No.468855

恋姫異聞録153 -想いを込める-

絶影さん

遅くなりました><

今回は、リクエストのあった流琉と季衣の話です。何やら、長くなってしまいました
なんでか900行に、本当なら600で合わせるんですが、申し訳ない

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2012-08-11 23:43:57 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8614   閲覧ユーザー数:6513

翠と蒲公英を見送った三日後のこと、玉座の間には、牢から出され霞に偃月刀の切っ先を首に向けられたままの水鏡が華琳の前で跪いていた

毛先が焦げ付くような殺気を纏う霞に、水鏡は気にする様子は無く、涼し気な表情のまま羽扇を優雅に仰いでいた

 

流石に、全ての将を集めて今の疑いのある水鏡を問いただすことは士気に関わる為、玉座の間には彼女を連れてきた稟

春蘭と秋蘭そして昭が参上し水鏡に視線を集めていた

 

「首に刃当てられとるのに、まるで他人ごとやな」

 

「ふふっ、殺気を当てられると言うのは心地良いわね、人の感情が肌で感じ取れる。闘争が人と人を繋ぎ

時には友となることもあるか。なるほど、たしかにそのとおりかもしれないわね。これもまた好」

 

羽扇で口元を隠し、少しだけ見上げる水鏡の瞳が霞と重なった瞬間、霞は水鏡の眼に写る自分の殺気に反応し

偃月刀を握る手に力が篭り、気が付けば水鏡の首を刈り取るように、横薙ぎに武器を振りぬいていた

 

「あまり関心せんな、武官が殺気を当てられれば躯が無意識に動く。覚えておけ」

 

「そうね、覚えておくわ夏侯惇殿」

 

「春蘭で構わん。水鏡先生」

 

華琳の隣に立つ春蘭が即座に動き、投げ飛ばした大剣【麟桜】が霞の偃月刀を一瞬だけ止め、同時に対称になるように立つ秋蘭が矢を放ち

袖に刺さった矢に引きずられるまま後ろに飛ばされ、背後に居た昭に躯を抱きとめられていた

 

鼻先数センチを白刃が掠めて行ったと言うのに、瞳を閉じること無く偃月刀と麟桜の散らす火花を楽しそうに笑と共に眺め

まるで解って居たかのように、躯を少しだけ浮かせて矢の勢いのまま、昭に抱きとめられる水鏡は、相変わらず口癖「好」を呟いていた

 

「態と殺気を当てる事は楽しかったですか?」

 

「ひどいわ、態とだなんて。前に言った通り、私の鏡に映り込んだだけ。武官の方に武器を向けられるなんて

初めてですから、つい恐ろしくて真似をしてしまっただけよ」

 

「恐ろしいだなどと、どの口が言うのか。そろそろ、鳳統と何を話したか教えて頂けませんか?」

 

妖艶な微笑みを浮かべる水鏡に、稟は呆れたように首を振る。己の命すら他人ごとの傍観者のような心を持つ人間が

恐ろしい等と感じるわけがない。貴女が冗談を言うとは思わなかったと言わんばかりに深い溜息を吐く

そんな中、華琳は眼下で昭に躯を起こされ再び美しい姿勢で跪く水鏡を見て、頬杖を着いて少しだけ口元を緩めていた

 

「貴女には、私が何をしたか予想が着いているはですよ。聞く意味などあるのかしら」

 

「勿論、私の想像が外れている事は無いでしょう。ですが、華琳様の前で話す責任は貴女にある

貴女が話さない場合、霞がこんどこそ首を切り落とすでしょう。反逆者として」

 

もっとも、貴女は自分が死ぬことをなんとも思わないでしょうし、私自身、華琳様の軍師が減ることは有難い

軍師として一番の寵愛を受けるのは自分だけで十分だと言う稟は、キリキリと眼を細め冷たい瞳を水鏡に向けていた

 

「反逆者、それも好。首を刎ねられる感触も知ってみたいわ。痛みが無いのか、それとも酷く苦しんで死んで行くのか」

 

実に興味深いと羽扇で仰ぎ、稟の冷たい瞳を受け流し、再び殺気を纏う霞に視線を合わせようとした所で

昭が間に入り、同じように跪いて目線を合わせていた

 

「首を斬られても暫くは意識が有るようですよ。実際に断頭台で斬られて実験をした人間が居るそうです」

 

「ふふっ、貴方は面白い事を知っているのね」

 

「華佗の話では、意識があるのだから酷く苦しんで死ぬだろうとの事です。満足頂けましたか?」

 

「ええ。やはり、世に出ると言うのは好い。初めての事ばかりで楽しいわ」

 

危うすぎる彼女の行動。だが、どうやら水鏡は純粋な好奇心で稟や霞の感情を引き出していたようだった

殺気を当てられる事も本当に初めてだったのだろう。だが武官相手に、殺気を返せば斬り殺されると頭で理解っていたが

実際はどうなるか、試して見たかったようで、結果が自分の考えと変わらない事に満足していた

 

「御免なさいね、貴女達の感情の海練が複雑でとても珍しくて、私の元に現れる人に、これ程の感情をぶつける者は居なかったの」

 

「稟の事を気に入って居らっしゃるようですね」

 

「好、好。好く解ったわね」

 

貴方には百点をあげるわねと昭の頭を撫で、戯れに満足がいったのだろうか、羽扇を懐にしまい身仕舞いを正す

そして、指先を揃えて頭を下げて一つ礼を王に取ると、真っ直ぐ瞳を華琳へ向ける

 

「何から報告をして好いか。あの子が劉備殿の入城の隙に新城に入った事はご理解して居られると思いますが」

 

「そうね、昭のしようとした事を先にされていたと言うことまでは知っているわ」

 

華琳の言葉に苦笑いになる昭。華琳が言っているのは、昭があの時しようとしたこと

扁風に止めを刺すために、劉備の帰還に合わせて華佗より先に蜀に入り込もうとしていたことだ

華琳は、昭の性格を知っているからこそ、彼が自分の意志を知って蜀に入ることを諦めた事も知っていた

 

それの逆のこと、つまりは魏に劉備が入る際に、影に隠れて侵入する者が居てもなんら不思議は無い

それどころか、戦いに勝つ事を真っ直ぐに見据えている劉備が何もしないワケがない

あの、玉座で自分と相対した姿が偽りで無いのなら尚更だろう

 

「鳳統と何を話したのか、とても興味があるわ」

 

「ふふっ、私を引き抜きたいと言っていました。甘露のように甘い事を言うのですから、未だまだ可愛らしい童子」

 

「それは面白いわね、私から将を引き抜こうなんて。ましてや自分の師を拐かそうと言うのだから」

 

「ええ、ですがなかなか面白い。敵と内通し、不信感を持たせ、軍の不協和音を招く。好い手でしょう」

 

