手強い奴でさ」

 

「ふんふん」

 

「16くらいの女の子なんだけど、俺んちに泊まらせろってしつこくってさ、仕方ないから泊めてやったら、朝、財布から――」

 

「ちょっと待って」

 

制止の声を聞いて、思わずすみれを見返す。彼女は、やや眉間に皺を寄せて呟いた。

 

「まずひとつ、青島君忘れてる。未成年はうちじゃなくて、生活課」

 

そうなのだ。怒りに任せて失念していたが、未成年は法律で裁けないため、まず生活課へ渡すのが普通なのである。しかしさらに聞き捨てならない事を聞いたようで、すみれはこちらに顔を近づけた。

 

「それと。泊めたって……どういう事よ」

 

「え? いや、だって――泊めないと、俺の財布、川に捨てるって言うんだもん」

 

「それ、本当? 嘘はついてないわよね」

 

「そりゃどうかな。案外、買ってるかもしれないよ? 春」

 

と、いつの間にか居た魚住がニヤリと笑う。気が付くと、刑事課の面子全てが自分に視線を注いでいた。

 

「え? ちょ、ちょっと! まさか皆、俺の事疑ってるんじゃないよね」

 

心外もいい所だ――自分があんな子供をホテルに連れて行くとでも思っているのだろうか?

 

青島はそれこそ怒鳴ろうかとも思ったが、刑事課の入り口から響く明るい声に遮られた。

 

「すみませーん、暴行受けた疑いがある子なんですけど、職質したら青島さんにこの子が会いたいって……どうしたんですか、皆さん?」

 

溌剌と入ってきて目を丸くしているのは雪乃である。隣では和久が、なんだなんだと入ってくる所だった。その後ろに、可愛らしい少女を従えている。16歳くらいの、黒く髪の長い少女。美しい顔なのに、今は無惨にもいくつかの切り傷や痣が目や口の周りにこびりついている。

 

普段ならば、真っ先に安心させようと近付いてくるのが青島だった。しかしそちらに視線を向けた瞬間、彼は自分でも驚くぐらいのとんでもない叫び声を上げたのである。

 

「あああーっ! お前、よくもノコノコと――あっ、何すんだよ! 離せって!」

 

立ち上がり、少女に突進しようとするが、暴力犯係に総出で止められれる。飛びつこうと無駄な努力をしながらも、必死ですみれに声を上げた。

 

「すみれさん! そいつ! そいつが俺の金盗んだ窃盗犯! 捕まえて!」

 

しかし叫びが聞えているのにも関わらず、悠然と少女の前に歩むすみれ。彼女は首を傾げ、問う。

 

「あなた、青島君の財布からお金盗んだの?」

 

少女は黙ったまま、ゆっくりと懐から万札を数枚取り出した。そして――見る見るうちに、瞳に大粒の涙を浮かべたかと思うと、

 

「あの人が……お金も貰えて、いい気持ちになれるよって言ったから……」

 

そう言って、わんわん泣き出したのだ。余りの事に呆然として、立ち尽くす青島。思考が、止まる。

 

「……えっ……?」

 

何もできずに辺りを見回すと――既に、殺気立った気配が彼に降り注がれていた。

 

「だとさ、青島君」

 

と、魚住係長代理。

 

「若ェもんは羨ましいなぁ、おい?」

 

と自分の背中を叩いて、和久。

 

「青島さん、買春どころか暴行まで……サイッテー。女の敵」

 

憤然と立ち上がり、刑事課を出て行く雪乃。

 

「とうとう本性現したわねぇ。見損なったわ、青島君」

 

とこれは、すみれ。笑顔だが、決して目が笑ってはいない。

 

そして最後に、真下が青島の前に進み出る。カチャリ、と両手に掛けた冷たい金属は紛れもなく、手錠だ。

 

「先輩。買春及び婦女暴行罪の容疑で逮捕します」

 

「……へ?」

 

手錠のはまった両腕を見て周りを見回すが、誰もが敵意を向けている。そんな中、少女だけはこっそり、ペロッと舌を出して笑った。

 

「……お前……っ」

 

飛び出しかけるが、それを真下が無理矢理制止してくる。そして、目を伏せ――

 

「行きましょうか、先輩」

 

「は? ね、ねえちょっと!? おいコラ真下、悪い冗談はやめ――待てよ! 俺は無実だって!」

 

取調室に強制連行される青島の叫び声は、刑事課の外までしっかりと響いていた。

 

 

 

  

 

結局、少女が自白して青島の潔白が証明されたのは、それから30分後の事である。

 

先ほどきっちりと絞られた取調室に渋面を作って座る青島と、暴行を受けたらしい少女、そしてすぐ隣にすみれ。女性が取り調べられる場合は、必ず同性の立会人を必要とする。ましてや、今すぐにでもつかみかかりそうな青島には必要不可欠だろう。無理もないが。

 

これは青島に対する窃盗罪の取調べではない。あくまで暴行罪の取調べである。少女の顔の傷から判断して、階段を転げ落ちたものではない。

 

  

 

(家出少女は刑事がお好き・終)


 
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