鳳統の考えは、水鏡と話が出来ればそれで良いと言うだけ。引き抜ければ儲けもの、引き抜けずとも内部に入り込み

敵と話せば内通していると疑いが掛かる。ましてや、魏に士官したばかりで信用など無いに等しい人間を、誰が信じるだろうか

たとえ夏侯昭が信じるとしても、他の将まではそうは行かない。必ず蟠りが残る。そんな将を大事な戦に出せるだろうか

 

万が一、自分が他の将に見つかり命が危うくなるとしても、内部には翠と蒲公英が居る。それも、蜀でも指折りの猛将

馬超が内部に居るならば脱出は可能。最悪、殺されたとしても、最後まで叫べばいいのだ「先生、先生!蜀をお願いします!」と

そうすることで、蜀の切り札、そして最強の軍師の朱里の弱点を消す事が出来る。此方の性格や、考えを熟知する水鏡が身動とれない

状況にすることが出来るのだ

 

「信を崩し、知を封じる。積み上げられた組み木に要らぬ楔を打ち込むように、鉄に塩を塗りこむように、水滴で岩を穿つように

脆く崩れやすい場所を突く。好い成鳥になりました」

 

「確かに効果的ね、私の前にこうして跪き、武器を向けられている事が何よりの証拠」

 

「はい。ですから、あの子の脱出を手伝ってあげましたわ」

 

クスクスと懐から再び羽扇を取り出して、口元を隠しながら上品に笑う水鏡

水鏡の行動に鳳統はさぞかし驚いた事だろう。最悪は、師に殺されることさえ覚悟していたと言うのに、手をかされ

無事に外へ出ることが出来たのだから。自分の言葉を聞いたら眼を丸くして固まっていたらしい

話を聞いていた華琳も、水鏡の突拍子もない行動に笑っていた。彼女がなぜ、そんな事をしたのか理解したからなのだろう

 

「つまり、逃した理由は、あの子は蜀の弱点になるから」

 

「聡明な王に仕える事が出来て私は幸運で御座います。仰るとおり、彼女が逆に鉄に対する塩に、岩に対する水滴に

支えなく積み上げられた組み木に撃ち込まれる楔」

 

そう、逆に無事に逃げられた事に蜀の者は不審に思うはず。何故無事なのだ?見つかったはずなのに、それどころか

敵の手を借りて無事に戻って来たというのか?翠や蒲公英のように、特別な理由があるわけでもないのに

師弟と言っても、それほど信用のある人間なのか?名は聞くことがあるが、世に出て活躍をしていたわけではなく

信頼出来る人間かどうかなど判断が出来無い。もしや、鳳統は敵と通じているのではないかと

 

「ですが、あちらは盲目的な方が多い。あの子を疑う者はそうは居ませんでしょう。ですが羌族は解りません。それに」

 

「そうね、あの子を熟知し、行動を理解する貴女は健在。依然、此方の有利は変わらない」

 

「あの子の眼を見ようとしましたが、私の眼に気が付いている様子。上手くかわされましたわ」

 

「根底は変わらないでしょう?人の本質は変わらない、ならば稟の想像から逃れる事は出来無い」

 

話に納得がいった華琳は、隣で跪く昭を見て僅かに首を傾げれば、昭は問題ないと小さく顎を引く

 

「どうかしら、此れなら読み取れるかしらね?」

 

昭と華琳のやり取りに気がついた水鏡は、昭の頬を両手で挟むように掴んで、息がかかるほど顔を寄せて眼を合わせる

自分の頭の中を此れなら覗けるだろう。心の流れもできるだけ穏やかにしたつもりだと顔を近づけた

 

「大丈夫ですよ、貴女を信じています」

 

「本当ね、こうして心から信頼されるは久しぶりよ。私の性格のせいか、生徒以外にあまり信頼されないの」

 

「凪の事、感謝しています」

 

「大事に育てて頂戴ね、あの子を使うのは私なのですから」

 

読み取らせるつもりが己の感情を素直に表に出され、逆に昭の心を読み取ってしまった水鏡は柔らかく微笑む

少々気恥ずかしくなるほどの信頼に、水鏡はほんの僅かだけ感情を動かされたのだろうか、頬にほんのり紅が差す

 

「あまり見つめていると、貴方の想い人に殺されてしまうわ」

 

王の隣で凛として、不動のままの秋蘭。感情を隠し辛うじて昭や華琳、春蘭が分かる程度の変化を読み取った水鏡は

直ぐに昭から手を放して、ごめんなさいねと秋蘭に謝罪をしていた

 

「私から質問をしてもよろしいですか?」

 

「ふふっ、大丈夫。心配せずとも此方の何時もの練兵を見た程度でしょう。最も、何を見て何を感じたかまでは

残念なことに知ることが出来なかったわ」

 

「眼を合わせてくれなかったから、ですね?無理に合わせれば利用価値がなくなる。戦に出ないでしょうし

今、組み上げている策は棄て去るでしょうからね」

 

稟を本当に気に入っているのだろう「好々」と呟き、是非自分の生徒にしたいと羽扇を優雅に仰いでいた

 

「霞、良いか?水鏡先生は何も怪しい所はない」

 

「ん、ようわかった。稟と昭が大丈夫や言うんなら、何も心配要らん。武器、振り回して悪かったなセンセ」

 

「いいえ、好いのよ。私が悪かったのだから、許して頂戴ね。武官の矜持や、感情の分水嶺が解らなくて試すような事を

してしまったわ。もう大丈夫よ、あなた達を不快な気分にさせないわ」

 

丁寧に頭を下げる水鏡に、霞は何も気にしてないとカラカラと笑う

そして、水鏡はゆっくり立ち上がり華琳に向きあえば、華琳は一つ頷く

もう何も疑う事はない、戦働きを期待していると言うことだろう。水鏡は、再び礼を取る

 

「そうそう、貴方の娘、蜂王殿に嫌われてしまったわ」

 

「美羽は何と?」

 

「名も名乗らず心を読むとは何事か、恥を知れ無礼者と屋敷から追い出されてしまったの。見たこともない、金剛石のような

美しく強固な心をしているから、つい手が出てしまったわ」

 

本当に悪いことをした、私が謝っていたと、そして私の知識は風から受け取って欲しいとだけ言い残し、その場を後にした

昭は、水鏡の知識をきっと美羽は喜ぶはずだと、屋敷に足を運んでいただけるようにと頼んだのだが、

どうやら美羽に追い出されて居たようだ

 

「貴方が磨いた珠玉の魂ですものね。私ですら側に置きたくなると言うのに、無理もないわ」

 

「俺の娘に手を出したら殺すぞ」

 

「さあ、どうかしら。何れにせよ、貴方の後任には必ずなってもらうわ」

 

「美羽に聞け、あの子が嫌だと言えばそれまでだ。無理に押し付けるなら、俺が相手になる」

 

相変わらず過保護で親馬鹿ねと、ピリピリとした空気を纏う昭に呆れる華琳。娘に関しては冗談も何も通じない

最も、冗談などではなく、美羽を側に置きたいし後任としても期待しているのだから、昭が神経を尖らすのも無理も無い

 

「解っているわ、勿論彼女の意志を最優先にする」

 

「ああ。所で、もう屋敷に戻って良いか?涼風にお昼を食べさせたいんだ」

 

「ええ、秋蘭を借りるわね。呉から蓮華と張昭が来ていて、今から会食をするのよ」

 

「食事は用意してある。流琉も屋敷に居るから、昭の帰宅に合わせて料理を仕上げているはずだ」

 

華琳が玉座を立つと同時に、春蘭と稟、霞が付き添い宮の奥へと向かい、秋蘭は昭の元へ駆け寄ると

直ぐに手を握って、昼食を共に取れない許してくれと謝罪をしていたが、昭は気にするなと秋蘭の頭を優しく撫でる

 

「・・・」

 

「どうした?」

 

手をにぎる秋蘭は、少しだけ昭の眼をじっと見ると「減ったらどうする。返してもらう」と言って、昭の頬を

両手で挟むように、先ほどの水鏡のようにして手を添えると、頬に口付けをして小走りに華琳の元へ行ってしまう

 

「減るわけがないだろう、全く」

 

呆れながらも、頬を赤くする昭は、気恥ずかしさを隠すように見送りながら頭を掻いていた

 

 

 

 

 

 

その頃、夏侯邸では、土間で中華鍋を振るう流琉と、後ろから素晴らしい料理の手際を見守る雪蓮の姿

居間では、冥琳が何かの資料だろうか、竹簡を読みながら茶をすすり、庭からは季衣と涼風の笑い声が聞こえてくる

 

呉から帰ってきた雪蓮は、何故か用意された屋敷にあまり帰らず、前に寝かされた居間の隣の部屋を占領していた

始めは美羽に注意をされていたが、理由が美羽の近くに居るためだと理解り途中で諦めたのだろう

今では、家賃を払いながら冥琳と共に屋敷に住み着いていた

 

「とても楽しそうに作るけど、料理好きなの?」

 

「はい、何時かお店を持って、満足するまで季衣に食べさせてあげたいんです。季衣は食べるのが大好きですから」

 

「へえ、そんな子が、何故戦に参加してるの?」

 

鍋の中で舞い踊る食材は、不意に音楽を止められた舞台のように静まり返り、熱された鉄に焦がされる音がパチパチと辺に響く

ゆっくり振り向いた流琉は、無表情に雪蓮を見ると、再び鍋の舞台に音楽を流し始める。熱気あふれる舞台に鉄と食材が奏でる音楽を

 

「季衣に誘われたからです。友達を守る事は、変ですか?」

 

「気を悪くしたなら御免なさい、少しも変じゃないわ。ただ気になっただけ、魏は貴女のような幼年の者を戦に出さないのに

二人は戦に出ているから」

 

「そうですね、兄様や華琳様は、徴兵や志願兵に年齢制限を設けてますから」

 

確かに、不思議に思うのは当たり前だ。自分達に幾ら力が有ろうとも、華琳はともかく昭は絶対に戦に出すことは反対するはず

だが、反対はせずに、華琳の親衛隊として戦に参加させている。それも、他の将と変わらぬ信頼を寄せてだ

 

「よかったら聞かせてくれない?貴女が特別な理由を」

 

「特別なんかじゃありませんよ」

 

「それじゃ、貴女の友達が戦う理由でも良いわ。貴女が、友達が戦う事を反対せず共に戦うくらいなのだから

きっと、共感できる理由なんでしょう?」

 

両腕で頬杖を着いて眼を細める雪蓮に、流琉は少しだけ躊躇う。急に、自分の戦う理由を聞かれ

心に踏み込まれたような気がしたからだ。だが、相手は元呉の王。変に断る事も、あまり良いことでは無いのでは?

等と、真面目な性格の流琉は考えてしまう

 

「ふふっ、私は唯、皆と仲良くなりたいだけ。嫌なら良いわ」

 

「嫌だなんて事は・・・」

 

柔らかく、母のような印象を受ける雪蓮の雰囲気に流琉は少しだけ安心したのか、少しだけ表情を変える。そして、昭の言葉が思い浮かぶ

 

【相手が自分の重要な部分を知りたいと言うなら、等価交換すれば良い。交渉とは同じ土俵に立つ事が第一歩

それは、友達になる事と同じだ。そこから信頼が生まれる。交渉ごとは、相手と信頼を築く事だ。たとえ敵であろうと】

 

等価交換。そう呟く流琉は、本当に自分と仲良くなりたいならば、応えてくれるはずと、昭に言われたままに雪蓮へ振り返り

 

「美羽さんとの話を教えて貰っても良いですか?冥琳さんとの話でも良いです」

 

「勿論よ、どっちが良い?なんなら、両方でも良いわよ」

 

知恵があり、欺くことが得意な大人たちに翻弄されぬよう教えられた昭の言葉に従い、雪蓮の真意を確かめれば

即答され、再び鍋を振る手が止まるが、安心したのか警戒を緩めて流琉は料理を更に盛り、違う食材を鍋へと放り込んだ

 

「解りました。私が、何故戦うかですね?」

 

「ええ、あの子と昔から仲が良いのでしょう?でも、それだけじゃ戦う理由には弱いと思うの」

 

「仲は好くなかったですよ。犬猿の仲という感じでした」

 

思いがけない流琉の言葉に少しだけ雪蓮は驚いてしまった。魏に来てから、たまにこの屋敷で見る二人は、時折喧嘩はするが

とても仲の良い姉妹のようで、始め見た時は、義兄弟か本当の姉妹かと勘違いしたほどだ。だが、目の前の流琉はそんな雪蓮の

考えを否定する。相成れない、水と油だと言うのだ

 

「嫌いだったの?」

 

「はい。季衣は、私の家の近くの大きな屋敷に住んでました。元々、それなりに名のある家の子だったんですよ

私は、ご存知だと思いますが私には字が無いんです」

 

字が無い程、下級な民の出であると言う流琉

父と母と自分の三人だけで小さな家に住んでいて、貧しくてもとても温かい家族だった。父は勤勉に働く人だし

大好きな母は、料理が得意で自宅で飲食店を開いていたとのこと

 

「父様は何時も朝早く畑に出かけて、母様は父様にお弁当を毎日作って、私は母様のお店の手伝いをする

そんな、普通の生活を毎日していました」

 

料理は大好きな母から習ったものだと、出来上がった料理を更に盛ると中華鍋を一度洗い、新たな材料を包丁で刻み始める

 

「そんな変わらない毎日を過ごしていたとき、材料の買い出しから戻ってきたら、店で大皿の料理を平らげる

季衣がいたんです」

 

「それが初めての出会い?」

 

「はい。でも、季衣の事は、前から知っていたんですよ。邑で一番の暴れん坊、悪戯小僧、破壊魔、鬼子、虎痴

色々な名前で呼ばれていたし、何より家が隣でしたから」

 

始めは、特にこれといった気持ちは持ってませんでした。ああ、この子が噂の子なんだな。自分と同じくらいの子なんだな

程度で、店で食事を取っているのも、たまたま屋敷の料理人か侍女が居なかっただけなんだろうって

 

「でも、その日から季衣は、毎日私の家に来て食事をとるようになって、母様も季衣の事を私と同じように接するように

なって行きました」

 

「優しいお母様ね。それで、貴女は嫉妬しちゃったの?」

 

「ふふっ、ハッキリ言うんですね」

 

そうです、季衣は、外で相変わらず悪戯をして邑を周り、いつの間にか他の子供達を連れて徒党を組むとまでは言いませんが

集団で沢山の人に迷惑を掛けるようになって行きました。だというのに、母様は、季衣の母様でも何でも無いのに

迷惑をかけた家に態々謝りに行ったり、季衣を叱ったりするようになっていて、正直私は面白くありませんでした

 

なんで、関係無い子の事で母様が他人に怒られたり、頭を下げなければならないんだろうって

 

「あとは、季衣を相手にする分、私に対する愛情が減っちゃうなんて考えてたんでしょうね。今思うと、そんな事は

全然無かったのに。母様は、何時だって私と季衣を平等に愛してくれたのに」

 

そんな事とは知らず、私は段々、季衣の事が気に入らなくなって、顔を合わせる度に睨み合い、喧嘩をしてました

最初は、季衣の力に驚いたんですが、私も負けたくなかったし、なにより負けたら母様を取られてしまうって

思っていたから必死でした。そんな毎日を過ごしていれば、力も着いて来るのは当然だったんですよね

 

気がついたら、邑では誰も季衣に敵う者は居なかったんですが、唯一私が対等に喧嘩が出来るようになっていました

 

「だから、季衣が悪戯や悪さをしないように見張る役目にいつの間にかなっていて、気が付けば良く一緒に居るようになってました」

 

「それでも、仲は悪かったの?」

 

「はい、相変わらず母様に甘える季衣が好きではありませんでしたし、皆に迷惑を掛ける事も嫌いでした」

 

喧嘩ばかりする日々が過ぎていき、北の方では大きな戦いがあっていつしか私の邑の周りで噂が立ちました

世は戦乱になるって。でもそんな事、私には解らなかったし、今の生活がずっと続くって思っていました

 

「毎日喧嘩して、家に帰って大好きな父様に今日の事を褒めてもらって、大好きな母様のご飯を食べる。そんな生活が」

 

その日も、私は母様に言われた食材を買い出しに行きました。だけど、何時ものお店には食材が揃っていなくて

仕方なく、少し遠いけど隣の邑まで食材を買いに足を伸ばしました。季衣と喧嘩を繰り返す前は、危険だから

絶対に足を伸ばしたりしなかったんですが、力がついて少し自惚れてたんでしょうね、大したことはない

其れよりも、母様と父様に褒めてもらいたいって思って、隣邑まで食材を買いに行きました

 

畦道を通って、森を抜けて、何の障害も無く隣の邑まで着いた私は、邑の人にお店の場所を聞いて

無事に食材を揃え、邑に戻ろうとした時、特徴のある、一度見たら忘れない髪型の季衣を見て

今度は隣邑で悪いことをするつもりかもしれないって、慌てて追いかけました

 

【待ちなさい、今度はこの邑で悪さをするつもり?】

 

【げ!こんな所まで追っかけて来たの?まったくめんどくさいなー】

 

声をかけてみれば、やっぱり何か悪戯をしようとしたようで、私の顔を見るなり直ぐに逃げていきました

私は、荷物もあったし、この邑に私が居るって分かれば暫くは大人しくしているだろうって思って

其れ以上は追いかけず、邑に戻ることにしました

 

「早く戻って食材を母様に届けなければって思いましたし、何より無断で隣邑に行ったことがバレちゃいますから」

 

急いできた道を戻り、邑が見えてきた所で様子が違うことに直ぐに気が付きました

邑から上がる黒い煙、聞こえてくる悲鳴と湿った麦束を叩くような音

急いで邑に入った私が見たのは、血で赤く染まる地面、黒炎を上げて燃える家々

逃げ落ちた兵なのか、それとも賊なのか、私には解かりませんでしたがとにかく走りました

 

【母様っ!父様っ!】

 

たとえ邑が荒らされ火が燃え上がろうと、自分の家はわかります。一直線に自分の家に駆け

家の前まで来れば、私の家は燃やされて、店前にお客さんが何人か地面に倒れていて、私は必死で両親を探しました

 

【る、流琉・・・】

 

【母様っ!母様っ!!】

 

常連のおじさん達の亡骸を、涙で見えなくなる目で一人ひとり確認しながら、ようやく母様を見つけることができたんですけど

 

【お腹が、母様!母様あああっ!!】

 

【あの娘を嫌いにならないでね、あの娘は寂しいだけ。あの娘は、一人なの】

 

【嫌!嫌!死んじゃ嫌、母様っ!!】

 

【愛してるわ、流琉。お父さんをお願い・・・】

 

お腹には、剣で刺された痕があって、私は必死で血を止めようとしたけど、母様は愛してると私に言い残して静かに眼を閉じました

北の戦で落ちのびてきた人たちと追われて逃げた賊が合流して、大きな集団を作って居たんです

その集団は、近辺の邑を襲いながら食料や武器を揃えていたそうです

大きくなる勢力を、そのまま利用して城を一つ制圧しようと考えてい居たようですよ

 

私は、唯、大好きな母様が死んでしまったことが悲しくて、悲しくて、どうして隣邑まで行ったんだろう

もし、諦めて家に帰っていれば母様を守れたかもしれないのにって、自分をずっと責めて居ました

 

【おばさん・・・】

 

【・・・うぅぅっ、来ないでよ、来ないで!母様に近寄るなっ!誰も、誰も母様に触るなぁっ!!】

 

私が、母様を抱きしめて泣いていた時、邑に帰ってきた季衣が異変に直ぐに母様の元へと来てくれたんですが

私は、もう誰にも母様を近づけさせたくなかった。何故こうなってしまったのかも解ら無い、自分達は何か罰を受けるような

事をしたでしょうか?私たちは何もしていない。平穏な日々を過ごしていただけ。唯一、あるとするならば

 

きっと季衣の罪を、今まで皆に迷惑をかけて来た事を、母様が代わりに背負っただけ

 

「そんな馬鹿な事を考えてしまったんですよ。多分、私は行きどころのない気持ちや、自分の責任だと思っていたことを

季衣に転嫁することで、責められる相手を作りたかっただけなんでしょうね」

 

「全ては賊の責だとしても、直ぐに自分の気持ちを誰かにぶつけたかった。それだけよ」

 

「はい、本当に馬鹿です」

 

お前のせいだと言う私の言葉を、季衣は静かに聞いていました。そして

 

【うん、ごめんね典韋。ボク、おばさんを死なせちゃった。ごめんね】

 

何故そう言ったのか、後から解りましたが、あの時は私を馬鹿にしているとしか思えませんでした

責任を季衣になすりつけて、とにかく罵倒したかった自分の心を、母様の死から眼を逸らしたかった私の気持ちを

嘲笑っているようにしか感じられなかった

 

【消えて、私の前から消えてよ。もう二度と、母様の前に現れないでっ!!】

 

酷く声を荒げて罵倒する私を見て、季衣は悲しい顔をすると、直ぐに隣の荒らされてボロボロになった自分の屋敷へと

姿を消しました。私は、ずっと季衣の姿が見えなくなるまで、あの子の消えた方向を睨んでいましたが、直ぐに

冷たくなる母様の躯に、涙が溢れて何度も何度も母様の名を呼んで、泣いていました

 

それから、どれだけ過ぎたか解りません。額から血を流した父様に抱きしめられて、父様の無事な姿にもう一度涙を流し

沢山の気持ちが溢れてきたんですが、言葉にならなくて、唯泣いて居ました

 

【母様が、母様がっ!】

 

【ああ、解っているよ。無事で良かった、流琉】

 

父様に何度も頭を撫でられ、背中を擦られて、固まって母様を放す事が出来なかった腕がようやく動くようになたっところで

私は、陽が登る事に気が付きました。昼前に邑に戻り、今まで夜通し泣き続けていたんだと

 

父様のおかげか、ようやく少しだけ心が落ち着いて、もう一度母様の顔を見た時、日が昇っているはずなのに

影が母様の顔に差して、不思議に思った私は影の差す方向を見ました

 

【・・・】

 

【許緒・・・】

 

そこには、全身を傷だらけにして、巨大な鉄球に繋がれた鎖を賊に巻きつけた季衣が立っていました

 

【こいつ、おばさんを刺した奴だよ】

 

そう、季衣は、一人で此処から去った賊を追って、母様を刺した人を見つけて来てくれたんです

 

【典韋の好きにしたらいい。おばさんを守れなくてごめん】

 

あの時、私に死なせてごめんと言ったのは、私と同じように感じ、同じように思っていたと解りました

自分が邑に居れば、自分が側に居れば、賊から守ることが出来たのに。死なせてしまったのは自分のせいだって

 

【じゃあ、ボク行くね】

 

【何処に行くの?】

 

【コイツラ探す時にさ、兄ちゃんと約束しちゃったんだ。一緒に戦うって。だから、さよなら】

 

後から聞いた話ですが、季衣は仇を探す時に兄様と春蘭様に出会ったようです。森の中で見失った時、賊の襲撃を聞いて兄様が春蘭様

が兵士の皆さんを連れて駆けつけて下さったようで、最初は春蘭様と武器を合わせたようですが、直ぐに兄様に説得されて一緒に賊を探し

討伐して居たようです

 

【良いのか?母は、最後にこう言ったのではないか?あの子を嫌いにならないでねと】

 

【父様・・・】

 

母様の最後の言葉を口にする父様に驚きました。口数は少ない父様ですが、本当に母様を愛していたのだと感じました

私は、父様の言葉に従い、倒れる仇をそのままに離れる季衣の手を捕まえました

 

【もう少し、もう少しだけ邑に居て】

 

【典韋・・・】

 

【母様を弔ってあげたい、貴女にも居て欲しいの】

 

私と同じ気持を持つもの、同じように母を愛するもの。私と何ら変わらない、母から変わらぬ愛情を受けた者として

私は自分の言葉を恥じると共に、季衣を違う眼で見ることが出来るようになっていました

 

母を弔う時に聞いたんですが、母様が言ったように季衣は一人であの屋敷に住んでいたようでした

私の家に食事を取りに来るまでは、御祖父様がご存命で居らっしゃったようですが、早くに亡くられて

蓄えた財もさほど多くなく、季衣は広く大きな屋敷で一人細々と食事を取っていたようです

 

それを見た私の母様が、自分の家に来なさい。食事は沢山作ってあげる。もし、その気があるならこの家にずっと居ても良いと

言ったそうです

 

「だけど、季衣は私が居るし、自分が逆の立場だったら面白くないだろうからと遠慮したようですよ」

 

「孤独が心を無理矢理、大人にしたのね」

 

「はい、今は兄様が居らっしゃるから、甘えてばかりですけど。前の方が、少し大人だったと思います」

 

それから、残った皆で合同の弔いをすると準備が始まりました

母様の仇に対して、正当な裁きをして欲しいと言った父様の言葉を聞いた季衣は、捕まえた母様の仇を兄様に届けに行く

直ぐに戻って来ると、まだ賊と戦い続ける春蘭様と兄様の元へ行ってしまいました

 

私は、母様を同じ気持ちで愛してくれた季衣に感謝と仲直り、そして酷いことを言った謝罪を込めて何かをしようと考えました

 

【アイツの料理を、お前が大好きで、あの子も毎日、輝くような笑顔で食べたアイツの味をもう一度】

 

其れが弔いにもなる。そして、母様の存在を永遠のものとして二人の中に残せと、父様が私に教えてくれました

母様の作った料理の味を、季衣が一人、孤独に取る食事から開放され、温かい母様からの愛情を受け取った料理をもう一度

そして、その料理が再現できれば、私が作り続ける事で母様の愛情は私にとっても季衣にとっても永遠となると

 

「記憶に残る永遠ではなく、消えることのない受け継がれる味。確かに永遠と言えるわ」

 

「はい。その時は解かりませんでしたが、確かにそのとおりなんです。季衣に食べさせる事で、味を確かなものにし

私の子に伝える事で、母様は永遠となる。何代にも渡って受け継がれ、そのたびに季衣の子達にも食べさせることが出来れば

母様の愛情は無限になる。消えることはなく、広がり続ける」

 

「素晴らしいお父様ね、お母様を永遠のものにするだなんて。だから、お店を持ちたいって夢に繋がるのね」

 

「実は、此れに気がついたのは私ではなく兄様で、父様が亡くなった後、季衣の誘いで魏に来てからこの話を聞いて貰てなんです」

 

苦笑いをする流琉だが、話を聞いていた雪蓮は言葉を無くす。生き残ったと思って居た流琉の父は、怪我が元で既に亡くなっており

彼女たち二人は天涯孤独の身になっているということだ。この話で雪蓮は益々、昭について理解をする

彼の皆に対する父のような振る舞いは、この娘達の為でもあるのだと

 

 

 

 

 

 

「私は、そんな事は解らなかったですけど、とにかく母様の料理をもう一度、母様の味をもう一度、感謝と共に

季衣に味わってもらいたいって思いました。母様の優しく、温かい心を」

 

私が、母様の料理をもう一度作る事で季衣が喜んでくれるなら、季衣と仲直りをして真名を交換することまで出来たら

きっと母様は喜んでくれるはず。父様も其れを望んでる。そう心に決めて、私は母様の調理法を記した竹簡を取り出し

一つの豚肉の料理を選びました。母様の得意料理だったし、何時も季が此れだけは一口で食べないで

ゆっくり、大事に、味わいながら食べていたのを覚えていて、此れなら喜んでくれるはずだって思いました

 

早速、書き込まれた竹簡を頼りに作って見ましたが、一口食べて直ぐに違うと思いました

 

【ちゃんと、書いてある通りに作ったのに。壇肉は、確かにこの作り方で間違ってない】

 

書いてある通り豚肉を切り、皮付き豚バラ肉の表面を、生姜、潰した腐乳、ネギと共に炒めて作る壇肉

けど、何度試しても母様の作った壇肉の味にはならなくて、色や見た目は私が作った壇肉のほうが艶があるけど

母様の作った壇肉は、もっと甘くて柔らかい、味と食感がぜんぜん違いました

 

【何が違うんだろう、母様の作る所は何度も見たはず】

 

だけど、思い出しても出てくるはずが無かったんです。だって、季衣が好きで私も大好きな母様の得意料理は

店でも出さないあの特別な優しい味は、壇肉とは全く違う物で、母様が私達にだけ食べさせるために考えだした料理だったんです

竹簡にも記していなかったんですから

 

私は、思い出せば何時もこの料理だけは手伝う事はなく、食べるだけの側だったので音だけが聞こえて、見た目も似ているから

壇肉だとばかり思っていたんです。よく私の店で出すお客様の絶賛する壇肉、でも普通の壇肉よりも柔らかくて甘くて

その時までずっと私と季衣だけに作ってくれる甘さを強くしただけの特別な壇肉だと思っていたんです

 

困り果てた私は、どうして良いかわらず、厨房で必死に母と居た厨房の音を思い出しました

音だけでも手がかりになる。最初は炒めた音でもない、煮込む音でもない、油で揚げた音だと

そうやって少しずつ思い出して、それでも解らない時は、厨房の残った調味料の壺の残骸を拾い集めて、その中から近い味を探して

記憶の中の母様を、少しずつ少しずつ、組み立てて作り上げていきました

 

僅かに残った材料を使って、何度も何度も試行錯誤を繰り返して、ようやくたどり着いたのが豚肉を砂糖と生抽で煮込んだ料理

味も近く、壇肉にちかい見た目。でも、まだ此れでも足りなかった。もう、母様の葬儀が始まってしまう

季衣も帰って来ているはず。今頃、もしかしたら葬儀の手伝いをしているかもしれない

 

そんな時、怪我をして満足に動けず、ずっと横になって私が料理を作る所を見ていた父様が

 

【私も一つだけ覚えていることがある】

 

と言って私に出してきたのは、小さな壺でした。そう、母様の作った豚肉の生抽煮は、食べる前に必要な分量だけ壺に

入れて蒸す必要があったんです。そうして、柔らかく口の中に入れれば溶けるような食感の母様の肉料理が完成したんです

 

それは丁度、母様の葬儀の始まる日。夜が開けると同時に完成した、私の最高の一品

そして、私は最後に季衣を思って【ほんの少しだけ味を変えました】此れこそが私の想い

 

「味を変えちゃったの?」

 

「はい、此れにはちょっと理由があるんですけど」

 

母様と、邑の皆さんの葬儀を終え落ち着いた後、私は早速、季衣に出来上がった料理を食べてもらいました

 

【・・・】

 

【どう?母様の味と、同じものが出来たと思うんだけど】

 

【おばさん・・・おばさん・・・】

 

【何時でも作ってあげる。ずっと、ずっと貴女のために、母様の料理が好きな貴女の為に】

 

季衣は、私の料理を大切そうに、少しずつ食べながら泣いていました。私も、季衣に御免なさい、有難うと言う言葉を伝えて

同じように泣いていました。父様は、そんな私達を見て安心したように笑っていました

 

それから、私はもう一度、季衣に謝罪をして、季衣も【おばさんを守れなくてごめん】と言って私に謝罪をし

良かったら自分と友達になって欲しい、私の母様から言われていたのだけど、なかなか言い出せなくてと季衣の方から言ってくれました

 

私は、同じ母様を持つのだから勿論だよと応えて、真名を交換し互いに握手を交わしました

 

「だから、私と季衣は家族なんです。もし私達が姉妹に見えたのなら、それは当然なんです」

 

「同じ母を持つ姉妹か、なら家族が戦っているのだから自分は家族を守るために戦うのは当然だってことね」

 

「はい、季衣は母様の仇を探す時、兄様に言われたそうです」

 

森の中で、春蘭様と戦う季衣の姿を見た兄様は、直ぐに間に入り

 

【君が追うならば、君は人を殺す覚悟をせねばならない。その覚悟が無いならば邑へ戻れ】

 

【だが、覚悟があるならば、君の道を俺が指し示そう。恩を受けた者を弔い仇を討つと願うならば、俺達が必ず君の仇を見つけ出そう】

 

【共に来るか弱者を守る修羅の道を。強者を打ち砕く茨の道を。君のような悲しみを持つ者を増やさぬように】

 

力ある者には責任があり、季衣には人を守る力がある。悲しみを知る心がある。無用に人を殺す者ではない

眼を見れば分かる、怒りと恨みに飲み込まれる事も、獣のように顔を歪める事も無い

だから、戦う意志があるならば導こうと兄様は、季衣に言ったそうです。でも、季衣は良く解らなかったみたいで

 

「兄様が言いたいことは何となく理解できて、頷けば後戻りは出来ない。でも、母様の仇を討てるなら

自分と同じ思いを皆にさせないように出来るならと、直ぐに頷いたそうですよ」

 

「貴女も、同じように後戻りの出来無い戦いを選んだのね?自分自身の意志で」

 

「ええ、私と同じような思いをする人を増やしたくないと、私も直ぐに軍に入ろうと思ったんですけど

父様が心配だったし、季衣がどんな所か分からないから大丈夫なら手紙をよこすとだけ言って、先に行ってしまったんです」

 

季衣が陳留に向かって暫くすると、父様の具合が悪くなって、お医者様が言うには傷から悪い病魔が入り込んだそうです

必死に看病しましたが、日に日に意識が途切れ途切れになっていく父様に、私は何も出来ませんでした

最後に、父様は私に自分が戦に出ていた時の武具を、納屋に隠した円盤状の武器を私に譲って静かに眼を閉じました

 

最後も優しく笑っていて、私の記憶の中の父様は笑顔のままの姿しか残っていません。本当に、優しい父様でした

 

「それから、私の元に季衣からの手紙が届き、父様から譲り受けた武器を持って魏に仕官しました」

 

「友の為に戦い、自分と同じ悲しみを増やさぬ為に戦い、そして母の味を広げるために店を夢見る。其れが貴女なのね」

 

「はい、私の戦う理由はそれだけ。兄様が私達を華琳様に口添えして下さったのは、力を持ちながら悲しみを知りつつも曲がらず

互いに競い合うように生える大樹だからだそうですよ。一人では崩れてしまいそうな心も、二人なら支えながら伸びる事が出来るって」

 

「解るわ、一人じゃない、二人で何かに立ち向かうって言うのがどれだけ心強いか、そして自分を見失わずに居られるか

私と冥琳もそうだったから」

 

唯、互いに思いが強すぎると片方が崩れた時、引きずられるように共倒れになるから気をつけてねと

自分の経験をそのまま屈託の無い笑と共に話す雪蓮に、もはや何の警戒も無くなったのだろう

流琉は、小気味よい返事で応え料理の仕上げに入った

 

「その肉料理は、なんて名前なの?今度、私も食べてみたいわ」

 

「豚肉の生抽煮。華琳様に東坡肉という名前を着けてもらいました」

 

「東坡?東の丘?」

 

「父様と母様が結ばれたのが邑の東にある丘の上だったので」

 

「二人の子供達の為の料理か、気が効いた事をするわね華琳は。名を付けるくらいだから相当、美味しいんでしょうね」

 

名前を直に付ける事も良いのだろうが、そうすると如何にも自分の料理を誇示しているように後の者達に思われてしまう

永遠に続く母の味を広めるならば、むしろ名前ではなく想いや物語を詰め込んだほうが、後の者達はきっとこの料理を食べながら

思いを馳せるはずだと華琳は考えたのだろう。優しい想いや、料理に詰め込まれた形を持った愛を

 

「華琳様は絶賛して下さいました。兄様の作った醤油で作る、角煮というのに似ているようです」

 

「醤油?生抽とか、老抽じゃ無いの?」

 

「ええ、醤油は味が深くて柔らかいんです。生抽と老抽はまろやかで、味より色の重視の調味料ですが、醤油は味が重視されてますね」

 

「へぇ、彼は面白い事ばかり知ってるのね。でも、私は貴女の東坡肉が食べてみたいわ」

 

有難う御座いますと、中華鍋を煽り炒め物に火を通し、お玉で調味料を目分量で入れていく

きっと、何度も繰り返し量を感覚で覚えてしまったのだろう、最後に味見を少しするだけで、後は素早く皿に盛りつけ

次の料理へと取り掛かっていく。既に、野菜や肉の下拵えはしてあり、後は炒めたり煮たり蒸したりするだけなのだが

一度も立ち止まること無く、まるで舞を舞うかのように軽やかに料理を作り上げる

 

「それ、彼に作る料理よね?私も手伝うわ」

 

「いえ、秋蘭様が下拵えをしていってくれたので、直ぐに出来ますよ」

 

「なら一品追加して作るわ、沢山お世話になっていて、何もお返し出来てないのよ」

 

「そうですか、兄様は沢山食べるのできっと喜びますよ」

 

材料はそこにありますからと言われ、野菜や肉を見渡す雪蓮。さて、何を作ったら良いだろう

どうせ作るなら、彼の好物を作った方が良い。そのほうが、彼も喜ぶはずだ。だけど、彼の好物とはなんだろう?

と、つっかけを履いて土間に降りる雪蓮は首を傾げた

 

「ねえ?彼の好きなものってなにかな?」

 

「兄様は好き嫌いありませんよ、何でも好きです」

 

「その中でも特に好きなものってあるじゃない、どうせなら一番好きな物を作ってあげようと思って」

 

「一番は、雲呑ですね。でも、雲呑は秋蘭様がもうお作りになってますから」

 

流琉の視線の先には、随分先に作り上げたのだろう。少々冷めてしまった雲呑が、中華鍋に蓋をされて用意されていた

どうやら、昭の帰りに合わせて温めて出すようだ。雪蓮は、どうせなら出来立てを食べさせて上げるほうが良いだろうと

小麦粉を用意し、水で練り上げ皮を作り始めた

 

「雲呑を作るんですか?」

 

「どうせなら、出来立ての方が良いでしょう?なんたって好物なんだから」

 

それにしても、雲を呑むという名の食べ物の雲呑が好きだなんて、あまりにも真名のまま過ぎて面白いと雪蓮は笑っていたが

流琉の流れるような手は止まり、なにか言い出しづらそうに苦笑いになっていく

 

「あの、止めたほうが」

 

「どうして?雲呑くらい、私にも出来るわよ。料理の腕も、自慢じゃないけどそれなりにはあるんだけど」

 

「いえ、そういった意味では無くてですね」

 

雪蓮が雲呑を作るのを止めようとしたが、調度良く庭から「おとーさん!」と涼風の声が聞こえ、流琉は慌てて

料理を居間へと運び始めた。雪蓮は、意味が解らず、とりあえず一品だけだが腕によりをかけて作ろうと

綺麗に洗い、余計な肉を削ぎ落した鶏ガラでダシを取り、小麦粉を練りあげて皮を作り上げていく

 

「お帰りなさい兄様、直ぐにお食事になさいますよね?」

 

「頼めるか?季衣、涼風と手を洗って来い。冥琳、すまないが片付けて貰って良いか」

 

「ああ、直ぐに片付ける。済まないな、屋敷に居座ってしまって」

 

「別に構わないよ、華琳が監視しやすいと言ってるし、美羽が祭殿の所で世話になっているしな」

 

今日も大使館の役目を持つ屋敷で、祭から教えを受けつつ昼食を取っている事を、帰りに見てきたと言う昭

師弟の契を交わした直ぐ後から、あしげく祭の元に通い教えを受けていて、泊まって来たりすることもある

泊まる日は、決まって武術の稽古をした日であり、七乃もついでに教えを受けているようで、二人共ボロボロになって

動けず、仕方なく屋敷に泊まっていると言う事のようだ。最近、夏侯邸に帰って来ることが少なくなってしまい

雪蓮は、最初狙いが外れたと少し不満気ではあったが、昭に体調が戻ったばかりだから無理はするなと言われ

日が落ちる前には戻ってくるので、昼間は街を出歩けるし丁度良いかと、前向きに考えているようだ

 

「はい、お待たせしました。まずは八宝菜に笋炒肉絲、燉二瓜に糖醋白身魚、家常豆腐に餃子です」

 

「おお!美味そうだ、頂きます!」

 

綺麗に拭かれた机の上に並べられる様々な料理の数々。手を洗って戻ってきた季衣は、涼風を昭の膝に置き

隣に座ると、手を合わせてモクモクと食事を取り始め、同じように手を合わせた昭は、涼風に小皿で幾つかの料理を取り

綺麗に並べ、涼風が食事を取る様子を見ながら自分の口に食事を運んでいた

 

「昭殿の奥方は、料理が上手いな。毎度、口にするたび驚かされる」

 

「そう言ってもらえると鼻が高いよ。でも、今日は流琉も手伝ってくれたんだろう?」

 

「はい。といっても、ほとんど秋蘭様が用意されて行ったので、焼いたり炒めたりするだけですから

私が作ったのは笋炒肉絲だけですよ」

 

温かい出来立ての笋炒肉絲を食べて欲しかったのでと言う流琉に、冥琳は心遣いに感心しながら箸を進める

筍と豚肉を細切りにして炒めた料理は、とても冥琳の口にあったようで顔を綻ばせていた

 

「美味いか季衣?」

 

「うん、秋蘭様の料理は、丁寧だからとっても美味しいよ」

 

昭の教育のおかげか落ち着いて食事を取り、食べこぼすことも無くなった季衣の言うとおり

冥琳は、料理を口に運ぶ前に目線を移せば均等に切りそろえられた野菜。恐らくは、口にする娘の事を考え

食べやすい大きさに切られ、魚も綺麗に骨が取られている。なるほど、丁寧だというのが素直に当てはまる

料理だと、冥琳は口に運びながら頷いていた

 

次々に出される料理の味に舌鼓を打ちながら、平らげていく二人。それを尻目に、自分のペースを崩さず食事をしていた

冥琳は、何時も真っ先に食事に来る雪蓮が来ない事に気が付き、辺りを見回せば土間から戻り冥琳の隣に座る雪蓮

 

「どうした、珍しいじゃないか」

 

「彼に少しでもって思ってね」

 

続いて居間に入るのは、雪蓮から渡された雲呑を盆に載せる流琉

少し、苦笑いぎみで盆に乗せた雲呑を卓に並べれば、ほとんどの料理を平らげた昭は手を伸ばして、最後の締めに何時も食べるのだろう

レンゲを手に僅かながら細められる瞳が、彼の雲呑に対する期待感を示していた

 

「・・・ん?」

 

ゆっくりとレンゲで掬い口に運んで楽しむように咀嚼する昭だが、途中でレンゲが止まり首を小さく捻る

隣で、同じモノを食べる季衣と涼風は何事も無くおかわりをしていたが、昭はレンゲで雲呑をかき混ぜながら

もう一度、口に運ぶと不思議そうな顔をして一言

 

「これ、流琉が作ったのか?」

 

「いえ、あの・・・」

 

「私が作ったの、どう?」

 

流琉が作った料理を見分ける事が出来無いが、雲呑にだけは敏感に反応する昭に申し訳なさそうに言う流琉だが

それに気が付かない雪蓮は、自分が作った料理はどうだろうか、一流の料理人とまでは行かないが

貴方の妻に劣らないくらいではあるわよと笑顔を向けるが、昭はなるほどと再び雲呑を口に運んだ

 

「美味いよ」

 

「それだけ?秋蘭のと比べてどう?」

 

「ん?秋蘭の方が美味いよ」

 

一品とはいえ、秋蘭の作りおきしてあった鶏肉の雲呑とは違う、腕によりをかけて作った料理

ひき肉を皮で包み花のように細工しただけではなく、鳥のつみれに軟骨を砕いたモノを入れて変化を着けたり

メンマやゆでた青菜、白髪ネギをさり気なく添えることで香りや爽やかさを演出したとっておきだというのに

昭は雪蓮の作った料理よりも、秋蘭の作ったモノの方が美味いと言うのだ

 

此れには雪蓮も納得が行かなかったのだろう「えー?」と少々驚き、いったいあの秋蘭が作った単純な雲呑と何が違うのか解らず

土間へ向かい、何か特別なもので味も複雑なのだろうと温めて口にすれば、特に変化のない普通の雲呑

 

「んん?これって、普通の雲呑よね?」

 

「はい、普通の雲呑ですよ」

 

雪蓮に続き土間へ降りた流琉は、雪蓮の温めなおした雲呑を器に注ぎ、それを昭に出せば、昭は幸せそうに雲呑を口にして

眼を細め、直ぐに平らげておかわりを流琉に求めていた

 

「つまり、秋蘭が何時も作らない手の込んだ雲呑だからってこと?でも、美味しいかどうかってなら私よね?」

 

「ふふっ違います。さっきお話した、東坡肉の話し」

 

「東坡肉・・・?もしかして、貴女があの子の為に料理を作った時、味を変えたってこと?」

 

「はい、秋蘭様の雲呑は、味が絶対に変わらないんです」

 

流琉が言うには、昭の好物である雲呑だけは、仕事の量や体調そして気温や天気を見て微妙に塩加減を変えて

口にする味を変わらないようにしているということ。これは本当に難しい事で、相手を熟知して、行動を理解して、それでも

同じ料理を、美味いと思った時の味を、変わらず何度も出し続けるのはほとんど不可能に近い。だが、秋蘭はそれをやり続けているらしい

 

あまりの事に絶句してしまう雪蓮。いかに相手のことを愛しているからとは言え、此処までの事が出来るのだろうか

いったい、どれほど彼を信頼し思っているのだろうかと想像できず、雪蓮は美味そうに食事を取る昭を見つめていた

 

「そうか、さっき東坡肉の話で味を変えたのは、貴女のあの子に対する気持ちそのものだったのね」

 

「はい。季衣の体調を考えて塩を多めに、寒い日だったので温かいものを。そうすることで、疲れて塩気の欲しい季衣は

母様の料理を食べていた時と変わらないままで、味わう事が出来ますから」

 

本当は、全ての料理で同じ事をしたいらしいが、とても今の忙しい時分に仕込んでいる時間は無いらしく

せめて好物のものだけはと、変わらない味を出し続ける秋蘭。そして、同じように季衣に出す料理を母と変わらぬ味で出しているで在ろう

流琉に、雪蓮は心から関心していた

 

「有難う、今日は勉強になったわ」

 

「いえ、そんな。それよりも、約束のお話をして頂けますか?」

 

「ええ、勿論!さあ、私達も食事にしましょう。あらかた彼が食べちゃったけど、私の雲呑は残ってるわ」

 

貴女の口には合うと思うんだけど?と片目を瞑る雪蓮に、流琉は小気味よく返事を返す

 

「何時か、貴女の店が出来た時は、一番によらせてもらうわ」

 

「はい、その時は腕によりをかけて作らせてもらいます」

 

きっと、この娘は私にも季衣にするように、好物を覚えて変わらぬ味で提供をしてくれるのだろう

それが、彼女の目指す道であるのだと雪蓮は、目の前の少女の横顔に未来の輝かしい光景を思い浮かべ

皆が食事を取る居間へと足を進めた

 

 


 
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